(※藤本タツキ先生の『ファイア・パンチ』と『チェンソーマン』に関してネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m)
藤本タツキ先生の『ファイア・パンチ』を読みました♪(^^)
いえ、最初のほうの展開が自分的に結構衝撃的だったので……『チェンソーマン』を描く前にこんなにスゴい作品描いてたんだと思い、途中から色々ちょっと思うところはあったものの――最終巻まで読みました
そのですね、『チェンソーマン』読んだ時から「天才だなあ」と思ってたものの(言わずもがな☆笑)……今回何が衝撃だったかというと、わたし、『チェンソーマン』にキョーミ持った最初がラジオ聴いてだったんですよ。「『チェンソーマン』、マジやばいですよ!まだ若い女性の漫画家の人が描いてるんですけど……」って、わたしの聴き間違いとかじゃなく、間違いなくはっきりそう聴いたにも関わらず――今回、『ファイア・パンチ』読み終わったあと、何気に藤本タツキ先生のウィキを見たら……男性ってあってめっちゃ驚いたという。。。
いえ、わたし藤本タツキ先生の漫画を初めて読んだのは『ルックバック』で、その時は↑の発言をラジオで聞いてから、結構経ってたと思います。だから、『ルックバック』読んだ時も、『チェンソーマン』読んだ時も、わたしの中で作者の漫画家先生は脳内で女性ということになってたんですよね(^^;)
どういうことかっていうと、『ルックバック』は漫画家を目指す少女ふたりが主人公だし、ここでわたし、「やっぱり作者さんが女性だから描ける心理」みたいに、勝手に思い込んでまして……さらにその後、『チェンソーマン』を読んだ時も、主人公のデンジくんのファーストキスがゲロキスだったりとか、悪魔とはいえ、パワーちゃんがうんこ☆流さないとか……こういう女性に対する幻滅ポイントみたいなことって、少年誌ではあんまし描こうとする男性作家さんっていない気がするんですよね(^^;)
まあ、デンジくんのモチベ的にエロへの達成パワーがなくなったら、漫画終了の危機とは思うものの……お互い好きあったっぽい女の子とキスしたら舌かみちぎられるとか……こういうの、俯瞰した位置から淡々と描けるとしたら、やっぱり女性作家さんのほうなんじゃないかなっていう思い込みによって、わたし第12巻まで読んでましたからね(^^;)
なので、男性とわかった時、ちょっと驚いたというか(あ、ちなみに藤本タツキ女性説については、ネットで軽く検索すると、何故そう誤解されたかの理由はすぐわかります・笑)。もちろん、「だからどーした☆」という話でもありますし、この話わたし的にまだ色々書けるものの、そんなことダラダラ書くより、『ファイア・パンチ』のこと書いたほうがいいですよね(^^;)
ええと、たぶんこれと同じこと指摘される方は多そうな気がするものの……トガタさんが出てきて映画撮りはじめたあたりから、「ん?」となる方は多いかもしれません。もちろん、最終的にこの部分が最後のほうで伏線として生かされてると思うし、トガタさんのこともキャラとして好きなので、自分的にそこは「まあ、べつにいいや」くらいな感じかな、なんて。。。
ただ、これはわたしが一読者として読んだ直感的な感想として……映画の『ゲーム・オブ・スローンズ』と『進撃の巨人』、このふたつよりも色々な意味でもっと面白いものを描けないだろうか――という野心的な試み+アメコミのヒーローキャラ大好き的なものをなんとなく感じたというか。
それで、『ゲーム・オブ・スローンズ』も『進撃の巨人』も、ジャンルとしてはたぶんダーク・ファンタジーなのかなって思うんですけど、どちらの作品も色々衝撃的で、魂をガーンと直撃するようなところがあるわけじゃないですか。たぶん、『ファイア・パンチ』は、同じ魂ガーン路線を目指して、描かれた藤本先生的には「このあたりが失敗だったな」とか、読者さんがわざわざ「ここが残念☆」的なこと言わなくても、「んなこと、描いた本人が一番わかってらぁな」程度のことなんじゃないかなと思ったりするわけです。
ただ、『ファイア・パンチ』を高く評価する読者さんはとても多いと思うし、わたしも自分が十代くらいだったらそうだったかも……と思ったり。わたしの場合、いい年したおばさんなので、その分少しばかり映画とか漫画を見たり読んだりしてて、ラストのほうは映画の『インターステラー』を思い出させるところがあるなあとか(ネネトがおばあさんになってて、麦畑が広がってるところ)、さらにそのあとの展開も、某SF漫画をなんとなく思いだすところがあったり……いえ、戦争の本質とか、復讐者の苦しみであるとか、地球がこれから氷河期になったら本当にこんなふうになるんじゃないかといったリアリティとか、作品として高く評価するところは山のようにあると思うので、わたしが言ってることはまあくだらんようなことではあります。
でも、『ファイア・パンチ』でこういうところがあんましうまくいかなかったかな……みたいなところが、『チェンソーマン』ですべて生かされてるような気がしたり、なんにしても読んでよかった漫画であることは間違いありません
でもまあ、この『ファイア・パンチ』読んでる時も、わたしまだ藤本タツキ先生が女性と思っていたため――「『チェンソーマン』もそうだけど、女性でここまで描けるなんてスゴい!!」とかいう思い込みによって読んでたりもしてて、「こーゆーとこって、男の漫画家さんだったらもっと意味なくエロいシーンたくさん入れてきそうだけど、物語の伝えたい大事な筋がそっちじゃなから、逸れないところもいいよなあ」とか、なんかそんなことまで思ってたような(^^;)
それはさておき、『ファイア・パンチ』で魂をタコ殴りにされた方も多いに違いないと思うものの……わたし自身は「魂にダイレクト・アタック」でいいところ(鳩尾とか?笑)にパンチが入ったのは、『チェンソーマン』のほうだったんですよね。すでにもう、藤本タツキ=天才の呼び声が高いので、天才とか言っても、なんか感動薄い感じですけど(笑)、「魂を素手で殴ってこようとする創作家」っていう意味では――ほんと、天才だなって思います。
ええと、これで【2】で書いたことの誤解(?)は多少弁解できた気がするものの……うん。『鬼滅の刃』は随分前に感想書いたことあるし、こんなところで大丈夫かしら……なんて思ったり。。。
それではまた~!!
マリのいた夏。-【4】-
「バンガローまではそうでもないんだけど、ペンションまではちょっと離れてるんだよね。オレはともかく、歩くの面倒だったら管理事務所で貸し出してるセグウェイに乗ってもいいよ」
「えっと、それってタダ?」
「いや……1時間四ドルとかそこらだったかな。結構ここ、敷地内広いし、他にもバギーとか色々並んでるみたいだったけど」
「ん~っと、じゃいいや。えっとね、お金がないとかじゃなくって、結局返しに来たりなんだり、時間すぎたら追加料金がどうこうとか、面倒くさそうだもん」
「そのくらい、オレが奢るよ。確か一日中貸しだしで18ドルとかなんだ。半日貸しだしで10ドルだったかなあ。料金表見た時思ったよ。一体なんだ、その料金設定って」
ルークが笑ったので、ロリもまた笑った。キャンプ場には中心地に、名称としては池ということになっているが、ちょっとした湖ほどの広さのミドリ池という場所があった。池のぐるりは木道になっていて散歩できるようになっているし、ボートに乗ることも出来るようだった。
「向こうに釣堀があるんだけどさ、ちょっと歩いていって山を上流にのぼっていけば、渓流釣りが出来るところもあるらしいよ。ライアンたちも釣りとか好きだろうけど、なんの準備もしてこなかったもんな。かといって釣堀のほうはまるっきり子供騙しみたいな場所だし……」
「ルークは釣りって好きだっけ?」
「うーん。どうかな……小さい頃、親父に連れていってもらったりしたけどね、オレの場合は魚釣るっていうより、胴長はいたまんま川の中ざぶざぶ歩いていったりとか、まわり中の自然見たりすることのほうが好きって感じかもしれないな、もしかしたら」
「…………………」
ルークの父親の話がでて、ロリは黙り込んだ。実をいうと前から、ロリには知りたかったことがある。ハミルトン夫人は、ロリが二階にいて聞いているかもしれない――その可能性もあるのに、夫人は割合大っぴらに自分の夫の浮気のことをしょっちゅう話していく。『あいつのはもうビョーキよ、ビョーキ!!だからわたし、言ってやったの。娘のアンジーと同じ年とか、それよりもっと若い女と浮気なんかしたら、今度こそ絶対別れるからねって。そしたらあいつ、なんて言ったと思う!?「流石にそれはないよ」ですって。いいや!あいつの場合は絶対あるわよ。相手が十六とかそのくらいでも、「メンドーなことはヤってから考えよう」とか、そういう根っからのどうしようもない腐ったタイプですものね』といったように。
(だから、ルークが知らないはず、ないと思うのよね。ルークのお母さんはどちらかっていうと直情的で、言いたいことは本人の目の前ではっきり言うみたいなタイプの人だし……子供の前でも頭に血が上ったら黙っておけないタイプっていうか)
「そういえばさ、今日来るのイヤだったろ?」
「えっ!?い、いい、イヤって……?」
ミドリ池の前を通り過ぎ、水車小屋の木の看板に<釣り堀こちら>といったように書かれた砂利道もやり過ごすと、可愛らしい二階建てのバンガローが丘の上にいくつも並んでいるのが見えてくる。ピンクや水色やペパーミントグリーンのや……もっとも、キャンプ場でバイトしたことのあるラースやエイドリアンの話によると、バンガローを使用した人が出ていったあと、アルバイトのする掃除というのは極めていいかげんなものだということだった。つまり、最後に責任者であるマネージャーが点検しに来るのだが、その際とにかくゴミがなくてある程度綺麗に見えれば十分なので、いいかげんに部屋をはいて拭き掃除もするよーなしないよーな……くらいのものだから、衛生的なことが気になるなら、自分たちで先に掃除したほうが絶対安全安心だ――という、何かそうした話であった。
「ほら、ほんとはドミとかエミリーとか、久しぶりに会う友達と一緒のほうが絶対いいのに、リサの画策であんなバカみたいなリムジンに乗ることになってさ。ほんとは、マリからも口止めされてるんだけど……去年こことは別のキャンプ場で会った、ノア・キングのこと覚えてる?」
「う、うん。まあ、うすらぼんやりとではあるけど……」
彼にキスされた時のことを思いだし、ロリは恥かしさのあまりなんの脈絡もなく奇声を発したくなった。もちろん、ルーク王子の前でそなことはしない。あくまでも、彼にとって自分はマリ王女の侍女のようなものなのだ。また、そうであるのならせめても『まともな神経の侍女』として、今後とも彼には記憶されたままでいたい。
「なんかあいつ、ロリちゃんのことが好きなんだって。オレも去年会ったのが初めてだから、どーゆー奴なのかとか、よくわかんないんだけど……でも、見た目と違って結構まともないい奴なんだなって印象だったよ。ほら、軽く肌を焼いてるのも、なんか同学年の奴らになめられないためだとかなんとかって。オレがこんなこと言うのもなんだけど、同じパブリックスクールでもピンキリってやつで、キングの奴が通ってるのは、ランクのほうがあんまり高くない学校らしい。あ、ちなみにこれ、本人が自分の口でそう言ってたんだぜ。ようするに、金持ちのドラ息子ばっか集まってるから、冗談半分にカツアゲされただけでも結構な損失だとかなんとか……けど、マリに言わせると、あんな奴はロリに相応しくないし、あいつと君がもしまたキスしたり、それ以上のことに及んだりするだなんて、論外だとかなんとか。その一方でリサはさ、ノア・キングの奴からロリのことが好きだとかなんとか聞いたもんで、なんか元・義理の姉として一肌脱ごうとかなんとか、張りきっちゃってるらしい」
(マ、マジですか……)
ロリは強い陽射しのためではなく、精神的ショックによってよろけるあまり――すぐそばのひまわり畑に倒れこみそうになった。リサ・メイソンのようなイケてる感じの子が、自分のような子に興味を持つなんて絶対におかしいとは思っていた。ということは、ルーク王子との短い散歩という魅力に自分は負けるべきでなかったという、そうしたことになるだろう。
「じゃあわたし、ペンションのほうになんて、行かないほうがいいってことよね……」
「う~ん。まあ、そう難しく考えることないよ。ロリちゃんの中でキングの奴のことはナシってことなら、リサにはっきりそう言えばいいんだ。そしたらリサからノア・キングの奴のほうにその話が伝わって、きっとこの件は終わりってことになるから」
ペンションのほうは、常盤樹に囲まれた坂の上に位置していて、そこへ行くまでにもロリは息が切れた。一方、ルークのほうではロリの歩くペースに合わせているところがあり、汗のほうもほとんどかいてないように見える。
(やっぱり、普段から相当走りこんでるもんね……本の虫で、夏休み中ろくに運動してないわたしとは全然違うよね……)
「やっぱり、セグウェイにでも乗ってきたら良かったね。池の近くにある管理事務所のそばも通りかかったのにさ」
「ううん。大丈夫……」
そう口では言ってみたものの、ロリはあらゆる意味で落ち込んでいた。ルーク王子と散歩したいがゆえに、ついホイホイついてきてしまったものの、それがリサの意向も絡んでのことなら、自分は来ないほうが良かったのだ。(「あんた程度の子がノアを振るだなんて、身のほど知らずにもほどがあるわっ!」とか、切れられたりしても困るしなあ)――ロリはそんなふうにも思い、<ペンション、エバーグリーン荘>と看板のある奥のほう、その名のとおり常盤樹に囲まれた二軒並ぶ大きな屋敷を見て、いまや溜息が洩れるばかりだったと言える。
「すごく、素敵なところ、だね」
ロリは息を切らしつつ、網戸付きのドアの前でそう言った。空色の壁に、深緑色の屋根。実際には片田舎なので、ここで暮らしていくのは大変だろうが、こうした自然の多いところにペンションを持っていて、春から秋にかけて週末はここへやって来るとかだったら、どんなに素敵だろう……そんなふうにも感じられる木造家屋だった。
「ロリ!やっぱこっち来たんだ~。ねえねえ、ルークとマリたちがさあ、エアコンつけるより、網戸ついてんだから窓全開にして風通しよくしたほうが絶対いいっていうわけえ。どう思う!?蚊とか虫ってのはさ、網戸なんかついてたって、どっかから絶対入ってくるもんなんだって。明日、誰かしらが蚊にさされてボリボリやってても、あたしは知らないからね!あたしは窓閉めてエアコンつけようって最初に言っておいたんだから」
リサは「あち~」と言いながら、風通しのいい場所に椅子を持ってくると、そこでひとり涼んでいた。ペンションのほうは二軒とも二階建てで、上へ通じる階段や廊下が吹き抜けになっている。そして、その階段の真ん中あたりにシンシアとジェイムズが一緒に腰かけて、仲睦まじく何か話しているところだった。
「ああ、ごめんね、ロリ。あんたのことでリサと喧嘩しそうになっちゃったもんだから、本人呼んだほうがいいってことになって……」
「そういえば、ベンジャミンは向こうで結構楽しそうにやってたよ。あいつはテント張って星空眺めたりとか、そーゆーのが大好きな奴だから、これからもこっちには戻ってこないと思う」
ルークはなんとなくみんなに言ったに過ぎなかったが、キッチンのほうにいたエレノアは、「何よそれっ!マジ信じらんないっ」などと叫んでいる。そして彼女の隣で料理を手伝っていたリアムはといえば、「まあまあ」と言って調子よくなだめたりしていた。彼はエレノアのEカップの胸を見たりしながら、(ベンの奴もバカだなー。俺なら絶対こっち選ぶけどな)などと思っていたのだった。
「あ、ロリ。あんたにもここまで来たご褒美あげる。あるのはハーゲンダッツのアイスとスイカバーとかナシの氷菓子とか、なんかそんなのだけど」
「うん。じゃ、スイカバーでいいや」
「オレ、ハーゲンダッツの抹茶味」
このあと、何故か全員でテーブルを囲んでアイスを食べることになった。こちらではバーベキューではなく、冷蔵庫にあるピザや何かちょっとしたものを作ってみんなで食べる予定だという。
「えっと、でも……そういうのもここのペンションで最初から用意してあるものなの?じゃあ、帰る時に食べた分だけ精算するとか?」
ロリが素朴な疑問を口にすると、何故かマリとルーク以外みんな笑った。
「まっさかあっ!」と、リサがチョコレート味のアイスをスプーンですくって言う。「こんなど田舎のダサダサペンションが、そこまで気ィ利かせるわけないじゃない。あれは全部、運転手のリロイが買ってきて、きのうのうちに詰めておいたの。ま、あんたはどうせこう思うんでしょ?『フツーそこまでする!?』とか、『これだから金持ちは……』みたいに。でもま、それでいーのよ。てか、この暑いのにわざわざバーベキューとか、そっちのがわたしにしてみたらよっぽど信じらんないっ」
「大自然に囲まれて、仲間みんなでバーベキューを食べる……サイコーだよ。オレ、今からでもまた向こう行って、みんなとシシカバブでも食べてこようかな」
ルークはそう言って、残念そうに溜息を着いた。確かにロリも、ペンション組よりもテント組のほうが楽しかろうとしか思えない。ペンションの建物の壁紙は彼女の好きなウィリアム・モリス風で、とても素敵ではあったけれども。
「肉だったらこっちにもあるわよっ!フライパンで焼いて食べれば美味しい、極上のお肉がねっ」
(話にもならないよ)というように、ルークは首を振っている。だが、彼に賛同する人間はとりあえず、この場には誰もいないようだった。
「でね、ズバリ聞くわよ、ロリ。あんたさあ、去年キャンプで一緒になったノア・キングのこと、どう思う?」
「どうって、言われても……」
ロリはスイカバーを食べながら、もごもご口ごもった。
「わたしだって、一応これでもわかってるつもりなのよ。あいつ、去年は日サロに通ってて肌も浅黒かったし、若干ワルっぽく見えたでしょ?でも、ノアの奴のあれはさあ、ようするに同じ学校の奴らになめられないようにするためのフェイクってことなの。もともと成績のほうもあんまし良くないもんだから、親が金にものを言わせて通わせるみたいな私立校へ進学したんだけど……それ以外じゃまあ、至ってフツーのいい奴なの。うちのパパが再婚するたんびに、必ず連れ子のいる女と結婚するもんだから、広い屋敷とはいえ、イヤイヤながらもその子たちとも顔を合わせるってことになるわけじゃない?でも、その中でわたしが今も連絡取ってるって言ったら、ノアと、あともうひとり……」
リサは何かを思い出すように、指折り数えてから続ける。
「確か四番目に再婚した女が連れてた姉妹の妹で、ジェシーって子。その子とノアとふたりくらいなもんだもん。ほら、これ見て!著者近影ならぬ、ノア近影」
そう言ってリサが隣に座るロリにスマホの写真を何枚かスワイプして見せてくれる。どうやらこの件に関心のあるのはマリくらいなものらしく、ジェイムズとシンシアは変わらずイチャイチャしていたし、リアムはエレノアのほうをちらちら見ながら梨の氷菓子を食べ、エレノアはベンジャミンのことで今も怒ったような顔をしたままだ。そしてルークもまた、関心なさげな様子で抹茶味のアイスを堪能している。
「……これ、一体だれ?」
そう言ったのはロリではなく、後ろからリサのスマホを覗きこむマリだった。口には出さなかったが、確かにロリもそう思った。
「でっしょお!?マジ受けるんだって、あいつ。ロリとキャンプで会って以降、突然改心したみたいになって、寄宿学校の先生も『夏休み中に頭でも打ったか、キング』って言われたくらいだってゆーんだもん!なんか、今は大学入るのに結構真面目に勉強してるらしいわ。髪の毛も脱色してないし、顔も色抜いたらあいつ、品行方正なマジメくんみたいになるんだから。もっとも、本人はそのこと、前は全然気に入ってなかったみたいだけどね」
「ロリはどうしたいの?わたしは友達として絶対反対だけど……でも、絶対つきあうなとか、つきあわないほうが身のためだだの言う権利まではない気がするし。いくら親友でもね」
「う、うん……っていうかわたし、去年ノア・キングとはほとんどしゃべってもいないんだよ。だから、わたしの性格だなんだとか、向こうも全然知らないと思うわけ。だから、またもう一回会ったら、ただがっかりするだけなんじゃないかなーとも思うし……」
「えっ!?ほんとに、ロリっ。じゃ、友達からならいいってこと!?」
先走るリサのことを遠ざけるように、マリはロリと彼女の間に割って入った。彼女が本気で怒っていることが、ただひとりルークにだけはわかっている。
「ちがうってば、リサっ!なんでも自己中心的に都合よく解釈しすぎんのよ、普段からあんたは……ロリの今の言葉は、交際お断りの前振りってことよ。ねっ、そうでしょ、ロリ!?」
「う、うん。ノアの中ではきっとアレだよ。本当のわたしじゃなくて、自分の心の中で作り上げた理想像の女の子みたいのがいて、そっちに恋してるんじゃないかな。だったら、それが壊れる前にやんわりリサのほうから断ってくれると助かるっていうか」
「ええ~っ!?ロリ、あんた男とつきあったことないんでしょ?だったら、ノアのことを恋の練習の踏み台にでもしときゃいいじゃんっ。恋なんてそもそも誰だって、自分の理想像を相手におっかぶせてるって部分が絶対どっかにあんだから。それで、もし……もしもよ?ノアに対してロリが『思ったより、結構いい人だったんだ。誤解してて悪かったな』って思う可能性だってなきにしもあらずでしょってこと!」
ここで何故か、テーブルを囲む全員がしーんとなった。ただの偶然の産物ではあったが、窓から聴こえる虫や都会では聞かない鳥の鳴き声に、ロリは自分の置かれた立場を暫し忘れそうになる。
「キングの奴と、お試しでいいからつきあってみれば?」
ふとそう言ったのは、リアムだった。
「俺もさ、同じように男子校の寄宿舎にいるからわかる。部活における先輩のシゴキってのもないし、学習室じゃ先輩たちに勉強のわかんないとこ教えてもらったりとか、大体みんな育ちのいいお坊ちゃまって感じの人が多い。でもやっぱ、思うんだよな。もし共学だったら、女の子ともおつきあい出来たりして、もっと楽しいスクールライフだったんじゃねえか、みたいに。たとえば、三か月限定のお試し交際ってことにして、以降更新するかどうかはロリちゃん次第ってことにすりゃいいんじゃねえの?俺がキングの奴の立場だったら、それだけでも泣いて喜ぶと思うね」
(余計なことを……)とマリは思い、リアム・ローリングのほうを容赦なくギロリと睨んだ。ルークはといえば、(自分はこの件に一切関係ない)といった涼しげな顔で、木べらでアイスをすくって食べている。
そして、ロリに何か決断を促す要素があったとすれば、ルーク=レイのこの一貫してクールな態度であったに違いない。
「そうだね……わたしみたいなパッとしない子とつきあってもいいなんて、この先いつ言われるかもわかんないし……三か月くらいつきあってみて、ノアのほうでわたしにガッカリするかもしれないもんね。そういう条件でいいなら……」
「あんた、それほんとっ!?ロリっ、ノアの奴、そう言ったらきっと泣いて喜ぶと思うよおおっ。ありがと、ありがとっ!!じゃあ、早速あいつに連絡してもいいっ!?」
「ごめん、リサ。もしそのこと伝えるとしたら、このキャンプが終わってからにしてくれないかな。あとここ、確か携帯の電波とか来てないと思う。ワイファイとか使いたかったら、管理事務所の近辺くらいまで行かないと……」
「うそっ!マジで!?でも今って確か、世界中で電話繋がるじゃないよっ」
リサは写真を見ていた時には気づかなかったが、スマートフォンに生まれて初めて見る圏外マークを発見して――彼女は再び、椅子の背もたれにガッカリともたれかかった。
「信じらんないっ。じゃあ、これでいくとネトフリも見たり出来ないってこと!?やーめーてーよー……こんなど田舎であと二日も、一体このあたしに何しろってのよっ」
「マリ……」
親友が怒ったようにふいっとその場からいなくなるのを見て、ロリは困惑した。とりあえず、今のロリの見積もりとしては次のようなことだった。ノア・キングにしても、次に首都の喫茶店かどこかででも会ったとすれば――(あれっ。俺が好きな子ってほんとにこの子だったっけな……)と、何かそんなことになるような気がしていた。そう考えれば大したことではないと、ロリとしては最終的にそう判断することにしたわけである。
「マリのことなら気にしないほうがいいよ。それより、向こうのキャンプ場のほうまで送ってく」
アイスを食べ終わると同時、ルークが立ち上がってそう言った。ジェイムズとシンシアはスマートフォンが圏外でもなんのその、お互いの写真を見せ合ったりして、変わらずイチャイチャが止まらないようだった。エレノアは自分たちと違って全然イケてないロリのような子が話の中心人物で面白くなかったし、リアムはそんな彼女に話しかける機会を窺うばかりだったと言える。
「あ、このままこっちのペンションにいたいとかなら、それでもいいんだよ」
「ううん。もう用のほうは済んだもの。っていうか、帰り道のほうはもうわかるから、大丈夫」
「いやいや、今のはオレにとってもただの抜け出す口実だから。もちろん、マリにはあとから色々うまく言って宥めておくよ。あいつさ、もともとロリのことではちょっとおかしいからな。なんかマリ、つきあってるオレのことなんかより、友達の君のほうがずっと大事なんだって」
「まっさかあ!それは流石にないよ。っていうか、ルークとは気心が知れてるから、恋人のルークが一番大事なのは当たり前ってことがわかりきってる上で、何かの拍子にそう言ったってだけじゃない?」
――帰りは下り坂だったので楽だった。セミの鳴く声やキリギリスの鳴き声、それに常盤樹の間からは啄木鳥のドラミングの音などが、どこか遠くのほうから響いてくる。
「まあ、そういうことにしておいてもいいけど……あっ、この花なんて言うんだっけ?うちの学校の寄宿舎の近くにも、雑草に混じってよく咲いてるんだ」
「ビロードモウズイカ?」
「確かそんな名前だっけ?っていうか、よく知ってるね。あ、でもそっちの黄色い花の名前は流石にわかる。オオマツヨイグサだっけ」
「そうそう。すっごくいい香りのする花」
――その後も、特にルークはノア・キングのことについては何も聞いてこなかった。もしルークが、恋人のマリの意見に味方するような形によってでも、『やめたほうがいいよ、そんなやつ』と一言いったとすれば……きっとロリは「マリがそう言うなら……」といったように装いつつ、リサにはっきり断っていたに違いない。
(でもきっと、これでいいんだ。ルークは今みたいに時々ふたりで話せる機会があるとすごく優しいけど……マリやみんなのいる前だと、途端にさっきみたいな感じになるんだもの。まあ、これはエリも大体似たようなこと言ってた気がする。『他に誰もいないと「仕方なく」って感じで気さくに感じよくしゃべってくる割に、マリやみんなのいる前だとさっぱりみたいな感じになるんだよね』って)
彼はきっとマリ以外の女の子には、そんな感じなのだろう――といったようにロリが思っていた時、ルークがふと「やっぱりちょっとセグウェイ借りない?」と言ってきた。ロリはセグウェイなどもはやどうでも良かったけれど、(もしかしてルーク、自分が乗りたいのかな……)と思い、「いいよ。借りてそこらへんちょっと散歩しよっか」と答えることにした。
結局この時、ロリとルークはセグウェイに乗ってキャンプ場の敷地内を散歩するのが楽しく、仲間たちがテントを張る場所へ戻る頃には、空に宵の明星が輝いていた。バーベキューのほうもすっかり終わり、みな焚火を囲ってビールを飲んでいるところだった。
「なんだよ、おまえら。今ごろ来てもこっちには食うもんなんかもうねえぞ!」
すでに軽く酔っているラースが笑ってそう言った。「そうだそうだ!金持ちペンションのほうに帰れ」、「こちとらしがない労働者階級だからな」などと、肩を組んでいたエイドリアンとライアンがふざけて囃し立てる。
けれど、お互い気心の知れた仲なので、ルークはベンジャミンとライアンの間に座るとビールのリングプルを引き、ロリはロリでエリとドミの間に入って彼女たちの仲間に加わることにした。
――この翌日、遊園地で遊び、動物園を見学し、夜には怪談や打ち明け話ののち花火をして、その明くる日、一同は再び四台の車に分乗して帰ることになった。遊園地や動物園にて、ロリはマリやリサ、ルークたち一行とすれ違っていたが、ペンション組はペンション組で、テント組のほうへはやって来なかったし、お互いその後も特に親しく話をすることなく終わっていたといってよい。
唯一ロリはリサから「こっちに来たから来たっていいのよ?」と言われていたが、ロリは帰り道ではリムジンに乗ったりしなかった。マリはどうやらノア・キングのことですっかり怒っているようで、ルークが言っていた「適当に宥めておく」というのは、どうやらあまりうまくいかなかったらしい……ロリはそんなふうに感じていた。
けれど、マリとはすでに小学三年生の頃からのつきあいであり、今までも彼女が一方的に怒って数日口を聞かなかったということはあるし(今までの最長記録は二週間である)、ロリはまたマリがある日突然ケロリと機嫌を直し、何もなかったように自分の部屋へやって来るだろうと――何かそんなふうにしか思っていなかったのである。
>>続く。