リーメンシュナイダーを歩く 

ドイツ後期ゴシックの彫刻家リーメンシュナイダーたちの作品を訪ねて歩いた記録をドイツの友人との交流を交えて書いていく。

306. 17回目のドイツ旅行(34) 一気にウィーンへの列車旅

2023年02月17日 | 旅行

▶今日はオーストリアのウィーンまで移動しました。



夕暮れ近いウィーン中央駅 モダンになりました。

 

▶今日はウィーンまで5時間半の旅です。

 オーストリアまで旅程に入れたのにはいくつかの理由がありました。コロナ禍で旅ができなかった間に多くのカタログを手にし、ここに行きたい、あそこに行きたいとチェックし、見たい作品が多く集まりました。ドイツからウィーン方面には時間がかかるので、行くならまとめて見たいと考え、今回の旅でできるだけその思いを詰め込んだのです。その内容をこれから順にご紹介していこうと思います。


◆2022年10月5日(水曜日)10323歩
 今日の列車旅は長いので、アウクスブルク中央駅からミュンヘン中央駅まで出て一度乗り換えをしなければなりません。その乗り換えの際に時間が迫っていると心臓に悪いのでゆとりを持って早めに出発しました。
 アウクスブルク8時7分発のミュンヘン中央駅行きに乗り順調に到着しました。ところがここでブダペスト行きに乗り換えるホームは大混乱だったのです。多くの難民のグループが座ったり、子どもたちが走り回ったりしていて落ち着きません。彼らにしてみれば新しい地への移動で興奮したりホッとしたり、あるいは心配でたまらなかったりするのでしょう。でも列車が到着すると案の定真っ先に乗り込んで座席を確保し、大混乱となりました。それでも指定席だということはわかるようで次第に落ちつき、私たちも予約席に座ることができてホッとしました。隣の席の男性は一度食事に立ったときに幼子を連れた母親に座っていて良いと促したようで、二人の席に4~5人の子どもたちと赤ちゃんが入り、一番上のお姉ちゃんはお母さんが席を立つと、かいがいしく兄弟の世話をしていました。そして疲れているのでしょう、赤ちゃんと一緒に眠り込んでしまいました。男性が戻ってきても席を空ける気配はなく、それでも彼はずっと三津夫の前に立って子どもたちを見守っているのです。座っている自分たちが何だか申し訳なくなって顔が上げられなくなりました。あちらこちらで咳が聞こえ、約4時間緊張が続いて予定通りに13時30分ウィーン中央駅に着いた時にはすっかり疲れていました。
 ウィーンでは1人も下りなかった彼らを受け入れてくれるのはブダペストの人々なのか、更にどこかへ移動していくのか…。日本では難民の姿を見かけることがなく、世界の現状を突きつけられた複雑な思いでした。


▶ウィーン中央駅はモダンに生まれ変わっていました。

 前回2014年にウィーンに来たときはまだ完成していなかった中央駅が大変モダンな姿に生まれ変わっていました。スーパーもフードコートも充実しているようです。
 今回のアパートは駅に近い便利なところですが、午後3時からでないとチェックインができません。まずは駅で何かお腹に入れようと、タイ料理店があったのでチャーハンを頼んでみました。これが美味しかったので、今度はここのラーメンを食べてみようと話したり、飲み物も不足していたのでアイスティーを買って喉を潤したりするうちに2時を過ぎたので、三津夫が「トランクをコインロッカーに入れるより先にチェックインした方が良いんじゃないかな」と言います。

 ホテルの写真を見るとオレンジ色の壁だったので、地図を頼りに少し探したらすぐ見つかりました。でもまだ少々早すぎます。三津夫にトランクを預け、ユーロも心細くなっているし、チェコに行くための両替もしなければならないので、今のうちにしておこうと、目の前の大きな銀行に行ってみました。日本では顧客でなくても両替できる場所があるので気軽に考えていたのですが、ここでは顧客でないと両替できないと断られてしまいました。社会をよく知らない未熟者です。「誰でも両替してもらえるところはないのでしょうか」と聞くと、「一カ所あります」と、その両替所の名前を教えてくれたのでホッとしました。

 これでホテルに戻ると、他にもチェックインに入る人がいたので私たちも中に入りました。予めオンラインチェックインをしていたので簡単に入れると思ったら登録できていないとのこと。どこかまずかったようです。そこでもう一度慌てて入力すると Vorname (名前)と Nachname (苗字)を間違えてしまってまたやり直し、もう! 汗をかきながらなんとかチェックインして部屋に入ったらなんと狭いこと。駅近くで地の利が良いせいかビジネスアパートメントと名乗っているとおりキッチンもついているのですが、トランク2つ広げるのには玄関のドアの前ギリギリまで使わないとなりません。まぁ、それでも明るく、機能的でキッチンにはライトもあるし、食器も揃っているし、冷蔵庫もあるので「これならお料理できるから帰りに食材を買ってこようね」と機嫌よく話しながら出かける支度をしました。ところが部屋のライトが2箇所付かないことや、カーテンがカンから数個外れていて高いので手が届かず直せないなど、3箇所の不具合を発見。受付嬢は入力を手伝ってくれたときは親切だったのですが、クレームを伝えに行くと厳しい顔で「部屋で待っていてください、すぐ行かせます」と冷たい返事。でも町に出たいから留守でもいいので直しておいてくださいと言い置いて出かけました。

 今日の目的地はウィーンにいる間にしたいことの一つ目
  1)ベルヴェデーレ宮殿でミヒャエル・パッハーの祭壇画を見ること
でした。ベルヴェデーレ宮殿はアパートから歩いて1kmほどのところにあります。身軽になったし、とても暖かいので気持ちよく歩きました。


ウィーンに着いて一番先に訪ねたベルヴェデーレ宮殿(美術館・博物館㉒)


ベルヴェデーレ宮殿上宮入口 この辺りで私が写した三津夫が上の写真です。

 

▶今日は片方だけにしておいたらいかが?

 ベルヴェデーレ宮殿(美術館・博物館㉒)のこの入口から入って右手にチケット売り場があるのですが、「上宮と下宮のどちらにしますか?」と聞かれてどうしようかと私たちが話し合っていると、「今からでは両方見るのは無理ですよ。片方だけにしておいたらいかがですか」とのこと。確かにそうだねと、上宮だけ回ることにしました。これでもシニア2人で31ユーロとなかなかの値段です。でも見たかったパッハーの祭壇画が8枚しっかり展示されていて大満足でした。


満足したあとで記念撮影 背景をもう少し考えるべきでしたね。


▶今日のキッチン

 帰りがけに中央駅裏手のスーパーで買い物をしてきました。一見使いやすいと思われたキッチンですが、なかなかの曲者でした。水栓が固いため、ちょっと力を入れないと開かないのですが、開けたら水の勢いが強くて外まで飛び出してくるのです。この水栓のコントロールに慣れるまで少々時間がかかりました。また収納戸棚が多いのは良いのですが、スマートさを狙ったものかハンディのある人のためなのか、取っ手がなく押して開けるタイプ。結構使いにくいし、こちらは5日間泊まって最後まで慣れませんでした。明日の朝の調理はどうなることやら。
 そうそう、部屋に戻ってきたら2箇所のライトもつくようになっていたし、カーテンも直っていました。この辺の対応は評価したいと思います。

 2019年に来日した美術史美術館の修復士バルバラ・ゴールドマンさんと「ウィーンで会えたら会いましょう」とメールをし合っていたのですが、ドイツに着いてからのメールにはまだ彼女からの返事が届きません。もしかしたら出張が入るかもしれないと聞いていたのですが、5日間のうちどこかで会えないかと思っているのです。金曜日・土曜日の2日間は教会に見学の申し込みをしてあるので日程変更はできないのですが、あと2日間は彼女の都合のよい日に時間を取ろうと思っているのでした。
 取りあえず明日は近場のウィーナー・ノイシュタットでゲルハールト作の墓碑を見てこようと決めて床に就きました。

※このブログに掲載したすべての写真のコピーをお断りします。© 2015-2023  Midori FUKUDA

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