サードウェイ(第三の道) ~白井信雄のサスティナブル・スタイル

地域の足もとから、持続可能な自立共生社会を目指して

気候変動への緩和策と適応策のコベネフィットとトレードオフ

2014年04月13日 | 気候変動適応

 IPCCの第5次報告書の第2作業部会の報告書から、筆者が注目する点を切り出してみたい。今回は、緩和策と適応策の関係を取り上げる。

 

●IPCCの第5次報告書の第2作業部会の報告書から

 

 まず、政策担当者向け要約の24ページに、「重要なコベネフィット、相乗効果、トレードオフは、緩和と適応の間やオルタナティブな適応の対応の間に存在する;相互作用は地域内及び地域をまたいで起こる(確信度は非常に高い)」という見出しで、次のような記述がなされている(以下、文章そのままに筆者訳)。

 

・「気候変動に対する緩和や適応の努力が進むにつれて、特に水、エネルギー、土地利用及び生物多様性に関して、相互作用の複雑性が増す。しかし、これらの相互作用を理解し、管理する手段には限界がある。」

 

・「コベネフィットの例としては、(i)健康に有害で気候を変える大気汚染物質の排出を地域で削減するようなエネルギー効率の改善やクリーン・エネルギー源、(ii)都市の緑化や水の再生利用を通じた都市域でのエネルギーや水の消費量の削減、(iii)持続可能な農業や森林経営、()二酸化炭素貯留や生態系サービスのための自然生態系の保全、がある。」

 

 

 技術的要約では、政策担当者向けよりも少しだけ詳細に記述をしている。その33~34ページに次のような例示がある(以下、文書の要約を筆者作成。一部、割愛)。

 

・緩和策のために成長の速い木を植えたり、バイオ燃料用作物の栽培のための土地利用の転用は、自然生態系や生物多様性にマイナスの影響をもたらす。

 

・再生可能な地域資源利用やバイオ燃料用作物の栽培は、雇用創出等のプラス面と自然改変というマイナス面を持つ。しかし、緩和と適応という観点では、トレーオフにもなりがちである。緩和のためのこれらの取組みは、一部の開発者に利益をもたらすが、地域の一般住民には利益をもたらさないためである。

 

・マングローブ林や海草、干潟の保全は、二酸化炭素を貯留する緩和策として重要であるとともに、沿岸浸食や台風被害から身を守る適応策としても重要である。

 

・農業で温室効果ガスの排出を減らすいくつかの試みは、穀物の気候耐性を高める適応策にもなる。

 

・都市におけるエネルギーや水消費の削減は、緩和と適応のコベネフィットとなる。

 

・アフリカでは、カーボンオフセットへの農民の参加、アグロフォレストリー、農家参加型の森林再生等が、緩和と適応の統合策になっている。

 

・アジアでは、化石燃料由来の自動車を減らし、緑化を進める持続可能な都市づくりが、コべフィットをもたらしている。

 

・北米では、大気汚染、貧困者向け住宅、農業の衰退等に係る地域政策によって、低コストで、緩和や適応、持続可能な発展を可能としている。

 

●緩和と適応の関係への私見

 

 IPCCの報告書の要約を見る限り、緩和と適応のコべネフィットや相乗効果の側面は示されている。しかし、トレードオフの関係の分析結果事例は示されていない。さらに研究や事例検証が必要な段階にあるということができるだろう。

 

 これらの記述を踏まえ、筆者なりの視点を加えて、緩和と適応の関係について、少し大胆に考え方(仮説)を整理してみたい。

 

(1)自然系システムを人工系システムに置き換えてきていることによって、特に都市はエネルギー多消費構造(非緩和型)であり、また自然の影響に対する抵抗力の弱い構造(非適応型)になっている。例えば、自然の水や大気の循環を再生し、緑地を都市に取り入れることで、ヒートアイランド現象を抑制し、緩和と適応のコベネフィットを創出することができる。この自然系システムの再生は、生物多様性という側面でもプラスとなる。

 

(2)地域間の貿易・移出入が活発化し、物質循環における地域の自立性が低まり、他地域への外部依存性が高まっている状態は、カーボンプリントやライフサイクル全体の二酸化炭素排出量を多くしている。そして、過度な外部依存の状態では、気候変動への影響により外部からの供給が停止した場合に、被害は甚大となる。外部依存をしつつも、地域資源を利用した水、エネルギー、食糧等の自給率を高めることが、緩和と適応を両立させる方向として重要である。

 

(3)地域経済の衰退、地縁的コミュニティの弱体化、高齢者や貧困者等の社会的身体的弱者等の増加、社会経済的な格差の拡大などは、緩和と適応の阻害要因である。これらの社会的課題を解決すること、すなわち持続可能な発展を図ることが、緩和と適応の基盤づくりとして重要である。

 

(4)気候変動への取組みを経済活動として行うことで、あるいは社会活動として行うことで、経済や社会を発展させる効果を創出することができる。緩和策や適応策を、地域ビジネスとして行うことで地域経済を発展させ、住民やコミュニティの参加として行うことで人づくりを進めることで、緩和・適応の推進と地域づくりの相互作用を高めることが期待される。

 

(5)あらゆる主体が、気候変動問題に対して、正しい理解と危機意識を持つことが、緩和と適応の両方を進める意識・行動を形成する。気候変動の影響が既に顕在化してきていること、将来その深刻化が予測されること、気候変動の人為的要因が温室効果ガスの排出であり、その削減(緩和策)が必要であること、ただし、緩和策の最大限の努力をもっても被害を回避できずに適応策が必要であること、その逆に既に気候被害が発生しており適応策を否応がなく実施しているが、適応にも限界がある、というような理解を高めることが重要である。適応策を進めれば、緩和策をしなくてもいいと捉えるのは、誤った理解である。

 

(6)緩和と適応のトレードオフは、上記のような社会変革や持続可能な発展という方向性に反した個別の取組みを行う場合に発生する。この場合、トレードオフというより、「両損」である。例えば、水災害対策を、堤防を高くするという防御型のハード対策として実施した場合に、建設のための多大なエネルギーを消費し、マイナスの緩和策となる。加えて、住民説明も十分に行わずに、行政予算で大規模資本に発注して行った場合に、それは適応策としても不十分である。

 

(7)予算制約を考えると、緩和と適応の間での予算配分におけるトレードオフは発生する。この際、適応策のための予算を確保するために、緩和策のための取組みが阻害さえることは避けなければならない。緩和策と適応策を両立させる対策や、費用がかからない対策を工夫することで、緩和策と適応策の両面を進めることが望まれる。逆に、緩和策のみに固執して、適応策を排除するような狭い了見も考えものである。適応策は、従来の環境政策に、安全や安心を確保するという新たな規範を持ち込むうえでも必要である。

 

 

 さらに、気候変動の影響分野別(水災害、水資源、農業、自然生態系、熱中症対策等)に、緩和と適応の関係、両立させる具体策を整理することが必要であるが、ひとまず、ここまでとする。

 

 

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