今日は休みとは言っても、雑用に追われるのはいつもと変わらないだろう。朝食後に妻から買い物と図書館に行ってきてと頼まれる。銀行には行かなきゃならないし、夕方はクリーニングに出したワイシャツを取りに行かなくていけない。
ゲゲゲの女房を見た後、新聞を広げロト6の抽選結果を確認する。広告の裏にメモしてコーヒーを持ち、パソコンの前に座る。
「また、キャリーオーバーか・・・。来週こそは」と気合を入れるが、私が選んだ数字は2個しか的中してない。まさかと思う数字が絡んでくるこの難しさ。考えを巡らせる程に迷宮にはまり込む。「これだ!」と思った数字は、全然およびじゃなかった。「数字に対する思い込み」が強いんだろうか・・・。この数字にきて欲しいと言う願いが思考を遮っているのだろうか。まったく当てが外れているのなら諦めもつくけれど、中途半端が一番悔しい。結果論だが、クイックピックでも買ってみれば良かったなんて思ってもみるが、予算の関係もあり大胆な勝負が出来ない。
毎月、いや、毎日が勝負なのだが、気持ちだけが先行して結果が付いて来ない。勝負は時の運とは言うけれど、今月はむやみやたらじゃないほうが得策のように思えてきた。来週の木曜の作戦を立てる。まずは投資金額だが、2千円10口。あくまでも少ない投資で大きな回収を目指す。「肩肘張らずに、当たる時は当たる」とお気軽モードで行った方が良いのかも・・・。
「時間を掛けた分だけ迷宮にはまり、数字が見えなくなってしまう」と言う懸念が頭に残る。「予想は短時間で大胆に」なんてセリフは格好が良いけれど、当たってなんぼのロト6。
「43個すべての数字が当選しそうだ」と言う迷いを消すことから始めなくてはならない。
「具体的な対策は?・・・・」と言うと、数字の思い込みが強くて見えなくなっているから、クイックピックを5口買って参考にするのはどうだろうか。
「残りの5口は思い込みの数字と、クイックピックの気になる数字を組み合わせる」と言うのがベストだと思うが。
「いや、それも良いけれど・・・・。ここは思い切って子供の勘に頼ってみたらどうだだろうか」
「子供の勘?・・・」
「昨夜のテレビでもやっていたではないか。子供がラクロスの決勝スコアを予想して、その通りになったと言うあれだよ」
「アンビリバボーか・・・。うちの子ねぇ~・・・」
「子供よりも女の勘の方が鋭いかもよ」
「そうだな~。国民年金の催促の電話も昨日掛かってきたし、この際構っていられない」
まぁ~、考えると幾つもの内なる声が聞こえてくる。まるで民主党の公開討論会のようだが、具体的なところは不透明だ。なんせ気が遠くなるような当選確率の数字なのだ。理論、データーもそうだが、「運」以外の何者でもないような気がしてくる。
「でも、当てる人はいるんだよね~」とポツリと一言。
私にとって、その当選者になる為の道は遥か遠い道のりだ。
「アンビリバボーを信じるしかないけれど、ひ孫の代までかかるな~。きっと・・・」
そんな弱気でどうすんの?!
今朝も6時30分起床、鈴虫の音色が心地よい・・・・。