「ふぅ・・・」
ペンを置き、ミーナはようやく終えた安堵から息を吐いた。
しかし、絶え間ない頭脳労働と、
同じ姿勢で長時間ペンを握って書類を処理していたため、
頭脳と体が疲労の声を叫んでおり、ミーナは力を抜き椅子に背を任せる。
「何とか間に合ったけどもうこんな時間なのね・・・」
窓の外を見れば既に太陽は半分以上水平線の彼方へ沈んでおり、暗闇が世界を包み込みつつあった。
「夕食、食べ損ねたわ」
腕時計の時刻はとっくに夕食の時間は過去のものであると表示しており、
仕事に没頭していたから感じなかったが、今になって空腹をミーナは感じ始めた。
「やあ、ミーナ。
夕食を持ってきたぞ!」
久しぶりに自分で作ろうかしら、
そう考え始めた時に坂本少佐が部屋に入室してきた。
手にはバスケットを抱えており、香ばしい香りが漂ってきそうだ。
「態々持ってきてくれたの、美緒?
丁度お腹が空いたところだから助かるわ」
「何、ミーナのお陰で我々は安心して戦えるからな。このくらいするさ」
「ふふ、ありがとう」
善性を帯びた笑みを浮かべる坂本少佐にミーナは微笑ましく感じる。
いつだって彼女はこうやって接してくれる。
「ところでトゥルーデ・・・バルクホルン大尉たちの様子は?」
「ああ、流石に先ほどまでバケツを手にして、
何時間も廊下で立たされていたからヒィヒィ言っていたが、
今は夕食を消化する作業に夢中になっている、それと始末書については明日から始めようと思う」
「そうね、もう今日は遅いからそれでいいわ
こちらも後始末を終えたし、ルッキーニが原因で始まった今回の騒動はこれで御終いね」
これをネタに揺さぶりを図ってきた人間に対しても何とかなったし。
そうミーナは呟き、届けてくれた食事に手を伸ばした。
※ ※ ※
「空腹は最高の調味料だと思わないか?」
「うん!」
「誰のせいだと思っている、誰のせいだと」
呑気にそんな言葉を出した兎娘、
そして今回の主犯であるパスタ娘を睨む。
が、こちらの恨みが籠った視線などお構いなしに食事に熱中している。
「はい、あたしー!」
で、主犯が喜々と手を上げた。
・・・どうやらミーナの拳骨だけでは足りないようだ。
「いいじゃないか、ネウロイは撃墜。
これにより501の面目は何とかなったんだし。
それに、ルッキーニだってもう十分反省したし、な?」
「その変わりワタシとイェーガ大尉のストライカーユニットは全損。
仲良く海に墜落しワイト島分遣隊の助けが来るまで海水浴をする羽目になった上に、
緊急発進に際しての混乱でユニットの損傷が相次いだせいで、整備班は徹夜で作業中だ」
あの後、ネウロイは確かに撃墜に成功した。
が、それでとうとう無茶な改造を施されたユニットが耐えきれず自壊。
シャーリーとワタシは仲良く海へ墜落。
するはずだった海水浴を2人で経験することになった。
とはいえ、これで501の面目が保たれた。
難癖付けにやって来た軍官僚に対してミーナが反論できる余地が生まれた。
ルッキーニは今まで通り501に所属し、共に戦うことができるようになった。
・・・後始末を担当するワタシ、少佐、ミーナの苦労が始まるが。
「終わったことなんてロマーニャ人は気にしない、気にしない
それよりシャーリーおめでとう!時速950キロを超えたんだって?」
「おう、今までの中で最高記録さ!
音速を超えられなかった惜しかったけど、これで先には見えた!
次からは安定して900キロ代に入れるように頑張って改造してみるぜ!」
今回の【原作】との違いはシャーリーが音速に達せなかったことだ。
恐らくだが音速に達するより先にネウロイに体当たりで撃墜したからだろう。
だが、あるいは音速が出なかった可能性もあり、
ネウロイがより遠くにいた場合は追いつかず、墜落するだけで終わっていたかもしれない。
・・・今回もそうだがこれまでの結果も考えれば考える程、紙一重な結果だ。
ギリギリ正しい選択肢を選べているが、一体いつまでこの幸運が続くのだろうか・・・。
「おいおい、
そこで辛気臭い表情を浮かべた大尉殿。
ふふーん、私が950超えて悔しいのか?」
「別に、そこは祝福するさ、おめでとう。
ただし、機材をこれ以上破壊するような真似だけはするなよ。
明日書くべき始末書に追加で書くような事態なんて正直御免だからな」
「う、そそれは善処するぜ」
調子に乗っている兎娘に釘を刺すのを忘れない。
「ルッキーニもだ、
自分なら出来るなんて己惚れる事がないように。
またミーナから拳骨やお尻ぺんぺんを受けたくないなら覚えることだ」
「う~~分かっているよ・・・」
ついでにルッキーニにも刺しておく。
何といっても「やらかす」コンビなのだから。
2人の後始末にこれまで散々四苦八苦したしな・・・。
何時になった手間がかからないようになるやら。
「あ、そういえば、
海水浴の予定はどうなるのだゲルト?」
「・・・何だ、その呼び名は?」
突然現れた呼び名にまじまじとシャリーを見つめる。
今の今までワタシを呼ぶときはバルクホルンか大尉だったがどういう風の吹き回しだ?
「いや、だって。
任務以外の時は最近そっちはシャーリーって呼んでくれるのに、
こっちは大尉、とかバルクホルンだなんて不公平だと思うんだ」
「む」
い、言われて見れば。
気づかなかった・・・だが。
「で、トゥルーデでなくゲルトと呼んだのは?」
「リベリオン風だとジョーだけど、少し捻ってみたのさ、
というよりそっちの方が似合うからさ!カッコいいだろ?」
「嘘を言うな、嘘を。
どうせトゥルーデなんて乙女らしい名前が似合わない。
なんて思って、ジョーよりゲルトの方が男らしい愛称を付けただけだろ」
「む、バレたか」
やっぱりそうか。
それにゲルトなんてどこぞの近未来のドイツ人みたいだし。
「でもいいと思うぜ、愛称が多いのは。
それとも・・・私が呼び名で呼んじゃ駄目か?」
そうじっと彼女はワタシを見つめる。
何かを期待するよう、こちらを真っすぐ見据える。
ああ、もう。
そんな目で見られたら断れないじゃないか。
それにまさかシャーリーからこんな提案が来るなんて。
「・・・かまわない、許可する。
シャーリーが好きなように呼ぶといい」
「お、サンキューなゲルト!」
「分かった!分かったから肩を叩くな、食事中だぞ!?」
「細かい事は気にするなって!」
HAHAHAHAとアメリカンなノリで肩をバンバンと叩かれる。
というか前も似たようなやり取りがあったような・・・。
けど、まあ。
シャーリーとこうした仲になるのも悪い気はしない。
【原作】云々を抜きに彼女は国籍は違えど共に人類のために戦う仲間であり、501の隊員であるのだから。
「じゃあ私も大尉をゲルトって呼ぶねー。
おい、ゲルト、オレンジジュースがないぞ、ジュースが」
あだ名云々で予想通り調子に乗ったルッキーニには苦笑しか浮かばない。
「分かった分かった。
直ぐに冷蔵庫から持って来ればいいのだな?」
こちらの問いかけに得意満面な表情を浮かべるパスタ娘。
シャーリーが止めようとしたが視線でそれを抑えるように語る。
今は公務中でないのだから、この程度のわがままは見逃すつもりだ。
何せ、今は少し気分がいいのだから。