日常のことばたち

時々落ち込むこともあるけれど、いまを生きるんだ。

幸せの定義 其の弐

2006-08-21 23:38:25 | 日常
幸せの定義。

このテーマを取り上げるのは2度目なので、「其の弐」。

昨日の帰りの食事の席で話が出てきたので、ちょっと取り上げてみる。

人によって、この定義ってのは違うのだろうな。

一般的には、恋愛して、結婚して、子どもができて、子育てして、子どもの成長を見守り、いずれ子どもは親の元を離れて、子どもが結婚して、孫が生まれて、孫と遊んで、たまには夫婦で旅行なんて行ったりして、縁側でお茶でも飲んでみたりして・・・

てな感じなのかな?

「みんな幸せになれるといいね~」

と、昨日はお互いに話してた。

でも難しいんだろうな。

何をもって、幸せとするのか。

貧困飢餓に苦しんでいる国や人たちから見れば、私は幸せの方かもしれない。

けど、今の自分を幸せだと思うか?という質問には、答えられない。

答えないのではない。

答えられないのだ。

もはや懐かしい価値観。概念。心情。

私は「幸せだった」のだから。

だから、これからの自分の幸せを願うことなんて、あまり考えていない。

客観的な見方をすれば、あまり、現時点では恋愛や再婚は考えていないのだろう。

でも、先日の友人のとの会話で、

「子どもは欲しいでしょ?」

の質問には、

「欲しい」

と即答した。

愛する人との子ども。

もっとも、その愛する人は亡くなってしまったのだけど。



私はまた、誰かを好きになるのだろうか。

誰かを愛するのだろうか。

また私を理解してくれる人はいるだろうか。

愛=理解

出会いと別れを繰り返し、今に至る。



将来を見据え、今を疎かにしないという二面的思考が崩れている現状。

この現状をなんとかしなくては・・・な。

ん?今の私、少し前向きか?



そういえば、先月7月3日から、第二の人生をスタートさせたばかり。

7月3日は仕事復帰の日。

休職して、あれこれ充分過ぎるほど考えて、

京都へ行って、石庭を前に、天地とひとつになって、

妻の三回忌を終えて、結婚指輪を外して、

とりあえず、前を見つめてみた。

人生の仕切り直し。

とは言っても、欠けたものは、何をもっても埋められない。

心の大部分を失ったまま、生きていく。

それが私だ。



さあこれからどうしようか。

少し前向きになっている自分を静観するとしよう。

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2周年

2006-08-21 22:25:20 | 日常
あーっと、気がついたら、昨日でブログ開設して2年経ってたわ。

2年経っちまったか。

可能な限り、毎日日記を書くことを心がけて過ごしてきた。

飲んで日付けが変わってしまったことはあったけど。

特にめでたくもなく、自分を客観的に見るために開設したブログ。

のらりくらりと毎日を綴っています。

時々意味深なことを書いてみては、昨日の友人に見透かされていたりw、

心配かけてしまったり、軽く怒られてしまったり、いろんな毎日だ。

2年経ったから、どうってことはないんだけども、ここを読んでいただいている方々に感謝。

なんとか生きております。
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帰宅

2006-08-21 21:51:21 | 日常
やっと帰宅。

今日も残業だったー!

今、ネクタイ外し、スーツとYシャツ脱ぎ捨てたとこ。

ふぅ。

まずは夜ご飯。

今日の日記は後ほど。

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