【茶漬間男】
相手を呼び出してどっかで忍び会う、江戸には「出会い茶屋」なんて言葉
がありますが、今はモーテルやとか温泉マークやとか事欠きまへんわなぁ、
ぎょ~さんあるさかい。けど昔、大阪に「盆屋」といぅ、これまたえらい便
利なもんがあったんですなぁ「ぼんや」と、こぉ言ぃましてね。
これはその、たいがいこの抜け路地(ろぉじ)にあって、で、ちょっとまず
い相手が向こぉから歩いて来たなぁ、てなことになりますと、さっさと抜け
てしまやえぇ。誰もおらんと思たら、深ぁ~い暖簾が下がってますんで、スッ
とそん中へ体を滑り込ましたら、もぉ外から見えしまへん。
その時分のことやさかい、男と女、あんまり並んで歩いてない。間隔あけ
てな、スッ、スッと入りますと、入ったところにこぉ段梯子があって、履物
やなんか手に持ってトントン、トントンと上がって行くと、片側に部屋がまぁ
五つなら五つ並んでるわけで。
その襖がピシャッと閉まってるところは使用中で、開いてるところは空い
てまんねやなぁ。で、そこへ入って襖をピシャッと閉めてしまうと、突き当
たり曲がったところに人間がおりまして「三つ目が今ふさがったな」てなも
んで、盆にこぉお茶を二ぁつ乗せてソ~ッとやって来て、お盆の入る間隔だ
け襖開けて、で「お越しやす」小さい声で言ぅて、こぉお茶を差し出して締
めてしまう。
そのときに顔を上げないといぅのが心遣いですなぁ。でまぁ、あとは二人
きり。壁に「一時間なんぼ」とか書いた、料金書いた紙が貼ってあるので、
用が済んだらお盆の上にそれだけのお金を置いて帰って行く。
梯子段を体が消えたなぁてな時分に、陰から男が出て来てお金を調べる。
滅多に足らんことはなかったそぉですが、まぁ足らなんだら追いかけて行く
とこでっしゃろけど、つまり、入って用事を済まして出て行くまで、誰にも
会わんといぅ、昔にもこぉいぅ便利なものがあった。
まぁ、そぉいぅものがあった時分のお噺で。
■「♪お前を待ちまち~、蚊帳の外ぉ~、とぉとぉ蚊に食われぇ~……」
▲ちょっと、わて風呂へ行てくるわ
●おい、亭主が飯食てるのに放ったらかして、急に「お風呂行てくる」とはどや?
茶漬け食てるねや(ズズッ)もぉじき済むねやさかい(ズズッ)
わしが済ましてから行たら……
▲いや、それがな、隣りのお咲さんと約束したんや
「お風呂へあんた行て、ちょっと聞ぃてもらいたい話があんねや」いぅて、
待ったはるやろ思うさかいちょっと行ってくるわ。
●もぉじき済むさかい、済ましてから……
▲いや、待たしたらいかんよってにな、じきに帰って来るさかい
●こらッ、おいッ……、行てまいやがんねん、
なんちゅう嬶(かか)やろなぁ、亭主が飯食てる給仕ぐらいしてから行け、
ホンマにもぉ。
■おい、お前遅かったやないか、何で早よ出てけぇへんねん?
▲何を言ぅてんのんあんた、うちの人ご飯食べてんねやがな、
放ったらかして出られへんがな
■そぉかて、わいが唄うとたら、お前じきに出て来る言ぅさかい、
わしゃ大きな声で唄うとて、お前出てけぇへんさかい行たり来たり、行たり来たり。
▲それがあんたアホやがな、不細工な。
いっぺん唄うとて通ったら分かってるがな、
何べんも何べんも大声出して通るさかい、
おかしぃ思えへんかいな思て気が気やなかったがな。
あのな、風呂行く言ぅて騙して出て来たんや、
時間あれへんさかい早いこといつもの盆屋へ。
■さぁ、それいな。慌てたもんやさかい、
家、出しなに財布を忘れてきてな、
金あれへんねん、お前なんぼか持ってるか?
▲何を言ぅねやいな、わて「お風呂行く」言ぅて出てきたのに、
お金なんかあるわけがないやろ
■どこぞ、この近所でちょっと借りるところ?
▲そんなとこあるかいな、ほんとに不器用(ぶっきょ~)な人やなぁ……、
ほなもぉしゃ~ないわ、また今度にしょ~
■そんなこと言ぅな、今度やなんて、
今度はまたいつのことになるや分からへんやないかいな。
なぁ、このへんにどこぞちょっと知った家でも?
▲そんなとこへ行けるかいな、何を言ぅてんねやいな
■あの、お前とこの二階空いてへんか?
▲うちの二階? そら空いてるわいな
■そこちょっと借りよか?
▲アホかこの人「二階借りよか」て、
下でうちの人ご飯食べてるやないかいな
■かめへん、かめへん、そこわしがうまいこと言ぅさかい、
ちょっと待ってや……
■こんばんわ……、こんばんわ……
●はい、誰や? おぉ辰っつぁんか、何の用?
■時分時(じぶんどき)か?
●いや、ちょっと茶漬け食てんねや
■そぉか、お芳っさんは留守?
●「風呂行く」言ぃよってな、わしが飯食てんのに、
何や「隣りのお咲さんと約束がある」とか言ぅて、
放ったらかして行てまいやがんねや。
■そぉか、留守ならちょ~どえぇ、ちょっと頼みがあって来たんや
●何や?
■ちょっと、二階を貸してもらえんやろか?
●どないすんねん?
■これ(小指)や
●へッ?
■これ
●小指出しやがって、女ごかい? またお前……
■そんな顔しないな、今度はちょっとな、この近所のな、人の嫁はんやねん
●おい、そんなことしてたらお前、今にドエライ目に遭うで
■な、せやさかいちょっと二階……
●そんなこと、あいつが帰って来たら、
そんなことに二階貸したらボヤキよるさかい、そらちょっと……
■そんなこと言わんと、なぁ、茶漬けなんか食わんと聞ぃてぇな、
じき済ますさかい
●そぉかて風呂行とんねや、じき帰って来るがな
■わいが去(い)ぬまで帰って来ぇへん
●そんなこと分かるかいな、お前。
■そんなこと言わんと頼むわ。ちょっとな、近所の人やさかい、
ヒョッと顔知ってるや分からんなぁ。
お互いに気まずいもんができるよってに、ちょっとこの灯ぃ消さしてもらうわ……
●おい、おい、人が飯食てるのに電気消しやがって、何をすんねん。
■入れてもらい、入れてもらい、挨拶も何も要らん、
黙って二階上がり、二階上がり……、
ちょっと済まん、二階貸してな、頼むわ……
●上がってまいやがんねん、おいッ、そこな、
おかしぃとこへ棚が出てるさかい気ぃ付けや、
頭打つねや。そこ……、うまいこと上がりよったなぁあれ。
●真っ暗がりにしやがって、灯ぃ点けて行きやがったらえぇのに……、
茶漬け、アホラシなってきた、二階……、
うちのやつまた(ズズッ)風呂行きやがるさかい、あんなん入って来たんや。
ホンマにこんな(ズズッ)気になるなぁ、上は……
●おいッ、ちょっと静かにしぃや上。
そぉガタガタやりなや、ホコリが落ちるがな、
下で飯食ぅてるんやで……、
ホンマにアホラシて飯なんか食てられんでこれは、嫌んなってきた……(ズズッ)
■えらい済まなんだ、また今度な、改めてお礼に来るさかい、
ちょっと、もいっぺん灯ぃ消さしてもらうわ、女ご降りて来るよって……
●おいおいおい、おい、また真っ暗がりにしやがって
■えらい済まん、お芳っさん帰ってけぇへなんだやろ、良かったよかった……
■履きもん、間違えんよぉにしぃや、出て行き出て行き……、
近々いずれ改めて、お礼やらお詫びやら、さいならごめん。
●ホンマにもぉ、あんなやつ来て……、
また真ッ暗がりで出て行きやがんねん、立ったり座ったり立ったり座ったり、
ひとつも飯はかどらへんがな……、
もぉ。
▲ただいま
●いつまで風呂行てんねんお、前は
▲あんたこそ、またいつまでお膳の前で座ってんのん?
まだお茶漬け食べてんのか?
●「食べてんのか」てお前、茶漬けはかどらへんねがな。
お前が出て行くなり、辰っつぁん入って来たんや。
▲辰っつぁん、何の用事?
●女ご連れて来てんねやがな
▲え?
●今度はな、何やこの近所の、人の嫁はんや言ぅてたで
▲んまぁ、あの人またそんなことしてんのか
●で「ちょっと、二階貸してくれ」っちぃよんねん。
▲嫌やで、そんなことに使われたら
●さぁ、わいも断ろかと思うけど、勝手に灯ぃ消して二階へ上がって行きやがんねん、
ホンマにもぉワヤにしよんねがな。
今(いんま)帰ったとこやがな。
▲んまぁ~ッ、相変わらずやなぁあの人。この近所の、人の嫁はん?
大胆なことして……、
で、そのご亭主は何も知らんのか?
●何も知らんらしぃねん
▲ふぅ~ん、お上さんがそんなことしてんのも知らんと、
そのご亭主、今時分どないしてるやろなぁ?
●さぁ、何も知らんと今時分、茶漬けでも食てるやろかい。
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