平成の「変」-衆院総選挙の模擬戦?都議選、知事選200Qの「変」(改訂版)
都議選が公示され、7月12日の投票に向けて各党党首が支持を訴えている。さながら国政選挙が切って落とされたような力の入れようで、その重要性が強まった。静岡県知事選も5日投票となり注目されたが、従来保守が強い静岡県で民主党他野党支持候補が勝利した。
今回の都議選や静岡県知事選は、多くの知事が強く望んでいる真の「地方自治」に向けての改革が支持される否かを占う重要な選挙だ。地方選挙であるが、静岡県知事選はもとより、東京都議選で自民、公明の与党が過半数を制して勝利すれば、麻生首相が決断しようとしまいと、2ヶ月以内に実施される衆院総選挙の流れを左右することは必定だ。
地方がそれぞれの特徴を生かして競い、活性化させ、その結果に責任を持たせるためには、地方分権が不可欠だ。そのためには、税源と権限の委譲を図ることが必要だろう。地方分権が全てを解決することにはならない。中央の浪費、無駄遣い体質や制度は地方にも見られ、改善努力が必要だ。地方税も割高との印象を拭えない。地方が責任を持てる体制にし、その上で有権者、納税者に対し結果責任を取るようにすべきなのであろう。
国政レベルで、与党自民、公明の両党は、地方分権の促進に意味のある実績がない。それどこれか、現麻生政権は、地方分権に向けての改革に急ブレーキを掛け、口先や建前は別として、中央官庁の財源と権限の擁護に向けて逆行し始めている。実績がそれを示している。それが中央官庁の豊満な予算執行と浪費体質を助長している。余り大きな規模ではないが、補正予算に入れられたマンガ・アニメのセンターの建設がそれを物語っている。マンガ・アニメは、政治や既成社会への風刺や批判が大きなテーマでもある。国定マンガ・アニメ・センターは必要でないばかりか、有害だ。また欧米では、日本のマンガ・アニメの度を越えた暴力性、暴力的セックス描写が問題にもなっている。それに117億円と巨額な運営費を税金から支払うのか。これほど分かり易い無駄を含む補正予算を無修正で採択した与党の責任は重いが、それは象徴的な事例でしかない。修正しなくてはならない浪費、無駄はもっと多いのであろう。そもそも、2005年9月の総選挙の際の自民党綱領、いわゆるマニフェストで示された三位一体の改革は実現されていないばかりか、逆行し始めている。虚偽表示とも言える。「変」である。
静岡県知事選では野党支持の候補が勝利したが、都議選で自・公両党に過半数を与えれば、地方分権の流れや無駄、浪費の一掃は困難となろう。それを選ぶ選挙であることを忘れてはならない。新銀行東京の乱脈融資の責任と追加融資についても、それを承認した都議会の浪費と監督責任が厳しく問われなくてはならない。
また、今回の都議選後2ヶ月弱で衆院総選挙が行われるが、好むと好まないに拘わらず、今回の地方選挙はその前哨戦になる。与党は3代に渡り総選挙を実施せず、引っ張りに引っ張って首相と大臣の座を満喫して来た。その間、財政健全化の方針も放棄された。麻生政権は、景気対策優先と言うが、そのツケは公的借金として国民に回しており、そうであれば誰でも出来る。「変」である。
与党は、地方で人気のある保守系の東国原宮崎県知事、或いは橋下大阪府知事をなんとか担ぎ出して保守への支持を回復しようとしている。中身はそのままで、看板の写真を張り替えるだけの、その場しのぎの目くらましでしかないのだろう。特に、東国原知事については、自民党選対委員長の誘いにいわば悪乗りし、地方自治と自民党総裁ポストを要求したが、このような目先の看板の張替えだけで自民党が勝利すれば、これまでの歴史が示すように、地方自治や無駄・浪費の排除など公務員制度改革は事実上潰されるであろう。有権者は既にそれを気付き始めている。小泉改革で自民党は変わらず、看板に反し先祖帰りしていることに気付いている。
どっちにしても首相は、9月の任期切れ近くまで衆議院の解散はする気はないし、既に「森院政」に封じられた格好になっている。麻生政権成立以来、任期一杯まで政権を維持すべきと言い続けた「森院政」の言うなりの結果になっている。解散する気もないし、出来もしないのに「然るべき時に自分で決める」と言い続け、任期満了選挙となりそうだ。予想通りの展開である。
都議選で自・公両党が勝てば、与党下野の流れは止まる。それを選択する選挙であることを忘れてはならない。有権者の明確な選択が望まれる。(09.07.) (All Rights Reserved.)
都議選が公示され、7月12日の投票に向けて各党党首が支持を訴えている。さながら国政選挙が切って落とされたような力の入れようで、その重要性が強まった。静岡県知事選も5日投票となり注目されたが、従来保守が強い静岡県で民主党他野党支持候補が勝利した。
今回の都議選や静岡県知事選は、多くの知事が強く望んでいる真の「地方自治」に向けての改革が支持される否かを占う重要な選挙だ。地方選挙であるが、静岡県知事選はもとより、東京都議選で自民、公明の与党が過半数を制して勝利すれば、麻生首相が決断しようとしまいと、2ヶ月以内に実施される衆院総選挙の流れを左右することは必定だ。
地方がそれぞれの特徴を生かして競い、活性化させ、その結果に責任を持たせるためには、地方分権が不可欠だ。そのためには、税源と権限の委譲を図ることが必要だろう。地方分権が全てを解決することにはならない。中央の浪費、無駄遣い体質や制度は地方にも見られ、改善努力が必要だ。地方税も割高との印象を拭えない。地方が責任を持てる体制にし、その上で有権者、納税者に対し結果責任を取るようにすべきなのであろう。
国政レベルで、与党自民、公明の両党は、地方分権の促進に意味のある実績がない。それどこれか、現麻生政権は、地方分権に向けての改革に急ブレーキを掛け、口先や建前は別として、中央官庁の財源と権限の擁護に向けて逆行し始めている。実績がそれを示している。それが中央官庁の豊満な予算執行と浪費体質を助長している。余り大きな規模ではないが、補正予算に入れられたマンガ・アニメのセンターの建設がそれを物語っている。マンガ・アニメは、政治や既成社会への風刺や批判が大きなテーマでもある。国定マンガ・アニメ・センターは必要でないばかりか、有害だ。また欧米では、日本のマンガ・アニメの度を越えた暴力性、暴力的セックス描写が問題にもなっている。それに117億円と巨額な運営費を税金から支払うのか。これほど分かり易い無駄を含む補正予算を無修正で採択した与党の責任は重いが、それは象徴的な事例でしかない。修正しなくてはならない浪費、無駄はもっと多いのであろう。そもそも、2005年9月の総選挙の際の自民党綱領、いわゆるマニフェストで示された三位一体の改革は実現されていないばかりか、逆行し始めている。虚偽表示とも言える。「変」である。
静岡県知事選では野党支持の候補が勝利したが、都議選で自・公両党に過半数を与えれば、地方分権の流れや無駄、浪費の一掃は困難となろう。それを選ぶ選挙であることを忘れてはならない。新銀行東京の乱脈融資の責任と追加融資についても、それを承認した都議会の浪費と監督責任が厳しく問われなくてはならない。
また、今回の都議選後2ヶ月弱で衆院総選挙が行われるが、好むと好まないに拘わらず、今回の地方選挙はその前哨戦になる。与党は3代に渡り総選挙を実施せず、引っ張りに引っ張って首相と大臣の座を満喫して来た。その間、財政健全化の方針も放棄された。麻生政権は、景気対策優先と言うが、そのツケは公的借金として国民に回しており、そうであれば誰でも出来る。「変」である。
与党は、地方で人気のある保守系の東国原宮崎県知事、或いは橋下大阪府知事をなんとか担ぎ出して保守への支持を回復しようとしている。中身はそのままで、看板の写真を張り替えるだけの、その場しのぎの目くらましでしかないのだろう。特に、東国原知事については、自民党選対委員長の誘いにいわば悪乗りし、地方自治と自民党総裁ポストを要求したが、このような目先の看板の張替えだけで自民党が勝利すれば、これまでの歴史が示すように、地方自治や無駄・浪費の排除など公務員制度改革は事実上潰されるであろう。有権者は既にそれを気付き始めている。小泉改革で自民党は変わらず、看板に反し先祖帰りしていることに気付いている。
どっちにしても首相は、9月の任期切れ近くまで衆議院の解散はする気はないし、既に「森院政」に封じられた格好になっている。麻生政権成立以来、任期一杯まで政権を維持すべきと言い続けた「森院政」の言うなりの結果になっている。解散する気もないし、出来もしないのに「然るべき時に自分で決める」と言い続け、任期満了選挙となりそうだ。予想通りの展開である。
都議選で自・公両党が勝てば、与党下野の流れは止まる。それを選択する選挙であることを忘れてはならない。有権者の明確な選択が望まれる。(09.07.) (All Rights Reserved.)