アカペラな日々 - "Sakata Coro a Cappella" Since April 9, 2009

合唱団"Sakata Coro a Cappella"で指揮の傍ら作曲・編曲,たまに歌に励むOyaji。の活動&日常

東日本大震災3年に思う [1] 震災の記憶風化など,あれこれ

2014年03月14日 | 蓄積された過去群
結論からすると「雑記」になりますので,よろしく願います。

私の合唱団"Sakata Coro a Cappella"では,別に書くが「大震災関連チャリティ」ということで,10月に初コンサートを行おうと準備などしている。
そんな中,3/10には首都が焼け野原になった東京大空襲から69年,3/11には,あの忌まわしい東日本大震災から3年が経とうとしていた。
そして「チャリティ」にふさわしい中身やらを突き詰めていくうち,被災した方々の「震災のことが忘れられている」「あの経験が風化している」との話を沢山聞くこととなる。

NHKは「ならでこそ」の常々からの大震災関連枠を増やしているが,民放各局は「今だ」とばかりに大震災関連枠を設け,直前の土日から3/11迄はドキュメンタリー番組等の「オンパレード」状態だった。
私は同じ東北人だから,毎週,当然のように震災関連番組を視聴しているし,時々心が折れていまいチャンネルを変えたりもする。
それでもやはり,被災地のことを話題にしていて,被災地の少年に届け物をしたりはしているのだが,そんな私ですら「自分の中の風化」を感じることがある。

NHKの番組を「当然,全国枠だろう」と何気なく視聴していると,最後に「東北枠だった」と感じるケースが多い。
だとすると,他地方,特に直接的影響の少なかった西の方の方々(東だってそうなのかも,だが)は大震災がまだ,復興途中どころか端緒についたばかりだ,という感覚がないのではないか。
もちろん,阪神大震災の件もあって,自分のこととして捉えられ,東北への支援をくださる方々も多いと聞く。

けれど,代表的な例としては「福島産」というレッテルを見た瞬間に「怖い」=「買わない」という人々が多いのではないか。
私は,たとえば先に書いた「少年への届け物」の時に,彼へは宮城の物を贈り,自宅では福島の物を届けさせたりしている。業者選定も,福島の会社にするとかして。

なるべく被災地関連の輪を広げようとして話をすると,身内からも「あんた,お金あるんだね」などと下らぬ話をされたり,辟易することもあるが「バカに薬つけても死ぬまで治らぬ」と言い聞かせ(正確には「死んでも治らぬ」か?)後は黙っている。

ところで今,最も問題な福島のことだが,本来を言えば首都圏の電力を賄うために福島県や新潟県を利用し,都会人ぶって文化や流行やらに悦楽していたが,原子力発電所が事故を起こすと「手のひら返し」とは言語道断,本末転倒?当事者をさておいて,自分らが被災者であるかのように振る舞っているのを見て,自分はかなり腹が立つのである。
人間として「お世話になった」「お互い様」というような,当たり前のセンスを日本人は失ってしまったのだ,などと思う(日本人で無い方には御免)

偶然の方を含め,この日記を読まれた方は,少なからず「自分に何ができるかを考える」「微々たることでも行動し支援する」という方向へ,ベクトルを向けて欲しいと切に願う。
(その2,に続く)

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