城と歴史歩きを楽しむ

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三河・月ヶ谷城と市場城 桶狭間合戦後の遠州と三河の境目となり争奪戦が繰返された

2019-05-12 | 歴史
月ヶ谷城と市場城は豊橋市嵩山町にあります。ちなみに嵩山町は「すせちょう」と読み月ヶ谷は「わちがや」と読みます。地名・人名の読み方は本当に難しいですね。

桶狭間合戦の後に若き日の徳川家康が今川から自立し、東三河の国人を味方につけて東に侵攻し、今川と戦いました。嵩山の東には本坂峠がありここを通る姫街道(362号とほぼ同じコース)は三河と遠州を結ぶ重要な街道で、今川から家康に転属した西郷氏が抑えていました。
その後、今川がこの拠点を奪い返す戦いが起き、月ヶ谷城と市場城は一時再び今川のものになったとされます。

月ヶ谷城、市場城は愛知県中世城館跡調査報告書の縄張り図を片手に出かけました。


月ヶ谷城と市場城  国土地理院地図をカシミール3Dで加工・加筆
山上の月ヶ谷城、山下の市場城の構成から見ると、市場城に対して月ヶ谷城は詰城のように見えますが、別々に機能していたという説が有力のようです。


月ヶ谷城 水路を渡る橋から、城址に上る。
駐車は写真の奥の農業用ため池手前に停めましたが、あくまでも自己責任で!


月ヶ谷城 主郭南側の虎口
月ヶ谷城はシンプルな単郭の土の城ですが、遺構の残りはよく、土の山城のパーツが明確にそろっていましたので、それぞれの遺構を確認しながら楽しく見学できました。


月ヶ谷城 曲輪Ⅱに明確に残る井戸。 近づくと危険!
単独での城巡りでは、井戸への転落は要注意です。慎重に、慎重に!


市場城 住宅の後ろの竹ヤブに土塁が約40m残ります
市場城は、各地に同じ名前の城址がありますが、ここ嵩山の市場城は街道沿いに商業が盛んな集落(市場)があったかもしれませんね。


市場城 南北に細い道が残ります。写真の道の左側の竹ヤブが残された土塁です 南から見る
道は簡易舗装がされ右側の畑地には土留めの石積が有ります。車は通れませんが、今も使われている道のようです。


市場城 残された土塁の北端部を北から見る 土塁は全面竹ヤブに覆われている
土塁は竹ヤブにビッシリ覆われて足の置き場所もない状態で、進入が困難でした。


市場城 土塁の西側。こちらの面も竹ヤブで覆われていて進入できませんでした。
 土塁の西側は段丘状地形で下がっていますので、こちら側が城外だと思います。

市場城は、土塁が残るのみで往時の規模などは残念ながら判明していません。

付近には左京殿城もありますので月ヶ谷城、市場城と合わせて見学がおすすめです。



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