根こそぎ自分をどこかに持って
いかれるような、心許ない感覚。
心許ないのに、それは限りなく
純粋で、石のように確かだった。
千夏ちゃん、教えて。
これって、恋なの?
わたしはこれから、どこへ向かっ
て、走っていけばいい?
次の瞬間、天井からまっすぐに、
答えが降ってきた。
「カノちゃん、想っているだけ
じゃだめだよ。想いは行為に変
えて、示さなければ、相手に
伝わらない。伝わらない想いは、
生きてる想いじゃない。
そんな想いを後生大事に抱えて
いたって、結局ミイラになって
しまうだけだよ」
千夏の声だった。
行かなくては、と、わたしは思
った。
あのひとに会いに行かなくては。
今、行かなかったら、わたしは
一生後悔する。
この列車が東京駅に着くのは
二時四十九分。
飛行機の出発時刻の一時間十
五分ほど前。
新幹線を降り発車寸前の成田
エクスプレスに飛び乗った。
成田空港の出発ロビーは、東京
駅の何倍もごった返していた。
人混みをかき分けるようにして、
チェックインカウンターの近く
まで突き進んだ。幾重にも重な
った行列。
矢のように視線を飛ばして、あ
のひとの姿をさがし求めた。
どこにいる?
まだここにいる?
お願いだから、いて。
黒いマントみたいなコート。ぶあ
つい毛布みたいな生地の。あの
コートさえ、見つけられたら―――、
見つけた!
遊牧民コート。
すらりと伸びた長い足に、ブルー
シーンズ。
あのひとは帽子をかぶり、首に
マフラーを巻いていた。遠目から
見ても、すぐにわかった。あまりに
も、すてきだったから、男っぽくて、
眩しくて、でもなんだか可愛くて。
「井上さん」
声をかけるより先に、あのひとは
わたしに気づいて、右手を上げ、
その手を下ろさないまま「おいで
おいで」と手招きしてくれた。
そばまで駆け寄っていくと、
わたしの肩を抱き寄せながら、
広げたコートの中に包に入れて
くれた。
その時、嬉しくて、きゅんと
軋(きし)んだ、わたしの躰。
「また会えたね」
と、あのひとは言った。優しい
春風のように。
息を弾ませて、わたしは問いかけた。
「驚いた?」
「驚かなかった。全然」
そう言って、あのひとは笑った。
肩を抱く手に力を込めて。
「どうして」
「絶対会えるって、わかってたから」
「ほんとに?どうして?」
「どうして?って、さっきからおん
なじことばかり言ってる」
「わかったさ。理由なんて、ないよ。
ただ、わかっただけ」
どうして、そんなことが、わかるの。
また「どうして」と言いそうになって、
その言葉を押し止め、代わりに深呼吸
をひとつ、した。
「よかった。間に合って」
あのひとは大きく頷いていた。
「決まってたんだよ」
そのあとに、続けた。力強く、押し
寄せる波のように。
「間に合うに決まってる。ここで
会えるって、最初から決まってたん
だから」
いかれるような、心許ない感覚。
心許ないのに、それは限りなく
純粋で、石のように確かだった。
千夏ちゃん、教えて。
これって、恋なの?
わたしはこれから、どこへ向かっ
て、走っていけばいい?
次の瞬間、天井からまっすぐに、
答えが降ってきた。
「カノちゃん、想っているだけ
じゃだめだよ。想いは行為に変
えて、示さなければ、相手に
伝わらない。伝わらない想いは、
生きてる想いじゃない。
そんな想いを後生大事に抱えて
いたって、結局ミイラになって
しまうだけだよ」
千夏の声だった。
行かなくては、と、わたしは思
った。
あのひとに会いに行かなくては。
今、行かなかったら、わたしは
一生後悔する。
この列車が東京駅に着くのは
二時四十九分。
飛行機の出発時刻の一時間十
五分ほど前。
新幹線を降り発車寸前の成田
エクスプレスに飛び乗った。
成田空港の出発ロビーは、東京
駅の何倍もごった返していた。
人混みをかき分けるようにして、
チェックインカウンターの近く
まで突き進んだ。幾重にも重な
った行列。
矢のように視線を飛ばして、あ
のひとの姿をさがし求めた。
どこにいる?
まだここにいる?
お願いだから、いて。
黒いマントみたいなコート。ぶあ
つい毛布みたいな生地の。あの
コートさえ、見つけられたら―――、
見つけた!
遊牧民コート。
すらりと伸びた長い足に、ブルー
シーンズ。
あのひとは帽子をかぶり、首に
マフラーを巻いていた。遠目から
見ても、すぐにわかった。あまりに
も、すてきだったから、男っぽくて、
眩しくて、でもなんだか可愛くて。
「井上さん」
声をかけるより先に、あのひとは
わたしに気づいて、右手を上げ、
その手を下ろさないまま「おいで
おいで」と手招きしてくれた。
そばまで駆け寄っていくと、
わたしの肩を抱き寄せながら、
広げたコートの中に包に入れて
くれた。
その時、嬉しくて、きゅんと
軋(きし)んだ、わたしの躰。
「また会えたね」
と、あのひとは言った。優しい
春風のように。
息を弾ませて、わたしは問いかけた。
「驚いた?」
「驚かなかった。全然」
そう言って、あのひとは笑った。
肩を抱く手に力を込めて。
「どうして」
「絶対会えるって、わかってたから」
「ほんとに?どうして?」
「どうして?って、さっきからおん
なじことばかり言ってる」
「わかったさ。理由なんて、ないよ。
ただ、わかっただけ」
どうして、そんなことが、わかるの。
また「どうして」と言いそうになって、
その言葉を押し止め、代わりに深呼吸
をひとつ、した。
「よかった。間に合って」
あのひとは大きく頷いていた。
「決まってたんだよ」
そのあとに、続けた。力強く、押し
寄せる波のように。
「間に合うに決まってる。ここで
会えるって、最初から決まってたん
だから」