周平の『コトノハノハコ』

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小説第1弾『草食系貧乏』~第11章~

2011年03月19日 | 小説
結局、岩本さんを映画に誘ったりなんかは当然できないまま今年も梅雨の季節がやってきた。
原さんからは会う度にダメ出しを受けている。

だが、そんな梅雨の始めに奇跡は起きた。
岩本さんから初めてメールが届いたのだ。
タイトル「お疲れさまです。岩本です。」
本文「お疲れの所、突然すみません。明日の午前9時から3時間のシフトが入っていたのですが何か風邪を引いちゃったみたいで出勤できそうにありません。もし可能でしたら代わっていただけないでしょうか?」
はい、出ました。恒例の業務連絡メール。
貧乏な僕にとってはそれはそれはありがたいお誘いだ。
かなりバイトのスケジュールはキツくなるが、それ以外の予定は特に何も無いので問題ない。それにここで助けてあげれば好感度アップも間違いない。
そして何よりも、岩本さんのメアドというバイト代よりも嬉しいものを僕はゲットしたのだ。
僕は岩本さんに了解のメールを返すよりも先に、彼女からのメールの着信音だけ他の人からのとは別の曲に設定した。某ジャニーズグループの明るい前向きなラヴソングだ。
これまでどんなに多くても週に3回しか会えなかった彼女になんだか毎日会える気がした。
いや、それだって決して無理な話ではない。岩本さんと付き合う事さえできればそれだって可能なのだ。

「いや、無理ね。このままじゃ絶対に。」
原さんの一言が僕のせっかくの勢いをぶった切った。
「そんな… べつに言い切らなくても…」
「あれほど映画にでも誘いなさいって言ったのに。」
「いや、だって、映画って… なんか、ありきたりじゃないですかね?」
「べつに映画じゃなくたって良いのよ。そうだ!海にしなさい。夏が来たら一緒に海に行こうって言いなさい。分かった? 決定ね。」
「はぁ…」

このまま原さんに押されっぱなしなのも何だか悔しい。
それに原さんの言う通り、このままじゃ岩本さんと付き合うなんて絶対に無理だ。
待っているだけじゃ何も変わらない。何も進まない。
次に岩本さんとシフトが一緒になるのは明後日の夜だ。
それまで緊張しながら過ごすのは何かキツい。
っていうのはあくまで口実であり、本当は直接会って誘う勇気がないのだ。
僕はメールで彼女を海に誘う事にした。

タイトル「二瓶で~す。」
本文「お疲れさま!突然なんだけど岩本さんは海とか好きかな? 夏になったら海でも見に行こうと思ってるんだけど、良かったら一緒にどうかな?」

二人きりで行くつもりなのか、それとも大人数で行くつもりなのか読み取れないような曖昧な言葉でとりあえずメールを送ってみた。

返事は早かった。
タイトル「お疲れさまです。」
本文「あ、海良いですねー。ぜひぜひ行きましょう!」

うん。最初の返事はこんなものだろう。
この「ぜひぜひ」に僕は何度か騙された経験がある。
過度な期待はしないように心がけて、「ありがとう!じゃあ日にちとかはまた後日決めましょう!」とだけメールを返した。