今朝方,我が家から約二十キロ先を震源地とする震度4の地震にたたき起こされた。どうにも寝付かれなくて,本棚の奥にしまい込んでいた『ホタル帰る』を久しぶりに読み返した。
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一九四五年六月,出撃の前夜,特攻隊員の宮川軍曹は「小母ちゃん,死んだらまた小母ちゃんのところへ,ホタルになって帰ってくる」と鳥浜トメさんに言い残して鹿児島県知覧基地から出撃していった。ところがその夜,トメさんの家に,本当に一匹のホタルが入ってきたという。本の題名『ホタル帰る』は,このエピソードからとられた。
『ホタル帰る』162~163ページ 赤羽礼子 石井宏著
「小母ちゃん,おれ,心残りのことはなんにもないけど,死んだらまた小母ちゃんのところへ帰ってきたい。なあ滝本」
「うん」と滝本の声がした。
「小母ちゃん,おれたち帰ってきてもいいかい」
「いいわよ,どうぞ帰ってらっしゃい。喜んで待ってるわよ」
そのときホタルが一つ,すーっと川を離れて,五人のいる藤棚に来てとまった。
「そうだ,このホタルだ」宮川が感に堪えぬように言った。「おれ,このホタルになって帰ってくるよ」
「ああ,帰っていらっしゃい」とトメは言った。そうよ宮川さん,ホタルのように光り輝いて帰ってくるのよ,と内心で言った。
「おれたち二人だよ。おれと滝本でさ,二匹のホタルになって小母ちゃんのところへ帰ってくるからね。そうだ。二匹のホタルが富屋の中へ入ってきたら,それはおれたちだから,追っ払ったりしちゃだめだよ,小母ちゃん」
「だれが追っ払ったりするものかね。どうぞ帰ってきてください。待ってるからね」
富川は懐中電灯でちらと自分の腕時計を照らして言った。
「九時だ。じゃ明日の晩のいま頃に帰ってくることにするよ。おれたちが入れるように,店の正面の引き戸を少し開けておいてくれよ」
「わかった。そうしておくよ」とトメが答えた。
「おれが帰ってきたら,みんなで《同期の桜》を歌ってくれよ」
「わかった。歌うからね」
「それじゃ,小母ちゃん,お元気で」
「…………」
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軍の指定食堂を経営する鳥浜トメさんは長女の美阿子さん,次女の礼子さんとともに,出撃する特攻隊員を暖かく迎え,送りだした。隊員たちもトメさんを実の母親のように慕った。『ホタル帰る』は,息づまるような状況のなかで日本人がどのように行動したかの貴重な証言である。
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そうだ,新コロナウィルス禍騒動がおさまったら,久しぶりに鹿児島にでかけて,ホタル見物としゃれこもう。その時は,まず知覧に行って手をあわせてから,ホタルの里を訪ねようと心に決めました。ちなみに指宿でホタルが見られる場所は,新西方吉太川の「ほたるの里」,揖宿神社、新永吉の棚田、開聞の玉井、上仙田農村公園があります。