雛山家のすき焼き
雛山家に、来栖川家から新年のお祝いとして特上の牛肉と各種野菜が届けられた。
ご丁寧に『すき焼きにしてお召し上がりください』というメッセージと写真付きの
レシピも添えられていた。
が、現代日本の一般的な家庭の平均所得を大きく下回っている雛山家の悲しさ。
『すき焼き』なるものは見るのも初めてであった。
とりあえず理緒はレシピどおりに『すき焼き』を作り上げた。
未知の料理とはいえ、鍋から発せられるその匂いだけで雛山家の面々にも
『すき焼き』なる料理の美味さが想像できた。
理緒と良太、そして母親ですき焼き鍋の鎮座した食卓を囲んだ瞬間、玄関の戸を叩く音がする。
お預けを喰らった形で理緒は玄関に出たが、訪問者はなんとホームレスであった。
「いい匂いがしたので、せめて料理のダシガラでもいただけませんか?」
程度の差こそあれ、生活の厳しさを身を以って味わってきている理緒は二つ返事で引き受けた。
食卓に戻った理緒は、鍋の中の肉や野菜を根こそぎ手近の容器に入れ、玄関に佇むホームレスに渡した。
ダシ汁だけが残った鍋を前に、呆気に取られている良太と母親に向かい、理緒は満面の笑顔を浮かべて一言。
「スープのダシガラまで食べるほど家は貧乏じゃないじゃない」