名古屋の一社にあるJICAの研修施設で、インドネシアの行政職員向けの研修講師を務めてきた。地域資源の活用というテーマでも研修だが、ブルガリア3年、インドネシア2年めである。今年の秋には、若干違うテーマで、ラオスとミャンマーの研修講師を引き受けた。
国が変わっても、毎年同じ資料で、同じ内容を話していると、こちらは飽きてくるが、受講者はいつも違うからいいんですよと、研修企画者に言われると、ついつい引き受けてしまう。
受講者の質問や意見を聞くのは、おもしろい。「地域資源の活用を住民参加で行うといっても、住民は関心を持たない。誰が計画をつくるべきか」という質問があった。行政の仕掛けに住民が参加しないのは、インドネシアでなくとも日本でも同じだが、インドネシアでは、住民と行政官の格差が大きいから、余計に住民参加が難しいという。
今回、新たに思ったのは、インドネシアだからといって、日本の農山村でやっていることを伝授するというような意識で、講師をする必要はないということ。
例えば、今回の研修は、全体で1ヶ月。私は地域資源の定義と地域資源の活用事例・それから学ぶことを紹介し、SWOT分析の概要まで話した。その後、SWOT分析のワークショップやさらにはマーケティング手法の紹介や実習まで行う。考えてみると、この研修は、結構高度である。
SWOT分析やマーケティングをきちんとやっている日本の農山村での活動がどれだけあるのだろうか。今回、インドネシア向けの研修でやっている内容の方がよっぽど進んでいる。
他の例でいえば、発途上国援助におけるSEA(戦略的環境アセスメント)なども、日本のしがらみに足をひっぱられながらやるアセスメントよりも、よっぽど先進的である。
アジア諸国で先進的な農山村振興・地域づくり、あるいは環境政策を立ちあげ、それを日本に逆輸入するような流れも出来るかも知れない。開発途上国における住民参加では、学歴などの格差が課題となるのかも知れないが、地域づくりの手法を素直に学ぼうとするアジア諸国の行政官のがんばりに期待したい。
私自身も、インドネシア等の研修講師をこれからもやるかも知れないが、それを後進に指導する先進国の役目などとおこがましく捉えるのではなく、その機会を日本の山村振興の仕事等に活かしていきたい。そんな視点を抱くことができた、今回の研修だった。
国が変わっても、毎年同じ資料で、同じ内容を話していると、こちらは飽きてくるが、受講者はいつも違うからいいんですよと、研修企画者に言われると、ついつい引き受けてしまう。
受講者の質問や意見を聞くのは、おもしろい。「地域資源の活用を住民参加で行うといっても、住民は関心を持たない。誰が計画をつくるべきか」という質問があった。行政の仕掛けに住民が参加しないのは、インドネシアでなくとも日本でも同じだが、インドネシアでは、住民と行政官の格差が大きいから、余計に住民参加が難しいという。
今回、新たに思ったのは、インドネシアだからといって、日本の農山村でやっていることを伝授するというような意識で、講師をする必要はないということ。
例えば、今回の研修は、全体で1ヶ月。私は地域資源の定義と地域資源の活用事例・それから学ぶことを紹介し、SWOT分析の概要まで話した。その後、SWOT分析のワークショップやさらにはマーケティング手法の紹介や実習まで行う。考えてみると、この研修は、結構高度である。
SWOT分析やマーケティングをきちんとやっている日本の農山村での活動がどれだけあるのだろうか。今回、インドネシア向けの研修でやっている内容の方がよっぽど進んでいる。
他の例でいえば、発途上国援助におけるSEA(戦略的環境アセスメント)なども、日本のしがらみに足をひっぱられながらやるアセスメントよりも、よっぽど先進的である。
アジア諸国で先進的な農山村振興・地域づくり、あるいは環境政策を立ちあげ、それを日本に逆輸入するような流れも出来るかも知れない。開発途上国における住民参加では、学歴などの格差が課題となるのかも知れないが、地域づくりの手法を素直に学ぼうとするアジア諸国の行政官のがんばりに期待したい。
私自身も、インドネシア等の研修講師をこれからもやるかも知れないが、それを後進に指導する先進国の役目などとおこがましく捉えるのではなく、その機会を日本の山村振興の仕事等に活かしていきたい。そんな視点を抱くことができた、今回の研修だった。