2018年9月から2020年3月まで、環境新聞で「地域の研究・教育機関と持続可能な地域づくり」というリレー連載をさせていただきました。
その企画・監修者としてのまとめの記事を共有します。
山陽学園大学地域マネジメント学部地域マネジメントが2018年4月に開設され、そこに着任して、地域の大学で何ができるのかを実践しながら、考えていこうと取り組んできました。
そして、4年がたち、完成年度となりました。
大学での教育や研究を通じて、持続可能な地域づくりのリフレーミングとトランジションをどこまでできるかにチャレンジをしてきたつもりですが、短期間でできることでもないですね。
以下、元原稿 *************************
●持続可能な社会の先取りへの期待
地域産業の振興の支援、専門的人材の供給を担うことが、地域の大学や専門学校の役割として期待されている。地方の研究機関もまた、地域課題の解決への貢献が役割とされている。
かといって、地域の教育・研究機関は困難な重荷を負わされた損な役回りではない。地方の地域を社会転換の先進地と見なし、そこに活躍の場と自己実現の機会を求める若者が集結を始めている。この時代だからこそ、地域の教育・研究機関は、持続可能な社会に向けた地域からの取組みを実践しつつ、最先端の人材開発と実装研究を担う社会転換の先導の場となりえる。
しかし、地域の教育・研究機関は、本来、地域課題の解決を図るために設立されたわけではない。本分である教育・研究と地域課題の解決(持続可能な地域づくり)という社会活動の間にある溝を埋め、両者を統合的に発展させる工夫と自己改革が必要となる。
●地域側と学生側の相互学習と教員の率先
地域課題の解決を通じた実践教育では、教育と地域づくりの間の溝が露わになる。
松本明氏(高知大学)は「地域側は『若い人たちならではの柔軟なアイディア』や『ボランタリーな労働力の提供』を、学生側は『もてなされた成長の場』や『共感性の高い働きかけ』を期待する」が、そこに乗り越えなければならない溝があると指摘した。
協働を通じて、地域側と学生側が相互に学習し、各々の成長により溝が解消される。地域側の学習と成長のためには、教育のための教育ではなく、学生の成長支援と地域再生を統合的に実現する協働プロジェクトとして、実践教育をデザインすることが重要である。学生側の成長には、地域に関わる当事者としての意識形成が必要であり、地域との関わりを積み上げる時間と機会をつくることが必要となる。
この際、教員は間に立つ調整を行うだけでなく、協働の参画者となることが重要である。坂田祐輔氏(近畿大学)は、学生が担うコミュニティ・ビジネスの実践において、「教員が楽しむ姿を見せることで、学生が動き出すはずだ」と考え、教員がロールモデルとなって、学生の主体性を引き出すようにしている。教員が率先し、学生の主体性を待って引き出す姿勢が地域側の共感と理解にもつながる。
●地域課題に即応する人材育成
教育と地域づくりの溝は、地域課題に即応する人材を、地域の現場で育成するというプログラムによっても解消される。
嵯峨創平氏(森林文化アカデミー)は、地域で起業家を受け入れ育てる「里山インキュベーター」事業を行っている。この事業では、起業プランづくりを経て、実践の社会実験を行ってきた。大学や専門学校の専門知の投入だけでなく、地域との信頼関係、既に移住起業した先達やネットワークを基盤として、事業が進められている。
風見正三氏(宮城大学)は、大震災からの復興に取り組む兵庫県立大学と宮城大学が連携して実施している「コミュニティ・プランナープログラム」を報告した。「大震災の経験を経て、平時からのコミュニティ形成が重要である」という認識にたち、地域の現場にふれながら、地域本来の良さを活かしたコミュニティ創造手法を学ぶ人材育成プログラムである。
岩淵泰氏(岡山大学)は、公害紛争があった水島の地域での取組みを報告した。同地ではまちの衰退が顕著であり、学びを通じた若者の参画を促すプログラムを展開している。「喜怒哀楽を伴いながら、困難を乗り越えようとする大人たちに囲まれ、ワクワクやドキドキが眠っている地域を楽しむことで、若者はまちづくりを担う市民に成長している」という。
●地域課題への寄り添いと地域のリフレーミング
研究と地域づくりの溝は、グローバルな外部の視点あるいは学術的な研究者の視点から設定する研究のテーマや成果物が地域住民等のステークホルダーの関心とずれることで生じる。この解消に踏み出す取組みが既に活発である。
豊田光世氏(新潟大学)は、「トキとの共生を考える座談会」を企画した際、「トキという言葉を関係がないと思う住民が多いため、トキという言葉を出さない方がいい」というアドバイスを受けた。このため、地域課題への関心をトキとつなげ、具体的な提案を生み出す、合意形成を積み重ねている。
大場真氏(国立環境研究所福島支部)は、地方創生、SDGs、地域循環共生圏、気候変動適応等の政策や研究が多様に進めている。しかし、政策毎のトップダウンの研究ではなく、地域にとって魅力的な将来像を如何に統合的に示していけるか課題であり、既にその研究を始めているとした。
一方、地域の研究機関は、地域の行政や住民ができない専門性を発揮し、地域側からは自発的に課題とされにくいテーマを地域に持ち込み、リフレーミングにより地域活動を活発化させる役割が重要である。
内藤正明氏(琵琶湖環境科学研究センター)が報告した30年後の地域の将来像とそこに至るロードマップづくりは、まさに地域の専門機関だからこそできるアクション・リサーチである。
倉阪秀史(千葉大学)による未来カルテは、未来の問題点をみえる化し、ワークショップ参加者の視野や視点を広げる、リフレーミングのツールである。
白井信雄(山陽学園大学)が示した長野県高森町での気候変動適応策の立案においては、社会調査に基づくデータを討議の基盤として提供し、また社会経済の脆弱性の改善に踏み込んだ適応策という考え方のフレームを持ち込み、これまでにない適応策の立案を促した。
●持続可能な地域づくりの率先
さらに、教育・研究機関は、その本分を超えて、社会事業を創発する主体となり、持続可能な地域づくりを先導している。
企業と連携した研究基金とその成果を還元する議員研修事業(岡田久典氏(早稲田大学)の報告)、欧州委員会(EC)の委託による実施している「世界首長制約」の普及事業(竹内恒夫氏(名古屋大学)の報告)、再生可能エネルギーの地域実装化を図る「地域貢献型メガソーラー発電事業」(白石克孝氏(龍谷大学)の報告)、参加型オープンイノベーションの場となる「フューチャーセンター」と「リビングラボ」(吉田敦也氏(徳島大学))、大学発ベンチャーとしての「バイオマス発電所」(那須清吾氏(高知工科大学))等の事例は、大学における社会活動は、時代を変える率先力となっていることを示している。
本連載で書かれた取組みは全国各地の教育・研究機関の取組みの一部である。さらに多くの取組みに学ぶ機会があればと願う。ひとまず、本連載での共有が、地域からの社会転換を加速させる一助となることが期待して、まとめとする。