環境新聞で5月より、連載「リスク社会と地域づくり」の1回目
大地震、豪雨・台風、パンデミック
日本は地震大国と言われる。阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)ではともに最大震度7を観測した。新潟中越地震(2004年)、能登半島地震(2007年)、熊本地震(2016年)等も地域に甚大な被害をもたらした。
豪雨や台風による水・土砂災害も頻繁にある。近年でいえば、台風第12号(2011年)、九州北部豪雨(2012年、2017年)、西日本豪雨(2018年)、台風19号(2019年)、7月豪雨(2020年)の被害は記憶に鮮明である。
そして、2019年から現在に至る新型コロナ災害。地震や豪雨等の災害は突発的局所的に甚大なダメージをもたらすのに対し、新型コロナは長期にわたり、じわじわと世界中を苦しめてきた(いる)。
これらの大地震や豪雨・台風、パンデミックは一般的に自然災害に分類される。しかし、近年の大災害を自然災害と捉え、受け入れることに違和感があるだろう。これら大災害の被害には明らかに人為的要因が関係している。
ハザードと脆弱性
リスクは、被害を受ける側からみたハザードと被害を受ける側の持つ脆弱性によって顕在化する。図に、豪雨・台風による水・土砂災害というリスクを規定する構造を示す。ハザードは被害を発生させる社会経済の外の力(起因)であり、脆弱性は被害を受けやすい内の力であり、社会経済の性質(素因)や被害を発生させてしまう条件(誘因)に分けることができる。
重要なことは、外の力であるハザードだけでリスクが発生するわけではなく、内の力である脆弱性がリスクを甚大なものにしていることである。高齢化や無縁化、経済停滞が続く社会、リスクに対する対策を後回しにする状況が脆弱性を高めている。
水・土砂災害の場合では、温室効果ガス排出による気候変動の進行が豪雨・台風といった異常気象をかさ上げしている。つまり、外の力であるハザードもまた、私たちの社会経済活動が影響している。
地震というハザードは自然要因であるが、脆弱性が被害を大きくしていることは明らかである。東日本大震災による福島原発の事故とその被害の大きさには、エネルギー需給構造の持つ脆弱性が関係している。
パンデミックは自然界にあったウイルスを人間界に持ち込んだという点で人為的要因が関係している。グローバルな人流による被害拡大、セーフティネットの不十分さといった脆弱性に関する要因も露呈した。
リスク社会を抜け出せるのか
リスクの発生の原因が私たち自身の社会経済に内在化している状況を「リスク社会」と呼ぶ。私たちの暮らす社会は、脆弱性を拡大させる方向にあり、ハザードの増幅にも加担している。リスク社会はますます進行している。
リスクを過大視せず、上手くつきあうことが大切である。しかし、近年の大災害の状況をみるに、これまでのリスク対策は財政を逼迫させ、ますます社会全体の脆弱性を高めている。「被害の拡大→リスク対策の強化→脆弱性の拡大→被害の拡大」という負のスパイラルが形成される。
リスク社会から抜け出すことは容易ではない。この理由として3点をあげる。
第1に、生産活動の産業化やグローバル化の進行により外部依存を強め、それゆえリスクの構造が見えにくいなっている。例えば、気候変動の進行が目の前で起こっている水・土砂災害の原因であると頭では理解しても、そのつながりが見えにくいために優先度が高まりにくい。
第2に、私たちは主観的にリスクを捉え、リスクを正しく認知しない心理的なバイアスを持つ。代表的なものが正常性バイアスである。これは、「危険や脅威が迫っていることを示す情報に対して、ある範囲内であれば、その異常性を無視や過小視し、異常を日常的な正常文脈の範囲内として処理しようとする認知傾向」である。「自分な大丈夫だろう」「またいつものことだ」「なんとかなるさ」という楽観的な生き方は楽しいかもしれないが、リスク社会への対策を先送りにしてしまう。
第3に、リスク社会からの転換を先送りする経路依存の問題があげられる。気候変動防止のためには、ゼロカーボンを目指す必要があるが、石油や天然ガスに依存してきた既得権益がそれを手放すことはなかなかできない。なりゆきを変えるためには、リスクへの強い危機意識と変える強い意志を持つとともに、転換を円滑かつ迅速に実現するためのマネジメントが必要であるが、そのノウハウや仕組みがまだまだ不十分である。
地域づくりへの期待
リスク社会から抜け出すうえで、地域主導による地域づくりとしての取組みに期待したい。その5つの理由を示す。
第1に、産業廃棄物の不法投棄、原子力発電所の立地、インバウンド観光への依存等のように、リスク社会のつけが地域にまわされ、深刻な被害が目に見えて顕在化する。被害を受けやすい地域の側からの先導的な取組みが動き出す。
第2に、リスク社会の根本の一端がグローバリゼーションにあり、リローカリゼーションはリスク社会の構造を変えていく基本的な方向である。食料やエネルギーの地産地消や自給自足を強めることは、脆弱性を改善することになる。
第3に、先進的な地域は既得権益に対する抵抗文化を創造する場として期待される。移住者を大切にする風土を持つ地域、進取性に富んだ文化を持つ地域、社会を変える方向性を首長が打ち出し支持される地域等において、フロントランナーとしての大胆な取組みが期待される。
第4に、リスク社会の素因として、人と人の分断がある。リスク対策を地域ぐるみで取り組むことは、人と人をつなぎ直すプロセスともなる。自主防災や事前復興計画を地域ぐるみで取り組む動きは既に進められている。
第5に、リスク社会において特に問題にすべきは弱者の被害の受けやすさである。災害から逃げ遅れる、災害時に蓄えがない弱者に寄り添い、支えあうことが必要である。弱者の視点でのきめ細かい取組みは地域でないとできない。
次回に続く。