白珠だより

札幌にて美人画と武者絵を扱っております白珠画廊のブログです。

おしょうがつ

2022-01-05 | 画廊の様子

あけましておめでとうございます。
お健やかにお幸せにお過ごしくださいますようお祈りいたします。   s・y



光がもどってくる

2021-12-31 | 画廊の様子
心騒がしく不安に満ちた一年が終わろうとしています。
12月の初めにこの静かなお庭をお訪ねしました。
冬の佇まいの中にねむりに落ちた花たちや木々の密かな寝息と香りが満ちています。
やがて来る新しい年には彼らの命が必ず目覚める約束を伝えています。
このお庭はいつも喜びと感謝の心を教えてくれます。
    光は必ず少しずつ力を増して帰ってきます。
この数日後に、お庭は真っ白な雪に包まれました。
深い深い雪の下で命は大切に守られていることでしょう。
  
    みなさま、おからだを大切に良いお年をお迎えくださいませ。 s・y





horse logging  ~馬搬

2021-03-06 | 画廊の様子
明治、大正、昭和の時代、馬達とそれを操った馬方の男たちは北海道の
冬の生活を支えてくれました。

心待ちにしていた三月、お雛さまをお見送りしたばかりなのに吹雪の夜が
やって来ました。
荒れ狂う吹雪の唸り声と窓に打ち付けられる氷の粒々が容赦なく一日中
暴れまわりました。
三月はやはりお天気の騒がしい月です。

太い白樺の木材を橇に載せて機械が入ることの出来ない山奥から馬を頼りに
雪煙を上げながら麓まで人馬一体となって働く力強くまた美しいホースロギングの
姿を表わした置物です。         白珠画廊 所蔵品

暴れる吹雪に圧倒された一夜が明けて静かな朝日が差し込んだ窓辺に小さいけれど
力強い馬橇の姿がありました。
父が何方かから頂いて大切にしていました。もう古くて小さいけれど
私も北海道の歴史を語る馬の姿が大好きで大切にしています。

馬を農耕馬として使い慈しみ、その力を信じ育て人馬一体となって北海道の
開拓に尽くした歴史の姿です。
春が一足近づいてきました。          s・y


          柚子のタルト  ステラマリス@さっぽろ





カムイユーカラを世に送り出した少女

2020-07-20 | 画廊の様子
緑の森の葉陰から誰かが口ずさみながらやってきます。
  「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに……♪」
小さな足音を立てて歌っています。それは一人の美しい少女~ピリカメノコ~
でした。
日本名は知里幸恵17才です。
国語学者金田一京助博士の指導のもと、その驚くべき記憶力とすぐれた文学の才能で
文字を持たないアイヌ民族の口伝の謡とお話をローマ字で表し、美しい日本語に訳して
アイヌ神謡集ー「カムイユーカラ」にまとめました。
その序文には~その昔、この広い北海道は私たちの先祖の自由の天地でした。~
とあります。
叔母や祖母から語り聞かせられた昔の人の逞しく美しい魂の輝きを消してはならない
と思いました。
1922年(大正11年)五月、それまでに書きためた「アイヌ神謡集」の
草稿執筆をはじめ、校正を済ませたばかりの九月に持病の心臓病が悪化して九月18日、
亡くなりました。19才でした。

「カムイユーカラ」~アイヌ神謡集は1923年(大正12年)に
金田一博士の尽力により上梓、出版されました。
              
知里幸恵 (1903~1922年)
幸恵は心の底からこう語っています。
 愛するわたしたちの祖先が起伏す日頃、互いに意を通ずる為に用いた多くの言語、
言い古し、残し伝えた多くの美しい言葉、それらのものもみんな果敢なく、
滅びゆく弱きものと共に消え失せてしまうのでしょうか。
おお、それはあまりにもいたましい名残惜しいことです。
雨の夜、雪の夜に語り興じた物語をみなさまに読んでいただけたら
無限、無上の歓びです。     知里幸恵  大正十一年 三月一日


ユーカラの謡には狐や兎、蛙や梟、熊など動物神が物語を進めていきます。
人はいかに生きていくべきなのかを面白おかしく語ります。自然の
美しさ、残酷さを語ります。自然を敬う心があふれています。」
生まれ置かれた場所で楽しく、逞しく生きてゆく知恵を授けてくれるお話が満載です。

梟の神の自ら歌った謡
  
  銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまはりにという歌を私は歌いながら
  流れに沿って下り、人間の村の上を通りながら下を眺めると
  ……子供らが「美しい鳥!神さまの鳥!さあ、矢を射てあの鳥を射当てたものは
ほんとうの勇者、ほんとうの強者だぞ。」……つづく……


えぞきすげ   初夏の散歩道の深い緑の中で清楚な頬笑みを投げかけてくれました。   
                                s・y
     
ピリカメノコ   槐(えんじゅ)の木     白珠画廊 所蔵  工芸品


                           





花弁に昔ながらの恋燃えて 

2020-03-31 | 画廊の様子
今日の一枚の絵     「椿の髪飾り」  竹久夢二 リトグラフ
  
  川上は平氏の裔の住みぬらん  漱石
  落ちて椿の遠く流るる     虚子
  花びらに昔ながらの恋燃えて  漱石
  世を捨てたるに何の陽炎    子規
   ~漱石と子規が試みた四句かぎりの連句で俳体詩と名づけたもののひとつ

椿は濃い艶やかなその葉をもって寒さ厳しい十二月の初めから暖かな春の陽があふれる
四月まで莟と花びらを守り続けます。
美しい緑は変わることなく永遠を思わせます。
椿の名の由来は「厚葉の木」または「艶葉の木」で生命力に満ち、咲き始めの白玉椿から
紅に染まる藪椿の花は三月に、そしておそ咲きの紅白の侘助椿はゆっくりと季節の流れに
任せながら、純白の気品に満ちた日本の古典に登場する女性の姿、初々しい少女の一輪の花姿、
春に佇む花どきの女性たちの面影を見せながら、様々にゆるやかにつぼみと花を咲かせて
その侘び寂びの趣きを楽しませてくれます。
北海道では咲かない花、憧れの舞い花です。
「東洋の薔薇」と讃えられる椿は四月これから暖かな本州の野山を花燃ゆと覆いつくします。
限りないその生命力を持って南もそして北をも余さずこの日本中全体を守り抜いてくれるはず
です。
    
  友人の祐子さんが送って下さいました。
    椿落つ 現の夢の 名残りかな   祐子
          

    修道院の通りのお窓に可愛いバードテーブルが。お客様はヤマガラさん 
                              s・y




       

おひいづるもの

2020-01-07 | 画廊の様子
今日は正月七日、七草粥を炊いて一年の無病息災を願う風習が今も大切に
守られています。
雪の下にはもう春を待ちかねて小さな命が目を覚ましふうっと息を吹き始めて
います。
七草のすずなは~鈴で神を呼び、すずしろのしろは清らかさを、はこべらは~
はびこる、栄えるで、田平子は~田が開く、せりは~競り、おぎょうは~御形、
ほとけのざは仏の座として縁起の良い七つの菜と数えました。
千年の昔から貴族たちでさえも袖を濡らして雪の野山へと分け入り春の兆しの
若菜を探しに行ったと云うことです。
   春日野は雪のみつむとみしかどもおひいづるものは若菜なりけり
                      和泉式部
          つむ~積む 
             摘む
今年一年、皆さまにそしてこの白珠の部屋にも良いことがたくさん訪れますように。s・y


モミの手紙

2019-12-24 | 画廊の様子
クリスマスを迎えるアドベントの日々、~モミの手紙~をひも解きます。
作者はロバート・フロスト(1874-1963)アメリカの詩人です。

金色に染まった木々の葉が風に舞う冬の初め、一人の農夫の家に街から
車に乗った男がやって来た。
欲しいのは木、クリスマスツリーにして売るから見せて欲しいと。
農夫は心の中で自分自身に問いかけた。
この山のモミの木は一本一本美しく香り良くて梢は尖っていてまるで教会の
ようではないか。大地にしっかりと根を張り、この山の生き物たちを育んできた
立派な木たちを切り倒して売ろうなんて考えたこともない。
いったい幾らで買いたいんだろう。
男は値踏みして値切った。
農夫はこの取引は間違いだ、そんなことをしたらモミの木たちがどんなにか
悲しむだろうと思った。
彼は美しく神々しいモミの木たちをいっそう大切に思って誰かに見てもらいたく
なった。
友達に書く手紙に添えてモミの木一本丸ごと絵に描いて送ろうと思った。
      メリークリスマス
   モミの木を一本、同封します。  ロバート・フロスト

私の大好きな詩人が書いた物語です。アドベントにはくりかえし読んで、
テーマにしたい一冊です。
私の今年のツリーです。オーナメント山ほど飾りました。笑    

今年もこの小さな部屋にお寄り下さいましてありがとうございました。
どうぞ来る新年が皆さまのお幸せな一年でありますようにお祈り申し上げます。
                          s・y


   紅玉がお店にありました。お祝いのお菓子に焼きました。


 

露とこたへて

2019-11-04 | 画廊の様子
 今日の一枚の絵  
                 
  「臼引き」 婦人相学拾品のうちの一枚 喜多川歌麿 1789-1801

収穫の感謝祭が各地で盛んに行われています。

今年の大きな台風で被害を受けた地方の多くの皆さまに心からお見舞い申し上げます。

一年を振り返り田の神さまに感謝のお供え物をそれぞれの風習に従って捧げる季節でも
あります。

    時代をちょっとさかのぼり江戸の町をのぞいてみましょうか。
お江戸の人々も祝い事にはこぞって腕をふるいました。
穀物の脱穀や精米、製粉には臼~うすを使いました。
米、大豆、そば、麦などをついたり、ひいたりして食卓をにぎやかにしました。
町には臼引きのプロのつき屋もいて繁盛しましたが家庭では主に女性の夜なべ仕事だった
ようです。

お月さまの中でうさぎが餅をついているのは誰でも知っているお話ですね。
昔からお祝い事には欠かせないのがお餅やお団子です。
お月さまにお捧げするのは芒とお団子。月光に照らされた美しい夜空を見上げながら
お盆に積み上げられた白くて丸くて小さなお団子をほおばったのは遠い昔。

その昔、もち米は虫をさけるために石臼で引いて粉にして保存をしました。
寒晒しの粉にした美しい白玉粉は真夏でも冷たくて真っ白なお団子にして楽しむことが
できたのです。

この秋、澄んだ夜空を見上げると銀色のお月さまがまぶしく輝いています。
小さくなった虫たちの声に息をひそめてじっとしている秋草に露がこぼれて、
その一粒一粒に月の光が宿っています。

白玉かなにぞと人の問いしとき露とこたへて消なましものを  伊勢物語 「鬼一口」の段
     
      白玉は真珠~あれはなあに真珠なのかしらと草の葉にきらきら光る玉を指さして
      姫君は彼女を夜を徹してさらってきた男にあどけなく尋ねました。

しらたま~真珠と白露そして白玉団子、この三つどれもだいすきです。   s・y 





 

祈りの花園

2019-07-08 | 画廊の様子
シスターから夏のお便りを頂きました。お優しいお言葉と美しい
映像が添えられていました。

それにはこう認めてありました。
~今、ルルドの花園にはお花がいっぱいに咲いています。
   マリア様の御像の両手にも辺り一面にもこぼれるほどです。
行ってごらんなさい。
   きっと、ようこそと迎えて下さいますよ。~

ルルドの園について~
   今から150年以上も前にフランス南部にある小さな村で起った奇跡と
   伝わっています。
   一人の貧しい少女が焚き木を拾いに小川に沿った道を上っていくと
   側の洞窟の入り口から声がしました。立ち止まって見ると美しい女性が
   両手を広げていました。少女はそのあまりの光に満ちたお姿に思わず十字を
   切りました。その女性も十字を切りました。
   これが14歳のベルナデッタが聖母マリアに招かれた最初の時でした。
   そうして、奇跡が何回も起って、聖母マリアは少女に神様に生涯を捧げ、
   貧しい人々への愛を注いだイエスキリストの教えを伝えるように説いたのです。

ベルナデッタは幼いころからシスターとなり生涯を神様に捧げようと心から願っていました。
貧困と病魔を人生の友としながら二十歳でキリストの花嫁シスターとなり34歳でその生涯を
終えるまで深い信仰を胸に短い人生を貫きました。
聖母と出会ったルルドの洞窟には絶えることのない泉が湧き出て、今も人々を癒す水と信じて
世界中の人々が訪れています。
このルルドの園を模して聖母マリアの御像と花たちそして泉が世界中に作られて人々は祈りを
捧げに訪れています。

私も早速、シスターのお便りにある街の教会の花園に参りました。少しの石段を上ると
白いベールと上衣を纏った微笑みの御像が緑の光の中に佇んでいて、深い薫が私を
包んでくれました。
優しさにあふれた静かなこの場所、小さな薔薇の花びらやしろつめくさ、ローズマリー、
数多の花が薫ります。私はマリヤ様のお足元に跪いて感謝の祈りを捧げることができました。
                                 s・y


シャロンの花
       シャロンのはな イエス君よ わがうちに ひらきたまえ
       よきかおり うるわしさを われにわかち あたえつつ
       シャロンのはなイエス君よ わが心に 咲きたまえ 
                               I/A/GUIREY



   
   
   

咲きにほえるは櫻花かも

2019-05-05 | 画廊の様子
  
   吹く風をなこその関と思へども道もせに散る山桜かな
                   八幡太郎義家

今日の一枚の絵  「勿来の関」 國の華絵巻 その十五                    
                   矢澤弦月 筆

~黄金花咲く陸奥の、勿来の関の春霞、征衣の袖に散りかかる
落花の舞いの妙じきに、鎮守府将軍源義家卿は、しばし駒をば
とどめつつ、やがて一首のやまと歌~

詠じ出でたる言の葉は、弓矢の神と仰がるる、八幡太郎の名に添えて、
今の世までもかぐはしし。 本文

  源義家 (1039~1106)
       平安時代後期の武将 鎌倉に生まれ育ち八幡太郎と呼ばれて
       兵の鑑と伝承された。

恵みの雨が降り注ぎ馥郁と花たちが綻び令和の誕生を祝福しています。
梅も桜も辛夷や桃やれんぎょう、むらさきつつじも、百花繚乱待ちきれなかった
ように一斉にその美しさを競い合う北国の春はそれはそれは華やかです。

梅は春告草とも呼ばれて百花にさきがけて花開く好文木、桜は夢見草と言って
うっとりするほど美しいと讃えられる日本の春を象徴する花です。

花の見ごろはほんのわずかの花七日、咲き誇る花の花吹雪、花の雲の花霞の中に
身を置いて過ぎしことまたこれからのことを静かに思う~   s・y

今日は端午の節句、江戸時代には男子の成長や武運を願って
鎧や太刀を贈ったり出世を祈って鯉のぼりをあげたり、武者人形を飾ったり
しました。それは今の世にも受け継がれています。八幡太郎のお人形も
金太郎人形とともに人気を集めて、そのりっぱな姿を理想の男子像として
座敷の床の間に飾られています。