城と歴史歩きを楽しむ

専門的でも学術的でもなく、気楽に
山城中心に城巡りと歴史歩きを楽しみましょう!

信長が進軍した美濃路をいく

2018-06-08 | 歴史
6月7日 東海古城研究会の有志の活動 名古屋歴史歩きも16回目を迎えました。
前回は、桶狭間の合戦地を訪ねたが、今回は織田信長が桶狭間に向かって
進軍したとされる美濃路をたどり、本丸御殿の公開を次の日に控えた
名古屋城を、広い水堀越しに眺めました。

庄内川の堤防右岸の美濃路の碑からスタート
信長が桶狭間を目指して出発した清州城は、庄内川の向う側にあるが、今日はここから
歩き始め東に進みます。美濃路は熱田神宮の宮宿から垂井までの道ですが、
信長が駆け抜けた頃には、今の名古屋城は無く、美濃街道も江戸時代とは道筋が
違っていたようです。

信長が戦勝祈願した白山神社
桶狭間に進軍する途中、戦勝祈願し凱旋時に刀を一振り寄進したと伝わります。
信長は神も仏も信じないといわれますがそうでもないようです。この道は、のちに
徳川家康が関ヶ原の戦いに赴く時にも通ったところから、凱旋への道ともよばれる
ようです。白山神社には押切城が有ったともいわれますが遺構はありません。

江戸時代の美濃路は南へ折れて進みます。美濃路の碑がその場所にありました。
信長の頃の美濃路はそのまま東に進みます。道は間もなく堀川に突き当たります。
堀川は家康が名古屋城を築く際に、開削されました。もともと川が流れていたそうで
開削ではなくて、拡張したという参加者の意見もありました。

名古屋嬢 幅下門の外枡形の石垣
ここの石垣は積み直しが行われているのがハッキリ分かります。写真の右半分は
落とし済みという新しい積み方です。左半分は積み直しが無いようです。

名古屋城 見直しました!
最近の名古屋城の話題といえば、本丸御殿が完成して一般公開されるとか、木造天守に
建て直して、エレベーターを付けない、などですが、この角度から見る名古屋城の
雄大さにはホレボレしました! どちらかといえば戦国の山城ファンですが近世の
名古屋城のこの姿はイイです。奥に天守が小さく見えています。

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