元号「令和」が始まった。徳仁皇太子殿下が新天皇として即位された。令和の時代が良い時代であることを願いたい。令和へのカウントダウンフィーバーや婚姻届けの急増が報じられている。生活と心が豊かになるような、令和フィーバーが起こることを期待したい。
「令和」の出典は万葉集巻五にある大伴旅人が、太宰府市の都府楼址付近にあったとされる旅人邸で主催した、梅花の宴で詠まれた32首の序文からとられた。日本の万葉集という文書から採用された新元号であり、誠に喜ばしい。
大伴旅人邸は福岡県太宰府市の都府楼址付近にあったとされるが、まだ特定されていない。でも、たぶんそうだっただろうと思わせる、都府楼址付近の坂本八幡宮が令和観光で大変な人気となっている。
福岡県太宰府市の都府楼址
福岡県太宰府市の都府楼址の万葉歌碑 坂本八幡宮のすぐ傍
天平2年(730)正月13日、大宰府の帥・大伴旅人(当時66歳)は自邸において、府管および管下諸国の国史から沙弥の滿誓までを招き、盛大な梅花の宴を催した。この時の梅花の歌32首が万葉集に載せられている。そのトップを飾る歌が、この万葉歌碑に刻まれた歌である。
正月(むつき)立ち 春の来(きた)らば 斯(か)くしこそ
梅を招(を)きつつ 楽(たの)しき終へめ 大弐紀卿
(万葉集巻五-815)
大意:正月になって、春が来たらば、このように、梅の花を招き寄せて
楽しいことの極みを尽そう
大弐紀卿:当時、大宰大弐であった紀氏の人。名は未詳。