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日本経済の中ごく依存度をどんどん下げる

2022-01-22 17:56:49 | 日記
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01-19 今度はキャノンが工場閉鎖
妙佛 DEEP MAX

妙+大佛次郎(おさらぎじろう)で佛を出す。

👩妙佛さん、聞き書きさせていただきます🍴🙏

キャノンの工場閉鎖について

キャノンは中ごくに何ヵ所か工場を持っています。
そのなかで32年も稼働している広東省の工場が閉鎖されるということで
注目されています。

この工場は、
デジタルカメラ、
ビデオカメラ、
レンズ
を生産しています。

30年以上生産を続けてきたこの会社がとうとう閉鎖になる。
理由は何か❔気になるところです。

表向きの理由は、
①コロナの影響
②カメラ市場の縮小による経営困難

ところが、これは表向きの理由です。
中ごくという国は特殊です。
中ごくで商売をやっていると、
「ヤバそうだからもうやめました‼️」
というような話をすると、
(中ごくから)どんな嫌がらせをされるか
わからない。

今のタイミングだったら、
コロナのせいにすれば
穏便に撤退できるという部分もあるので、
こういう話になっているんだと思います。

しかし実際は中ごくで生産していると
いくつもの問題があるわけです。

まずは1つ、去年出ていたニュース。
キャノンの広東省の工場についての記事です。
いま話題になっている工場です。

「中ごくは経済発展した」とか言われていますけれども、
いまだに電気の供給も不安定というのが実態です。

これは妙佛さんがシャンハイに居る時に聞いた話ですが、

中ごく企業は外国企業を誘致するときに
「あなたの工場には優先的に電気をまわすので、
停電は起きません」と言うらしい。

ところがわたくし妙佛がシャンハイに居た頃、
シャンハイの郊外でも計画停電が行われてまして、
そして(中ごく)政府からは
「停電してることを言わないで」
と言われてると。

つまり、外国の企業を呼ぶときに
(中ごくは)その場限りの適当なことを言って、
(中ごくに)呼んで、
実際に中ごくに工場を稼働してみれば、
電気の供給が不安定、
というようなことがシャンハイでもあったわけですが、
それっていうのはおそらくシャンハイだけではなくて。

中ごく各地の共産党政府は適当なことを言って、
海外からの投資を呼び込んだわけ。
いまだにこの状態ということ。

ちなみにこの状況が、
急速に改善するとは思えない。
むしろ悪化する可能性が高い。

というのは、
共産党の中央政権は何を言うかといいますと、
「中ごくはクリーンエネルギーに転換させているんだ‼️」
ということを大宣伝しているわけです。

でもそれっていうのは、
クリーンな発電がいま間に合っているということを意味しないんです。

電気を必要としているところに供給をしぼって、
それでCO2の排出が減っていると、
そういう数字の操作をしているだけなんで、
結局電気を使わなければならない人たちにとっては
いつとまるかわからないという不安定な状況になっている。

この状況は今後も続くわけで、
いつまでも中ごくで生産していたら
将来の計画を立てることができないと、
そういう問題があるわけです。

しかしこの問題というのは、
いくつもある問題のうちの1つで、
これよりもっと大きなリスクというのがあるわけです。

それは何かと言えば、
『中ごく共産党がやっている
ウイグル人に対する人権侵害』です。
中ごくの企業ばもちろん、
他の国の企業であっても、
ウイグル人の人権侵害に加担したという風に判断されると、
アメリカ政府のリストに入れられて、
アメリカと商売ができなくなるというリスクがあるわけです。

もちろんそんなことになったら、
企業にとってはものすごく大きな打撃になるので、
日本企業が積極的に(中ごく)共産党の
人権侵害の片棒を担(かつ)ぐとは思えないわけですけれども、
カメラとか、
ビデオとか、
レンズとかというのは、
ウイグル人を監視するために使われる可能性があるわけです。

もし、そんな事態になったら、
キャノンもウイグル人の人権侵害に片棒を担いでいるのではないか❔と言われかねない。

実際、中ごくのIT企業などは、
アメリカから制裁を受けて事実上
中ごく以外ではほとんど商売ができなくなっているところもある。

そういうリスクがあるから、
とっとと中ごくから出て行ったほうがいい。

ただし、「(中ごく)共産党の片棒を担いでいるとヤバいから出て行きます」って言うのはもちろん言えるような話ではないので、
世界のカメラ市場が縮小しているからとか、
コロナで経営が困難になっているとか、
そういう当たり障(さわ)りのない理由を(中ごくに)言って
(中ごくから撤退)出ていこうとしているわけです。

(👨これからはYouTubeが世界の人々に本音を伝え、
日本の新聞・テレビが表向きの理由を日本国民に伝えるんだな。
新聞・テレビだけ見ていてはダメなんだな。
だいたいYouTubeでずっと前に見ていた事柄が今朝の新聞に載っていたりする。
裏をとる時間がかかったり、報道していいか悪いか誰かに伺いを立てているのだろう。)

もし、中ごくに残る気が十分あるなら、
工場のラインを変更し、
いま売れていない物の生産をやめて、
これから売れそうな物を生産するように変更するということもできるはずだが、
それをやらない。
中ごくでそういう投資をするのは危険と判断しているから(中ごくから)出ていくわけです。

中ごく以外の国に行けば、
アメリカのリストに入れられて
アメリカと商売ができなくなる、
そういうことを心配してビビる必要はないわけです。

国の政策で強制収容所をつくったり、
特定の民族に圧迫を加えたりしている国など
なかなかないです。
もちろん、やっている国もありますが。
中ごくのように開き直って、
アメリカに対しても『政策返し』をするとか、
そんなアブナイ国はありませんから、
❇️「もっと安全な国に生産の拠点を移す」
というのは、
❇️「経営者だったら当然考えること」
だと思います。

ということで、
中ごくで商売をしているのだけれども、
下手をすると「その技術と製品が、
ウイグル人の人権侵害に転用されるなどの
可能性のある企業は、一刻も早く、
別な国に生産拠点を移したほうがいい」。

世界中で商売をしている企業は、
その辺のことはもうわかっていると思います。

今でも中ごくに残っている企業は、
「もっと早く決断すれば良かった‼️」と、
思っている可能性があります。

今は、コロナを理由に(中ごくを)
出ていくという手段(口実)があります。
絶好のチャンスだと思います。

他の国に分散して、
日本経済の中ごく依存度を
どんどん下げていってほしいと
思っとります。(妙佛さん)

以上。


(👴私の想像の域ですが、
パナソニックと言えば、
家(ウチ)でパナソニック御用達商品は
LEDなどの蛍光灯や電球です。
新疆ウイグル自治区の強制収容所内では、
消灯時間がなく24時間明かりが着けっぱなしだそうです。
それではきっと満足な就寝時間もないでしょう。

👩どうか、日本企業の蛍光灯や電球が、
ウイグル自治区の強制収容所で
使われていませんようにと願っています。


素敵なキャノンのCMをご紹介します❤️
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ソ・ジソプのソニーカメラCM

あっ、キャノンじゃなくって、
ソニーだった‼️
ごめんなさい‼️  

👧おかあさんったらっ‼️

👩でもこのCMは素敵よ❤️
ソニーには天外伺郎さんが居たなぁ。

キャノンにも、きっとカメラが大好きな
社長さんや社員さんが居ると思う。
美しいものを美しいまま永遠に
シャッターに収めたい❤️
そんな社長さんが、
中ごく共産党のウイグル人権侵害を聞いて
中ごくに残るはずがないと思った。




日々これ口実1

2022-01-20 10:51:58 | 日記
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大砲のような音が聞こえた
現地在住の医師
トンガ海底火山噴火
(2022年1月20日)


テレ朝▶️ニュース
「大砲のような音が聞こえた」現地在住の医師 トンガ海底火山噴火[2022/01/20 23:30]

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https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000242261.html

海底火山が噴火したトンガでは、噴火による津波で少なくとも3人が死亡しました。

現地に住む日本人医師に話を聞くことができました。

WHOトンガ事務所・瀬戸屋雄太郎医師:「急に大砲のような音が聞こえて、その後バーンって。その後、窓がぶるぶる震えて、何事かと思ったんですけど、その前から火山が活発なことは分かっていたので火山かなと」

津波の被害はやはり大きなものでした。

WHOトンガ事務所・瀬戸屋雄太郎医師:「トンガタプの東の方は100軒以上、建物が損壊して、50軒くらいが完全に壊れてしまっていると。ハアパイ諸島は小さい島が多いので、島によっては完全に家が流されてしまっている状況」

トンガの通信会社は19日、利用できなくなっていた国際電話サービスを再開したと発表。しかし、島ごとに復旧の進み方はまちまちのようです。

トンガ在住、アリスターさん:「ここでは固定電話も携帯電話も通じません。電話が使えるのはおそらく本島だけでしょう」

アリスターさんの住む島では、通常の電話は一切使えない状況が続いているといいます。

トンガ在住、アリスターさん:「本島の家族や友人と連絡が取れず、皆とても不安で、心配しています」

通信が困難を極めるなか、情報発信を行っているのは地元のラジオ局でした。たった1つの衛星アンテナを頼りにニュースを伝え続けています。

地元ラジオ局、マリアン・クプ記者:「火山灰が屋根、木、車など至る所に積もっています。火山灰で飲料水のタンクが汚染されたため、飲み水の確保が最も心配です」

こうした状況を受け、日本政府も自衛隊員約300人のトンガへの派遣を決定。飲料水など支援物資を積み込んだ輸送機が20日午後10時前に飛び立ちました。

ニュージーランド軍などはすでに現地に到着しています。ただ、新型コロナがほとんど確認されていないトンガならではの難しさもあるといいます。

ニュージーランド合同軍、ギルモア少将:「“非接触”での支援を徹底し、トンガにコロナを持ち込まないようにします」








国際記事

トンガやウクライナ…緊迫の国際情勢を学ぶ意義[2022/01/20 21:40]

Play Video

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000242258.html

 トンガの海底火山噴火やUAE(アラブ首長国連邦)の空爆など、日本でも様々な海外ニュースが伝えられていますが、一部からはそもそもの知る必要を問う声もあります。海外ニュースを知る意味、見る意味について、改めて考えます。

 大規模な噴火と津波に見舞われたトンガ。いまだ被害状況が分からない島や集落もあり、当局が確認に追われています。

 磯崎官房副長官:「直接または国際機関経由で100万ドル以上の緊急無償資金援助を実施する」

 日本が100万ドル、1億1000万円以上の緊急支援を行うほか、ニュージーランドやオーストラリアなど周辺国による支援が進められています。

 また、同じく不安を抱えるのはロシアによる侵攻の可能性が高まるウクライナ。

 国境沿いには10万人規模のロシア軍が集結していて、アメリカのバイデン大統領は…。

 アメリカ、バイデン大統領:「もし、ロシアがウクライナに侵攻したら、我々はロシアに対して経済制裁で重大な痛みと多大なコストを課すことになる」

 ロシアを強く牽制(けんせい)。状況は一触即発です。

 さらに、深刻な状況に直面している国は中東にも…。

 UAEの首都アブダビではドローン攻撃を受け、9人が死傷。イエメンの武装組織「フーシ派」が軍事作戦を行ったと声明を発表しました。

 イエメン武装勢力フーシ派・報道官:「この幸運なる作戦においては、5発の弾道ミサイルと有翼ミサイルのほか、多くのドローンが発射された。作戦は標的を成功裏に攻撃した」

 この直後、今度はサウジアラビアの主導する有志連合軍が報復としてイエメンを空爆。多くの死傷者が出ている模様です。

 そして、忘れてならないのが今年に入って4回のミサイル発射を行った北朝鮮。現地メディアによりますと、19日に金正恩総書記も出席した会議が開かれ…。

 労働新聞:「アメリカによる敵視政策と軍事的脅威が黙認できないラインに達した」

 アメリカとの信頼関係構築を見直し、すべての活動を再開すると報じました。

 核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験再開を示唆したとみられます。

 世界中で起こる様々な事件や災害。そして、こうした報道の見方も人それぞれです。

 ツイッターの声:「もっと時間を割いて報じてほしい」「他国のことより、日本のことが知りたい」

 また、「暗いニュースはメンタルがしんどい…」「映像の衝撃が強すぎる」といった指摘も…。

 衝撃的な内容、映像も多い「海外ニュース」。知ること、見ることの必要性は。

(👨暗いニュースはメンタルが心配かぁ。
暗いニュースが多いですが、
「海外ニュース」を知ること、見ることは
日本と自分と自分の大切な人々の明日を想像することと同じです。
「海外ニュース」を映画(余興=遊び=暇潰し)として、
他人事のように見てはならないのです。
自分にもいつ起きてもおかしくないこととして
捉(とら)えねばならないのです。
そして「海外ニュース」を見て
その事故や問題を
どういうふうに解決しているか
知ることが重要です。
そして、自分ならこうすると
考えることが大切です。
家族(夫婦・子ども)や友人、
職場の同僚との会話の中に
世界規模の問題を
問題提起し、それを
日常的に話し合うことが必要です。
そうすることが
自分の国だけが幸せならそれでよい
という考え方を払拭してくれるのでは
ないでしょうか。
ぼくは自分の子どもと一緒に
暗いニュース、メンタル的にしんどいニュースを観ます。
そして、「こわかった」という感想で終わらせずに
家族でさまざまな意見を交わしています。
見ないと始まらない、と思っています。
知らないままでは
人間は進化することも出来ないのです。
そういう理由で
情報統制を敷く中ごく共産党と中ごく政府(当局❔)
などの強権・専制国家の国民に対する
情報統制という人権侵害に反対です。
中ごくの場合は14億人もの国民に
情報統制を敷いて(強制して)います。
そんな世界のニュースを見たことも聞いたこともなく
自分の国中ごくが世界でどのように言われているかも知らない中ごく国民が
日本の大学などに留学してきて
「あなたの国は実はこうでこうだ‼️
新疆ウイグル自治区には
広大な土地に広大な強制収容所が建設されていて
そのなかで100万人を超えるウイグル人が
民族浄化と強制労働をさせられている。
女性はレイプされている。
ある種の人々は臓器移植の提供者となっている」
と聞けばそれはそれは自分の耳を疑い、
教えた人に怒り狂い恨むでしょう。
でもそれが真実なのです。
「知らない」ということはそういうことです。
自分の国の党と政府が
自分たち国民が
どんなに世界中の人々に
地球の環境に
地球上の動植物に
二度と復活できないほどの 
多大なる迷惑を掛けているか
当の本人たちが知らないのです。
地球が滅亡してもいいのか⁉️
よくないでしょう‼️
👧ロシアも同じです。
気が狂ってんのか‼️
どうしようもない強権国家に
怒りだけは伝えたぞ‼️
中ごくもロシアも、いい加減にしろ‼️

👨ママが育てると
子どもがこれか‼️
まったく周囲の空気を読まない‼️
うちの子どもは欧米人か⁉️

👩何よ‼️郷美は
パパのこどもでもあるでしょう‼️
周囲の空気を読めば
社会の圧力に負けて戦争に
突入してしまうのよ‼️

👴一人一人が自分の見解、
自分の意見を持つこと‼️
そして自分の意見を
口にすることができること‼️

自分の国の政府、
勤めている企業、
入っている地域社会、
古い家族(家長)
悪い友人
などの考えに
負けない、振り回されない、
迎合しない、諦めない、 
騙されない、引きずられない、
となりと同じでいいやと軽率に決めない、
揺るぎない自分の意見を持つこと。

👨そのためにぼくはきょうも
「世界のニュース」を見る。

遥か彼方まで
雲ひとつない澄みきった目と感覚で
ぼくにいつも真実を
教えてくれる魂の教師は、
書店のなかで
何万光年の光を放つ書物(著者)との対話と、
どこにも迎合しない真実の報道ニュース
(を発信するまだ見ぬ人々)だ。
「真実は知識の中から選ぶ」。
(📖「センスは知識から生まれる」(水野さん)
のうけうりですが。)

👴宮沢賢治が、数学の問題が解けずに
毎日毎日ノートが自分の涙で溶けるほど
勉強していた。するとある日、
あんなに難しいと感じていた難問が
するりと解けた。(『10000時間の法則』)


👧パパとおじいちゃん、かっこよすぎる‼️
そこまで言うか⁉️
パパは家ではいつもおかあさんにおこられています。
じいちゃんはいつも私と源に
鼻の下をのばしています👅

👩パパとおじいちゃんは、
戦う操縦士‼️ 
👨それは、✒️サン・テグジュペリの
📖『戦う操縦士』じゃないか‼️


書名  『戦う操縦士』
・・・・・サン・テグジュペリ・コレクション
著書   サン・テグジュペリ
・・・・・山崎庸一郎[訳]
出版社  みすず書房
発売日  2000年09月20日

解説
生と死のはざまでのかずかず省察を経て、
やがて人間の再興と、文明の再生の条件が語られる。
亡命中の1942年2月にニューヨークで出版された本書は、
フランス本国で出版許可を与えられたあと、
賛同・抗議の論戦を巻き起こし、
占領軍によって禁書処分に付された経験をもつ。

ヒトラーの『わが闘争』への
民主主義陣営の最大の解答と評され、
敗戦国フランスにたいするアメリカの
国民感情の好転に貢献した。


この作品は、ドイツ軍占領下にあったフランス本土においても、
第三章冒頭の出撃準備の場面、
「どいつもこいつも間抜けだ。
手袋を探せない奴も」のあとにつづく、
❇️「このばかげた戦争をはじめたヒトラーの奴も」
という一句を削除する条件で出版許可がおり、
1942年11月、ガリマール書店から出版された。
(この一句は1999年刊行の
プレイヤード版新版ではじめて復元された。
(👩1999年まで復元されなかったなんて
信じられない、復元が遅すぎる‼️
きっとこのままでは21世紀に入ってしまう‼️
と誰かが復元させたのだろう。
21世紀にヒトラーを非難し揶揄することは当然のことである。
なぜならヒトラーは手下どもとユダヤ人をガス室で処刑したから‼️)

しかし、この奇妙で寛大な占領当局
(👧占領当局ってどこの国のこと❔
主語が知りたいの‼️)の措置は、三ヶ月後、
フランスの反ユダヤ主義の突き上げによって撤回され、
(👧撤回され⁉️ふざけんじゃねぇ‼️
👨コラッ、郷美。)

撤回され、それ以後、この作品は
(フランスの)リヨンとリールで出された
地下出版によってひそかに流布(るふ)された。

(👩だから戦争ってイヤだ‼️
たった一行の見たままの真実の発言を
妨害するから‼️
ヒトラーの名前と悪口も書けない空気とは⁉️)

📖『戦う操縦士』はひとつの明確な
意図のもとに書かれている。
それは、フランスの敗北に冷淡な
アメリカの世論にたいして
祖国の立場を弁明し、
デモクラシーという大義を共有する
合衆国が積極的に
戦争に参加するように
促すことにあった。
(この本の)刊行が遅れたため、
作品が出版された時点では、
アメリカ合衆国はすでに、
二ヶ月前に参戦に踏み切っていた。

しかし(この作品は)長いことベストテンに
数え入れられ、
批評界の反応も好意的だった。
その(好意的な)一例を挙げれば、
「この物語(📖戦う操縦士)の演説とは、
現在まで、
デモクラシー側が『わが闘争』に対して
見出だした最良の「回答」((p.247)
(本の白いカバー後部には「解答」
と印刷されている)である。」
(「ザ・アトランティック・マンスリー」)
がよく知られている。
(中略)
1940年5月、ドイツ軍の大攻撃がはじまると、
《奇妙な戦争》と呼ばれた静穏状態は、
一挙にして恐慌状態に変わる。
サン・テグジュペリが所属していた飛行大隊も、
無謀な出撃命令によって、
3週間のあいだに、
23組の乗務員のうち17組を失った。
サン・テグジュペリに与えられた任務は
犠牲的な出撃だった。
たえず移動する司令部には情報が届かず、
たとえ届いたにしても、
対応する戦力はすでにないという
状態だったのである。

しかし、混乱のなかで(戦う)意味を失ったのは
出撃という戦闘行為だけではない。
一般生活のなかで、
平和時(平時)にはそれら自体として存在し、
意識にとって自明な整(ととの)いをなしていたすべてのものが崩壊する。

たとえば、それぞれ在(あ)るべきところにあって、
住まいの面ざし(かたち)を形成していたのに、
いまや乱雑に馬車に積み上げられて
《がらくた》と化した家財。 

(👦大災害のあとと同じだ‼️
戦争は大災害よりもっと悪い‼️
人間のやることだからやめればいいだけ‼️
わざわざせっかく建てたものを壊すな‼️
せっかく生まれでた者を殺すな‼️)

それらを運ぶ住まいを失った避難民たちと、
そのなかに割り込んでくる敗走中の軍隊。

置き去りにされる病人や老人たち、
(👧どんなにこわかったろう、
ひもじかったろう😢🌊)

死産される嬰児(えいじ)たち。
破棄された脱穀者やトラクター、
泥水に変わった泉の水。


(泉に水汲みに来て
娘らが話していた。
「若者(兵士)がここへ来たら
冷たい水あげましょう」
 
そこへなんとか
ヒゲづらの兵士がやって来て
「美しい娘さん、
ひげづらを見るな
兵士にゃヒゲも悪いものじゃない
わたしは陽気な若者」 

👩戦争はこんなふうに
歌っている場合じゃない‼️

👴ロシア民謡だ。
ダークダックスは佳い声だったが。

👩📖『海を見ていたジョニー』(五木寛之)
でピアニストのジョニーは、兵士になって
「戦争で殺人をしてしまった自分は
もう二度と音楽を奏でることは出来ない」と言って
悩み苦しみ自殺してしまう。
音楽性と人間性は比例するのか❔

ジョニーの場合は比例した。

しかし、大量に残虐に殺戮を繰り返す
ロシア❔ソ軍の兵隊はものすごく歌がうまい。
戦争で大量殺戮をしても(彼らにとってはそれが仕事で)
あたたかい明かりのともる家庭に帰れば
彼らは
戦地に出た夫の帰りを心配して待つ
愛する妻の夫であり、
パパの帰りを待ち、両腕にしがみつく
かわいい子どもたちの父親である。
👨なぜそんな愛妻家で子煩悩で
便りになる父親たちに戦争をさせるのか⁉️
そうして彼らの大部分は二度と還らない‼️
そんなに殺戮と破壊がしたいなら
あなたがた(政府)が行って戦ってこい‼️ 

※戦争のルール。戦車の前でも銃剣を組む。

なに一つ理解できないのに、

言われた通りにやらなければならない。

誘惑される→精神が眠り込んでいるために知性の理屈に身をゆだねること

知ることは、見ているものに近づくこと。※
(『びょうびょう吠える』西村俊彦のblogより。)


ぼくはどんなかたちの戦争にも加担しない‼️


👧パパの気持ちはわかった、わかった👍️ 
次を読みます。)


《狂った夏、故障した夏》、
この全面的崩壊のなかで、
戦争ゲームをゲームらしくするために過ぎないようにさえ思われる
無意味な出撃に生死を賭ける理由はあるのか❔


(👴👨👩👧👦ない。
日本の零戦(ぜろせん)の特攻隊と同じだ‼️
零戦のなかに前途有望な東大の若者を乗せて‼️バカ野郎‼️
ああ、スッキリした‼️胸のつかえが取れた‼️
私たちはサン・テグジュペリとその訳者さんと
同じ考えだったんだ‼️
「すっこーん‼️‼️‼️
びゅーーっ、びゅーーっ❇️」
👨時代の風穴(かざあな)開いた‼️
開くのが遅すぎたくらいだ‼️)

👩それは、バパが📖『戦う操縦士』のp.248
をいま読んで感動した(知った)だけで、
世界中のすでに読んだ人たちには
もう何十年も前からかざあなは開いてるよ‼️

👨そうか。でもそれを、
自分のところだけでとめていては
世界は良くなっていかない。
どんどんアウトプットしよう‼️)




戦争ゲームをゲームらしくするために過ぎないようにさえ思われる無意味な出撃に生死を賭ける理由はあるのか❔
作品(📖『戦う操縦士』はこの問いを中心に据えないわけにいかない。)

ここで重要とされるのは、
この根元的な問いを問う側の人間の態度である。

ある状況を不条理だと考えるのは、
情況(状況ではない)に意味を見出そうと
努力しないからではなく、
逆にそのことに努力を集中しすぎるからである。

危険なのは、不安の突き上げに
断片化と矛盾にしかいたらない分析的理性
(ないしは知性)だけで
対抗しようとすることである。
それ以外のことが必要とされるのだ。

サン・テグジュペリも次のように書いている。
「わたしが、
戦争や、死や、犠牲や、フランスや、
その他すべてのことを考えないというわけではない。

……ただわたしは、矛盾なしには考えられない。
わたしの真実は断片的で、
それらを順ぐりにしか考察できない」と。

つまり、決して綜合にいたることなく、
ばらばらになったものを、
ひとつずつ考えることしかできないのである。
この状態を脱するにはどうしたらよいのか❔

ばらばらなものが、突如としてひとつのものとして結びつけられ、
心に迫ってくるものになることが必要なのだ。

(👧なぜこんなに、
一般(わたし)にわかりにくく書くのだろう❔
これじゃ、ぜんぜんわからない。(伝わらない。))


そもそもサン・テグジュペリにとっては、
『人間の大地』でも繰り返し述べられているように、
人間という存在は、
人間なり、物事なりの関係のなかに、
またそれらの関係を通じて位置づけられている。

人間とはもろもろの関係の結び目にほかならない。
ばらばらという印象がしはいしているのは、
人間を結びつけている絆がゆるむか
解けて閉まっているからだ。

ばらばらなものがひとつのものとして
見えてくるためには、
統一的な内的ヴィジョンに近づかなくてはならないが、
サン・テグジュペリにとって特徴的なのは、

それにいたるためには、
言葉や思惟によってではなく、
まずもって、行為を通じて参加し、
おのれを与え、
おのれを犠牲にしなければならないと
されている点だ。

さらに彼は、
その内的ヴィジョンに対応する能力を
《知性》に対立させて
《精神》と名づけている。
(アニムスが口を開くときアニマは沈黙する
と語ったクローデルの二分法のように)。

ただし、彼における用語法は一定せず、
パスカルの場合と同様、
《心情(クール)》と名づけることもある。
(『星の王子さま』の有名な言葉、
《心情》で見なくちゃ、ものごとは見えない。
大切なことは目に見えないんだ」のように。)

ところで、この精神の働きは、
不幸なことに、 
内的持続を発見したプルースストの場合と同じように
間歇(👧読めない。
なぜ一般が読めない、理解に悩む難しい言葉で説明するのか⁉️
説明になってない‼️)的であり、
ときには消滅する。

サン・テグジュペリもつぎのように書いている。
「だが精神は、けっして個々の対象を考察せず、
物事を相互に結びつける意味を考察する。
つまり、それらを通して読み取られる面ざしを。

しかも精神は、完全なる明視(👨目が見える状態)から
完全なる盲目(👨目が見えない状態)へと移行する。」

聞きほれていた音楽から何も感じないときがあるように、
祖国というものがまっ理解できなくなるときもあるのだ。

他方、世界が整(ととの)いとして姿を見せる
特権的瞬間は、
プルーストの場合のように
自然を介して与えられるわけではない。

ひとつのプロセスが要求される。

『戦う操縦士』は、
「わたしはもう自分が住まう大聖堂が見えない」
にはじまり、
「内面の砂漠の横断」、
「営々と石を運ぶ時間」を経て、
盲目から明視に至る一日の物語である。

以上、訳者あとがきより。以下略。

(👧せっかくサン・テグジュペリの本なのに
私には難しすぎる。
もう戦争じゃないんだから、
暗号のように難しい言葉で語るのはやめて
10歳の少年少女にでもわかるように書き直してほしい。
わからない言葉を調べているうちに
世界が終わってしまいそうだから。)





(👨戦争が政治のゲームだということさえ
わかればいいよ。たとえば、
中ごく共産党のやり方は、自分の国の子どもたちに
「他国AまたはJは我々Cにひどいことをしている」
と教育して他国を恨ませる。
中ごく式戦争プロパガンダによって間違った教育をされた
兵士たちが攻めてきたら攻められた国は応戦するしかないのか⁉️
日本政府もそのときは、
「日本政府としては戦争をしたくないのだが、
相手が攻めてくるから仕方なく戦争をするしかない」
と言うだろう。
そうなったら日本国民も「仕方ない」と言うのか⁉️
攻められるままに『非暴力・非服従』と言えば、
日本はチベットのように侵略されてしまうのか⁉️


📖『星の王子さま』だけ読んでも
サン・テグジュペリと彼の周辺のことは
いつまでもわかりません。
出会いの1冊から波及して
どんどん次へ読み進めていくのです。
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「知ること」が始まりです。)







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01-19 今度はキャノンが
工場閉鎖

リスク回避加速
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社会

中国北部、深刻な大気汚染
でオレンジ警報発令=米国ネット
「中国製品を買うべきでない理由の1つだ」
「中国に作った工場を米国に戻すべき」

Record China    2015年12月1日(火) 13時56分
      

30日、中国北部は深刻な大気汚染に見舞われ、
微小粒子状物質PM2.5の濃度が基準値の25倍に達した。
この報道に、米国のネットユーザーが
コメントを寄せている。資料写真。

2015年11月30日、AFP通信によると、
中国北部は同日、深刻な大気汚染に見舞われ、
微小粒子状物質PM2.5の濃度が
基準値の25倍に達した。

ペキン市の米大使館によると、
同市のPM2.5の濃度は
世界保健機関(WHO)が定める
基準値の25倍になった。
中ごく版ツイッター・ウェイボーでは、 「自分のすぐ目の前にいる人のことも見られない」「地下鉄の駅校内にいても、視界がかすんでいる」
といった書き込みが寄せられているという。
ペキン市当局は、4段階ある警報レベルの
上から2番目の「オレンジ警報」を発令した。

(👴何が「オレンジ警報」だ‼️
悪いことに、
美しい「オレンジ」という言葉を使うな‼️
「黄土色警報」の付け間違いだろう‼️)

この報道に、米国のネットユーザーがコメントを寄せている。

「中国製品を買うべきでない理由の1つだ。
中国の安全基準はゼロだ‼️」

(👧中国製の黒いマスクとかも
不思議な匂いが強い。)

「オバマ大統領が環境汚染のほとんどが
米国の責任であると発言する際には、
この記事をすぐに見せられるように手元に置いておこう」

「これは米国による過失だ。
中ごくにあるすべての工場を閉鎖して
米国に戻すべきだ‼️」

「中ごくは1日で世界を一気に汚染してしまう‼️」

💀🏴‍☠️💀🏴‍☠️💀🏴‍☠️💀🏴‍☠️💀🏴‍☠️💀🏴‍☠️
👉️「世界の終わりは中国から始まる」👈️
(翻訳・編集/蘆田)




2020年10月23日、
キヤノン中国が「笑顔識別」技術に基づく
ITソリューションを発表したことが
中ごくのサイト上で紹介された。

(👴何が「笑顔識別」だ(怒)‼️要は
それは『顔認証システム』のことだ‼️

👩私は新疆ウイグル自治区の
新疆綿を使っているユニクロなど、
中ごく系かと思われる企業が
店舗入り口で導入している
見た目がスマホ型の検温器が
大嫌いです‼️
「額の位置がお客さんにわかって
きちんとコロナ感染防止のための
検温が出来るから」という名目で
みんな素直にスマホの前に並ぶが
お客さんの顔まで映す必要ない‼️

中ごくはまったく信用できない‼️
あのスマホが
『顔認証システム』でないと
誰が言えますか⁉️
(……と言われると中ごくは
こそっとやらなくしてしまうかもしれないが。)

『顔認証システム』ではないとしても
日本人の写真は撮れている
としたらどうする⁉️
顔より下の胸まで写るから
個人情報が写ってしまったらどうする⁉️
『顔認証システム』なんかダメです‼️
これからは自分が購入したい商品、
利用したい企業が
中ごく系企業かどうか
しっかり確かめねば危険すぎる⚠️‼️


👧まぁまぁ、おかあさん、落ち着いて。
おかあさんの感覚はかなり『トンデモ論』
だけど、あり得ないとは言えません。

わかったから、まずは熱い茶でも
飲みなさい。

👩🍵ズズッ、アチッ🔥
👧だから「熱い」と言ったでしょう🔥



記事が紹介したのは、
「従業員が端末に笑顔を見せて認証されると入室できる」
という入退室・勤務管理システム。
キヤノン中国が20日に正式発表した
「スマートワークスペースソリューション」
の5大機能の一つで、
他には「検温」👈️
「会議室予約管理」
「来訪者受付」
「プリンター操作」
の4機能がある。

記事によると、「笑顔識別」とは
人工知能(AI)が口角の上がり具合など
顔全体の表情から判断する技術で、
入室の際に「沈んだ顔」をしていると
ドアは開かないという。

記事は、同社が
「笑顔、健康の理念を終始提唱してきた。
アフターコロナの時代に喜びと健康を
届けられることをより願っている」
と表明していることを伝えると同時に、
ネットユーザーから
「笑顔を作るための補助器と
セットにして販売することを勧めたい。
そうでないと笑うのって難しいから」
という声が上がったことを紹介している。
👇️
👇️
👇️(👩もう日本人の顔を
👇️十二分に標本箱に
👇️採集したか❔
👇️(トンデモ論です。))
👇️
👇️
👇️


キヤノン、中ごく・珠海工場を閉鎖
=「空前の困難に直面」―中ごくメディア

2022/01/14 12:20

13日、中ごく基金報は、
日本の精密機器大手キヤノンが
広●省珠●市にある工場の閉鎖を発表したと報じた。

(レコードチャイナ)

2022年1月13日、中ごく基●報は、
日本の精密機器大手キヤノンが
広●省●海市にある
工場の閉鎖を発表したと報じた。

記事によると、
キヤノン珠●有●公●は12日、
現地工場での生産を終了することを正式に発表した。
同社は「地方政府の支援と従業員の貢献により
32年間経営を続けてきたが、
世界のカメラ市場の急速な縮小、
新型コロナの長期化により
経営が空前の困難に直面した。
会社と従業員による努力もむなしく
依然苦境を打開できないため、
慎重に検討を重ねた結果、
生産を終了する決定に至った」
と事情を説明した。

また、2020年末現在で
同社に在籍する1317人の従業員について同社は
「法定基準を上回る補償と人本位の配慮」
を踏まえた契約解除プランを
従業員に提出する予定であり、
従業員との交渉を経て
コンセンサスが取れ次第発表することを
明らかにした。

同社は1990年に設立され、
2013年に現地の都市計画に沿う形で
現在の同市高新区金鼎工業区に移転した。
主にレンズ、
デジタルカメラ、
デジタルビデオカメラ
などを生産しており、
20年にはレンズ1229万枚、
デジタルカメラ102万9000台、
デジタルカメラ9万4000台を生産していた。

記事は、
世界のカメラ市場が
新型コロナの影響により
縮小を続けているなか、
キヤノンもサプライチェーンの寸断、
部品不足などの問題を抱えているとする一方で、
21年7〜9月期の財務報告では
当期の売り上げが
前年同期比9.8%増の8333億円で、
純利益も同196.1%増と大きく増加したと紹介。
デジタルカメラの売り上げも
同9.9%伸びたほか、
防犯や災害モニタリング用の需要が
引き続き伸びていることに加え、
新型コロナに伴う遠距離測定、
密集度調査などの需要が高まっており、
同社全体の21年の売り上げが
前年比で19%伸びると予測されていると伝えた。

そして、同社が珠海の他に
大連、蘇州、中山、台湾にも
拠点を持っていることに触れた上で
「キヤノン珠海閉鎖については、
グループ戦略の転換による可能性があるとの
見方も出ている」とした。
(翻訳・編集/川尻)


(👴嗚呼、捨てる神あれば拾う神あり。
ダメだと言っておるのに‼️
キャノンに続く企業が増えて
中ごくに1社も日本企業が
残りませぬよう‼️)


ストッキングのアツギ、国内生産を終了へ

2022/01/20 16:30

 ストッキングなど下着メーカーのアツギ(株)
(TSR企業コード:350005117、海老名市、東証1部)は
1月20日、
国内生産子会社の生産業務を終了すると発表した。
希望退職募集など合理化を進めていたが、
新型コロナの影響で需要が減少。
生産体制を見
2つある中ごくの工場に
国内生産業務を移管する。

(👴嗚呼。)

 アツギは、2019年3月期以降、
最終赤字が続き、構造改革を進めている。
今回、生産業務を終了するのは
青森県むつ市にむつ事業所、
岩手県盛岡市に盛岡工場の2拠点で生産している
アツギ東北(株)(TSR企業コード:351022864)。
生産終了日は2022年5月31日を予定している。
アツギ東北の従業員数は約610名。
大半はパート従業員で、
今後の方針は労働組合との協議を経て
決定するという。



アツギむつ事業所、生産終了へ

2022/01/20 18:18

 ストッキングなど下着メーカーのアツギ
(本社・神奈川県海老名市)は20日、
青森県むつ市などに工場を置く
アツギ東北の生産業務を終了すると発表した。
従業員数はむつ事業所と盛岡工場合わせて約610人。
生産終了は5月31日を予定している。
新型コロナの影響で製品の需要が低迷し、
希望退職募集など合理化を進めていた。
国内生産を終了し、中ごく工場に移管する。

(👴嗚呼。)




2008年6月11日、
チベット自治区地震局10日午後6時から7時36分の間に同自治区と青海省境界部のタンラ山脈で3回の地震が観測されたことを緊急発表した。中国新聞社が伝えた。

【その他の写真】

地震の規模はそれぞれマグニチュード(M)5.5、M5.1、M4.6を記録している。9日未明にもM5.0クラスの地震を記録しており、10日正午までに余震は100回を超えている。連続する地震に地震局は今後もM5.0クラスの地震が発生する可能性は否定できないとコメントした。

震源付近には青海チベット鉄道が走っているが現時点では大きな影響は確認されていない。被害としては鉄橋に軽微なひびが確認されたほか、歩羌亘駅、雁石坪の駅舎及び階段に亀裂が確認された。現地の民家にはひびが入るなどの被害が出ており、住民らは安全のため屋外に退避している。

チベット自治区地震局は現在第3級緊急地震警報を発令、各地の橋、トンネル、駅の安全確認を急いでいる。





中ごく・武漢市民「死者数おかしい」
政府対応に疑念も 都市封鎖から2年“震源地”の今

2022/01/19 11:56

新型コロナウイルスの震源地とされる中ごく・武漢で、
ロックダウン(都市封鎖)が行われて、まもなく2年。

市民の政府に対する疑いの声は、
今も消えていない。

感染が拡大した当初、
多くの患者が確認された海鮮市場は、
今も高さ数メートルの壁に囲まれている。

敷地内は、WHO(世界保健機関)の調査団が入った1年前から、
さらに荒廃が進んだように見える。

今回の取材中、職務質問に来た公安当局者からは、
こんな言葉をかけられた。

公安当局者「政府の対策で、
中ごくは、世界一安全で優れた国になった、
と報道してください」

穏やかな口ぶりながらも、
外国メディアの動向には敏感な様子がうかがえた。

一方、武漢市民は...。

親族2人を亡くしたCさん
「中ごく全土の死者数が4,000人台というのは、
とてもおかしいと思う」

ロックダウン中に親族2人を亡くしたDさん。

コロナ患者用の隔離病棟に入院していた妻のいとこの死因は、
「肺の感染」。

その母親も亡くなったが、
2人とも、新型コロナとは認められなかった。

Dさんは、当局が意図的にコロナによる死者数を減らした
と考えている。

Dさん「役人は職を守りたいのだろう。
真相がまったくわからず、強い憤(いきどお)りを感じる」

中ごく政府は、2021年8月以降、
武漢では市中感染ゼロが続いているとしている。


日々これ口実2

2022-01-20 10:51:58 | 日記
中ごく・武漢市民「死者数おかしい」
政府対応に疑念も 都市封鎖から2年“震源地”の今

2022/01/19 11:56

新型コロナウイルスの震源地とされる中ごく・武漢で、
ロックダウン(都市封鎖)が行われて、まもなく2年。

市民の政府に対する疑いの声は、
今も消えていない。

感染が拡大した当初、
多くの患者が確認された海鮮市場は、
今も高さ数メートルの壁に囲まれている。

敷地内は、WHO(世界保健機関)の調査団が入った1年前から、
さらに荒廃が進んだように見える。

今回の取材中、職務質問に来た公安当局者からは、
こんな言葉をかけられた。

公安当局者「政府の対策で、
中ごくは、世界一安全で優れた国になった、
と報道してください」

穏やかな口ぶりながらも、
外国メディアの動向には敏感な様子がうかがえた。

一方、武漢市民は...。

親族2人を亡くしたCさん
「中ごく全土の死者数が4,000人台というのは、
とてもおかしいと思う」

ロックダウン中に親族2人を亡くしたCさん。

コロナ患者用の隔離病棟に入院していた妻のいとこの死因は、
「肺の感染」。

その母親も亡くなったが、
2人とも、新型コロナとは認められなかった。

Cさんは、当局が意図的にコロナによる死者数を減らした
と考えている。

Cさん「役人は職を守りたいのだろう。
真相がまったくわからず、強い憤(いきどお)りを感じる」

中ごく政府は、2021年8月以降、
武漢では市中感染ゼロが続いているとしている。


👨ニュースを読んだ日本の読者は、
中ごく当局によるCさんの粛清を
ものすごく心配している。
ぼくも心配している。

👩次は……、
トンガ海底火山噴火など
未曾有の地球規模大災害がありました。
被災された方々の心情に十分に想いを馳せながらも
時期的に不謹慎で申し訳ないと思いつつ
音楽の本を紹介させていただきます。


ザ・バンド
「ラスト・ワルツ」で完成した
伝説とその後

60年代から70年代にかけての
ボブ・ディランの威光というのは、
アメリカン・ロックの歴史に
限りない影響を残している。
ザ・バンドはそんなディランの伝説から抜け出て、
オリジナリティーあふれるロックを演奏し始めたが、
望むと望まざるとにかかわらず、
ボブ・ディランのバック・バンドというレッテルは常についてまわった。
いかにもアメリカ的な、
南部の香りさえ漂わせるザ・バンドだが、
メンバーの4人までがカナダ人である。
当時ニール・ヤング、ジョニ・ミチェルら、
カナダ人でありながら、
すっかりアメリカのマーケットに定着していたミュージシャンが多かったこともあり、
それほどの違和感はなかった。
最初、ロニー・ホーキンズのバック・ミュージシャンとして知り合った彼らは、
数々のミュージシャンのバックで演奏しながら、
やがて独立して演奏活動を始める。
カナダのクラブで演奏しているところを、
アメリカのフォーク歌手、
ジョン・ハモンド・ジュニアに見い出だされ、 
アメリカにやってきた。

📖『風の自叙伝』 野本三吉[著]

2022-01-09 23:07:09 | 日記
NHK ラジオ深夜便
明日への言葉

2015年2月5日木曜日
 
・生きる事の意味を問い続けて(1)

野本三吉(元沖縄大学学長、作家)            
1941年昭和16年 東京生まれ
本名 加藤彰彦 

大学で教壇に立つとき、
執筆をする時は
野本三吉を名乗る。

横浜・寿町に暮らす子どもたちの実態を書いた作品で
第一回日本ノンフィクション賞を受賞した。

横浜国立大学を卒業後、
横浜市内の小学校の先生になり、
充実した学校生活を送っていたが、
生徒に通信簿を付けることに悩んだ末に退職。


(👩体育の授業で、
まったく鉄棒が
出来なかった子どもが、
通信簿の「0」から「1」になる努力は
血がにじむほど感動的ですばらしい。
そこには周囲の友だちの
協力・声援もあったりする。

野本さんは、
生徒の誰もが限りない可能性を持ち、
すばらしい子どもたちに
通信簿の「1」など
到底付けることなどできないと思った。
成績は誰と比べるものではない。
成績とは過去の自分と今の自分を比べるものだから)

以後野本さんは
自分ができることを全部出し切って
自分が生きるべき理想の地を求め、
日本各地の共同体を訪ね歩いた。

東京の山谷や
横浜の寿町に辿り着き、
野本さんは
生活相談員として
そこに住む人や
子どもたちと
共に生活した。

この山谷や寿町での体験をもとに、
野本さんは
『社会臨床論』
という学会を立ち上げた。

野本さんは
横浜市立大学や
沖縄大学で教壇に立ち、
児童福祉や
社会福祉活動に取り組んだ。

そして昨年、
沖縄大学学長を退任した。


野本さんの最終講義 

🌕️「私はどんな職業に就くか❔」
ということよりも、
「❇️自分はいかに生きるか❔」
ということが私のすべてだった。

野本さんは、
様々な職業を経験しながら、
自分に一番ふさわしいもの(職業)を探した。

そうしてその中で、
🌕️その後ろ、
背景にに必ず流れているものがあった。

それは、
❇️自分がどう生きたいか❔
❇️自分が何をしたいか❔
ということだった。

たまたま
自分がこの仕事をする
ということになる。

すると、
自分はこの状況のなかで
どう生きるか❔

自分が一つ一つ経験していくことの中で、
自分の中に触発されるものが出てくる。

それなら自分は
こういう生き方をしたいなと思って、
自分が感じた通りに生きた。

そして、
次にまた新たな問題にぶつかった時には、
その前の難関を越えるような感動があった。

だんだん
次の自分の生き方が見えてくるとか
そういうことが感じられて、

自分の進むべき道と
自分の生き方がどんどん修正されてゆく。

そんなことを繰り返し経験しながら
自分らしい生き方が見つかってくる。

そういう感じになっていった。
自分が変化していった。




野本さんにとって衝撃的な、
野本さんの人生を左右する
最初の大きな出来事があった。

野本さんが3歳になった時、
1945年3月10日、
東京大空襲があった。

野本さんの妹さんは
まだわずか10か月の赤ちゃんだった。

家族で防空壕に逃げ込が、
野本さんの妹は
防空壕で亡くなってしまう。

(👩可哀想に、たしか妹さんは
「圧死」だったかな❔
赤ちゃんの泣き声が
防空壕の外まで響かないために、
赤ちゃんの口をふさがねば
ならなかったのかもしれない。

👨子どもというものはまだ小さく弱く
自分のいのちを大人たちに委ねて生きるしかない。

中ごく共産党は、
まだまったく自分の意思(意志)も
力もない、
たまたま中ごくという強権国に
生まれ落ちてしまった中ごくの子どもたちの
口をふさいで殺しているのと同じだ‼️

防空壕の中で生き延びるために
赤ちゃんの口を塞(ふさ)いだ日本人は
仕方ないといえば仕方ないが、
赤ちゃんが死ぬしかない根本的な原因を作ったのは、
自分たち日本人が
赤ちゃんの口を塞がねばならないような
人権を根こそぎ踏みにじる『戦争』の道を
自ら選んだからだ‼️

野本さん、ごめんなさい‼️
ここで自分はこんなふうに
まったく違うことを思い付いてしまい、
本当にごめんなさいね。)



野本さんにとって
妹さんの死は、
その時はまだ
大きな衝撃ではなかったが、

歳(とし)を追うごとに
はっきりとした自分の原体験となってくる。

野本さんの両親もずっとつらい思いのまま、
毎年3月10日になると、
妹さんの小さな位牌の前で、
ご両親は
短くても30分、
肩を震わせて泣きながら
「お母さんが悪かった‼️
助けてあげられなくてごめんね‼️」 
と泣いた。

野本さんは
両親が苦しむその姿を
毎年毎年見てきたので、

まだ大人に頼るしかない子どもが
戦争などの理不尽な理由で
亡くなるということは
非常に辛いことだと思った。

そのような辛いことは 
戦争だけでなく災害においても起こるが、

野本さんには
当時の妹の死が、いまだに
フラッシュバックのように
鮮やかに浮かんでくる。

子どもたちを
そういう理不尽でつらい目に
合わせてはいけないと思った。


生き残った野本さんは
兄として、
子どもたちが
安心して生きられる時代を
作りたいと思った。

その自分への誓いが
野本さん自身の原点となり、
歳を追うごとに、 
これをもっともっと 
真剣に考えないといけない
と思った。


横浜国立大学に入学し、
柔道部に入った。
(柔道は
高校時代からやっていたので。)

ある時柔道の練習で、
自分が柔道を教えていて、
大きな人に大外刈りを掛けてもらったが、
それがうまくいかなくて
もっと力一杯やってもらったら、 
お互いに力が入りすぎて、
自分と相手と一緒に倒れ込んでしまい、
自分に相手の巨体が覆いかぶさり、
自分は後頭部をがくっと打ってしまった‼️

自分はいったん立ち上がったが、
身体が硬直して後ろに倒れてしまった。
それから自分は救急車に乗せられて
病院へ運ばれた。

病院では医者が
自分の親や友人に
「脳内出血の疑いが非常に濃厚で
今晩が峠でしょう。
一応、覚悟なさって下さい」
と言っている声が聞こえた。

親や友人は
こちらには聞こえてないと思ったらしいが、
自分にははっきりと聞こえていた。

「自分はもう死ぬのだな」
と思い、
涙がぼろぼろとこぼれた。

もし自分が
もう一度生き返ることができたなら、
今度こそ
「本当に(真剣に)生きよう‼️生きたいなあ」
と思うのだが、
「でももう自分は死ぬのだな‼️」
と自分のなかで生と死がせめぎ合った。

それから何かを注射され、
一昼夜すると
奇跡的に意識が戻っていた。

1か月入院して
野本さんは死からよみがえった。

それ以来
生きること、死ぬことが
野本さんの頭から離れなくなった。


「生きている」ということは、
あることができてないと生きられない。

空気を吸うこと、
食べること、
飲むことが
出来ていないと生きられない。

自力で便を出すことが出来たりすると、
「生きている」
という実感がした。

吸収と排泄ができると
人間は「生きている」
と感じる。

🌕️吸収・・・
❇️経験したこと、
❇️体験したことすべてが、
❇️食べ物を食べたときと同じように
❇️血となり肉となっていくのだな
と思った。

排泄さえも
人生のひとつの表現だ 
という気がしてきた。

つらいこと、悲しいことがあると、
人間は涙が出てきたり
悲しんだりする。

嬉しいことがあると
笑ったり、
歌ったりする。

表現出来ること、
体験できることが
普遍化する。


野本さんのお母さんはがんで亡くなるが、
ある日、野本さんが、
その辛さを友人に話そうと思って
話をしていると、

野本さんがはっと気付くと、
友人が眼を潤(うる)ませながら
(自分のつらい話を)
聞いていてくれていた。 

(もしや)彼にも
(自分と)同じような
(つらい)体験があったのではないか❔
と野本さんは思った。

❇️自分が語るつらい、様々な表現が
❇️向こう(聞く側の人)の体内にも
❇️入ってゆき、
❇️それがお互いに循環する。 

そんな体験をしてから
野本さんは
❇️相手のことも思って
❇️自分のことを
❇️話すようになっていった。


❇️生きているということは、
人が話している最中、
❇️相手と自分の中で
❇️何か交流が起きている。 
(👧化学反応❔)

野本さんは、
❇️「こうして、
❇️人間同士が交流すること自体が
❇️生きることなんだ‼️」
❇️と気づいた。 


🌕️人間と人間との関係が成立していないと、
🌕️人間と人間との関係が遮断されてしまい、
🌕️生きる気力がなくなってゆく。


老人ホームなどで
自分のところに誰も来ないお年寄りは、
自分に早く迎えが来ないかなあ
(早く死にたい)とおっしゃる。


❇️人間と人間との間で、
❇️生き生きとした関係が作れるかどうかが、
❇️人間が生きるために
❇️一番大事で必要なことで、

🌕️これが抜け落ちてしまうと、
🌕️生きるための現実世界が成立しない‼️

❇️人間と人間との関係が
❇️生きていくことの本質なんだ‼️

ということを
野本さんは、
その後の自分の生活を体験しながら
どんどんふくらませていった。

「以上が、
生きることについての
自分の体験談です。」
と野本さんは言う。

「自分の父は
人に教えることが好きだったが、 
職業としては技術者になった。

父は自分が結核で入院中、
私に
『小学校の先生になってほしい』
と言った。

父の願いを叶えたいと思い、
自分は教師の道に進んだ。

しかし自分は、
5年で教師を辞めることになった。

学校での仕事は
本当に楽しかった。
授業も楽しかった。

自分は生徒と一緒に遊んだり、
自宅に子どもたちを招いたりもした。

だが自分の一番の悩み、
一番の問題は、
生徒に通信簿をつけることだった。

相対評価で数人に
必ず「1」を付けなければならない。

体育の授業で、
鉄棒の逆上がりができない子がいた。

鉄棒ができる友達が応援して、
1週間ぐらいすると
今まで逆上がりができなかった子が
逆上がりができるようになった‼️

おめでとうと自分がその子と握手をすると、
毎日逆上がりの練習をしているために、
その子の手には血豆(ちまめ)ができていて、
その小さな手は血豆が破けて、
絆創膏を張って凄(すざ)まじい手だった。

自分はその子の血豆の手を握った瞬間に
涙がとまらなくなってしまった。
自分は思わず
その子を抱きしめてしまった。
この子の通信簿に
自分は1など付けられない。


跳び箱など、
いちばんあとなってできた子は、
体育の通信簿の点数が
1になるかまたは2になる。
そんなやり方の通信簿を
私はどうしても付けられなくなってしまった。

校長と通信簿の付け方を
掛け合ったが、
「通信簿の付け方は
国の決まりだ」
ということで「1」を付けざるを得ず、
自分はそのやり方に妥協した。

考えた挙げ句、
自分は仕方なく
通信簿を2通作ることにした。

1通は普通の通信簿。
もう1通には、
文章で私の思いを綴った
私なりの
子どもたち一人一人への
通信簿だった。

子どもたちには、
その2通両方を手渡した。

すると、
子どもたちがあるとき、
「私たちも先生に通信簿を付けていいか」
と言って、
生徒全員が
私に通信簿を作って持ってきた。

その時私は思った。

「教師とは教える存在で、
成績も付ける存在だ。
しかし、
子供たちだって先生を評価し、
注意したり、
誉めたりできる存在なのだ」
と。

(👧👦野本さんのような学校の先生がいたら
どんなに学校が楽しいだろう❗
勉強だってやる気になる🎵
いじめも先生なら見過ごさない❗)

先ほどの関係論についてですが、
関係を固定してしまう。

自分は、お互いの
関係を固定するものが「権力」
だと思えた。

大人や先生は、
子どもからも学べるんだということ。
大人や先生は、
子どもからも評価されるんだということ。

ここ(人間の関係を固定する場所、
権力が見え隠れする場所)に
居座ってはいけないなあと思った。

一人の人間として、
人間の関係を固定する場所を離れて、
子どもたちと対等にかかわり合いたいと思った。
そして先生を辞めることにした。


地域の皆さんが子どもたちを
「こういう子どもたちにしてほしい」
という想いを受けて教えるものだ
と思ったので、

地域の共同体が
ちゃんと成立していないといけない
と思った。

北海道の牧場が共同体を作っていて、
そこにいって学ぼうと思い、
北海道に行った。

日本には共同体が沢山あって
自分は共同体巡りをした。 

北海道を皮切りに 
共同体を回って歩いて
自分が気づいたことだが、  

自分が住んでいるところに問題点もあるし
辛いところもあるし、
そこで問題を解決したり、
状況を変えていかないと。

理想がどこかに在るのではないか
と思うのは違うなあと。  

自分たちで問題を解決したり、
自分たちの回りの状況を変えていかないとと、
放浪した結果そう思った。

そうして野本さんは、
横浜の寿町に住むようになる。

まず山谷の「ドヤ」で暮らすが、
「ドヤ」とは、
宿屋(やどや)の隠語で、
人間が住む様なところではなかった。

日本の
東京には山谷、
大坂には釜が崎、
横浜には寿町という
日本の三大ドヤ街がある。

ドヤでいろんな人たちと出会うようになる。
いろんなことが自分に
非常に切実に響いてくる。

ドヤ街に住む人々は、
皆必死に生きようと思うが
なかなか仕事が見つからない。

しかし、そんな自分自身が
生きるか死ぬかの状況に置かれている人々が、
 
私(野本さん)が熱を出したりすると、
仕事を早く切り上げてきてくれて、
たとえばバナナを買ってきてくれたり
わざわざ氷を買ってきてくれて
一生懸命私のことを看病してくれた。
野本さんのことを看病してくれた。

その体験は自分にとって
本当にありがたくて、

「人間の関係の大切さ」ということを
掛け値なしにありがたく感じた。

(「先生、大丈夫かい❔
きょうはバナナを持ってきたよ❗
食べれるかい❔
俺が先生の身体を少し起こしてやろう❗
つらくはないかい❔
痛くはないかい❔」

「さぁ、今夜は氷を持ってきたよ❗
いますぐ氷を氷嚢に詰めてやるからね❗
先生、早くよくおなり❗
よくなったらまた俺と話そうよ❗」 
😢😢😢😢😢😢😢😢😢😢😢😢
そう、ドヤの住人が言ったかどうかは
私は実際に見て聞いていないから想像です。)

🌕️ほんとうに、兄弟みたいになってまうのだった。
❇️社会からは偏見の目で見られたりしている、
❇️この人たちの中に
❇️本当の人間性が有る、
という気がした。

当時は城北福祉センターが中心でやっていて、
センターは夜になると閉まってしまうので、
センターが夜も開いているように、
誰かセンターの職員になればいいなと言う事で、
横浜の寿町で募集をしていることがわかり、
試験を受けて野本さんは、
横浜市の職員になる。

野本さんは、
「都市の中で共同体が作れないか❔」
と思った。

寿町で暮らしている人が、
それぞれ自分の思いを出し合って、
それがひとつにまとまった時に、
「寿町は暮らしやすい地域に変わるだろう」
という夢を野本さんは持っていて、

当時の横浜市長は
飛鳥田一雄さんという人。
飛鳥田さんは、
「子どもを大事にする横浜。
皆で話し合って
町のことを考えてゆく横浜にしたい」
という夢を持っていたので、

私(野本さん)も飛鳥田さんと一緒にやりたいと思い、
飛鳥田さんと一緒に
横浜のドヤ街に行った。

そして、野本さんは、
『横浜寿生活館』の生活相談員になる。

野本さんが、
横浜・寿町の生活相談員になって
わかったこととは以下。

🌕️話したいことが皆いっぱいある。

🌕️しかし、話す場所が無い。

🌕️話した内容を本当に理解し受けとめて 
改善してくれる人がいない。

🌕️聞くほうも、言うほうも、
お互いのすべてをさらけ出す。

🌕️そうすると心が解放される。

🌕️嬉しいことがあった時に
一緒に喜ぶことで、
その喜びは、2倍、3倍になる。

🌕️まず相手の話をよく聞く事が大事。
聞いた話の中に、
みんな、夢を持っている。

🌕️「自分が病気の時に
医者に無料で掛かれるといいな」
と言う話を聞いて、
署名を集めて横浜市に要望した。

飛鳥田さんが承諾してくれた。
女医さんがドヤに来てくれて、
皆がその女医さんのことを
自分の母親や
自分の妹のように思い、
女医先生のことを大事に大事にしてくれた。

それから、
「無料の病院」が街の中に出来てきた。
「夜間銀行」、
『寿夜間学校』(文字の書けない人もいた)、
「俳句会」、
そういうものがいっぱい出来てきた。
『寿住民懇談会』も出来た。

食料問題解決のひとつとしては、
横浜中華街の残飯をご馳走になっていた。

そのころ野本さんは、
自分の給料をドヤの人に渡して
一緒に暮らしていたが、
給料日の5日前になると
お金がなくなり、
中華街に行くと、
食べ残しを綺麗にして集め、
バケツ一杯貰ってきて、
皆で分けあいながら食べた。
とっても美味しくて、
それで5日間を暮らした。

❇️「貧乏」と「貧困」は違う。
❇️貧乏でも人間関係さえちゃんとあれば
❇️人間は不幸にはならない。

❇️「支え合い」を軸にした生き方をしていた。

当時はまだ、結婚はしていなかった。
若者たちが、
路上生活をしている人(ホームレス)を
殺してしまう殺傷事件が起きた。

若者が不満を抱いていて、
どこにもぶつけるところが無く、
その人たち(ホームレス)に
自分たちの不満をぶつける、 
そういう事件が起きた。


野本さんは、
「ホームレス殺害事件」をきっかけに
児童相談所に務めることになる。

社会の現実をちゃんと知ってほしいと思った。
学校のなかや社会で 
排除された子どもたちの、
行き場のない気持ち。

そんな子どもたちと
きちんと真っ正面から
関わりたいと思い、
野本さんは
児童相談所に移る。 

(ソーシャルワーカーの仕事)
社会を住みやすい社会に変えてゆく、
それがソーシャルワーカーの仕事だと
自分のなかでは意識付けられた。

ソーシャルワーカーとは、
ひとりぼっちで孤立している人たちに
人間関係をもう一度 
取り戻して行く仕事。

一気に人間関係を取り戻すことは
できないが、
ソーシャルワーカーとして
その人と人間関係を取り戻してゆく。
「もう一度生き直す」
ということをやる。

野本さんは、
ソーシャルワーカーとして生きよう
と本気で思った。


秋田宏さん(👩聞き書きされたかた。
ありがとうございます。)

すでに会社を退職してから数年経ちます。
「明日への言葉」はいい番組だと思いながら聞いていたのですが、
聞いてもすぐに忘れてしまい、
それからはパソコンに入力するようになり、
その後今年(2013年)の3月末に
ブログを立ち上げ、 
以前の内容も取り込みました。
若い人にもブログで目に留まるかと思い
投稿を続けています。
もし、周りの人にこのブログを紹介したい方がいれば
よろしくお願いします。
(誤記等いろいろ有るかとは思いますが
御容赦願います 。
又御存知かと思いますが
「青い色の文字」は「リンク」されていますので、
クリックするとより詳細な内容が判り、
全体の内容がより理解できるものと思います。


👩野本さんの言葉をその日、
私もNHKラジオ深夜便
『明日へのことば』で聴いたので、
秋田宏さんの聞き書きを
久しぶりに自分のブログで
使わせていただきました。


こういうかたがた(野本三吉さん)を探してきて、
取材してくれるNHKがすばらしいと感じました。
それをまた
聞き書きしてくれる秋田宏さんもすばらしいと思いました。

しかし、野本三吉さんの書籍は
三部作か四部作があるが、
なかなか手に入らない。
📖『風の自叙伝』(野本三吉)という著書もあるが、
入手困難。
野本三吉さんの生き方に
非常にきょうみがある自分が、
思うにかつてのドヤ街の 
現実を知られたくないからと
野本三吉さんの本を
引き出しの中に隠してはダメです。
価格も非常に高すぎる。
定価では手がのばせません。





📖『コミューン(共同体)の原像と共生の世界を求めて』
野本三吉[著]

本巻は、ひとりの生活者として 
絶えず人間の渦の中で考え、
行動してきた著者の
30年にわたる軌跡をたどる
初のノンフィクション選集、第1巻。 
コミューン(共同体)の原像と共生の世界を求めて、
日本各地の土着共同体をめぐって
放浪する著者の若き日の作品。
著書の鮮烈なデビュー作。



📖『風になれ❗子どもたち』
野本三吉[著]

ひとりの生活者として絶えず人間の渦の中で考え、
行動してきた著者の30年にわたる軌跡をたどる 
初のノンフィクション選集、第2巻。 

学校からも家庭からも見放された子どもたちがやってくる児童相談所。
著者と子どもたちとのふれあいの感動の記録。

学出会った子ども達と、
同じ時代を生きるひとりの人間として、 
喜びや悲しみや悩みを 
出来る限り共有して生きてみたい。
著者と子どもたちとのふれあいの記録。



📖『裸足の原始人たち』
野本三吉[著]

ドヤ街に住む子どもたちは、 
飼いならされた家畜ではなく、
自由に野山を駆け回る、
野生のたくましさと可能性を
一杯に秘めた裸足の原始人だ。 

第1回日本ノンフィクション賞受賞作。



(野本三吉さんに 
お考えを伝授していただければなあと願う。
昨日2021年01月14日(金曜日)の
産経新聞第1面でも読んでやはり
中ごく以外の世界中の国々にとっての大問題なのだが、 )
中ごく共産党が、
中ごくの子どもたちに
ウソの内容の教育を施す方針を
大々的に打ち出した。
『反日』教育などは
その典型だが、
今度の中ごくの教育は
もう『洗脳』そのものである。
自分の国、中ごくと
日本の歴史を
白いバラを赤いバラに
ペンキで塗り替えるように
刹那的に塗り替えた。
「中ごく人に対する
日本人の蛮行」
を教育された
中ごくの子どもたちは
号泣したそうだ。
中ごく共産党は
そのような教育をして
中ごくの子どもたちに
日本人をうらませる。

野本さん、
いったい、
どうしたらいいですか❔


日本にはまだ
野本さんのようなかたがたが
いらっしゃるが、

中ごく共産党には
野本さんのような人は
もう1人もいない。

ここで私が思うのは、
日本でも弱者や少数派は
生きるのが大変だ。 

中ごく共産党が君臨する
中ごくで、
弱者や少数派は、
いったいどのように
暮らしておられるのだろうか❔ 
それが私はものすごく気に懸かる。
救世主など1人もいない、
中ごくには
『社会臨床論』を
唱える人物は
人っこひとりいない。

中ごくで野本さんが活動されたら、
まず就業先の学校の校長が
中ごく共産党に野本さんを密告し、
ノーベル平和賞に匹敵する野本さんは、
劉暁波氏のように監禁されて緩やかな
死に向かわされ死を待つだけだ。

国のなかで国民と
特に
国の将来を担う子どもたちに
「人間とは❔」
「人間の共存とは❔」
「人間とは助け合って
生きていくほかに道はない」
「人間とは
対話して
お互いに
かかわり合って成長してゆくものだ」
という、
人間として
一番大切な生きる道を
教えてくれる人物は
中ごくや中ごく共産党の中には
もう1人もいない。


昔は居たとしても、
『文化大革命』のときに 
紅衛兵たちに
見せしめにされ
殺されてしまったのだろう。

『天安門事件』の際に、
戦車でひいて、
無差別に発砲して、
全員殺してしまったのだろう。

中ごく共産党の
大いなる欠点は、
国民に他国を恨めと教え、
中ごくがどこより一番だと教え、
国民を共産党軍隊や
国家の警察になるよう
悪の教育をし、
世界にだけでなく、
自分のところの
大切な民族にまで
数限りない蛮行を
軍隊と警察にさせることだ。

そうして、次第に国民が長い間
自分たちが中ごく共産党に
騙され続けていた事実に気付き
いつの日か
中ごく共産党が
中ごく国民に
八つ裂きにされるときも、

中ごく共産党は、きっと
「ちぇっ、 
奪っては奪い返す人生。
俺様の人生もここまでか‼️」
と嘯(うそぶ)いて、
カラ意地を張って、
犬猫のように
後ろ足で砂を蹴散らして、
そこいらじゅうに
さんざん唾を吐いて、
「チキショウ‼️」と言いながら
世界を睨み付けて
もうもうと黒い煙を出しながら
消えていくことだろう。

中ごく共産党は、
自分の命も
別段大切に思うこともなく、

人間について根本的に考え、
人間を根本的に大切にできない党だから

そんな党がはじめから
国民のことを大切にできるわけがない。

因果応報。





1📖『ダライ・ラマ自伝』ダライ・ラマ14世[著] 山際素男[訳]

2022-01-09 08:48:01 | 日記


YouTube検索ワード
『チベット問題』をわかりやすく解説おおこ
驚愕の人権弾圧❗民族浄化の実態とは❔
(大人の教養TV)


『チベット問題』
(中ごく政府による
チベット人迫害問題)とは、

中ごくの一地区である
チベット自治区に在住している
チベット人が、
中ごく政府から
迫害されているという問題。

中ごくの実態については、
『中ごく共産党』の動画で
詳しく解説しました。

司法、立法、行政、
すべてを中ごく共産党が牛耳っており、

まさに中ごくという国の権限は、
中ごく共産党が握っているという
一党独裁国家なのでした。

一党独裁体制の中ごくにおいては、
中ごく共産党に歯向かう者は
容赦なく捕らえられてしまいます。

『北朝鮮入門』の動画でも
紹介しましたが、

中央政府の権限を脅(おびや)かすものは
徹底的に排除していく、
というのが、
独裁国家存続のカギになるのです。

中ごくの国民の約94%は、
漢民族と呼ばれる人々です。

そんな中ごくでは、
漢民族以外は
中ごく共産党の権限を脅(おびや)かすもの
と認識されています。

中ごくでは、
憲法によって
信教の自由は
認められているのですが、
形式上認められているだけで、
キリスト教や
イスラム教などの
宗教を信仰していると、
厳しい弾圧を受けることになります。

そのもっとも有名な例が、
イスラム教を信仰している
ウイグル人に対する弾圧です。

『ウイグル人弾圧問題』については
別の動画で詳しく解説しておりますので、
よろしければ、概要欄からご覧下さい。


チベット人も
中ごく共産党に
絶対の忠誠を
誓っているわけではなく、
チベット仏教を信仰しているので、
中ごく政府から
迫害を受けているのです。

チベット人への迫害は、
1949年に始まります。
1949年は、中ごく人が
ちゅうかじんみんきょうわこくを
建国します。
その時「チベットは中ごくの領土だ」
として
中ごくが軍を率いて
攻め入ったのが
迫害の始まりだと
言われています。

それから現在まで
70年に及ぶ
迫害が続いています。

デモの武力鎮圧や
身柄を拘束した上での獄中死、

国境付近での
警戒射殺などによって、

(👩これには
ここまで読んでくれた
ブログのAI機能さんもびっくり‼️)

中ごくによるチベット占領後に
いのちを奪われたチベット人は
100万人から120万人とも
言われています。

(👧中ごく共産党なんか、
応援したらダメな党じゃないか‼️)

中ごくとしては、
「チベット民族は
少数民族のうちの
一民族に過ぎない」
としており、

(👴中ごくとしては、
「日本民族は
少数民族のうちの
一民族に過ぎない」
と言われて
日本人もこのように
攻撃されてもよいのか⁉️)

(中ごくは)
「中ごくのおかげで
チベットに
現代文明がもたらされた」
と言っている。

(👦現代文明をもたらすためになら
アマゾン川流域の
ピグミー族を迫害し、
殺害してもよいのか‼️
中ごく共産党‼️)

「チベットは
中ごくのおかげで
こんなに豊かになったのに、
いまでも中ごくに反発する
不満分子や不穏分子が存在する」
と中ごくは主張しています。


(👧チベット人は中ごく共産党に
おじいちゃんもおとうさんも
おじさんもみんな殺されているのに、
チベットの町が
形だけ豊かになったって
悲しみだけがうずを巻いて
チベット人にとっては
何の意味もないだろう‼️)


但しこれは、
チベットの都市部に
漢民族が移住してきただけで、
裕福になったのは
チベット人ではなく、
漢民族だけです。


(👨なあんだ‼️
聞けば聴くほど
世界の人々を
怒らす党だな、
中ごく共産党とは‼️

チベットはもともと
「非暴力」の国だぞ‼️
丸腰の国に
ひどい仕打ちをして‼️

各国の政府と企業が
どんなに中ごく共産党と
癒着していても、

世界の人間、
日本人として、
中ごく共産党の残虐行為は
絶対に許せない‼️)





👩BOOK・OFFオンラインに行けば
『ダライ・ラマ自伝』があるよ。
今はなくても予約すれば
探してくれるよ。



👴どんなに有名大学を出ても、
どんなに頭脳明晰でも、
いろんな仕事が出来て、
自宅の電化製品が壊れたくらいなら
ちゃっちゃっと修理できても、
どんなに美人でも
どんなにハンサムでも、
お金持ちでも、
学校の先生でも、
全部考え方を逆にされて、
自分の持つ長所と能力を
すべて中ごく共産党のために
使わなくてはならなくなるよ。
いったん日本が
中ごく共産党に侵略されたら。
正しい日本人をいじめて監視する。
それしか生きる道はないから。

たとえばNHIKも、
中ごく共産党党営放送に
成り下がりたいの⁉️

👩今まで大切に保管した
NHKの素晴らしい歴史的アーカイブ映像は
中ごく共産党にとって不利だから
全部ボツだよ。
中ごく共産党に勝てるかどうかは
わからないけれども、
「ダメなことはダメ‼️」と
伝えることが肝心です。

👨中ごく共産党に、
「習●平さんのことを本当に大切だ」
と思っている人間なんて
1人もいない。
中ごく共産党とは恐怖政治で、
恐怖のため保身に走る人たちの党なのです。
そんな、本当に中ごく国民の将来を懸念しない、
世界の国々のことなんか、
いずれ中ごく共産党の属国になるんだから
知ったこっちゃない。
中ごく共産党の党首のことなんか
知ったこっちゃない、
自分の地位の保身だけを願う人たちの
党ですから中ごく共産党は。

👩中ごく共産党の数人の人たちの
団結は本物の団結なのだろうか❔ 
国民を小さな点としか思わない。
新疆(新しい征服地)で制圧した
ウイグル人のことは継子(まま子・
血のつながらない子ども)のように扱い、
世界は全部中ごく共産党のものだという
党の理念自体が根本的に
間違っているから、
団結なんて無理だね。

だって、最終的には
相手を暴力で引きずりおろすって
いうのが、
中ごく共産党の根本理念だからね。




👴だから、今のうち、
しっかりと、
心だけは、
中ごく共産党などの
強権国家の考え方に
持っていかれちゃならんのです。
カネに目が眩(くら)んでは
ならんのです。
中ごく共産党の甘い言葉に
耳を貸してはならんのです。



👨たくさんの人が
中ごく共産党が
チベットにしたことを知り
アメリカのように
『チベットの人権侵害における
報告書』を作成。


チベット ラサ、
ここもまた監視カメラと
中ごく共産党軍隊と
武装警察に監視される街。


YouTube検索ワード:
「チベット、ラサ
2008年10月、監視される街」

「チベット世界遺産 ポタラ宮」

「NHK チベット仏教の聖地
ラルンガルゴンパ」
(中ごく東チベット(四川省)


YouTubeを見せたくなければ
何か理由をつけて
消してしまえばいいんだから
勝手だよね。


みんな、自分の胸に手を当てて、
自分はこんなことしてますが、
それでいいんですか❔

自分のしてることで
泣いてる人はいませんか❔

います。ウイグルだけでなく、 
チベットにもたくさんいます。

チベットは中ごくではないが、
中ごく共産党は、
チベットの土地が欲しい。

ダライ・ラマ14世が居るのだから、
チベットを1日も早く
独立させてあげたい。

👩中ごく共産党が
チベットに送り込んだ、
中ごく共産党が勝手に決めた
パンチェン・ラマ11世はにせものです。



👧中ごく共産党、
ポタラ宮は観光名所などではない。
ポタラ宮をチベット人と
ダライ・ラマ14世に返して‼️


👴ペキンや
中ごくの他の大都市もみんな、
中ごく共産党の武装警察が
監視・巡回している。
日常茶飯事だ。

👩監視って、
そんなに自分の国の国民を
なぜ監視するの❔

👨自分たちが何か悪いことを
している人たちというのは、
疑心暗鬼になって、
自分以外の人間をもう、
誰1人信じることが
できないのだろう。

👩かなり病んでるね。

中ごく共産党という
大きな隔離病棟に
入れられた健康な国民たち。

精神は洗脳されて、
ゆるいひもで細い木の根っこに
ぐるぐるっと簡単に 
ゆわえつけられているのに
逃げようとしない。
逃げられるわけがないと
信じて疑わない。

自分の出せるちからを知らない
つながれた象のような人々は、
四角い鋼鉄の
暗い、一筋の光も差さない
見えない病棟の中に
入れられている。
中ごく共産党に反発さえ
しなければ、
儲けることも自由だ。
花札や麻雀くらいは許される。
その人たちは
充電器で繋がれて
彼らのエネルギーは
中ごく共産党につながっている。
彼らはいつも眠っていて
中ごく共産党への電気を作っている。

🎥『カッコーの巣の上で』の
マクマーフィー(ジャック・ニコルソン)
のように仲間を力づけても
すぐに『ロボトミー』にされてしまう。
すると、今までおし(言葉が喋れない人)
のふりをしていたチーフという
カナダ出身のインディアン(ウィル・サンプソン)が
病院にロボトミー手術を施されたマクマフィーを
窒息させて殺して、大理石の置物を投げつけて
病院のガラスを割って、
チーフはマクマーフィーの亡骸(なきがら)を抱いて
カナダの森林のなかに帰って行くお話。
病院という権威社会のなかで
病院の考え方に染まりきった、
ラチェッドという婦長が、
同国人(アメリカ人)を同国人(アメリカ人)が
管理する典型だね。


中ごくという広大な病棟の壁は
ツルツルで
ちょっとやそっとでは登って
外の世界を見ることはできない。
中ごくの壁は天にそびえるほど高く、
上にいくほど
内側に反(そ)っている。
最後の出口の穴は、
針の穴のように小さい。
だからみんな、
これでいいか、
日常の生活に
別段支障はないし。
世界では
たくさんの人々が
弾圧されて苦しんでいるが
自分はそんなこと
知ったこっちゃない。
スマホでも見て忘れよう。
世界で起きていることなんか。


👧その中ごくのスマホは、
情報統制されていて
中ごく共産党にとって不利で
中ごく国民に絶対に見せたくない
聞かせたくない事実には
1つもアクセスできない。



👨ママの想像力には参ったよ‼️
チベットのかたがたに
ダライ・ラマ14世と
ポタラ宮を早く返してあげたいね🎵

👩そうね🎵



📖『ダライ・ラマ自伝』
ダライ・ラマ14世 [著]


山際素男[訳]


 


 


(引用、始め)


 


その一方、旅行制限の緩和により、


かなりの数のチベット人がぞくぞくと


インドへ来るようになった。


(👩ダライ・ラマ14世は


現在インドに亡命されているから )


 


(わたしダライ・ラマ14世が)これを書いている時点でも(インドに)


1万人が訪れ、


(その)半数以上--


その大半は青年たちだが-- 


わたしたちの学校や僧院大学で


学ぶために(インドに)居残っている。


 


また(チベットに)帰国した人たちも


そのほとんどがやむをえぬ理由で


(チベットに)帰ったのである。


 


わたしはチベットから新たにやってきた


人びととできるかぎり会おうと努めた。


 


どの出会いも感動的であった。


大部分の(チベット)人は、ぼろをまとい、


貧しく、純真でひどく悲しげだった。


 


わたしはつねにその人びとの生活や


家族のことを尋ねた。


答える人の目は涙に溢れ、


なかには悲惨な(チベットの )物語を


話しはじめるや、その場に


泣き崩れる人もいた。


 


またこの頃、チベットに


行ったことのある旅行者が増え、


その人たちとも会うようになった。


 


史上初めて外国人(大半は西洋人)が、


"雪の国"に制限付きで近寄れるように


なったのである。


 


だが、残念ながら中当局は最初から


厳しい制限を課した。


 


解放政策のごく初期を除いて


一定の旅行日程に従わなければ


(チベットへの)入国も許可されなかった。


 


そしていったん(チベットに)入国するや、


旅行者の訪れることのできる場所は、


厳しく制限された。


 


しかもチベット人との接触は


最低限にとどめられていた。


 


というのも宿泊施設の大部分は


中●人に握られていたからである。


 


それにそうした宿舎で働いている


わずかなチベット人は、サーバント、


清掃夫とかいった下働きでしかなかった。


 


これは依然として障害でしかない。


(👧なぜ障害でしかないの?)


 


さらに悪いことに中●人ガイドは、


(旅行者に)再建された建物だけを案内し、


 


破壊された何千という建築物を


(旅行者は)見ることができないのである。


 


たしかにこの十年間で、


とくにラサ周辺の修復作業は


大幅に進歩している。


(👨この『📖ダライ・ラマ』の第一刷は


2001年6月10日)


 


しかし、皮肉で言うわけではないが、


その工事の大半は旅行者目当てなのだ。


 


というのもこの再建された建物に


入ることを許される僧侶は中●当局の


厳しい審査を受け、修行するどころか、


再建事業を自分たちの手で


(大方は個人的寄付に頼っている)


やらねばならぬときているのだから、


観光目的以外にどんな理由がある


といいたくもなろう。


 


用心深く訓練された(中●人)ガイドのおかげで、


この事実に気づく旅行者はほとんどいない。


 


たとえ旅行者が、どうしてこんなに


修復作業があちこちで行われているのかと


尋ねても、答えは決まっている。


 


残念なことにあれは文化大革命のやりすぎがチベットにまで及んだせいである。


 


しかし中●人民は、『4人組』の支配下で


起こったことを心から申し訳なく思い、


その恐るべき過ちを全力で償(つぐな)おうと


全力を尽くしているのだ、と。


 


だが、この大破壊のほとんどは


文化大革命のはるか以前に起こっていた


という事実には口をつぐんでいる。


 


悲しいかな大部分の旅行者にとって、


チベットはおそらくエキゾチックな


観光地以上の(なに)ものではなく、


パスポートにもう一つスタンプが増えた、


くらいの意味しかないだろう。


 


人びとはいくつもの寺院を観光し、


好奇心を満足させ、色彩豊かな衣服を


まとった巡礼団を見、懐疑的になりかけた


気持ちを消すことだろう。


 


だがこれですべてが終わりというわけではない。


🌕観光にきた真の値打ちはその先にあるのだ。


 


それは経済や統計的数字となんの関係もない、


❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️


本当に想像力があり物事に関心のある❇️


ごく少数の人たちだけが❇️❇️❇️❇️❇️


出会えるものなのだ。❇️❇️❇️❇️❇️


❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️


 


それは、(諸外国からの旅行者に)


べったりくっついて離れない、


(👩👧しっしっ、あっち行け!これは


私たちの心の声。)


 


それは、べったりくっついて離れない


(中●人の)ガイドの目を盗み、


❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️


❇️👁️見てはならぬものを見出だし、❇️


❇️👂聞いてはならぬことを聞く耳を❇️


❇️✒️もった人びとだけに許された特権だ❇️


❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️❇️


 


(👩👧👶ねっ、宮崎駿先生、


お願いします❗


ねっ、ヒツジの絵を描いて❗


 


👴ほら、こうかな❔


 


👩👧👶ちがう、そんなんじゃないの。


 


👴(え、ちがうの?)


(ハチマキ)


ほら、あんたがたのほしいヒツジは


この箱のなかに入っているよ。


 


👩👧👶そう、これ、これよ❗


私たちはこんなヒツジが


観たかったの❗知りたかったの❗


ほら、ヒツジも喜んで


ピョンピョン跳び跳ねて


いるじゃない!


(👨それは、ハイジとペーターのヤギだよ。)  


 


いまこの国際情報社会といわれる


高度に進化した時代に、


 


まさかの民族浄化、遅れた一党独裁、


民族大量虐殺(ジェノサイド)事件が


起きている。それも何年も前から。


信じられる⁉️


信じられない‼️


 


全世界、特に精神的に進化した欧米社会が驚きと怒りでひっくり返り、


 


大きな哀しみで


バケツをひっくり返したように


大量の涙を流し、


 


そうして今度こそ、民族浄化、


ジェノサイド(民族大量虐殺)などを


二度と決して再び繰り返さないことを


 


世界各国津々浦々の人たちが


自分の心にかたく誓うような


アニメーションを


制作してほしいのです。


 


そうして世界中の人びと1人1人の


熱い熱い熱湯と化した涙が


大きな大きな大河の流れとなって


「21世紀のジェノサイド撲滅」という 


力強い激流になりますように。


1分1秒でも早く。


 


どうかどうか、


宮崎駿先生とチームの方々に


お願いいたします。


 


 


👴👨世界のイルミナティ、


ロックフェラー家も


ロスチャイルド家も


のこる11家も


このジェノサイド撲滅企画を


誰も阻止してはなりません!


ジェノサイドを行使しているのは


いうなればあなたがたの


対抗勢力でしょう?


ビートルズを世に送り出した


時のように、


このアニメーション企画に


力を貸してください。


 


「なぜ・・・


誰が・・・


世界をこんなふうにしてしまったのでしょう」


 


悪魔たちは他の星に逃げればいいけれど、


その時、この美しかった地球に自分たちの


卑怯さだけを残していくのですか?


 


名誉挽回するなら今です。


どんな悪い血筋でも


死ぬ前に、去る前に、


一回くらい善いことをして


行きなさいよ。


 


『🎵野に咲く花のように』(ダ・カーポ))


という歌が主題歌の


『🎥裸の大将』というドラマがあります。


死ぬまでにいっぺんくらいこのドラマの


主人公で日本の画家の


山下清さんみたいな心になってごらんなさいよ。


この人は精神性が崇高で、言ってみれば


ダライ・ラマやガンジーと同じです。


 


あなたがたは精神性が低くて、


うわべだけの道徳心。


ただずる賢く頭がいいだけだ。


それじゃダメ‼️


 


墓場の棺桶の日の当たらないじめじめした場所に引っ込んでいた悪い種がまたガラスの棘のような芽を


出してしまった‼️


💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀


チベット、ウイグル、南モンゴル弾圧。


💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀


 


👧ありゃ~、イルミナティの13家まで


怒りのとばっちりを受けて


叱られてしまった!


 


👴👨👩👧👶


マザーテレサや


ガンジーや


キング牧師や


J.F.ケネディや


ジョン・レノンが


生きていたら何と


言うだろう(怒り)))


偉人がみんな、死んでしまった今、


あなたがたを叱るひとがもう居ない。


世紀末を見計らったように計画的に始まったジェノサイド。


 


 


「大人も子どもたくさんの選択肢を


毎日持っているんですよ。


それをどういうふうに使うかですよ」


「こういう時代は、


渇望するものがあるはずなんだよ、


気が付かないでいるけど。みんなが」


(宮崎 駿)


 


 


自分の選択肢を世のため人のために使う。


使命。)


 


 


 


(引用、続き)


1981年から87年にかけて


(チベットへの)観光客は


年間1500人から4万3千人に増加した。


 


そしてその旅行の後で


われわれを訪ねてくれた人びとは、


中●側の言う"自由"に


ほとんどなんの中身も


ともなっていないことを


教えてくれた。


 


チベットには依然(として)


言論の自由が許されていないのだ。


 


内密で中●の占領に異議を唱えても、


公では(誰も)口にしようとしない。


 


(👨仕方ないよね、弾圧、投獄、拷問されるから。家族親戚を人質に取り、精神的な拷問もある。)


 


情報は厳しく管理され、


宗教的行事も同じように制限されている。


💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀


チベットは、人びとを恐怖によって


服従させている警察国家だということは


いまやほとんど論証するまでもない。


(👧自由の街 香港も いまや香港警察がそうやっているよ。)


 


毛(●東)の死につづいて、


ほんとうの改革が始まったのだという


約束などなんの関係もなく、


 


人びとは恐怖のなかで暮らしている。


 


そして今人びとは、


自分たちがそのなかに埋没するのではないかと恐れる、


膨大な中●人移民の


絶え間ない流入に直面しているのだ。


(👩新疆ウイグル自治区の現状と同じではないですか‼️)


💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀💀


 


 


わたしの会ったチベット旅行者の多くは、


(チベットに)行く前は親中的(「中●に良い感情を抱いている」)だったのに、


現実を見(て)、すっかり(今までと)考えが変わってしまったと、わたしに語っている。


(👨嫌中派になった。)


 


また、もともと政治には関心があったけれど、


今はその(政治への)態度を変えざるをえないと感じている、とも言った、あるノルウェー人の言葉が今も印象に残っている。


 


彼は、宗教(👩仏教、キリスト教、イスラム教等)を破壊したことで中●人はよくやったと関心していたのだが、


二度ラサに行き、実際何が行われているかを知った。 チベット人を助けるために何か出来ないだろうか、と。


 


わたしはチベットから戻り、


同じような質問をする人に対するのと


同じ答えを彼にもした。


🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕


いちばんいい方法は、


あなたが見てきた真実を


できるだけ多くの人に告げること


🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕


です。


そうすることによってチベットの惨状が


世界中に認識されてゆくでしょう、と。


(P.377)


🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕


 


(👴👨👩👧👶


宮崎駿先生、私たち家族は、


「真実をできるだけ多くの人に告げよ❗」


と、ダライ・ラマ14世に頼まれましたね❗


アニメーションを製作してくださいますか?


私たち、時間が無いんです。


明日はわが身なんです。


先生、こわいんです。


チベットやウイグルの人々を


どうしても迂回して通れないのです。


先生、手伝ってください。


先生はいつも、やらないより


やって良かったって、


仰ってるではありませんか。


私たちだって、先生がもうお歳だってことなんか


重々分かりきっています。


みんな無視か、諦めか、終了!とか言ってます。


終了って、あなた、次は私たちかも知れないのに。


スマホで遊んでいる場合じゃない。)


 


 


(引用、続き)


チベットからの来訪者、旅行者などの話


から、1983年9月に始まった、


中●、チベットにおける新しい弾圧事件は


もはやさほど驚くほどの衝撃ではなかった。


 


ラサ、シガツェ、ギャンツェでの処刑、


チャムド、カルツェでの大量逮捕が伝えられた。


 


表向きの取締り(中●でも行われたは)、


"犯罪者、反社会的分子"を対象


としたものだった。


 


明らかにこれは反体制派の弾圧であった。


 


しかし、中●当局の態度が硬化したあらわれであったとはいえ、このニュースは


いい面もあった。


 


それは


🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕🌕


チベットに特派員を送ることを許された


外国報道陣による中●の行動に関する


初めての通信だったからである。


 


この新しい弾圧は毛時代の古い、


苛酷なやり方への逆戻りの合図として


受け取られ、難民たちは強く反発した。


 


デリーやインド各地の居住地全域で


抗議デモが行われた。


 


わたし自身は、


この残虐性が


とう小平体制への保守派の


単なる反発を表わすものなのか、


 


それともチベットがふたたび


暗黒時代に入ったのかを


即断するのは時期尚早(じきしょうそう)に思えた。


 


しかし、先遣隊を送るのはもはや不可能


なのは目に見えており、必然的に


わたし(ダライ・ラマ14世)のチベット訪問も


立ち消えとなった。


 


1984年の5月までに、


チベットに対する中●の政策に


大きな変更が行われたことが


明らかとなった。


 


チベットの中●人官吏の85%は減らす


という胡耀邦の公約に反し、


移民の大々的運動が開始されたのである。


 


"開発"の名のもとに


6万人の熟練、未熟練労働者募集の募集


の手続きが始まり、


経済的保証、


住宅援助、


移住資格保証


などが与えられた。


 


それと同時に、中●内での


旅行制限緩和によって、


大勢の人間が個々に


職を求めて続々と


チベットに入り込んできた。


 


チベット人の言葉によれば、


1人の中●人が来れば、


いち10人がつづいてくる。


 


かくて巨大な民族移動が


とどまるところを知らず


つづけられたのである。


 


その(1984年の)秋、


インディラ・ガンディー首相が暗殺され、


チベット難民は真の友人を失った。


 


ロンドンからデリーに向かう途中 


そのニュースに接し大変なショックを


受けた。


 


ちょうどその日、


J・クリシュナムルティと一緒に


彼女と昼食をともにする予定だった


からなおさらであった。


 


彼女の後は息子のラジヴ・ガンディーが


継いだ。彼は若い指導者で、


国家のために尽くそうと大きな決心をし、


チベット亡命社会にもできるだけのことを


しようと思ってくれていた。


 


(中略)


 


それから一年も経たぬ間に、


チベットは最大の支援者の一人、


ロブサン・サムテンを失った。


 


彼はそのときわずか54歳だった。


ある意味で、非常な悲しみにくれながらも


わたしにはその死がそれほど意外には


思えなかった。


 


大一次事実調査団の一員として


チベットを訪れたとき、


彼(ロブサン・サムテン)の受けた衝撃は


あまりにも深かったのだ。


 


あれほどまでにむき出しの惨苦と不幸に


さらされているチベット人を無視して


はばからなかった中が、(中●を)


彼(ロブサン・サムテン)には


どうしても理解できなかったのである。


 


(👨ロブサン・サムテンは原因不明の


流感にかかり、それが肺炎に進み、


黄疸を併発し、三週間を経ずに


亡くなってしまった。)


 


②に続く。


 


 


チベット・ウイグル弾圧関連ニュース


 


 


【自由 強権】チベット亡命政権・アリヤ日本代表に聞く 「仏教への干渉は宗教的迫害」


 


2021/04/15 18:14      産経新聞


 


 菅義偉(すが・よしひで)首相が初の直接会談に臨むバイデン米大統領の政権は、中国に対し香港や新疆(しんきょう)ウイグル自治区だけでなくチベット自治区の人権を擁護する姿勢を強く打ち出している。15日までに産経新聞の取材に応じたチベット亡命政権の代表機関、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のアリヤ代表は、自治区の厳しい情報統制をはじめとする弾圧の実態を説明し、チベットの人権問題に日米がともに取り組むよう求めた。


 


 チベット自治区では、2008年3月に中国政府の宗教弾圧に抗議する大規模な反中国デモ(チベット騒乱)が起きた後も、チベット語教育の禁止など当局の抑圧・統制が進み、抗議の焼身自殺者が絶えない。


 


 現在、チベットに関する国際報道はウイグルに比べて少ないが、アリヤ氏は「情報が出ていないからチベットは平和だと考えるのは間違いだ」と訴えた。自治区の区都ラサは、いたるところに警察署が設けられている上、住民が相互に監視し合う制度もつくられ、1960〜70年代の文化大革命を彷彿(ほうふつ)させる統制社会になっているという。


 


 中●がチベット仏教の高僧選びなど仏教の伝統に介入していることには「宗教的な迫害だ」と批判した。


 


 その上で、「世界中で大事にされている価値観、子供たちのために、国際社会が団結して中国の政権に行動を変えさせなければならない」と訴えた。訪米する首相には「チベットの人権問題についてバイデン氏と認識を共有し、日米でともに取り組んでもらいたい」と求めた。