copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんグループ
まだ、唇が痛い。
お母さんに見つかるときっと追求されるわ。
女の直感で分かってしまうかしら。
唇を少しだけ結んでおこう。
唇にはまだあの人が残っている。
憎い人。
ああ、ずっとそばに居たいのに、
結婚の申し込みはしてはくれなかった。
言い出せないのね、とても気が弱そうだから。
(身体が火照る。
咽喉が乾く。
口あわせとはあんなにいいものだったのか?
さ夜更けるとこの境内に男と女がやってきて、
口あわせや色々な事をやっている。
オレが見るともなしに見ているというのに。
でも、奴らがしていることは、全て雪香にも
通じるのだろうか?
そんなこと考えただけでも嫌になってくる。
雪香を汚らわしい人間の男の手に
委ねたくはない。
雪香はオレのものだ。
誰にも渡すものか。
雪香と絶対、一緒に暮らしてみせる。
決心したぞ!
そうして、毎日毎日あの柔らかい
唇に触れるのだ)
(あれ以来、口あわせは会えばいつもしている。
飽きることはないが、裸の雪香も見たくなった。
ずっと一緒にいたい。
オレは雪香に指文字で頼んだ。
雪香の部屋の壁の傍に台を置いて
ローソクを立て、
鈴を撚り糸で吊し、
左右に数を数えながら振る。
もちろん、ローソクの前の壁には手の拳ほどの、
オレの通り道の穴を開けておいてもらう。
その鈴の音を百回も数え終わらないうちに、
オレは君の前に現われるだろうと言っておいた。
果たして、いつものように、うまく瞬間催眠術が
かかるだろうか?
雪香に対しては幸いなことに一回も
失敗はしていない。
全身全霊を込めて術に没入しているからだろう。
今度も、きっとうまくゆくはずだ)
とうとうあの人が結婚を申し込んでくれたわ。
今夜は私の部屋に訪ねて来てくれるという。
待遠しいわ。
すだれが揺れてる。
さあ、あの人の言う通りにして待っていよう。
肌着も新しいものに取り替えて
お風呂にも入った。
常世の願いをもたらしてくれるという
橘の実も浮かべたの。
ああ香久わしい匂い。
あの人に何をご馳走しようかしら?
蘇も出そうかしら。
濁り酒もつけようかな。
黒酒それとも白酒がいいかしら。
でも、まだお父さんやお母さんに
見つかってはいけないの。
お母さんは奥に寝ているけれど、
外床に居るお父さんに気づかれはしないかしら。
もし、見つかったら、あれは風の音なのよと
言うことにしよう。
あの人、もう少しお金が貯まるまで、
正式な申し込みは待ってくれと言っていた。
いいわ。
いつまでも待ってあげる。
裏紐は、どうしておけばいいのかしら。
あら、こんなこと考えて・・・
はしたないわね。
まそ鏡の中に入って隠れていたい。
夜よ、早く更けて、今宵を黒く包んでおくれ。
(うまくいった。
岩踏む道、遠い道のりといえども、
苦にはならない。
石川の清の川原で、身も浄めてきた。
部屋の中は狭いが雪香の匂いが
いっぱい詰まっていて、
心が安らぐ。
オレは、何処に座って良いか
分からなかったので、
隅に寄っていた)
{遠 慮 し な い で 、
こ こ は あ な た の へ や よ}
(雪香も指文字になっている。
声を立てるわけにいかないからだろう。
向かいあっても飽きることのない雪香よ)
{ありがとう。会いたかった}
{わ た し も}
(雪香は糊のきいた布団に横たわった。
オレもその左の横にゆく。
雪香の帯を解くと、白妙の着物の下に、
紅の小染めの下衣をつけていた。
天窓から入ってくる清けき月の明かりに、
雪香の白い白い膚が浮かびあがっていた。
オレの白さとは違う暖かい白さだ。
目が潰れそうだった)
四郎太さん、下帯の解き方も知らない。
やっぱり、初めてなのね、嬉しい。
恥ずかしいわ。
そんなに見つめないで!
(これ以上のことは出来ない。
雪香の裸を見るだけでもよかったのだ。
裸のまま抱き合って口あわせ出来るなんて、
オレはもう大満足。
雪香のしとやかな黒髪を敷いて、
一緒に寝られるだけで、
もうこれ以上の幸せはないのだから。
魂合わせの喜びよ。
これが、夢に見続けていた雪香の手枕か。
月の神よ、ゆっくり夜の空を渡って欲しい。
それにしても、恋というものは
尽くしきれないものだ)
お母さん、私にいつも言っている。
もう耳にタコが出来るくらい。
男には気をつけよって。
私は、四郎太さんと絶対結婚するわ。
だから、何をしてもいいの。
もし、結婚出来なくってもいい。
四郎太さんと結婚できないのなら、
私一生ひとりで暮らすわ。
たった一人の、私の私だけの男の人。
(雪香が何もかも投げ捨てて、
オレに尽くしてくれようとしている。
オレは、それに応えなければならない。
幸せにしてやりたい)
四郎太さんを感じるわ。
乳房や脇腹で。
もう恥ずかしくて、恥ずかしくて。
でも、とっても幸せ。
この幸せ、百世、八千年も続けば、いい。
(朝鳥も鳴き始めた。
夜の早く明けること。
あっという間に時間が過ぎた。
雪香と過ごす時の流れの速いこと!
しかし、この後には長い長い虚ろな時間が
打ち続くのだ。
餌を集める蟻のように通いたいものだが)
{もう、帰るの?
お仕事にゆく時間なのね。
少しも寝ていないのに大丈夫?}
手文字でお話しする。
{昼間、山小屋で少し昼寝をするよ。
ありがとう。
本当にありがとう。
少しお眠り。
また2~3日したら来るよ。
そうだ。
板田の橋、壊れていたよ。
渡る時は注意するといいよ。
今度、仕事休みの雨の日に、直してあげる。
玉橋にしてあげようね}
{ありがとう。優しいのね。それで、あなたは、
どうやって来たの?}
{橋桁をね}
{無茶をするのね。
ダメよ。
では、気をつけてね。
あっ、帯交換してもらってもいい?
いいのね、うれしいわ。
さ よ う な ら}
なす術もない朝のお別れ。
次にお会いするまで、元気でいてね。
すき間から覗いていると、あの人、
何度も何度も袖を振りながら、去っていった。
お母さんに見られはしないかしら。
私も、お外に飛び出していって、袖を振って
見送ってあげたい。
でも、忍ばなければね。
もし、許されるのなら、あの人の帰ってゆく道を
手繰りよせて、焼き尽くしてみたい、
霧を立ち渡らせたい。
四郎太さんと過ごす時間は短いわ。
いったい、あの人何処に住んでいるのでしょう。
お家も見てみたいわ。
でも、いつも言葉を濁すだけ。
私のこと、そんなには愛してくれてないのかしら。
私は、鴨鳥や白鶴さんたちのように、
片ときも置かず寄りそっていたいのに。
(路の長てよ、吾を帰すな!
それにしても、雪香にオレ自身のことを
問われても、
本当のことは口が裂けても
言えるものではない。
仲は深まるばかり。
あの子のいない世の中なんて考えられない。
どうすればいいのだろう)
あの人の足跡を踏みながら、後をついて
ゆこうとしたけれど、
私の足では追いつかなかった。
まだまだ若いので、露に覆われた道行でも、
苦にはならないのだけれど、
男の人には適わない。
あの人いつも山歩きをしているせいかしら。
飛ぶ鳥になりたい。
今日は、仕方ないから、草結びのお願いで
我慢したわ。
草の根さん、ごめんなさいね。
あの人の家、分かったら解いてあげる。
それまで、辛抱してね。
あなたも分かったら、あの人のこと、
夢でいいから教えてちょうだいね。
・・・・・・・・
そうだわ。
もっと確実な方法、思いついた。
今度あの人が来たら、上衣に麻糸を
縫い付けておこう。
その後を辿れば、きっとあの人の
お家がわかるわ。
そうしたら、夜こっそりあの人のお部屋を
訪ねていって、
驚かしてあげよう。
いつもあの人ばかりに来てもらって悪いから。
あの人、どんな顔するかしら。
(もう夜が明けるのか?
このままずっと居られたら、
どんなに楽しいだろう。
結婚して毎日この子の手料理を食べて、
宝もののような子供が出来て。
ささやかな暮らし。
しかし、望むべくもない。
さあ、神杉のねぐらに帰るとするか。
白く生まれたお陰で、参拝者からは拝まれるし、
神社の関係者は下にも置かないもてなしを
してくれるし、
これでも結構忙しい生活を送っているのだ。
毎日顔を出すと有り難みも薄れるので、
頃合を計りながら、
出ていってやらねばならない。
それにしても、よく気も使うことよ)
あの人が帰っていった。
今夜もまた会えるわ。
あの人どんな顔をするかしら。
きっと喜んでくれるに違いないわ。
さあ、朝ご飯を食べて、麻糸の後をつけてみよう。
そう言えば、あの人の衣は色あせ
少し破れてて薄かった。
いつかまだらの衣を織って贈ってあげよう。
まだ糸車が回っている。
途中で切れはしないかしら。
誰かが、足を引っ掛けて切ったりしないかしら。
長さは、これで足りるかしら。
心配すればキリがない。
しかし、そうなったとしても、あの人が
居なくなるわけでは
ないのだから、いいわね。
(今日は疲れた。
身体が重い。
どうしたんだろう。
季節のせいだろうか?
眠りたい・・・)
やっぱり、気になる。
糸車も止まった。
よかった。
長さが足りて。
ご飯など、もう要らないわ。
さあ、手染めの薄草色の麻糸をたぐりよせて、
後を追って行ってみよう。
あの人ったら、道などあまり歩かないのね。
田んぼでも畑でも、何処でも真っすぐ
歩いてゆくのね。
山の中ばかり歩いているから、
そうなったのかしら。
あの人らしい。
あれ!
大神様の神社の中に入ってゆくわ。
神杉さまの方に続いている。
こんな方角にあったのおかしな人。
いつも私が通っていたのに、
教えてくれてもいいんじゃない。
おかしいわ。神杉の前で切れている・・・
ああっ!!
あれは!
白蛇さん、麻糸でぐるぐる巻きされている。
???????????????????
四郎太さん、あなたは、白蛇だったの。
わかった。
すべてが分かったわ。
「四郎太さん、
白蛇さん、
どちらでもいい。
私には同じ人ですもの。
あなたが分かってきたわ。
あげる。
すべてをあげる。
終わったら、そっと私を噛んでね」
{雪香、許しておくれ}
「いいの、そんなこと、もうどうでもいいの。
し あ わ せ よ」
{ありがとう}
これが、あなたなのね。あなた。
(雪香、暖ったかい)
ステキ。
最高に幸せよ。
私はあなたの為に生まれてきたの。
あなたに抱かれて、もうこれ以上のものは何もいらない。
(ゆきか・・・)
私の心はあなただけのもの。
私はあなたしか知らない。
あなたの居ない世界なんてないの。
(たった一人の心を奪われた、可愛いお前。
人間であったなら、
もっと幸せにしてやれたのに・・・
ただ心を結べたことだけが慰めだ)
淡い夜霧ごもりの黒き蒼天に滲む天の河原には、
二つ星がきらきらと輝いていました。
その日を境にして、雪香も白蛇も、
人々の前から姿を消してしまったそうです。
村の人たちは、雪香は神隠しにあったのだ
などと、
噂をしていましたのですが、
75日も過ぎますと、もう雪香のことは
忘れてしまって、
何も言わなくなってしまいました。
その年の、年の瀬の大掃除の時のことでした。
神杉の根元の空洞の中で、
うす桃色に染まった、
三重の美しい輪になった、
白い蛇の脱け殻が見つかったそうです。
その時以来、村の人々は、その神社をみわ様と
呼ぶようになったと言うことです。
それは、三つの輪になった
白い蛇の脱け殻からとも、
その美しい輪を指しているとも言われております。
おわり
絵じゃないかおじさんグループ
まだ、唇が痛い。
お母さんに見つかるときっと追求されるわ。
女の直感で分かってしまうかしら。
唇を少しだけ結んでおこう。
唇にはまだあの人が残っている。
憎い人。
ああ、ずっとそばに居たいのに、
結婚の申し込みはしてはくれなかった。
言い出せないのね、とても気が弱そうだから。
(身体が火照る。
咽喉が乾く。
口あわせとはあんなにいいものだったのか?
さ夜更けるとこの境内に男と女がやってきて、
口あわせや色々な事をやっている。
オレが見るともなしに見ているというのに。
でも、奴らがしていることは、全て雪香にも
通じるのだろうか?
そんなこと考えただけでも嫌になってくる。
雪香を汚らわしい人間の男の手に
委ねたくはない。
雪香はオレのものだ。
誰にも渡すものか。
雪香と絶対、一緒に暮らしてみせる。
決心したぞ!
そうして、毎日毎日あの柔らかい
唇に触れるのだ)
(あれ以来、口あわせは会えばいつもしている。
飽きることはないが、裸の雪香も見たくなった。
ずっと一緒にいたい。
オレは雪香に指文字で頼んだ。
雪香の部屋の壁の傍に台を置いて
ローソクを立て、
鈴を撚り糸で吊し、
左右に数を数えながら振る。
もちろん、ローソクの前の壁には手の拳ほどの、
オレの通り道の穴を開けておいてもらう。
その鈴の音を百回も数え終わらないうちに、
オレは君の前に現われるだろうと言っておいた。
果たして、いつものように、うまく瞬間催眠術が
かかるだろうか?
雪香に対しては幸いなことに一回も
失敗はしていない。
全身全霊を込めて術に没入しているからだろう。
今度も、きっとうまくゆくはずだ)
とうとうあの人が結婚を申し込んでくれたわ。
今夜は私の部屋に訪ねて来てくれるという。
待遠しいわ。
すだれが揺れてる。
さあ、あの人の言う通りにして待っていよう。
肌着も新しいものに取り替えて
お風呂にも入った。
常世の願いをもたらしてくれるという
橘の実も浮かべたの。
ああ香久わしい匂い。
あの人に何をご馳走しようかしら?
蘇も出そうかしら。
濁り酒もつけようかな。
黒酒それとも白酒がいいかしら。
でも、まだお父さんやお母さんに
見つかってはいけないの。
お母さんは奥に寝ているけれど、
外床に居るお父さんに気づかれはしないかしら。
もし、見つかったら、あれは風の音なのよと
言うことにしよう。
あの人、もう少しお金が貯まるまで、
正式な申し込みは待ってくれと言っていた。
いいわ。
いつまでも待ってあげる。
裏紐は、どうしておけばいいのかしら。
あら、こんなこと考えて・・・
はしたないわね。
まそ鏡の中に入って隠れていたい。
夜よ、早く更けて、今宵を黒く包んでおくれ。
(うまくいった。
岩踏む道、遠い道のりといえども、
苦にはならない。
石川の清の川原で、身も浄めてきた。
部屋の中は狭いが雪香の匂いが
いっぱい詰まっていて、
心が安らぐ。
オレは、何処に座って良いか
分からなかったので、
隅に寄っていた)
{遠 慮 し な い で 、
こ こ は あ な た の へ や よ}
(雪香も指文字になっている。
声を立てるわけにいかないからだろう。
向かいあっても飽きることのない雪香よ)
{ありがとう。会いたかった}
{わ た し も}
(雪香は糊のきいた布団に横たわった。
オレもその左の横にゆく。
雪香の帯を解くと、白妙の着物の下に、
紅の小染めの下衣をつけていた。
天窓から入ってくる清けき月の明かりに、
雪香の白い白い膚が浮かびあがっていた。
オレの白さとは違う暖かい白さだ。
目が潰れそうだった)
四郎太さん、下帯の解き方も知らない。
やっぱり、初めてなのね、嬉しい。
恥ずかしいわ。
そんなに見つめないで!
(これ以上のことは出来ない。
雪香の裸を見るだけでもよかったのだ。
裸のまま抱き合って口あわせ出来るなんて、
オレはもう大満足。
雪香のしとやかな黒髪を敷いて、
一緒に寝られるだけで、
もうこれ以上の幸せはないのだから。
魂合わせの喜びよ。
これが、夢に見続けていた雪香の手枕か。
月の神よ、ゆっくり夜の空を渡って欲しい。
それにしても、恋というものは
尽くしきれないものだ)
お母さん、私にいつも言っている。
もう耳にタコが出来るくらい。
男には気をつけよって。
私は、四郎太さんと絶対結婚するわ。
だから、何をしてもいいの。
もし、結婚出来なくってもいい。
四郎太さんと結婚できないのなら、
私一生ひとりで暮らすわ。
たった一人の、私の私だけの男の人。
(雪香が何もかも投げ捨てて、
オレに尽くしてくれようとしている。
オレは、それに応えなければならない。
幸せにしてやりたい)
四郎太さんを感じるわ。
乳房や脇腹で。
もう恥ずかしくて、恥ずかしくて。
でも、とっても幸せ。
この幸せ、百世、八千年も続けば、いい。
(朝鳥も鳴き始めた。
夜の早く明けること。
あっという間に時間が過ぎた。
雪香と過ごす時の流れの速いこと!
しかし、この後には長い長い虚ろな時間が
打ち続くのだ。
餌を集める蟻のように通いたいものだが)
{もう、帰るの?
お仕事にゆく時間なのね。
少しも寝ていないのに大丈夫?}
手文字でお話しする。
{昼間、山小屋で少し昼寝をするよ。
ありがとう。
本当にありがとう。
少しお眠り。
また2~3日したら来るよ。
そうだ。
板田の橋、壊れていたよ。
渡る時は注意するといいよ。
今度、仕事休みの雨の日に、直してあげる。
玉橋にしてあげようね}
{ありがとう。優しいのね。それで、あなたは、
どうやって来たの?}
{橋桁をね}
{無茶をするのね。
ダメよ。
では、気をつけてね。
あっ、帯交換してもらってもいい?
いいのね、うれしいわ。
さ よ う な ら}
なす術もない朝のお別れ。
次にお会いするまで、元気でいてね。
すき間から覗いていると、あの人、
何度も何度も袖を振りながら、去っていった。
お母さんに見られはしないかしら。
私も、お外に飛び出していって、袖を振って
見送ってあげたい。
でも、忍ばなければね。
もし、許されるのなら、あの人の帰ってゆく道を
手繰りよせて、焼き尽くしてみたい、
霧を立ち渡らせたい。
四郎太さんと過ごす時間は短いわ。
いったい、あの人何処に住んでいるのでしょう。
お家も見てみたいわ。
でも、いつも言葉を濁すだけ。
私のこと、そんなには愛してくれてないのかしら。
私は、鴨鳥や白鶴さんたちのように、
片ときも置かず寄りそっていたいのに。
(路の長てよ、吾を帰すな!
それにしても、雪香にオレ自身のことを
問われても、
本当のことは口が裂けても
言えるものではない。
仲は深まるばかり。
あの子のいない世の中なんて考えられない。
どうすればいいのだろう)
あの人の足跡を踏みながら、後をついて
ゆこうとしたけれど、
私の足では追いつかなかった。
まだまだ若いので、露に覆われた道行でも、
苦にはならないのだけれど、
男の人には適わない。
あの人いつも山歩きをしているせいかしら。
飛ぶ鳥になりたい。
今日は、仕方ないから、草結びのお願いで
我慢したわ。
草の根さん、ごめんなさいね。
あの人の家、分かったら解いてあげる。
それまで、辛抱してね。
あなたも分かったら、あの人のこと、
夢でいいから教えてちょうだいね。
・・・・・・・・
そうだわ。
もっと確実な方法、思いついた。
今度あの人が来たら、上衣に麻糸を
縫い付けておこう。
その後を辿れば、きっとあの人の
お家がわかるわ。
そうしたら、夜こっそりあの人のお部屋を
訪ねていって、
驚かしてあげよう。
いつもあの人ばかりに来てもらって悪いから。
あの人、どんな顔するかしら。
(もう夜が明けるのか?
このままずっと居られたら、
どんなに楽しいだろう。
結婚して毎日この子の手料理を食べて、
宝もののような子供が出来て。
ささやかな暮らし。
しかし、望むべくもない。
さあ、神杉のねぐらに帰るとするか。
白く生まれたお陰で、参拝者からは拝まれるし、
神社の関係者は下にも置かないもてなしを
してくれるし、
これでも結構忙しい生活を送っているのだ。
毎日顔を出すと有り難みも薄れるので、
頃合を計りながら、
出ていってやらねばならない。
それにしても、よく気も使うことよ)
あの人が帰っていった。
今夜もまた会えるわ。
あの人どんな顔をするかしら。
きっと喜んでくれるに違いないわ。
さあ、朝ご飯を食べて、麻糸の後をつけてみよう。
そう言えば、あの人の衣は色あせ
少し破れてて薄かった。
いつかまだらの衣を織って贈ってあげよう。
まだ糸車が回っている。
途中で切れはしないかしら。
誰かが、足を引っ掛けて切ったりしないかしら。
長さは、これで足りるかしら。
心配すればキリがない。
しかし、そうなったとしても、あの人が
居なくなるわけでは
ないのだから、いいわね。
(今日は疲れた。
身体が重い。
どうしたんだろう。
季節のせいだろうか?
眠りたい・・・)
やっぱり、気になる。
糸車も止まった。
よかった。
長さが足りて。
ご飯など、もう要らないわ。
さあ、手染めの薄草色の麻糸をたぐりよせて、
後を追って行ってみよう。
あの人ったら、道などあまり歩かないのね。
田んぼでも畑でも、何処でも真っすぐ
歩いてゆくのね。
山の中ばかり歩いているから、
そうなったのかしら。
あの人らしい。
あれ!
大神様の神社の中に入ってゆくわ。
神杉さまの方に続いている。
こんな方角にあったのおかしな人。
いつも私が通っていたのに、
教えてくれてもいいんじゃない。
おかしいわ。神杉の前で切れている・・・
ああっ!!
あれは!
白蛇さん、麻糸でぐるぐる巻きされている。
???????????????????
四郎太さん、あなたは、白蛇だったの。
わかった。
すべてが分かったわ。
「四郎太さん、
白蛇さん、
どちらでもいい。
私には同じ人ですもの。
あなたが分かってきたわ。
あげる。
すべてをあげる。
終わったら、そっと私を噛んでね」
{雪香、許しておくれ}
「いいの、そんなこと、もうどうでもいいの。
し あ わ せ よ」
{ありがとう}
これが、あなたなのね。あなた。
(雪香、暖ったかい)
ステキ。
最高に幸せよ。
私はあなたの為に生まれてきたの。
あなたに抱かれて、もうこれ以上のものは何もいらない。
(ゆきか・・・)
私の心はあなただけのもの。
私はあなたしか知らない。
あなたの居ない世界なんてないの。
(たった一人の心を奪われた、可愛いお前。
人間であったなら、
もっと幸せにしてやれたのに・・・
ただ心を結べたことだけが慰めだ)
淡い夜霧ごもりの黒き蒼天に滲む天の河原には、
二つ星がきらきらと輝いていました。
その日を境にして、雪香も白蛇も、
人々の前から姿を消してしまったそうです。
村の人たちは、雪香は神隠しにあったのだ
などと、
噂をしていましたのですが、
75日も過ぎますと、もう雪香のことは
忘れてしまって、
何も言わなくなってしまいました。
その年の、年の瀬の大掃除の時のことでした。
神杉の根元の空洞の中で、
うす桃色に染まった、
三重の美しい輪になった、
白い蛇の脱け殻が見つかったそうです。
その時以来、村の人々は、その神社をみわ様と
呼ぶようになったと言うことです。
それは、三つの輪になった
白い蛇の脱け殻からとも、
その美しい輪を指しているとも言われております。
おわり