醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  651号  ほととぎす消え行く方や嶋一ツ(芭蕉)  白井一道

2018-02-22 11:18:31 | 日記

 ほととぎす消え行く方や嶋一ツ  芭蕉

句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「ほととぎす消え行く方や嶋一ツ」。芭蕉45歳の時の句。『笈の小文』に載せている。
華女 この句の「ほととぎす」、決まっているの、それとも動くの。
句郎 ホトトギスは初夏を告げる鳥だといわれているからね。初夏の海を表現しているこの句の場合「ほととぎす」は動かないんじゃないのかな。ほかの言葉、季語を変えることはできないように考えているんだ。
華女 今、「ととぎす」という鳥に興味、関心を持っている人って、いるのかしら。
句郎 ほととぎすの鳴き声も分からない人が多いのじゃないのかな。
華女 昔、夏の訪れを告げるホトトギスの初音を待ちわびる気持ちを詠むのが本意だと短歌の時間に教わったような気がするわ。
句郎 芭蕉の時代から戦前の頃までの日本人にとってホトトギスは切っても切れない身近な鳥だったんだろうね。
華女 芭蕉の時代からじゃないのよ。万葉の時代からなのよ。だからホトトギスには多くの書き方や呼び方があるんだと思うわ。
句郎 そうだよね。調べてみたら「杜鵑」「時鳥」「子規」「郭公」「不如帰」「杜魂」「蜀魂」、こんなにもあったよ。
華女 その他にもあるらしいわよ。
句郎 「文目鳥(もくめどり)」「妹背鳥(いもせどり)」、うない鳥、さなえ鳥(早苗鳥)、しでの田おさ(死出の田長)、たちばな鳥(橘鳥)、たま迎え鳥、夕かげ鳥などがホトトギスの異名になっているみたいだ。
華女 本当にたくさんあるのよね。
句郎 鳴き声が初夏の気持ちを湧き起こす力があるように感じるな。
華女 ホトトギスが鳴くと稲作の始まりだったからじゃないのかしらね。
句郎 農夫たちはホトトギスの鳴き声を聞くと体に力が漲ったんだろう。「名のみ立つしでの田長は今朝ぞ鳴くいほりあまたとうとまれぬれば」と『伊勢物語』にあるそうだ。「死出の田長(しでのたおさ)」とは、ホトトギスをいうらしい。
華女 でも一方、ホトトギスは得体のしれない摩訶不思議な鳥だとも思われていたのじゃないかしら。
句郎 「死出の田長」とは、渡り鳥として冥途からやってきて、卵は自分で孵化しない。ほかの鳥にまかせる。
華女 ホトトギスは神様の使いだったのよ。
句郎 そう言えばホトトギスを詠んだ歌があったよね。
華女 「ととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる」『千載集』にある後徳大寺左大臣の句ね。芭蕉の「ほととぎす消え行く方や嶋一ツ」の句と似ているわね。
句郎 きっと百人一首の歌を学んだ芭蕉は影響を受けているんだろうな。芭蕉は和歌の伝統を継承しているということなんだろうな。
華女 和歌と俳句に共通する詩情のようなものを感じるわ。
句郎 ホトトギスが飛んでいく姿が黒い点となり、消えていった先に薄黒い島影が見えるということだよね。小高い山からの眺望だよね。鳥の鳴き声に刺激され、空を見上げると有明の月がある。

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