醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  443号  白井一道

2017-06-30 15:01:40 | 日記

 日暮れ時の居酒屋

 ヨッ、先生、こっちに来なよ。ちょうど、一つ空いているよ。暖簾をくぐって居酒屋に入って来た先生を見つけるなりセンちゃんは先生に声をかけた。先生、床屋に行ったね。風邪をひかないかい。坊主にしちゃ、寒くなにいかい。
 コートを脱いでいる先生にセンちゃんは立て続けに声をかける。先生はただにこやかにほほ笑みをセンちゃんに返した。先生はセンちゃんのそばの席に来て座るのかなと思っているとセンちゃんから遠くの席に座ろうとした。その刹那、居酒屋のママがいつものように慣れた手つきでセンちゃんの隣の席にチュウハイのジョッキを置いた。それを見たセンちゃんが先生のチュウハイ、こっちだよ、と言った。先生は座りかけた椅子から立ち上がり、センちゃんのそばの席にやって来て座った。先生は私に言った。何も言わなくてもこれをママは出してくれるんだよと、チュウハイのジョッキを指さした。先生は私より、三つ下だよと、センちゃんは背筋を伸ばして言った。俺の方が若いだろう、とセンちゃんは言いたげた。
 先生が言った。「今日も四時半から飲んでいるの」。
 「そうだよ。いや、開店前からだね。もう、ここに来てから二時間になるよ。そろそろ帰ろうかなと思っているところに先生が入って来たから帰れ無くなっちゃった。先生、アゴヒゲも剃り、頭も坊主にしたのに、どうして鼻の下の髭は残しているの」。
 「ここを剃ると風邪をひいちゃうよ。ここが一番寒い」。
 先生は理屈を述べた。先生は永の入ったチュウハイをすすりながらニコニコしていた。
 「先生の診療所の前、今日の朝、通ったら閉まっていたね。どうか、したの」。
 「いや、閉めてなんかいないよ。車の駐車を断ろうと立ち入り禁止の衝立を立てていただけだよ。センちゃん、朝早くからどこに行ったの」。
 「税務署に確定申告に行ったんだよ」。
 「もう、行ったの」。
 「早く行かないと、混んで混んで大変なことになるから」。
「私のような年金生活者の場合簡単だからね。先生は青色で出すの。それとも白、どっちで出すの」。
 「ここ二・三年、ずっと白でだしているよ。青色の方が得のようだけど、ウルサイでしょう」。
 「先生は、税理士さんに頼んでいるの」。
 「いや、自分でしているよ。税理士さん、頼むほどの仕事していないもの」。
 「年金生活になると確定申告を毎年、しなくちゃならないんだよ。先生のように自営だと交際費で落とせるからいつも居酒屋の領収書、もらって行くわけね。年金生活者には交際費がないから、領収書はいらないけど」。
 「センちゃん、自営者の交際費といったって、年間、三〇万だよ。一日にすりゃ、千円に満たないよ。それに売上がなきゃ、落とせないし、鍼灸は保険がきかないでしょ。不景気だとお客さんは減るし、チュウハイがやっとだよ」。
 「先生に針を打ってもらうと一回、五千円だものね。それに1回じゃ、終わらないでしょ。長くかかるみたいだし、経営戦略なの」。
 「東洋医学だからね。体全体の気を十分にするには時間がかかるんだよ」。
 日暮れ時の居酒屋は熟年男たちの井戸端会議のようだ。日常会話で心を癒す時間のようだ。

醸楽庵だより  442号  白井一道

2017-06-29 15:20:05 | 日記

   昔の浅草で出会ったこと

 棟梁が入って来た。名前は知らない。「棟梁」とママさんも呼びかける。黙って棟梁が私の隣に座るとママさんが左手ですっとビールを出すと同時に右手でツキダシのヒジキをカウンターに置いた。コップ一杯のビールを一気に飲み干すと棟梁はすぐ二杯目のビールをコップに注いだ。満足した面持ちである。何も言わない。黙ったままである。すると突然、今日は賑やかだな、とポツンと言った。
 「そろそろお祭りね」。ママさんが言った。「若いころを思い出すな」。
 棟梁の昔話が始まる。「昔、棟梁はとこで遊んだの」と聞いてみた。「うん、俺の若かったころは浅草が多かったな。そのころの浅草は賑やかだった。今はどうか、知らないけれどね。職人同士で浅草に飲みに行った帰り、仲間とはぐれたことがあった。夜の十時ころだったかな。俺も酔っていたんだな。仲見世の裏通りを歩いているといい女が俺を見つめているのに気が付いた。飲んだ勢にいでな、声をかけた。お茶でも飲みに行くか、というとうなずいて付いてくる。表通りに出るとタクシーに彼女を押し込み、温泉マークに行ったのよ。部屋に案内され、早速スカートを脱がそうとするんだけど、何としても脱がない。あきらめて一緒に風呂に入ろうと言っても黙ったままうつむいている。しびれを切らして、俺は一人で風呂に入り出てくると女は布団の側に足を崩して座っている。細身の体で胸が大きいイイ女なんだ。俺は裸になって「男に恥をかかすもんじゃない」と怒鳴り、スカートに手をかけると「乱暴しなで、脱ぐから」と言うんだ。ブラウスを脱ぎスカートを取った。スリップになるともじもじし始めた。さっさとしろ、と怒鳴るとうつむにいて「お金を頂戴」と言う。「幾らだ」、と言うと「幾ら、幾らだという」。額は忘れてしまったが金を渡すと女はまたもじもじし始めた。頭に血の上った俺はスリップをまくり上げパンツに手をかけると、突然女が「がっかりしないでね」と言う。何を言うのかと思ってパンツをずり下げてみると出て来たんだよ。小さく勃起したチンチンが、俺、吃驚したね。男だったんだよ。オカマに引っかかっちゃったんだ。居酒屋にいた客、みんなが笑った。棟梁も一緒になって笑った。その後、とうしだの、と聞いてみたが、棟梁は何も話さなかった。旨そうにビールを飲むと言った。「いい女には気をつけなくちゃならねぇぞ。酷い目に合うことがあるってことをなぁー」。
 「棟梁は怒って、そのオカマを殴ったんじやないの」と聞いてみたが、ただニヤニヤしただけだった。「棟梁、持て余した体をどう処理したの」と話を向けてみた。
 「やっぱり、ガツカリさせてしまったみたいねとその女は言う。どうしたらいいの。その「女」は気を使うが俺の息子はグンニヤリしたまま、いうことをきかない。それを見た『女』はカワイソウに、と言ったのを覚えているよ。そのとき、不思議なものを見たような気がしたな。女の体に小さな玉がぶる下がっている。それが勃起したままなんだ。俺の方はグンニヤリしてにいるのに、『女』の方が勃起している。不思議だよ。やっぱり、オカマも勃起するんだね。俺のと比べると小さいと思ったがね。『女』は裸のまま、胡坐をかいて酒を飲み、泣き始めた。俺も何となく泣きたい気持ちだったな」。

醸楽庵だより  441号  白井一道

2017-06-28 11:48:05 | 日記

  「ハゲ」はセクハラだと男は言いたい

 暖簾をくぐるとセイちゃんがいた。
「今日は暑かったね」と言葉をかけると「そうかい」と涼しい返事がかえってきた。「今日は全国的に暑かった。全国民が暑かった。ワタシには暑かった」と言いたくなる気持ちがセイちゃんの帽子を見るとぐっとなえてしまう。昔、柔道をしていたことを忍ばせるような立派な体格をしているセイちゃんが夏なるとしなびた顔になる。水分が体全体から抜け出し、しわくちゃの顔になる。元気なのは声ばかりだ。セイちゃんはいつも帽子を被っている。居酒屋の中でも帽子は脱がない。気軽に話ができるようになったとき、セイちゃんに聞いた。「帽子を被っていちゃ、暑くない……?」。「なに、言っているんだい。帽子を脱にいだら暑くてたまらないよ」。「へえー、そんなことってあるのかね。セイちゃんの帽子は見ているだけで、中が蒸れそうな厚地の帽子じゃない」。「これだから、具合いがにいいんだよ」、とニコリともせず話す。
「セイちゃんに帽子の話は禁句だよ」とこの話を聞いていたママが言った。
「セイちゃんはツルっ禿げ。脳天は一本なしなの。だからいつも帽子を被っているみたいよ」とセイちゃんがトイレに行ったとき、ママが話してくれた。
「この問、セイちゃんの友だちのシマちゃんが化粧品屋にリアップを買いに行ったんだってぇー。シマちゃんも脳天のところ、資源が少なくなってきているでしょ。心配性のシマちゃんはリアップの効果に期待するものがあったんじゃない。そのとき、この間、セイちゃんもリアップ、買いに来たわよ、と化粧品屋の奥さんがないげなくシマちゃんに話したみたいなのよ。それを聞いたシマちゃんはセイちゃんにリアップの効果はどうだいと聞いたのよ。そしたらセイちゃん、俺がリアップ、使ったのを誰に聞いた、と凄い見幕なんだって、化粧品屋の奥さんに聞いたんだよ、とシマちゃんが答えると、セイちゃん、もう二度と、あの化粧品屋には行かない、と怒った
っていう話よ」。
 だから、セイちゃんに髪の毛に結び付く話は禁句なんだとママにお教えていただいた。タブーだと聞くと聞いてみたくなるのが人情っていうものでしょ。「セイちゃん、帽子を脱いでみてよ」とお願いしてみた。「ウーロン杯の一杯奢るから。ウーロン杯一杯ぐらいじゃ、見せられないよ。帽子の中は最高の機密事項だから」と頑として帽子は脱がない。そうすると脱がしてみたくなるのが人の気持ちでしょ。セイちゃんは病院専門の建築施工の仕事をしている。セイちゃんが関わった病院の先生が居酒屋に偶然入ってきたことがあった。このとき、セイちゃんはとっさに帽子を脱いで挨拶した。仕掛けて帽子を脱がそうと謀っていた私の野望は突然くじかれてしまった。帽子を脱いいだセイちゃんは十歳くらい老けて見えた。本当に脳天には一本の毛もなかった。リアップの効果はまだでていないようだ。
 最近は「禿げ」という言葉を聞いても自分のことだとは感じなくなったがね、髪の毛が少なくなっていくころは、ハゲという言葉が耳に入るとそれは自分のことを言っているのではないかと気になってしかたがなかったよ。にハゲと言った者をぶん殴ってやりたい衝動がそのころはあったね。最近だよ。そんな気持ちから解放されたのはね、と元気にいっぱいのセイちゃんがにいう。男にとって頭の毛ほど重要なものはないのかもしれない。

醸楽庵だより  441号  白井一道

2017-06-28 11:45:13 | 日記

  「ハゲ」はセクハラだと男は言いたい

 暖簾をくぐるとセイちゃんがいた。
「今日は暑かったね」と言葉をかけると「そうかい」と涼しい返事がかえってきた。「今日は全国的に暑かった。全国民が暑かった。ワタシには暑かった」と言いたくなる気持ちがセイちゃんの帽子を見るとぐっとなえてしまう。昔、柔道をしていたことを忍ばせるような立派な体格をしているセイちゃんが夏なるとしなびた顔になる。水分が体全体から抜け出し、しわくちゃの顔になる。元気なのは声ばかりだ。セイちゃんはいつも帽子を被っている。居酒屋の中でも帽子は脱がない。気軽に話ができるようになったとき、セイちゃんに聞いた。「帽子を被っていちゃ、暑くない……?」。「なに、言っているんだい。帽子を脱にいだら暑くてたまらないよ」。「へえー、そんなことってあるのかね。セイちゃんの帽子は見ているだけで、中が蒸れそうな厚地の帽子じゃない」。「これだから、具合いがにいいんだよ」、とニコリともせず話す。
「セイちゃんに帽子の話は禁句だよ」とこの話を聞いていたママが言った。
「セイちゃんはツルっ禿げ。脳天は一本なしなの。だからいつも帽子を被っているみたいよ」とセイちゃんがトイレに行ったとき、ママが話してくれた。
「この問、セイちゃんの友だちのシマちゃんが化粧品屋にリアップを買いに行ったんだってぇー。シマちゃんも脳天のところ、資源が少なくなってきているでしょ。心配性のシマちゃんはリアップの効果に期待するものがあったんじゃない。そのとき、この間、セイちゃんもリアップ、買いに来たわよ、と化粧品屋の奥さんがないげなくシマちゃんに話したみたいなのよ。それを聞いたシマちゃんはセイちゃんにリアップの効果はどうだいと聞いたのよ。そしたらセイちゃん、俺がリアップ、使ったのを誰に聞いた、と凄い見幕なんだって、化粧品屋の奥さんに聞いたんだよ、とシマちゃんが答えると、セイちゃん、もう二度と、あの化粧品屋には行かない、と怒った
っていう話よ」。
 だから、セイちゃんに髪の毛に結び付く話は禁句なんだとママにお教えていただいた。タブーだと聞くと聞いてみたくなるのが人情っていうものでしょ。「セイちゃん、帽子を脱いでみてよ」とお願いしてみた。「ウーロン杯の一杯奢るから。ウーロン杯一杯ぐらいじゃ、見せられないよ。帽子の中は最高の機密事項だから」と頑として帽子は脱がない。そうすると脱がしてみたくなるのが人の気持ちでしょ。セイちゃんは病院専門の建築施工の仕事をしている。セイちゃんが関わった病院の先生が居酒屋に偶然入ってきたことがあった。このとき、セイちゃんはとっさに帽子を脱いで挨拶した。仕掛けて帽子を脱がそうと謀っていた私の野望は突然くじかれてしまった。帽子を脱いいだセイちゃんは十歳くらい老けて見えた。本当に脳天には一本の毛もなかった。リアップの効果はまだでていないようだ。
 最近は「禿げ」という言葉を聞いても自分のことだとは感じなくなったがね、髪の毛が少なくなっていくころは、ハゲという言葉が耳に入るとそれは自分のことを言っているのではないかと気になってしかたがなかったよ。にハゲと言った者をぶん殴ってやりたい衝動がそのころはあったね。最近だよ。そんな気持ちから解放されたのはね、と元気にいっぱいのセイちゃんがにいう。男にとって頭の毛ほど重要なものはないのかもしれない。

醸楽庵だより  440号  白井一道

2017-06-27 17:38:42 | 日記

 千葉県の酒蔵見学記「鍋店」

 下総神崎(しもふさこうざき)を降りるとシャトルバスが待っていた。バスの中は初老を迎えた男たちに混じって白髪の女性が何人もいた。マイクロバスに乗り切れない人がいだ。五分ちょっとで戻って来ますから待っていて下さい。運転手さんが白髪の男たちに話している。
 近所に住む農家の人が鍋店(なべだな)酒造の蔵祭りに雇われ、シャトルバスの運転してにいるという感じだった。下総神崎は田園の中にある。成田から銚子にむかい、三つ目の駅が下総神崎である。駅前に成田線に並行して一本の道がある。その道沿いに昔ながらの商店街がある。その商店街が途切れた所に目指す酒蔵、鍋店(なべだな)があった。狭い間口を入った所に受付のテントがある。名前を記入すると利き猪口と日本酒教室のレジュメが渡された。その中に豚汁引換券、酒饅頭、麹煎餅、利き酒体験、お蕎麦などの引換券の付ひたシートが入っている。ちょうど昼近い時間だったので麹米で作った焼き立ての煎餅、豚汁を注文した。煎餅は焼きお握りといった感じだった。豚汁と一緒に日だまりでいただいた。
 お蕎麦をいただいていると放送が入った。日本酒講座が始まる。早々にお蕎麦をいただき、会場に行くと席は満杯、空いてにいる席を後ろのほうに見つけ、座った。
 若い女性が鍋店(なべだな)を訪ねる。エ場長が酒蔵を案内する。酒造りの工程を説明するビデオを二十分ほど上映する。その後、専務さんから酒ができるメカニズムについての説明があった。
 「鍋店祭り」は有料の参加者と無料の参加者がいる。有料の参加者は百五十名に限定している。二千円でお蕎麦やら酒饅頭、豚汁などが付く。メインはもろみの袋しぼりに参加し、絞りたてのお酒、720㎖がもらえる。専務さんが言っていました。この日本酒講座に参加されている人は二万円ぐらいの価値があることを体験できるのではないかと。150人の参加者で一日ゆっくり蔵を見学し、酒造りを学び、利き酒をする。このような企画は、今回初めてのことのようであった。二回目は無料、日本酒講座は開かれない。袋しぼり体験もない。蔵を見学し、利き酒をする。酒饅頭や豚汁を安い値段で買う。去年は1800名の参加者があったという。その参加のアンケートから日本酒講座、袋しぼり体験という企画が生まれたと説明があった。
 「総の舞」という酒造好適米は千葉県が開発したお米だという。この米で醸した酒を袋しぼりする。絞ったままの酒、原酒、一切の火入れ、濾過をしていない。これは酒蔵でしか手にいれることができない酒だ。ラベルには自分の好きな銘柄を付けることができる。これが鍋店の蔵祭りのウリのようだ。確かに専務さんがいうように二万円くらいの価値があるようだ。150名限定、参加費2000円、安い。帰りの電車で一緒になった参加者が来年また鍋店で逢いましようと別れるとき、挨拶してくれた。
 鍋店酒造は千葉県の酒蔵の中では大きい酒蔵のようだ。去年、酒蔵見学会に行った酒々井の酒蔵「甲子正宗」と同じ規模の酒造会社のようだ。生産石数はほぼ5000石。1000石規模の酒蔵が圧倒的に多いなかにあって、5000石の規模を持つ蔵は大きい。旧家の民家の中にある酒蔵というイメージではない。食品工場という感じであった。
 蔵見学で印象に残ったことは麹室での説明であった。麹を握った感触が手に残った。