ウクライナの歌姫 ナターシャ・グジーさんのコンサートへ行ってきました。
東日本大震災復興支援のチャリティーコンサートとして行われました。
ナターシャさんは6歳のとき、チェルノブイリ原発爆発事故により、原発からわずか3.5kmの場所で被爆しました。父親がチェルノブイリ原発で働いていたのだそうです。
爆発は夜中に起きたため、ほとんどの住民が事故が起きたことに気づかず、人々は翌日も普通に生活し、小さな子供達は目に見えない放射性物質の中、外で遊んでいました。
事故を知らされたのは2日後。「たいした事故ではないので、何も持たずに3日間だけ避難してください。そのあとすぐにもどれます」言われるまま避難し、それから25年たった今でも帰ることはできていません。
その後、ナターシャさんはウクライナの民族楽器バンドウーラに魅せられ本格的に学び、歌をうたうようになります。そして、11年前から日本での音楽活動を続けています。
3.11以降、被災地での音楽活動も積極的に行っています。
とっても美しく透明な歌声です。
バンドウーラは、ギターのようなたてごとのような、弦が65本もある不思議な楽器です。
コンサートの最後は会場のみんなで「ふるさと」を合唱しました。
詳しい説明もなく何一つ持ち出すこともできず、とびだしたまま、二度ともどることができなくなってしまったふるさと・・・
福島第一原発事故でも同じ事が起きてしまいました。
チェルノブイリ原発事故後、ナターシャさんのまわりでは、たくさんの人が亡くなり、子供の頃の友達にも亡くなった方があり、また、結婚し生まれてきた子供に異常が見られる人もいるといいます。25年たった今でもその影響は消えていないのです。
福島では爆発により、大気中に、土に、海に大量の放射性物質をまきちらした上、さらに今でも放射性物質を垂れ流し続けているという点では、チェルノブイリよりひどいと言えます。
ナターシャさんは、
「人は忘れることで、同じ過ちを繰り返してしまう。 どうか、忘れないでください。同じ過ちを繰り返さないでください」と訴えます。
コンサートの最中、無邪気に笑い歩き回る1歳の三男坊を見ていたら、この子供達の笑顔を絶対に守らなければいけない・・・ そう思えてなりませんでした。