こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ぼくの大好きなソフィおばさん。-【8】-

2017年07月03日 | ぼくの大好きなソフィおばさん。


 さて、今回も特にこれといって前文に書くことなかったり

 というわけで、エミリー・ディキンスンの詩の紹介でも……と思ったんですけど、↓のお話の中が今夏で、実際の今の季節も夏だということで、夏に体力落ちたり、食欲の落ちた時どうするかっていう話でもしてみようかな~なんて

 いえ、北海道のわたしが住んでるところはまだこれから暑くなるっていう感じで、夏の入口に立ったばかりな気がするんですけど、つい先日、気持ちの落ち込みと同時に軽く体調が悪くなりまして

 わたし、自分のこと「不幸な痩せ型人間」と呼んでるんですけど(笑)、ほんのちょっとストレスがかかっただけで、あっという間に痩せてしまうんですよね

 でも、そんな状態でも体調悪かったりすると食欲もなかったりで、そんな時にどうするかといえば――とにかくなるべく何か飲みます

 もともと、オレンジジュースもグレープフルーツジュースもグレープジュースでもなんでも、絶対100%じゃなきゃ嫌☆という人なので、そういう100%ジュースやあるいは野菜ジュース、あるいは青汁とかヨーグルト飲料(大好き)など、とにかくなんか「(コーラとかに比べたら)栄養ありそう」系のものをごきゅごきゅプハーッ☆とたくさん飲みます


 最近のお気に入り

 あと、固形物とかあんま食べたくない……っていう時でも、大豆バーとか、玄米ブランとか、そういうのを↑のジュースと一緒にちょっとでも齧るようにします。

 たぶん気の持ちようと思うんですけど、こちらもポテトチップスとかじゃなくて、ちょっでも栄養価のあるものを食べてると自分を錯覚(?)させるだけでもなんかちょっと元気になる気がするんですよね♪(^^)


 色んな種類のシリアルバーが好きなのです

 あとはちょっでも食欲わいたら、その時「物凄く食べたい」と一瞬でも思ったものにすぐ飛びつきます。たとえばハンバーガーが食べたくなったら(わたしの中で)一番利用率の高いマ○ドナルドじゃなくて、フレッシュネスバーガー買って帰ろうとか、いつもよりちょっと高級(?)なものを買って食べたり、なんかそういう感じで乗り越えてゆくというか(ようするに、具合の悪い時だけにするささやかばかりの贅沢というやつです^^;)

 何も食べたくない時にはなんでもいいから何か飲めっていうのは、昔お医者さんに言われたことだったような気がします。野菜ジュースとかココアとか……以来、食欲が落ちた時にはとにかくなんか飲むようになったのかもしれません。。。(いや、これはチガウよ☆笑)

 他には、暑い時には体温下げる効果のある夏野菜を食べるといいってよく言いますよね。

 たとえば、なす、トマト、レタス、きゅうり、すいかなどなど……特に食欲落ちてる時って、わたしの場合野菜が美味しくて仕方なくなります。なので、野菜をもりもり食べて、体温も少し下がって自然スッキリ気分になりたくなるというか(^^;)

 そうめんとかそばも夏は食べたくなりますが、それだけだとあんまし栄養取れないみたいに聞いたので、一緒に野菜も食べてるうちに少し食欲が回復して、次の日にはステーキ食べてたりとか、何かそんな感じでしょうか

 なんにしても、最近少し落ち込むことがあったので、こんな感じ(?)で、少しずつ元気になっていこうと思ってます♪(^^)

 それではまた~!!



     ぼくの大好きなソフィおばさん。-【8】-

 翌朝、ソフィは五時には目を覚まして起きていたが、朝食の用意が出来たにも関わらず、八時になっても九時になってもアンディが起きてこないため――とうとう十時になった頃には、義理の息子を叩き起こしにいかねばならなかった。

「ほら、アンディ、起きなさい!一体何時だと思ってるの!?」

 ソフィは言いながら、シャッとペールグリーンのカーテンを左右に開き、窓をガラガラと開けた。途端、潮の香りを含んだ心地好い風が入りこんでくる。

「おばさん……今、一体何時?」

「もう十時よ。きのうの旅行で疲れてるかなと思って、少し多く寝かせてあげようかなと思ったけど、流石にもう寝すぎだから起きていらっしゃい!!」

 アンディは最初、いかにも眠たげに目をこすっていたが、ソフィから「十時」と聞いた時刻のことが頭にしみ渡ると――突然ハッとしたようになって、跳ね起きていた。

「おばさん!どうしてもっと早くに起こしてくれなかったの!!」

 一瞬だけ恨みがましい顔をしてから、アンディはくしゃくしゃになったセーラー姿のまま、外の世界へ飛びだしていった。

「まったくもう、あたしは親切で寝かせてあげてたっていうのにねえ。あの子は実は逆で、早く起こして欲しかったなんて……」

 そんなふうにブツブツ言いながら、ベッドのしわを伸ばして整えると、ソフィはやはり嬉しい気持ちでゆっくり階下へ下りていった。ただ、自分が好きなように好きなだけ与えることの出来る愛情の対象がいるというのは、なんと嬉しいことだろう!

(これでこそ、毎日起きて生きる甲斐があるというものだわ)

 ソフィはアンディがようやく起きてきたので、準備しておいた食材でフレンチトーストとふわふわオムレツをつくり、他にバランスを考えてサラダと果物、それにジューサーにかけて作ったミックスジュースを出すことにしていた。

「おばさん、朝食はメニューブックから選んじゃ駄目なの?」

 あたりが明るくなったら、屋敷がどんな姿をしているかと楽しみにしていたアンディは、自分の期待がまったく裏切られなかったことを喜んだ。一階に七部屋、そして二階に三部屋あるこの別荘は、煉瓦造りではないのだが、壁が煉瓦に極めて似た模様で出来ているというくすんだ色をしており、アンディのイメージとしてはいかにも<海辺の別荘>というに相応しい建物だった。

「今日はね、坊やの起きてくるのがあんまり遅いんで、わたしのほうで勝手に作っちゃったのよ。自分の食べたいものを注文したかったら、明日からはもっと早く起きてくることね、アンディ」

 アイロンのきっちりかかった半袖シャツに短パンという格好になると、アンディはいかにも<良家の子息>といった雰囲気をあたりに放っていた。

「おばさん、これもすごく美味しいよ」などと言って、アンディがごくごく牛乳で飲みくだしているのを見ると、ソフィは自分が母親らしい愛情に包まれるのを感じた。そしてそんな義理の息子の様子をそれとなく眺めながら思う――(この子が躾のちゃんと終わった子で良かった)と。(じゃなかったら今ごろ、母さんみたいに定規を振り回して「あんたときたらもう!!」なんて言って、不本意ながらもビシビシ殴ってたかもしれないものねえ)

 ここでソフィがくすりと笑っていると、アンディがそれと気づいて怪訝そうな顔をする。

「どうしたの、おばさん。僕、なんかおかしい?」

「なんでもないのよ、坊や。それで、今日の坊やの予定はどうなってるのかしら?」

 食事をあらかた終えると、フォークを皿の上に置いて、アンディは少しの間考える。

「えっと、今十一時だから……僕、今から三時間くらい勉強するよ。それからお昼を食べて……あとはどうしようかな」

「そうねえ。ところで坊や、お勉強のほうはそんなに大事?」

 食堂のテーブルに肘をついたまま、ソフィにそう聞かれたアンディは、とても驚いた。

「もちろん大事だよ。だって、父さんの言う私立中学に入れなかったら、たぶん僕、あの家から追い出されると思うし」

「いくらなんでも、お父さんもそこまでのことはしないんじゃないかしら?」

 ここでアンディは少しの間俯くと、どことなくもじもじしはじめる。

「おばさんはさ……父さんに愛されてるからわかんないと思う。父さんの欲しいのは勉強の出来る子であって、<僕>じゃないんだよ。べつに僕だって、父さんに好きになってもらいたくて勉強してるってわけじゃないんだ。ただ、僕の着てる服も、毎日食べてるものも……結局は、お父さんの財布から出てるってことでしょ?だから、息子として必要最低限の義務は果たさなきゃいけないっていうか……」

「それが、坊やが一生懸命勉強する理由なの?」

「そうだよ。あと、もちろん自分のためっていうのもある。父さんはしょっちゅう、自分の跡継ぎとしてどうこうって言ったりするけど……僕、あんまりそれは信用してないんだ。僕に私立の名門校に入って欲しいっていうのも、ある意味建前だと思う。単に父さんは――人から僕のことを聞かれた時に、恥かしい思いをしたくないんだよ。「息子さんはどちらの学校にお通いで?」なんて聞かれた時に、その名門校の名前を口にしたいだけなんだ」

「そう、わかったわ」

 何故だか突然、ソフィの態度が冷たく硬化した気がして、アンディはなんとなくそわそわしながら食堂の席を立っていた。一階にある、書斎と思しき部屋でマクレガー先生の出した課題を解いていくものの、頭のどこか片隅のほうでソフィおばさんのことが気にかかっていた。

(おばさんは、父さんのこと、本当に愛しているのかな。世間の人やサラやアンナなんかは「お金目的」みたいに言ってるけど、僕にとってはそんなことはどうでもよくて……そうだ。仮におばさんがお金目的で父さんと結婚したんだとしても、僕に色々良くしてくれるっていうことが、僕にとっては重要なんだ。それにしても、結婚っていうのは大変だな。父さんは結局、お金の力でおばさんのことを縛ってるだけなんじゃないかな……なんにしても、僕はおばさんがそばにいてくれさえしたら、父さんがおばさんのことをどう思い、おばさんが父さんのことを本当はどう思ってるかなんて、半分どうでもいいんだけど)

 アンディは今、小学校の第四学年であったが、すでに五年生が習うはずの授業の課題をこなしている。もしこのままいったとすれば、六年生になった時には、私立中学の一学期分くらいのところまでは教科書が進んでいることになるだろう。

 マクレガー先生が算数と理科の問題を特に重点的に出題していたので、アンディはそれらの問いと真剣に取り組みながらも、頭のどこか片隅のほうではやはり――ソフィおばさんのことを同時進行的に考えた。というのも、こうした夏休みの宿題をとっととやり終えて、出来る限り一日の残りの時間をソフィおばさんと一緒に過ごしたかったからである。

 だが、そんなアンディの心の内を知ってか知らずか、ソフィおばさんは窓の外で何やらアンディのことを誘惑するようなことをやりはじめていた。ちょうどアンディのいる書斎からは別荘の庭にあたるスペースが見渡せるのだが、今そこは花ひとつ植えられてなくて、ぼうぼうの雑草がはびこっている状態なのである。

 最初は、正面玄関のほうでドタン、バタンと車のドアが閉まる音が聴こえ(おそらくはその音から察するにトラックに違いない)、ソフィおばさんがだみ声の男と何かやり取りする声がしたのち――また、ドタンバタン。それからエンジンのかかる音がしたかと思うと、あたりは再びしんと静かになった。

(まだ勉強をはじめて一時間も経ってないっていうのに、ソフィおばさんときたらひどいや。分数の計算なんかに苦しむ僕の目の前で、何か面白いことをおっぱじめようって言うんだから!!)

 アンディはなんとかその「勉強なんか今すぐやめて遊びたい!」という誘惑に打ち勝とうとしたが、サンバイザーを目深にかぶり、シャネルのサングラスをしたソフィがブォォォン!!と、機械で雑草を刈り始めたのを見てしまっては、もう勉強を続けてなんかいられなかった。

「ひどいよ、おばさん!!勉強に苦しむ僕の目の前でそんな面白そうなことをするなんてさ」

「あら、坊や。おばさんはただ、庭の整備の手始めとして、まずは雑草を刈ろうとしていただけよ。さっきトラックの音がしてたでしょう?あれはね、ここから十キロくらい北にいったところにある町の、ホームセンターのおじさんよ。注文しておいた樹とか花の苗なんかがいっぱい届いたから、あんたの勉強が終わった頃にでも、一緒に庭に植えようかと思ってたのよ」

 ホームセンターの園芸コーナー担当の男が運んでいった、むしろに包まれたコ二ファーといった背の低い樹木や、ラヴェンダーやサルヴィアといった花の苗が一ダースずつもポッドに入って積まれているのを見たアンディは、すっかり興奮してしまった。

「すごいね、おばさん!!僕、勉強なんかもうどうだっていいや!!」

 子供らしくアンディが瞳を輝かせるのを見て、

「その意気よ、坊や」と、ソフィは笑った。外の水道栓のあるところまでアンディのことを連れていくと、そこの蛇口にホースを繋ぎ、今運ばれてきたばかりの花の苗に水をたっぷり与えるよう指令をだす。

 アンディはそうして、鼻歌さえ歌いながらこの役目を十分楽しんだのであったが、ソフィはいまだにブォォォン!!という轟音とともに雑草刈りをしており、そんなおばさんの元に駆けてゆくと、アンディはソフィのホットパンツの裾あたりを引っ張った。

「なあに、坊や?」

「僕にもやらせてー!!おばさーん!!」

 草刈り機の轟音に負けまいとして、アンディがそう叫ぶと、ソフィはけたけたと笑っていた。

「これは危ないから、おばさんにやらせなさい。心配しなくても、この草刈りはすごく楽しいんだから……」

「だからだよ!!こんな面白いこと、おばさんひとりでやらないで!!うんと注意するからさ、ちょっとでいいから僕にもやらせてよ!!」

「しょうがないわねえ」

 そこでソフィは、簡単な草刈り機の操作法を教えると、アンディに草刈りの係を任せることにした。少しの間、彼の草刈りぶりを監督し、申し分ないようだと見届けると、ノリノリで草刈り作業に精をだす義理の息子のあとを追うようにして、ソフィは刈られた雑草の束をビニール袋へ次々放りこんでいく。

「もう、坊やったら。そっちの林のほうの雑草まで刈っちゃ駄目よ。庭のスペースになるところだけでいいの。ほら、わかったらこっちを手伝って、あんたが出した哀れな雑草の死体を始末してちょうだい」

「なーんだ、つまんない。僕、あの草刈り機でなら、もっともっといっぱい、いつまででも永遠に草を刈っていられそうだったのに」

「そうブツブツ言うもんじゃありません。それより、草は刈るよりも刈ったあとの始末のほうが面倒なんですからね。おばさんなんてもう、腰がメリメリいってるわ」

「おばさん、もう歳なんだね。お気の毒さま!」

 ソフィの傍らで彼女の真似をするように、ビニール袋の中へ雑草を放りこみながらアンディが笑う。

「言ったわね!!そんな悪い子には、こうしてやるから!!」

 ソフィは雑草の一束を引っつかむと、アンディの頭の上からバサバサと落としてやった。

「ひどいや!!ソフィおばさん、大人げがないよ!!」

 すかさずアンディもやり返し、ふたりは草いきれがあたりいっぱいに漂う庭で転げまわると、互いの顔や体に雑草を押しつけあった。そして最後には疲れきって地面の上に横たわると、真夏の太陽と青い空を見上げて、声を限りに笑った。

「坊や、一時休戦よ。ちょっとかき氷でも食べて休んでから、続きに取りかかりましょう。それとも坊やは、もう少ししっかりしたものが食べたいかしら?」

「僕、かき氷でいいよ!!メニューのところにさ、ブルーハワイって書いてあったでしょ?僕、そのシロップがいい!!」

「わかったわ。そのかわり、氷は坊やが氷かき器で削るのよ。いいわね?」

(――氷かき器!!)

 それは九歳のアンディにとって、なんともいえない甘美な響きを持っていた。そこでアンディは途端にそわそわしたようになり、

「ねえおばさん、ほんとに僕に氷かき器を使わせてくれるの?」

「もちろんよ。なんだったら、おばさんの分の氷も削ってくれると嬉しいんだけど」

「いいよ!!僕、おばさんのためにいくらでも氷を削ってあげる!!」

 ソフィはアンディの頭から雑草の切れ端を取り除くと、その形のいい頭をポンと叩き、義理の息子の小さな肩を抱いてテラスから中へ入っていった。

   *   *   *   *   *   *   *

 青い熊の形をした氷かき器に、その頭部のあたりにセットするための氷をソフィは前もって冷凍庫で冷やしておいた。アンディはきらきらと目を輝かせてこの一大事業に取り組み、ブルーハワイの青い液体の入った瓶を物珍しそうに眺めたのち――「シロップをかける役は、おばさんに譲ってあげてもいいよ!」などと、殊勝なことを口にした。

 アンディが悪戯っぽい顔をして、青い熊の頭部に取り付けられたハンドルをぐるぐる何度も回していくと、熊の足の間に置いた透明な器の中に、細かく砕かれた氷がしゃりしゃりと落ちてくる。そしてソフィが最後の仕上げとして、先ほど届いたばかりのミントの苗から葉っぱを少しちぎってくると、完成したかき氷の上にちょこんとのっけてくれた。

「おばさん、この葉っぱはなあに?」

「ミントの葉っぱよ。飾りだからべつに食べなくていいけど、食べてもどうってことはないわよ」

「ふうん。美味しいの?」

「さあ。気になるんなら、食べてみたら?」

 ソフィはアンディがなんて言うだろうと思ったが、彼はミントの葉っぱの味を氷と一緒に楽しむと、「わあ、魔法みたいな不思議な味がするよ、おばさん!!」と目を輝かせていた。

 その後もアンディは、ソフィと海辺の別荘で暮らす中で、毎日のようにこの<魔法>を発見していった。冷蔵庫の中に、琥珀色をしたウォーターピッチャーが入っているのだが、その中の水は水道水ではなく、近くにある湧き水のでる場所から汲んできたものだった。

 その水のことをアンディはとても珍しがり、琥珀色のピッチャーの中から透明なコップに移してしまえば、当然水の色は琥珀でなく無色透明となるのだが――「おばさん、大発明だよ!これは魔法の水なんだよ!!」と興奮して言った。

 当然、ソフィのほうでも「そんなの、ただの水じゃないの」などと、夢のないことを言ったりはしない。「これは長生きの出来る、ありがたい妖精の水なのよ」とさり気なく教えてあげた。するとアンディは、「やっぱりね。あそこの湧き水の出るあたりには、きっと何か妖精みたいのがいると思ってたんだ、僕」と真剣に答えていた。

 海辺の別荘へやって来た一日目は、庭の整備を途中までして終わったが、ソフィもアンディも夏の容赦ない日差しに焼かれて疲労困憊した。そして夕食を食べてお風呂に入ったあとは、互いにすぐベッドに入って寝るということになる。

 ソフィはアンディと一緒に戸締りをし、最後に二階の寝室のところで別れる直前――「明日は海に行くわよ、坊や」とおやすみのキスの時に囁いた。

「わあ、海!?ここからだってもちろん、歩いてすぐのとこだけど……海に何をしにいくの!?」

「花壇の一角を貝殻で飾ろうかと思うのよ。まあ、もしかしたらそう簡単に手ごろな貝が見つからないかもしれないけど、何回か通ううちにね、きっとちょうどいいのが見つかって、最後にはうまく完成してくれると思うの」

 おばさんに額にチュッとしてもらうと、アンディは喜びと眠気のために足をもつれさせながら、自分のベッドの中へもぐりこんだ。アンディはまさか想像してもいなかった――まさかいつか、見た目は赤銅色をしているけれども、灰色の牢獄のような屋敷を抜け出して、こんなにも毎日を生き生きと生きられるだなんて!

 それから少しの間、(でももしかして、どこの家でも<お母さん>のいる家庭ではそうなのかな)と思ってから、朝起きた時には内容をまるで覚えていない夢の中へ落ちていったのである。

   *   *   *   *   *   *   *

 庭の花壇のほうは、一時に完成することはなかったが、それでも着実に<夏の庭>としての威容を誇りはじめた。玄関前の庭には、インパチェンスやニチニチソウといった、明るい夏らしい花が咲き誇っていたし、家の横にはずらりとコ二ファーが等間隔に並んでいた。それも、少しずつ緑の色合いの違うものをアンディがセンスよく選び、ソフィに指示を出して順に植えていったのであった。

 また、二日目に貸主のサンディ・カーがやって来て、ソフィから依頼のあった猫を一匹置いていったのだが、彼女もまた花好きな人だったので、このふたりの非力な手による造園事業を見ていられなかったのだろう、自分の庭から少しばかり、薔薇の苗木をそっくりそのまま持ってきてやろうと彼女は申し出た。

「まあ、でもそんな……申し訳ないですわ」

「いいえ、いいんですよ。庭に通じる入口のところなんかに、そのうちアーチを作って蔓薔薇を這わせるという手もありますわね。あんた方が来年もさ来年の夏もここへ来るっていうんなら――一年後よりも二年後、二年後よりも三年後、庭は地味も増して、ますますよくなっていくでしょうよ」

 少し声が甲高くて、お節介なのが玉に瑕なミセス・カーは、漁師をしている夫とふたり暮らしの老婦人である。昔、ヴァ二フェル町一帯はマグロ景気にわいたことがあり、その頃マグロ漁をしていた男たちは立派な御殿や別荘を建てるほどの大金持ちになったという。ミセス・カー自身も、その頃の名残りの立派な邸宅に暮らしているが、別荘のほうは子供たちが都会へ行ってしまったせいもあり、それで人に貸しているということだった。

 若干人見知りの気のあるアンディは、ミセス・カーが「まあ、なんて賢そうなお坊ちゃんでしょう」というのを聞いても、庭仕事にすっかり夢中になっているというポーズを取り続けていたのだが、ミセス・カーが自分と同じようにぶくぶく太った三毛猫を庭に放すと、当然<彼女>のことのほうが気になった。

 そこで、園芸道具のテコをそちらに向けてちょっかいを出してみたのだが、金緑色の瞳をしたこの猫は、余裕な態度で「ふん!」と鼻を鳴らすと、のっそりした動作でテラスまで優雅な足取りで歩いていった。

「ねえおばさん、あんなデブ猫にうちの地下のネズミどもを退治できると、本当にそう思うの?」

「まあ、デブ猫なんて失礼なこと言っちゃいけません、アンディ!」と、ソフィは冗談めかして義理の息子を叱った。ミセス・カーはありていの世間話を一通りして帰っていったのだが、この雌猫のパメラは、ネズミ捕りの名人だという話が、その中には含まれていた。

「見てなさいよ、そのうちパメラがすっかりうちの地下に巣食っているネズミどもを退治してくれるでしょうからね――そしたらあんた、パメラのことを十も重ねたクッションの上に座らせて拝まなくちゃならないでしょうよ」

「そうかなあ」と、アンディは承服しかねる態度で首を捻った。「あの猫、一体何キロあるの?軽く十キロはありそうな、動作の鈍い猫じゃないか。あの毛皮のダブつきを見てよ、おばさん!カーさんが一体何を毎日食べさせたから、パメラがあんなに太ったのか、不思議でしょうがないな」

 そう言いながらもアンディは、ミセス・カーの置いていった猫用の砂やトイレの容器などを興味深げに見やっていた。他に、ミセス・カーの置いていったパメラのものとしてはキャットフードがあり、アンディはその大きな袋を破くと、ドライフードを少しばかり手にのせて、パメラの口元まで持っていった。けれど、パメラは何故か「ふん!」と鼻を鳴らし、まったく受け付けなかった。

「おばさん、あの猫ときたら、デブってる上にまるで可愛げってものがないよ」

「そりゃそうでしょうよ。住み慣れたところから突然別のところへネズミ退治の出張労働にやらされたんですもの。まあ、暫くパメラのことは放っておきなさい。そのうちこの家もそこそこ住み心地がいいとなったら、パメラのほうでもあんたの足にすり寄ってくるでしょうよ。ほんの時たま、気まぐれにでもね」

「そんなものかなあ。やっぱり僕は、もし自分が飼うとしたら、あんなデブった猫より断然犬のほうがいいや」

「まあ、坊やったら」

 ミセス・カーが帰ったあと、ソフィとアンディは重い黒土の袋をぶちまけ、肥料を混ぜて整えると、そこに色々な種類の花の苗を植えていった。それらはマーガレットやデイジー、マリーゴールド、スミレ、ポーチュラカなど、極めて平凡で育てやすい花ばかりだった。ミセス・カーがあまりに貧弱なその花ぞろえを見て気の毒がり、薔薇の苗木を分けてやろうと言ったのも無理はない。だがソフィの考えというのはこういうものだった。つまり、花を植えてもなかなか芽が出てこなかったり、最初から難しい性質の花を育てても仕方がない。それよりは、パッと見貧弱でつまらない庭であっても、とにかく花でたくさんにして、アンディというひとりの子供の心を喜ばせたいということだった。

 このソフィの狙いは見事に的中していたのだが、花壇の一隅にはやはり、何がしかの花の種を播いておいて、また来た時にどうなっているかの観察用とすることにした。アンディにとってそこは特別な一画だったようで、ソフィと一緒に海へ行くたびに拾ってきた貝殻で縁を飾ると、毎日最低一回はその前を行ったり来たりするのだった。まるで、自分がそうすればするほど、芽が出てくるのが早まるだろうと思っているかのように。

 そんなふうにして休暇の最初の十日ほどが過ぎた頃、アンディはだんだん陽に焼けてきて、都会の子というよりは、都会とど田舎町の子のハーフといった容貌になっていたかもしれない。それでもやはりソフィとアンディが町を歩いていれば目立ったし、ふたりがミセス・カーの海辺の別荘で一夏過ごしているということは、町の者なら大抵の人が知っていた。というのも、おしゃべり好きのミセス・カーがあちらこちらに噂の種を播いたせいでもあるし、子供たちがアンディという都会のちょっと変わった子に目を留めたせいでもあった。

 初めてふたりがヴァ二フェル町の駅に降り立った時、アンディのほうはまるで覚えていなかったものの、駅舎の待合室にあるベンチに五人ほど子供が固まっていて、彼のことを目撃したのだった。 

 セーラー姿のアンディに目を留めた十歳のラナは、すぐさま「素敵だわ。彼女なんているのかしら?」と瞳を輝かせていたし、ラナの親友のユ二スは「いるに決まってるじゃないの」などと、大人ぶった顔をして肩を竦めていたものである。そして他に三人いた同級の男の子たちは「すかした野郎だな」とか「そのうちぶちかましてやる」だの、「都会っ子は筋肉がないから、すぐやられる」といったように、アイスキャンディをしゃぶりながら笑っていたのだった。

 アンディに対して好感を抱いたにしろ、その逆であったにせよ、女の子たちは「都会からやって来たちょっと素敵な王子さま」といったようにアンディのことを眺め、男の子たちはアンディ自身には反感を抱いたものの、その隣にいる美人のおばさんのことは気になっていた。そんなわけで、子供たちの内の何人かが集まると、誰かがふたりのうちどちらかに声をかける――ということが、まるで何かの度胸試しのようにくじで決められるということになった。

 最初、くじに当たったのはユ二スだった。普段はこましゃっくれた口を叩く彼女も、喫茶店でおばさんと一緒にケーキを食べているアンディに話しかけるのは、とても勇気がいった。店の外で他の仲間たちが「いけ、いけ!」と合図するのに逆らえず、ようやくのことで「こんにちは」と言ったが、それだけだった。

「何よ、ユ二ス!このいくじなしの根性なし!!」

 そんなふうにラナに責められると、流石にユ二スもムッとした。

「だったら、次はあんたが行って話しかけてきたらどう!?ラナだって、せいぜい挨拶するくらいが関の山に決まってるんだから!!」

 初日はそんなふうにして過ぎてしまい、アンディはケーキを食べ終わるとソフィの運転する黒のランドクルーザーに乗って去ってしまった。だが子供たちは、そのうちにふたりの出没しそうな時間帯や場所などを大人から聞き出した上、「今日はスコットが肉屋を張れ」とか「ラッセルは雑貨屋だ」だのと手分けしては、誰が一番長い単語をしゃべることが出来るかと競うようになっていったのである。

 こうしたちょっとした変化に気づいたのは、ある意味当然のことながらソフィのほうであった。何しろ、肉屋で肉を買っていれば、「今日は暑いですね」とアンディくらいの年の子が言ってはぴゅっと去ってしまうし、パン屋でパンを買っていれば、「この店で一番人気なのはメロンパンです」と、教えるか教えないかのところで、またしてもぴゅっと忍者のように消えてしまうのである。

 そこでソフィは(ははーん)と気づき、町の男の子たちが自分に興味があるのではなく、アンディと遊びたいのだろうと直感した。アンディが町の同年代の子たちと仲良くなれますように……ということまでは、ソフィは計算に入れてなかったが、これもいい機会と思い、今度町の中央通りに買い物へ出た時に誰かが話しかけてきたら――「うちのアンディと遊んでやってほしい」と言ってみることにしようと思った。

 この幸運に恵まれたのは、ブラッド・スミスで、彼がたまたま床屋で髪を切ってもらっていると、ソフィとアンディが店の中に入って来たのである。

「僕、髪なんか本当にどうでもいいんだよ、おばさん」

「よかありませんよ、アンディ。あんたときたらすっかり陽に焼けちゃって、髪もボサボサのヒッピーみたいじゃないの。身だしなみのきちんとしない子は、おばさん好きませんからね」

 この言葉を聞いて喜んだのはブラッドである。彼もまた母親に「そのままいったら浮浪児みたいに見えますよ。ちゃんとなさい!」と言われ、お金を持たされた上渋々床屋へやって来たのだった。

(今の俺は身だしなみバッチリだぜ!)と、五分刈りの頭を見てブラッドは思い、鏡ごしにどうにかソフィの姿を盗み見ようと懸命だった。ところがそれと気づいたのかどうか、頭髪の薄い初老の床屋の主人が、鏡を手に持たせ、「後ろはこんなもんでどうでしょ、坊ちゃん」などと間の抜けたことを聞いた。

「ま、こんなもんでいいよ」

 この時、ソフィが店から出ていくカランカランというドアの音が聞こえ――ブラッドは思わず知らず落胆の溜息を着いた。そして、いかにも不機嫌そうにぶすっとした顔をしてアンディがふたつしかない椅子の片側に腰かけると、彼はいつも通りの調子でこう話しかけた。

「親父、こいつの頭、今風にナウくしてやってくれよ」

「ナウいなんて言葉、今時誰も使わないよ」

 アンディは即座にそう答え、鏡の前に置かれた男性用のヘア雑誌を軽蔑した眼差しで見やると、隣のブラッドのほうの棚に面白そうな漫画があるのを見て、それを早速手にした。

「わかってるさ。馬鹿か、おまえ。おまえらみたいな都会の連中は、俺たち田舎者のことを見下して、ろくに口も聞きやがらねえし、俺たちが今でもナウいなんてダサい言葉を使ってると思ってんだろって話さ」

 ブラッドは、ひとつ違いの妹のラナが、アンディに話しかけたのに無視されたと言って泣いていたのを思いだし、この時突然腹が立ってきた。もっとも、ラナの声があんまり小さすぎてアンディには聞こえなかったのだし、それはちょっとした誤解のような出来事ではあったのだが。

「べつに、馬鹿になんかしてないよ」

 アンディは一言だけそう答えて、あとは漫画の世界観の中へ入りこんでいたのだが、ブラッドがカット料を支払ったあとも店のソファに座ってこちらを見ているのに気づき、なんとなく居心地の悪い思いを味わった。かといって、「用事が済んだのなら帰れば?」などとあえて言うのも変な話である。

「おまえの母ちゃん、セクシーだな」

 レジの横に置かれた色褪せた緑色のソファから、そんなふうにブラッドが声をかけてくる。彼はアンディのほうを見てはおらず、手にとった週刊誌のグラビアアイドルに目を落としていた。ブラッドの兄の友人エイデンがこの手のものを色々持っていて、「おまえにはまだちと早い」などともったいぶりながらも、しつこくねだると何か一冊貸してくれるのだった。

「僕のおばさんに無礼な口を聞くと、承知しないぞ」

 この時、ブラッドは自分が睨まれているような気がして、水着姿の女性から顔を上げると、鏡に映るアンディの顔を見た。彼はどうやら本気で怒っているらしい。

「そういや、おまえあのべっぴんの母ちゃんとは、血が繋がってないんだってな。金目当てで大金持ちのおまえの父ちゃんと結婚したって、みんな言ってるぜ。けど、連れ子のことは可愛がってるみたいだって。ほんとおまえ、毎日金魚のフンみたいにあの人の後ろについてばっかりいるもんな。大したマザコンぶりだ」

(こいつ……!!)とアンディは思ったが、相手を殴ってやりたいような衝動をどうにか堪えた。見たところ、自分よりも年上で体格もいいし、第一アンディは喧嘩などしたことが、まだ一度もない。

 それから、バーバー・クラークでは主人のクラークさんも気詰まりに感じるような沈黙が続いた。(やれやれ。こんなんなら大人相手におべっかでも使ってハサミを動かしたほうがまだましだ)などとクラークが思っていると、アンディの手に鏡を持たせたところで、ソフィが買い物を終えて戻ってくる。

「まあ、アンディ。すっかり男前になって!!」

「どこがだよ。こんなの、ただ毛先をちょっと切って整えたってだけじゃないか」

 ソフィは、理容師としての腕前をけなされてもまったく動じないクラークに「おいくらですか?」と聞いて支払いを済ませたのだが、最後にソファに座っているブラッドに目を留めた。

「坊や、よかったら今度、うちの子と遊んでやってくれないかしら?ここからちょっとあるけど、自転車で来ればあっという間だし、出来たら友達になってくれると嬉しいんだけど」

「おばさん!!」

(そいつはさっき、おばさんのことを侮辱したんだぞ!!)とアンディは思ったが、口には出せずに黙っていた。夏の気温の暑さのせいもあって、顔が真っ赤になる。

「……是非。友達を何人か誘って、是非お伺いします」

「そう。都合のいい時に、いつでも来てちょうだいね。待ってますから」

 ここでアンディは、急に自分の頭の熱が冷めるのを感じた。何故といってブラッドが顔の頬を仄かにピンク色に染め、お行儀よく姿勢を正しているのを見てしまったからだった。

「さっき床屋にいたあいつさ、おばさんのことセクシーだって」

「まあ、いい子ね」

 食糧を積んで別荘まで帰る途中、アンディは腹立ち紛れにそう言っていた。自分は友達なんかべつに欲しくないし、おばさんとふたりでするあれやこれやの計画がまだたくさんあるっていうのに――なんであんないけ好かない男を海辺の家に招いてやらなきゃならないのかと、イライラする気持ちでいっぱいだった。

「……おばさんは、あんな子供にでもセクシーって言われると嬉しいの?」

「そうねえ。子供は正直ですからね」

「じゃあ、僕が言ったらどう?」

「まあ、坊やったら」

 そう言ってハンドルをカーブに沿って斜めにしながら、ソフィは笑った。このあたりの海岸線は<魔のシーサイドライン>と呼ばれているくらい、きついカーブが多いのである。ゆえに、交通事故の起きる確率も高く、今の時期はよく警察車両がこのあたりを通っては注意を呼びかけたり、スピードを出しすぎた違反者を取り締まったりしている。

「ねえ、おばさん。おばさんはなんでさっき床屋にいた奴のことをうちに招いたりしたの?もしかして僕に何か気を遣ってる?」

「なんでわたしが坊やに気を遣わなくちゃいけないのよ。つくづくあんたも鈍い子ね、アンディ。ここのところずっと、町の商店街で買い物をしてると、誰か彼かが何か話しかけてきたでしょう?あれはたぶんね、あんたのことが気になるっていうサインなのよ。だからおばさんは、小さな子たちの好奇心を大いに満たしてあげようと思ったっていう、ただそれだけよ」

「じゃあ、僕とふたりっきりなのがつまらないとか、そういうことじゃないんだね?」

「まあ、坊やったら」

 ソフィはおかしくてたまらないというように、白い喉をのけぞらせて、暫くの間笑っていた。あんまり笑いすぎて交通事故を起こしそうだったので、ブレーキを踏み、車の速度を少しばかり落とす。

「あんたは本当に馬鹿な子ね。そもそもわたしが一体なんのためにあんたをこんなど田舎町まで連れてきたと思ってるの?それはあのお屋敷にずっといたんじゃあ、わたしとあんたが本当にしたいと思うことが出来ないからだし、時々こんな息抜きでもしないとおばさんも窒息して死んでしまいそうだったからよ」

「良かった。おばさんと僕の気持ちがおんなじで」

 それからアンディとソフィはずっと黙ったままでいたが、その沈黙はまるで苦痛を呼び起こさない種類のものだった。ソフィはアンディを愛していたし、アンディもソフィを愛していた。ただ、ふたりの間に何か違いがあったとすれば――それは、アンディが(いつまでもこんな日々が永遠に続きますように)と願っていたのに対し、ソフィのほうではすでに(いつかこんな素晴らしい夏は終わりになる)と、長い人生の尺度で見て惜別の情すらすでに覚えていたことかもしれない。

 この翌日、ブラッドが隣近所の子供全員に呼びかけた結果として(ちなみにこの<隣近所>という中には、三~五キロ歩いた先の隣村も含まれる)、ソフィとアンディの海辺の別荘の前には、自転車が十六台ばかりも一時に止まるということになった。

 というのも、子供たちの内の誰もがアンディとソフィのこの屋敷にやって来たかったからだし、ジャンケンやくじ引きをした場合、外された仲間があんまり気の毒だからであった。この中で一番年長なのは十二歳のブラッドで、彼は公正を期さなくてはならないと思いながらも、妹のラナが可愛くもあり、結局みんなで押しかけていって、迷惑なようであったらまた考えよう……ということに話がまとまったのである。

 そんなわけで、翌日の十時に自転車の鈴の鳴るリンリンいう音や、キィッというブレーキの音が聞こえた時、ソフィとアンディは庭仕事を一時中断し、玄関のほうへ行かねばならなかった。

「まあ、いらっしゃい」

 子供たちが他の家を初めて訪ねる時以上に緊張しているのを見、ソフィはまず彼らにおやつを渡して、和ませることにした。チョコレートやクッキーやキャンディなどの入った包みをひとつずつ渡すと、前もってそう指示されていたアンディが、大画面テレビのある部屋や、漫画や小説などの並ぶ一階の部屋へと子供たちを通す。

「なんかまあ、適当にくつろいでよ」

 100%やる気のないもさ男といった様子で、アンディがゲーム機のほうを指差す。

「やりたいものがあったらさ、ゲーム機に入れるとかなんとかしてくれればいいし……攻略本とかはそっちの本棚に置いてあるから。他にわかんないことがあったら、僕、庭のほうにいるからさ、呼んでくれればいいし」

 下は六歳から、ブラッドを除いたとすれば上は十一歳までの子たちが、一斉に「すげえ!」とか「これやりたかったんだ!!」と言いながら、ゲーム機のまわりにまずは群がる。

 女の子たちは、DVDが見れるほうのテレビの前で「大きいわねえ。これ、何インチかしら?」だの、「馬鹿な男子たちは放っておいて、わたしたちは何か恋愛ものでも見ましょうよ」と言って、どこか慎ましやかに相談しあっていた。

「つけ方、わかる?」

 部屋の前を通りすぎた時に、ラナが「あれ、これどうやるのかしら?」だのと、しきりにリモコンをいじくっていたため――アンディはDVD機器の基本操作だけ教えると、またすぐにそこの輪からも離れていった。

「ラナ、良かったね!今のところアンディくんと一番しゃべれたのはあんたじゃない!」

 数日前に泣きじゃくっていた親友を慰めたばかりのユ二スは、他の女友達四人と座り心地のいいソファに腰かけ、あとはもうただ、『インサイド・ヘッド』というディズニーアニメの世界に入りこんでいた。

 ソフィはキッチンにいて、子供たちに出す追加のおやつとジュースの算段を組んでいたが、そこへ子供たち一同を代表して、ブラッドが挨拶しにやって来る。

「今日は、本当に突然お邪魔して……」

「あら、べつにいいのよ。それに子供は気なんか遣わなくていいの。なんだったらこれ、子供たちに持っていってちょうだい」

 そう言ってソフィは、レモンスカッシュのコップにそれぞれ切ったライムを差しこみ、最後にストローを入れ終わると、トレイをブラッドに押しつけた。ソフィがくるりと流し台に向き直り、パイ皿に生地を流しこむのを見たブラッドは、それ以上話を続けられず、ソフィの言うなりになって、男子グループと女子グループの部屋までレモンスカッシュとお菓子を届けることになった。

 アンディと同学年のスコットとラッセルが対戦ゲームに夢中になっている間、六歳の昆虫好きの少年セオドアは本棚にあるファーブル昆虫記を読み、大の釣り好きである七歳のレオンとジャックは、読もうとした漫画本のことで言い争っていた。「僕が先に目をつけたんだぞ!」、「いや、俺が手にしたほうが先だ!」……八歳のビリーとボビーとジョーは、自分たちの番がまわってきたらどのゲームをしようかと物色し、十歳のティムとロビンとエリオットは、アンディと遊ぼうと思って持ってきたオモチャのマシンガンで互いを撃ちあっていた。「こちら、デンジャー。エリオット大尉、応答せよ」、「僕のコードネームはイーグルだよ、デンジャー。どうぞ」、「おっと、失礼。イーグル、そちらの戦況はどうだ?」……。

「あ~、ゴホン。君たち……これはフィッシャーさんからの差し入れだ。心して味わって食すように」

 何故かもったいぶっているブラッドのことには構わず、ゲームをしているスコットとラッセル以外は、わっ!とばかりにお菓子とジュースに飛びついていた。ブラッドが女の子部屋と化している部屋に足を運んだ時にも同様で、女の子たちは「きゃ~ん!酸っぱい」だの、「美味しい~!!」、「喫茶店のお店の味がする」、「ミセス・フィッシャーって意外にお料理上手じゃない?」……などなど、一通り騒いだあとは、一時停止したDVDの内容のほうへすぐさま戻っていく。

「あ、お兄ちゃん。アンディくんはどうしてるの?」

「さあね。あいつはゲームでなんていつでも遊べるから、シャベルなんか持ってさ、しこしこ庭いじりに励んでるようだよ」

「ふう~ん……」

 ラナは当然、アニメの続きが気になっていたのだが、意を決して立ち上がると、ブラッドのことを小突いて廊下のほうへ連れていった。

「なんだよ?」

「お兄ちゃん。わたしね、アンディと仲良くしたいの。彼ったらさっき、わたしにそりゃ優しく丁寧にDVDのリモコンの使い方なんかを教えてくれたのよ。だからお兄ちゃんがうまくあたしとアンディの間に入ってさ、こう……ようするにその、仲を取りもってほしいわけ!」

「いやだな、そんな面倒なこと」

 ブラッドもまた、早くゲームをやりたかったため、妹のこの嘆願は却下しようと思った。だが、ラナがしつこく「お願い、お願い~!!」と頑張り続けたため、最後には彼女の望みを入れるということになってしまう。

「けどな、可愛いプリンセス・ラナ。あいつは夏の終わりにはノースルイスに帰っちまうんだぜ。あんまり色々思いこんで、別れる時、つらいようなことにならないようにしろよ」

「いいのよう!わたしはただ、一夏の情事を楽しみたいだけなんだから!!」

「……一夏の情事って、おまえ本当に意味わかってんだろうな?」

 半ば呆れながらも、妹に弱いブラッドは、ラナと一緒にテラスから庭へ出た。そこでは熱い陽射しの中で、アンディがひとり花鋏を手にして、花がら摘みをしている最中であった。

「定年後のじさまかおまえは」

 恥ずかしそうにもじもじしているラナのことは放っておいて、ブラッドは遠慮なくアンディにそう話しかけていた。彼のほうではブラッドのことなど無視して、熱い陽射しによって枯れてしまった葉や花を取っては、ビニール袋の中へ放りこんでいる。

「おまえ、もしかして友達いないんじゃねえの?」

「お兄ちゃん!」と、小声で注意する妹のことは構わず、ブラッドは続けた。

「おまえの美人なおばさんがさ、なんであんなに色々手間暇かけてお菓子作ったりなんだりしてるかわかるか?全部、おまえのためじゃねえか。おまえが同年代の子と仲良くなれるといいなと思ってるのがわかるんなら、せめてポーズだけでも仲良くしてる振りくらいしろよ。こんなところでひとりぼっちで庭いじりなんかしてないでさ」

「べつに僕……友達なんか欲しくないよ。僕はおばさんと一緒に夏休み中ふたりきりで過ごすためにここへ来たのに、むしろ邪魔されてすごく迷惑してるんだ。君たちもさっさと帰ってくれないかな」

「こいつ……!!」

 腕を掴んで止めようとする妹の制止を振り払って、ブラッドはアンディに飛びかかっていった。ロべリアやアメリカンブルーといった花の上に倒れこんだアンディは、あっという間に組み伏せられたが、アンディのほうでもすぐ応戦し、手のひらに掴んだ土をブラッドの顔にお見舞いしてやった。ブラッドのほうでは、それでも自分のほうが年上だという配慮から、手加減するくらいの余裕があったのだが、その分「勝ちたい」という必死さではアンディのほうが勝っていたのだろう。

 アンディは形成逆転とばかり、自分よりも体格のいい黒髪の少年に掴みかかると、最初から植わっていたシナの樹の根元で、ブラッドのことを横倒しにした。ここでアンディは勝負がついたものと早合点したが、ブラッドのほうではここからが本番だった。(人が手加減してやれば調子に乗りやがって……!!)とムキになり、アンディの横っ面を思いきり張り倒してやった。ブラッドの意に反して反撃がなかったので、二発、三発と惰性のように攻撃を繰り出すことになり――最後には「お兄ちゃん!」と悲痛な叫び声をあげる妹の制止によって、ようやく振り上げた拳を止めた。

「アンディ!!大丈夫、アンディ!?」

 アンディは白いポロシャツとクリーム色のチノパンを鼻血で汚していたが、にも関わらず彼はやはりラナにとって王子さまだった。プリンセス・ラナとプリンス・アンディ。ラナは怪我をしたアンディを心底気の毒に思いながらも、この素敵な瞬間に心のどこかで酔っていた。片方は兄であったにも関わらず、ふたりの男が自分を競って殴りあったように錯覚して満足しただけでなく、アンディを介抱できる役まで回ってきたので、彼女にとっては言うことなしだった。

「ひどいよ、お兄ちゃん!!無理に押しかけてきたわたしたちだって悪かったのに……一方的にこんなことをするなんて!!」

「あ~、いやまあ、確かにそうだな。悪かったよ、プリンス・アンディ」

 そう言ってブラッドは素直に詫びた。こう陽射しが熱いのでは、ますます鼻血が止まらないのではないかと思い、ブラッドはアンディの腕をとって自分の肩にまわすと、テラスにある日陰の出来たエリアまで彼のことを運んでいった。

「僕が……プリンスってどういうことさ?」

「ええと、それはだな……」

 ポロシャツの裾でアンディが顔の鼻血をぬぐうと、腕の剥き出しになった部分とは対照的に、彼の真っ白い肌が見えた。ラナなどは一瞬ドキっ!!としたのだが、自分の秘密が危機に瀕していたため、顔を真っ赤にして叫ぶ。

「言っちゃダメ、お兄ちゃん!!もし言ったらお母さんにあのこと、言いつけるから!!」

 ちなみにラナの言った<あのこと>とは、ブラッドがエイデンという年上の青年から少しばかりえっちな本を調達しては、隠れてこっそり読んでいるということである。

「いててて……ラナよ、おまえは今お兄ちゃんの急所を突いたな。わかったよ、おまえの秘密は守ってやるさ、プリンセス・ラナ。俺はみんなとゲームしてるから、まあふたりっきりで仲良く庭いじりでもなんでもして楽しみな」

「もう、お兄ちゃんったら!!」

 リビングからクッションをひとつ放ってテラスに投げると、ブラッドは妹の恋路に声援を送るのはやめ、ゲームセンターのスクリーン張りに馬鹿でかいテレビのある部屋まで戻っていった。その途中、玄関へ続くドアが開いているのに気づき、そこから二階の階段を見上げてみると、階段上の敵をデンジャーことティムが撃ち落としているところだった。どうやら戦場は一階から二階のジャングルへと移行しつつあるらしい。

「おーい、おまえら。勝手に人んちの寝室に上がるなんざ、失礼だぞ!!」

 一応そう注意してみるが、ティムもロビンもエリオットも、まるで聞く耳を持たなかった。それでブラッドは肩を竦めると、落ちものゲームをしているビリーとボビーの戦況を眺めやりつつ、自分がやりたいソフトを物色しはじめたのだった。



 >>続く。





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