気候変動(地球温暖化)に対して、緩和策(温室効果ガスの排出削減)と適応策(気候変動の影響に対する対策)の2つの対策が必要である。緩和策を最大限に実施したとしても、将来的な気候変動の影響の増大は回避できないことから、適応策が不可欠である。適応策は、気候関連災害は既に発生していることから、それへの対策として、実施されている。将来の気候変動影響の深刻化に対しても現在の対策の延長上で実施すればよいと考えられるが、現在の対策の延長上だけで大丈夫なのか、何の保証もない。
そこで必要となるのが、将来の気候変動影響を予測し、対策を検討することである。ある程度の影響予測の結果は既に得られているが、予測結果の不確実性が高く、適応策の検討がなかなか進まない。気候変動の予測における気候シナリオ(緩和策の進展度合)の違い、気候モデルの違い、気候変化と影響の関係を示すモデルの精度、社会経済シナリオの違い等から、不確実性は解消しきれない。つまり、予測結果の最大と最少の幅が大きい。
将来影響予測の精度を高め、不確実性の幅を抑制することが必要であるが、その成果を待っていては手遅れにもなるかもしれない。そこで、国連環境開発会議(UNCED)リオ宣言の原則15では、「環境を保護するため、予防的方策(Precautionary Approach)は、各国により、その能力に応じて広く適用されなければならない。深刻な、あるいは不可逆的な被害のおそれがある場合には、完全な科学的確実性の欠如が、環境悪化を防止するための費用対効果の大きい対策を延期する理由として使われてはならない」と示している。これが予防原則である。温暖化に対して懐疑的な立場をとる人もいるが、気候変動の影響は不可逆的な被害のおそれがあるのであるから、将来影響予測が完全ではないからといって、(費用対効果が大きい)対策を先のばしにしてはならないと言っているのである。
では、予防原則に基づく対策はどのように検討、導入されるべきか。順応型管理、さらには順応型ガバナンスという方法が1つの答えを与えてくれる。順応型管理について、松田(2008)は、「未実証の前提に基づいて管理計画を実施し、継続監視によって、その前提の妥当性を絶えず検証しながら、状態変化に応じて、管理失敗のリスクを低減する管理のことである」と定義している。予防原則では、最悪のケースを設定し、費用対効果の高い対策を導入したり、安全性が実証できない限り規制するという方法がとられることが多いが、順応型管理では「未実証でも管理を実施し、検証作業を事後に行うことが重視される」。
さらに、順応型管理は、科学者と行政担当者が、一般住民等の知らないところで勝手にやればいいものでもない。順応型管理の方法で監視を行っていて、対策の実行が遅れ、大きな被害が発生しすることもあるかもしれない。順応型管理の方法で監視や準備をしていたことを知らされていない住民は、科学者や行政を批判し、対立が生じることもあるかもしれない。順応型管理を理解しない住民が悪いのではない、順応型管理のプロセスに住民を参加させないことに問題がある。そこで必要なことは、計画策定や監視、見直しへの住民等の参加である。この参加を重視する点から、順応型管理ではなく、順応型ガバナンスが必要である。
気候変動適応策における順応型ガバナンスの手順を整理した結果を下記に示す。
① 影響予測に基づく対策代替案の設定
気候変動の影響予測に基づき、気候外力やその影響の最大、平均、最小等のケースを設定し、各ケースの場合にとるべき対策メニュー(代替案)を設定する。この代替案には、レベル1の防御、レベル2の影響最小化、レベル3の転換・再構築に関するものが含まれる。
注)できれば、地球規模の気候シナリオだけでなく、地域の社会経済シナリオについても複数シナリオを設定し、気候と社会経済の2軸を組み合せて、複数のケースを設定し、各ケースの対策メニュー(代替案)を設定することが望ましい。
② 監視による代替案の選択・実行、見直し
気候外力の変化や気候変動影響の状況を経年的に監視したり、その状況に応じて、用意しておいた対策メニューを選択して、実施する。この際、被害が深刻化する傾向を判断し、事前に対策を実施する。また、実際の影響の状況や関連研究等の進展に応じて、①で用意したおいた対策メニュー(代替案)の見直しを行う。
注1)対策メニューのテスト的な実施を行い、各対策の有効性の変化を実際に測定し、有効な対策を選択していくという“トライアル型適応”が考えられる。
注2)現在整備されており今後も.長期的に使用するインフラについては、将来影響への対応可能性の観点から点検し、順応型管理の方法で維持管理や更新を行う。今後に新規の整備を行い、長期的に使用するインフラについて、確実性のある気候被害への対応を設計基準とするとともに、不確実性のある影響への順応型管理の対応が容易なように可変性のある設計とする。
③ 記録と説明、関係者の参加・学習
関係者の参加①から②に示した方法で適応策の選択をしていくことを、記録し、関係者に説明することで、担当者が変わっても順応型管理が継承されるようにする。また、関係者と協働で順応型管理の計画を作成することで、関係者との信頼関係を気づくとともに、関係者のや主体性を引き出し、学習による成長を促す。
以上。順応型管理あるいは順応型ガバナンスは、水産資源管理や自然生態系管理において、既に導入されているが、気候変動適応策の分野ではまだまだこれからである。将来影響予測の精度を高めるだけでなく、こうした適応策の計画論の研究もさらに進めなければならない。
参考文献)
植田和弘・大塚直監修「環境リスク管理と予防原則」有斐閣、2010
松田裕之「生態リスク学入門」共立出版、2008