今日10/3は、笠間公民館講座「尊王の儒学者 加藤桜老とその時代」の4回目
現地研修ということで
笠間市内の加藤桜老(かとう おうろう)ゆかりの地を研修
公民館から市のバスで大和田五差路まで移動
小室 昭、矢口圭二の両先生の案内で、笠間藩初代の藩校
である「欽古塾」跡、桜老の家塾であった「十三山書楼」跡、
江戸時代前の1600年頃に作られた「蒲生用水」、
藩校「時習館」跡、江戸時代の主要街道の鉤の手などを見学
その後、最後の「時習館」の移転先である現笠間小学校へ
徒歩で移動
ここでは、当時の敷地規模や「時習館記の碑」を見学
そこからはバスにて「月崇寺(げっそうじ)」へバス移動
月崇寺は、天狗党争乱の折、幕府追討軍の本陣となったところでもある
ここでは、笠間藩で起きた「寅年の騒動(藩改革騒動)」で桜老と関係が深い
笠間藩家老の「牧野四郎右衛門光保」の墓、
幕末の勤王の志士「島 男也(しま おとや)」の墓を見学
つぎにバスで加藤家の菩提寺である「鳳台院」へバス移動
鳳台院では、桜老撰文の碑をふたつ見学
儒学者であった桜老の非凡さを改めて認識
(桜老の墓はここにはなく、東京谷中に)
約3時間の短い時間であったが、地元にいてもなかなか
気付かなかった遺跡等の見学でした
現地研修ということで
笠間市内の加藤桜老(かとう おうろう)ゆかりの地を研修
公民館から市のバスで大和田五差路まで移動
小室 昭、矢口圭二の両先生の案内で、笠間藩初代の藩校
である「欽古塾」跡、桜老の家塾であった「十三山書楼」跡、
江戸時代前の1600年頃に作られた「蒲生用水」、
藩校「時習館」跡、江戸時代の主要街道の鉤の手などを見学
その後、最後の「時習館」の移転先である現笠間小学校へ
徒歩で移動
ここでは、当時の敷地規模や「時習館記の碑」を見学
そこからはバスにて「月崇寺(げっそうじ)」へバス移動
月崇寺は、天狗党争乱の折、幕府追討軍の本陣となったところでもある
ここでは、笠間藩で起きた「寅年の騒動(藩改革騒動)」で桜老と関係が深い
笠間藩家老の「牧野四郎右衛門光保」の墓、
幕末の勤王の志士「島 男也(しま おとや)」の墓を見学
つぎにバスで加藤家の菩提寺である「鳳台院」へバス移動
鳳台院では、桜老撰文の碑をふたつ見学
儒学者であった桜老の非凡さを改めて認識
(桜老の墓はここにはなく、東京谷中に)
約3時間の短い時間であったが、地元にいてもなかなか
気付かなかった遺跡等の見学でした