絵じゃないかおじさん

言いたい放題、自由きまま、気楽など・・・
ピカ輪世代です。
(傘;傘;)←かさかさ、しわしわ、よれよれまーくです。

あ@仮想はてな物語 浦島太郎に?!

2019-12-23 10:22:41 | 仮想はてな物語 

copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ
            
           平成はじめのころです。

 * 浦島太郎に?!(053)

 あれは、紀伊半島の何カットめのことだったのだろうか?

 私は、紀伊半島一周走破を計画していた。
 土曜日だけのツーリングだとそうそう走れるものではない。
 そのため、何回にも分けて紀伊半島を走った。

 42号で黒い普通車に後を付かれたので横道に逸れてやった。
 ヤツは、私がスピードを緩めると緩め、
速めると同じように速めて、後に付いてきた。
 時間にすれば、10分間ぐらいだったろうか?

 うるさいので逃げたのだ。
 黒い車は要注意車だ。
 概してまともな走り方をしない奴が多い感じを受ける。
 しょっちゅう、ブレーキを踏む車も要注意車だ。
 そういう車に会えば、即、私は離れることにしている。
 事故に巻き込まれる可能性が大きいからだ。
 難は排す。
 事故から遠ざかるには、この一語に尽きる。

 脇道でも道があれば、またどこかで国道にぶつかるだろうと、
 安易な気持で走っていた。 
 目的は太平洋岸沿いに進むことだから、それで十分なのだ。
 太平洋は左に広がっていた。

 海はいい。
 傍で生活するのとは違い、たまに見るからいいのだ。
 私は海の傍で育ったが、今は盆地のど真ん中で暮らしている。
 だから、海などこうしてツーリングでもしないと見られはしない。
 同じ環境で暮らし続けていると、たまには変ったこともしてみたくなる。

 その点バイクでツーリングに出掛けるのは、私にとっては、
 まさに持って来いの気分転換になっている。

 その道は海岸沿いの小道だった。
 最近では、どんなに細い道でも舗装が為されている。
 そこに住む人々にとっては、そうなる方のメリットが大きいのだろうが、
 私のような通りすがりの者には未舗装の方が望ましい。
 とは言いながら、自分の生活道は舗装されている方を好むのだから
 何とも身勝手な話だ。

 未舗装の道は、特に雨降りの日にその本性を現わす。
 水溜りやぬかるみ道となって反撃してくるのだ。
 車社会にとっても大敵となる。
 風の強い日にも似たような迷惑を人にかける。
 泥や砂埃が人家や洗濯物を襲うのだ。

 舗装は彼らの武力を弱める手段の一つでもあるようだ。


 道を広げた名残りの雑草が真ん中に数列も生えている田舎の小道。
 そんな道に出会うと、たまらなく懐かしくなってくる。
 小さい頃、朝露や雨の日に苦しめられた苦い記憶は薄れ、
 良い思い出のみが顔を出す。
 けれども、そういう道には中々会えない。

 そのあたりも過疎地とは呼ばれるものの、
 道だけは都会並みになっていた。
 ただ少し金のかけ方が少ないのか、
 痛みはかなりのものではあったのだが。

 車の通りはほとんどなかった。
 砂浜がずっと続いていた。
 波が大きく押し寄せているところで、サヤカを止め一休みする。

 砂浜に打ち寄せる波は、日本海も太平洋も似たような塵を運んでくる。
 洗剤の容器、ビニール袋、釣り糸、雑誌、空缶、ぬいぐるみ、
 スリッパやズック靴など、数えあげたら限りがない。
 遠くに目を走らす分には気持がいいのだが、
 人間との接点の部分では、
 陰湿な戦いを繰り広げているようだ。

 お互い要らないもの同士を押しつけ合っている。
 もちろん悪いのはどちらか判りきっている。
 私自身もその一員なのだろうが、
 気がつかないという事は恐ろしいことだ。

 あの塵ラインの中で、私が昔、
 何気なく、奈良県のS市の小川に投げ捨てた
 煙草の吸い殻が、寺川、大和川を通り、
 大阪湾に出て波に乗り、
 この紀伊半島の名も知らない砂浜で、
 からからに縮みきった黄色のフィルターと
 なって睨みつけているかも知れない。

 そんな事を思うと一人で居るのが恐くなってくる。
 軽く体操をして、また走り出す。
 しばらく走っていると、砂浜で犬が2匹、
 何かに吠えかかっているのが見えた。
 吠えながら、時々、前足でチョッカイを掛けている。
 サヤカを止め観察する。

 海亀みたいだった。
 クラクションを鳴らしてやる。
 けれど、ヤツらは逃げなかった。
 かなりの大きさの犬コロである。
 まともに2匹も相手にしたら、細身の私は負けそうだ。

 サヤカから降り小石を拾いあげて、立て続けに投げつけてやった。
 肩の筋肉がギクッと音をたてる。
 まともに飛んではいかない。
 それでも有り難いことには、犬は逃げてくれた。
 低く唸り声を上げて、面を切りながら離れていった。

 私は、仲間を引き連れて仕返しにくるのではないかと恐れた。
 こんな場所から早く離れようと、サヤカに跨がった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ふとその時、海亀が気になったので目をやった。
 犬に脅されて隠していた首を出しきって、上下に振っている。

 あれは、お礼を言っているのか?
 それにしては、回数が多すぎる。
 よく見ると、右手も出していて、オイデオイデをしているではないか!


 私は、また例のサヤカの力を借りる事にする。
 すぐさま、ガソリンの給油口を開け耳を当てる。

 {オッさん、ありがとう。助かりました}

 私を、オッさん呼ばわりする奴がここにも居たのか!

 有り難いと言おうか、情けないと言おうか、
 とんだ有名人になってしまったものだ。
 これも元はと言えば、すべてはサヤカの所為だし、お陰でもある。

 {お礼にいい所へ、ご案内しましょう。
  海に潜る道具は持っていますか?}

 そんなもの、ツーリングに持ってくるわけない。
 それに趣味ではない。
 かといって、いい所と言われると行きたくなるのが、私の性分。

 その上、助けた亀といい所、これは浦島太郎に違いない。
 しかし、何とも安上がりな太郎なのだろう。
 石つぶて、たったの10個足らず。
 もう、これは運だ。

 海亀が苛められていた。
 たまたま、私が通りかかった。
 石を投げる。
 犬が去る。
 何とも単純なストーリィ。

 でも、宝くじを買って当たるよりは、込み入った筋にはなっている。


 このチャンス、何とかならないもんか!
 ない知恵を絞り出す。

 ああ、そうだ。
 ここは太平洋だ。
 鯨のクジクジをサヤカに呼んでもらって、
 彼奴の口のなかに入れば何とか潜れそうだ。

 {オレは、人間なので酸素がいる。
  何分ぐらいで行けるのかい?}

 {15分とかかりません。
  着けば空気の心配はいりません}

 ここから、15分の所に竜宮城があるなんて、
 とてもじゃないが信じられない。
 そんなに近いのだったら、
 もうとっくに話題になって、
 マスコミを賑わしているはずなのに。

 またまた、20世紀末のお粗末な知識が邪魔をするが、
 信じる者は救われるだ。
 この際、信じてしまおう。

 サヤカに、クジクジを呼んでもらった。
 いまデイトの最中なので、30分ぐらい待ってくれという。

 (人の恋路を邪魔する奴は、
  野犬に襲われて噛まれてしまえ!)

 そんな言葉が浮かんでくる。
 何とも心細い。
 人っ子ひとり通らない。

 そのうちに、クジクジがやってきた。

 {ご厄介かけます}

 {おう、オッさん、久しぶりじゃのう}

 サヤカを通して話しかける。
 訳を話すと気持よく、口をぱかーっと開けてくれた。
 OKサインである。

 {気をつけてね。鼻の下にもね}

 サヤカの見送りのきつい一発が聞こえた、ような気がした。
 そんな短い言葉でも純情な(?)私には堪える。
 ビィーンと心に射い入るのだ。
 海亀がのっそりと進み始める。

 口の中は真っ暗だった。
 ぷーんと魚の腐ったような匂いが押し寄せる。
 心細いので懐中電灯を点けた。

 クジクジはマッコウクジラだ。
 最大時速、約36km。
 ということは、10分では5~6kmも進む。
 平地での1kmはたいしたことないが、
 海底や山の高さとなってくると、
 その桁は何万倍にも読み換えなければならない。
 元来、気の小さい私は、不安に襲われていた。

 クジクジの鼻の穴あたりがわずかに白い光を放っている。
 私は尖った歯にしがみつき急降下に耐える。
 ジェットコースター並みだ。

 海亀のヤツ、
 騙したりはしないだろうな、
 ちゃんといい所へ案内してくれるのだろうな、
 そんな事を思いながら身を任せていた。

 しまった!!!

 しばらくして、重大な忘れ物をしたのに気がついた。
 サヤカのマフラーだ。
 あれは、海亀やクジクジとオレを繋ぐ言語翻訳機なのに・・・
 もう彼らと言葉を交わせない。

 ダメだ。
 「引返してくれえー」と叫ぶが通じない。
 どうしよう。
 二度と地上へは戻れなくなるのか?

 クジクジが止まった。
 パカーッ。
 口が開く。

 まぶしいーっ。
 さわやかな晴天。
 見たことのあるような、なつかしい風景。

 あれっ! 

 後を振りかえると、
 クジクジと海亀が、ニヤニヤ笑っているようだ。


 海亀が、これから起こる事を、
 クジクジに、教えたに違いない。

 後は薄暗い砂浜、前はM市のT町だ。
 M市は地方都市だ。
 T町はそのはずれにある。
 少なくとも海からは大分離れている。

 おかしい!

 人が全然いない。
 ゴーストタウンか。

 だが、前が明るいのと 
 クジクジと海亀が、後に控えているので恐くはない。
 海亀が、行け行けと、手で合図しているようだった。

 私は、右、左をゆっくり見ながら歩いた。
 20数年前そのまま。
 川があり、柳が青々と生えている。

 あの曲がり角を曲がると、
 青い屋根の、マッチ箱のような家が、あるはずだ。

 8畳の部屋とトイレ・炊事場つき、家賃6,000円。
 Oさんと結婚して、
 一緒に暮らし始めた、私たちの原点のような場所だ。

 今は結婚して20年は悠に越えている。

 曲がり角を曲がる。

 アッ、Oさん!

 「居たの?」

 家の前にOさんが立っている。 若い!!

 「私、Oさんではありません」

 「じゃ、サヤカかい?」

 首を横に振る。
 Oさんでもなく、サヤカでもない。

 では、一体この人は何者なんだ!

 「わ た し は 、 あ な た の こ こ ろ の せ い」

 心の精だって! 何だ、それは! 

 心に精まであるもんか。
 しかも、このオレの、だって?

 それにしても、可愛い。
 しかし、Oさんでもない、サヤカでもない。
 どう対応したらよいのか分からない。

 「お入りなさい。アナタのおうちじゃない」

 そう言われても、もう頭の中は、メッタンタン。
 {いい所}の意味が分かった。

 分かりはしたがどうしたものか。
 Oさんそっくりとはいうものの、
 Oさんとは違う、若くて可愛い女の子。
 私は、中年のオッさん。

 頭の中では、
 140億もあるという、
 脳細胞の特定部分が、上へ下への大騒ぎ。

 スーパーコンピュータ以上の処理速度で、
「入る」、「入らない」を判定をしている。

 エエィ、この人を、O’さんにしてしまおう。
 会心のキータッチで、「入る」ボタンを押す。
 うまく「入る」で止まったみたいだ。

 「お邪魔します」

 部屋の中はそっくり、そのまま。
 二人で初めて買った14インチのカラーテレビ。
 折り畳み式の卓袱台。
 小さい冷蔵庫。
 すべてが、昔のまま。

 「テレビでも見ていてね」

 O’さんは台所に立つ。
 薄汚れたコンクリート剥出しの流し。

 「トイレ使っていいですか?」

 「いちいち、そんなこと、何故、聞くの?」

 O’さんは、Oさんそのままの口の聞き方。
 もちろん、声もそっくり。

 トイレは汲み取り式だった。
 匂いが漂っている。
 これも同じ。
 変っているのは、この私だけ???

 テレビをつけてみる。
 わぁ、ダサイ、コマーシャル!

 しかしながら、
 その頃は、
 それが最先端の流行品ばかりだったのだ。

 あれあれ、
 スカートの短い事。
 あの化粧の仕方!


 いちいち目につく。

 といっても、その時代は、
 それが一番いいと思って、
 皆が真似したのだから滑稽だ。

 また、そうしないと、
 周りも納得しないのだから、余計に質が悪い。

 さらに喜劇的なのは、その流れを追わない者を、
 田舎者呼ばわりするのだから、
 何をか言わんやである。

 今から見返すと、50歩100歩、
 同じ穴の貉の毛比べのようなものなのに、だ。


 「もうご飯食べる?」

 うなづく。
 狭い卓袱台の上に、O’さんの手料理が並ぶ。
 決して誉められた味ではない。

 しかし、料理など心で食うものだと、私は思っている。

 レストランのブランド品の「コシヒカリ」より、
 Oさんの手で研いだ「標準米」の方が、はるかにうまい。

 狭いレパートリィの中から、
 必死になってm毎回違ったものを作ろうと
 努力してくれる姿勢が、味付けになるのだ。

 主婦し始めの頃のOさんを思いだす。
 何ともいじらしい。
 久しぶりに旨いものを食った感じがした。

 最近では、何を食っても、そう旨くはない。
 確かに口あたりは旨いのだろうが、
 心は、そうとは受け取らない。

 小さい頃、農閑期に作って貰った、
 母の手作りの、
 蒸しパンの味を超えるものは、
 そう多くはない。

 味は味を求めて螺旋階段を駆け上ってゆく。
 しかし、頂上へはどこまで駆けあがっても辿りつけない。

 当たり前のことである。
 頂上自身がないからだ。
 頂上があると錯覚する感覚に問題があるのである。
 頂上が見えない努力は、結局は要求不満に結びつく。
 殿様がサンマに涙する心境がよく分かる。

 「コーヒー入れようか?」

 「お願いします」

 コーヒーを飲みながら、取り留めもない話をする。
 誰に何を話かけているのか、わからないので話題に苦労する。
 が、相手がOさんだと思うと気が楽である。
 気を使わなくてもいいからである。

 あっという間に時間が過ぎた。
 部屋の中がだんだんと暗くなってくる。

 ここは紀伊半島の近くの筈だから、
 家まではバイクで3~4時間は掛かる。

 あの曲がりくねった169号を、
 夜中に走るのはコリゴリだ。

 ずっと居たいのだが、
 夜は家を空けないのが、私のツーリングの鉄則。

 必ず帰ることにしている。
 Oさんに、余計な心配をかけたくないからである。

 「帰ります。ありがとう。心がさあーっと晴れました」

 「喜んでいただけて、よかったわ。
  亀を助けて貰ってすみませんでした」

 「いいえ、大したこともしていないのに、こちらこそスミマセン。
  アノー、それと帰りはどうしたら、いいんでしょう?」

 「心配は要りません。
  クジクジさん?
  でしたか?
  呼んであげますわ」

 玄関を出ると薄暗い砂浜だった。
 クジクジが口を開いて待っていてくれた。
 O’さんの可愛い笑顔に送られて乗り込む。
 海亀も居たので、頭を撫でて、お礼を言った。

 「ありがとう、さようなら」

 「さようなら」

 クジクジから出ると砂浜は明るかった。
 クジクジにも世話になった。
 オキアミ入りのエビ煎餅でも、
 コロに持たせて、お礼に来させよう、
 そんな事を思った。

 サヤカ、サヤカは? と。 

 ああっ、サヤカが居ない!
 盗まれたのか!

 ガバッ! 

 跳ね起きた。
 あれ、夢?
 夢だったのか。

 サヤカは傍にいた。
 砂浜にある松の木の下で、私は居眠りをしていたのだ。
 海風が心地よい。
 白い波が、ところどころに絶え間なく現われては消えてゆく。

 O’さんは?
 海亀は? 

 石を投げて2匹の犬を追っ払ったのは、確かだ。
 その証拠にまだ腕がだるい。
 その後、どうしたのだろう。
 ボケる歳でもないのだが、なかなか思い出せなかった。

 普通は、ここでお土産が見当る筈なんだが・・・・・

 サヤカの荷台に何か乗ってる。
 発砲スチロールのパックだ。
 O’さんからのお土産に違いない。
 それにしては、近代的な包装だった。

 だが、待てよ!
 空けたら、白ヒゲジィさんになってしまうのでは!

 でも、そうなると、私はもう定年になっていて、
 好き勝手なことが出来るのでは・・

 そんな甘い期待を抱く。

 なるようになれだ。
 思い切って、パッと開けた。

 モヤモヤッ。
 白い煙が立ち上る。

 ヤッター!

 何だ! 

 よく見ると、ドライアイスの蒸気ではないか。
 そうだ。
 これは、私が買ったOさんへの生海老のお土産だったのだ。
 昼寝をしていて、すっかり忘れてしまっていた。

 さぁ、早く出発しょう。
 169号を明るいうちに抜けなくてはと、
 急いでサヤカに跨がった。

 それにしても、初々しかったなぁ、O’さん。

 転寝を 太平洋は  のんびりと
  見守りくれる 初夏の日盛り

                ち ふ


   おわり



あ@仮想はてな物語 香久やま姫

2019-12-23 10:21:10 | 仮想はてな物語 

copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ
            
           平成はじめのころです。


 * 再度、前置き(昭和の終わりころ~)


 私の名前は、流休人。

 背が低いので当然足は短いのです。
 ピカ輪(巷では、団塊とも)の世代の、
3人の子持ちの
 ヒラ会社員であります。
{利好虎(リストラ)の絶好物・・
 誰ですか、そんなこと言うの!}


 そう、どこにでも転がっているような
平凡なオッさん、なのです。
 で、通称はオッさん、あだ名はドン作。


 このあだ名は、根がドン臭いため
進呈されたものであります。
 残念ながら、命名者の名前は
忘れてしまいました。
 忘れてはしまいましたが、
あだ名だけが言魂となって
まとわりついております。

 まとわりつけば、
いつかは愛着も起きるのでしょうね。
 今では、この呼び名にも
すっかり耳慣れてしまいました。

 また、30前に長女の友達から、
オッちゃんと呼ばれた
 あの衝撃も、記憶の彼方へ遠ざかっております。
 近ごろでは、このオッさんの世界に安住の地を
見出だしているとでも申せばよいのでしょうか。
 このドン作オッさんが、私には、
よく似合っているように思えます。

 では、続きまして・・・


 * 香久やま姫(052)

 春過ぎて 夏来るらし 白妙の 
  衣乾したり 天の香具山
                    持統天皇 (万葉集・巻1・28)

 私の親友・ちうに寄れば、この歌は当たり前すぎて意味深だと言う。
 私は、短歌などよくは分からない。

 彼に言わせると、この歌は、

 春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の美和山

 にした方が、白妙の衣にはぴったりするという。

 美和山(三輪山)は、
 確かに女性の曲線を象徴しているような、
 優美な山容をしている。
 それに比べて、香具山は、丘のような山らしくない山である。

 美和山が、円熟した女性なら、
 香具山は、髪をチリチリに痛めつけた
 荒々しい雑な女性を、思わせるような山に見える。

 ちうは、
 藤原京の時代に、二山がどういう山並みをしていたのかは知らない。
 あくまでも、今の形を基準にモノを言っているのである。

 初夏を感じさせるものは、
 朝夕及び日中の温度、
 水の感触、
 風、
 空の重さ、
 食卓に並ぶ食物類、
 葉桜・若葉などなど、
 数え上げたらキリがない。

 その数多くのものの中から、
 白妙の衣を選んだ理由は、一体何だったのだろうか?

 周りには、たくさんの山々があるというのに、
  何故、香具山でなければならなかったのか?

 あまりにも単純すぎて、恐い気がする、とも言うのである。

 けれども、私にとっては、そんな事はどうでもいいことだ。

 香久山は、私の好きな場所の一つである。
 毎週バイクで走っている。


 香久山の西側の中腹にある小道は、私のホームグランドだ。
 その小道からの眺めが好きだ。
 とくに夕日が、二上山あたりに沈む頃の景色は素晴らしい。

 うっすら赤い西空で、
 ふたこぶラクダのような、
 二上の山の黒いシルエットが、
 だんだんと闇に包まれ溶けてゆく。

 大和青垣の一部でありながら、
 連山から独立したような姿は低いながらも、
 金剛、葛城から、生駒の山並みを従えて、
 毅然と構えているようにも見える。

 麓の方に目を落とすと、畝傍山、雷丘、耳成山が
 国中(くんなか)にぽつりぽつりと散らばっている。
 家の灯やネオンの輝きが増し始める。

 為政者の国見の心境にだんだんと近づいてゆく。
 しかしながら、根が凡人の浅はかさ。
 そのあたりで、心細さや空腹を覚え、
 Oさんの待つ家路につく。

 1パターンもいい所だ。


 ここで、季節は初夏から夏休みに移る。
 それも、お盆前。
 こんなに飛ばすから、光陰矢の如しなどという諺が生まれるのだ。

 しかし、何でもスピード化の時代。
 飛ばすもこれ時代の流れ。
 流れに乗るのが。
 オッさんの義務の一つのような気もする。

 そのうちに、乗り落ちて、
 あっちこっちで、痛い目に遭うような予感はしてはいるのだが・・・


 お盆前になると、妻のOさんは、
 子供たちを引き連れて実家に行く。
 その間は、私は一人になる。

 私も一緒に行きたいのだが、
 そうそう休みは、取れないので一人残る。
 その代りに、盆の終わり頃に、
 2~3日休みをとって、迎えにゆくのである。


 5人家族から一人になると何となく淋しくなる。
 1日も持たない。
 会社から帰って、真っ暗な家に入るのは嫌なものである。
 だから、玄関の明かりは電気代が勿体ないが点けてゆく。
 外食も昼・夜と2回も続くと、もう飽きて来る。

 下宿をしていた学生の頃は、それが当たり前だったのに、
 今では、すっかり忘れてしまっている。
 洗濯も面倒だ。
 スイッチひとつとはいうものの大層だ。
 干すのが邪魔くさいのだ。
 そんなことを数え上げてゆくと、Oさんの存在は大きい。
 大きいが、家族皆が当然のように思って、Oさんをコキ使っている。

 もちろん、コキ使い始めの張本人は、この私。
 一緒に暮らし始めた頃は、
 用事の一つひとつに、重みがあったのに、
 今では当然の事として、口からぽんぽんと飛び出してゆく。

 Oさんの都合など全く考えないので、時々、Oさんを怒らせてしまう。
 私も怒り返す。
 口争いが始まる。
 慣れのしっぺ返しもいい所だ。

 一人になると、その喧嘩相手も居ない。
 会社から帰る。
 食事は会社の近くで済ませているので、後は寝るのみ。

 そんな生活が数日も続いていたある夜のこと。

 私は、愛車のバイクSサヤカに乗って、
 香久山の方へと向かった。

 香久山は、万葉の森公園となっていて、
 万葉時代の木々や草花が植えられている。

 香久山の東寄りには、
 南北に舗装された2車線の、
 広い道路が刻まれている。

 道の両側には、北から竹の林、桃の畑、蜜柑園と続いて、
 その折々の季節感を感じさせてくれる。

 頭がぼぉっとするような夏の夜でも、
 少し走れば、ほどよい温度になってくる。

 どこかで、盆踊りの練習をしているのだろう。
 スピーカーで盆歌が流れてくる。
 車はほとんど通らない。
 幹線から外れているので、通る必要性がないのだろう。

 私は、別に目的もないので、ゆっくりと走っていた。
 まだ、この頃はサヤカがしゃべれる事は知らなかった。


 欝蒼と茂る竹林。
 月の光が、ほんのりとさす。
 その竹の林を恐る恐る見ながら、
 走っていた時だった。
 根元が、ぽぉーっと光る竹があるではないか!


 これは、まさにかぐや姫!

 でも道具は何もない。
 すぐさま家に引返す。
 鋸を捜し出す。
 Oさんが居なければ、何処に何が置いているか分からない。

 家音痴もいいところだ。
 Oさんに電話をかける。

 「今頃、何に使うの?」

 日頃、使ったこともない鋸を、それも夜も8時すぎに在り場所を
 問い合せるものだから、
 [オッさん、また何をやり始めるのか]と心配でならないのだろう。

 物置の左の隅に置いてあるという。
 私は、まさか爪を切るとも言えず、適当に誤魔化す。
 Oさんも、その当たりは心得ていて追求は止める。

 私は不安になった。

 見間違いではなかったのか?
 誰かがもう先に見つけているのではないか?

 とにかく、鋸を捜しだし竹の許へと急ぐ。

 幸いなことに、まだ誰も気がついてないようだった。
 そこは確か私有林の筈だ。

 昼間、いつか
{竹の子を取らないで下さい 某}
 という立て札を見かけたことがある。

 竹の子の季節には、外れているので安心なのだが、
 他人様の私有地に黙って入り、竹を切るには相当な勇気がいる。

 けれど、夜もかなりの時間に、
 「お宅の竹の根元が光っている。
  あの中には、かぐや姫が居るに違いないから、
  すぐ一緒に行って切ってみましょう」などと、言ってもごらん。

 {こいつ、ええ年して何を血迷っているのか}と、
 一笑に付されるのが落ちだ。
 場合によっては、拳骨の一発も見舞われるか、警官を呼ばれるか、
 そんな所に落ち着くだろう。

 ああ、夢もロマンもない奴ばかりだ!
 とは言うものの、この私自身が、他人にそんなことを言われると、
 頭から信じたりはしないのだから、お相子なのだろう。

 サヤカを脇道に隠しライトを消して、周りに注意を払いながら、
 竹林の中に踏み込んでゆく。
 地上に落ちている笹の葉が、
{わっ、盗人(ぬすっと)!}と叫んでいるようだ。
 小さいとき、スイカを失敬したような心境が蘇ってくる。

 光る竹への期待と、
 泥棒をしているような後めたさが、微妙にブレンドしている。
 近づいてよく見ると、下から3段目の節から光が出ていた。
 上下の節は、ぼやっーとした明るさだ。

 その節の中では窒素が8割近く酸素が2割足らず、
 残りを主に二酸化炭素が占めていて、仲良く住み分けしているようだ。
 普通の空気より酸素が少なく、二酸化炭素が多いようである。(注1)

 元来、不器用な私は、そこで考えた。
 目的の節を直接切って、
 中に居るはずのかぐや姫を、傷つけてはならない。

 そのためには、その一節分、
 そのまま切り取って持ち帰り、
 上の節を、ナイフで繰り抜いてやろうと思った。

 上の部分から切り取ってゆく。
 ゆっくりゆっくりと鋸を引く。
 普段使った事がないので、
 真ん中がぴょこんと曲がったり、
 押すことも引くことも出来なくなったりする。

 日頃の手抜き生活が、こんな所にも現われてくる。
 それでも何とか傾きかける。
 節の太さは、両手の親指と中指で輪を作って、
 少し足りない大きさである。
 高さは5~6mは、あるのだろうか。

 その竹が、ザザッと倒れ始めた。
 ビキビキビキッと音を立てる。
 誰かに聞かれはしないかと気が気でない。
 切り口は全部は切り取っていないので、くっついたままだ。
 丁寧に切り落とす。

 ああ、半分終わった。
 下の部分も切り取る予定だったのだが、
 前半に力を使い過ぎたので、
 手抜きをすることに変更する。

 上の節の境辺りに鋸を入れる。
 切り口の中を覗くと透き通るような明るさだ。
 まさか、節すれすれに、頭を置いてないだろうと、
 楽観して鋸を進める。

 しかし、怪我をさせては大変だと思い、
 今度は上から縦に引いてゆく。
 横の切り口と縦の切り口が合った。

 私は、手を震わせながら、その部分をもぎ取った。

 ピカーッ。

 光が天に走った。
 私は一瞬怯む。
 もしかして、放射能でも浴びるのではないかとの、
 恐怖に捉われる。

 でも、今更後には引けない。
 光が数秒かけて、蒸発してしまったようだ。
 しかしまだ、何となく明るかった。

 隙間から覗き込むと、産着のようなものが見えた。

 やっぱり!
 居た。

 私は、節を少しずつ剥がしてゆく。
 鋸と手を使って必死だった。
 竹の中には、女の子が、
 小さい縦のベットのようなものに括られて寝ていた。

 何故、女の子と分かったのか。
 それは、髪が長くて、女の子らしい顔立ちをしていたからだ。

 括っていた糸を外し、女の子を掬い上げる。
 15~6cmぐらいで、小さ目の鶏卵を、
 三つ縦に並べたぐらいの感じだった。

 すやすやと、よく眠っている。
 ヘルメットに入れ、片手運転で帰る。

 片手だと、ギアチエンジが出来ないので、
 エンジンが、やけに大きい音をたてる。

 静かに、誰にも知られないように、帰ろうとしているのにだ。

 心は踊る。
 これで、私は一躍大金持ち。
 しかしながら、私は黄金が湧いてくる、
 竹林などに縁はない。
 どこから黄金が湧いてくるのか、楽しみだ。


 子供はいくら居てもいいと思うのだが、三人でストップした。
 Oさんも、もう育てるのもしんどいと言うし、
 三人でも私の稼ぎを遥かに超えている。

 扶養家族に、住宅ローンOさんの内職がモノをいうはずである。
 家に連れて帰って、ゆっくりと考えて見ると、後悔し始める。
 Oさんに、またTELをする。

 「香久山の中で、女の子拾った」

 「ええっ、すぐ警察に連絡しなさい!
  何でそのまま連れて行かなかったの!」

 竹が光っていて、鋸持って、と説明するが、一向に通じない。

 「私をからかっているの? 
  馬鹿な事、言ってないで、早く寝なさい!」

 ガチャーン。

 いくら、Oさんとて、電話だけでは、
 とても信じてはくれまい。
 どうしたものか、と頭を抱えている時だった。

 女の子が泣き始めた。
 可愛い声だ。
 近所にまでは届かないだろう。

 赤子が泣けば、ミルクか、おしめ。
 これでも、三人の父親である。
 幸いおしめは濡れてなかった。
 とすると、ミルクだ。
 もう夜の11時前。

 しかしながら、最近では、
 こんな田舎町でも、深夜営業のスーパーが増えてきた。

 どこかに粉ミルクは置いているだろうと、サヤカに跨がる。
 子供を泣かせたまま、
 外に出掛けるのは気がひけたが、
 連れて行くわけにもゆかないので、
 そのままにしておく。

 鼠やゴキブリに襲われないように、
 洗濯物入れ用の篭の中に入れ、
 フタに重しを乗せてゆく。

 ありがたいことに、2件目のスーパーに粉ミルクはあった。
 哺乳ビンは下の子に使ったものが取ってあった。

 乳首にあたる、ゴムの所は、少々黒ずんではいたが、
 熱湯消毒したので大丈夫だろう。
 沸騰した湯で、粉ミルクを溶き人肌の温度になるまで、
 水道の蛇口で冷やしてやる。

 ふと昔を思い出す。
 上の二人に、数年間してやったことだから、
 手慣れたものだった。

 名前は香久やま姫と決めた。
 かぐや姫では二番煎じ出し、
 かといって、親戚みたいなようなものだから
 似た名前で呼ぶことにした。

 結論としては、私一人が呼ぶのだから、何でもいいのだ。
 姫にミルクを与える。

 しまった!

 サイズが合わないのだ。
 口から持て余している。
 それに乳首穴も大きすぎた。
 たらたらと穴から垂れ落ちている。
 私は、綿の布を引っ張り出し熱湯消毒して、
 ミルクを浸して口に含ませてやった。

 「長いこと、泣かせてゴメンな」

 旨そうに吸っている。
 見れば見るほど可愛い。
 これは、どこかで見た事があるような顔つき。

 そうだ!

 これは、Oさんの赤ちゃんの時の写真にそっくりではないか!

 着ているものまで同じみたいだ。

 不思議だった。
 香久やは一段と大きくなったようだ。
 拾ってから、
 4時間ぐらいしか経っていないのに、
 もう歩き始めたのだ。

 恐い気もするが、
 Oさんによく似ているので、親しみが、
 その怖れの心を押さえ込んでいる。
 本物のかぐや姫は成人するのに、
 竹の成長期間と同じく約3カ月かかったという。

 しかし、この香久やの成長スピードは、
 本物よりも遥かに早そうだ。
 やっぱり時代のせいなのだろうか?

 40半ばで孫の相手でもないのだろうが、
 孫と遊んでいるような気分。
 いくら遊んでいてもキリがない。

 それに明日は会社だ。
 この子をどうしょうと、
 早くも、明日の朝の悩みが、顔を出す。

 [先々の事を考えて、
  取り越し苦労をする、
  悪い癖は止めなさい] 

 Oさんに、よく指摘されることだ。
 Oさんならきっと、
[明日の朝考えましょう]と言って、コロリと寝るはずだ。

 私は、そういう発想を出来るOさんが羨ましい。
 そういう正反対の性格も、気に入っているのだ。
 気には入っているのだが、
 私には、どうしても真似出来ない。
 だから、つまらないことでクヨクヨと悩む。

 なかなか寝つかれなかった。

 「オツさん!」

 ギョギョッ。

 「眠れないの?」

 この子まで、私のニックネームを知っている。
 これはどうしたことだ。

 「香久や、もうしゃべれるのか?」

 見ると2才ぐらいの感じがした。
 いくら何でも薄気味悪い。

 「ええ、でも恐がらなくても、大丈夫よ」

 コイツ、私の心が読めるらしい。

 この子によると、
 オッさんという呼び名は、
 とてもロマンチックで、
 憧れを抱かせるようなイメージを、持っているという。
 住む世界が違えば、そういうものなのかと、
 半ば感心したり驚いたりしていた。


 そう言われて悪い気はしない。

 日頃、Oさんから、
 冗談半分に揶揄を込めて呼ばれている、
「オッさん」とは、
 そんないい言葉だったのか! 

 [Oさん、いくらでも、呼んで! オレ、ちっとも堪えへんでー]

 今度帰ってきたら、真っ先に言ってやろうっと。
 堪らなく嬉しくなる。
 言葉のかけ方一つ、解釈一つで、
 人間とは、こうも変れるものなのか?

 それとも、私が単純すぎるのだろうか?

 香久やは身体は小さいが頭は成人並みで、
 地球人の2,000倍近い、
 成長率を持つ人遺伝子がセットされていると言う。

 彼らの文明は、人間のDNAの塩基対配列、
 約30億通りの組合せを、
 ほぼ解読しているようだ。

 しかし、個人的な事情は言いたがらない。
 地球以外の惑星からやってきているのは確かだ。
 彼らの先祖は、月に住んでいたのかも知れない。

 そして、今も住んでいるかも知れないが、
 聞いても答えてはくれないだろうし、
 私もそんな事を知ったところで、
 一銭の得にもなりはしないので、深くは聞かない。

 香久やは会った瞬間、私の心を読み、
 家の中に落ちていたOさんの髪の毛から、
 遺伝子情報を移し取ったようだ。


 とにかく、ここ(地球)よりは、
 少しだけ進んだ文明を、持っているようである。

 香久やと話していると、
 楽しいので、夜がすぐに明けた気がした。

 私は、会社に行こうかどうしようか、と迷っていた。

 「私は、大丈夫よ。行ってらっしゃい」

 心を、まともに読まれるのは嫌なものだ。
 きっと香久やも面食らっているに違いない。

 あっちへ飛んだり、
 こっちへ流れたりして、
 私自身が、
 自分の心の無原則運動を掴みきれないのに、
 他人が覗いたら、どう思うのだろうか。

 「オッさんの心、おもしろーい。
  ここ(地球)の人って、皆こんななの?」

 私は、他人の心など覗いたことも無いので、
 問われても答えようがない。

 似たようかも知れないし、全然似てないのかも知れない。
 外に出す時には、
 適当に加工したり、
 お化粧したりしているので、
 本当の事は、よくは分からない。

 他人の本心を知った所で、
 何の解決にもなりはしないし、
 皆がみんな、本心丸出しで生きたりすると、
 人間社会など、3日と持たないように思う。

 朝食は、牛乳とパンと目玉焼きを作ってやった。
 頭は大人でも身体はまだ2~3才なのだろう。
 うまそうに食べている。
 昼飯用にと、ゆで卵を作っておいてやった。
 同じようなもので悪いのだが仕方ない。

 後ろ髪を引かれる思いで会社に出掛ける。
 迎えに帰る用の休みをキープしているので、
 ヒラと言えども、そうそうは休みにくい。

 休みなど、ムードで取ればと思うのだが、
 男性ともなると、
 お互いの牽制が働いて、
 どうにも取りがたくなっている。

 有給休暇制度は、保険のようなものだ。

 その制度が無ければ、
 休みは、即、ボーナスの減額として反映される。
 かといって、有っても完全に消化している者は、
 病気や怪我で止むに止まれない者や女の子ばかり。

 無ければ困るし、有れば安心。
 そのあたりで、歩みが止まっている。

 仕事をしていても、一日中、気掛かりだった。
 盆前後の会社は、暇もいいところだ。
 思い切って、
 ドカンと休みにすればいいものなのに、
 これも企業同士の牽制が働いていて、
 どうにも出来ないでいる。

 一軒でも店を開けている者がいると、
 それに吊られて引っ張られている。

 何という悪習!
 隣百姓もいいところだ。
 少数のパイオニア企業と大多数の追随企業群。
 少数のパイオニア企業は、より大なるパイを求めて、
 大多数の企業群は安定を求めて、
 己れの活路を求めて、ひたすら生き続けてゆく。

 会社員は寄ってたかって、
 会社という名の現代のピラミッドを、
 築きあげる事に奉仕する。

 設計図も何もない。
 大きい事はいいことだとの、漠然とした目標のみ。
 知性も道徳も思想も無い。

 しかし、もし社員誰も彼もが、
 そんなものを、まともに追求し始めたら、
 会社など、1日で倒産の憂き目に遭うに違いない。

 あいまいだからこそ、会社は生き続けていけるのだろう。

 そういうものが会社というものである。
 会社員は会社の子、会社の親ではありはせぬ、のだから、
 当たり前と言えば、当たり前のことである。

 会社の存続を最優先に置くと、
 すべてに牽制が働き動きが制約されてしまう。
 また、それを最優先に置かないと、
 会社制度が一日たりとも成り立たないのだから、
 致し方のないことなのだろう。

 そんな会社の寄せ集めが、この国の中身だ。

 5時になったので、そそくさと帰る。
 5時に帰社するには、相当勇気が入る。

 何か特別な用事でもない限り、
 40男には許されてない行為だ。

 会社員を20年近くも続けてやっていると、
 すっかり会社の見えない意志に
 身が縛られてしまっている。

 しかし、今日は人には言えないのだが、
 香久やの為という大義名分があるので
 疾しさは感じられない。

 香久やが来てから、22~3時間になっている。
 ということは、もう4~5才に成長しているはずだ。
 デパートの惣菜売場に寄り、
 ハンバーグ、コロッケ、カレー、アイスクリーム、
 プリンなどを買う。
 目茶苦茶な取り合せ。
 こんな組合せになったのも、買物に慣れていない所為である。

 夏の夕方の7時は、まだまだ明るかった。
 風が心地よくあたる。
 クーラーは、入れっぱなしにして出てきた。
 風邪を引いてはいないだろうかと心配になってくる。
 家について鍵を開けると、香久やが玄関口に立っていた。
 心細かったのだろうか。

 「ただいま」

 「お帰りなさい。お勤め、ご苦労様でした」

 顔に似合わない言葉に勘狂う。
 やっぱり年相応の口の利き方があるものなのだろうか?
 それとも、これは私の偏見なのだろうか?

 どちらにしろ、私の感覚にそぐわないのは確かだった。

 「お腹空いたろ、お土産たくさん買ってきたよ」

 「嬉しい!」

 少し涙ぐんでいた。
 よっぽど寂しかったのだろう。
 可哀相なことをした。
 私は、すぐご飯を炊いてやった。
 香久やは、プリンやアイスクリームを、
 おいしそうに食べている。

 普段は、流動食や固形食品ばかり食べていたみたいだ。
 そんな顔を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。
 しかし、食べ慣れないものを食べて、
 お腹を壊したりはしないかと心配だ。

 「香久や、トランプしようか?」

 「なに? それ?」

 ご飯が炊けるまで遊ぶことにした。
 さすがに覚えがいい。
 すぐに負けるようになった。

 セブンブリッジ、7並べ、神経衰弱、私は、すぐに負けてしまう。
 特に神経衰弱などは、ひどいものだった。
 透視術を使っているように思えたが、
 そんな不正な手段を使うような子ではないので、
 覚えが得意なのだろう。

 というより、私がドン臭いのだ。
 そうこうしているうちに、ご飯が炊けたので、
 ハンバーグ・カレーを作ってやった。

 「オッさん、ありがとう。こんな楽しい思いしたの、久しぶり」

 健気なことを言う。
 別に、私は大した事はしていない。
 ただ、飯を作って、少し遊んでやっただけだ。
 いや、相手にしてもらったという方が正確だろう。

 最近では、3人の子供達も大きくなって、
 私をあまり必要とはしなくなった。

 小さい時には、公園やプールや遊園地に連れて行ってと、
 休みのたびに請われたものだが、
 この頃では、そこに居るのかとも言ってくれない。

 コンピュータ・ゲームやテレビや漫画を、
 もっぱら相手をしているようだ。
 そんなわけで、子供と遊ぶのは懐かしく楽しい。

 懐かしいという年でもないのだろうが、
 私の存在感を、確認出来て充実した。

 父親など、子供にとっては、空気のような存在なのだろう。
 在って当然、居なければ困る。

 かといって、出しゃばられるとうるさい。
 息をするたびに、[空気ですよ、空気ですよ]と、
 恩を着せられているようなものなのだろう。

 そのうち、必要な時に呼んでくれれば、
 奴らの為に、一肌脱げれるような存在に、
 なりたいものだとは、思っているのだが・・・

 香久やが、また涙ぐんでいた。

 {おかしい! まだ、帰る年でもないのに。
  でも、成長のスピードが早いから、もう帰ってしまうのかな?}

 「まだ、しばらくおいて下さい」

 そうだ。
 私の考えている事は、すべてお見通しなのだ。
 私は聖人君子ではない。
 並み以下の人間だ。
 香久やに心を覗かれて、
 ハイどうぞと言えるような人間ではない。
 しかし、一方では、これがOさんだと思えば、
 別に覗かれたって、かまいはしない。

 これが、私自身なのだからと、
 プライバシーの全面開放をしている。

 けれど、それが現実生活では、
 裏目に出てしまっているのだ。

 Oさん、曰く。

 支離滅裂。
 一貫性がない。
 ハチャメチャ。
 三日坊主で、長続きがしない。

 気が多くて移り気と散々な印象を与えている。
 そんなもの隠した所で、すぐバレる。
 思った事をすぐに口に出してしまう、
 単純自己開示型の人間なのだから、
 当然と言えば当然の報いでもある。

 しかし、その相手がOさんではなく、
 香久やだと思うと少々気恥ずかしい。

 知らない他人に、
 土足で踏み込まれるような感じを受ける。
 けれども、相手は5、6才の子供、
 どうでもいいやという心境になる。

 「おいしかった」

 いい笑顔だ。
 やはり輝いている。
 その後、オセロ・ゲームをして遊んだ。
 それも、やっぱり私の負け。
 しかしながら、負けても楽しい。
 勝ったときの香久やの表情が撫でてやりたいほど可愛い。

 表情豊かな子は、見ていて楽しい。
 こちらまで巻き込まれる。童心に帰られるようで嬉しくなる。
 シャワーを浴びさせて寝床に入らせた。
 一緒に入れてやりたかったのだが、元々他人の女の子。
 小さいが、そこは割り切って一人で使わさせた。

 さすがに、私も疲れた。
 昨夜もロクに眠ってないので、その夜はぐっすりと眠れた。

 その翌朝、起きると、隣に居るはずの香久やが居なかった。
 帰ってしまったのかと、一瞬驚いたが、
 台所の方で何か音がしていた。

 起き上がって台所の方へ行ってみると、
 何と朝ご飯の支度をしてくれているではないか!

 ミソ汁に、ご飯に卵焼き。海苔までつけてくれている。

 「わあっ、すごいなあ」

 「Oさんの真似させてもらったわ」

 もう7~8才になっているのだろうか。
 うまかった。
 味も炊き方も、Oさんそっくり。
 さすがは、遺伝子泥棒!
 こんな言葉、可哀相だな。
 遺伝子解読者?
 いい言葉が見つからない。

 香久やに送り出されて、また会社に出掛ける。
 今夜は何をして遊ぼうかな?
 お土産、何にしよう? 
 などと取り留めもない事ばかり考えて、一日終わる。

 といっても、
 手はちゃんと仕事をしているのだから、
 私も大した会社員になったものだと、
 一人悦にいっている。

 6時近くまで、会社にいた。
 さすがに2日も続けて5時即に帰る元気はない。
 その日もデパートに寄った。
 ブランドもののチーズケーキを買う。

 一人でいるとよく金を使う。
 Oさんにまた絞られそうだ。
 また適当な言い訳を考えて置こう。

 給料は多くはないのだが、少ないとは言えない。
 周りの消費欲望への誘いが多すぎるのだ。
 その欲望を満たすには、私の給料は、圧倒的に少ない。
 漠然とした人並みの生活に縛られていて、
 始終渇望感を感じさせられている。

 玄関に入ると、香久やの姿はなかった。
 トイレかなと思ったが、そうではないみたいだった。

 「香久や」と呼んでみるが、答えはない。
 何処に行ったのだろう。
 隠れて、私を驚かせるつもりだろうか?
 そう多くもない部屋を廻ってみるが、見当らなかった。

 台所の食卓の上には、夕食の用意がしてあった。
 その横に、私の愛用のワープロが置いてある。
 電源が入っている。
 香久やが遊んでいたのだろうか。
 画面を見ると、何かが書き込まれていた。

 香久やからのメッセージであった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 メッセージの要約。

 母が迎えに来たので帰ります。
 私は、オニ(父親)の暴力に、日頃悩まされておりました。

 父母二人の仲はとても悪く、
 オニは定職にもつかず、
 一日中ぶらぶらしていて、
 暇があれば、見境もなく、
 母や私に暴力を振るうので、
 母は離婚する決意をしました。

 新しく住む場所を見つけ、
 職を捜すまでの間、この国に私を隠していったのです。
 オニとの離婚も成立し、
 生活のメドもたったので、帰ることになりました。

 私たちは、バリアーを張っていて、
 お互い心を読めなくしていますが、
 オッさんの心を読めて参考になりました。
 遊んでくれて、とても嬉しかった。

 オニとは、一度も遊んだ覚えがありません。
 またいつか機会があれば訪ねてみたいので、
 よろしくお願いします。
 本当にありがとう。


 オッさんのオッさんのオッさんへ

                        香久やより

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そんな事情だったのか。

 何故、離婚するような結婚なんかしたのだろう?

 辛い目に合うのは子供自身なのに。

 私には分からない。

 私は、人と人との関係なんか、
 当事者の努力次第で、どうにでもなると思っている。

 彼らは努力が足りないのだ。
 人間を見縊っているのだ。
 自分自身に甘すぎるのだ。
 己を甘やかしすぎている。

 人間関係への努力を捨ててしまって、悪い面のみ見すぎるのだ。

 また、あんなに優しくて可愛い香久やに、
 暴力を振るう奴なんて絶対に許せない。
 見つけ出して八つ裂きにしてやりたいとも思った。
 というものの、私自身、そう威張れた柄ではない。

 子供たちにもいろいろ失態をみせている。
 感情に任せて怒り、
 力の加減が分からずに、怪我をさせたこともある。

 己の心の動きのままに、
 子供にストレートに当ったこともある。
 しかし、それは一時の行為にすぎなかった。

 反省もした。

 私は、決していい父親ではない。
 けれども、いい悪いは、子供自身が判断することだ。

 私は、私なりの生き方を、
 探し求めて生き続けていけば、
 それはそれでいいのだろうと思っている。

 ただ、私という人間がいて、私の行為により、
 私という人間が持つ遺伝子が
 伝わってしまった人間が現われ、一緒に暮らしている。

 原因は、私たち夫婦がつくり、結果は彼らが享受している。
 しかしながら、
 子供も親も、この地球では対等の人間であるはずだ。

 ましてや、親足るもの、
 子供が一人前の人間に育つまでは、
 極力見守っていってやらねばならぬ立場に立つ。

 子供たちよりは、
 少なくとも、
 有利な地平に、足場を置いているのだから、
 当たり前のことだろう。

 その家庭という他人の眼に届かぬ場所で、
 己の子供に、何をしてもいいというような
 不法が、許されて堪るものか。


 天罰よ、下れだ!

 といっても、プライバシーのぶ厚き壁が、
 厳然と立ちはだかっている。

 力なき弱き者が、
 口にも出せぬ弱者が、
 日夜、オニ親どもに苛め抜かれている。
 誰も助けには、ゆかない。

 行けない。

 どうしようもないのか、この現実!

 学校で子育て教育しないことや、
 子供の発する信号を受けとめられる機構が
 無いところにも問題がある。

 下らない受験技術などを教えて、何になるというのか?

 学校では、もっともっとやらねばならぬ事が、
 山積みされているはずなのに、
 何十年たっても、ちっとも進歩しない。

 中学で習っていたことを、
 小学校で教えるようになったと自慢して
 何になるというのか!

 香久やが突然帰ったので、少々興奮した。
 香久やも、あちらの国で、これから大変だろうな。
 出来れば、手助けしてやりたいが手段はない。

 けれども、心根の優しい子だから、
 きっと困難に打ち克って幸せを掴んで、
 生きてゆくことだろう。

 無責任だが、そうでも思うより他ない。

 自分の力が及ばないものに対しては、
 ただ手を合わせて、祈るばかりである。


                      おわり


  注1・大宮信光著「生物の雑学辞典」(日本実業出版社)より




あ@仮想はてな物語 屋久島、吹田より、またもメール、2通

2019-12-23 10:19:34 | 仮想はてな物語 
copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ


 * 屋久島、吹田より、またもメール、2通(046)

 ある夜、私のワープロにパソ通のメールが2通届いていた。
 もちろん相手はあの2人縄文ジィさんと太陽の塔である。
 やれやれ、今度は何を言ってきているのだろう。

(縄文ジィさんのメール)
 カラオケは楽しい。
 是非その成果をアンタに聞いてもらいたい。
 風の強い夜、大神神社の巳の神杉の所へ行って欲しい。
 杉族同士は日本国内はおろか、世界中の杉族と密接に
花粉を通して繋がっている。
 ワシみたいに長年生きていると世界中の杉林に
子孫を送っているし、
 神杉の子孫もワシの枝に住みついている。
 北山杉の子孫もいる。

 その枝を通して通信が可能だ。
 神杉のワシの子孫は、幹に近い南の日当たりのよい所を、
 陣取っている。
 そこへサヤカ殿のマフラーを当てれば聞こえるだろう。
 この年になって人に意見を聞くのは気恥ずかしいのだが、もし、
 それ相応のレベルならCDに吹き込んで記念に残したいと
 思っている。

 そうそう、Oさんの花粉症の具合はどうですか?
 もうしばらくの辛抱です。
 このジィさんに免じて許してやって欲しい。
 無理な頼みとは分かっているが、ご協力願う。

                ジョジィより

(太陽の塔のメール)
 コンピュータ・ゲームは面白い。
 1つのゲームは96面全面クリアーしたし、
もう一つのゲームもハイスコアに達した。
 是非、サヤカさんに見てもらいたいので、天気の
 良い日にお二人でお出下さい。
 新しいソフトがあれば、ついでにお持ち下さい。
 今のソフトはお返しします。

               タイタイより

 あーあ、羨ましい。
 ヤツら何と贅沢なのんびりとした生活を送っているのだろう。

 いい年こいて、何じゃ、それ!!

 深刻な悩みちゅうモンがないんかいな? 

 私は、これでも結構忙しい生活送っているんだぞ。
 ニックネームまで作りやがって。

 何がジョジィだ!
 何がタイタイだ!

 しかし、パソ通に巻き込んだのは、この私。
 付き合いもある。
 面倒だが仕方あるまい。
 二人の要求を聞いてやることにしよう。

 ジョジィの為に、毎朝テレビの天気予報を見た。
 まあ、雨が降れば大体が風が強い。
 向こうが雨で、こちらが晴れ、残業が無い日か休みの夜。
 簡単なようでも、中々条件に合う日は来なかったが、
 気をつけていればそんな夜もあった。
 ジョジィの言う通りにして、付き合ってやった。

 なかなか旨いもんだ。
 貫禄がある。
 渋い太い声だ。
 哀調も帯びている。
 もしかして、歌手になっても姿を見せなければ
 通用するのではないか?

 ふうん。
 大したもんだ。
 伊達には年取ってない。
 そんじょそこらの顔・スタイル歌手とは違っている。
 それにしても、次から次へとよく歌うヤツだ。

 暇なジョジィめ!
 コロのヤツも、さぞ閉口していることだろう。
 夜も遅いので1時間ぐらいで帰ってきた。

 Oさん、一発。

 「何時だと思っているの!
 ご近所の手前もあるでしょ!」

 誰だ!
 あの可愛くて優しかったOさんを、
 こんな中年オンナに引っ張りこんだのは!!

 ジョジィにメールを送る。
 誉めすぎてCD出版などと言われたら、また金が要るし、
 かといって、旨いものを誉めてやらない訳にはゆかないし
 難しい。
 何でこんな些細な悩みを取り込まなければならないのか?
 損な性分!

 《 われ好む木のいきおいは地にそらに縄文杉の
   何千年(とわ)に生きるしつっこさ   地宇 》

 太陽の塔にも行ってやる。
 晴れてないとダメだし、新作ソフトの手渡しは夜にならないと
 出来ない。
 面倒なヤツだ。
 サヤカもヤツがゲームをする姿など見ても、
 何も面白くはないだろうし、
 ストレスが溜まる一方だろう。
 中国自動車道の吹田入口のヤツの正面で15分ぐらい
 駐車した。
 彼らにはそれで十分通信が出来るのだ。
 暗くなるまでドライブする。

 宝塚インターで降り、甲山周辺を走った。
 私の青春が詰まっている、なつかしい所だ。
 夜になったのでソフトを渡す。
 前のソフトを持ち帰っても、子供も同じものを持っているし、
 中古屋に売りにゆくのも面倒なので置いておく。

 ヤツを早く歩けるようにしてやりたい。
 そうすれば、私もヤツに振り回されることも無くなるだろうし、
 一石二鳥となる。
 いつ見ても憎めないヤツだ。
 嬉しがる姿を見ているとこちらまでほのぼのとしてくる。
 ありがたいヤツだ。

 サヤカ、ゴメンな!
 嫌な事に付き合わせて。

 パソ通の 便利・非便利 使い分け 
  文明列車に 居眠り乗車
                   
    ち ふ

                   
  この項おわり



あ@仮想はてな物語 新益京に駄犬コロ帰る

 * 新益京に駄犬コロ帰る(047)

 コロが修業を終えて帰って来るという。
 ジョジィから、連絡が入った。

 私は戦々競々としている。
 ヤツにどんな復讐をされるのか、思っただけでも憂欝になってくる。
 もちろん仕掛けたのはおれだから致し方のないことだ。
 帰ってくるなと言っても、ヤツは魔犬と化している。
 凡人の私の歯が立つわけない。

 けれども、犬は3日も飼えば恩は忘れないとも言うから、
 救いがないわけではない。
 どちらにしろ、私が播いた種なのだから、
 ヤツの気の済むようにさせてやろう。
 まさか取って食ったりはしないだろう。
 ジョジィもその辺りは言い聞かせてくれているだろう。

 コロがどんな能力を身につけているのか分からない。
 ジョジィは何も教えてはくれないからだ。

 ある土曜日の夕方、サヤカとツーリングから帰ってみると、
 コロが帰ってきていた。
 私は恐る恐るヤツの目を見た。
 怒りの色は感じられない。
 ヤツは尻尾まで振っている。

 「コロ、よく帰ってきたな」

 疾しさを感じつつ頭から背中に掛けて撫でてやる。
 身が引き締まって精悍な感じがする。
 風格も出てきたようだ。

 「コロ、前とちっとも変わらないね」

 2~3日して、Oさんが言った。
 一日中、どったりと寝そべっているという。
 私には、それが不気味に映る。

 次の土曜日の午前中、Oさんが買物に行った隙に、私は、サヤカに
 口述ワープロ打ちをさせていた。

 その時である。
 コロのヤツが背中に頭をそっと押しつけてきたのだ。
 鎖に繋いでいるはずなのに。
 私は、もうびっくりして腰を抜かす程だった。
 ヤツとは知らなかったし、ヤツと知って、またびっくり。
 ヤツはサヤカの手の代用品の変速ペダルに括りつけてある、
 割り箸を軽く口で取り上げ、突然ワープロを打ち始めた。

 鮮やかな2本打ちのお手並み。

 ヤルー!

 「オッさん、ワープロ抱えてて」

 私は言う通りにする。
 ヤツは寝転んで手足4本を使って、
 奇妙に問わず語りを打ち始めた。
 藻掻き苦しんでいるような格好だ。

 それにしても、すごーい。

 始めは、あなたのことを恨んでいた。
 しかし、今はこんな素晴らしい、
 世界があるのを知って感謝している。
 ジョジィ仙人についていろいろな術を教わった。


 そのうち徐々にご披露します。
 ただ、私の術はジョジィ仙人の許可がないと
 使用できないので、
 ご期待に添えるかどうかわかりませんが、
 ご一家のご幸福のために協力しますので、
 いつでもお言い付け下さいと、素晴らしく早いスピードで打った。

 帰りは空中を飛んで帰って来たのだが、
 橿原市の上空で久米の仙人も引っ掛かったという、
 ピンク・ゾーンに、もうちょっとで捕まるところだった。

 幸い去勢手術をしてもらっていたので、
 それは可愛い牝のポメラニアンの、
 水浴び姿を見ても、ダッチロール程度で済んだ。
 もう少しで、折角マスターした術を失う所だった。
 私は、今はサヤカさんと自由に話も出来るようになっている。
 鎖の外し方も知っている。

 そんな事を表示してくれた。
 何とも頼もしい味方が出来たものだ。
 それにしても、あのキータッチのお見事さ。

 さては、ジョジィめ、コロに代打ちさせていたのだな。
 ジョジィが、シフトキーを使う謎が解けた。

 待てよ!
 ということは、またあの読みづらいひらがな文の、
 ジョジィのパソ通メールに、
 付き合わなければならないのか!
 ああ、しんど!

 速射砲 思わせるごとくの キータッチ
  ワープロ怖れいる 歳噛みしめる
                           
   ち ふ

                        
  この項おわり


あ@仮想はてな物語 吹田の太陽の塔、タイタイ歩く

 * 吹田の太陽の塔、タイタイ歩く(048)


 タイタイを何とか歩けるようにしてやりたい。
 喜ばしてやりたい。
 涎を流して嬉し泣きするヤツの顔が見てみたい。

 私は、ふとジョジィの言葉を思いだした。
 ジィさん、杉花粉が日本中を飛び回ると言っていた。
 それに中国の黄砂も時々飛んでくる。
 それならば、岩塩の粒だって日本に飛んできている筈だ。
 日本の上空には、ジェットストリームも吹いている。

 私は、大神神社に行ったついでに、
 巳の神杉・ミスギーに聞いてみた。
 ジョジィにパソ通で問い合わせても良かったのだが、
 オールひらがなメールには閉口しているので止した。

 北山杉のキタヤンの所へ行ってみろという。
 彼は、蒐集癖があるらしい。
 杉の世界ではガメツイので通っているから、
 それ相応の礼も覚悟しておけという。
 聖水は大神神社の北隣にある、狭井神社の
境内にある霊泉で、
 間に合うだろうと教えてくれた。

 私は、土曜日にサヤカと24号から、京都市内を通り、
 162号のキタヤンの所へと急いだ。
 小雨がパラついていた。
 4月の週末はぐずついた天気ばかりが続いている。
 会社に行って、ビルのなかに捕われているときには、
 さわやかな5月を思わせる風が
 吹いているくせにだ。
 何とも腹立たしいが、どうしようも出来ない。

 キタヤンと話をするには、ガソリンの匂いで気分が
悪くなるので、もっぱら聞き役に回る。
 ガソリンの給油口を使わなくとも話ができないものだろうか。
 彼は、アメリカ、イギリス、ソ連、中国、フランスの安保理の
5つの常任理事国の岩塩なら取り揃えているという。
 花粉以外の不必要な物は整理・分類して根元に
貯め込んでいるみたいだ。

 アメリカの岩塩は、これもパソ通でヘタな英語を使って、
 カリフォルニアに住む、
 Kさんに頼んで5kgばかり航空便で送ってもらっていた。
 残り4カ国の岩塩は咽喉から手が出るほど欲しい。
 プラチナ(白金)と同量交換しようという。
 彼によると、プラチナは21世紀産業を支える重要な
貴金属となるらしい。
 彼自身も自動車の排気ガス浄化装置として使いたいと言う。
 喘息気味みたいだ。
 なかなか手に入らないので是非持ってきてくれと懇願される。

 目ざといヤツだ。
 それにしても、ヤツらの人間社会に対する反応の素早いこと。
 考えてみれば、そうでもしないと、凄まじい変化を遂げる
地球では生き延びることが難しいのだなと思うと、
哀れな気もしてくる。

 私はプラチナの値段など知らない。
 金よりは少し高いのだろうぐらいにしか思ってなかった。
 金の値段は新聞に出ているから、1gが2,000円以下ぐらいに
 認識している。
 あまり沢山交換すると、後で泣きそうだ。
 4岩塩とも5gずつ計20g貰って帰って来た。

 狭井神社の霊泉をポリ容器に汲み5岩塩とバケツを
 サヤカに積んで、日曜日の夜、万博公園に行った。
 Oさんは、
「明日は会社でしょ!
  このオッさん、何を考えて生きているの!」
 と、それはきつい言葉を投げ掛けてくれる。

[若い時は、もっと優しくて可愛かったのになあ]
 と溜め息をつきながら、タイタイの所に向かう。

 ヤツは、サヤカが近づけば本能的に分かるらしい。
 首を左右に振り手を上下に動かして喜びを表現している。

 [静かにしろよ!
  人に見られたらどうするんだ]

 私は気が気でない。
 こんなに夜遅く、エエ年こいたオッさんが、ポリ容器を持って
 ウロウロしているのを見られたら、警官の職質に遭って
交番に連れてゆかれそうだと言うのに。

 岩塩をブレンドする。
 アメリカ塩が圧倒的に多い。
9:0.25:0.25:0.25:0.25 だ。
 霊泉を注ぎタイタイの足許のポイントに掛けてやる。

 ぐらり。
 地震。
 わっ、押し潰されそうだ。
 でも、一応成功したみたいだ。

 ヤツは、2・3歩そっと歩いてみて恐いという。
 図体は大きいが、私そっくりに臆病者みたいだ。
 ますます親しみが湧く。
 かなりの歩行練習が必要みたいだ。
 その夜は、それぐらいにして帰ってきた。

 コロの奴をタイタイの歩く指導に行かせてやろうと思っている。
 ヤツの喜ぶ顔は見られなかった。
 不安いっぱいという表情だった。
 無理もない。
 歩いたことないのだから。

 また、ボーナスが出たら少しへそくってプラチナを買って
キタヤンに持っていってやらねばならない。
 プラチナは、金価格の約1.11倍もしている。
 変動が激しいみたいだから、ボーナスを貰うまでに
 どう変わっているのやら・・・

 ボーナスなんて結局は、毎回貰う前に色分けされて出費と
 紐附き関係になってしまっている。

 Oさんの追求をどう交わそうか?
 何ヵ月も先だというのに早くも攻防戦が始まっている。
 たった一回、貰ったボーナス思いっきり勝手に使ってみたい!


 4・5月の 出費重なる 刻迎え
  心は早くも ボーナス色分ける
                       
  ち ふ

                        
 この項おわり


 (お詫びとお知らせ)
 万博公園の近くに住む皆様へ。
 さる4月X日の日曜日の夜、
 11時半過ぎの地震は地震ではありません。
 太陽の塔・タイタイの偉大な第一歩でありました。
 今後はコロの指導の下に厳しく歩行練習をさせ、
 二度とああいう御迷惑はおかけ
 致しませんので、許してやって下さい。

             流 ドン作 拝


あ@仮想はてな物語 屋久島の縄文杉・ジョジィも歩きたい

 * 屋久島の縄文杉・ジョジィも歩きたい(049)

 コロの連夜の指導で、タイタイも何とか静かに上手に
歩けるようになった。
 ヤツに万博公園から外に出ないように約束させた。
 放っておくとサヤカに逢いに来かねない。
 ヤツが来ようものなら、ヤツの重みでこの安普請の団地など
 一たまりも無く、壊滅状態になってしまうだろう。
 ヤツは夜歩くために蓄電池が欲しいと言いだした。
 昼間、燦々と輝く太陽のエネルギーを蓄め込んでおいて、
 夜間に使う気らしい。

 またまた、要求か!
 要求の多い連中どもだ。

 思っていた通りになった。
 ジョジィから、ワシも歩きたいので、マサカリと紐と瞬間接着剤を
 送ってくれと、パソ通でメールが入ってきた。
 タイタイが歩く喜びを大袈裟に伝えたのだろう。
 ジィさん、矢も盾もないような催促をしてくる。
 今時マサカリなんてあるのだろうか?

 私は、サヤカと吉野の樵の家を回り何とか手に入れてやった。
 最近は、チェーンソーばかりで仕事をしているものだから、
 小屋の隅で錆ついたまま放ったらかしにされていた。
 マサカリは丁寧に磨いでもらった。

「こんなもの、いまごろ何に使うのか」と問われたが、
 適当に言葉を濁した。
 民芸品の蒐集をしている、とか何とか言っておく。

 その夜、コロの背中にマサカリなどをしっかり括りつけて、
 ジョジィの所へ送り出した。
 コロのヤツ、ジョジィに久しぶりに会えるものだから、
 喜び勇んで飛んで行った。
 見送っていると真上に上がり消えて行った。

 その深夜、早くもメールが届いた。
 コロの代打ちに違いない。
 漢字が巧みに使われている。
 ジィさんの歩き方はこうだ。
 マサカリを紐で吊し風の力で、
 ジィさんが乗り移った枝をスパッと切り、
 自由の身となり動き回る。
 終われば瞬間接着剤でくっつけ、元の通りに戻しておく。             
 大丈夫かいな?
 私は、桜の花で瞬間接着剤では失敗しているのに。
 少しでも水分があれば元に戻せないぞ。
 知らねぇーっと。

 ジィさん、今からコロの背中に乗って、
 桜島の夜間見物に出掛けると言う。
 コロをしばらく預かって置きたいので、よろしくとも書いている。

 都合のいい事言いやがって!

 コロをアッシー君として乗り物代わりに使う気だ。
 ジィさん当分コロを手放しはしないだろうなあ。

 杉とても 何千年も 張りつけば 
  その地逃れて 空にも舞いたかろう
                        
   ち ふ

                        
 この項おわり


 <屋久島の縄文杉・見物の皆様へ>

  縄文杉・ジョジィは、マサカリを隠し持っていますので、
  あまり近づきすぎると、
  いつ何時落ちてくるかわかりませんので、お気をつけ下さい。
  また、あまり騒がないようにお願いします。
  なお、立ち小便などする人は、
  おチンチンが切れ落ちても知りませんよ。


あ@仮想はてな物語 石舞台の大岩・ソガーンを叩き起こせ!

 * 石舞台の大岩・ソガーンを叩き起こせ!(050)

 ジョジィの張り切りようは凄まじい。
 動き回るのが楽しくて仕様がないらしい。
 瞬間接着剤での再合も何とかうまくいっているみたいだ。
 しかし、枯れたり継ぎ接ぎだらけになっても、オレ知らないぞ! 

 ジィさん、こんなに楽しい世の中が来ているのに、
 今だに眠り続けているヤツがいる。
 石舞台の大岩・ソガーンのことだ。
 何百年も眠り続けて勿体ない。 

 アイツは、オレの弟子筋に当たる。
 ふて寝をしているが、寺の鐘を撞きながら、呪文を唱えれば
 目を覚ますはずだから、
 悪いがオッさん起こして来てくれないか、と言ってきた。

 それにしても、40半ばのこの私は、
 ジョジィにまで、オッさん呼ばわりされてしまっている。

 畜生!

 悪いのはOさんだ。
 いつも口癖に呼んでいるものだから、コロのヤツが覚え、
 さらに腹立つことには、
 この私自身の口の奴が覚えてしまったことだ。

 「オッさんを、オッさんと呼んで何が悪いの?」と開き直られると
 返答のしようがない。

 40過ぎての自分の顔は自分で責任持て! と言われても、
 オッさんの顔にしたのは、私ではナイゾ! 
 と顔の奴のせいにしている。

 責任を顔に転化して奥底に潜む自分のエキスを
庇っているのだ。

 橘寺、岡寺、飛鳥寺の3寺の鐘を同時に撞きながら、
その鐘の響きが終わるまでに、
[ソガーン、テンガン、テンガン]と108回呪文を聞かせろと言う。
  12文字 X 108回 = 1,296 文字も!

 あの早口でしゃべる女優のKさんでさえも1分間300文字
前後だというのに!

 アッ、そうだ!
 娘のマイカが持っているラジカセで、
 テープを早送りすればいいのだ。
 ゆっくり吹き込んで早送り再生すれば何とかなりそうだ。
 人間の声には変りないのだから構わないだろう。

 Oさんを拝み倒し、長女のマイカと長男の休太郎を
小遣いで釣り4人で出掛けた。
 同時に3寺の鐘をつくと、どう聞こえるか聞いてみたいとか、
 何とか言って適当に誤魔化しておいた。

 嘘も方便、方便。
 この際仕方あるまい。

 時計を合わせて4人で散らばる。

 ゴォーン。ゴォーン。ゴォーン。

 それラジカセ、スイッチ・オン。
 回る回る、テープが回る。
 撞き終わって4人で家に帰り、
 私一人でサヤカとともに石舞台に引き返した。

 ヤツは、夕闇にひっそりと佇んでいる例によって、
 サヤカのガソリンの給油口に口を当てる。

 [ソガーンはん、起きたか?]
 [オオーツ、お前か!!!
  せっかく気持ちよく寝ているオレ様を起こしたのは!]
 と荒げた声が返ってくる。

 [屋久島の縄文杉のジィさんが、あなたを起こせと言った
ものですから]
 [大先生か!
  何でお前は知っている?]

 サヤカのこと、巳の神杉のこと、北山杉のことなど、
 かい摘んで話してやる。
 時代があまりにも離れ過ぎているので、
 よくは伝わらないみたいだ。
 眠り続けていたのだから致し方のないことだろう。
 しかし、ヤツは元々固い固い石頭のようだ。

 少し話をしていれば、その固さが伝わってくる。
 コイツにもコロを送って教育してやろう。
 コロのヤツ、早くジィさん返してくれないかな。

 それにしても、ソガーンめ、まだまだ眠り足りないみたいだ。
 まあ、コロが帰ってくるまで、うつらうつらしていろ! 

 五月の風 うっすらとそよぐ 奥明日香
  ぽつり石舞台 ひっそと眠りいる

  ち ふ


                           
  この項おわり





あ@仮想はてな物語 唐招提寺の千手千眼観音・センティ登場


 * 唐招提寺の千手千眼観音・センティ登場(051)

 ジョジィが、コロを帰す変わりにと要求を一つ出してきた。

 唐招提寺の金堂あたりに住む千手観音菩薩はんから、
 手を2本1セット借りて来て、コロに持たせてくれないだろうか?

 そうして貰えれば、もうコロを煩わせずに済むし、
 ワシも空を飛べるようになっているので、
 コロを開放してやれると言う。

 その手は数10m以内なら脳波のコントロールの下に、
 あたかも自分の手のように自由に使えるようになって
いるらしい。

 [ジィさん、空飛べるんだったら、
 自分で借りにくればいいのに!]と思うのだが、
 何か事情でもあるのだろうか?
 それとも昔に不義理でもしているのだろうか?
 頼まれたら文句を言いながらも断れないのが、私の性分。
 仕方がない。
 また一肌脱いでやるとするか。

 何でも、ジョジィによれば、
 センティは5・35mもある木心乾漆像である。
 芯に木材を用い、その上に乾漆で形を整える手法で
作られている。
 その木心に使われている木が、ジョジィの遠縁に当たるという。
 千手観音で手が千本も有ると言うから、
センティと呼ぶことにした。
 実際は、大きな手42本と小さな手912本の
計954本しかないらしい。

 残り46本分はずっと大昔の解体修理の時、元に戻せなくって
何処かに隠しているのだろうか。

 彼女は、器用な上科学にも強いらしい。
 ペルシヤの血も少し混じっているという。

 唐招提寺と言えば、
 薬師寺の東塔・西塔コンビ、トフトフのすぐ近くではないか!
 そこから歩いて10分ぐらいとかからない。
 トフトフは、テレパシー通信網の中心基地である。
 相輪が、その役目を果たしている。

 彼らは、デュプレックス・システムを採用していて、
 一方が故障しても片方が
 すぐその代わりをするため、システム自身止まる
可能性は少ない。
 もし万が一、2塔とも駄目でも興福寺、法隆寺、
法起寺等々の塔が
 すぐさま、その肩代わりすると言う。

 それにしても進んでる!

 完璧に近い通信網システムだ。
 誰が構築したのだろう。
 羨ましい限りだ。

 テレパシー通信も、通信網を必要としない能力の優れた奴も
居れば、必要とする奴も居る。
 また、ジョジィのように身内同士で専用回線を引いている
者もいる。
 一体どうなっているのだろう。
 聞けば聞くほど複雑怪奇。
 頭がコンガラがってきた。

 その素晴らしいシステムの足元に科学に滅法強いセンティ。
 手が954本。
 と言うことは、
 指が・・・954 X 5 = 4,770 本も・・・
 これを利用しない手はない。
 会って是非ともシス・オペになってもらおう。
 非公開で閉じられたグループ内の運営責任者としては最適だ。
 会員も序々に増やして横の繋がりを拡げてゆこう。
 言葉も違い、全然繋がりもなかった縄文杉のジョジィと
万博公園の太陽の塔・タイタイが知り合いになり、
今ではもうすっかり友達になってしまっているのが強みだ。

 こりゃ、おもろいぞ。

 4月の昇給があった。
 ピカ輪世代と呼ばれる私たちの年代は、
 他の年代に比べて圧倒的に人数が多い。
 40も半ば近くになると、
 今まででも賃金カーブが緩やかになっていたのに、
 ピカ輪世代がガバッと入り込めば、さらにそのカーブが
寝てしまう。
 と言うことは、ベア(べースアップ)にあまり期待出来ないと
いうことだ。
 これから、3人の子供にますます金が掛かるというのにだ。
 しかし、ボヤいてもどうしようもない。

 私は、中途半端な上がり方に腹が立ったので、
 その昇給分でブック型の携帯用パソコンを買った。

 Oさんには内緒である。
 アドオン方式の24回均等2年払いにした。
 コロ専用のパソコンである。
 Sサヤカのガソリンの給油口を通してでも、
 コロの奴と話を出来ないことはないのだが、
 話をする度に一々フタを外すのは面倒だし、
 ガソリンの匂いには閉口している。

 サヤカとともに、コロを連れてゆけば何かと便利そうだし、
そうするとすればコロの奴ともある程度自由に話をしたい。
 その為、小型で持ち運びが出来るブック型にしたのだ。

 メーカーは、T社製。
 オレのワープロはN社製。

 フロッピー・ディスクの互換性はないそのため、コロの打った
 フロッピー・ディスクを、オレのワープロにセットしても
 読み取りは出来ない。

 わずか数mしか離れていないのにパソコン通信を
 利用しなければならないのだ。

 それも回線利用料を払って!
 メーカーを同じにしようかと思ったのだが、
 一社に偏れば、世の中の流れに
 取り残されるように思ったし、実際に使ってみないと、
 機能の違いがよく分からないからだ。

 コロには不評であった。
 キーボードが小さいため、コロお得意の手足4本使いの
インプットが出来ないのである。

 Oさんは、その昔の姓の通り、おおらか(王等香)である。
 昇給しようが、平だろうが一向に頓着しない。
 私には、それがとても有り難い。
 勤めらしい勤めを経験していないので、
 会社のことなど、まるで関心がない。

 通勤電車の一部のように思っている。
 役職がどうのこうの、幾ら給料上がったの、などということは、
 自分の口からは言い出さない。
 私には、それが救いでもある。

 本人の力では、どうにも出来ない事を周りから、
 くどくど言っても、何の解決にもなりはしない。
 相手を傷つけるだけである。

 そういう点では、私には過ぎた嫁さんである。
 そんなOさんを欺いて、
 コロ専用のパソコンを買ってやったのは、
 少々気が引ける行為である。
 そのうちに何かお詫びに喜ばす事をしてやろうとは思っている。

 5月に入って連休の続くある夜、西の京に出掛けた。
 サヤカの荷台にダンボールを付けコロを乗せて3人で行った。
 コロは自分で空を飛べるのだが、やはり根は怠け者の犬コロ。
 エネルギーの消耗が激しいので、
 サヤカに乗せて貰う方がいいみたいだ。

 チョコンと大人しく座っている。
 その昔、丹波の山奥へ置き去りに連れて行った時の、
 大暴れとは大違いだ。

 5月とは言え夜は寒い。
 走れば寒さが倍加する。
 24号から唐招提寺にゆく。
 国道の立体橋から、トフトフがそのシルエットを見せてくれる。

 夜間あまり寺に近づくと不審がられるので、
 少し手前でサヤカを止め犬を散歩させているような振りをする。

 しかし、バイクに、犬に、中年のオッさん、
 誰が見てもおかしい取り合せと思うはずである。
 サヤカから離れると少しはマシなのだろうが、
 センティと初対面の話をする、
 必要があるから、サヤカからは離れられない。

 例によって、ガソリンの給油口に口を当てる。

 むかむかっ。
 辛抱! 辛抱!

 [千手観音はん、初めまして]
 [オッさん、いらっしゃいませ]

 ムムッ。
 さすがに、ヤルー!
 オレをオッさん呼ばわりして!

 すべて、お見通しだ。
 さては、私たちの通信、盗み見していたのだな。
 プライバシーの侵害もいいところだ。

 シス・オペも簡単に引き受けてくれた。
 その時、一瞬、ワープロを何台用意しなければならないのかと、
 立ちくらみがしたが、
 センティの指自体がキーボードとして使えるらしい。
 さすがは科学者、助かった。

 手の貸し出しも、あっけないほど簡単だった。
 両手1セット、4年リースで、リース料率はお近づきの
 特別サービス、1・03%。
 基本価格は10万円、貸し出し期間中の機能アップには、
 随時応じると言う。
 商売慣れしている。
 メーカーも、リース会社も兼ねている。

 もしかして、あの足りない46本分は、
 センティの奴、どこかにリース中ではないのか!

 私は、2セット借りることにした。
 ジョジィの分とサヤカの分だ。
 サヤカの分は急に思いついたことだ。
 月々1,030円 X 2 = 2,060円になるのだが、まあ、
 彼らが便利になるのだから何とかしてやろう。

 それにしても、センティの奴、1・03%の0・03%は
どこから出てきたのだ。
 まさか消費税でもあるまい。年間3,000万円も
売り上げがあるわけではないし、
 税金など納めるようには思えないし・・・

 仕入の費用なんかゼロではないか。
 さすがに、しっかりしている。
 ジョジィが直接借りに来ないわけが分かるような気がする。
 親戚筋と言ってもバッチリと金を取るに違いない。

 一応話がついたので、コロに手を借りに行って貰った。
 この分では月々の支払いの運搬もコロの世話になることだろう。
 コロのヤツ、手を借りてくるや否や、

 [ちょっと遊んできます。4~5分、時間下さい]
 と携帯用パソコンに文字を打って居なくなった。

 サヤカも使える手が出来たので喜んでいることだろう。
 1km以内に人が居るので、何も答えてはくれないのだが。

 しばらくすると、コロのヤツがへんな歩き方をしながら
帰ってきた。
 後足の様子がおかしい。
 すぐに携帯用パソコンを通して教えてくれた。

 [唐招提寺の金堂の大屋根の傾斜があまりに素晴らしかったの
  で、滑り台代わりに2回ほど滑ったら尻の皮が剥けた。
  ヒリヒリして痛いので、オッさん、帰ってからメンソレ塗って!]

 ヤラレタ!

 コロのヤツに先を越された。
 私が、ずっと昔、初めてこの寺を訪ねた時から、
 思っていたことなのに、
 コロのヤツめ、いい思いしやがって! 

 でも、いい気味だ。
 私に内緒でそんな事をするから天罰が下ったのだ。

 見ていろ。
 帰ってから、たっぷりとメンソレ擦(なす)り込んでやるからな!  

 天平も 平成の世にも 風は撫でる
  甍おおらかなり 青き西の京

ち ふ

                        
 この項おわり

あ@仮想はてな物語 太陽の塔のメール

2019-12-23 10:17:47 | 仮想はてな物語 
copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ


 * 太陽の塔のメール(038)

 ある深夜、太陽の塔のメールが届いているのに気がついた。
 最近では、私は週1~2回しかパソ通を利用しない。
 それも深夜。
 電話料金が安い上、回線の接続がスムーズにゆくからだ。

 暇なようでも、会社勤めをしていると、結構何かと忙しい。
 そうそうパソ通に係わってはいられないのだ。
 それに土曜日はサヤカで遠出しなければならないし、
 日曜日には家族サービスが待ち受けている。

 そんなわけでメールを見るのが少し遅れた。
 奴は、太陽塔暦を使ってくる。
 自分の誕生した日を基準に1日、2日と数えているのだ。
 7XXX日。

 そんなもの、いちいち換算できるか!ってんだ。
 こちらの暦に合わせろ!

 返信メールに絶対書いてやろう。
 奴のメールの内容は次のようなものだった。

 サヤカに対する想いを綿々と書き連ねてある。

 [こんなもの誰が取り次いでヤルか!
  自分で言え!
  カネ要るんだぞ。
  使用料金を考えろ!]

 その次には、
 毎日、高速道路を見ていると、
あちらこちらに皆が行っているので羨ましい。
 私も動きたいのだが、
 足元をガッチリ固められているので、
 それを解いてほしい。

 EXPOの精神である、
 「政治、人種、宗教を超越して、人類の進歩と幸福への
  全人類の英 知を集め、
  顕彰し祝しあう」ような時代がやって来る気配は一向にない。
  それが現実のものとなった時、
私は、歩けるようになるのだが、
  今の世界を見ていると何時になるのか予想も出来ない。
  大国の意見ばかりが大手を振って罷り通っている。
  寿命の関係もあるので、簡便的に大国の呪縛を解く為に
  安保理(安全保障理事会)の
  5常任理事国の岩塩を集めて日本の聖水で溶き足元に
  流し込んで欲しい。
  そうすれば、少しは歩けるようになれる。

 是非ともお願いしますと、いうようなものであった。

 [切実な問題だな。解る。何とかしてやりたい。
  5常任理事国と言えば、・・・

 百科辞典百科事典は、と・・・

 アメリカ、イギリス、ソ連、中国、フランスか。
 アメリカは、このパソ通で繋がっているから、
 アメリカ人に頼めば何とかなりそうだ。
 しかし、残りの4カ国はどうしたものか今、早急には、
 私の力では無理だな。 

 そのうち考えて、ヤツを自由に歩かせてやろう。

 でも、あんなに図体が大きく重いのがウロウロしたら、
 日本の道路という道路は全て陥没してしまうのではないか?
 空を飛ぶようにならないものか]

 最後に、
 私も車の流ればかり見ていて退屈なので、16ビットのスーパー
ファミコンを人気ソフト付きで持って来てもらえないでしょうか?

 だって。

 [泣き言の次はコンピュータ・ゲームの要求か!
  さては、縄文杉のジィさんとつるんでいるな。
  アダプター付きで、ソフト込みなら3万は超えるだろうに。
  ヤツら何考えているんだろう。
  知り合いになんかなるのではなかった。
  まあ、ヤツの言い分も解らないことはないので、
  次男の休次郎に 、
8ビットのお下がりでも貰うか。
  どうせ埃を被っているのだから、いいだろう]


 彼に、「8ビットのファミコンを呉れ」と言ったら、「ダメだ」と言う。
 16ビットのソフトが少ないので、まだよく遊んでいるらしい。

 Oさんも、傍から
 [この子が、お年玉などを貯めて買ったものだから、
  子供の言うことを聞いてやりなさい。
  もし、ゲームがしたかったら借りてしなさい]と、
 ピシャリとクギを差してくる。

 ああ、また頭が痛い。
 メールの返事をどう書こう。


 この地球(せかい) 大国ばかりが  何故威張る
 ああ嘆かわしき  20世紀末
                            
    ち ふ

                          
  この項おわり 



あ@仮想はてな物語 天の橋立、逆さに覗きゃ

 * 天の橋立、逆さに覗きゃ(039)

 春だ。
 遠出の季節が、やって来た。
 土曜日が来るのが待遠しい。

 「あなた、ちゃんと仕事やってるの?」

 Oさんから、スカッド・ミサイル打ち込まれそうだ。

 でも、任しとき!
 これでも、する事はキチンとやっているのだから。

 舞鶴自動車道が西舞鶴まで伸びたので、
早速走ることにする。
 吹田から100kmあまり。
 大雨、小雨に取りつかれたので2時間近く掛かった。
 高速料金2,400円。
 福知山から向こうは、対面通行、制限速度70km。
 真ん中に緑に白線が入った鉄棒が立ち、
 低いコンクリート・ブロックを埋め込んでいるだけである。

 夜に知らない者が初めて走れば、
 反対車線に飛び込みそうだ。

 また、高速の車線が一つしかないのは、
 バイクにとっては非常に走りにくい。
 入るな! と言うことか。

 桜は葉桜に変わり、うす紫のつつじが、
 あちらこちらにこんもりと盛り上がっている。
 雨のなか、スリップに細心の注意を払っているので、
 そうそう景色は見られない。

 これも一興。
 瞬間、瞬間に見るつつじが、じっくり見入るものよりも
 鮮やかに頭のなかに焼き付いてくるのだ。

 想像も働く。
 へたな写生などより、よっぽどいい。

 高速を下りて、175・178号に入ると、
 雨足がだんだんと強くなってきた。

 雨に打たれながらも、
 どこかで見かけたような風景だと感じた。

 そうだ。
 つい、この間行った24・42号の沿道に何となく似ている。
 蜜柑を道路そばに積み上げて売っている。
 ここは和歌山県だったのか?
 との錯覚に捉われる。

 地名までも似通っているのである。
 桜も似たような咲き方。
 しかし、和歌山の雨は、そう冷たくはなかった。

 天の橋立に着いて少し遅い昼飯を食べる。
 雨で観光客は少ないが、それでも居ることはいる。
 食事中、運良く廻旋橋が回って遊覧船が通り抜けて行った。
 ついている。

 食事を終わって、
 橋立の中をサヤカで走ろうと思ったのだが、
 バイクは125cc以下でなければ通れなかった。

 サヤカを廻旋橋の袂に止めて歩いてみることにした。
 人通りがあるので、あまり景色に馴染めなかったので、
 帰ることに 決めた。

 帰りは若狭湾沿いに、
 178号・27号・162号を通って、
 名神に入る予定だったので、
 時間が掛かりそうだった。
 晴れていれば、ゆっくり見るのだが、
 いつでも来られると思うと、
 そう口惜しくはなかった。


 それでも何か一つぐらいはと思ったので、
 178号沿いの約8,000本の松林が、
 一望出来るという人気のない海岸で一人、
「股のぞき」をやってみた。

 雨が降っていたのでメットを脱がずにやった。
 頭にクラクラッときた。
 その途端、松原の上がサッと晴れあがり、
 薄いレースを纏った天女が、
突如現われて舞いを始めたのだ。

 アッ!

 あれは、サヤカか、Oさんか?

 光線に感応するT社製の「S」で織った衣服なのだろうか。
 純白のレースを7色の鮮やかな色が、
つぎつぎと染めあげてゆく。

 ゆっくりと、ゆったりと、のびやかな天女の舞い。

 松の原 天女の舞いに そよがれて
   真一文字は 春に漂う
                   
    ち ふ

                      
 この項おわり

 ああ、長く見過ぎたので、もう腰が痛くて痛くて。









あ@仮想はてな物語 薬師寺の塔

 * 薬師寺の塔(040)

 月が清やかな金曜日の夜だった。
 明日は休みである。
 私が家に帰ったのは7時半。
 Oさんは、まだ内職をしていた。
 私はサヤカに乗りたくなった。

 季節は初秋。
 革ジャンを着て24号に出た。
 一時間半ぐらいで家に帰れるだろうと思った。
 Oさんに「すぐ帰るから」と声を掛けておいた。

 「遅くならないでね」
 晩飯は帰ってから食うつもりである。

 薬師寺の大池に映る月が見たくなったのだ。
 24号では、相変わらずゼロハンに乗った
 ガキどもがウロウロしていた。
 私に挑みかかるような運転をして来るヤツもいる。

 無視! 無視!

 ヘルメットを被っていない奴も多い。
 持っていても背中の方に掛けている。
 <>型に脚を曲げている者もいる。
 ヤツらの身体はヤツらのものなのにと思うが、
 どうしようも出来ない。

 無力感を感ずるのみ!

 薬師寺は奈良の西はずれにある。
 西の京とも呼ばれている。
 わが家の方面からは、24号を奈良市街に入る手前で、
 左に折れて数分の所にある。
 その高さ33mの東塔と西塔が、うっすらとシルエットを
掲げている。
 大池は薬師寺のすぐ南にある、その名の通りの池である。
 サヤカを止め池の堤に立つ。

 金堂、西塔、東塔がひっそりと大池に影を落としていた。
 初秋の夜の走りは肌寒いが、
 バイクを下りると少しだけひんやりとして気持がいい。

 小波が表面を覆っている。
 キラッ、キラッと小ネオンのように輝いている。
 静かだ。
 虫の音が、ジィーン。

 ぼんやりと佇む。
 何も考えず、ただ風景に溶けこむ。
 私は、こういう時間も大好きだ。
 自分の存在はあるのだが、己れが人であることを、
 すっかり忘れてしまう。

 そんな時であった。

 塔の上部にあるアンテナのような相輪が、
 ぼんやりと浮かんでいる。
 相輪は下の方から、
9輪の宝輪、4枚の水煙、竜車、宝珠とから
 なっているという。

 その二塔の相輪の上を、ぴよよーん、ぴよよーんと、
 月が交互に飛び跳ねている、のである。

 まさかと思って顔を水面から上げて、
 二つの塔、その上空にある、
 月を見上げてみたのだが、何も変わりはない。

 だが、再び水面に目を落とすと、
 明らかに、月が跳ねているのである。

 これは何としたことだ!!

 二塔の相輪が、月をピンポン玉にしたてて、
 卓球をしているみたいだ。

 二塔が遊んでいるのか?
 月が飛び跳ねているのか?

 私には、よくは分からないが、何にしろこれは現実だ。
 ヤツらも人知れず、結構楽しんでいるのだな!
 ヤツらの笑い声が聞こえて来そうな夜だった。


 大池や 東塔・西塔 豪快に
  月の羽根つき 長月青夜
                  
  ち ふ


                   
 この項おわり


あ@仮想はてな物語 五ヶ所湾太平洋は、きらめきて

 * 五ヶ所湾太平洋は、きらめきて(041)

 165号、23号を通って伊勢道路に入る予定であった。
 季節は初夏。
 夏休みに志摩の民宿に一泊する家族の為に、
 下見に行くことにしたのだ。

 内宮のあたりで道を間違えて、
 とんだ峠越えの山路に入りこんでしまった。

 途中サイクリング中の二人の中学生に出会ったので、
 道を聞くと、このまま進めば五ヶ所湾に出られるという。

 舗装もしていない道が続く。
 木々がうっそうと茂っていてうす暗い。
 道幅も狭い。
 軽自動車同士でも、すれ違いは難しそうだった。

 五十鈴川沿いに走っている。
 ひんやりとして寒い。
 20kmぐらいのスピードで、ゆっくりゆっくりと進んでいく。
 対向車にも会わない。

 中学生の言葉を聞いていなかったら、
 即、引き返したいような道だ。
 蝮や蛭が、今にも飛び付いて来そうな感じがして、
 そんなことを想像するだけでも、
 背筋がぞくぞくとしてくる。
 何としても抜け切らなければならない。

 [行くぞ、サヤカ]
 サヤカは答えない。
 こんな山のなかにでも1km以内に人が居るのだろう。
 誰かが山仕事でもしているのだろうか?
 わずか20kmあまりの道程なのに1時間以上かかった。
 目の前に五ヶ所湾が見えた時には、ホッとした。
 ドライブ・インでカツカレーを食べ時間を見たが
1時過ぎであった。

 民宿を見て帰っても、十分時間が余りそうだったので、
 国道260号を離れて、海岸沿いの小道に入った。

 太平洋は穏やかだった。
 海面がキラキラキラッと光り輝いている。
 私は、サヤカのエンジンを切り、海岸を歩いてみようと思った。

 その時である。
 [キー切らないで!]

 サヤカが、突然叫んだ。
 [私、泳いでくる]
 ぱっと女性になった。

 ワッ、裸だ!
 見てはならない。
 そう思ったが遅かった。
 サヤカは、15~6才の感じがした。
 乳房がこんもりとしか盛り上がっていない。
 すぐに目を逸らす。

 私は、目が潰れるのではないかと思った。
 Oさん以外の女性のそういう姿を見るのは悪いことだと、
 思っている。

 何故、悪いのか?
 それは、私自身よくは分からない。
 しかし、Oさん以外の女性に女性を感じるのは
悪いことだと思う。
 そういう心の動きはコントロールすべきものだと
思い込んでいる。
 それがOさんに対する私のせめてもの礼儀だと
思っているのだ。

 でも仕方なく、サヤカの裸を見てしまった。
 見てしまったものは、どう仕様もない。
 サヤカも悪いのだ。
 私がオッさんでも、男であるのを忘れてしまって、
 あんな事するものだから。

 サヤカは、私がOさんを初めて知った年頃の女の子だった。
 私は、その頃のOさんの裸の姿を知らない。
 きっとあんなものだったのだなと思って、
 鼻の下を長くして想像する。

 イヤらしいオッさん、そのもの!
 許せ、Oさん。

 サヤカは、キラメク太平洋の海面を、
 スイスイと飛び跳ねるように泳ぎ回っている。
 あんなことも出来るのか、と感心して見ていた。
 顔と足先が見えるだけである。

 遠くで車の音が聞こえたように思ったので左の方へと
振り向いた。
 顔を元に戻すとサヤカがいない。
 アレッと思って、右後を見ると、
 黒いバイクのサヤカが海水を滴らせながら、
 キラーッとヘッドライトを光らせていた。

 さあ、水洗いをしてやらなくては、とゆっくり腰をあげた。

 きらきらと 零れんばかりの 宝物
  太平洋の ハイ・プレゼント
                      
   ち ふ


  この項おわり


あ@仮想はてな物語 吉野下市ピンクの彼岸花

 * 吉野下市ピンクの彼岸花(042)

 吉野の下市町のYにピンクの彼岸花が咲いているという
 新聞記事を読んだ。
 あの毒々しい赤色と、髪を振り乱したような姿には、
 どうも馴染めぬ。
 イメージも悪い。
 その花がピンク色だという。
 私は、珍しいもの見たがり屋の一員でもある。
 野次馬根性が旺盛なのだろう。

 165号、168号を通って下市町にゆく。
 Yに着いたが、2~3人の人に聞いても、誰も知らないという。
 道端に咲く花の場所など、
 よっぽど花好きでないと知らないのだろう。
 薬局があったので入った。
 ちょうど目薬を切らしていたので、
 「OA用の目薬を下さい」と言った。
 「そんなものは、置いていても売れないので無い」という。
 残念なようで、ホッとしたような気分。
 まだ、ここまでは、OA化の波は押し寄せては
来ていないようだ。
 ついでに、記事のことを聞いてみたが知らないと言う。
 この村に、そういう事に詳しい人がいるので、
 聞いてあげると電話を掛けてくれた。

 その場所は、私が、つい先程素通りした所だった。
 数100m手前の道路脇である。
 赤い彼岸花の群れの中に小さくなって、
 所々に固まって咲いている。

 本当に淡いピンク色であった。
 誰かが既に数本折って持ち去っていた。
 観賞用に飾る国もあるらしい。
 所変われば、である。
 最近では、種子も特許の対象になっているので、
 私もスケベ心を出してその球根を一つ頂こうと思った。
 しかし、道具は何も持っていなかった。
 素手で茎の根元を掘ろうとした時、滑って転んだ。
 一瞬、電流のようなものが走った。

 さわらぬ神に祟り無し。
 もう、掘ることは止めて写真だけ撮って帰ることにした。
 サヤカに跨がり来た道を一目散、帰るのみである。
 見た満足感が、ほんのりと拡がる。
 快適な気分である。

 おかしい!
 サヤカが、だんだんと山奥に入って行くではないか。
 来た道には少なくとも人家が視界内にあったはずなのに、
 それが全然見当らなくなってきてくる。

 道路が舗装されているのが、せめてもの気休めとなる。
 そのうち、小雨もパラついて来た。
 すぐに引き返せばよいものを、道があれば行ってヤレという、
 アホな性分が擡げてくる。

 気が付いたときには、何処をどう走っているのか、
 検討がつかなかった。
 もちろん、地図など持ってない。
 だんだんと日も暮れてくる。
 人にも車にも会わない。
 周囲1km以内に人は居ない筈なのに、
 サヤカに話しかけても応えがない。

 しまった!
 もう少し前に引き返すべきだったと悔やんだが後の祭り。
 4~5時間も、雨の山中をウロついていたのだろうか?

 [ああ、凄い魔力!]
 突然、サヤカが話し掛けてくれた。
 彼女も、ピンクの彼岸花の魔力に翻弄されていたと言う。

 [私は切れたが、人間の貴方には数日残るだろうから、
  気をつけなさい。
  帰りは、私がOさんの許へ連れ戻してあげましょう]
 と言ってくれた。

 サヤカのお蔭で何とか無事に家に辿りついた。
 それから、2~3日は、会社でも家でもチョンボばかり。
 上司からは白い眼で見られるし、Oさんからは、
お目玉食らうし、
 40越えても惑うことのオンパレード。

 あーあ!

 彼岸花 ピンクの姿も ご一興 
  そぼ降る小雨を ひっそりキャッチ
                        
    ち ふ

                       
 この項おわり


あ@仮想はてな物語 屋久島にCDカラオケ

 * 屋久島にCDカラオケ(043)

 縄文杉のジィさんから、パソ通でカラオケの
催促メールが入った。
 おまけに金の工面の仕方まで教えてくれている。

 私が、ファミコンで株式売買をしていることまで知っていた。
 ホントに油断もスキもあったもんじゃない。
 でも、私が、ファミコンで株式売買をしていることなんか、
 Oさんと証券会社の人しか知らない筈だが・・・
 何処で情報が漏れたのだろう?

 私のパソコンネットとファミコンネットとは、何の関連性もないし、
 ジィさんの超能力は、私の家の中までは及ばないように
思うのだ 
 が、・・・

 ハハァ、もしかして、コロの奴が教えたのだろうか?
 それとも、私のワープロ日記を、ジィさん、
 盗み見したのだろうか?

 私は、ジィさんの指摘通りファミコンで株式売買をしている。
 成績はガタガタ! とはいうものの資金など
 あるわけがないので、
 損得の額も大したものではない。
 新しいものが出るとすぐ飛びつく悪癖を持っているので、
 そのサービスが始まるのと、 ほぼ同時に加入した。
 初期費用を別にすれば、月1,000円+電話代+アルファで、
 計1,500円もは掛からない。
 自己資金などない。
 すべて借り入れである。

 ジィさんは、薬品銘柄を今すぐ買えという。
 ご丁寧に、4XXXとコードナンバーまで指定してくれている。
 成り行きで買い、1,000円を越えた時点で、
 指し値で売れとのご指導。
 細かい。
 資金は、いま年利率13%の銀行の個人ローンを使えという。

 大丈夫かいな!
 もし、値下がりしたらダブルパンチを食らうではないか!

 株は下がるは金利は要るはで、わが家の赤字家計が
 また膨らむ。
 けど、ジィさんの言うことに乗ってやれ!
 と飛び乗った。
 買ってから数週間も経たないうちに、上がるわ上がるわ、
 面白いほど上がった。
 7XX円で買った株が、1,000円を少し越えた時点で、
 ジィさんの指示通りに
 売り払った。
 売買手数料、取引税、消費税、借入金利などを差し引いても、
 CDカラオケを買うには十分である。
 おまけに、太陽の塔の欲しがっている、
 スーパー・ファミコンまで、買ってやれるではないか。

 感謝、ジィさん。
 ジイさんの言うことに間違いはなかったので、
 すっかり信用してしまった。

 その数日後、コンポ型のCDカラオケを買い、
 スーパー・ファミコンの予約をしておいた。
 カラオケ用のCDは、ジィさんが好きそうなナツメロを
 5枚買った。
 残念ながら、ご指定の「別れの一本杉」は、2~3店回って
 見たが見当らなかった。

 ジィさんの分は、パソ通友達の鹿児島のNさん宅宛てに、
 宅配便で送っておいた。
 屋久島まで、こちらより近いとはいうものの、
 本当にご苦労なことである。
 休みには色々と予定もあるだろうに、
 とんだ友人を持ったものだと、
 Nさんもさぞかし嘆いていることだろう。

 一月ほどして、スーパー・ファミコンも入荷した。
 入ったら電話しますと言ってくれたが断っておいた。
 Oさんに知れると、また追求が始まるからである。
 こちらの方は人気ソフトを2本つけておいた。
 ある土曜日の夜、持っていてやった。
 ヤツときたら、憧れのサヤカには会え、
 その上念願のコンピューター・ゲームが
 出来るものだから、ダラリと汚い涎を出して泣いて
 喜びやがった。

 図体は大きいが単純で素直で憎めない奴だ。
 ヤツも、私に遠慮してか、前ほどサヤカにしつっこくは
 言い寄らないみたいだ。
 半分は諦めているのだろうか。
 そんなわけで、サヤカも前ほどは毛嫌いは
 しなくなったみたいだ。

 良かった、良かった。

 さわやかに 風よ吹け吹け この国に
 諍(いさか)い争い 吹き飛ばすまで
                           
   ち ふ

                             
 この項おわり


 ジィさんに、株で億万長者にしてくれと言ったら、
 きついお叱りを受けた。
 いい年してアホなこと言うな、アンタには今の生活が
 合っているのだ、
 不必要な余分な金など持つとロクなことはない、とのことでした。
 なお、あの株は、私が売って4~5日後に下がり始め、
 今では800円前後で静止している。 






あ@仮想はてな物語 信楽焼

 * 信楽焼(044)

 その日は琵琶湖を一周した。
 初夏の風が気持良かった。
 気の早い者はもう泳いでいる。
 何台ものバイクに出会った。
 女の子ばかりのグループもいた。
 湖は、ヨットやウインド・サーフィン、
 水上バイクを楽しむ若者で溢れていた。
 琵琶湖の西岸沿いを走る161号は通行量も多いので、
 よそ見は禁物だ。
 時折、サヤカを止め麦茶で咽喉を潤す。
 夏場はこれに限る。
 旨い。
 じっと湖を見つめていると暑さが気になってくる。
 飛び込んで泳いでやろうかという気にもなってくる。

 湖といえど結構波は高かった。
 途中一回転倒した。
 幸い軽い擦り傷ですんだ。
 砂利でスリップしたのだ。
 湖岸の小道で車は走って来てなかった。
 助かった。
 事故など何処でどう起こるかわからない。
 国道で張り詰めさせた神経が、ポッと弛んだのだろうか?
 湖ばかりに気をとられて、道路の状態に、
 気がつかなかったのがいけなかったのだろう。
 気を抜くとバイクは危ない、危ない。

 奥琵琶湖を走っていると、竹生島の形が、
 いろいろと変わって面白かった。

 絵ハガキなどとは、全然違った形に見えるのだ。
 ゆっくりと時間をかけあちらこちら見学しながら、
 走れば良いのだろうが、
 私は、一周するのが目的である。

 強いて言えば、サヤカに一周感覚を植えつけるとでも言えば
 当たっているのだろうか?
 そんなところだ。

 東岸は8号線である。
 賎ケ岳・長浜・彦根などを通り瀬田まで帰ってきた。
 出発地点である。
 午後の8時を過ぎていた。
 琵琶湖の夕日を見たかったのだが、
 道に迷ったので主に8号ばかり通った。
 やったという満足感を味わう。

 後は家に帰るのみ。
 信楽を通って木津で24号に入るつもりだった。
 その道に入った時には車もかなり走っていたのだが、
 1台・2台と居なくなり、
 30分も走ると、私一人になってしまった。

 人家などロクに無い真っ暗な山道であった。
 道が舗装され白線が引かれているのが、
 せめてもの救いである。

 何とも心細い。
 その内、軽自動車が後から来たので追い越させ、
 後を付いてゆこうと思ったのだが、
 すぐに脇道に消えてしまった。
 ハンドルにしがみつき前方だけに注意を集中する。

 まだその時にはサヤカが話をする事など、
 夢にも知らなかったから、
 まったくの一人であった。
 泣きたくなるような気持になってくる。

 家まで後どのくらいで帰れるのだろうか?
 Oさんも心配しているかもしれない。
 でも、夜道の知らない道。
 事故など起こしては元も子もない。
 徐行運転に努める。
 遅くとも走っていれば、前に進む。
 進めば帰れる。
 単純な原理である。

 どんな道でも、何100キロ離れていても、
 わが家の玄関まで、
 一本の線で繋がっているからである。
 その糸を頼りに走るしかない。

 そんな道路のヘッドライトの先端に、
 何かがいっぱい蠢いているのに気づいた。
 今更引き返す訳にもゆかない。
 おそるおそる進んでよく見ると、それは狸の焼き物だった。
 中狸、小狸が挙って踊り狂っているみたいだ。

 ヤツらは、私に気が付いているのか、いないのか、
 道路を占領して道を開けようともしない。
 私は、ヤツらがあまりに小さいので恐くはなかった。
 しかし、どうしていいのか分からなかったので、
 サヤカを止め彼らの様子を見ていた。

 そのうち、その中の目付きの悪そうな中狸が、
 私をキラリと睨んだ。
 サヤカのヘッドライトに目玉がまともに反射したのだ。
 ぞおーっと背筋が縮み込む。
 それにつられたのか、
 何10匹もの焼き狸の目が、キラーッと光った。
 生きた心地はしない。

 どうされるんだろう?

 そのなかの一匹が、
 サヤカの荷台につけてある土産物を指差して、
 何か言っているようだったが、
 私には、何のことだか分からなかった。

 それは近江八幡で買った水茎焼のコーヒーカップであった。
 Oさんへの大事なお土産である。
 ヤツがそれを引っ張り取ろうとする。

 渡してなるものか!

 私は必死で押さえる。
 ヤツらが、次々と私に襲いかかってきた。
 こちらは、革ジャン・革ズボン・革手袋にロングブーツで、
 身を固めている。
 夏と言えども夜間用にいつでも持っているのが幸いした。
 ヤツらも歯が立たないようだ。
 メットに飛び乗って滑り落ちるヤツもいる。

 私は、もうこうなったら何が何でも、
 これをOさんに手渡してやろうと意地になって、
 抱え込んでやった。
 そのうち、サヤカのバランスが崩れて狸ともども
 倒れてしまった。

 その時、

 [一同全員、ヤメー!!]

 ドスの利いた太い声が聞こえた。
 狸どもが離れてゆく。
 人の声が聞こえたので、ヤレヤレと思った。
 声のする方を見た途端、これまたびっくり。

 ナ、ナンダ!!

 一難去ってまた一難。
 どでかい大狸が、デデーンと道路そばの広場に、
 仁王だちに立っているではないか。
 あんなヤツに一撃されたら、ひとたまりもない。

 [これ、そこのオッさん]

 アンタに、オッさん呼ばわりされるほど年食って無いぞ、
 この古狸!
 と思うが、身体はブルブル震えていた。

 [今時、見上げた心掛け。天晴れ! 天晴れ!]

 何のことだか、訳が分からない。

 その大狸によると、

 今どきコーヒーカップに命を張るヤツも珍しい。
 そのカップもワシラも同じ焼き物仲間。
 何処に連れていかれるのか、わからないので、
 子分どもが助けようとしたのだ。
 しかしながら、日が昇ればワシラは動けなくなる。

 結局は今助けてやったとしても、カップは何時かは
 誰かに買われてゆく運命にある。
 それならば、お前のような者に連れていってもらったら、
 きっと大事に使ってくれるだろうから、彼女も幸せだろう。

 必死にしがみついている姿を見てそう感じた。
 連れて行ってくれ。
 そして、大事に使ってやってくれ。
 何か困った事が起きたら、いつでも相談にのってやる。
 気に入ったぞ、

 というような事であった。

 片腹痛い。
 私は、ヘソクリで買ったOさんへのお土産を、
 取られたくなかっただけだ。
 ?千円もしたものだから執着しただけだ。
 ヤツらが小さかったので見縊っていたこともある。

 大狸を見ていたら、ボオーッとつっ立って、
 為すがままにされていたであろう。
 運が良かったのだ。
 これで大狸とも縁が出来たし。

 サヤカを起こして家路についた。
 標識には信楽と出ていた。
 もう恐いものは何も無かった。
 大狸が後に付いていてくれていると思うだけで、
 気持が何10倍にも大きくなっていた。


 信楽の 愛敬狸の 道の番
   深夜の走りに 徳利サイン

   ち ふ


 この項おわり


あ@仮想はてな物語 蒲生野紫野にあかねさす

 * 蒲生野紫野にあかねさす(045)

 あかねさす 紫野行き 標野(しめの)行き
  野守(のもり)は見ずや 君が袖振る

      額田王 (万葉集・巻1・20)

 私は、この歌が好きだ。
 紫草は初夏に咲くという。
 この歌は琵琶湖の近くの蒲生野で詠まれたものらしい。
 蒲生野の野と言っても、今では特定できない。
 とにかく、安土町のあたりに行ってみることにする。

 24号から京滋バイパスを通って8号に入る。
 24号の木津のあたりの渋滞には毎度泣かされている。
 バイクでも巻き込まれるのだ。
 バイパスもあるにはあるのだが、
 いつも見過ごして通りすぎてしまっている。

 蒲生郡に入った。
 何処でもいい。
 走っていれば野もあるだろう。
 水田が多かった。

 初々しい早苗を渡る風が心地よい。
 昔は一番草と呼ばれた草取りの季節だろうか? 

 「はじめは浅く、なか深く、終りはそっとなでておけ」でいう、
 はじめの草取りにあたる頃である。
 田植え後、2週間ぐらいをメドに、
 女の人が這いつくばって手で草を取っていた。

 今は化学肥料の普及で誰もあんなきつい仕事はしなくなった。
 田植えも草取りも、見る分には何とも風情があって
 いいものだが、自分がするとなると誰もが嫌がる。
 嫌がる仕事を化学肥料と機械に押しつけるのだから、
 いつか彼らのしっぺ返しを食らったとしても自業自得だ。
 今の所、彼らの反乱を小さくする以外には手はないのだろう。

 休耕田の脇にサヤカを止め畦道に腰を下ろし麦茶を飲む。
 メットを脱いだ頭を風が撫であげてくれる。

 額田王の歌が思い出される。私は、勝手に解釈を施す。

 「朝日輝く、紫草咲き乱れる通行禁止の道を、
  あなたは、白いバイクで帰ってゆく。
  取得禁止通学禁止の掟を破り私の為に、
  毎朝毎朝会いにやって来てくれる。

  私は高校生。
  あなたも。
  しかし、二人の通う高校は違っている。
  一秒でも一緒にいたい。
  話したい。

  そんな私の気持を察してか、
  あなたは、時間ぎりぎりまで出かけない。
  でも時間が迫ってくる。

  あなたは、紫草の咲き揃う通行禁止の公園の近道を通って、
  高校へと走り去ってゆく。
  少し茶目っ気のあるあなたは、
  ハンカチにLOVEと書いて腕に巻いて、
  大きく振りかざしながら、遠ざかってゆく。

  公園の管理人や交通警官に見つかりはしないでしょうか?

  ああ、あんなに手をふって。
  大丈夫かしら?
  気をつけてね」

 主人公は、もちろん、かっての私とOさん。
 これは、あくまでも私の想像である。

 この歌は、中年のオバはんが詠んだものとは思いたくはない。
 私が言う中年とは、二人の男に心を許すような、
 垢汚れた人間をさすのだ。

 それも一つの生き方だとは思う。
 思いはするが、淋しい。

 朝日さす ラベンダーの野を 走りゆく
  北海原野 君初々しき
                       
  ち ふ


  この項おわり 

あ@仮想はてな物語 桃原国道

2019-12-23 10:15:41 | 仮想はてな物語 
copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ

 * 桃原国道(031)

 新益京市のわが家から、
24号線を和歌山に向かって走り、
粉河の先で左折して424号線に入る。

 入れば、もうそこが桃源郷である。
 その名にふさわしく国道沿いに、
 桃畑が一面に拡がっている。

 淡いピンクの花盛り。
 私は、そんなに沢山の桃の花の、
 群生を見たことなかった。

 見渡す限り桃の花なのである。
 ドライブガイドの本に桃源郷の
案内が載っていた。
 冬の走りは近くだけに限られていたため、
 どうしても要求不満になっている。
 そんな心に桃源郷の名が食い込んでいた。

 朝方は小雨が降っていたのだが、
昼過ぎに薄曇りに変わったので、
 飛び出したのである。
 橋本のあたりから雨がまた本格的に降り始めた。
 春の雨はさほど冷たくはなかった。
 国道の端にS・サヤカをとめ、
 例のブルーのレインウェアを着込む。

 雨のなかを走るのは久しぶりである。
 雨が叩くように降ってくる。
 サヤカを止めれば雨はそんなに強くはない。
 スピードのせいである。

 雨の日のバイクは悲惨である。
 特に、私のようにメガネを必要とする者は,
さらにひどい目に遭う。
 シールドとメガネがダブルで曇るのだ。
 その上シールドには雨滴まで着く。
 しょっちゅう手袋の手の平で
拭わなければならない。
 それでも間に合わなくなると、
 結局はシールドをあげたまま走ることになる。

 雨が直接メガネや顔にかかる。
 今度はメガネがシールドと同じ目に遭う。
 メガネが役に立たないので鼻の上にずらす。
 雨のヤツが目玉を直撃する。

 とてもじゃないが、見られたものではない。

 風があまり吹いていないと、
 40kmぐらいのスピードなら雨は痛くはない。
 55kmあたりからピチピチと叩き始める。
 60kmだと目がもう痛くて痛くて叶わない。

 私が、バイクで前が曇ったり雨滴に悩まされて、
 こわごわ走っているのに、
 4輪車はビュンビュン飛ばしてくる。
 雨の日でも、24号・42号あたりでは、
 70~80kmで走ってくるのだ。

 雨の日にバイクに乗らなければいいのだろうが、
 天気は気紛れだ。
 遠くに足を延ばせば、そんな目に遭うことも
 覚悟しなければならない。
 とにかく危ないから流れに合わすのである。
 これが苦痛となる。

 前は見えない。
 後は見えない。
 スリップの危険がある。
 車の水飛沫はかかる。
 もう四方八方敵ばかりなのである。

 そんな中を何とか桃源郷についた。
 有りがたみもひとしおである。
 桃の花をバックにしてサヤカの写真を
撮ってやった。
 雨が強いので人はほとんどいない。
 私は、雨のなかに佇んで、
 ぼんやりと桃の花に酔っていた。
 ずっと見渡す限り桃の花である。

 道路や人家がそばにあるので、
少し物足りなかった。
 こういう景色には邪魔物である。
 やはり道路は舗装されてなく、
 さびれた小屋一つぐらいが似つかわしい。

 そんなことを思っていた時だった。
 2・3本先の桃の木の花びらから、
 何かネバネバとしたものが滴り落ちている。

 雨の雫が固まって落ちているのかなと思った。
 近づいてみるといい香りが漂ってくる。

 おお、何と化粧に使うクリームではないか!

 私は、すぐさまビニール袋を取り出した。
 携帯必需品の一つである。
 持っていると色々重宝するから、
 いつも4・5枚は用意しているのだ。
 その袋でクリームを受けた。
 不思議なことにいっぱいになった所で、
 ぴたりと止まった。

 ああ、Oさんにいい土産が出来た。
 満足に化粧品など買ってやらない私を哀れんで、
 天のヤツ小賢しいことをしやがったな!

 まあ、天然の化粧品だから、
 今回は素直に貰って帰ろう。

 桃の花 花・花・花の 花盛
  雨のシヤッター 引き下ろし憩う 

              ち ふ

                      
  この項おわり



あ@仮想はてな物語 花の吉野山

 * 花の吉野山(032)

 花冷えのする日であった。
 曇っていて今にも雨が降り落ちて来そうだった。

 そうだ。
 こういう日に吉野山へ行けば、
 人出は少ないに違いないと思った。
 私は、短い脚を振り上げて、Sサヤカに跨がる。
 吉野へゆくには、石舞台から抜ける山路の方が、
 自然に親しめて楽しい。

 芋峠越えの路である。
 10km余り、約30分の山路は、
 相変わらずくねっている。
 途中数台の車とすれ違う。

 冬のこの路では、車に会うことは皆無だ。
 山のなかの自然にふれるとホッとする。
 また、この路は曲がりくねっているので、
 何度通っても気が抜けない。
 わずか数10分の緊張と弛緩。
 これがたまらない。

 狭い路を抜け169号に出て、
 その国道をを少しだけ走り、
 右に折れて下千本を目指す。

 行く場所は決めてある。
 蔵王堂の横を過ぎ、土産物・旅館の立ち並ぶ、
 石畳風ののきつい坂を上る。
 バイクで初めて来た時には、
 何度も転倒寸前の浮目に遭った急な坂道だ。

 こんな天気の日でも、
 桜のシーズン中は人出が多い。
 急坂と人波の間を縫って、
 走り上がって行くのだから、
 かなりの技術がいる。

 中千本上千本へとまっしぐら。
 くねくね道を花矢倉へと向かう。
 小雨が降り始めた。
 雨の降り始めはほとんどが遠慮がちだ。
 斥候を送って地上の様子を見ているようだ。
 私は、サヤカを止め青色のレインウェアを
着込む。

 雨には何度もひどい目に遭わされ、
 風邪をひかされているので、
 最近では、ちょっとの雨でもすぐに着る。

 そのまま上へ上へと上がってゆく。
 人がだんだんと少なくなる。
 展望台の下でサヤカを再び止め降りる。
 全山桜の花が様々な咲き方をしている。
 しかし、全体的にはもう一歩という開き方である。

 膚寒い。
 風が強くなってくる。
 ふと気づくと雨が霙に変わり雪になってきた。
 四月初めの雪は珍しいぼたん雪のようだ。

 風に煽られて、
 ぼたん雪と桜の花びらが宙を舞っている。
 白い雪と薄ピンクの花びら。
 絶妙の取り合せだ。
 よく見ないと区別がつきにくい。

 じっとその様子に見入る。

 何と!! これは明らかに戦争だ!

 ぼたん雪と桜の花びらが、
 接近戦でくんずほぐれつの戦いを
繰り拡げているのだ。
 天は絶え間なく戦闘員を送り込んでくる。
 それに対して桜は木についている花びらのみが手駒である。
 風が強く吹くたび桜戦闘員は飛び上がってゆく。
 ぼたん雪の方が圧倒的に優勢である。

 交じり合い舞いながらの優雅な戦闘だ。
 いつまでも続いていた。

 舞いの渦 春爛漫の 吉野山
  全山覆う 雪花戦争 
                ち ふ

                    
  この項おわり




あ@仮想はてな物語 汐吹岩

 * 汐吹岩(033)

 汐吹岩は、日ノ岬の少し手前にある。
 奈良県S市にある自宅からは、
 24号を通って和歌山から阪和自動車道に入り、
 海南で降り42号を白浜の方に向かって走る。
 御坊市で右に折れ煙樹ケ浜を抜けると左前方に見え始めてくる。
 海岸から少し離れたところに岩山がぽっとりと
浮かんでいる。

 その日、太平洋の波は荒かった。
 そういう日でないと鯨の汐吹き現象は
見られないのである。

 荒い波が岩にぶつかり、その力で岩場の
隙間から潮が、あたかも鯨が汐吹くように、
豪快に天に吹き上がるのだ。
 私は一度その様子を見たかった。

 それにもう一つ目的があった。
 その汐が吹きあがった瞬間、
ある呪文を唱えると、
 ありがたい塩が貰えるという。
 不可思議な能力を持つ
わが愛バイク・Sサヤカが、
 こっそり教えてくれたのだ。

 吹き上げの高さ3m以上で、
 その最高の高さになった瞬間、
一秒以内に呪文を
 唱えなければならない。

 呪文は、何と[ソルト・トルゾ]

 何か下手なダジャレみたいだが、
 サヤカの言うことだから間違いないのだろう。
 それがまた、
小憎ったらしいことに3回失敗すると、
 その日はもう通用しないという。
 こんな所にまでキャッシュ・ディスペンサー並みのチェックが、
 押し寄せてきているのだ。

 2回も失敗してしまった。
 150km近く走ってきて、次に来られるのは
いつになるのか
 検討もつかない。
 だんだんと顔が引きつってくる。

 今度こそはと思うのだが、
 吹き上げの高さが足りなかったり、
 呪文を度忘れしたりで、
 なかなか思うようにはいかない。

 ドバババーン。

 それ!

 [ソルト・トルゾ!]

 おお、旨くいった。
 吹き上げた汐の先から何かが、
こちらに向かって飛んでくる。
 あれをうまく取らなければ、とそちらにばかり
気を取られていた為、受け取った途端
岩場に転んでしまった。
 左手から転んだ。

 手の平からサッと鮮血が吹いた。
 しかし、右手にはしっかりと贈り物を掴んでいた。
 幸い革ジャン・革ズボン・ロングブーツに
身を固めていたので、被害は左手のみ。
 だが、かなり深く切ってしまった。
 消毒薬・傷薬・包帯・絆創膏は常備しているので、
 サヤカの荷台に積んである、
 バッグから取出して手当てする。
 手当てが終わって、授かり物を
じっくりと見入った。
 塩がビニールパックされていたのだ。

 ホントかいな?

 しかし、これは間違いなく、
私が直接受けとめた物だから、
 現実の出来事だ。
 この塩は痩せる特効薬であるという。
 わが妻Oさんの為に貰いに来たと言っても
過言ではないだろう。
 結婚する前は50kg足らずで
ほっそりしていたのが、
 今では60kgを超す中年オバはん。

 食べる物は、人一倍食べて痩せたいと
のたまっている。
 しかしながらそれも一利ある。
 なんかいい方法ないかいなとサヤカに聞くと、
 この汐吹岩の話を教えてくれたのだ。
 この塩で三段腹を数日続けて揉むと、
てき面に痩せるという。
 折角、ここまで来たのだからと、
 その痩せ塩を抱えて日の岬を見学して、
 一路帰路についた。

 あのほっそりとした昔のOさんが見られるぞ、
 頭の中は、そんなことを考えていた。


 厚雲に のしかかられて 煙る海 
  太平洋は ちっちゃく縮む 
           
  ち ふ

                    
 この項おわり


あ@仮想はてな物語 痩せ塩

 * 痩せ塩(034)

 例の汐吹岩のくれた塩をOさんに勧めてみた。
 ガンとして受け付けない。
 膚が痛むのは分かり切っていると言う。
 とうとう最後には、
 「馬鹿なことを言うな!」と怒り出してしまった。

 Sサヤカが教えてくれたこと、手の平を傷つけながらも、
 痩せ塩を受けとめたことなどは、話すわけにはいかない。
 もし話したとしても、何一つ証拠はないし、
 ましてやバイクがしゃべる事など頭から信じはしないだろう。

 そりゃそうだ。
 サヤカは、私一人の時しか話しかけてはこないし、
 ワープロも人前では打ちはしない。
 汐吹岩にしたってそうだ。
 Oさんは見ていない。
 目の前にあるのは、ビニールパックされた、
 何の変哲もない普通の塩。
 そんなもので痩せられる筈がない。
 私だって、そう思うだろう。

 Oさんは、例によって、
 春の陽気で私の頭がイカれ出したのかと思っている。
 私は、春先は気分がハイになってくる。
 いろいろとあちらこちらに手を出す。

 子供達や新入社員からの刺激を受けて、
 何かせずには、いられなくなってくるのだ。
 Oさんは毎年のことなので、文句を言いながらも見逃してくれる。
 どうせ長続きをしないのだからとタカを括っているのだろう。

 内職のせいでOさんはよく肩を凝らす。
 私は、時々肩を揉んでやる。
 その時、スキを狙って、手にあの塩をつけて、
 三段腹を揉んでやろうと策を練っていたのだ。

 4月のある日のこと、例によって肩が凝って、
 歯が痛いと言い出した。
 この機会を逃すものか。
 私は、密かに上着のポケットに
痩せ塩を隠して肩を揉んでやった。
 肩には、ごっそりと中年肉が付いている。
 押しも押されもせぬ中年オバはんの肩だ。

 少し揉むと、こちらの手が痛くなってくる。
 あるマッサージ師は、悪魔が手に乗り移ってくると
表現していた。
 まさにその通りだ。
 Oさんの肩から魔性が私の手に移動してくる。
 そのきつい坂を越え魔性を慣らすには30分はかかる。
 それぐらい経つと悪魔に対する抗体も出来、
 また毒素も中和されるのだろうか?

 こちらの手も慣れてくるし、Oさんも気持ちいいのか、
 うっとりし始める。

 今だ!

 私は、痩せ塩を取出して、
 Oさんのセーターをたくし上げ、
 三段腹の塩モミをしてやった。 

 「キャーッ。何するの?!」

 Oさんの大悲鳴。
 私は、一瞬たじろいだ。

 「痛いっ。何なの、コレは!! ナニしたのっ!!」

 ワァーッ、もの凄い形相。

 「あの塩、塗った」

 Oさんは風呂場の方に駆けて行った。
 洗い流しに行ったのだろう。
 帰ってくるなり、ボカボカ、ボカン。
 強烈な数発の鉄拳。

 私は、やっぱり悪いことしたのかな ??? 

 Oさんの 肩の内なる 憎らしき
  浮き世の柵(しがらみ) 削ぎ落としたし 
                           
  ち ふ


  この項おわり


あ@仮想はてな物語 屋久島と万博公園のパソ通仲間


 * 屋久島と万博公園のパソ通仲間(035)

 このように文明が進んだ時代でも分かぬことも多い。
 いや、解らないことばかりなのかも知れない。
 屋久島の縄文杉、京都の北山杉、大神神社の巳の神杉、
万博の太陽の塔、Sサヤカなどなど。

 彼らは、私の頭では考えられない能力を持っている。
 並み以下の人間である私は、彼らと必要な時に話が出来れば
良いなと望んでいる。
 奴らと離れていてもある程度自由に交流できる方法は
ないものだろうか。
 幸い今、私はパソコン通信(=パソ通)に凝っている。

 そうだ!!
 奴らにパソコン通信を覚えさせればいいのだ。
 携帯電話も出来ているし、無線電話もある。
 奴らを私の家族会員にすればいい。
 家族割引の特典も使える。

 サヤカに相談すると、この地球上には、
 テレパシー通信網が整備されていて、
 パソコンネットと相互乗り入れも可能になっていると言う。
 いい事を教えてもらった。
 その通信網は、電気と電話をも兼ねているようなので、
 あたかも私の家の中で、
 使っているのと変わらない使い方が出来るということらしい。
 奴ら進んでる! 

 後はワープロとモデムを買い与えてやればOKだ。
 ワープロの方がパソコンよりも安くて扱い易いだろう。
 私は、型遅れのワープロと300ボーのモデムを2セット買った。
 取り敢えず縄文杉と太陽の塔の二人を選んだ。
 縄文杉の方は、またまた鹿児島のNさんに頼んだ。
 こういう事が出来るのは、やはりパソ通の持つ利点だ。
 この年になって、知らない土地の離れた場所に住む友人なんて、
 パソ通を通して、
 以外には、そう簡単に出来るものではないからだ。
 お世話になりっ放しだ。
 そのうち、とびきりうまい三輪素麺でも送ることにしよう。

 太陽の塔には夜間に取り付けに行った。
 サヤカをなんとか宥めすかして納得させた。
 あんな奴でも、私にとっては貴重な存在なのだ。
 奴は、サヤカの主人である私と繋がりが出来るものだから、
 喜んで引き受けてくれた。

 あのへんてこりんな口を開けて、
 パソ通セットをパクリと飲み込んだのだ。
 奴らの頭は鋭い。伊達に超能力を備えてはいない。
 もの覚えもいい。
 基本的なことだけ伝えておいた。

 IDコードやパスワード、電子メールの読み書きである。
 このぐらい出来れば、後は疑問点があればメールで、
 質疑応答出来るのだ。

 縄文杉は、雨降りの日でないとインプット出来ない。
 内部に出来ている空洞を使って、
 雨ダレを落としタイプするのだそうだ。
 その為キーボードはラップで巻いてもらった。
 シフトキーは使えそうもない。

 太陽の塔は、晴れた日でないとインプット出来ない。
 その名に相応しく太陽が燦々と輝いていないと動きが
 思うようにならないそうだ。
 口の中で三枚舌の舌先を使ってタイプすると言う。
 これも唾液で汚れるのでラップを巻いてやった。
 中古のワープロとモデム、2セットで10万もはかからなかった。

 だが、10万というと会社員の私にとっては痛い。
 維持費もどのくらいかかるのか解らない。

 なるべく止むを得ない時だけ使おう。
 しかし、奴らは暇な上、面白いのか、
 数か月経ってパソ通の利用代金の請求が、
 ン万円も来た!!

 また、Oさんに絞られるゾ!

 パソ通ネツトの会員の皆様、
 私の仲間にあまり話しかけないで下さい。
 暇に任せて、奴らバンバン、メールを送っていきますよ。

 パソ通の 向こうにおわすは 人か魔か
  言の葉などは お化粧品 
                       
  ち ふ


 なお、あの駄犬コロは、何で屋久島などに行ったのか、
 よくは解らないのですが、
 超能力を身につけるため、
 縄文杉の根元で観光客に餌をもらいながら
 修業中とのことです。
 縄文杉の非常に読み辛い、
 ひらがなメールに書いてありましたので、
 お知らせしておきます。


                        
 この項おわり







あ@仮想はてな物語 酒船石

 * 酒船石(036)

 明日香の小道を走っていると、いろいろと面白いものに出会う。
 酒船石(さかふねいし)もその一つだ。
 飛鳥寺から石舞台に通じる道の途中の丘の上にある。

 道標の手前でサヤカを止める。
 バイクでは上れないのだ。
 長さ5・3m、最大幅2・3mのかなり大きい岩である。
 表面はフライパンを二つ持った人の形のようにになっている。
 頭の部分とフライパンに相当する円形のくぼみとお腹に当たる
大判型のくぼみが溝で結ばれている。
 巨石全体がわずかに傾斜していて、頭の部分に水を流せば、
 3つの溝から、それぞれのくぼみを通して岩下に落ちる。

 酒船石という名は、酒を絞るために使われたのではないかとの
 言い伝えからきているらしい。
 本当の所はまだよくわかっていないらしい。

 その日は雨の土曜日であった。
 折角のツーリング日に雨が降ると、私は遠出を避ける。
 途中で雨に降られるのは仕方ない。
 しかしながら、出掛けから雨の日には敬遠する。
 若さを失ったバロメーターになっているのだろうか?

 そんな日には、近所の変わった場所に顔を出してみる。
 明日香も春や秋のシーズン中には、
 人が多くて、ゆっくりと見回ることは出来ない。
 四月の中頃であった。
 桜も葉の方が目立つ季節である。

 雨水が酒船石のくぼみに溜り、
 さらにその上に雨が降っているものだから、
 水は絶え間なく岩下に落ちてゆく。
 落ちる水は表面の部分のみが流れ落ちて、
 凹の底の古水は、いつまでも居座り
 続けているのであろうか?

 そんなことを思っていた時だった。
 散り残りの桜の花びらが、ひらひらと酒船石の頭の部分に、
 数枚落ちてきた。
 右手の方や咽喉にあたる溝の方に流れて行く。

 アッ、そうか!!

 私は、その時閃いた。
 これは古代の「水・MBG」だったのか!

 MBGは、私の親友で、このシリーズで短歌の原案を出している
「ちう」の 造語で、パチンコのことだ。
 ミニ・ミラクル・ボール・ゲームの頭文字を連ねたものだ。
 本当はMMBGなのだが、Mがダブルので、
 Mを一つカットしたという。

 感受性豊かな古代の人は、何にでも親しむことが出来たし、
 ちょっとのことにでも感動を覚えたような気がする。
 遊びにしたってそうだ。
 自然に少しだけ手を加えて夢中になれた。
 これも、その一例だろう。

 赤や青や白の色とりどりの、
 水に浮く木の実や花びらを頭の部分に置く。
 その上から水を流す。
 右手のフライパンで止まれば10点、
 右手から流れ落ちれば8点、胴を通って
 真っすぐ落ちれば0点などと、
 MBGに皆して興じていたのではないのだろうか?

 勝った者の賞品は何だったのだろう?

 村と村、大人と子供、男と女、個人と個人の勝負ごと?
 大人も子供も女の人も、一緒になって、
 その玉の流れに一喜一憂する。
 岩の周りには人が群がり、傍の木のうえにも鈴なりの人。
 そのうち、浮かれて酒船石の上に飛び上がって、
 踊り出す女の人も出てくる。
 ヤンヤの喝采。
 そんな光景が浮かんでくるのである。


 MBG 古代の人も 賭けは好き
  限度・境は 己れがコントロール!
                         
  ち ふ

                       
 この項おわり



あ@仮想はてな物語 屋久島へのパソコン通信と花粉症(

 * 屋久島へのパソコン通信と花粉症(037)

 4月のある朝のこと。
 ついに穏やかなOさんが、プッツンした。

 「杉の木、全部伐って!」

 鼻は、グシャグシャ。
 目は腫れる。
 頭は重い。
 これだけ揃えば、当然機嫌は悪い。

 さすがのOさんもメタメタ。
 年々、症状は重くなってきているみたいだ。
 最近は娘にまで移ってきている。
 医者にもゆきたがらないし、
 巳の神杉の言うことも聞かない。
 もっとも、私自身、バチあたりなことに、
 心から信用はしてないのだから、
 Oさんとて同じことだろう。

 20世紀末のお粗末な教養が邪魔しているのだ。
 治った例を知らない。
 あんなことするとますます悪化しそうだ。
 巳の神杉を疑うわけではないが、
 こういう人体実験のトップになるのは、
 やっぱり避けたい。
 かと言って、うまく治れば利用はしたい。
 何とエゴ丸出しの生き方なのだろう。 

 私は、Oさんのために、縄文杉にパソ通で、
 再度問い合わせのメールを送った。
 雨が思うように降らないのか、なかなか返事がこなかった。
 10日ぐらい経ってから、やっと届いた。

 彼によれば、今若い杉が大反乱を起し暴れまわっているという。
 昭和40年なかばの全共闘運動みたいだ。
 若いヤツらの言い分も少しは解るので静観しているという。
 どうせ口を挾んだところで、ジジィの言うことなんかに、
 耳を貸さないだろうとも思っているで、
 流れにまかせているとのこと。

 植えるだけ植えて手入れもロクにせず、
 年頃になればバッサリ伐る。
 縄文ジィさんみたいに2,000~3,000年も生き、人生厭きるほど
 生き尽くして、楽しむべきことは楽しみ尽くしたい。
 そのあたりに原因がありそうだとも書いていた。

 そんなことより、ワシの要求を聞いてくれと3つも要求を出してきた。
 3項目の要求書なんて表題をつけて!
 すっかり若いヤツらに被れている。

 それにしても、漢字混じりの文に変わって来ている。
 ジィさんもヤルもんだ。

 一つは、カラオケを楽しみたいので、カラオケセットを送れという。
 おまけに「別れの一本杉」のCDなども一緒に入れてくれと言う。

 エエッ?!
 CD?
 テープではなく、CDだって!

 私の家にだって、CDのカラオケセットなどないのに、畜生、誰だ!
 ジィさんに、そんなこと教えたヤツは? 

 ゲに恐ろしきものは、目学問!!

 パソ通の利点であり、今の私には恐怖のスカッド・ミサイル。
 ジィさん、パートにでも行って金稼いでくれよ。
 といっても、2,500年以上も生きているジィさんには、
 無理な注文か。

 その2。伝送スピードが遅いので、ISDN(総合デジタル・サービス
      網)を利用して家庭用の「INSネット64」を検討して
      くれって?

 何じゃい、ソレ!
 また、金のかかる話か。
 知らん!


 その3。ダイヤルQ2を利用させて欲しいとのこと。

 止めてくれよ!
 あんなもの暇にまかせて掛けられたら、
 電話代だけで、私の給料が、ふっ飛んでしまう。
 とんだ花粉症のトバッチリが来たもんだ。

 コロが世話になっていることだし、
 一つぐらいは、
 話しあいの余地がありそうだ。

 ジイさん、
 まさか3つとも、要求貫徹するまでは、
 絶対譲らへんなどとは言わないだろうな。
 頑固なジィさんのことだから、
 どうなることやら。

 4月は子供の高校入学金など、
 5月は分納の固定資産税、
 自動車税などの税金類、
 それにつけても、
 出てゆくことのみ多かりき、だ。

 Oさん、
 憂欝な頭の上に出費のやり繰りで、
 どう豹変するのか?

 エエィッ、
 サヤカに乗って、
 晩春の山のなかに逃げ出そうっと!!



 晴れやかに 拡がる希望と 憂欝の
  4月の刻(とき)は たゆたうとゆく
                     
    ち ふ

                        
 この項おわり







あ@仮想はてな物語 桃原国道

copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ


 * 桃原国道(031)

 新益京市のわが家から、
24号線を和歌山に向かって走り、
粉河の先で左折して424号線に入る。

 入れば、もうそこが桃源郷である。
 その名にふさわしく国道沿いに、
 桃畑が一面に拡がっている。

 淡いピンクの花盛り。
 私は、そんなに沢山の桃の花の、
 群生を見たことなかった。


 見渡す限り桃の花なのである。
 ドライブガイドの本に桃源郷の
案内が載っていた。
 冬の走りは近くだけに限られていたため、
 どうしても要求不満になっている。
 そんな心に桃源郷の名が食い込んでいた。


 朝方は小雨が降っていたのだが、
昼過ぎに薄曇りに変わったので、
 飛び出したのである。
 橋本のあたりから雨がまた本格的に降り始めた。
 春の雨はさほど冷たくはなかった。
 国道の端にS・サヤカをとめ、
 例のブルーのレインウェアを着込む。

 雨のなかを走るのは久しぶりである。
 雨が叩くように降ってくる。
 サヤカを止めれば雨はそんなに強くはない。
 スピードのせいである。

 雨の日のバイクは悲惨である。
 特に、私のようにメガネを必要とする者は,
さらにひどい目に遭う。
 シールドとメガネがダブルで曇るのだ。
 その上シールドには雨滴まで着く。
 しょっちゅう手袋の手の平で
拭わなければならない。
 それでも間に合わなくなると、
 結局はシールドをあげたまま走ることになる。


 雨が直接メガネや顔にかかる。
 今度はメガネがシールドと同じ目に遭う。
 メガネが役に立たないので鼻の上にずらす。
 雨のヤツが目玉を直撃する。

 とてもじゃないが、見られたものではない。

 風があまり吹いていないと、
 40kmぐらいのスピードなら雨は痛くはない。
 55kmあたりからピチピチと叩き始める。
 60kmだと目がもう痛くて痛くて叶わない。

 私が、バイクで前が曇ったり雨滴に悩まされて、
 こわごわ走っているのに、
 4輪車はビュンビュン飛ばしてくる。
 雨の日でも、24号・42号あたりでは、
 70~80kmで走ってくるのだ。

 雨の日にバイクに乗らなければいいのだろうが、
 天気は気紛れだ。
 遠くに足を延ばせば、そんな目に遭うことも
 覚悟しなければならない。
 とにかく危ないから流れに合わすのである。
 これが苦痛となる。

 前は見えない。
 後は見えない。
 スリップの危険がある。
 車の水飛沫はかかる。
 もう四方八方敵ばかりなのである。


 そんな中を何とか桃源郷についた。
 有りがたみもひとしおである。
 桃の花をバックにしてサヤカの写真を
撮ってやった。
 雨が強いので人はほとんどいない。
 私は、雨のなかに佇んで、
 ぼんやりと桃の花に酔っていた。
 ずっと見渡す限り桃の花である。

 道路や人家がそばにあるので、
少し物足りなかった。
 こういう景色には邪魔物である。
 やはり道路は舗装されてなく、
 さびれた小屋一つぐらいが似つかわしい。

 そんなことを思っていた時だった。
 2・3本先の桃の木の花びらから、
 何かネバネバとしたものが滴り落ちている。

 雨の雫が固まって落ちているのかなと思った。
 近づいてみるといい香りが漂ってくる。

 おお、何と化粧に使うクリームではないか!

 私は、すぐさまビニール袋を取り出した。
 携帯必需品の一つである。
 持っていると色々重宝するから、
 いつも4・5枚は用意しているのだ。
 その袋でクリームを受けた。
 不思議なことにいっぱいになった所で、
 ぴたりと止まった。


 ああ、Oさんにいい土産が出来た。
 満足に化粧品など買ってやらない私を哀れんで、
 天のヤツ小賢しいことをしやがったな!

 まあ、天然の化粧品だから、
 今回は素直に貰って帰ろう。


 桃の花 花・花・花の 花盛
  雨のシヤッター 引き下ろし憩う 

              ち ふ

                      
  この項おわり



あ@仮想はてな物語 花の吉野山

copyright (c)ち ふ
絵じゃないかおじさんぐるーぷ


 * 花の吉野山(032)

 花冷えのする日であった。
 曇っていて今にも雨が降り落ちて来そうだった。

 そうだ。
 こういう日に吉野山へ行けば、
 人出は少ないに違いないと思った。
 私は、短い脚を振り上げて、Sサヤカに跨がる。
 吉野へゆくには、石舞台から抜ける山路の方が、
 自然に親しめて楽しい。

 芋峠越えの路である。
 10km余り、約30分の山路は、
 相変わらずくねっている。
 途中数台の車とすれ違う。

 冬のこの路では、車に会うことは皆無だ。
 山のなかの自然にふれるとホッとする。
 また、この路は曲がりくねっているので、
 何度通っても気が抜けない。
 わずか数10分の緊張と弛緩。
 これがたまらない。

 狭い路を抜け169号に出て、
 その国道をを少しだけ走り、
 右に折れて下千本を目指す。

 行く場所は決めてある。
 蔵王堂の横を過ぎ、土産物・旅館の立ち並ぶ、
 石畳風ののきつい坂を上る。
 バイクで初めて来た時には、
 何度も転倒寸前の浮目に遭った急な坂道だ。

 こんな天気の日でも、
 桜のシーズン中は人出が多い。
 急坂と人波の間を縫って、
 走り上がって行くのだから、
 かなりの技術がいる。

 中千本上千本へとまっしぐら。
 くねくね道を花矢倉へと向かう。
 小雨が降り始めた。
 雨の降り始めはほとんどが遠慮がちだ。
 斥候を送って地上の様子を見ているようだ。
 私は、サヤカを止め青色のレインウェアを
着込む。

 雨には何度もひどい目に遭わされ、
 風邪をひかされているので、
 最近では、ちょっとの雨でもすぐに着る。

 そのまま上へ上へと上がってゆく。
 人がだんだんと少なくなる。
 展望台の下でサヤカを再び止め降りる。
 全山桜の花が様々な咲き方をしている。
 しかし、全体的にはもう一歩という開き方である。

 膚寒い。
 風が強くなってくる。
 ふと気づくと雨が霙に変わり雪になってきた。
 四月初めの雪は珍しいぼたん雪のようだ。

 風に煽られて、
 ぼたん雪と桜の花びらが宙を舞っている。
 白い雪と薄ピンクの花びら。
 絶妙の取り合せだ。
 よく見ないと区別がつきにくい。

 じっとその様子に見入る。

 何と!! これは明らかに戦争だ!

 ぼたん雪と桜の花びらが、
 接近戦でくんずほぐれつの戦いを
繰り拡げているのだ。
 天は絶え間なく戦闘員を送り込んでくる。
 それに対して桜は木についている花びらのみが手駒である。
 風が強く吹くたび桜戦闘員は飛び上がってゆく。
 ぼたん雪の方が圧倒的に優勢である。

 交じり合い舞いながらの優雅な戦闘だ。
 いつまでも続いていた。

 舞いの渦 春爛漫の 吉野山
  全山覆う 雪花戦争 
                ち ふ


                    
  この項おわり




あ@仮想はてな物語 汐吹岩

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 * 汐吹岩(033)

 汐吹岩は、日ノ岬の少し手前にある。
 奈良県S市にある自宅からは、
 24号を通って和歌山から阪和自動車道に入り、
 海南で降り42号を白浜の方に向かって走る。
 御坊市で右に折れ煙樹ケ浜を抜けると左前方に見え始めてくる。
 海岸から少し離れたところに岩山がぽっとりと
浮かんでいる。

 その日、太平洋の波は荒かった。
 そういう日でないと鯨の汐吹き現象は
見られないのである。

 荒い波が岩にぶつかり、その力で岩場の
隙間から潮が、あたかも鯨が汐吹くように、
豪快に天に吹き上がるのだ。
 私は一度その様子を見たかった。

 それにもう一つ目的があった。
 その汐が吹きあがった瞬間、
ある呪文を唱えると、
 ありがたい塩が貰えるという。
 不可思議な能力を持つ
わが愛バイク・Sサヤカが、
 こっそり教えてくれたのだ。

 吹き上げの高さ3m以上で、
 その最高の高さになった瞬間、
一秒以内に呪文を
 唱えなければならない。

 呪文は、何と[ソルト・トルゾ]

 何か下手なダジャレみたいだが、
 サヤカの言うことだから間違いないのだろう。
 それがまた、
小憎ったらしいことに3回失敗すると、
 その日はもう通用しないという。
 こんな所にまでキャッシュ・ディスペンサー並みのチェックが、
 押し寄せてきているのだ。

 2回も失敗してしまった。
 150km近く走ってきて、次に来られるのは
いつになるのか
 検討もつかない。
 だんだんと顔が引きつってくる。

 今度こそはと思うのだが、
 吹き上げの高さが足りなかったり、
 呪文を度忘れしたりで、
 なかなか思うようにはいかない。

 ドバババーン。

 それ!

 [ソルト・トルゾ!]

 おお、旨くいった。
 吹き上げた汐の先から何かが、
こちらに向かって飛んでくる。
 あれをうまく取らなければ、とそちらにばかり
気を取られていた為、受け取った途端
岩場に転んでしまった。
 左手から転んだ。

 手の平からサッと鮮血が吹いた。
 しかし、右手にはしっかりと贈り物を掴んでいた。
 幸い革ジャン・革ズボン・ロングブーツに
身を固めていたので、被害は左手のみ。
 だが、かなり深く切ってしまった。
 消毒薬・傷薬・包帯・絆創膏は常備しているので、
 サヤカの荷台に積んである、
 バッグから取出して手当てする。
 手当てが終わって、授かり物を
じっくりと見入った。
 塩がビニールパックされていたのだ。

 ホントかいな?

 しかし、これは間違いなく、
私が直接受けとめた物だから、
 現実の出来事だ。
 この塩は痩せる特効薬であるという。
 わが妻Oさんの為に貰いに来たと言っても
過言ではないだろう。
 結婚する前は50kg足らずで
ほっそりしていたのが、
 今では60kgを超す中年オバはん。

 食べる物は、人一倍食べて痩せたいと
のたまっている。
 しかしながらそれも一利ある。
 なんかいい方法ないかいなとサヤカに聞くと、
 この汐吹岩の話を教えてくれたのだ。
 この塩で三段腹を数日続けて揉むと、
てき面に痩せるという。
 折角、ここまで来たのだからと、
 その痩せ塩を抱えて日の岬を見学して、
 一路帰路についた。

 あのほっそりとした昔のOさんが見られるぞ、
 頭の中は、そんなことを考えていた。


 厚雲に のしかかられて 煙る海 
  太平洋は ちっちゃく縮む 
           
  ち ふ


                    
 この項おわり






あ@仮想はてな物語 痩せ塩


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 * 痩せ塩(034)

 例の汐吹岩のくれた塩をOさんに勧めてみた。
 ガンとして受け付けない。
 膚が痛むのは分かり切っていると言う。
 とうとう最後には、
 「馬鹿なことを言うな!」と怒り出してしまった。

 Sサヤカが教えてくれたこと、手の平を傷つけながらも、
 痩せ塩を受けとめたことなどは、話すわけにはいかない。
 もし話したとしても、何一つ証拠はないし、
 ましてやバイクがしゃべる事など頭から信じはしないだろう。

 そりゃそうだ。
 サヤカは、私一人の時しか話しかけてはこないし、
 ワープロも人前では打ちはしない。
 汐吹岩にしたってそうだ。
 Oさんは見ていない。
 目の前にあるのは、ビニールパックされた、
 何の変哲もない普通の塩。
 そんなもので痩せられる筈がない。
 私だって、そう思うだろう。

 Oさんは、例によって、
 春の陽気で私の頭がイカれ出したのかと思っている。
 私は、春先は気分がハイになってくる。
 いろいろとあちらこちらに手を出す。

 子供達や新入社員からの刺激を受けて、
 何かせずには、いられなくなってくるのだ。
 Oさんは毎年のことなので、文句を言いながらも見逃してくれる。
 どうせ長続きをしないのだからとタカを括っているのだろう。


 内職のせいでOさんはよく肩を凝らす。
 私は、時々肩を揉んでやる。
 その時、スキを狙って、手にあの塩をつけて、
 三段腹を揉んでやろうと策を練っていたのだ。


 4月のある日のこと、例によって肩が凝って、
 歯が痛いと言い出した。
 この機会を逃すものか。
 私は、密かに上着のポケットに
痩せ塩を隠して肩を揉んでやった。
 肩には、ごっそりと中年肉が付いている。
 押しも押されもせぬ中年オバはんの肩だ。


 少し揉むと、こちらの手が痛くなってくる。
 あるマッサージ師は、悪魔が手に乗り移ってくると
表現していた。
 まさにその通りだ。
 Oさんの肩から魔性が私の手に移動してくる。
 そのきつい坂を越え魔性を慣らすには30分はかかる。
 それぐらい経つと悪魔に対する抗体も出来、
 また毒素も中和されるのだろうか?

 こちらの手も慣れてくるし、Oさんも気持ちいいのか、
 うっとりし始める。

 今だ!

 私は、痩せ塩を取出して、
 Oさんのセーターをたくし上げ、
 三段腹の塩モミをしてやった。 

 「キャーッ。何するの?!」

 Oさんの大悲鳴。
 私は、一瞬たじろいだ。

 「痛いっ。何なの、コレは!! ナニしたのっ!!」

 ワァーッ、もの凄い形相。

 「あの塩、塗った」

 Oさんは風呂場の方に駆けて行った。
 洗い流しに行ったのだろう。
 帰ってくるなり、ボカボカ、ボカン。
 強烈な数発の鉄拳。

 私は、やっぱり悪いことしたのかな ??? 


 Oさんの 肩の内なる 憎らしき
  浮き世の柵(しがらみ) 削ぎ落としたし 
                           
  ち ふ


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あ@仮想はてな物語 屋久島と万博公園のパソ通仲間

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 * 屋久島と万博公園のパソ通仲間(035)


 このように文明が進んだ時代でも分かぬことも多い。
 いや、解らないことばかりなのかも知れない。
 屋久島の縄文杉、京都の北山杉、大神神社の巳の神杉、
万博の太陽の塔、Sサヤカなどなど。

 彼らは、私の頭では考えられない能力を持っている。
 並み以下の人間である私は、彼らと必要な時に話が出来れば
良いなと望んでいる。
 奴らと離れていてもある程度自由に交流できる方法は
ないものだろうか。
 幸い今、私はパソコン通信(=パソ通)に凝っている。

 そうだ!!
 奴らにパソコン通信を覚えさせればいいのだ。
 携帯電話も出来ているし、無線電話もある。
 奴らを私の家族会員にすればいい。
 家族割引の特典も使える。

 サヤカに相談すると、この地球上には、
 テレパシー通信網が整備されていて、
 パソコンネットと相互乗り入れも可能になっていると言う。
 いい事を教えてもらった。
 その通信網は、電気と電話をも兼ねているようなので、
 あたかも私の家の中で、
 使っているのと変わらない使い方が出来るということらしい。
 奴ら進んでる! 

 後はワープロとモデムを買い与えてやればOKだ。
 ワープロの方がパソコンよりも安くて扱い易いだろう。
 私は、型遅れのワープロと300ボーのモデムを2セット買った。
 取り敢えず縄文杉と太陽の塔の二人を選んだ。
 縄文杉の方は、またまた鹿児島のNさんに頼んだ。
 こういう事が出来るのは、やはりパソ通の持つ利点だ。
 この年になって、知らない土地の離れた場所に住む友人なんて、
 パソ通を通して、
 以外には、そう簡単に出来るものではないからだ。
 お世話になりっ放しだ。
 そのうち、とびきりうまい三輪素麺でも送ることにしよう。

 太陽の塔には夜間に取り付けに行った。
 サヤカをなんとか宥めすかして納得させた。
 あんな奴でも、私にとっては貴重な存在なのだ。
 奴は、サヤカの主人である私と繋がりが出来るものだから、
 喜んで引き受けてくれた。

 あのへんてこりんな口を開けて、
 パソ通セットをパクリと飲み込んだのだ。
 奴らの頭は鋭い。伊達に超能力を備えてはいない。
 もの覚えもいい。
 基本的なことだけ伝えておいた。

 IDコードやパスワード、電子メールの読み書きである。
 このぐらい出来れば、後は疑問点があればメールで、
 質疑応答出来るのだ。

 縄文杉は、雨降りの日でないとインプット出来ない。
 内部に出来ている空洞を使って、
 雨ダレを落としタイプするのだそうだ。
 その為キーボードはラップで巻いてもらった。
 シフトキーは使えそうもない。

 太陽の塔は、晴れた日でないとインプット出来ない。
 その名に相応しく太陽が燦々と輝いていないと動きが
 思うようにならないそうだ。
 口の中で三枚舌の舌先を使ってタイプすると言う。
 これも唾液で汚れるのでラップを巻いてやった。
 中古のワープロとモデム、2セットで10万もはかからなかった。

 だが、10万というと会社員の私にとっては痛い。
 維持費もどのくらいかかるのか解らない。

 なるべく止むを得ない時だけ使おう。
 しかし、奴らは暇な上、面白いのか、
 数か月経ってパソ通の利用代金の請求が、
 ン万円も来た!!

 また、Oさんに絞られるゾ!

 パソ通ネツトの会員の皆様、
 私の仲間にあまり話しかけないで下さい。
 暇に任せて、奴らバンバン、メールを送っていきますよ。

 パソ通の 向こうにおわすは 人か魔か
  言の葉などは お化粧品 
                       
  ち ふ


 なお、あの駄犬コロは、何で屋久島などに行ったのか、
 よくは解らないのですが、
 超能力を身につけるため、
 縄文杉の根元で観光客に餌をもらいながら
 修業中とのことです。
 縄文杉の非常に読み辛い、
 ひらがなメールに書いてありましたので、
 お知らせしておきます。


                        
 この項おわり







あ@仮想はてな物語 酒船石

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 * 酒船石(036)

 明日香の小道を走っていると、いろいろと面白いものに出会う。
 酒船石(さかふねいし)もその一つだ。
 飛鳥寺から石舞台に通じる道の途中の丘の上にある。

 道標の手前でサヤカを止める。
 バイクでは上れないのだ。
 長さ5・3m、最大幅2・3mのかなり大きい岩である。
 表面はフライパンを二つ持った人の形のようにになっている。
 頭の部分とフライパンに相当する円形のくぼみとお腹に当たる
大判型のくぼみが溝で結ばれている。
 巨石全体がわずかに傾斜していて、頭の部分に水を流せば、
 3つの溝から、それぞれのくぼみを通して岩下に落ちる。

 酒船石という名は、酒を絞るために使われたのではないかとの
 言い伝えからきているらしい。
 本当の所はまだよくわかっていないらしい。

 その日は雨の土曜日であった。
 折角のツーリング日に雨が降ると、私は遠出を避ける。
 途中で雨に降られるのは仕方ない。
 しかしながら、出掛けから雨の日には敬遠する。
 若さを失ったバロメーターになっているのだろうか?

 そんな日には、近所の変わった場所に顔を出してみる。
 明日香も春や秋のシーズン中には、
 人が多くて、ゆっくりと見回ることは出来ない。
 四月の中頃であった。
 桜も葉の方が目立つ季節である。

 雨水が酒船石のくぼみに溜り、
 さらにその上に雨が降っているものだから、
 水は絶え間なく岩下に落ちてゆく。
 落ちる水は表面の部分のみが流れ落ちて、
 凹の底の古水は、いつまでも居座り
 続けているのであろうか?

 そんなことを思っていた時だった。
 散り残りの桜の花びらが、ひらひらと酒船石の頭の部分に、
 数枚落ちてきた。
 右手の方や咽喉にあたる溝の方に流れて行く。

 アッ、そうか!!

 私は、その時閃いた。
 これは古代の「水・MBG」だったのか!

 MBGは、私の親友で、このシリーズで短歌の原案を出している
「ちう」の 造語で、パチンコのことだ。
 ミニ・ミラクル・ボール・ゲームの頭文字を連ねたものだ。
 本当はMMBGなのだが、Mがダブルので、
 Mを一つカットしたという。

 感受性豊かな古代の人は、何にでも親しむことが出来たし、
 ちょっとのことにでも感動を覚えたような気がする。
 遊びにしたってそうだ。
 自然に少しだけ手を加えて夢中になれた。
 これも、その一例だろう。

 赤や青や白の色とりどりの、
 水に浮く木の実や花びらを頭の部分に置く。
 その上から水を流す。
 右手のフライパンで止まれば10点、
 右手から流れ落ちれば8点、胴を通って
 真っすぐ落ちれば0点などと、
 MBGに皆して興じていたのではないのだろうか?

 勝った者の賞品は何だったのだろう?

 村と村、大人と子供、男と女、個人と個人の勝負ごと?
 大人も子供も女の人も、一緒になって、
 その玉の流れに一喜一憂する。
 岩の周りには人が群がり、傍の木のうえにも鈴なりの人。
 そのうち、浮かれて酒船石の上に飛び上がって、
 踊り出す女の人も出てくる。
 ヤンヤの喝采。
 そんな光景が浮かんでくるのである。


 MBG 古代の人も 賭けは好き
  限度・境は 己れがコントロール!
                         
  ち ふ


                       
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あ@仮想はてな物語 屋久島へのパソコン通信と花粉症(

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 * 屋久島へのパソコン通信と花粉症(037)


 4月のある朝のこと。
 ついに穏やかなOさんが、プッツンした。

 「杉の木、全部伐って!」

 鼻は、グシャグシャ。
 目は腫れる。
 頭は重い。
 これだけ揃えば、当然機嫌は悪い。

 さすがのOさんもメタメタ。
 年々、症状は重くなってきているみたいだ。
 最近は娘にまで移ってきている。
 医者にもゆきたがらないし、
 巳の神杉の言うことも聞かない。
 もっとも、私自身、バチあたりなことに、
 心から信用はしてないのだから、
 Oさんとて同じことだろう。

 20世紀末のお粗末な教養が邪魔しているのだ。
 治った例を知らない。
 あんなことするとますます悪化しそうだ。
 巳の神杉を疑うわけではないが、
 こういう人体実験のトップになるのは、
 やっぱり避けたい。
 かと言って、うまく治れば利用はしたい。
 何とエゴ丸出しの生き方なのだろう。 

 私は、Oさんのために、縄文杉にパソ通で、
 再度問い合わせのメールを送った。
 雨が思うように降らないのか、なかなか返事がこなかった。
 10日ぐらい経ってから、やっと届いた。


 彼によれば、今若い杉が大反乱を起し暴れまわっているという。
 昭和40年なかばの全共闘運動みたいだ。
 若いヤツらの言い分も少しは解るので静観しているという。
 どうせ口を挾んだところで、ジジィの言うことなんかに、
 耳を貸さないだろうとも思っているで、
 流れにまかせているとのこと。


 植えるだけ植えて手入れもロクにせず、
 年頃になればバッサリ伐る。
 縄文ジィさんみたいに2,000~3,000年も生き、人生厭きるほど
 生き尽くして、楽しむべきことは楽しみ尽くしたい。
 そのあたりに原因がありそうだとも書いていた。

 そんなことより、ワシの要求を聞いてくれと3つも要求を出してきた。
 3項目の要求書なんて表題をつけて!
 すっかり若いヤツらに被れている。

 それにしても、漢字混じりの文に変わって来ている。
 ジィさんもヤルもんだ。

 一つは、カラオケを楽しみたいので、カラオケセットを送れという。
 おまけに「別れの一本杉」のCDなども一緒に入れてくれと言う。


 エエッ?!
 CD?
 テープではなく、CDだって!

 私の家にだって、CDのカラオケセットなどないのに、畜生、誰だ!
 ジィさんに、そんなこと教えたヤツは? 

 ゲに恐ろしきものは、目学問!!

 パソ通の利点であり、今の私には恐怖のスカッド・ミサイル。
 ジィさん、パートにでも行って金稼いでくれよ。
 といっても、2,500年以上も生きているジィさんには、
 無理な注文か。

 その2。伝送スピードが遅いので、ISDN(総合デジタル・サービス
      網)を利用して家庭用の「INSネット64」を検討して
      くれって?

 何じゃい、ソレ!
 また、金のかかる話か。
 知らん!


 その3。ダイヤルQ2を利用させて欲しいとのこと。


 止めてくれよ!
 あんなもの暇にまかせて掛けられたら、
 電話代だけで、私の給料が、ふっ飛んでしまう。
 とんだ花粉症のトバッチリが来たもんだ。

 コロが世話になっていることだし、
 一つぐらいは、
 話しあいの余地がありそうだ。

 ジイさん、
 まさか3つとも、要求貫徹するまでは、
 絶対譲らへんなどとは言わないだろうな。
 頑固なジィさんのことだから、
 どうなることやら。

 4月は子供の高校入学金など、
 5月は分納の固定資産税、
 自動車税などの税金類、
 それにつけても、
 出てゆくことのみ多かりき、だ。

 Oさん、
 憂欝な頭の上に出費のやり繰りで、
 どう豹変するのか?

 エエィッ、
 サヤカに乗って、
 晩春の山のなかに逃げ出そうっと!!



 晴れやかに 拡がる希望と 憂欝の
  4月の刻(とき)は たゆたうとゆく
                     
    ち ふ


                        
 この項おわり