
今日の一枚の絵 「娘深雪」 大正3年 上村松園 シルクスクリーン
透き通るような水の面に夕闇が降りてくると、ほっほっと青い光が灯ります。
この神秘の舞台に哀しい恋の物語が生まれました。
少女深雪は旅の途中、宇治川の蛍狩りで宮城阿曽次郎と云う青年に出逢い、
たちまち恋に落ちました。
この時から二人の~すれちがい~の悲劇が始まります。
浄瑠璃で語られる「生写朝顔話」のお話です。
今一度必ず逢う約束をして二人は別れました。この時,
阿曽次郎は深雪の持っていた扇に歌を書いて渡します。
「露のひぬ間の朝顔を照らす日影のつれなきに哀れ一村雨のはらはらと
降れかし」
深雪は琴を奏でては時折傍らの手文庫の中にしまっている大切な扇をそうっと
取り出して眺めては心に秘めた遠い恋人を思い出しておりました。
松園さんの描いた「娘深雪」は人の気配に思わず心の秘密を守ろうとした
少女深雪の一瞬の初々しい姿をとらえた筆の跡です。
はじらいの唇、一途な思い、可憐なその姿が瑞々しく、ほのぼのとした情感を
漂わせて観る人を惹きつけます。けれど……、
後の日に過酷な運命が待っていたのです。
いたずらな運命は二人の逢瀬をすれちがいにすれちがいさせてしまいました。
深雪は悲しみのあまりに泣きに泣いて盲目となり、名を朝顔と変えて諸国を行脚する
三味線弾きとなりました。
松園さんの言葉
私は内気でしとやかな深雪と勝気な淀君が好きです。
このまるきり反対の型の日本の女性が好きです。
私は女性は美しければ良いという気持ちで描いたことは
一度もない。一点の卑俗なところもなく清澄な薫り高い
珠玉のような画こそ念願とするところであります。
かつて、井上靖氏が新聞記者時代に三度ほど松園さんにインタビューしたことがあったが
「彼女が描く美人画の人物の誰よりも美しく艶々しく感じられた。」とその印象を語られた。

少し前、豊平公園で美しい二株の卯木が満開を迎えて、紅白寄り添って咲いていました。
真白い花は阿曾次郎,真紅は深雪の魂のように思えました。
やっと二人はここでかたく結ばれたのですね。ほっ。
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