岡城は大分県竹田市大字竹田にあります。過日の東海古城研究会の2泊3日の見学会で訪れました。
駐車場でバスを降りるとスピーカーから「荒城の月」が流ているのが聞こえました。
城の歴史は古く、平安末期に緒方氏により源義経を迎え入れるために築かれたという伝説が残ります。
時は流れて、豊臣秀吉の九州侵攻により文禄三年(1583)中川秀成が入封し、本格的な城塞建設を始めこれまでの大手口を改め、新たに大手口を設けるなどの改修を行い、石垣を築いたとされます。
岡城といえば、みごとな高石垣が最初に浮かびます
岡城の見どころは多いですが、この高石垣が見どころの第一でしょう。
大手門
石垣の門跡は圧巻でした。明治まで使われていた城郭なので、石垣はほぼ当初のまま残っているようでした。
大手門 場内側から
大手門を入って振り向くとみごとな石垣に圧倒されます。表から見ても裏から見ても素晴らしい石垣の遺構でした。
ここも間違いなく見どころです。
下原門
下原門は中川秀成の大手門改修前はこちらが大手でした。石垣の保存状態がよく、明治までは現役だったことを伺わせるみごとな遺構でした。
御成門
見どころだらけの石垣遺構の岡城でしたが、ここ御成門の遺構もみごとでした。
今見る事ができる石垣群は、すべてが中川秀成時代のものではなく、江戸期に入っても修築・増築が繰り返されている点に留意する必要があります。いわゆる「近世の城」の部分も含んでいるということでした。
紹介したのは、岡城の一部に過ぎません。見どころ満載で石垣だけでなく、各種遺構がたっぷり楽しめる岡城でした。
九州の城郭を個人で見学する機会は少ないので、見学会に参加しベテラン会員さんの解説で見学できたのは本当に良かったです。
駐車場でバスを降りるとスピーカーから「荒城の月」が流ているのが聞こえました。
城の歴史は古く、平安末期に緒方氏により源義経を迎え入れるために築かれたという伝説が残ります。
時は流れて、豊臣秀吉の九州侵攻により文禄三年(1583)中川秀成が入封し、本格的な城塞建設を始めこれまでの大手口を改め、新たに大手口を設けるなどの改修を行い、石垣を築いたとされます。
岡城といえば、みごとな高石垣が最初に浮かびます
岡城の見どころは多いですが、この高石垣が見どころの第一でしょう。
大手門
石垣の門跡は圧巻でした。明治まで使われていた城郭なので、石垣はほぼ当初のまま残っているようでした。
大手門 場内側から
大手門を入って振り向くとみごとな石垣に圧倒されます。表から見ても裏から見ても素晴らしい石垣の遺構でした。
ここも間違いなく見どころです。
下原門
下原門は中川秀成の大手門改修前はこちらが大手でした。石垣の保存状態がよく、明治までは現役だったことを伺わせるみごとな遺構でした。
御成門
見どころだらけの石垣遺構の岡城でしたが、ここ御成門の遺構もみごとでした。
今見る事ができる石垣群は、すべてが中川秀成時代のものではなく、江戸期に入っても修築・増築が繰り返されている点に留意する必要があります。いわゆる「近世の城」の部分も含んでいるということでした。
紹介したのは、岡城の一部に過ぎません。見どころ満載で石垣だけでなく、各種遺構がたっぷり楽しめる岡城でした。
九州の城郭を個人で見学する機会は少ないので、見学会に参加しベテラン会員さんの解説で見学できたのは本当に良かったです。