年賀状

2016-01-03 10:07:11 | 日記
年賀状書きは、楽しみ半分、わずらわしさ半分といったところであろう。
少し心ときめかしながらあて名書きをする方もいれば、賀状だけで会わぬままもう1年が経過したのかと感慨こめて書く方もいる。新年舞い込んだ賀状の中に思いがけない人からのものがまじっておれば、それなりに考え込む。しかも、現役時代には儀礼的なものも少なくなかったし、一旦終ったつもりなのに散発的にそれこそ松の内は出し続けなければならないと、もうカンニンという気にもなる。さらに、技術の発達につれ機器に頼るようになるとともに、リタイアしてからは自分の発したいメッセージも見当たらなくなると勝手に店じまいしようかという気にもなる。体力の衰えを年々痛感し、人並みくらいには疾患も抱えるようになると「お変わりありませんか」と書かれていると、ついへそ曲がり的に「そんなわけないやろ」とつぶやきたくなる。特に12月28日夜中に吐血し、翌29日に幸い年末休診に引っかからないで開いていた病院で胃カメラを苦悶しながら呑まされ、「逆進性胃炎、お酒やめなさい」と若い上から目線の医者に言われたわが身としては、「お変わりありますよ」と言いそうになる。でも、そんなこと書けないよネ。それに今年に限って、25日には出していたモンネ! また、昨年は思いがけなく身近な先輩・同輩・後輩がなくなり、住所録から3人も削っていくのも寂しいものだ。

それで、メール用賀状の第2版を作り直した。

あけましておめでとうございます

年賀状をなるべく減らそうと考えた年もありますが
世間が狭くなると、やはり、年に一度も会わなくと
も、交信できる相手がいることに感謝する気持ちになってきています。
 お元気でしょうか?
私は、といえば、人並みの健康上の問題不安はジム通いでまぎらわしています。
ゴスペルは声が出なくなりやめましたので、代わりに歌による高齢者施設訪問グループや、
ベトナム・フィリピン中国の研修生や新渡日者への日本語ボランティア教室などに出入りするなど、地元でゴソゴソしています。
 しかし気分は暗鬱です。戦後70年とは「古希になった僕のこと」と思っていた昨年、こんなにも時代は変わってきたのかという思いを痛切に感じさせられました。言いたいことがあればブログ(「レダック ピースボートに乗る」これで検索してください)で!と、居直っています。

(当面、このブログには上記の活動について掲載するつもりでいます)


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1 コメント

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Unknown (ゆゆ)
2016-01-05 23:15:07
お年賀も頂き有難うございます。
歳のと言うのは自分に課される課題かと
定年を迎え、なお3人目の子どもを大学無事卒業させるべく嫌々ながらも退職後も委託で勤務する夫を観ていて思うこの頃です
3人目を身ごもった時自分には子育てできないと夫に言いました
その時の言葉が「せっかく戴いた命なのだから(中略)自分が頑張るから育てよう」
なので(笑)メヌエルだのなんだのと言う夫の尻を叩き(爆)
。。。しかし健康な身体あってのなんとかです
毎日ハラハラ(笑)
ボケも心配ですが無理をして修復不可にしては元の子もないので???
はぁ~~難しいところです(あはっ)
何しろ8歳大方9歳違うもので・・
老後は楽しく暮らしてもらいたいと思います

身内でなくとも、世の中一般にです
そんな過ごしやすい老後・・・今の政治家に望むのは無理なのでしょうか
何のための国家議員でしょうね
誰のための政治なのでしょうね
・・・・すみません、愚痴です
ここでのコメではありませんね

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