絵じゃないかおじさん

言いたい放題、自由きまま、気楽など・・・
ピカ輪世代です。
(傘;傘;)←かさかさ、しわしわ、よれよれまーくです。

あ@つぶつぶ(日々)324 今日もまた日が過ぎてゆく念入れて

2019-12-26 07:28:45 | つぶつぶ


多層構造ぶろぐ→Multilayer structure blog

ピカ輪世代(世に団塊とも)の一断面を目指して。



copyright (c)地  宇
                     ち ふ
          絵じゃないかぐるーぷ
                     


*  English translation 


  324 今日もまた日が過ぎてゆく念入れて



        ↓
      (ほんやっ君のとある無料の英訳)

    Put just in case day Yuku past also today
         ↓
      (ほんやっ君のとある無料の和訳戻し)

今日も、念の日ゆく過去に置く






     この項おわり



つぶつぶ(22”22”)・・・・・

あ@仮想はてな物語 嘆きのゴキオーラ 6/61

2019-12-26 07:27:39 | 仮想はてな物語 

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    絵じゃないかおじさんぐるーぷ


車の通りも少ない山道だが、ガラッキーの勢力範囲内なので不思議と恐くはない。それにサヤカも時折話しかけてくれる。サヤカのとりとめもない話が楽しい。普段は、彼女は飼い犬のコロとたわいもないおしゃべりで過ごしているのだろう。それにしても、サヤカやコロは何が楽しくて生きているのだろうか? オレから見ると退屈でつまらなさそうな人生に見えるのだが、彼らはどう思っているのだろうか? サヤカに時々尋ねてみるのだが、うまくかわされてしまう。逆に聞き返されたりする時もある。オレも、やっぱり言葉を濁す。3人とも似たようなものなのだろう。


つづく

あ@仮想はてな物語 キヨヒメの整形手術 40/49  

2019-12-26 07:26:17 | 仮想はてな物語 

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絵じゃないかおじさんぐるーぷ




可愛い可憐な顔も鬼ババァの顔と化す。馬頭の観音はんのようにも見えたに違いない。これにはアンジンも参った。人生長いのである。山もあれば谷もある。よい天気ばかりが続くとは限らない。一緒になっても喧嘩もすれば言い争いもするであろう。



彼は、そんな十一面観音はんの顔のように変幻する女に恐怖を覚えた。先が思いやられそうだ。アンジンは男の足で逃げる。か弱そうに見えても山歩きで鍛えている身だ。すぐにキヨヒメを撒いてしまった。キヨヒメはうちひしがれる。




つづく

a@(Quiz-my answer)2152 88101 01”4931”41 36137 

2019-12-26 07:24:32 | NUM575

  


0843=おはようさん→Good morning Mr.→おはようさん

ピカ輪世代(世に団塊とも)の一断面を目指して。

英語は、お強い。
けれど、日本語も、ちょこっとは世界語に? と・・・・・
数字を書き連ねるだけで、世界に通用する。
すべてでは無く、話のついでに。
日本語のちょこっとの主張です。


   ・NUM川柳=NUMERICの川柳

【 WWW対応=だぶさん備え=ワープロ感覚でのネット参加 】


数字日本語の世界語化を夢見て213(じいさん)。


                         copyright (c)ち ふ
                         絵じゃないかオジさんグループ
                         仮想はてなグループ



 * 721046? (傘;傘;)  my answer


  2152 88101 01”4931”41 36137 
   
       やや遠い わびしく淋しい 寒い道


        YAYATOOI WABISIKUSABISII SAMUIMITI 


   

      ほんやっ君のとある英訳→とある和訳戻し ;
       
       Somewhat distant and lonesome cold road
               ↓
       やや遠く寂しい寒い道




                           8”18”1 


411270!=YOI1NITIO!→よい1日を!→Have a good day!→良い一日を!

8”18”1=バイバイ.→Bye-bye→バイバイ

914”=QUIZ


4203=失礼さん


あ@仮想はてな物語 雪の洞川路

2019-12-26 07:22:46 | 仮想はてな物語 
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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
            
           平成はじめのころです。

 


 * 雪の洞川路(056)


                             
私は、サウス大和に住んでいる、平凡な会社員である。
この地方には、冬場の3ヵ月、雪の降る日は7日もあるのだろうか。ともかく雪は奇しい存在である。大阪のベッドタウンの一つである、この地に住み始めてから日も浅いので、古い降雪の記録は知らない者である。

土曜日、私は一日漂泊者に変身する。
自称、サタディ・ストローラー。

この変身は、私のストレス解消法ともなっている。黒いグラブ、黒いヘルメット、黒い革ジャン、黒い革スラックスに黒いロングブーツで身をかため、短い脚で、これまた黒いバイクにまたがり、風に流されるまま、気のむくままに、日帰りのうろつきを楽しんでいるのである。そんな姿が拡大・黒ごきぶりそっくりに見えるのだろうか。



妻の流あゆかからは、ゴキおっさんとからかわれ、子供たちは少し侮蔑の眼差しを送ってくれるのだが、私は一向にそんなことなど気にしない。バイクの繰り広げてくれる世界は、バイクに乗るものだけしか分からない異次元のスペースなのだ。けれども、子供を蹴飛ばし、あゆかをどついて、家を飛び出すような勇気など持ち合わせていない。

あゆかの主催するスペースは、結構快適で、私は流極楽スペースと名づけているくらい、ありがたいスペースなのである。しかし、極楽といえども、私のストレスを解消してくれるような便利なものは備えていないのだ。いや、こんなことは、あけっぴろげに言えないのだが、極楽スペースそのものが私のストレスを増大させる原因になっているのかもしれない。

千葉から大阪に単身赴任してきて、煩わしい掃除・洗濯・炊事、味気ない一人暮らしに悩まされている友人が目にすれば、青筋立てて怒るような贅沢な悩みかもしれない。人間とは度しがたいもので、今の時代、何にでもストレスを感じるものなのだろう。

その日は、粉雪がちらついていた。私は、貼りつけ型のカイロを背中と両太股に貼り、サヤカにまたがった。サヤカとは、私がバイクに与えてやった愛称である。

私は、大峰山の雪景色が見たくなった。数日前のテレビに映っていたのが印象的だったからである。

大峰山は、日本でただ一ヶ所の女人禁制の霊峰である。あちらこちらの霊峰が、次から次へと女性を受け入れている中で、かたくなに女性を拒み続けている聖地でもある。残念ながら、この大峰山という特定の山はない。狭義には、山上ヵ岳のことを指しているという。

私の住んでいる所から、バイクでゆけば、2時間とはかからないところにある。洞川は、大峰山・山上ヵ岳の麓にある小じんまりとした集落である。夏は、山登りの人であふれるのだが、温泉やスキー場があり、冬場の客枯れを防いでいるようでもある。その洞川まで行けば大峰の雪景色が見られるのではないかと思ったのだ。

軽自動車のすれ違いさえ難しい吉野の勝手神社の横の小道を通り、黒滝村に入り、河分神社を右に折れ、小南峠から隧道を経て洞川に抜ける。私の一番好きなルートである。夏場は、よく走るのであるが、雪の季節は避けていた。道路が凍結していて、スリップする危険性があるからである。

バイクにチェーンをまいたり、スノータイヤに変えて走るほど、私はバイク中毒症ではないし、必要性も感じていない。そんなわけなので、道路が凍結していれば、即、引き返すのを鉄則にしている。それでも、橋の上やトンネルの出入り口で、思わぬ凍結に苦しめられることも多い。万が一、凍結に遭うと、転倒してもいいように、スピードを極端に落として最徐行運転で抜け切ることにしている。

小南峠に入ると、予想していた通り、杉木立が小雪をかぶっていた。道の両側が白くなり、冷たい山の気は、感覚の乏しくなった顔の皮膚をさらに刺してきた。

暖かいぬるま湯のような流極楽ファミリーの家を一歩出ると、外はもう容赦の無い冷たい世界である。ヘルメットのシールドの隙間からは、押しピンのような風が頬を突き刺すし、2枚に重ねばきした靴下も防寒の役には立たない。

手足の指の先は、10分も走れば、自分の手足ではないと思うほどに、感覚マヒを起こしてしまう。痛さを通り越しさえすれば、自然は私を受け付けてくれるのだ。ヤツらは、こんなオッさんの一人や二人、好きなようにしたらエエがなとでも思っているに違いないのだ。

身のピリリと引き締まる感覚、だらけきった生活の中で、伸びたい放題に伸び切った細胞が整列する感覚、私にはこれが堪らない喜びなのだ。そうなれば、私はサヤカと一体となり自然に同化してしまう。冬場のバイク乗りの醍醐味でもある。

バイクに乗っていれば、季節により天候により、さまざまなスペースが展開されるのだ。微妙な感覚の違いは口では表現できないようなものでもある。このあたりが、妻のあゆかには伝えられない世界なのだろう。これは乗ってみなければ分からない。

人には添うてみよ、バイクには乗ってみよ、としか言いようがないのである。言いようのない世界をどんな言葉に置き変えてみても、所詮は言葉。書き連ねたところで、ダラダラと長くなるだけである。

峠を進んでゆくと、舗装のされてない道路は、湿りがちとなり、小雪の固まりが目につくようになってきた。道が黒いと安心である。これが凍結していると、白っぽく光ってくる。

私は、ヘルメットのシールドを上げ、前面に細心の注意を払いながら、徐行運転で進んでいった。凍結していれば、引き返すつもりである。吐く息が白くない。身体が冷えきってしまって、息の温度が高くないからなのだろう。

グラブの手で、頬をさすってみたが、感触はなかった。対向車など一台もない。空はどんよりとしていて、風が無いのがせめてもの救いである。しかし、風が無くてもバイクは風を呼ぶものでもある。時おり、小雪が目の玉にぶつかってくるのが痛く感じられる。

 隧道まで、あと200mぐらいの所であった。

 ズバーーン!

見事な雪道が連なっていた。車のわだちは見当らなかった。私は、一瞬ひるんだが、隧道を抜けると洞川までは、20分とはかからない。私は、峠の坂道をおそるおそる進んでいった。しかし、雪は浅かった。浅い雪の下は完璧なまでに凍結状態であった。私は、サヤカを止めた。ブーツがすべる。しかも、坂道である。私は、サヤカの手動ブレーキを引き締め小道の中央で立ち往生してしまった。左手は、岩コロが転がってくるような切り立った山だし、右下は崖である。道にガードレールも張られてはいない。

私は、途方にくれてしまった。時刻は午後の4時すぎであろう。私は、時計は持たない主義である。時計を持てば、どうしても時計に頼ってしまう。時計がなければ、時間を知るためにいろいろな感覚が養われてくるような気がするからである。といっても、電車の時間や正確な時刻などに対しては無力である。

私の頭の中は、引き返すことに決まっていた。しかし、サヤカをUターンさせる術が分からなかった。サヤカは、約150kgもある。おいそれとは、かつげもしない。足元はつるつると滑る。動かないのが、一番安全なのだ。道幅は、2mにも満たないようだ。日がつるべ落としのごとく沈むように感じられた。実際、太陽はどんよりと曇った空の果てに隠れていて見えないのだが、真っ暗闇の世界が、あっという間に、やって来そうなような気がした。脇の下では、冷汗がぽとりぽとりと落ちていた。

ああ、どうしよう!


回らない頭が一つのことのみ考えているから、余計回らない。焦りばかりが、襲ってくる。
その時である。白い小道の数10m先に、ふと目が走った。


ゾゾーッ!



白い着物を着た女が立てっているではないか。私の目は、まばたきを忘れてしまっていた。白い顔に、長い黒い髪。しかも、裸足のようである。女は、私の視線に気づいたのか、ゆっくりゆっくりとこちらに近づいてくる。

私は、棒に括りつけられたようになった。女の一足、一足ごとに、背筋に震えがきた。足があるから、幽霊ではないのだろう。今どき、裸足で薄い白い着物を着て、この山道を何のためにと思うのだが、それは今なら言えることであって、心は恐怖のどん底をさ迷っていた。

 バリ、バリーン!

サヤカのエンジンをふかして、走り逃げたいところなのだが、Uターンなど出来そうにもない。

あっ、あゆか! なぜ、こんなところで、そんな格好を!

私は、女の顔が妻のあゆかに見えたのだ。それも、30前の若いころの顔立ちだった。私は、精一杯のほほ笑みを浮かべて、彼女が近づいてくるのを待った。きっとあゆかの精が、困りきっている私を救けに来てくれたのだろうと思いこんだのだ。私は、何事も楽天的に考えるタイプのようである。苦境に立てば立つほど安易に考えてしまう部類の人間なのだろう。

しかし、私の顔の皮膚は、もはや私の力ではコントロール出来ないほど、自然の中に取りこまれてしまっていた。きっと角ばった顔をしていたに違いない。

少しつり上がり気味な目尻、真っ赤に血走った白い目。子育てに苦労して、睡眠不足だった頃のあゆかにそっくり。

髪のほつれは、一生懸命、母親をこなそうとしているあゆかのトレード・マークだった。

ニッ!
女が笑ってくれた。

耳のあたりまで裂けた口は、新婚の頃、私が悪戯して、あゆかが昼寝している隙に口紅で書いてやったあの口だった。

人間は、相手の黒い眼だけ凝視していると、悪人や非美人といえども、可愛らしく見えてくるものである。逆に、どんな顔美人といえども、口や鼻だけ見ていると、ただの一人として、美人として見えるものはいないと、私は思っている。

私は、私の法則を適用して、その女の黒い眼だけを、眼だけを凝視した。

やっぱり、あゆかだった。

「あゆか、救けに来てくれて、ありがとう」

数分見続けていて、私は、感謝の気持ちを顔一杯に表わして、頭を下げて礼を言った。頭を上げてみると、もはや女の姿はなかった。
ふと足元に目をやると、道の端の乾いた雑草が、一山倒れかかってきていた。

                                      おわり