SHIDAH’S WEBSITE

人間とは、人生とは・・・・・。摩訶不思議な人生を共にエンジョイしましょう。
(世界一周の旅他)

「平成最後の日」に「心に残る世界旅」は、やはり「NY・ナイアガラ・シカゴの旅」である。

2019-04-30 07:39:45 | Weblog
★「NY・シカゴ(ナイアガラの滝)の旅は、検索エンジン、YouTubeを利用し、スケジュールの場所を検索すると、最新の画像・動画で楽しむことができます。

NY・シカゴ(ナイアガラの滝)の旅

第一日目
  9月9日(土) 成田発15:50JAL008便(ジャンボ) ニューヨーク行き(直行便)夕食・朝食・昼食(機内)ニューヨーク着15:15  NYヒルトンホテル宿泊
第二日目
  9月10日(日) 
午前中 NY市内視察( 国連、メトロポリタン美術館、リンカーンセンター、他)午後自由行動 夜の部 韓国焼肉レストラン NYヒルトンホテル宿泊
第三日目
  9月11(月) 
午前中 ニューーヨーク現地法人事務所訪問(ツインタワービル)、D社訪問昼食ツインタワービル最上階レストラン(サーモンステーキ食す)午後の部 B社訪問 ショッピング 夜の部 ハドソン川ディナークルーズ(ジャズバンド生演奏) NYヒルトンホテル宿泊
第四日目
  9月12日(火) 午前中 N社訪問、 NYSE見学 午後の部 B社訪問 夜の部  ブロードウエーミュージカル鑑賞 NYヒルトン宿泊
第五日目
  9月13日(水) 
午前中 NY発8:55(USエアー)バッファロー着 10:12 バスにてナイアガラの滝に向かう ナイアガラの滝終日観光 バッファロー発17:00 シカゴ着 17:43(アメリカン航空)シカゴ市内ホテル宿泊
第六日目
  9月14日(木) 
午前中 シカゴCBOT見学  R社訪問  午後の部  シカゴ市内視察(シアーズタワー等)  夜の部 ホテル近くの日本食レストランにて食事 シカゴ市内ホテル宿泊
第七日目
  9月15日(金) 
午前中 シカゴ市内自由行動 
シカゴ発12:00(JAL009便) 成田着14:45 シカゴ・成田直行便 夕食・朝食・昼食 機内食
9月であったが、NYは「半袖」、シカゴは「冬ものコート」と気候の違いを、その後のVTRで知ることになる。
☆今回の旅は、仕事が中心の旅であったが、ナイアガラの滝やNY市内観光、シカゴ市内観光もあり、仕事もあり、観光もありの楽しい旅であった。


★上記の記述は、40歳の時の旅であるあが、色々思い出の残る旅でもあった。まず、NYのツインタワータワービルにある現地法人であるが、当時の副社長が、私の指示でNY撤退を決めたので例の9.11事件の犠牲者は一人も出なかったと、懐古していました。また、ナイアガラの滝の旅では、バッファローの飛行場で、日本人女子学生のグループに会い話をしましたが、割に気楽に旅しているのには、自分の学生時代とは変わったと思ったものです。また、シカゴでは、有名な「アルカポネ」がいたという「ビル」を見ることができたり、日本食レストランでは、当時色々問題のあった、「政府系金融機関」の「某銀行」のシカゴ支店の人達と偶々一緒になり、資本関係もあったので、シカゴの話を楽しく聞かせて頂きました。今は、その銀行もなく、その後どうされたのか知る由もなく、時の流れを感じています。

★この旅は、バブルの頂点の時の旅で、この翌年に日経平均が38900円を付けた年である。未だこの数字からは程遠い水準である。NYダウは新高値を付けており、その差は著しい。何かといわれるトランプ大統領であるが、株価を見る限り「アメリカ経済」は順調なのである。日本経済は何かと「少子高齢化」を「低成長の原因」にしているが、アメリカの人口はいつの間にか二億人から三億人に増えているのである。「移民大国」といわれる所以である。日本も外人労働者が増えていると言っているが、200万人位でアメリカに比べれば微々たるものである。中国も一人っ子政策をやめるようである
。GDPは一人当たりの国民総生産であるから、人口が増えれば当然その数字は増加するわけである。日本は地政学的に、隣国に12億の国と、10億のインドがあるので、「移民政策」をとるには「限界」があるのである。ましてや中国は「一国二制度」を維持しているので、非常に悩ましい立場に置かれている。2020までは何とか成長しても、その後には困難な事態が待っていることを、日本国民は覚悟してしておく必要があろう。経済の混乱、政治の混乱は避けられないであろう。2020で「バブル」ポイ動きに、首都圏ではなっているようであるが、地方経済はその恩恵は受けていないようである。


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「チコちゃんに叱られる」で、日本の校歌はフランスの国歌「ラ・マルセーユズ」を真似したから・・・・・・。

2019-04-14 07:49:13 | Weblog

NY地図

★「世界一周の旅」は、検索エンジン、YouTubeを利用し、スケジュールの場所を検索すると、最新の画像・動画で楽しむことができます。

JALアトランタ線就航記念世界一周の旅阪急交通社
第一日目
 12月1日(月)
成田発17:40 JAL028便(ジャンボ) アトランタ行き (成田集合)15:40 夕食・朝食(機内)シアトル着8:45 (休憩)シアトル発10:30アトランタ着19:30アトランタ発23:30(イーストウェスト航空機国内線故障のため) ニューヨーク着 1:30(ニューアーク空港NYペンタホテル宿泊(グレンミラーが地下のホールで演奏していたホテルです。)マジソンスクエアーガーデンの前。
第二日目
 12月2日(火)
午前中 NY市内半日観光( ロックフェラーセンター、タイムズスクエアー、グリニッジビレッジ、セントラルパーク他)午後自由行動 (近代美術
館、ソーホー、自由の女神、チャイナタウン、ウオールストリート他)夜の部 ペンタホテル内レストラン
第三日目
 12月3日(水)
NY終日自由行動 (ホイットニー美術館、グッゲンハイム美術館、メトロポリタン美術館)夜の部 エンパイアーステートビル、ビレッジゲト(ジャ
ズ)
第四日目
 12月4日(木)
NY半日自由行動 買い物ホテル16:00発 NY発18:59 パリ行きAF(エールフランス070便) 機内 夕食・朝食
第五日目
 12月5日(金)
パリ着8:05 午前中パリ市内半日観光(凱旋門、シャンゼリゼ通り、オペラ座、ノートルダム寺院,ベルサイユ宮殿他)夜の部 ギルニエ (海鮮レストラン) ラパン・アジル(シャンソニエ)
第六日目
12月6日(土)
終日パリ自由行動 (ルーブル美術館、バルザック記念館、ドラクロワ美術館)セーヌ川遊覧、クリニャンクール(ノミの市)夜の部 ムーランルージュ





パリ地図
第七日目 12月7日((日)パリ発13:00 JAL424便 ロンドン行き(パリ、ロンドン45分)


ロンドン地図
ロンドン到着後市内観光 (ビッグベン、国会議事堂、ロンドン塔、バッキンガム宮殿、ピカデリーサーカス他)夜の部 中華レストラン チンチャンクー
第八日目 12月8日(月)終日ロンドン観光(タワーブリッジ、トラファルガースクウエアー、セントポール大聖堂、ハイドパーク ナショナルギャラリー、大英博物館、ウエストミンスター寺院、シティ他)夜の部ホテルのレストラン
第九日目(火)
午前中買い物(ソーホー、ポラック玩具博物館、ハロッズ他)ロンドン発19:00 JAL402便 成田行き 11時間 成田着 15:35
※NY,パリ、ロンドンの世界一周の旅であったが、世界の大都市と美術館を中心に見る旅でもあった。NYからパリへのフライトは初めてであったので、大西洋横断には少々感激した。「あれが巴里の灯だ」の気持になりました。

★「世界一周の旅」は、37歳の時の、12月1日に出発しています。改めて、振り返ってみます。この旅は、今までの「某一部上場会社」を、専門の「世界経済論」を生かせる「某一部上場会社」にスカウトされ、退職までに休暇を頂き、偶々阪急交通社が募集していた、「世界一周ツアー」に応募して、「世界一周の旅」を実現させたわけである。終身雇用の日本社会では、なかなか難しいことではあるが、生涯、一部上場会社を5社経験したものとしては、難しい選択ではあったが、機会に恵まれていたと思っています。外資系の会社には、一社も行っておりません。外資系の会社は、保険・年金等が込みこみなので、日本の会社に収入面だけで比較すると、日本の会社の倍の収入がないと合わないと、若い頃に外資系会社からスカウトされ、自分なりに出した結論です。

★フランス国歌は、1789年の「フランス革命」の時にできたようですね。「自由・平等・博愛」、民主主義の基本的理念ですね。パリを訪れ、明治以来、フランスに行き学ばれ影響をうけた「著名人」は大勢います。皆、国際性と清新さに憧れてパリを訪れた方々が多いようです。そのような機会を短期間でも持てたことは、幸福なことでした。

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「パリ」の庶民生活。と「カルロス・ゴーン氏再逮捕」とルノーの話。

2019-04-06 08:06:41 | Weblog
第四日目 12月4日(木)
NY半日自由行動 買い物ホテル16:00発 NY発18:59 パリ行きAF(エールフランス070便) 機内 夕食・朝食
第五日目
 12月5日(金)
パリ着8:05 午前中パリ市内半日観光(凱旋門、シャンゼリゼ通り、オペラ座、ノートルダム寺院,ベルサイユ宮殿他)夜の部 ギルニエ (海鮮レストラン) ラパン・アジル(シャンソニエ)
第六日目
12月6日(土)
終日パリ自由行動 (ルーブル美術館、バルザック記念館、ドラクロワ美術館)セーヌ川遊覧、クリニャンクール(ノミの市)夜の部 ムーランルージュ





パリ地図


「世界一周の旅」はすでに記述しているが、成田からアトランタ経由NYへ。当時、アトランタは日本の自動車工場などが進出し、
成田からは「JALアトランタ線就航記念世界一周」の旅であった。アトランタからNYへ。NYからエールフランス機で大西洋
を横断し、パリのオルリー空港に。パリからロンドンを見てヒースロー空港から眼下に世界地図のような北欧の国々上空より、シ
ベリア上空を経由して、成田に戻ってきたが、そのことは「世界一周の旅」で記述してあるので、興味のある方はお読みください。
さて、「パリ」の旅でのことであるが、パリの街は一通り見たが、記述していないことで、思い出に残る事があったので、記述して
見たい。一つは、パリの学生街で有名な「カルチェラタン地区」に行った時のことであるが、ソルボンヌ大学(パリ大学)等の国立
大学が幾つか集まったのが、ソルボンヌ大学であると記憶しているが、間違っていれば、御勘弁願います。そのソルボンヌ大学に行
った時のことであるが、如何にも「パリジャン」と思しき立派な紳士が、何と道端に酔いつぶれて寝転がっているではないか。日本
では中々見かけない光景で驚いたことである。それも昼間のことなのである。道行く人も皆な見向きもしないで通り過ぎていく。自
由、平等、博愛の国「フランス」ではあるが、その一面を見た気がしたものである。次にパリの「タクシー」の件であるが、パリの
個人タクシーに乗った時のことであるが、何と車は「ベンツ」で、しかもそのドライバーは若いドライバーであったが、見るからに
「パリジャン」と思しき、カシミア100%のセーターを着て運転している。(冬であったので)当時、日本でカシミア100%のセータ
ーは贅沢品であった。これが、パリの庶民の生活で、今でこそ日本も豊かになり、「パリジャン」にひけをとらない生活ができるよう
になったが、その当時はパリの「豊かな生活」に感心したものである。

★上記の話は、世界一周の時のパリの話であるが、「個人タクシーはベンツ」で「ルノー」ではない点である。「ベンツが庶民の車」で
 「ルノー」ではない点である。思い出すと、確かに「ルノー」の印象は余りなく、パリでは「ベンツ」に苦戦していることがわかる。
 日本でも最近、「ベンツ車」が、目立つようになってきている。
 

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