作家の半藤一利さんといえば「歴史探偵」です。昭和史を中心に多くの著作、エッセイを残され、私もずいぶん愛読してきました。一方で、軽妙なコラム、エッセイも読み応えがあります。今回は、氏の「歴史探偵 昭和の教え」(文春新書)から、言葉にまつわるエッセイをピックアップしました。「言葉探偵」ぶりを楽しんでいただこうという趣向です(各コラムのタイトルは独自につけました)。最後までお付き合いください。
★漱石流の罵(ののし)り言葉★
「吾輩は猫である」の中で、主人公が奥さんに「お前はオタンチン、パレオロガスだよ」と罵る場面があります(私も覚えています)。鏡子夫人の回想録にも「どうせおまえは「とんま」だよといった意味だろうとは察しましたが、はっきりしたわけがわからない」とあるそうなので、漱石が日常的にご愛用の罵り言葉だったようです。
「オタンチン」というのは、「間抜け」とか「とんま」を意味する子供言葉でしょう。問題は、「パレオロガス」です。
半藤によれば、これは、皇帝の名前のもじりだといいます。1452年に滅亡したビザンチン帝国の最後の皇帝の名、コンスタンチン・パレオロガス(コンスタンチノス11世)に由来するというのが氏の推測です。あまり有名でもない皇帝ですが、その名を罵り言葉に使うユーモアと、学識に改めて感心します。こちらの方。
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ちなみに、「坊っちゃん」の中でも、「愚物で痴(し)れ者の、抜け作の頓痴気(とんちき)の、盆暗(ぼんくら)野郎の、唐変木の木偶(でく)の坊の朴念仁(ぼくねんじん)の表六玉(ひょうろくだま)のべら棒め」なんて罵り言葉を使っています。根っからの江戸っ子たる「坊っちゃん」の面目躍如です。
★言葉をつくる★
作家には、通り一遍の言葉を使うだけでなく、「作る」才能も必要なようです。
再び漱石の出番です。「吾輩は猫である」に、「まず今日のところでは人為的逆上は不可能である」との表現が出てきます。この作品が書かれたのは、明治38年。そして、「不可能」という言葉は、明治42年の「新訳和英辞典」が初出だといいます。なので、これは、漱石の造語だと半藤は推測しています。
新陳代謝(野分)、生活難(三四郎)、正当防禦(草枕)、自由行動(三四郎)、世界観(虞美人草)、電力(吾輩は猫である)なども漱石の造語とのことで、時代に新風を吹き込んだ漱石らしいです。
森鴎外は、「交響楽、短編小説、長編小説、詩情、空想、民謡、女優、男優」を、北村透谷は「情熱」を、坪内逍遥は「義務」を、佐藤春夫は「猟奇」を、などの例も紹介されています。
作品、作風となんとなく関係がありそうで、ちょっと笑えました。
★ジョークで知る世界の国民性★
沈みゆくタイタニック号のデッキから、救命ボートに飛び降りさせるための国別マニュアルがある、というジョークが紹介されています。
アメリカ人向けには、「いま飛び込めば、あなたは英雄になれますぞ」
イタリア人には、「救命ボートには美しい女性が沢山乗っておりますぞ」
ドイツ人には、「海に飛び込めという法案が、いまお国で可決されました」
さて、日本人に対してはどうでしょうか?
「みんなどんどん飛び込んでおられますぞ」というのが正解(?)です。
ちょっと不謹慎な状況でのジョークですが、なるほどと感じました。
さて、日本のある大学教授が考案したという国別人物鑑定法も紹介されています。1つ質問をするだけで、その人物の何たるかが分かるというのです。
ドイツ人の場合は、What does he know?(彼は何を知っている男か)
フランス人だと、What examination did he pass?(彼はどんな試験に合格したか)
フランス人の場合は、いかに難度の高い試験に合格しているかがステータスなんですね。
アメリカ人だと、What can he do?(彼は何ができる男か)
能力主義のアメリカらしいですね。
イギリスの場合は、What is he like?(彼はどのような男か)
まんまなんですけど、イギリス人て、とにかく多種多様で、決めつけが難しい人の集まりみたいです。
最後は、日本人です。どんな質問するのが的確でしょうか?
答えは、What school did he graduate?(ヤツはどこの学校を出たか)です。学歴社会ですからね。辛辣なジョークに思わず苦笑いが出ました。
いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。