定例の日帰り見学会、今月は三重県津市の安濃城と亀山市の峯城でした。
安濃城は織田信長の伊勢侵攻で翻弄された大規模な土の城です。城郭群が西からⅠ地区、Ⅱ地区、Ⅲ地区に分かれいてⅠ地区に土塁と堀で防御を固めた主郭があります。Ⅱ郭は方形区画が堀底道(大手道)の両側にいくつも広がっています。Ⅲ郭は東端に有り、Ⅰ地区Ⅱ地区との連続性がないように見えました。
峯城は賤ヶ岳の戦い、小牧・長久手の戦いの時、その前哨戦として秀吉軍に攻められ、補強・改修が重ねられたと伝わる南北に伸びる大きな城塞群が見事に残り、地元の保存会の方々が熱心に整備を続けておられます。

安濃城 主郭に造営された阿由多神社の参道から石段を登ってⅠ地区の主郭へ向かいました
後世の神社造営で集落からの参道が造成されています。そのために遺構の一部が改変されましたが、すぐ近くまで大規模な工業団地が迫っているところを見ると、神社があったので城郭遺構が守られたとも言えます。

Ⅱ地区とⅢ地区の間は自然地形の浅い谷筋だったようで、今は道路が走っています。ここから西に向けて(写真右手)大手道といわれる堀底道が主郭まで続いています。参道造成のため一部が失われましたが、ほとんどの堀底道が残っているので、安濃城見学はこちらからがおすすめです。今回の見学は大型バスの乗降の都合でⅠ地区からになりました。Ⅲ地区も大掛かりな遺構が残っていて、ベテラン会員さんの見立てでは別の城主がいたのではないかとのことでした。

安濃城 主郭の阿由多神社裏の池 主郭が稼働中からあったのか、後世のものか??
安濃城は過去に3回ほど訪れていますが、主郭の阿由多神社裏手に有る池がいつから有り何の目的か疑問に思っていました。今回の見学では建築関係の仕事をしている会員さんも参加していて、その会員さんの見立てでは最近の神社の再建・改修時に造られた可能性が高いということでした。水路は池の水を流すために土塁を断ち切って最近掘られたもののようです。

峯城 城域の北端の城道から見学に入りました。

峯城 城域南端には案内板や城址標柱が建っている
峯城は、城域南端に案内板や城址標柱が建っているのでこちら側から見学に入り、主郭だけを見て帰る人もいるようです。今回は城域北端のかんざし井戸の城道から見学をスタートしました。周辺まで大規模なソーラーパネルが迫っていますが、集落の墓地が有るお陰?で城域が守られています。
北から入ると、次々に見事な城郭遺構が現れ、主郭に至る間の峯城本来の姿を堪能できます。主郭から南下して南端の城址標柱、説明板を見て見学を終了しました。
ベテラン会員さんの話だと、峯城は以前、城域がブッシュに覆われていて、主郭に到達するさえ困難な状態だったそうです。今は地元保存会の方々の熱心なボランティア整備活動の継続によって歩きやすく、見やすくなっていることは本当に有難いことです。
『峯城歴史探索クラブ』でネット検索すると、活動の模様や峯城の豊富な情報を見ることが出来ます。
安濃城は織田信長の伊勢侵攻で翻弄された大規模な土の城です。城郭群が西からⅠ地区、Ⅱ地区、Ⅲ地区に分かれいてⅠ地区に土塁と堀で防御を固めた主郭があります。Ⅱ郭は方形区画が堀底道(大手道)の両側にいくつも広がっています。Ⅲ郭は東端に有り、Ⅰ地区Ⅱ地区との連続性がないように見えました。
峯城は賤ヶ岳の戦い、小牧・長久手の戦いの時、その前哨戦として秀吉軍に攻められ、補強・改修が重ねられたと伝わる南北に伸びる大きな城塞群が見事に残り、地元の保存会の方々が熱心に整備を続けておられます。

安濃城 主郭に造営された阿由多神社の参道から石段を登ってⅠ地区の主郭へ向かいました
後世の神社造営で集落からの参道が造成されています。そのために遺構の一部が改変されましたが、すぐ近くまで大規模な工業団地が迫っているところを見ると、神社があったので城郭遺構が守られたとも言えます。

Ⅱ地区とⅢ地区の間は自然地形の浅い谷筋だったようで、今は道路が走っています。ここから西に向けて(写真右手)大手道といわれる堀底道が主郭まで続いています。参道造成のため一部が失われましたが、ほとんどの堀底道が残っているので、安濃城見学はこちらからがおすすめです。今回の見学は大型バスの乗降の都合でⅠ地区からになりました。Ⅲ地区も大掛かりな遺構が残っていて、ベテラン会員さんの見立てでは別の城主がいたのではないかとのことでした。

安濃城 主郭の阿由多神社裏の池 主郭が稼働中からあったのか、後世のものか??
安濃城は過去に3回ほど訪れていますが、主郭の阿由多神社裏手に有る池がいつから有り何の目的か疑問に思っていました。今回の見学では建築関係の仕事をしている会員さんも参加していて、その会員さんの見立てでは最近の神社の再建・改修時に造られた可能性が高いということでした。水路は池の水を流すために土塁を断ち切って最近掘られたもののようです。

峯城 城域の北端の城道から見学に入りました。

峯城 城域南端には案内板や城址標柱が建っている
峯城は、城域南端に案内板や城址標柱が建っているのでこちら側から見学に入り、主郭だけを見て帰る人もいるようです。今回は城域北端のかんざし井戸の城道から見学をスタートしました。周辺まで大規模なソーラーパネルが迫っていますが、集落の墓地が有るお陰?で城域が守られています。
北から入ると、次々に見事な城郭遺構が現れ、主郭に至る間の峯城本来の姿を堪能できます。主郭から南下して南端の城址標柱、説明板を見て見学を終了しました。
ベテラン会員さんの話だと、峯城は以前、城域がブッシュに覆われていて、主郭に到達するさえ困難な状態だったそうです。今は地元保存会の方々の熱心なボランティア整備活動の継続によって歩きやすく、見やすくなっていることは本当に有難いことです。
『峯城歴史探索クラブ』でネット検索すると、活動の模様や峯城の豊富な情報を見ることが出来ます。