Nonsection Radical

撮影と本の空間

小さな画面で

2013年04月22日 | Weblog
インターネットはパソコンのためにあるのではなく、もはや“スマホ”のためのものになりつつある。
実際、satoboの動画も半数がスマホなどの携帯端末から観られているようだ。
スマホであれば大きくても対角5インチサイズの画面だ。
スマホは持っていないので、このサイズの画面でインターネットをするというのがどういうものか想像がつかない。
ただどうしても細部の描写が欠けるであろうとは思う。
絵であれ写真であれ映像であれ、この絶対的小サイズの世界で観るということが、その対象に対して大きな影響を持つ事は想像出来る。
はたして製作者が意図した世界を体感出来るのだろうかと、ちょっと思ったりもする。
そうは言っても、現実にそういう世界になっているのだから、今後制作側も小サイズにマッチしたものを作り始めるのだろう。
小さな画面でも満足のいく表現というものが出来るかどうかわからないが、試行錯誤しながら進んで行くに違いない。
だけど、大画面のテレビで観る世界でも、小さな画面で観るスマホの世界でも、現行のパソコンで観る画面であっても、実体のあるものの実サイズとは別の世界である事が理解出来ていないと、ひどく矮小化されたイメージで実体をとらえてしまう恐れがある。
どのような機器で観たものであっても、実物のモナリザとは別のものだし、鎌倉の大仏のイメージは違ってくる。

一方、最初からデジタル画面で製作されたものというのも現在は多い。
映像関係はそうだろう。
そうなると本当の大きさとは、いったいどれなんだという事も問題になってくるだろう。
最初からデジタル機器の中で2次元で製作し、デジタル機器の中でだけ存在し、デジタル機器の中で鑑賞されるものに”実物大”という概念が存在するのだろうか。
そういう状況では、画面サイズの大きさがイメージに変化を及ぼすのだろうか。
スマホが普及して行く事で、どのように映像の世界が変わって行くか興味深い問題だ。




絹の道中央通り 東京都町田市


御門町から柳町 奈良県御所市
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