若者の間で「親ガチャ」という言葉が産まれ、物議を醸していると
随分前に聞きました
ガシャポン、もしくはガチャガチャと呼ばれるカプセルトイ販売機のようなシステムで
自分では決して選べない
親を引き当てる
と言う発想なのでしょう
ホンマに醸してるんかどうかは怪しいところですが
情報番組(ワイドショー)は
若者の情報を年寄りに知らせることも仕事のよう
例えば「タピオカ」の名を老若男女が知っているのは
そんな功績のおかげ
<何でそんなことわざわざ知らなあかんねん>と思う事もしばしばですが
案外ここで問題視すべきなのは
私の好奇心の衰えなのかもしれず
とりあえず小耳には挟もうかと思ってしまって
悩ましい
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/ce/e23c726a090ce038184e58b80c3e3369.jpg)
さて
この「ガチャ」ですが
私が冒頭に述べた「ガシャポン」ではなく
あくまでも
モバゲー(モバイルゲーム・スマホゲー厶)
においてのそれなのでしょう
ゲームのタスクをこなすことでもらえる石(宝石的な)を貯め
それと引き換えに引く事のできるくじ引き
もしくは「スロット」のようなもの
何が出るかはお楽しみ、自分の意思では選べません
と言う要素をガシャポンになぞらえ
「ガチャ」 と名付けられたのだと理解しています
街角の「ガシャポン」ではないと考えるのは
この「ガチャ」が
ゲームの冒険に必要な装備や
お供をするキャラクターなどを引き当てるためにあるところ
かつて「魔法使いと黒猫のウィズ」と言うクイズゲームにうっかりハマり
この私も何度か「ガチャ」を引きました
ゲームをやり込めば「無料10連ガチャ」みたいな機会もありましたが
そんなにやりこむ時間はない
ガチャを引ける「石」は、別途クレジット決済で購入も可能
一家の家計を守るものとして
長らく扶養されていた身として
絶対に無課金という縛りを課した中では
「ガチャ」における運は本当に大きな意味を持ちました
運良くS級のキャラを引き当てられれば
その超弩級の必殺技で、立ちはだかる雑魚など瞬殺木っ端微塵
時間や手間を費やすことなく実にスムーズにサクサクとゲームを進め
より早く高みを目指す事ができたのです
余談ですが
モバイルゲームの巧妙なところは
お金で買えるのはあくまでも「石」だけであること
S級キャラ自体の購入は出来ず
プレイヤーは欲しいキャラが出るまで石を買い
お目当てを引き当てるまで「ガチャ」を引き続けなければなりません
万単位を投じるケースも決して珍しくはないと(息子から)聞きます
ゲームの運営にあたる会社は、サーバー管理が大変だとは聞きますけども
景品表示法ギリギリを攻めるようなあくどいものもあると聞けば
絵に描いた餅を売るいい商売だなぁと
( ̄▽ ̄)ゴメン
引き当てる対象を親になぞらえた「親ガチャ」の言葉が指しているのは
経済力や権力を持つ<S級親>を引き当てたら
生まれた時点で様々なチャンスを与えられ
サクサクの上級人生が手に入る
と言うことなのでしょう
親になってしまった立場ではありますけれども
この発想
なんとも切ない
生育環境は自らの意志では選べない
親のスペックが自分の人生を左右した
とする気持ちは
今を生きる若者だけではなく
どの世代の人々も様々な局面において
一度は考えたことではなかろうか
そのたびに
考えても詮無きことと立ち上がり
自らの足で歩を進めてきた
だいたいモバゲーができて「ガチャ」を知る子供は
少なくとも自分のスマホとWi-Fi環境には恵まれている訳です
私がこの話題に初めて触れた時脳裏を過ぎったのは
大学の般教か市民講座で教えてもらった
「マズローの欲求五段階説」
人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されている
とする
アメリカの心理学の父が唱えた心理学理論
ピラミッドの下から
安心の欲求・安全の欲求・社会的欲求
自己承認欲求
自己実現の欲求
となるんだそうですが
親にはさ
下から二段階まで満たしてもらえていたなら
ラッキーとしなさいよ
と思ったわけです
この世には家の中にいながら
安心して眠れる夜も
身体の安全も
全く保証されないで生きている子どもたちがいて
彼らだけは
「親ガチャ」のハズレを引いたと大きな声で叫ぶ資格がある
だけど、
彼らは決して
そんな事を口にしなかったりする
まあ
そんな事を思っていた私ですが
本 当 に 失 礼
を承知で書くならば
この人はもしかして
「親ガチャ」の
あたりを引いた人じゃないか・・
これから19年
彼が今年のショパンコンクールの三次予選まで駒を進めていて
驚きました
少し前に
東大生が音大生を退けてコンクールに優勝したと話題になってましたけども
ショパコン3次まで来ちゃうとは
すごいよねえ
天の二物か
親ガチャか
もう何でもいいけど
そう言うことにでもしないと
市井の蛙は
浮かばれませんyo
ゴメンネケロケロ( ̄▽ ̄”)
今日は
そんな話で
ファイナルに進んだ
反田さんのピアノ
ごっつタイプです
( ̄▽ ̄人💗)
KYOHEI SORITA – third round (18th Chopin Competition, Warsaw)
〜( ̄▽ ̄)ノシ
🎹🎹🎹
天職が選ばれたそれ
だったのではないでしょうか
看護師さんがピアノ教室も運営されてるとあって
私はにわかには信じられなかったですよ
くちこさまがその道をゆけば行ったで凄い実りはあったと思いますけども
看護師さんになられて良かったのではと思います
何も知らないけど( ̄ー ̄)
ショパンコンクールでは確か
スタンウェイかYAMAHAかKAWAI
の中から選べた気がします
3つのうちふたつが国産で私は誇らしかったです
何もしてないけど( ̄ー ̄)
お嬢様は自腹で院を卒業されて
今や海外出張もこなしつつお母様をベビーシッターに
都内のタワマンにお住まい
子育てはお金じゃない事を証明されましたよね
病院は事情の坩堝ですよね
白い巨塔の待合で繰り広げられる
大勢の人たちを眺めながらそんなことを思います
お昼休みが終わるので
この辺にて失礼しまーす
( ̄ー ̄)
そこはそれ、くちこ、ですから、くちこ的に。
親ガチャね。
確かに、親は選べない。
くちこは、以前、結婚詐欺にあって、既に中絶もできず、で出産された人二人いらっしゃいました。
果敢にお一人で乗り越えられたものの、クモ膜下出血でお子さんを残して逝かれました。
そして、親も子を選べない。
それを仏縁と言うのかもですが。
昔、娘から、ムゲンシオクリと言う新語があると聞きました。
いくらでも、親から仕送りして貰えることだそうです。
まあ、娘には夢のまた夢でしたけれどね。
ゲーム、そんなカラクリが?
入院中は、良い退屈凌ぎになりました。
勿論、課金無しで。
ピアノ、スタンウェイですね。
初めて、娘がホールでスタンウェイを弾いた時、すぐ私の所にきて、あのピアノを買ってと言ったことを思い出しました。
あの指先のタッチを見ていて、くちこの心血を注いでピアノを教えてくれた恩師のことを懐かしく思い出したり、ね。
そして・・・
どうして、先生の応援、両親の応援もあったのに、努力する道を選ばなかったんだろう・・・とも。
いつもいつも、何事に対しても、適当に楽してこなす、逃げる、そんなこたばかりしてきての今であることを情けないなあ、とも。
そして、その遺伝子を色濃く受け継いだのが長男なんだなあ、なんてね。
ここまでが話の枕でした。
入院中、お勧めのクッキーサンド、食べました。
確かに甘すぎず、ちょっと爽やかでもあったりして、美味しく食べました!
ご紹介、ありがとうございました。
ブログにも写真を載せています。
あれで合っていますよね?
(”ノシ ̄▽ ̄)ノアワゎ
恐縮至極です
また遊びに来てください〜
それから、「国公立」に関しても、確かに麦さんがおっしゃる通りです。公立大学は全国に数少ないですものね。
何だかまたもや、麦さんに頭が下がる思いです。
また訪問させていただいて、コメントを入れさせて頂きます。
ご丁寧にありがとうございます
お姉様に触れることは、その想像を超えるであろ数々のご苦労を思うと、実はかなり躊躇するところではありました
しかし、姉妹揃っての突出した知性と美貌というのは、生まれ持った素養を裏打ちするものとして触れないわけには行きませんで
大変失礼いたしました
大きなお心で捉えて頂いて感謝です
身に余るお言葉を頂き光栄に存じ
穴が有ったら入りたい
いやそんな大きな穴があったら地盤陥没災害ですが、そんな気持ちです
反省すべきは
国公立の、一文字が抜けたことでしょうか
公立となるとかなり絞られるなあと思ってぼかしたつもりが
大事な一文字を抜かしてしまい
失礼しました
_(._.)_
もしも麦さんにとられて、ご迷惑でしたら、我がエッセイ集のメッセージ欄にご連絡下さい。
親ガチャの発想が生まれたのは多分
インターネットの普及で
知らなくても良いことが知れるようになったから
なのではないかと思います
私の育った環境ではお金持ちと言ったらせいぜい町長さんとか
お寺とか地主っさんで
町に2軒3軒くらいなので諦めもつくのでしょうけど
今やインスタだフェイスだで
お誕生日にシャネルだエルメスだ叙々苑でランチだと言う女子高生がいたりして
なんでみんなそんな金持ちなん?!
てなるのでは( ̄ー ̄)
息子さんは十分愛を受けて育たれたと思います
おふくろの味はお金では買えないです
ショパンの気持ちを理解するためにポーランドで暮らすとか
歴史を現地で学ぶとかあるみたいですね
仰るようにホンマ
誰もショパンにはなれないのだから
そこのところどうなんでしょうね
皆さん情感あふれる顔で弾いてる感じが凄かった
そんな顔せんでも・・と思いながら見てました←失礼や
素人には想像の及ばない境地です
マズローは心理学で必ず出てくるやつですよね
今やビジネスやマーケティングでも重要視されてるみたいで
検索すると一緒に出てきたりして
人の欲求の奥深さを感じます
自己実現ていうのが
未だよくわかりません
で、それを乗り越えて生きてきたんですが、今のご時世はなかなかそれが出来ないってことなんでしょうかねえ?
なんか悲しい気がしますよね。
ただ「毒親」や「虐待に走る親」がいるのも事実だし、それこそ、そこのお子さんは、「親ガチャ」に外れてますよね。
息子には、我が家では出来る限りのことをしてきたつもりですが、どう思ってるのかな?
私も親には親の出来る範囲で十分なことをしてもらったから、そんなものだと思ってるけど。
塾で仕事してたら、色々な親御さんに出会うことが多くてびっくりすることもあります。
ショパンコンクール、クラシックって楽譜通り、ショパンの気持ち通りに弾かないとダメなんですよね。でもショパンの気持ちはショパンしか分からへんと思うんですが。
マズローの法則、久しぶりに聞いた~と思いました。
某企業のトップマネジメントが私に熱く語ってくれました。
今回の記事の私のキモは「マズローの法則」です。
クラシックのピアノって
ここまで来ると←どこまで?
どれも同じに聞こえるんですよね
聴き込まないと好き嫌いが見えてこないというか
昨夜は夜通しYou Tubeでファイナルのライブやってましたね
反田さん
2位だったとか
すごいですね
もしやと期待しましたが
2位はすごいですね
コンチェルトはもはやスポーツで
今や0歳児からスマホを持ってゲームをするらしいです
確実に脳の発達に悪いようですが
暗算とか計算とかできなくても
漢字が覚えられなくても
文章が書けなくても
全く困らない世の中になるのかもしれませんよね
たしかに全曲あがってますね~。
反田クンの前にメンデルスゾーン大好きなのですが
無言歌集の中でも好きなベスト3に入るホ短調が
なんと一曲目に入っているのが超嬉しい。
あさ、車のエンジンをかけて、この一曲目をセットして
アクセル踏みながら聴き始めると、ヤル気なくても
気持が(短調にしか反応しない性格)上向きます。
あ、泣いているのはね、世の中、快楽であふれたら
もう、戦争どころでない怖いことになりそうだから、です。
横道逸れてごめんね~。
おおお、先生いらっしゃいませ
(ノ ̄ー ̄)ノ□←座布団
先生の記事も読ませていただきましたし
その気概もよく存じておるつもりですが
僭越ながら
お気を悪くされずに読んでほしいのですが
原先生は親ガチャの当たりを引かれているのではないか
と思います
まず、その稀なるスタイルと美貌
アメリカのお姉様もミスコン荒らしをされていたとの事
DNAの為せる技ではないでしょうか
そして、知性
甥っ子さんは確かNASAにお勤め
原先生も医学部卒で基礎研究を支えた後、別の国立大に学び
高校で教鞭をとられましたよね
そしてその後
事情をもって生まれたお嬢さまを立派な社会人にそだてあげ
資産を持つまでに育て上げておられる
こんな離れ業をやり遂げるのは
もちろん個人の勇気と挑戦と才覚にあるのですけれども
あるのですけども!
遺伝子レベルが一般と違うように思われます
いや
もはやそう思わなくては
私のうっす〜い人生が浮かばれません
私も若い頃に
先生の10分の1でも
気概があったらなあ
こういうヘタレが
「親ガチャ」なんて言い出したんだと思います
長々と勝手な話をすみません
( ̄ー ̄)〽
このアルバムYou Tubeにまるっと載ってるんですが
有り難いやらもったいないやら
演奏家ってすごいですね
確か反田さんはピアノの森の声優ならぬピアノ優でしたよね
アニメーションは大雑把だったけどピアノは素晴らしかったから
なんとか最後まで見られました
高村薫先生の雑文集とは
知りませんでした!
ガチのスパイ小説や企業の内幕小説に何故かBL要素を盛り込む先生が大好きでして
早速図書館にとりよせてもらいました!
そうか
あれは確かに快楽ですねえ
わかる気がします
で
なんで泣いてるんですか
( ̄ー ̄)??
そう言う私自身が、遠い過去に郷里も親も捨て去り、単身上京した身です。
それが大正解でして、私の人生は親を捨て去った時点から、好転の一途をたどっていると信じています。
それでも今尚、親に依存されますが。
こちらとしては、一旦親を捨て去っているとの心意気が、その現在の親対応を支えてくれているように感じます。
すごくお気に入りで車の中でずっと聞いています。
ファイナル、どんなコンチェルトになるのか楽しみです。
ゲームをまったくしないのでガチャがわかりませんが
なんだか、こわいなぁとおもってしまいます。
高村薫の「著者初の雑文集」というふれこみの『半眼訥訥』に
「ゲーム世代の快楽」という小文があり
娯楽と快楽についてかなり衝撃うけました。
娯楽は意思で止められても快楽は止められない
そういうところから依存症がはじまるので
なににつけ、今の世は「快楽」が多すぎて
オバチャンは泣きそうです。。。←泣かんでええって