ドイツの社会学者クラウディア・クレルさんのインタビュー記事です。
ちょうど1年ほど前に、ドイツの赤ちゃんポスト20周年に際して、赤ちゃんポストについて語っていました。
このクレルさんの論文は、前に学術書の一章で読んだことがあります。
赤ちゃんポストや内密出産の世界的な状況について論じた論文がこの中に入っていて、僕もこの彼女の見解を基にして、色んな場所でお話したり書いたりしてきました。
そんな彼女は、赤ちゃんポストについてどう捉えているのでしょうか?!
ドイツの有力紙『Süddeutsche Zeitung』(南ドイツ新聞)の記事です。
以下、その全訳です。
7. April 2020, 18:49 Uhr / 20 Jahre Babyklappe
2020年4月7日18時49分 / 赤ちゃんポスト20年
"Sie geben, hart gesagt, mit dem Baby ja nur das Symptom ab"
"厳しく言えば、母親たちは赤ちゃんと一緒に症状を手放しているだけなのです"
Die Sozialforscherin Claudia Krell über Mütter in Not und die vertrauliche Geburt als Ausweg.
緊急下の母親について語る社会学者のクラウディア・クレル、内密出産を解決策に
Interview von Edeltraud Rattenhuber
Es ist ein umstrittenes Jubiläum: Vor 20 Jahren wurde in Hamburg die erste Babyklappe Deutschlands eingerichtet. Seitdem wurden alleine dort 56 Neugeborene von ihren Müttern anonym abgegeben. Viele andere Babyklappen kamen hinzu, laut Schätzungen sind es zwischen 70 und 100 in Deutschland. Ihre Betreiber beteuern, es gehe vor allem darum, Leben zu retten, und aus ihrer Sicht ist das auch gelungen. Kritiker jedoch sehen keine Anzeichen, dass in den vergangenen 20 Jahren die Zahl der Kindstötungen tatsächlich abgenommen hat. Was sich dagegen feststellen lässt, ist, dass es mehr Kinder gibt, die ohne Kenntnis der eigenen Herkunft aufwachsen. Die Sozialwissenschaftlerin Claudia Krell vom Deutschen Jugendinstitut kritisiert unter anderem die fehlenden rechtlichen Grundlagen für die Babyklappen.
論争的な記念日である。20年前、ドイツの初の赤ちゃんポストががハンブルクに設置された。それ以来、この赤ちゃんポストだけで56人の新生児が匿名で母親から引き渡された。多くの赤ちゃんポストがさらに設置された。推定では、ドイツ全土で70~100ほどだと考えられている。その設置者たちは、主に命を救うことが重要であり、彼らの視点から見れば成功していると主張する。しかしながら、(赤ちゃんポストに対し批判的な)批評家は、この20年で実際に児童殺害の数が減っているという証拠はないと見ている。それと反対に確認できるのは、「自身の出自を知らずに育つ子どもがますます増えている」ということだ。ドイツ青少年研究所の社会科学者クラウディア・クレルは、とりわけ赤ちゃんポストに法的根拠が欠如していることを批判している。
***
SZ: Die Babyklappe wird als fortschrittlich gepriesen, weil sie viele Leben gerettet habe. Sie stellen das in Frage. Warum?
南ド新聞:赤ちゃんポストは、多くの命を救ってきたので、先進的なものとして賞賛されています。しかしあなたはそれを疑問視しています。なぜか?
Claudia Krell: Es gibt in Deutschland keine offiziellen Daten, wie viele Neugeborene pro Jahr tot oder ausgesetzt aufgefunden werden. Man muss die Zahlen über Medienrecherche herausfinden und dafür gezielt Zeitungen durchforsten. Dabei stellt man fest: Diese Zahlen sind seit Einführung der Babyklappen relativ stabil; ein wesentlicher Rückgang ist in den letzten zwei Jahrzehnten nicht erkennbar. Man kann also vermuten, dass die Frauen, die ihre Kinder töten, nicht diejenigen sind, die sonst eine Babyklappe nützen würden.
クレル:ドイツには、どれだけの新生児が毎年亡くなって発見されているのか、遺棄されて発見されているのかを示す公式データがありません。メディア調査からその数値を見いだすとか、それを明らかにしようとする新聞を閲覧するしかありません。これによって分かるのは、「赤ちゃんポストの創設以来、この(死亡数と遺棄数の)数は比較的安定しており、この20年間で根本的な減少は確認できていない」ということです。したがって、自身の子を殺害する女性たちは、殺害せずに赤ちゃんポストを利用するような女性ではない、と推測することができるのです。
"Für viele Frauen, die sich von ihrem Kind trennen, ist es oft nicht einfach, damit zurechtzukommen", sagt Sozialwissenschaftlerin Claudia Krell. Die Babyklappe Karlsruhe existiert seit 2001.
「自分の子と別れる女性の多くにとって、それを受け入れるのはそんなに簡単なことではありません」と、社会学者のクラウディア・クレルは言う。カールスルーエの赤ちゃんポストは2001年から存在する。
Warum nutzt eine Frau dann eine Babyklappe?
ではなぜ女性は赤ちゃんポストを使うのか?
Das kann 1000 Gründe haben. Es gibt keine bestimmte Gemeinsamkeit, auf die man die Situation der Frauen reduzieren kann, das sind multiple Problemlagen. Was deutlich wird ist: Keine dieser Frauen ist in der Lage, sich angemessene Hilfe zu organisieren. Sie haben einfach nicht genug Vertrauen in ihre Umwelt, um mit jemandem über ihre Schwangerschaft zu sprechen.
その理由は千差万別です。女性たちの状況を単純化できるような特定の共通性はありません。彼女たちの状況は何重にも問題が重なっているのです。はっきりしているのは、こうした女性たちは自分に必要な支援を調達する状態にない、ということです。彼女たちは、自身の妊娠を誰かに打ち明けるような環境を十分に信用していないのです。
Und dann hören sie von einer Babyklappe...
そして、彼女たちは赤ちゃんポストのことを聞いて…
Tatsächlich, in dem Moment, in dem sie diese Idee entwickeln, das Kind anonym abzugeben, erscheint ihnen das sehr attraktiv. Aber: Sie geben, hart gesagt, mit dem Baby ja nur das Symptom ab. Die Ursache, also die Situation, die sie dazu gebracht hat, ihre Schwangerschaft geheim zu halten, alleine ein Kind zu gebären und es anschließend anonym abzugeben, ändert sich nicht. Diese Frauen haben später eher eine Belastung mehr: Aus der Adoptionsforschung weiß man, dass sich durch die Freigabe eines Kindes zur Adoption innerlich etwas ändert. Die Frauen, die ihr Kind in einer Babyklappe abgegeben haben, sind trotz alledem ja Mutter geworden, haben ein Kind geboren. Für viele Frauen, die sich von ihrem Kind trennen, ist es oft nicht einfach, damit zurechtzukommen.
事実、子どもを匿名で手放すという考えが芽生えた瞬間、それは彼女たちにとってとても魅力的なことのように見えるでしょう。しかし、厳しく言えば、彼女たちは、赤ちゃんと一緒に症状を手放しているだけなのです。その大元の原因、つまり、自分の妊娠を秘密にしたり、ひとりで赤ちゃんを出産したり、その後匿名で手放したりするような状況は何も変わっていないのです。むしろ、手放した後に、こうした女性たちの負荷は増していくのです。養子縁組研究から、「子どもを養子に出すことによって内面的に何かが変わる」ということが分かります。自分の子を赤ちゃんポストに手放した女性たちは、色々とあったでしょうけれども、母親になったのです。子どもを出産したのです。子どもと別れる多くの女性たちにとって、そのこと(手放したこと)と向き合うというのは決して簡単なことではありません。
Welche sicheren Alternativen gibt es denn für Frauen, die ihr Baby anonym abgeben möchten?
自分の赤ちゃんを匿名で引き渡したいと思う女性たちにとっていかなる安全なオルタナティブがあるのか?
Es gibt seit 2014 die Möglichkeit der vertraulichen Geburt, die mit einem Beratungsverfahren verknüpft ist. Die persönliche Hinwendung und der Moment, mit jemanden über das Problem zu sprechen, zeigen den Frauen, dass es andere Lösungen gibt als eine Babyklappe. Das muss nicht heißen, dass die Mutter das Kind behält. Es geht schlussendlich darum, für die Frau und das Kind die beste Lösung zu suchen.
2014年以降、相談支援と結びついた内密出産という道があります。個別に対応すること(個に目を向けること)と誰かに問題について話し合う機会をもつことで、女性たちに「赤ちゃんポストとは別の解決策がありますよ」ということを示すのです。(でも)それは、「母親が子どもを手放さない(引き受ける)」ということを意味するわけではありません。最終的には、母子にとって最善の解決策を探ることが重要となります。
Wie läuft so eine vertrauliche Geburt ab?
内密出産はどのようにして実施されるのか?
Bei der vertraulichen Geburt wird die Frau beraten und begleitet, bleibt aber vorübergehend anonym. Sie entbindet unter einem Pseudonym in einem Krankenhaus, ihre Personendaten werden 16 Jahre lang unter Verschluss gehalten. Das Kind wird in einer Familie untergebracht, die es adoptieren möchte. Nach Ablauf der 16 Jahre kann das Kind den Namen der Mutter erfahren - falls diese nicht Widerspruch dagegen einlegt. Die vertrauliche Geburt stellt eine rechtlich geregelte Alternative zu den anonymen Angeboten dar, wozu auch die Babyklappe zählt. Die Vorteile sind, dass Frauen bestmöglich unterstützt werden und dass ihre Kinder später eine Chance haben, zumindest die Herkunft ihrer biologischen Mutter zu erfahren.
内密出産において、女性は相談支援や同伴支援を受けますが、一時的には匿名のままに留まります。女性はペンネームの状態で病院で出産し、個人情報は16年間厳密に保管されます。子どもは、養子縁組を希望する家庭に預けられます。生後16年目の終了時に、子どもは母親の名前を知ることができます-母親がそれに異議を申し立てない場合ですが…。内密出産は、赤ちゃんポストなどの匿名支援サービスに代わる法的に規定されたオルタナティブ(別の選択肢)です。この(内密出産の)利点は、女性たちが十分にサポートされていることと、その子どもが後になって少なくとも生物学的な母親(実母)の出自を知る機会があるということです。
Wo befinden sich eigentlich Babyklappen in Deutschland?
そもそもドイツではどこに赤ちゃんポストはあるのか?
Sie finden sich an unterschiedlichen Standorten, an Kliniken, Kindertagesstätten, aber auch an Privathäusern.
赤ちゃんポストは様々な場所にあります。クリニックや保育園、またプライベートな住居にもあります。
Und das ist erlaubt?
それは許されるのか?
Es gibt keine gesetzlichen Regelungen, keine Bestimmungen, wie Babyklappen aussehen müssen, wie sie gewartet werden müssen, lediglich Empfehlungen. Auch bei der Frist, wann ein abgegebenes Kind gemeldet wird, gibt es Unterschiede: Beim Auffinden der meisten Kinder werden zeitnah die zuständigen Behörden eingeschaltet. Bei einigen ist es jedoch so, dass sie die ersten acht Wochen nicht bei allen notwendigen Behörden gemeldet werden, um der Frau die Möglichkeit zu geben, es sich noch einmal anders zu überlegen. Ich finde es erstaunlich, dass ein solches Vorgehen in einem Land wie Deutschland möglich ist.
法的な規制はありません。また、赤ちゃんポストがどのように見えるもので、どのようにメンテナンスしなければならないのかについての規定もなく、推奨例がいくつかあるだけです。また、いつ引き渡された子どもは通告されるのかの期限についてもバラバラです。ほとんどの場合、子どもが発見されると、速やかに当該機関に通告されています。しかし、設置者の一部では、再考する機会を女性に与えるために、最初の8週間、預け入れられたことがあらゆる当該機関に届け出されていません。ドイツのような国でこのような手続きが可能なことに、私は驚愕しています。
ドイツの赤ちゃんポスト20周年の新聞記事としては、随分と辛らつなインタビュー記事になっている気もしますが、クレルさんの考えに触れることができてよかったです。
彼女は、匿名出産や内密出産および赤ちゃんポストの研究者で、この記事を読む限り、赤ちゃんポストに否定的で、内密出産には肯定的かな?というふうに感じます。
論争的に考えると、クレルさんの側からすれば、次の点が重要になります。
①児童殺害は実際に赤ちゃんポストによって防がれているのかどうかを示すデータがない。
②出自を知らずに育つ子どもの数が増えている。そうすればいいのかも分からない。
③赤ちゃんポストは、緊急下の女性の抱える複雑な問題の解決につながっているのか?
④赤ちゃんを手放した後の母親の内面的な変化にどう寄り添うか。
⑤赤ちゃんポストのオルタナティブとなる内密出産には法的な規定がある。
⑥赤ちゃんポストには、法的な規定がなく、中には行政機関にすぐに届け出ない一部の団体がある(これはおそらくシュテルニパルクのことを指しているように思われる)。
…
そして、僕的には、次の三点が重要だと思われます。
①クレルさんは「相談と結びついた内密出産」を推奨しているように思いますが、では「相談したくない」「誰にも話したくない」「誰にも知られたくない」という女性にはどうしたらよいのでしょうか? シュテルニパルクでは、その「誰にも知られたくない」「相談したくない」という女性たちの心境を十分に考慮した上で、赤ちゃんポストを運営しています。性や妊娠というテーマ故に、「恥」の心もあるでしょう。「相談に来てください」と言って、来てくれる人だけならそれでよいかもしれないけれど、「誰とも接したくない」という心境下にある人には、内密出産はハードルが高すぎるんです(僕自身、他人と接触するのが嫌いで、相談するのも嫌で、一人で抱えるタイプなので…)。「人との接触」(クレル)か、「非接触の赤ちゃんポスト」(シュテルニパルク)か。
②法的に認められた一律の方法で進めるか、それとも各々の自律性に委ねるか。クレルさんはおそらく「行政手続き」を大事にされている方なのだと思われます。個々の支援団体が自律的に支援を実施することに「驚愕」するくらいですから、きっとシュテルニパルクの「8週間」は耐えがたいのでしょう。けれど、シュテルニパルクのこの「8週間」は、この20年間、よく機能してきました。8週間の間に考えを改めて子を引き取りに来たお母さんも多々います。法的に規定されていないからこそ、自律的に自由に柔軟に対応できる、という利点だってあるのです。ここでの問いは、「他律」か「自律か」?というものになります。
③シュテルニパルク側からすれば、内密出産は様々な条件の付いた支援になっています。「相談を受けろ」「名前を書け」「ペンネームを出せ」等々、様々な制約や条件があります。それで、危機的な状況下にある女性たちはその支援を受けようと思うだろうか、と。すなわち、やはり「ハードルが高くないか?」、と。子どもの側からすれば、後に母親の名前が分かる内密出産の方が望ましい。孤立出産よりしっかりとした出産も可能。けれど、当の母親にしてみれば、敷居が高すぎるのではないか。このことから、「条件や制約のある内密出産」か、それとも「条件や制約のない赤ちゃんポスト・匿名出産」か、という議論も出てくるんです。
この三つの点については、次の論文でしっかりと厳密に論じたいなって思います。
…