アンナ・ニコル・スミスの人生：MIKAエッセイ XL Repubblica(April.2011)

僕は遅刻だった。２月のこの夜、ロンドンの街の交通はあちこちで渋滞を引き起こしていた。それは楽しみにしていたコベントガーデンにあるロイヤル・オペラ・ハウスのアンナ・ニコルのオペラのプレミア。僕はタクシーを乗り捨て、走り出した・・・レッドカーペットがセレブ達を迎え、チケットは全てソールドアウト。これは普通のプレミアじゃない。普通のショーじゃない、５年もの歳月をかけた新しいプロジェクト、アメリカのTVとタブロイド紙を騒がせたセレブのアンナ・ニコル・スミスの人生を描いたオペラだった。

ラ・レプブリカの為にオペラのレビューをするなんて、僕はずっと興奮しっぱなしだったんだ。なのにオペラの翌日にその申し出を断った。僕はあの作品に怒りを覚え、的外れのレビューで褒めたたえる熱狂的なメディアに加担したくなかったんだ。

彼女のリアリティTVの最初のエピソードを見た時から僕は彼女が好きだった。彼女の物語は尊敬に値するものだし、彼女のスマイルは好ましく、彼女の境遇に同情を感じていた。彼女の奇行も面白かった。しかし、なによりも彼女の耐えた悲惨な最後の数年に申し訳ない気分になったんだ。アンナ・ニコルはテキサスの小さな街で生まれ、２０歳のシングルマザーとしてヒューストンに移った。

彼女はストリップ・クラブで職を見つけ、数年もしないうちにプレイボーイ紙の見開きでポースを取っていた。同じ頃、彼女は石油王J.ハワードと付き合いだし、彼らが結婚した時、彼女は２７歳、彼は８９歳だった。彼女はモデルとして成功しGUESSのモデルとしてクラウディア・シェーファーに取って代わったほどだ。彼女の古風な美貌はその後彼女の栄光を奪う事になる不幸の影を微塵も感じさせなかった。

彼女の億万長者の夫は結婚の１年後に亡くなった。彼女の取り分を巡る遺産相続のごたごたは１０年以上続き、結局彼女は破産し、彼女の名はお茶の間でおなじみの名になった。2002年、彼女のリアリティ番組がEネットワークでスタートし、僕は夢中になったんだ。番組は２年間続き、番組は酷評され、それは彼女を彼女の最後のステージへと導いた・・・メディアから注目される事を欲し、自身の知名度に押しつぶされ、彼女は自分自身のパロディになったんだ。薬物の使用は誰の目にも明らかになり、悪あがきすればするほど人の目を惹いた。そして再びセレブの最後は格好のエンターテイメントになった。

彼女の物静かな息子の死は最終章の始まりだった。彼の死は悲劇的で、偶然による薬の過剰摂取だった。彼女を病院に見舞いに来ていた時に起った出来事で、一部の報道では彼は彼女のベッドで死んでいたという。その５ヶ月後、アンナ・ニコルはフロリダの彼女のホテルの部屋で死体で見つかり、７種類の処方薬の成分が彼女の体から検出された。

これを読んでいる人で彼女にある種の同情を感じない人は居ないだろう。彼女がリムジンの後部でピクルスをねだるテレビの１シーンは馬鹿げているけれど、君が彼女を嫌いなら見るのを止めればいいことだろ？一部の女性達は彼女を金目当てのポルノだって出演する売女だって嫌うけど、だからなんだい？僕は金目当ての連中を何人も知ってるけど、彼女みたいに嫌われていない。AVに出たからってなぜそれを批判する？ポルノ・スターがただの肉のかたまりではなく顔のある個人になった時、彼らは罵倒される運命にあるってことみたいだな。

彼女がアメリカのメディアからあれほど嫌われたのはただ一つ、彼女の状況がどんどん醜くなっていったからだ。あからさまで何一つ隠す事なんか無い。アンナは薬の過剰摂取と自堕落を映し出す鏡になり、メディアの露出の恐ろしさを伝えるたとえ話になったんだ。彼女はそう、生々しすぎたんだ。

僕はこのオペラが彼女の物語の一部でも正しく評価してくれるだろうと期待して行った。僕は観客が彼女の話に自分自身を見る事を期待したんだ。前半は沢山期待させてくれた、Mark-Anthony Turnageの音楽はまぎれも無く素晴らしかった。a調のジャズ、ちょっとしたソンドハイム風リリシズムを行き来する旋律。Richard Thomasの台本は雄弁で単刀直入で、ちょっと偽善的にも感じられた。彼女の人生を走り抜け、観客は大笑い。でも決して心配、同情や自己反省を呼び起こすことは無かった。ショーはダークなコメディあるいはブレヒト風モンタージュであったにも関わらず、Richard Jonesのディレクションは僕たちに知的でしかし皮肉なパントマイムを見せる事に成功していた。前半、アンナと観客の間に何も共感を呼び起こす物は無かった。後半の彼女の息子の死は突然の驚きだったが、やはりそこにも感情を揺さぶる何かは感じられなかった。

僕が一番悲しく思ったのは、すべてが実際に悲劇が起った時と全く同じに感じられたことだ。オペラは彼女と彼女の息子を正当に評価すべきだった。アンナは笑い者になり、メディアによって悪者に仕立て上げられた犠牲者だ。オペラはオペラの悲劇の主人公の本質を再評価し創造されるべきなんだ、他のオペラのヒロインと同様の深い考察と共にね。悲しい事にこのオペラにはそれが欠けていた。このオペラは人々を笑わせたが僕は悲しくなった・・・現代の本当にあった悲劇を無駄にしただけのオペラだったからさ。