6月29日

2014-06-29 19:16:45 | Weblog
明日で6月が終わる。何年もお世話になったplalaのブログサービスも明日で正式に終わりだ。ちょっと他の方々の様子を覗きにいってみるとさすがに皆様どちらさまもお別れのご挨拶ばかりだ。

始まりがあれば終わりがある。以前、日経のSNS、ワガマガのサービス終了の時にもいやというほど考えさせられた真実ではあるけれど、同時にまたその先の新しい出発も教えられた。

昔の仲間の多くは今、facebookのほうに終結して何だかんだと言いながら関わりが続いている。終わりは新しい出発でもあるのだ。plalaのブログもこれがなくなっても、そこに書いていた人たちがいる限り、別のどこかでそれぞれの何かが続いていくのだろうと思っている。

寂しさもあるけれど、あたらしいことへの期待感もある最後の一日だ。

たぶん、これが最後のブログ画像(原寸のまま記念に)


この時間、やっと平穏

2014-06-29 18:17:05 | Weblog
ほんのちょっとまえまで東京西部はどしゃ降りの雨とカミナリで、パソコンを切ったままだったのでタブレットやケータイ以外は使えない状態だった。当然、インターネットも簡単なことにしか使えずブログもまだ何も書いていない。

今年の天候はすごく変な感じでいつもの梅雨時の天気ではない感じだ。この間のまるで雪が降ったような雹の写真にもおどろいたけれど、その数日かもうちょっと前、西荻でパラパラと雹が降ったのにも驚いた。雹なんて何十年ぶりに見たのだろう、親元にいた若い頃以来だったのだから。

こういう天候の変事ってもしや、少し前に一部では大きく取り上げられていた太陽活動の大きな変化などが関係しているのだろうか。だとするとこれはこの先の地球の気候変動にもつながっていくはず。

典礼聖歌の、風はどこからに、時が今しも過ぎて行くのに人は誰も気がつかない、という一節があるけれど、もしかしたら気がつかないまま地球環境の変化の始まりを迎えているのかもしれないわけだ。

大聖テレジアの生きた時代のスペインの気候が世界中に広がったりしたら、この時代、どうなっていくのだろう。気候の変化は食糧事情にもつながる問題だし、そうなればいろいろ危険な問題も増えていく。

非常に気にかかる気候の変化だ。ただの危惧におわってほしいものだ。