こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【6】-

2022年12月01日 | マリのいた夏。

(※『東京リベンジャーズ』に関してネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m)

 

 さて、近ごろちょっと漫画づいてるので、引き続き漫画の話でもと思いました♪(^^)

 

 とはいえ、今回本文のほうがちょっと長いということで、感想(?)が短めに終わりそうというと、『東京リベンジャーズ』かなと思ったというか

 

 いえ、前にも感想書いてるので、それで短くまとめることが出来るっていう意味なんですけど、東リべ、最終回を迎えましたね

 

 わたしの場合、29巻まで発売になってる時点で、数日かけてほぼ一気読みした……みたいな感じだったので、その後については本誌のほうを追って最終回まで読んだみたいな感じです

 

 終わり方については、もしかしたら反則と思われる読者さんもいらっしゃるかどうかわからないんですけど……自分的にはすごく良かったなって思ってました。これはわたし個人の読み方なので、他の方には他の方の読み方があって、色々な意見や感想があると思うんですよねなので、あくまでそうしたたくさんある感想・意見のひとつとして――わたし自身にとっては東リべって、基本的にキャラ漫画という感じだったのです。もちろん、ストーリー的にもすごく面白いわけですけど、マイキーくんやドラケンくんや一虎やイザナや……そうした自分にとってのお気に入り大好きキャラが幸せにさえなってくれたら、ちょっと反則でもなんでもいいや――みたいな?(^^;)

 

 でも、わたし的には「どう考えても、ひとりも犠牲をださずに未来を変えるラスト」っていうのが思い浮かびませんでしたし、そんな中で、「おお、そんな方法がっ!!」というあの終わり方は、多少反則っぽくても、わたし的には全然120%アリ☆な感じだったのです。。。

 

 本当に、あんなに素晴らしく面白い漫画を届けてくださった原作者様には感謝とありがとうの気持ちしかありませんが、何より悲愴的な亡くなり方をしてしまったキャラクターのファンの方が、その復活をどれほど喜んでいるだろうと思うと……すごくいい終わり方だったんじゃないかな、とすら思うのです

 

 わたし、場地くんももちろん好きだったし、その男気にも、「オレが千冬でも惚れるぜ!」と思ったりしていたとはいえ、いつだったかラジオで某ファビュラス・シスターズの妹御である美香さんが、場地くんと千冬くんに対する愛をおねいさんに語っていたことがあり……「あ、そっか。場地くんファンの気持ちってそんな感じなんだな」と、思わずじーんときてしまったんですよね。

 

 親友の一虎くんを救うため、仲間の絆を守るため、自ら死を選んだ場地くん……わたしの場合、どっちかっていうと一虎の背負った重すぎる十字架ゆえに、場地くんも好きとはいえ、一虎のほうに目がいきがちなところがあったんですけど……その後、そもそも真一郎くんの死自体、彼が自分で招き寄せたものだということが判明!!(=もちろん一虎の選択は悪いんだけど、根本原因がそことはまた別に存在したというか)。

 

 でも結局最終的に――マイキーくんは植物人間になったりすることなく、ゆえにその前段階エピソードにある春千夜くんも口に怪我をするということはなくなり……みんながみんなオールオッケー、それぞれの場所で幸せになるって……すごいですよね~。最初からこの着地点を目指していたとしても、わたし、自分がバカだからすごくよくわかる。途中でなんの矛盾も生じさせることなく、週間連載漫画という形でここまで完成させることが出来るって、離れ業という以上に並でない創作家としての総合力がないと絶対無理というか、なんていうか。。。

 

 なんにしても、ここまで面白く引っ張ってきたのに、唯一最後だけが……なんてことにならなくて、一読者としては大・大・大満足でしたし、原作者の和久井健先生には「お疲れさまでした!!」という言葉と、「こんなに面白い、時間を忘れて読める漫画をありがとう!!」の言葉しかない感じかもしれません

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【6】-

 

 マリがくしゃくしゃにした手紙のしわを伸ばすと、ロリはまずノア・キングと電話で連絡を取ることにした。見慣れない番号が浮かんだことで、相手が出ないかもしれないと思ったが、この場合彼はむしろそんな瞬間の来るのをずっと期待して待っていたのである。

 

『ああ、良かった。もしかしたらただのキモい奴だと思われて、このままずっと連絡なんて来ないかもしれないと思ってたんで……』

 

「まさか。それよりわたし、三か月って期間を区切っちゃったけど、よく考えたら夏休みが終わるのと同時、ノアは監獄に戻るわけでしょう?そしたらたぶん、ほとんど会う機会もなく三か月なんてすぐ過ぎちゃうんじゃないかなあと思って」

 

 ロリとしては、それでも構わなくはあった。それに、大学受験がいよいよ迫ってくるため、実際のところ随分悪い時期にノア・キングは交際を申し込んできたとも言えた。この時もロリは、「今は受験のことだけに集中したいから」と言って断るべきでないかと、最後まで迷ってはいたのだ。

 

『リサから聞きませんでしたか?うちの監獄、首都から電車で一時間半くらいなんですよ。無理すれば距離的には通えなくもないんでしょうが、何分、全寮制なもんで仕方ないんです。ただ、週末だけ帰ってくるってことは出来るもんですから……』

 

「じゃあ、いつならいいの?」

 

 ロリは相手に気を持たせようというのではなく、『嫌なことはなるべく早く済ませよう』といった考えにより、そんなふうに提案した。ノア・キングにしても、ロリがてっきり自分と同じく内気なほうだと思い込んでいたので、彼女が妙にテキパキした物言いだったことから――リサが相当粘り強く頑張ったのだろうと、そのことからだけでも読み取っていたわけであった。

 

 だが、彼は繊細な性格であったにせよ、そのことで傷ついたりはしなかった。これから自分が『交際するのになかなかいい奴』、『思ったよりも一緒にいて楽しい奴』といったように彼女の中でランクを上げていければと、努力する気であれば満々だったから。

 

 結局のところこの時、お互いの夏休みが終わる一週間前に、一度デートしようということに、割合早く話のほうはまとまっていた。ノアの提案により映画を見にいくということになり、ふたりはその夏、割合ヒットしていたアクション映画を首都中心部にあるシネコンのほうまで見にいったわけである。そのシネコンの入っている商業施設には、ビリヤードやボーリング、あるいはゲームセンターなども入っていたし、他にレストラン街があるだけでなく、ただウィンドウショッピングするだけでも、近郊には半日かけても回りきれないほどの数、店がひしめていたと言える。

 

 この日、ロリは特にそれほどお洒落を心がけるということもなかったとはいえ、それでもドキドキ高揚する気持ちはあったし、映画のほうは好みでないアクション・バカ大作のような作品だったが、むしろそれであればこそ良かったと思っていた。実はロリは、今来ている映画の中で見たい作品があったけれど、それはジャンルとしてはロマンティック・ファンタジーといったところで、『何か見たいのないですか?』と聞かれても、『う~ん。なんでもいいよ』と答えていたのである。

 

(だって、明らかに男子が見るってタイプの映画じゃないもんねえ。それなのに、無理につきあわせたりしたら悪いし……)

 

 待ち合わせ場所は、シネマコンプレックスの入口付近だった。すぐそばに映画関係のグッズを売っているコーナーがあり、ロリはそこで古いパンフレットを手にしているノア・キングの姿を発見していた。

 

「まだ、結構時間あるよね。映画はじまる前に、ジュースとかポップコーンとか、なんか買う?」

 

 ロリは、ノアのことをエリの彼氏であるクリスだと思って接すればいいのだろうと考えていた。ようするに、そのくらいのほどよい距離感のある友人として。

 

 けれど、ロリのほうがデニムのジーンズにパーカー、それにスニーカーというラフな格好であったのに対し、ノア・キングのほうはまるでマフィアの幹部のようにキメキメだったことから――ロリはあらためて、彼と自分との意識の違いを感じないわけにいかなかったかもしれない。

 

 ブランド物のメガネに、ダークグレーのシャツ、黒のスラックスに革の靴……金融街にある証券会社の一流ビジネスマンに見えなくもないように思い、ロリは思わず笑った。

 

「あ、オレ、なんかおかしかったスかね?」

 

「ううん、全然。わたしももっとキレイ目ワンピとかいうのを着てくれば良かったのかなあって思ったっていう、それだけ。どう見てもこれじゃ、近所のコンビニに行くおばさんと大差ないもんねえ」

 

 何故か不思議と出会った瞬間にすぐ、ロリはリサの言っていた言葉の意味を理解していた。『あいつ、無理して悪ぶってるだけで、実際のところは繊細な小心者なのよ』という。

 

「いや、ロリさんは可愛いっスよ。去年キャンプ場でも、大体似た感じでしたよね。オレ、スポーツウェアとか似合う女の人、結構好きなんです」

 

「メガネしてるってことは、目悪いの?」

 

 なんとなく並んで歩きつつ、ロリはそんにふうに聞いた。日焼けしてないノア・キングは、リサの携帯の写真で見た時以上に『頭のいい好青年』といったように見え、ロリとしても別人を眺める思いだった。

 

「あ~、いや、これは完璧にダテです。ロリさんはたぶん、メガネかけてる、真面目な優等生タイプが好きなんだろうなって、なんとなくそう思ったもんスから……」

 

「ふう~ん。わたしもね、結構意外だったんだ。ノアくんって、モデルみたいな八頭身で、隣に連れてて自慢できるタイプの女の子が好みなんだろうなあっていう、なんかそういうイメージだったし……」

 

 ノアはロリのこの質問に照れて答えることはしなかった。ポップコーンとジュースを購入しはしたが、結局のところ落ち着いて食べたり飲んだりすることさえ出来ないだろうとわかっている。映画の内容のほうも、バカみたいに金だけかけたアクション大作だと思っていたが、どうせストーリーなぞ大して頭に入ってこないだろうから、彼にしてもなんでも良かったのだ。

 

(ロリさんと一緒にいて少しくらいしゃべったりすることが出来れば、単にそれだけで……)

 

 ロリにしても、この日にあったことは案外、驚きの連続だったかもしれない。中身の大してないアクション映画と決めつけていた映画は予想外に面白く、最後のほうでは感動させられてさえいた。そして、それと同じく、ノア・キングは話していて楽しい相手ですらあったからだ。

 

 映画が終わると、「お腹すいたね」と互いに言いあい、レストラン街にあるハンバーガーショップで軽く食事した。あとはゲームセンターでゲームしたり、ボーリング場でボーリングしたりと……ロリにしてもノアにしても、ゲームやボーリング自体が楽しいかどうかはほとんどどうでも良かった。その合間合間にお互いの学校のことを話したり、最近読んで面白かったマンガやドラマ、今やっているゲームの話をしていることのほうがメインで、そちらのほうはほぼサブ的な役割しかなかったから。

 

 とはいえ、ロリにとってノア・キングと「一緒にいて楽しい」というのは、異性としてではなく、単に友達としてだったに違いない。けれど、ルーク=レイともし一度だけでもデート出来たら、自分はこんなに寛いではいられなかっただろう……その比較がありありとわかるだけに、ロリはそうした意味でノアとの交際を歓迎するところがあった。(このくらいのほうが、わたしにしても気楽だし、ちょうどいいような気がする)――こうして、ロリは自宅まで送ってくれたノアと、彼がまた実家のほうへ戻ってこれた週末、再びデートする約束をして別れたのだった。

 

 最初は気が重いと思っていた行事に、一度出かけてしまって以降は楽しいと感じることがあるように……ノアとのデートというのはロリにとってどこかそうしたところがあった。(でも、間違いなくこれは恋じゃない気がするのよね……)そう思うのに、相手に気を持たせるのはどうなのか――ということについて、ロリはあまり深く考えなかった。ノアが目指しているのは、彼が今通っているパブリック・スクールと同じく、たんまりお金のかかる私立大学ということだったし、ゆえにロリと彼が同じ大学へ通う可能性というのはゼロに等しい。

 

(そうよねえ。大学のサークルなんかで会った美人の子に一目惚れしちゃって、今わたしにしてるのと同じことをするとか、なきにしもあらずっていうか……そのくらいに思っておけばいいんじゃないかな)

 

 ロリは男の子とデートする――といったようには話さずに出かけていたため、見たことのない男子と娘が連れだって来るのを見た時、シャーロットは庭先にていささか狼狽した。彼女にとって娘のロリというのはいつまでも子供であって、よその家庭とは違い、可愛いひとり娘に限っては、自分の気に入らない男を連れてくるようなことは決してあるまい……何か、そのように思い込んでいたところがある。

 

 とはいえ、シャーロットにしても、ノアの外見や話し方の何かが気に入らなかったということではなく、娘の交際範囲については熟知しているつもりだったのに、突然その圏外から見知らぬ青年がやって来た――ということに、おそらくはショックを受けたに違いない。

 

「あの人、どういった方なの?お父さんに紹介しても、何も問題ない人なんでしょうね?」

 

 ノア・キングが玄関先で軽く挨拶して帰ると、多少不機嫌な口調になってシャーロットはそう聞いた。ちなみに、父のトムはすでに基地のほうへ戻っていたことから、もしかしたら自分のほうでそのように計算したと、母がそう思い込んだようにロリは思わないでもない。

 

「去年、キャンプ場で一緒になったんだよ。マリが学校で仲良くしてるリサ・メイソンって子の昔の義理の弟っていうか……とにかく、ちゃんとしたいい子だよ」

 

「どこの学校の子?」

 

「えっとね、インマヌエル・パブリックスクールの寮に入ってる子なの。だから、もうすぐそっちのほうに戻っちゃうんだよ。それで、夏休みが終わる前にちょっと会って遊ぼうみたいな話になって……」

 

「ふうん。パブリックスクールとしては、随分ランクが下のほうの学校なんじゃない?お母さん、ロリちゃんはあんまりああいうタイプの男の子とは合わないんじゃないかと思うけど」

 

 自分の母親が学校のランク付けに弱いということは、ロリにしても重々承知しているつもりだった。これはおそらく、向かいの屋敷のふたつの家庭が、ともに一流か、それに準ずる学校へ子供たちを通わせていることと無縁ではなかったことだろう。

 

「ノアはいい子だよ」と、ロリは溜息を着いて言った。「確かにね、お母さんの言いたいことは大体わかるけど……ほら、エリの彼氏のクリス。わたしにとってはね、ノアってクリスみたいな感じかな。基本的に真面目で、一緒にいてあんまり緊張しないし、そこがクリスのいいところみたいな。あと、ノアにはノアで、他にもいいところいっぱいあると思うし」

 

「ふうん。でも、エリちゃんの彼氏のクリス・ノーランドは、成績がいつでも学年で十番以内でしょう。エリちゃんは将来有望ないい彼氏とつきあってるんだなって、お母さん、前からそんなふうに思ってたのよ。玄関先でちょっと話しただけだけど……お母さんの第一印象としてはノア・キングって子は真面目な振りだけした、軽薄なオオカミといった感じね。とにかく、今後もその子とデートしたりするんなら、次にお父さんが帰ってきた時にでもディナーにご招待なさい。それで、お父さんのご意見もお窺いしないとね」

 

 ロリは溜息を着いた。ノア・キングとは、まずは三か月の契約交際がどうだの、説明する気さえ失せる。また、これもいつものことだったが、娘の教育方針に関しては、母のシャーロットは父親に最終的な決断を委ねるようなところがある。もっとも、『委ねる』などと言っても、それは概ね母の腹話術によって父親が語る言葉をロリは聞くことになる……といったことを意味していたが。

 

(お母さんは、自分にとって都合のいい時だけ、お父さんの父親としての権威を笠に着ようとするのよね。でも、もしそういう時にわたしが一言――『なんでわたしが浮気なんかしてるお父さんの言うことなんていちいち聞かなきゃなんないの!?』とでも言ったりしたら、一体どうするつもりなのかしら)

 

 こうした母親の矛盾した言動、さらには父親の『父さんは母さんの操り人形よろしく、叱るように言われたから何かそれっぽく行動してるけど、なあに、ロリ。賢いおまえのことだ。こんなことは全部母さんの差し金なんだと、おまえにはわかっているよな?』とでも言いたげな、いつもの本気度ゼロの物言いといい……ロリとしては(この父親はもしや、本当は娘のことなどどうでもいいから、本気で叱ることさえしないのではないか?)と、そうとしか思えないことがよくあったものである。

 

 母のシャーロットはロリにとって、専業主婦の鑑のような人だった。料理や掃除や裁縫、庭仕事など、とにかく家のことをするのが大好きなのだ。ロリは時々、母にとって自分はそうした<家>や<家庭>といったものの、子供という従属物なのではないか――ふと、そんな気のすることがある。次の瞬間、(もちろんそんなはずはない)とわかるのだが、母にとっての夫というのはようするに、そのように彼女の気に入る『家』や『家庭』を与えることさえ出来れば誰でもよかった……のではないかと、そう思ったりしないでもない。

 

(まあ、本人がハミルトン夫人に語っていたとおり、『夫の浮気にさえ目を瞑っておけば、生活の保障はされ続ける』わけよね。しかもお父さん、海外勤務になってからは、年に数えるくらい帰ってくればいいほうだし。その時だけ、ここぞとばかりにお父さんのことを夫として、素晴らしく盛り立てておけば――まあ、簡単にいえば毎月お父さんのお給料というのは、生活費としてお母さんの懐に入ってくるわけだし……)

 

 もちろん、ロリもその父親の稼いだお金で養ってもらっているのではある。けれど、ミドルトン夫人やハミルトン夫人を相手に、夫の悪口雑言をこれでもかとばかり並べている時の母と、そのような不満など何もないかのように振るまう母のことを見比べてみるだに……ロリとしてはどちらが本当の母なのだろうかと、不思議になってしまうのだった。

 

『親父とおふくろはただの偽善者だ!オレはもうこんな家、出ていくからな。聖書の放蕩息子みたいに、いつか息子は戻ってくるだなんて、神に祈るんじゃねえぞ』

 

 ――この瞬間、ふとロリはオースティン家の長男、ジョナス・オースティンがそう吐き捨てて、牧師館を出ていった時のことを思いだしていた。ジョナスはエリカと八つ年の離れた兄で、エリはオースティン家の五人兄姉妹の末っ子だった。牧師のマーティン・オースティンと妻のステラ・オースティンの間には、息子が彼ひとりしかいなかったから、初めての子供ということもあり、両親は他に四人いる娘たちよりジョナスに厳しかったという。

 

 ジョナスが牧師館を出ていったのは、かれこれ六年も前のことになるから、ロリが彼のことで覚えているのは『ちょっと格好いいちょい悪お兄さん』といったことくらいだったろうか。親の期待に苦しんだジョナスは、最終的に――父親と母親の模範的なクリスチャンとしての生き方を全否定し、ギャング仲間とつるんだり、あるいはニューエイジの集まりに参加するようになり、父親にそのことを咎められては大喧嘩をし……ということを繰り返し、とうとう家から出ていったのである。

 

 いつだったかの日曜の午後、ロリは日曜学校のあと、牧師館の庭で涼んでいたことがある。するとそこへ、何故かふらりとジョナスが現れて、こう話しかけてきたのだ。

 

『ああ、エリの友達のロリちゃんか。オレも今のあんたくらいの時分には、イエス・キリストを信じていたこともあったっけ……いいかい、ロリちゃん。オレは何もな、聖書やイエスという存在を否定してるってわけじゃないんだ。けどな、オレの親父やおふくろにしてからが大した偽善者さ。親父は毎週日曜ごとに、なんともご立派なお説教を信徒さまに向かっておっぱじめるわな。おふくろもその時だけは、きのうの夜、どれほど大きな夫婦喧嘩をしたかについては隠し通そうとする。ようするにまあ、ホンネとタテマエという奴よ。そこへ持ってきて罪深い信徒連中は信徒連中で、いつでも内輪もめ寸前というわけだ。誰それが奉仕の任についてないだの、自分のほうが奉仕の負担が重いだの……お互い人間の好き嫌いがあって、派閥を作ってみたりと、あんなもん、神の家でも神の家族でもなんでもない。ただの罪深い人間同士の集まりというそれだけさ』

 

 この時、ジョナスは十八歳くらいで、ロリは十歳だったから、年上の彼が何を言っているのか、本当の意味ではわかってなかったかもしれない。また、この時彼は酔ってもいたようだったから、そのせいで妹の友達になんとなく本音を吐露したという程度のことでもあったに違いない。

 

『なあ、ロリお嬢ちゃん』

 

 ジョナスは酒場で隣の商売女でも抱くように、ぐいとロリの肩に手を置いて言った。

 

『オレはあいつらの、うわべと実際の行動の矛盾というやつに腹が立つのさ……マハトマ・ガンジーも言ってる。「キリスト教徒が全員キリスト教徒らしかったら、インドにヒンズー教徒は存在しなかったことだろう」ってな。つまりはそういうことなのさ』

 

 その後、ジョナスはふらふらしながら、牧師館の脇にある物置小屋へ入っていった。エリはこの兄に対して、四人姉妹の中でもいたく同情的であった。だからいつでも兄の味方をしようとしたし、彼が牧師館から本当に出ていった時も、誰より胸を痛めたのも妹のエリだった。

 

『お兄ちゃんが言いたいこともさ、わたしにはよおおーくわかるわけ。まあ、ロリにもわかるかもしんないけど……たとえばうちの教会員で執事のメンバーのひとりでもあるキャンベル夫人。幸い、うちのお父さんたちは気に入られてるけど、教会の婦人会でも人間関係的に力を持ってて、夫人の機嫌を損ねると、お父さんは牧師として左遷されちゃうと思うのよね』

 

『でも、牧師さんっていうのは、神さまに任命されてなるわけだから、その言葉に逆らったりするっていうのは、神さまに逆らうってことなんじゃない?ましてや、信徒同士で徒党を組んで牧師さんを追いだすなんて、それこそ神さまに逆らう行為という気がするけど……』

 

 ロリはその頃まだ幼かったので、どちらかというと、そんな理由からオースティン牧師が追いだされ、それに伴い大親友のエリが遠くへ行ってしまうことのほうが悲しかった。それで、必死にそんな言い方をしたのかもしれない。

 

『そーなのよー。でも、実際には神さまに祈ることの他に、人間関係の大海原をうまく風を読んで生きてくことのほうが、もしかしたら大切だったりするのかもね。そのあたりの空気をまったく読まないで、「神さまがわたしをお導きになったのでーす!であるからして、あんた方はみんな、私の言うことを聞くべきでーす!」なんてんじゃ、まるでダメっていうわけ。信仰界というところにも、政治的根回しというのが必要ってことなのよ、ようするに』

 

『つまり、今日教会学校で習った、「あなた方は蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい」というイエスさまのお言葉を実践しなさいってこと?』

 

『そーゆーこと!ロリ、あんた聖書をまだ全部読んでないのに、よくわかってんじゃなーい』

 

 このことを聞いて以来、ロリはオースティン一家が教会に付属した建物である牧師館から追い出されぬようと、随分長く祈ってきた。親友と離ればなれになるのがイヤだったからでもあるし、エリの両親であるオースティン牧師夫妻のことが大好きだったからでもある。

 

 その一方、ジョナス・オースティンが両親から押しつけられる規範に逆らい、牧師館から出ていったのが何故だったかも、ロリには理解できる気がしていた。特に、エリの一番上の姉、メアリーが非常に品行方正で賢く、まるで聖油を切らさぬ娘たちでもあるかの如く、信仰心が厚かったことから――ジョナスとしては長兄として立場がなかったということもあったに違いない。こうして痛ましいひとつの魂は、生まれながらに救われる環境にありながら、その一切を捨て、世の嵐の中へ飛び出していったというわけなのである。

 

 その後、自分の属するオルジェン家の『ホンネとタテマエ』にロリ自身気づくようになっていったわけであるが、ロリはこの時、今もジョナスがどこでどうしているのかわからない――ということを思いだし、胸の奥で苦しい溜息を着いた。ジョナスの抱えていた矛盾のやるせなさに比べたら、自分の抱えているそれなど、遥かに小さいものだと、そう思いながら……。

 

 ロリが、デートしてきた相手のノア・キングのことでなく、そんな古い回想になんとなし耽っていた時のことだった。ヴィーヴィーと携帯が鳴りだし、慌ててカバンの中を探してみると、相手はもうひとりの大親友マリだった。

 

『あんた、ノア・キングとデートしてきたんでしょ!?』

 

「う、うん……」

 

『で、どうだった?』

 

「どうって……なんていうか、まあ普通だよ。映画見て、ゲームセンター行ってボーリングして、その合間にお腹すいたらなんか食べてっていう。たとえて言うとしたら、エリの彼氏のクリスと一緒にどっか行ったみたいな感じかな。ほら、わたしとエリとクリスの三人で映画に行く約束したとして、エリが突然来れなくなったとするでしょ?でも、わたしとクリスのふたりで映画見て食事して帰ってきても――友達としてべつになんもおかしいとこなんてありしゃしない……みたいな、あのわかりきってる感じ?」

 

『ふう~ん。でもノア・キングはクリスじゃないから、少しくらいはドキドキしたりしたんじゃない?』

 

「それはね……でも、異性として意識してどうこうとか、そんなことじゃないと思う。全然知らない人と初めてボーリング行ったとしても、同じくらいの軽い緊張感くらいはあるんじゃないかなっていう程度かな」

 

『へええっ!じゃあロリ、あんたこれからどーすんの?「特に男とは思えないけど、クリスとなんとなくつきあってる」エリと同じく、これからも蛇の生殺し状態ってやつを続けていくつもり?』

 

「蛇の生殺しって……」

 

『ほら、クリスは典型的な草食タイプじゃない。とりあえず、大学に入るまではそういうことは待つべきだ……とか考えるタイプでもある。まあ、ちょっとずるい女ならね、クリス成績だけはいいから、将来のことを考えて、先に体の関係だけ持っといて、大学進学したあと、クリスが他の女に目移りしないようにするかもしんない。それか、一流大学へ合格した暁には、そういうご褒美をあげるって約束しておくとか……』

 

「エリはそこまでクリスとの恋愛で駆け引きとか考えるタイプじゃないと思うな。それに、クリスのあれはなんていうか、ニワトリとか白鳥が最初に見たものをお母さんだと思いこむっていうのにも似て、エリのこと自分の運命の人だと思ってるわけだから……クリスの目が他の女の子に向かうってことはまずないと思うんだよね」

 

『まあね。そこらあたりのことは、もちろんわたしもわかってるけど……そんで、ロリはこれからどーすんの?これからもあの、ドラムが叩けるってみんなに言ってたのに、実はドラムスティックすら握ったことなかったみたいなノア・キングとつきあい続けるってわけ?あ、ちなみに今の話はあくまで比喩よ。でもあいつってそーゆー金メッキタイプっぽい匂いがぷんぷんするってのは事実でしょ?』

 

 ロリは『真面目な振りをした軽薄なオオカミ』と、母がノアのことを評していたのを思いだし、少しばかり複雑な気持ちになった。

 

「ん~……っていうかね、わたしがノアのことで気になったのは、別のことかな。映画とかボーリングとか、食事その他、全部自分がお金だすって言ってくれたんだけど、なんかそのカードっていうのが親御さんの口座引き落としらしくって、ある程度使い放題みたいなの。「だから遠慮することないっスよ」って言われても、なんかそのあたりの価値観の違いも気になるっちゃ気になるっていうか……」

 

『なるほどねえ。だからわたし、最初に言ったでしょ。客観的に見た場合、あんたとあのノア・キングの奴は合わないって大抵の人が思うと思うわけ。そうねえ……わたしの意見としてはこうよ。ノア・キングの奴はね、「このカード、親の口座からの引き落としで使い放題なんだ」って聞いた瞬間、両目がハートマークになって、むしろ向こうのほうで積極的にホテルに誘ってきたりとか、そういうふうになる尻軽女とでもつきあうべきなのよ。それで、ロリ、優柔不断なあんたとしてはアレでしょ?これからもずるずるべったりでなんとなく交際を続けて、あいつがパンツの中に手を突っ込んできたくらいになってから、「違う!この人じゃない」とか言って、相手に恥をかかせて傷つけて終わるのよ。だからね、一番いいのはそんなふうになるずっと手前のほうで、「わたしたち、なんか合わないね」とでも言って、やんわり断っとくくらいのがちょうどいいってこと』

 

「う、うん……マリ、なんかわたしね……今日ノア・キングといて、実は結構楽しかったの。あ、楽しかったなんて言っても、友達感覚的な意味で色々刺激的だったくらいな意味。それで、少し反省したりする部分もあったのね。最初に会った時、肌が浅黒くて髪も脱色してて、なんかワルぶって見えたから、『わたし、こーゆー人ってちょっとアウトだなあ』って正直思ったわけ。でも、ほんとのノアはもっとずっと繊細で、素直ないい子だったの。それでね、わたしリサとも去年初めて会った時、『いくらマリの親友でも、こーゆー子とは合いそうにないなあ』とか思ったんだけど……それは去年リサが折悪しく色々嫌なことが重なって、荒れてたからだし……ようするにね、そういう偏見を持ってる自分のほうが、実はしょうもない人間なんじゃないかって反省したってことなんだけど……」

 

 携帯の受話口からは、大仰な『はあ~~~』という溜息が洩れてきている。

 

『まあね。そういえばリサ、言ってたわよ。あんたとノアの奴がうまくいったら、今度またみんなでどっか行かないか、みたいなこと。この場合のみんなっていうのはようするに、あんたとノア、わたしとルーク、それにエレノアとベンジャミン、シンシアとジェイムズ、それにリサと彼女の選んだ何人もいるボーイフレンドの中のひとり……みたいなメンツでってこと。あんたこれ、どう思う?』

 

「んー、ごめん、マリ。マリはさ、リサともシンシアともエレノアとも同じ学校で仲いいかもしれないけど、わたしはちょっと違うと思うんだ。あのペンションにいる時も、みんな白鳥なのに、何故かわたしだけ頭のハゲたハゲワシの幼鳥みたいな感じで、すごく場違いな感じがしたし……」

 

『あらロリ、あんたなかなか言ってくれるわね』

 

 マリは面白がるような口調で、笑って言った。「え?どうして?」と、ロリのほうでは不思議そうに聞き返す。

 

『だって、そうじゃない。ハゲワシって成長したら、白鳥どころじゃない大きさに成長して、姿のほうだって白鳥なんかよりずっとワイルドで優美になるもの。あんた、心の奥底じゃあたしたちのグループのことなんかなんとも思っちゃいないのよ。金持ちお嬢ちゃんたちのしょーもない集まりくらいにしか思ってないんじゃない?』

 

「そっ、そんなことないよっ!わたしが言いたかったのはね、マリはいつもそういうイケてる女の子たちのトップにいたり、テニスの世界でも女王だったりして、すごいなあっていう意味。でも、わたしがマリのそばにいたら、『何このダサい子』ってなって、マリの株が落ちるかもしれないでしょ?わたしはやっぱり、エリやドミニクたちと一緒にいるほうがしっくりくるもん。つまりはそーゆーことだよ」

 

『テニスのほんとの女王っていうのはね、グランドスラムを制覇したくらいにならなきゃ、本当の意味ではそう名乗れないのよ。たかだかジュニア・チャンピオン程度のことではね』

 

「ううん。それでもわたしにとっては、マリはやっぱり女王さまだよ。小さい頃がずっとそうだったもん。本当はね、わたしはこんな高級住宅地に住んでていいような子じゃないし、ほんとだったらマリが相手にしないような子だったと思うの。でも、たまたますぐ近くに住んでたっていうそのせいで……セレブの世界をちらほら覗いたりも出来て、そういうのも全部、マリが仲良くしてくれたからだと思うんだ。だから、そのことには友達としてすごく感謝してるっていうか……」

 

『べつに、あんたがあたしに感謝する必要なんてないわよ。そんなことよかね、わたしは予言者じゃないけど、この場合は旧約聖書のエレミヤかイザヤみたいになって、一言いわせてもらうわよ。悪いこと言わないから、ノア・キングとはなるべく早く別れなさい。いいわね!?』

 

「う、うん……」

 

 ロリの曖昧なこの返事を、とりあえずマリは了承の意と受け止めたのだろう。その後、携帯電話のほうはプツッと切れた。とはいえ、そのまますぐ今度はノア・キングに電話して、『わたしたち、やっぱり……』みたいに話す気にはなれないと思い、ロリは溜息を着いた。

 

 それから机に向かうと、大学進学のための資料を引っ張りだし、どこへ入学するのが自分にとってベストか、ロリは検討しはじめた。一口に「将来は司書になりたい」と言っても、実際のところはとても狭い門である。募集人員は常に限られている上、一度採用された職員が定年等によって辞めるという数も極めて少ない。また、公立の図書館の場合、まずは市の職員等の採用試験を受けて合格しなくてはいけないという壁もあり――そうした、極めて狭い枠の中へ入れない可能性のほうが高いことから、どちらかというと「図書館司書の資格は取ったが、司書になれなかった場合」を想定し、そちらが駄目だった保険として、手堅い学科を受験しておく必要があるわけだった。

 

(まあね、無難なところでいえばやっぱり、経営マネージメント科とか、そういうことになるのはわかってるんだけど……わたしはクリスと違ってそうゆうの、まるっきり興味わかないからなあ。興味あるって言ったら、歴史と語学関係、あとは美術とかそこらへん?)

 

 あえて語弊のある言い方をしたとすれば、エリとクリスというのはふたりとも、いわゆるブックスマート――ガリ勉タイプだった。特にエリの場合、上に姉が三人おり、長姉のメアリーが大学院卒、次女のコーデリアが短大卒の保育士、三女のケイトが看護学校卒の看護師……というわけで、姉たちはそれぞれ、優秀な成績により奨学金を勝ち取るなどして、金銭的な部分ではほとんど親に負担をかけていない。ゆえに、小さな頃からそうしたプレッシャーが大きかったという。

 

『牧師の家が基本的につましい暮らしで貧乏っていうか、お金ないっていうのはある種の運命(さだめ)とはいえ、まあ、簡単にいえば、自分で金銭的にどうにか出来なきゃ自分が将来なりたいものにはなれないわけよ。それは小さい頃から、姉さんたちを見ててよくわかってた。だからね、まず志望校は絶対国立じゃなきゅダメでしょ?そういうふうに逆算して考えて、なるべく早く家を出るにはいい大学へ入るっきゃないと思って、小学生くらいからずっと勉強だけは頑張ってきたのよ。まあね。姉さんたちは自分たちの努力がどうこうというより、神さまにお祈りしてたら合格できたとか、そんな話を証しの時間にしたりしてるけど……わたしはそうは思わないの。言ってみればまあ、我が家において三人の姉妹は白い羊で、長兄のジョナスとわたしは黒い羊というわけなのよね』

 

 ちなみに、エリは携帯を持っていない。というのも、親の方針で、「自分専用の電話が欲しければ、社会人になって経済的に余裕が出来てからにしなさい」と言われているからだ。『わたしも姉さんたちとよく、「わたしたち、よくいじめられなかったわよね」って今も言い合うくらいよ』と笑っていた。『だから、ネットで流行ってるものをあんまり見れなくて話題についていけないとか、みんなで遊びにいくにもお金を持たせてもらえないとか……まあ、実際のとこ、ちょっと変な家庭なのよね。暴力的な描写のあるテレビは一切禁止だし、その上、「牧師の家の子供らしく、行儀よくしなさい」って親に言われたことは一度もないけど、周囲の人間からはそういう圧を常にかけられるから、早々髪の毛を派手にするどころか、ピアスの穴ひとつ開けることすら出来ないというね。ここまでわたしの話を聞いただけでも、ジョナス兄さんがちょっとずつおかしくなっていったのがなんでか、わかる気がするでしょ?』

 

 ロリとエリが初めて出会って以来、ずっと<心通じあう友>でいるのは、もしかしたらこのあたりのことが関係していたかもしれない。ロリは、エリがみんなと同じくらいの額、お小遣いをもらえていないと知っていた。だから、他の女友達が同じ種類のキャラクターグッズを揃えるという時、「わたしも今、ちょっと金欠なんだ」と言ってエリと一緒に買わなかったり、あるいはエリに少しばかりお金を貸してあげたりと……そういう時、ロリはエリが決して気詰まりな思いをしたり、自分に借りがあるような空気には絶対しなかった。そして、そうした気持ちというのはエリに十分通じていたから、ふたりは今も強い絆で友達として結びついている。

 

(でも、エリよりもずっと恵まれた環境にいながら、わたし、成績のほうはいつも百番台だからなあ……)

 

 正確には、一学年に320名ほど生徒のいるうちの、101~141番くらいのところにロリはいる。このうち、一番いい成績の101番になった時、母シャーロットは「ロリちゃん、もう少しがんばれば成績順位が二桁になるわね」と言って喜び、あまり勉強せず、141番だった時には――シャーロットは「お母さん、なんだか具合が悪くなってきたわ」と言って、二日ほど寝込み、まったく家事をしなかったものだった。

 

(実際のとこ、わたしがエリと同じ時間勉強したところで……やっぱり、エリやクリスみたいに常に5番以内とか10番以内の位置には絶対つけない気がする。そういう意味で、やっぱりオースティン家には特別な神さまの祝福があるような気がするのよね。ただ、五人子供がいる中で、長子のジョナス兄さんだけ、他の家族が祝福されるための犠牲みたいになってるっていうのが、エリの言うとおり、なんとも苦しいところだとは思うんだけれど……)

 

 ロリは、自分が推薦枠、あるいは受験して合格できる圏内にある心理学科コースのある大学をいくつかネットでチェックした。精神医学やカウンセリングといったことに、ロリは昔から興味があり、心理学の本も何冊も読んだりしている。ちなみに、<司書コース>といった、司書の資格のみを取れるような科は存在せず、たとえば教育学部で教師の資格を取る傍ら、司書の単位も取って資格を取得するといった、そのような形となる。ゆえに、ロリが探しているのは、司書の資格を取れるコースが存在してなおかつ、自分が興味の持てる学科のある短大か大学だった。

 

(本当はミネルヴァ大の、<美術コース>も捨てがたいのよね。西洋美術の歴史について学びつつ、学芸員の資格も取れるっていう……それに、司書コースも併設されてるから、これで司書の資格も取れる。ただ、美術コースを専攻して卒業しても、就職先があるかどうかっていうのが問題っていうか……)

 

 図書館の司書同様、美術館や博物館などの学芸員になる道というのも、かなりのところ狭き門である。また、ロリの場合、図書館で働けないのであれば、第二志望としては、ユトレイシア市内にある憧れの大型本屋で働くという道もあったかもしれない。

 

(でもねえ。そこは毎年求人があるけど、受かるかどうかっていう問題と、あとは紙の本がどんどん売れなくなってきてる今の時代、本屋だって早々人件費にお金かけてられないだろうし……)

 

 この時、ロリはふと『今からなりたいものがちゃんとあるなんて、すごいっスね』と言った時の、ノア・キングの笑顔を思いだした。母のシャーロットは彼の第一印象を『真面目な振りだけした軽薄なオオカミ』と評し、マリは『みんなにドラムが叩けるって言っていながら、実はドラムスティックすら握ったことないみたいな奴』と比喩により判断していたが、ロリは本当の意味でそう思わなかった。

 

 今日、ロリがノア・キングと話していて感じた印象としては、実は彼が自分と似ているのではないかということだった。もちろん、ロリはキング家のような大金持ちの家庭に生まれたわけではないにせよ、性格的な部分で随分共通点があるような気がしたのだ。成績のほうがズバ抜けていいというわけでもなく、特にこれといって運動神経がいいわけでもなく……ゆえに、得意なスポーツ競技が何かあるわけでもない。また、それであるがゆえに、よくよく周囲の空気を読んで行動しないといじめられかねない――そのことがわかっているゆえに、そのあたりのアンテナだけが異常に発達した、奇妙な精神的生物を自分の身内に抱えこんでいる。

 

 また、ノア・キングの場合、家がお金持ちであるだけに、『だから、あんたはなんになってもいいのよ』、『夢を叶えるのに、お金ならいくらでもお母さんが出してあげる』的環境であるにも関わらず……彼は今のところ、自分が将来何になりたいのか、まったくもって五里霧中だということだった。また、母親が金持ちの男相手に三度も離婚を繰り返していることから、そのたびに環境が激しく変わり、勉強が手につかなくなったり、周囲の状況に適応するのが大変で、それがたぶん自分が周囲の顔色ばかり見たり、特になりたくもないキャラを演じたりするきっかけだったと思う――というのが、ノア・キングの自己分析だったからである。

 

『でも、なんか急に去年キャンプでロリさんに出会ってから、そういうのが突然全部どうでもよくなって。きっとロリさんは、オレみたいなタイプとは合わないと思ってて逃げ腰だろうなとは思ったけど……今日、デートできてほんっとすごく嬉しかったっス。また一週間後から寮での監獄生活がはじまるけど、ロリさんのことを思えば、超ラクに乗り越えられそうなくらい』

 

 この時、ノアは『もう二度目ないかもしれないから』と言って、シャツで手のひらを拭ってから、ロリに握手を求めてきた。そしてロリのほうではなんとなく、その場のノリとして――もちろん彼の優しさやいじましさを感じたこともあって――『でも、週末に戻ってこようと思えば戻って来れるんでしょ?だったら、そんな時にでも会おうよ』と、握手しながら約束してしまったのだった。

 

 その後、ロリとノアは大体月に一度はデートか、それに近いことをして過ごすということになった。と言っても、お互いの間に『三度目のデートではキスまでいきたい』とか、『向こうがその気だったらどうしよう』といった奇妙な緊張感もなく、お互いの家を行き来したり、あるいは都内の何かのイベント事に参加してみたりと――近況報告をしたり、学校である近々の出来事を話したりするだけでも十分楽しかった。

 

 ロリはこのことをマリにもエリにも『月に一度くらい友達として会ってるだけ』と説明しておいたが、実際のところ、<卑屈なまでに自分の身をわきまえた忠実な犬>といった風情のノア・キングとの交際というのは、ロリにとってそれほど悪くない……いや、それどころかすこぶる気楽で楽しいものですらあったのである。

 

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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