田舎の老後生活

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残る人生は「漂泊」でいくかなあー?

2024-02-13 14:10:52 | 日記

  残る人生は「漂泊」でいくかなあー?

2024年01月09日 (火)にNHK「視点論点」で放送された、探検家で作家の角幡唯介(かくはたゆうすけ)「『漂泊』のすすめ」がおもしろかったですよ。

犬ぞりで北極圏を横断した冒険家ですが、それは植村直己さんや最上町の大場満郎さんもいましたが、彼もその冒険を果たしたとき、とても達成感にしびれたことだと思います。
毎日、GPSでゴールまでの残った距離を確認し、残された時間で翌日のノルマを割り出して進んでいく。それは自己実現の連続で充実していたと思いますが、達成してみると、単に、北極の表面を上滑りしただけのことではないかと感じるようになったといいます。途中で、興味深いものに遭遇しても、それを捨てて進まねばならなかったからです。

その反省から、今度は日高山脈を地図なしで、自分で地図を作りながら探索してみたということでした。
振り返って、北極圏を横断したときの犬ぞりは買ったものではなく、作ってもらったわけでもない。自分で学びながら作っていった。
これらの行為は、効率がとても悪い。けれども、安全性からすると、とても大切なことだったと気づきます。

イヌイットの人たちは尋ねると常に「ナルホイヤ(わからない何とも言えんね)」という言葉が返ってくるそうです。これは狩りの思考だそうです。思い込みで狩りをすると上手くいかない。その時の判断で進むしかないようなのです。

いろいろなものを切り捨てながら、計画通りに進むよりも、その時々に応じて遠回りも覚悟しながらコツコツと進むことの豊かさが、この話にはあったかと思います。
彼はこの生き方を「漂泊」と名付けたようです。

「漂泊」というと、思い当たる人も少なくないと思いますが江戸時代の俳人松尾芭蕉が日本では代表的な人物だと思います。(江戸時代は観光旅行で盛り上がり、案内書も多く発行されたといいます。
彼は「漂泊」は「放浪」と違うと行っていました。「放浪」といえば種田山頭火ですが、芭蕉の場合は、やはり、植村さんたちのようにじつに計画的、ムダをはぶき、念入りな事前調査をしていての漂泊、旅だったのです。

ですが、その定義は芭蕉独特で、漂泊の「漂」は「漂う」ですから、角幡さんのいう「漂泊」のほうが妥当な言葉遣いになると思います。

思えば、私は退職してからは、まさに行き当たりばったりの漂泊で今日まで来てしまったようです。毎日を気まぐれで過ごしてしまったようです。

役所広司主演の映画「Shall we ダンス?」では、通勤電車から毎日見ている建物の一つにダンス教室があり、あるとき、思い切って入門してしまう、そんな物語ではなかったかと思います。これも冒険家角幡さんのいう「漂泊」ではないでしょうか。

本来のミッションを果たしていくということも続けながら、足下の浮遊状況にも対応していくこと、それらを重層的に対応していくことが、結局は遠回りになったり、無駄になったりして目標には到達できなかったとしても、わたしたちは幸福感が得られるのではないでしょうか。

これまで、自分の決めた目標に最短でゴールすることが幸福だと思われ「仕事人間」になっていった人が多かったのではないかと思われますが、あちこち寄り道したり、探索したりすることが、むしろ、これまでと違う異次元の成果、達成感を得ることになるのではと思うのです。

東大進学で有名な灘中高で国語を教えていた橋本武先生は小説「銀の匙」(中勘助)一作で東大合格者を出していたといいます。
もちろん灘校の生徒たちは、授業がそれならと、受験対策は他にやっていたことでしょうが、一本の読解技術だけで数をこなすよりも、3年間も6年間もさっぱり前に進まない授業だったかもしれませんが、その替わり多重な切り込み方をして見せたことが、本当の理解する力を養ったのだと思います。

残された人生をどう過ごすか、受験じゃないんですから、だいたいの道を定めながらも、ギチギチにならず行き当たりばったり、一期一会でいかがでしょうか。

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