1.地域における気候変動適応策の検討に必要な2つの科学
地域における気候変動適応策を検討する場合、2つの科学が必要である。
1つは、予測科学である。S-8研究(環境研究総合推進費:温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究)でいえば、自然生態系や農業、水災害、水質、熱中症、感染症等、気候変動の影響分野毎に、今世紀の中頃(2031~2050年)と今世紀末(2081~2100年)の2時点を目安として、影響予測を行っている。影響構造を分析し、影響の予測モデルを構築し、様々な気候予測結果を入力して、予測や対策効果の感度分析等が成される。こうした予測科学の結果を、地方自治体に提供し、それをもとに将来影響に対する適応策を検討するモデルスタディが実施されつつある。
S-8研究の成果では、予測結果のデータを「簡易推計ツール」というデータベースに格納し、地域や時点、予測項目等を指定することで、地図表示にて閲覧ができるようにしている。
2つめは、現場科学である。気候変動の影響は既に全国各地で発生しており、これに対する対策が地域の研究機関(公設試験場等)を中心に研究され、実行されている。特に、農業分野では、高温耐性のある水稲品種の開発に取り組んでいる地域が多く、適応品種の普及段階に移行しつつある。また、現場の生産者や流通事業者も気候変動の被害を体験しており、被害を最小化するための作付の工夫や、新たな農作物への転換等も検討・実施されている。つまり、現場科学では、既にある影響を分析し、それに対して即効性のある対策が研究されている。
予測科学をもとにした適応策の検討をトップダウン・アプローチといい、現場科学を中心とする検討をボトムアップ・アプローチということができる。この2つのアプローチを統合させることで、地域特性や取組主体の状況に応じて、中・長期的な気候変動の影響への“予防”、あるいは脆弱性の根本的改善に踏み込んだ既存の適応策の強化という追加的適応策を検討することができる。
ボトムアップ・アプローチでは、どうしても現在あるいは短期的な対策が中心となり、将来影響の深刻化を予防するために、脆弱性の改善に踏み込んで、根本的な対策を検討することに至らない。この意味で、脆弱性の根本的改善という追加的適応策は、トップダウン・アプローチを地域に持ち込むことで始めて、具体的検討を進めることができる。また、トップダウン・アプローチによる将来予測値だけで、地域の適応策が検討できるわけではない。気候変動の被害を受けている主体、あるいは地域で施策を具体化し、実行する主体が、現場の知見と予測の知見との整合性を理解し、予測の知見に対して既往の対策の不足を把握することによって、初めて追加的適応策が創出されるのである。
一方、トップダウン・アプローチでは、現場で生じている具体的影響と予測結果との整合等が課題となる。また、現場で適応策を検討する際に必要となる情報(例えば、予測のタイムスパンや空間スケール等)への具体的ニーズを把握し、それに合わせて予測を行うことも必要となる。トップダウン・アプローチに対する現場からのフィードバックが必要となる。
2.予測科学と現場科学をつなぐ情報
予測科学と現場科学を統合するためには、各々の成果である情報流通を円滑化する必要となるが、そこに多くに課題がある。
まず、予測科学の成果は、前述のように「簡易推計ツール」に格納されて、試験的に提供されている段階にある。しかし、現在、格納されている予測項目は、斜面発生確率、植生12種の潜在生息域、コメ15種の収量、みかん・タンカンの適域、熱ストレス脂肪超過数、ヒトスジシマカ分布可能地域、ブタ日本脳炎抗体陽性率分布である。基本的に3次メッシュ単位のデータであるが、一部は2次メッシュあるいは都道府県単位となっている。
こうした予測科学の成果については、量の問題(予測項目が限定されている)、質の問題(予測結果の信頼性や不確実性が判断できない)、アクセスの問題(試験運用中であり、必ずしもオープンに利用できない)等があり、情報の整備と流通に課題を残している。S-8研究以外でも、地域への気候変動影響について個別的な予測がなされているが、それを現場の行政担当者等が使いやすい状態にあるとはいえない。
一方、現場科学では、影響分野間で情報が共有されていない状況にある。例えば、地域での気候や影響の観測データ、農業分野等での適応技術、農業従事者や生活者等の意識や行動実態に関する情報は、個別には存在するものの、分野横断的に共有されているわけではない。このため、北海道や長野県等では、気候変動の影響や適応に関する地域情報を統合化するネットワークの構築を目指し、取組みを開始している。
また、予測科学と現場科学を統合するうえでは、情報を評価し、適応策を立案していく手法の確立とそれを担う主体(人材、機関)の形成が必要となる。適応策の立案手法については、前述の「適応策ガイドライン」を策定し、「地域適応フォーラム」を通じた情報提供に努めているところである。主体の形成については、S-8研究に参加しているような地域の研究機関があるところはよいが、環境関連の公設研究機関が所在しない地域も多い。地域の研究機関、大学、NPO等が連携し、適応策を推進する主体を形成していくことが望まれる。
さらに、予測科学や現場科学の成果である情報を、地域の住民や事業者に提供していくことが必要となる。これらの主体は、気候変動の影響を認識し、とるべき行動(緩和行動と適応行動)を考え、実施することが期待されるが、気候変動の地域の影響や適応策に関する情報は行政内部あるいは関連機関での調査研究段階にあり、一般の主体に伝達され、正しく活用されている状況ではない。例えば、東京都等は、東京都下における気候変動の影響を予測しているが、行政内部での調整が進まないようで、予測結果は外部に公開されていない。
参考
1)S-8温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究
http://www.nies.go.jp/s8_project/
2)適応策ガイドライン *現在、VER2の公表準備中
http://www.adapt-forum.jp/tool/index.html