122.息子を戦いと殉教に急き立てる母親:
信徒の母であるアーイシャさま(御満悦あれ)が、ハーリサ家の砦(とりで)に女性信徒たちと滞在していた時のことです。当時はまだ彼女らにベールが命ぜられてはいませんでした。彼女らのもとに、短い鎧(よろい)を身に着けたサアド・イブン・ムアーズ(御満悦あれ)が立ち寄りました。彼の両腕がすべてむき出しになるくらい、その鎧は短いのでした。詩を口ずさむムアーズに、彼の母親が言いました:息子や、戦いに出かけた人たちを早く追いかけなさい!おまえは相当遅刻してしまった。
アーイシャ(御満悦あれ)は次のように言いました:私はムアーズのお母さんにこう言ったのです。:ウンム・サアド(サアドのお母さんの意。敬称の一つ)、アッラーに誓って、私はサアドの鎧がもっと長ければ良いのにと思うのですが。
しかしアーイシャ(御満悦あれ)が恐れていたことが、起きました。サアドは弓に撃たれ、腕の血管が切れたことを原因に、クライザ家の戦で殉教者として亡くなりました。
123.諸天と地の兵士はアッラーに属する:
多神教徒たちは信徒らを取り囲みました。まるで大勢の部隊による砦(とりで)で彼らを追い込んだかのように。多神教徒たちは信徒らを一か月近く包囲し続け、より一層、試練に厳しさが増しました。偽信仰が露わになり、マディーナへ帰ってもよいかと、アッラーの使徒(祝福と平安あれ)に許可を求める人々が現れました。
【また、彼らの一部は預言者に(自宅に戻る)許しを願い出て、言う、「まことに、われらの家は脆弱(ぜいじゃく:無防備に剥き出しに晒された状態)です」しかしそれは脆弱(ぜいじゃく)ではない。ただ、彼らは逃亡を望んだにすぎない。】(クルアーン 部族連合章13節)
アッラーの使徒(祝福と平安あれ)と教友たちはまさにアッラーが描写し給うた恐れの中にいましたが、そこにガタファーン族のナイーム・イブン・マスウードが現れます。「アッラーの使徒さま!私はイスラームの教えに入りました。しかし私の民はまだこのことを知りません。お役に立てるはずですから、私に何でもお命じになってください。」とナイームは言いました。その言葉にアッラーの使徒(祝福と平安あれ)は、「あなただけが今、頼りになる男です。可能なら敵たちが私たちに失望するよう、仕向けてもらえませんか。戦争とはまさに欺きですから。」と言われました。
部族連合軍➡クライシュ+ユダヤ人達(クライザ家)+ガタファーン族
ナイーム(ガタファーン族⇒イスラームに入信)
ナイームはユダヤ人達(クライザ家)に赴き、クライシュと同郷でないガタファーン族に対して、彼らがとっている態度や忠誠心は間違いではないか、また、本来の近隣者であるムハージルーン(マッカからマディーナに移住した先代ムスリム)とアンサール(マディーナで移住者を援助したムスリム)に敵対することは誤りではないかと思わせる話をしました。そしてナイームはユダヤ人達(クライザ家)に、クライシュとガタファーンの貴族から担保を受け取るまでは一緒に戦ってはならない、とも助言しました。するとユダヤ人達(クライザ家)はナイームに、「我々はあなたから良い意見を頂戴した。」と言いました。
次にナイームはクライシュに赴き、自分の誠実さと助言の重要性を強調し、ユダヤ人達(クライザ家)が自分たちの行ったことを後悔し、約束の保証のために、クライシュの貴族数名を差し出すようあなた達に求めてくるだろうと伝えました。またユダヤ人達(クライザ家)がその貴族たちを、預言者(祝福と平安あれ)と教友たちに引き渡して、首を切って殺させるつもりなのだとも話しました。その後、ナイームはガタファーン族に赴いて、クライシュに伝えたと同様の話をしました。そうしたことで両者(クライシュとユダヤ人達(クライザ家))はお互いを疑い始めました。クライシュの人々の心は、ユダヤ人達(クライザ家)に対する憤りでいっぱいになり、それぞれは一緒に戦う仲間に恐れを抱くようになりました。
そしてアブー・スフヤーンとガタファーン族のリーダーたちが、ムスリムたちとの熱戦を望んだとき、ユダヤ人達(クライザ家)は気乗りせず、クライシュの貴族を担保として差し出すよう要求しました。このとき、クライシュとガタファーン族はナイームの言っていたことが真実であると知ったため、ユダヤ人達(クライザ家)の要求を退けたのですが、このこともユダヤ人達(クライザ家)にナイームが言ったことが本当であると思わせました。このように、両者ともナイームの戦略に欺かれ、団結の絆は解けることとなりました。
またアッラーが部族連合軍に冷たい強風を送り給うたことで、彼らの住まいや家財道具は吹き飛ばされてしまいました。立ち上がったアブー・スフヤーンは言いました:「クライシュの衆よ!もう留まっていられない状態になってしまった。食料も何もかも吹っ飛んでしまった。クライザ家にも裏切られてしまった。その上、この強風に見舞われる始末だ。料理は作れず、火もつけられず、テントも建たない。皆の衆、帰途に着け。わしはもう帰る。」そう言うと、アブー・スフヤーンはラクダにまたがって帰って行きました。
ガタファーン族はクライシュがしたことを耳にすると、自分らも故郷に戻って行きました。祈りに立っていたアッラーの使徒(祝福と平安あれ)のもとに、かつて部族連合軍にスパイとして送ったフザイファ・イブン・アル=ヤマーンが戻って来て、見てきたことを報告しました。朝になるとアッラーの使徒(祝福と平安あれ)は塹壕から離れ、マディーナに向けて出発しました。それに従うように信徒らは武器を置きました。アッラーは真実を仰せになっています:
【信仰した者たちよ、お前たちへのアッラーの恩恵を思い出せ。お前たちのもとに軍隊がやって来た時のこと。それでわれらは彼らに風とお前たちには見えない(天使の)軍隊を送った。そしてアッラーはおまえたちのなすことについて見通し給う御方。】(クルアーン 部族連合章9節)
【そしてアッラーは信仰を拒んだ者たち(部族連合軍)を彼らが(負けて)激怒するままに(マディーナから)退け給い、彼らは良いものを得なかった。そしてアッラーは信仰者たちを戦闘において守り給うた。そしてアッラーは力強く、威力比類なき御方であらせられた。】(クルアーン 部族連合章25節)
こうして戦いは終わりを告げました。クライシュはその後、信徒たちに戦いを挑むことはありませんでした。アッラーの使徒は言われています。:「今年以降、クライシュがあなた方を襲って来ることはなく、あなた方が彼らを襲うでしょう。」
信徒側の殉教者はおそらく7名、多神教徒側の死者は4名でした。
(参考文献:「預言者伝」、アブー・アルハサン・アリー・アルハサニー・アンナダウィー著、ダール・イブン・カスィール出版、P254~257など)