アカペラな日々 - "Sakata Coro a Cappella" Since April 9, 2009

合唱団"Sakata Coro a Cappella"で指揮の傍ら作曲・編曲,たまに歌に励むOyaji。の活動&日常

子にも孫にも「女子」のいない私が、合唱練習会場で「お雛さま」を鑑賞

2014年03月05日 | 音楽系(合唱,作曲・編曲など)
この日(どの日?)音楽ネタかは微妙だが...参加率6割だけど,まあハモった!と喜んだ帰りがけ,ホール(集会室)と事務室の間の廊下を通る..だいぶ華やいだ色合いが目に入る。
と思ったら,ココは会場のコミセンに小学校,保育園が併設のコンパクトな場所のため,保育園の(年長にあたる5歳児?)の子らが作ったという,お雛さまの内裏さま達の段飾りなのだった。

男の私も「可愛い!」と思ったので皆さんに教えたら「キャーッ,かわいいー!」さすが女性のトーンは違う(笑)

もちろん「桃の節句」ということはあるけれど,卒園記念みたいな意味合いもあるのかな?

せっかくの晴天で、今年初チャリ

2014年03月05日 | ウォーキング&サイクリング系
画像のupが2/28で,チャリった日付は忘れたが..(笑)
日も高く,長くなり,風の寒さはあるが,やっと晴れ間が続いたので,その気になって「町内に毛の生えた」レベルだが,チョイ乗りしてきた。
気持ち良かった(小学生の日記か?)

3ヶ月は放っておいたので,空気圧は心配だったが,ルイガノのシクロクロス君は,やはり良い友達。
また乗ります。

久々の年末「ベートーヴェンの第九」を聴く..ヘルムート・リリング指揮だから

2014年03月05日 | 音楽系(合唱,作曲・編曲など)

以下は,実際には,2011年(平成23年)1月6日に書きかけた日記です。
----------------------------
一般的「クラシック・ファン」ならば,年末はベートーヴェンの「第九」,年が明けると「ニュー・イヤー・コンサート」でまったり,という人も多いだろう。
しかし,合唱人(正確には合唱バカ)であるけれど一般的クラシック・ファンでないかも知れない私は,普段,あまり年末の「第九」を聴かない。第九の歌詞の原典がシラーのものだということは有名だが,彼は後半生でゲーテなどとともにドイツ古典主義を提唱(舞台ドイツ語なども実践),精神性においても大きく影響,ベートーヴェンらもこれに大いに賛同していたと思われる。
さて,私があまり聴かない理由は,例年の「N響-国立音大」のメンバーが(団体として)固定しすぎ,そこに年替りで"器楽の指揮者"ばかりを持ってこられても,シラーが発し,ベートーヴェンが心酔し大成した真の意味のクライマックスでの「freude」(フロイデ=喜び)という心の叫びが,私には届かないからなのだ。
ところが今回は初手から違っていた。
「指揮者に,合唱音楽の巨匠,ヘルムート・リリング氏を迎え...」なに?やるなぁNHK!聴きます聴きます(笑)
で,放送時間帯にアホ嫁のせいで色々あり,ケンカ~大立ち回りしてたなんて話は全部省略して,VTR(HD)で鑑賞したことを書きますね。
----------------------------
以上で書きかけは止まっていて「草稿」として保存されていました。たぶん嫁との悶着が続いたり心身不調だったりで投げっぱなしだったようだ。最終行後は,すっかり忘れてしまっているので,またまた現在の気持ちで素直に続けます。
----------------------------
リリング氏は,若くして地元のシュトゥットガルトでプロ音楽集団を立ち上げ,後に「バッハ・アカデミー」を作る。結果してバッハ作曲全曲の収録,という偉業を成すのだが,並行して東京,さらには仙台でもバッハ・アカデミーを作られた。
私は,偏狭の,合唱不毛の地にいたが,たまたま仙台に転勤し,グリーン・ウッド・ハーモニー常任指揮者でバッハ・アカデミーを運営しておられた今井邦男先生にお世話になった。
おかげを以って,リリング氏の「マタイ受難曲」も通しで聞くことが出来た
(第九の冒頭,リリング氏の紹介で,平成の初め頃に仙台バッハ・アカデミーを指揮するために緑色の新幹線で到着された場面,にこやかに迎え握手した方が今井先生であった)

映像に流れていたのだが,氏は若い指揮者への指導の中で「オーケストラばかり見ているのではなく,合唱の方を見て指揮しなさい」と教えておられた。
この件は,まさに「我が意を得たり」で,一般にオケ系の指揮者は「最高到達点はオケにあり」という意識が強すぎ「合唱は添え物」という傾向がある。
まさに第九の到達点は「freude」を歌わせる第4楽章,つまり合唱の詩と歌を織り成すものであって,オケこそが添え物である。
つまり,曲によって使い分けが必要だ,ということだ(ごく普通の話だが)

私の地元では,合唱指揮者でオケを振る人はいなくなった。私はヤル気だが(笑)
逆論としては,オケ伴の時は「伴奏側」のオケの人間だけが指揮をしている。
結果「合唱が遅れる」と言うのだが,タイミング論として相対的に正しく聴こえるものの,実際には,オケ側が「ブレスしていないから速いだけ」というケースが多い。
つまりオケ至上なだけで,歌を知らないor歌えない,ということなのかも知れない。


今冬の役目を終えた勇士たち、そして、、

2014年03月05日 | 日常生活
2/28現在で「もう除雪器具の出番は終了」と勝手に思っているが,タイトル写真は,ほぼ毎日こき使われてきた「メイン・プレイヤー」な皆さん。痛みは激しい(笑)
次は,控え選手たち...こちらも結構,痛んでいる。

そして唐突だが,ご褒美に仙台市「勝山酒造」の「たまご酒」

何がどう「たまご酒」なのか(当然な問い)

実は,我が家は5台分(上手なら6台分)の駐車場があるのだが,私の軽の向かいが仙台,右隣りが福島の方々。
どちらも雪になれない土地から(たぶん)被災して来られた女性たちなので,可能な限り除雪してきた。

で,仙台さん(とても気品ある方)から,バレンタインの次の週に,チョコといただいたのがこの酒。
甘くてコクのある,おいしい酒だった。

にしても勝山..酒も知ってるけれど,子供らが小さい頃に仙台にいて,ボウリングとか行ったものだった。
話がズレて,すみません。

でも,明日からまた,天気予報は雪マークなのだった。

やっと今週になり道路側の雪は消滅(笑)

2014年03月05日 | 日常生活
「今週」がどの週か既に忘れたが...(草稿は2/28)玄関より外の積雪は完全にゼロだ。
内側の「チョロチョロ」な雪は,暖かい日に雪のない所に散らして融雪しようとしているもの(先人からの知恵?)
データ放送の「積雪量」も、県内計測地点では唯一「0cm」となった。
庭も,こんな感じ。
書いている今は,全くない..
が,書いている明日,明後日は「久しぶりに北日本は雪」と「予想」している。

嫁達のため、譜面台(楽譜スタンド)を買う

2014年03月05日 | 音楽系(合唱,作曲・編曲など)
amazonで「専用ケース付き ブラック 1300円」てのを買った(既にない?)
規格と安さ,更には女性用に「軽さ」を考えて買った。

で,上の方は違和感なかったのだけど,下の方..
一般に脚部は,伸ばすと下がって水平になるが,この人?は真逆「ツン立ち」になるという,何となく不安定っぽい感じ。

ただし,結果論で言うと「着座して歌う時に姿勢が悪い」人らのために買ったので,あまり問題はないかと思う。
このまま「コスパ」を果たしてほしい(笑)


2/22 地元デパート「清水屋」で何気なく春の高校生向け制服を見る

2014年03月05日 | 日常生活
「ある理由」で訪れた地元の清水屋の駐車場からの入り口で,各高校の制服がディスプレイされているのを見た。

まずは,ついつい目が行く母校「酒田E高」の女子の制服。
紺色にスクールカラーのエンジの線が愛らしく,胸から下が開いている感じがイイ!
夏服は完全に変わってしまったが,この冬服だけは変えてほしくない(変態なわけではなく)
男子は,相変わらずの黒に金の校章の入ったボタン付きのもの。
これを,学期末まで洗わずに着たんだっけ..友人は,それでも洗わずに塩を吹いていた(笑)

次に酒田W高,と思ったら,あまり説明しなくていい感じ。
の次は,合併・新設になった酒田K高の濃紺で男女のカラーリングを合わせつつ,女子のチェックのスカートが可愛い。

このチェックの子たちが,先日,良い音楽を聴かせてくれたのだった(感謝)

昨年 5/19 「春の山野草ハイキングとそば打ち体験」に参加しました(今さらネタ)

2014年03月02日 | 音楽系(合唱,作曲・編曲など)
いつもお世話になっている遊佐鳥海観光協会さんの,鳥海山おもしろ自然塾推進協議会(しらい自然館内)による「春の山野草ハイキングとそば打ち体験」に参加させていただきました。

もちろん,いきなりのそば打ちでは芸がなかろう,体験も得られなかろう,というご配慮で,当地・遊佐町白井地区内の山野草を,丁寧に説明いただきながら採取してきました。
酒田と大した距離ではないのですが,大・鳥海山の麓を登る位置にあるため,若干の傾斜もあり,集落内だけの散策?でしたが,Oyaji。には,とても良い運動でした。
そして,土地柄として非常にありがたかったのは↓鳥海山の,頂上の山ではなく,向かって左の山に見える「種まき爺さん」の壮大さと美しさでした。でっけーーっ!

今までは,爺さんの美しさは生まれた地域のが最高と思って生きてきましたが,少しぐらつきました(笑)
で,そうこうして戻り,準備された道具・材料で,そばを打ち始める..4人1グループで手分けしました。

●●さん,なかなか手際が良いですね,そばはブッといですが(笑)
「ねじねじ」なのが,ツボだそうです。

こういった「食べるの?」といった物も,たくさん天ぷらにしていただきました(油でカロリー上がりますが)

よもぎ,食いたくなかった(悪い思い出)のですが,食べたら美味しかったです。

地元のそばと食材で手打ちそば,最強でした。

ただ...これを真似して,自宅でもそばを打ったのですが,ぶっとく短くてポソポソ,味は良いのだが食感が悪い。いやぁ,なかなかに奥が深いです。
でも,似て非なる「うどん」を「強力粉」でチャレンジしたら,家人も見事に「おいしい」とのこと。
自分が,そば好きなだけに,少し複雑でしたが...

思い出のアルバムその6,平成3年(1991)年11月22-24日・44th合唱コンクール全国大会 in 岡山

2014年03月02日 | 音楽系(合唱,作曲・編曲など)
転勤での仙台在住も5年目となった平成3年(1991)年10月,例年どおり合唱コンクールは東北大会に出場,いつもなら天敵?とは失礼だが,圧倒的能力を持つ合唱王国「福島県庁混声合唱団」を相手に「全国」など見えぬ演奏をした。

自由曲は,フランスの詩による男声合唱曲集「月下の一群」より 海よ。
元気な曲である。
前年に同じく見曲から,しっとりと心ぬらす 秋の歌を歌ったが,例によって負け。
ところが,ところが,ところが...である(しつこい)
勝ってしまったのだ。つまり,11月開催の,全日本合唱コンクール全国大会in岡山に行ってしまったのだった。

実はこの年,我が団は東北+新潟7県庁所在地を回り,各地の女声合唱団2団体ずつとジョイントした。
いわゆる「おかあさんコーラス」も多かったが,それはそれ,そちら系の全国大会レベルの団体も東北には多いのだ。
著名な・全国なところでは,山形西高校OGの嚶嗚女声合唱団,新潟のレディスクワイヤJune,気鋭の青森「うとう女声」等々...
そういった経験と,宴会&カルテット好きな(私を含む)面々が場も団をも盛り上げ,総合力は高まっていった。

譜めくりをお願いした,当時「女声合唱団・六月の歌声」にいらしたS・Mさんは「県大会などと違って,演奏が神がかっていた」らしい。

実は,裏側で団員指揮者の私は地道なことをしていて,帰宅は午後11台が平均だったのにかかわらず,昼休みは月曜がトップテナー,火曜はセカンド,水曜は夜がグリーンウッドハーモニー等で指揮者・当団常任指揮者の今井邦男先生の練習日のため適宜練習,木曜はバリトン,金曜はバスと「金をくれ!」なくらいにがんばっていたのである。
しかも土日もサービスして出社していたりして。

とか言っているが,今井先生の教えと,自分の日々の体験は,今でも財産だし,五十半ばの素人でも当然のように指揮者でいられる基礎となった..でも「全国への原動力は自分だ!」との感覚もある。

結果,入賞できなかった(今は出場=銅賞)のだが,全国金賞レベルの福島相手に東北を抜けただけでも尋常ではなかった。
その後,あと2回,この団体は全国大会を経験したのだが,私は地元に帰ったので無関係であった(その2回は銀賞だったそうだ..ムムム(笑))

写真は,今も昔も..な風貌の指揮者,今井先生と,ヘラヘラ大口で歌っているのが私です。

昨年の「酒田飽海地区合唱フェスティバルが開催されます」の散々な結果

2014年03月02日 | 音楽系(合唱,作曲・編曲など)
昨年お知らせした合唱フェスティバル,かなり散々だった。
練習量・質とも足りていなかったし,曲順も悪かったか。
最初にマイナーで,直後に喜びのメジャー,とイメージしたのだが,マイナーの曲が「暗い深い淵の苦しみ」みたいに重々しくピッチは下がって崩壊,あーあ,第一音くらいはちゃんと出してくれ!と指揮しながら思っていたのだが,後日,録音を聴くと「歌い振り」している私自体も,似たようなもの(影響をモロに受けていたの)だった。

後半の,J.Bustoのミサから2曲(の特に1曲目)は,さらに困難で混迷を極めていた。
ブストらしい,至って数学的曲なのだけれど,一般的な声楽の知識では,なかなか理解しがたいものだったでしょう。
そこは,歌い手云々以前に「合唱は指揮者から」なので,大変思い至るところがあります。

てことで,ギリ及第点だったのが以下の一曲のみ。
Sakata Coro a cappella Javier Busto "Puer natus est nobis"


大口たたいて,どうもすみませんでした m(_ _)m