こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星パルミラ。-【22】-

2022年08月03日 | 惑星パルミラ。

 あ、このお話についてはそろそろ……と思っていたところ、またしても気になることが(^^;)

 

 というか、わたし最近佐藤史央さんの『死せる王女の孔雀舞(パヴァーヌ)』を読み、次に『金星樹』を購入したんですよね(こちらはこれから読みます

 

 で、佐藤史央さんの漫画は必ず読みたいと思ってたものの……萩尾先生の漫画もまだ読んでないのがあるし、どうしようかなと思ってたところ――『解説・増山法恵』とあるのを見て、即購入して読んだわけです(『金星樹』については、萩尾先生の『解説』のところだけ先に読みました

 

 このあたりのお話については、『金星樹』読み終わってからと思うのですが、とにかく、佐藤史央さんのことは好きになりました『作品=作者そのものを表す』とは限らないかも、なのですが、佐藤史央さんはこのあたり……なんというか、人柄の誠実さみたいなものを感じるんですよね。それで、ストーリー自体もとても面白かったです

 

 こうなると俄然、佐藤史央さんがモデルのキャラが出てくるという『キャベツ畑の遺産相続人』が読みたくなり、『この娘売ります!』を某密林にて速攻注文しました。こちらは数日後に届く予定

 

 というわけでまあ、再び色々気になることが出てきて、再び妄想が爆誕☆……というほどではないにしても、色々思うところが。んで、今回の『総特集・萩尾望都』は、前からずっと「萩尾先生の漫画、次何読もうかな♪」と探すたびに、必ず目についてはいました。「でも、買うとしたら萩尾先生の漫画をもっと読んでからよね」と思い、お預けにしておいたのです。。。

 

 でも、なんかの拍子に河出書房新社さんのページで、なんとな~く内容を確認したらば……マネージャーの城さんの文章が載っていると知り、「なな、なんですってッ!?」となり、こちらも速攻注文ですよ(笑)。だって、萩尾先生のどんなところが好きか→「ピュアなところ」と書いてあって、自分的に「やっぱりそうなんだなあ」と思ったりしたからなのです。こうなるともう、その前後にどんなことが書いてあるか気になって気になって、夜はぐっすり8時間しか眠れないくらい、気になって仕方ないあと、萩尾先生の御家族が萩尾先生の漫画についてどう思ってるかなどの文章も掲載されていることがわかると……この本が届くまでの間、ごはんが毎日たくさん喉を通りすぎるくらい、待ち遠しくて堪りませんでした

 

 で、届いてナナメ読みした今のわたしの雑感から言いますと、この本はもうファン必携と思いました。ただ、このあたり、順に内容を紹介したりすると、わたしの場合長くなりますので(汗)、そもそもの購入動機に立ち返りたいと思います

 

 わたし、『一度きりの大泉の話』の城章子さんの文章を読んで、すごく興味を持っていました。特に、>>「私は子供の頃のテレビドラマ『ルート66』をゲイ同士のドライブものだと思って見てたくらい、そっちに嗜好が傾いていました。男性同士の夢も頻繁に昔から見ていました。子供の頃は少年が夢に出てきていました。テレビの『少年ケニヤ』の子役、山川ワタル系」というところ。わたし自身もそうだから……ということでないのが残念なのですが、城章子さんと同じ思考回路の少女・女性というのはわたしの世代でもいると思うし、今の若い世代の方の中にも全然たくさんいると思うんですよね。それで、城さんは最初、竹宮先生のことを仲間だと思ったという。でも、増山さんのことが苦手というか嫌いで、竹宮先生の元からは離れることになり――その後、萩尾先生との間の問題に関して、喧嘩もしてしまった……ということだったと思います。

 

 基本的に、BL好きの女性の方同士って、「いかに自分が男同士のそれに腐ってるか」を自慢(?)しあったりしていて、わたしなどは真性でないため、「そこまでは入っていけないな~。でも、話を聞いてる分には面白いな」くらいの感じでした。なので、BL好きな方同士って、一度仲良くなるとずっと意気投合したまんま……といったイメージがわたしの中であるのですが、そのあたり、そうした嗜好が一緒でも、人間関係で揉めるってことがあるんだなと思ったのです(よく考えると当たり前なんですけど^^;)

 

 それで、萩尾先生のロングインタビューの中に、埼玉のほうへ引っ越してきた経緯について書かれています。理由のほうは、>>「光化学スモッグが流行りだして体調を壊してしまいまして」……と、例の当たり障りのない(?)ことが書いてあり、さらに、城章子さんのインタビューに、次のようにあったのが、自分的にこの本の中で一番の収穫だったと思います

 

 >>「そういえば、一緒に暮らし始めてから、ほとんど毎日のように怒ってた気がします、萩尾さんに。でも彼女はね、真っ白な状態で、リトマス試験紙みたいに、吸い取り紙みたいに、こう言ったらこう……って覚えていくんです。たぶんその頃、対人恐怖の気持ちと関係があったんだと思うんですけど、人の顔がちゃんと描けない時期がありました。似顔絵が。映画とか写真、マンガだったらそっくりに描けるのに」

 ――人の顔をながめるのが苦手……?

「そうかもしれないです。景色とかは覚えて描けるんだけど、人はどうかというと……洋服とかは覚えて描ける。顔は描けない」

 ――そうだったんですね……。あの、萩尾先生の好きなところを教えてくださいますか。

「好きなところは、ピュアなところ」

 ――そのピュアさというのは。

「ひがまない、ねたまない。ある程度、人が持ってるような意地悪さが、ない。それは萩尾家の特徴かもしれない。もちろん人の好き嫌いとかはあるんでしょうけど、ホントに素直な一家なんですよね」

 ――ちょっと後天的には学びにくい美点ですね、それは。

「そうですね。萩尾さんのところには、長年同じ人がアシスタントにいるんですけど、なぜ続くかというと、その人たちは「萩尾先生のピュアなところが好き」って言います。萩尾さんは、アシスタントに要求するときでも、私と衝突するときでも、上からものをみるっていうのがまったくないんです。私は彼女がものを知らないと、すぐ上からものを言ってしまいますけど(笑)。

 ――城さんからご覧になって、萩尾先生が人と接して大丈夫になったのはいつ頃からだと思われますか。

「漫画賞をとってからですね。漫画賞をとって、顔つきまで変わった。賞をもらって認められて、ほんとにマンガを描いていいんだという自信が持てたんじゃないかな」

 

 あ、まだ全部、隅から隅まで読んだっていうわけじゃないんですけど、1976年に小学館漫画賞を取ったことが萩尾先生に自信を与えたなら……今までわたし、「まあ、萩尾先生は天才だから」くらいに感じてた気がするんですけど、あらためて本当にそれはとてつもなく素晴らしいことだと思ったというか(「フハハハッ!後悔するがいいぜ、講○社及びなか○し!」とか思ってるというわけではなく・笑)。

 

 あ、でもわたし、こう書くからと言って何も、竹宮先生はやっぱり良くない悪い人だ……とか思ってるとかいうことではなく、某海ドラで「誰もが誰かにとってのモンスター」と言ってたみたいに、わたし自身も誰かにとっては間違いなくモンスターです。『残酷な神が支配する』のグレッグが、ジェルミにとってはモンスターでも、他の会社の同僚的な人々には割といい人っぽく受け止められてたらしいのと同じく――萩尾先生が『一度きりの大泉の話』の中で書いておられるように、人は多面体なので、ある面とある面が合わさった時に、その方向性がある程度一致していれば、おそらくは相手を「いい人」と思う。でも、一緒に暮らしていて、残り一年の間ほとんど口も聞かない関係になっていたということであれば……萩尾先生のほうでは何も変わってなかったとしても、竹宮先生のほうでは事情が変わってしまったということ。

 

 正直、ここ読む前まで、厳しい言い方をすれば『少年の名はジルベール』を読んでなくて、城章子さんから話を聞いただけで、この結論に行き着けるだろうか……など、若干の疑いが5%くらい残ってる箇所が2~3残っていたりもしました。また、竹宮先生の漫画の中で、少しくらいは読んでしまった作品があったのではないか――また、もし仮にそうであったにしても、それはそれでいいのではないかと自分的には思ってたというか。たとえば、ある雑誌を読んでいて、竹宮先生の漫画部分は飛ばそうとするんだけれど、他の漫画家さんの作品が読みたくてページを捲っていたら目に入ってきたとか、あると思うんですよね。で、2~3ページ見ただけでも、それがどんなお話かというのはある程度想像がつくとか、何かそういったことです。

 

 その~、自分的に「嫉妬しない」とか「ひがまない」とかは、そんなに不思議じゃなかったりするものの……やっぱり、上からものを言わない的なことは難しいんじゃないかなと思ったり。いえ、誰だってみんなそうだろうということではなく、漫画家さんでも、他の職業の方でも――ある程度何かのことでキャリアを積んで偉くなったら、先にマウントを取って自分を偉く見せようとしたり、何かの作品が大ヒットしてすっかり慢心し、天狗になるとか……自分的に、むしろそっちのほうが普通じゃないかなと思ったりするわけです。

 

 でも、萩尾先生が「自分を天才と思ってない」とか、本当にそのとおりなんだろうなあ……みたいに思って、寄稿してる漫画家さんが萩尾先生を「神」と呼んでいたり、「菩薩」と呼んでいたりするのが何故か――読者的にも妙に納得してしまったというか(笑)

 

 あと、『残酷な神~』は、作画的な部分で体力を極限まで削り取られそうな作品であるだけでなく、精神的にもキツそう……と自分的に思ってたのですが、萩尾先生的には楽しい部分もあったのですね。「美少年をいじめるのが楽しい」という部分もあったり、グレッグは読者的にはただのキモいおっさん☆ですが、描いてる萩尾先生的には楽しい部分があったんだな~と思い、その部分はもしかして、竹宮先生とも共通してるんじゃないかという気がします(^^;)

 

 BLというジャンルにおいて、美少年陵辱ものは昔から売れ筋だったし、今後ともずっとフォーエバー、地球に人類が存続し続ける限り売れ筋であり続けるだろうと信じて疑わないわたしですが、竹宮先生もやっぱり、そうした美少年いじめ☆がお好きだったんだろうなと思うわけです。他に、『風と木の詩』の衣服とか、映画の『風と共に去りぬ』を見て、布の感じなどを参考にした……みたいに、何かで読んだ記憶があるのですが、『ゴールデン・ライラック』って、『風と共に去りぬ』を思わせるところがありますよね(^^;)

 

 そんで、漫画においてはそうした衣装をどう描くかとか、髪形どーすんのとか……SFは特に難しいと思っていて。そのあたり、萩尾先生のデザインのセンスとか、驚くばかりなわけですけど(言わずもがな☆)、でも、竹宮先生も萩尾先生も、そのあたりの<美>に関するセンスが似ているところがあるだけに――同じソース元のものを見ると、「似たような何か」が出てきてしまうところがある。その問題に竹宮先生は先に鋭敏に気づき、萩尾先生と離れていたほうが自分は漫画という創作に集中できる……という、プロとして、あの問題はそうしたことでもあったのかもしれません。。。

 

 それではまた~!!

 

       惑星パルミラ。-【22】-

 

 ゼンディラはこのリー・シャトナー博士との一度目の談話ののちも、互いの部屋を行き来して実に有益で楽しいひと時を過ごしたし、それが彼と博士のふたりきりの時もあれば、まわりに他の研究員たちが何人となくいる場合もあった。ここ第五研究施設は、別名<フェイゲン海洋研究所>と言われており、宇宙船<ピルグリム号>の子孫らの許可を得、<宇宙会議は踊る>の事件後――この全宇宙の中から各分野における素晴らしい叡智を持つ研究者らが招聘されて来るようになったのである。第一研究所である<パルミラ>は、主に例の薬剤に関わる研究所と工場、他にESP研究施設がのちに併設されるようになった。他に、第二~第五施設までを統括する総合センターといった趣きもあり、惑星パルミラにおける最大の人工建造物が存在している場所でもある。第二研究所である<マルサリス研究所>は、その名の通り、二番目に造られた研究施設であり、名前のほうは当時宇宙航空学の分野で有名だったデイヴィッド・マルサリス博士の名を戴いている。

 

 というのも、<宇宙会議は踊る>事件ののち、惑星パルミラへ第一に呼ばれたのは、この全宇宙の惑星という惑星の鉱物について研究している、鉱物学博士や鉱物研究家と呼ばれる人々だったのである。これらの人々はパルミラへやって来るなり、惑星中に瀰漫する例の成分のせいではなく、即座に狂喜したようになった。その彼らの、天然の石への――もしかしたら石からの――興味や探究心ときたら、まさしく汲めども汲めども尽きぬ泉の如しであった。面倒なので、以下はまとめて石研究家とか、石気違い、石狂いの連中といったように表現させていただくが、これら石研究家らは、非常に熱心にパルミラ中から石を集めてはその構成要素について調べに調べ……その様子ときたらいつでも、四十日断食した人が美味しい料理のフルコースを目にした時のようだったと言われている。目は気違いのように爛々と輝き、鼻を興奮のあまりヒクヒクさせ、口許からはよだれが大量に漏れてこないのが不思議なほど、常時奇妙にニヤケっぱなしだったという。

 

 こうして彼らはまず、鉱物病に対して有効な成分を数千種類にも及ぶ鉱物類の中から探しだすことと並行して、惑星パルミラを照らす太陽光が――ちなみに、惑星パルミラはふたつの太陽から照らされており、一方の太陽が沈む頃、次に二番目の太陽が上ってくるため、基本的に夜がない。とはいえ、一年の間ほんの短い期間、夜の出来る場所があり、その真っ暗な闇を鉱物の輝きだけが満たす時、それはえもいわれぬ美しさであるという――害をなす眼病にも効果のある薬剤を創出するのと同時、例の有害な光のみをカットする眼鏡やコンタクトを作るべく、研究が急がれた。それは、ただ単純に薄いサングラスから出発し、その後、薄いグリーンがかって周囲が見えるもの、さらにそのグリーンがかった視界をより透明に、クリアーな視界にしていく研究が重ねられ、今の有害な光をカットしつつ、眼鏡やコンタクトをしていない時とも変わらぬほどの透明度を持つものが完成したわけである。

 

 そして、彼ら石気違いの石学者らがこの惑星パルミラ中の鉱物という鉱物の成分を調べ、さらにはパルミラにはない既知宇宙内の他の惑星で見つかった地球には存在しない要素を組み合わせる過程で、いくつもの驚くべき発見があったのである。そして、これはあくまで純パルミラ産の鉱物であるが、その中で今では<高エネルギー石>と呼ばれる、数種類の極めて稀少かつ貴重な石がある。これらの石は、たった1グラムの中に途方もないエネルギーが秘められていることがわかっており、惑星エフェメラが高位惑星系の首星となる過程で、大きな軍事力という後ろ盾を持たせる結果となったと言われている。つまり、第二研究所の<マルサリス研究所>は、そうした軍用兵器の開発をするための研究所なのである。

 

 次に第三研究所の<カペルスキー研究所>であるが、この第三研究施設はパルミラの北欧地帯と呼ばれる地域に存在しており、パルミラにおける寒帯・亜寒帯気候における動植物についてや、あるいはこの北欧地域にしか産出しない鉱物の研究を行なっているところである。

 

 第四研究施設の<マンハイム研究所>は、<フェイゲン海洋研究所>と同じ南欧地帯にあるが(もっとも、直線距離にして五千キロほども離れてはいる)、こちらでは南欧地域における動植物の生息についてや、あるいは南欧でしか産出しない鉱物の研究を行なっているところである。そして、ゼンディラが一番最初に訪れることになった<フェイゲン研究所>であるが、初代研究施設長であった、惑星海洋学の分野で著名なリュック・フェイゲン博士が創設した施設である。この研究所は彼がポラック川と名づけた川(この川の名は、博士の出身地の近くにあった川と同名)に面しており、ここからボートやスクーナーといった船、あるいはホバークラフトやエアクラフトなどによって入江に出、沖へ行くまではすぐである。また、第五研究所は背後を森と湖に囲まれており、周囲はまさしく水鳥たちの楽園でもあった。

 

 ゼンディラは第五研究施設に約三週間滞在したが、その間、まずは毎日のように森や湖を逍遥した。ゼンディラはこの最初の時、シャトナー博士の言った『観照中毒』ということの意味が、実際に今そうなっているわけでなくても――とても強く理解することが出来たものである。茶色い地面の<茶>、この色はゼンディラの母星メトシェラでも目にしたことのある色であり、足の裏の大地の踏み心地といったものも、大体同じなはずだった。だが、ゼンディラは地面をじっと見て道を歩いていると、時々そこに跪いて土を手に取りたい衝動に駆られた。そして、その心地好い手触りを感じると……「土とは一体なんだろう?」といった根源的な問いについて考えずにいられないのだった。他の、一緒に散歩に出た研究者たちは、ゼンディラが何故そんなことをしているのかわかるからだろう。同じようにつきあってくれたりして、立ち上がって先へ進むよう急いたりすることは一切なかったのである。

 

 頭上の樹木たちは、高いところで枝と緑の葉を差し交わしてアーチを形成しており(「誰かがこのようになるよう計画して植えたのですか?」とゼンディラは聞いたが、彼らはただ「ここパルミラはどこもそんな感じのする場所なんだ」と答えるのみだった)、そこから木洩れ日が漏れてくるのと同時、あちこちから聴いたこともないような美しい鳥たちの自然の合唱が響いてくるのを耳にした。

 

 そして、その鳥たちにしてからが――まさしく宝石のように美しいのだった。同伴してくれた研究員たちは、「あれは地球にいた幻の鳥ケツァールに似てるから、同じ名前で呼ばれてるね」とか、「あれはゴクラクチョウ、あっちはヒクイドリ」といったように、その優美な鳥たちの名を順に教えてくれたものだった。湖までの散策路は、研究員たちの馴染みの散歩道なのだろう、茶色い道から湖へ下りる小径が出来ており、ゼンディラは二人の研究員たちと湖へ出ると、そこに浮かぶボートで湖面へ漂っていった。

 

 水辺に自生する草花も実にその一本一本が美しく、ゼンディラは湖を囲んでいる白樺に似た白い樹木の根元あたりに生える、水色がかった白い百合の花を見ては、(この花を手折るなどということは、自分には絶対に出来ない)とすら感じたものだった。「自分を取り囲む世界のすべてが、美しすぎてむしろ毒ですらある」……そんな脳の中枢が痺れるような感覚を、生きている間にまさかこんなに濃密に感じることが出来ようとは――ゼンディラはボートに乗って湖面を漂う間も、突然口が聞けなくなったように無言でいたものだった。

 

「ほら、クリスタル湖の湖面に、白鳥たちが浮かんでいるよ」

 

 ジャンケン勝ち抜き戦によってゼンディラの同伴者となることを勝ち得た、ジョナス・ディグレットが言った。彼は同性愛者ではあったが、ゼンディラに対しては恋愛的な意味で興味を持ったというよりも――単に彼は唯美論者として美しいものが好きなのだった。年の頃はゼンディラと同年齢か、それより下に見えるくらい若かったが、実際はゼンディラの二周り年上といったところである。

 

「あいつら美しすぎてみんなバカだから、すぐこっちへ『わたくしたちの美しい姿を見てみて』とばかり、寄ってくるんだ。そんで、捕まえるのも用心を知らなくてバカだから、案外簡単なんだよね。もちろん、誰もそんなことをしたりはしない。そんなことをするには……彼らを少しでも驚かせたり、傷つけたり、そんな形でストレスを与えるには――彼らはあまりにも美しすぎるからね」

 

「そうなんだよ」と、ボートを漕ぎながら、トラヴィス・キングが言った。彼は筋骨逞しい、金髪碧眼の若者だった。二十代後半くらいに見えるが、実際は……以下略といったところである。「ここ、惑星パルミラではね、弱肉強食という食物連鎖の原理が働いてないんだ。まさしく聖書にある如く、『オオカミは子羊とともに宿り、豹は子山羊とともに眠る。雌牛と熊とは共に草を食べ、ライオンも牛のようにワラを食べる』といった世界観なんだね」

 

「それは、どういった意味ですか?」

 

 あまりに美しい湖面の輝きに幻惑されそうになりながら、ゼンディラはそう聞いた。やもすると意識が陶然とするあまり、ぼうっとしたようになるため、首を何度か振ったり、一時的に目を伏せるなどして幾度も視界を遮断しなければいけないほどだった。

 

「つまりさ、この宇宙中に、凶暴な動物ってのは結構いるもんだよね。わかりやすいたとえで言えば、百獣の王ライオンにはシマウマだのシカだの、獲物ならたくさんいる。でも、聖書は天国じゃそんなライオンももう獲物を求めて日々四苦八苦することはなくなるし、オオカミだって子ヒツジと一緒に野で寝そべってるよ……なんて、ありえない夢みたいなこと言ってるっていうか。でも、ここパルミラじゃ、まさしくその通りなんだ。というか、動物の多くが草食で、肉食の生き物がほとんどいない。そして、ライオンやオオカミやクマなんかに代わって、ここパルミラで最大の動物っていうのが、ゾウやキリン、シカやウシやウマを除いたら……実はうさぎとリスなんだよ」

 

「うさぎとリス、ですか」

 

 惑星メトシェラにもうさぎとリスはいるため、その大きさについてはゼンディラも理解しているつもりだった。でも、そのサイズと比較した場合――今きらきら輝く湖面に浮かぶ白鳥類のほうが、よほど大きいくらいでないかと思ったのだ。

 

「まあ、実際に実物を見るのが一番だよね」

 

 ジョナスが笑いながら言う。このためにポケットに忍ばせてきたパン屑を湖面にばらまきながら。

 

「で、あいつらも頭のほうがみんなバカだし、とにかくこの惑星に住んでる動物はみんなそうさ。自分が主食とする草なんかがふんだんにあって、栄養を補助する鉱物類もたくさんあるもんだから……競争の原理っていうの?そういうのがまったく働かない環境だから、脳味噌のほうがさっぱり進化せずに今までやって来たんだろうって話。ゼンディラもそのうち、ここの惑星の動物を暫く観察してるうちにわかるよ。あいつらはとにかく毎日もぐもぐやって、食後に足りないミネラル分なんかをアイスキャンディでもしゃぶるが如く、鉱物をなめて補うんだ。しかもそれぞれ、好みの鉱物が違ったりもするんだけど……まあ、これだけあちこちに鉱物が埋まってて、毎日豊富に彼らが栄養として体内で変換できるものを産出してくれるとなったら――まあ、わかんなくもないよね。パルミラの動物たちが今以上に進化する必要がないのはなんでなのかっていうのは」

 

「でも、食物連鎖が働いてないということは……それぞれの動物の個体数が増えて困ることになるのではないですか?」

 

 ゼンディラはコンタクトにしてこなかったのを後悔した。ロドニー=ロドリゲスが言っていたとおり、眼鏡の横から入ってくる光量だけでも、目を随分と強く刺激するようだったからである。

 

「それがねえ」と、トラヴィスが湖の中央あたりに来たところで、ボートをこぐ手をとめて言う。「ここの動物はみんな、人間がかかるのと同じ鉱物病になって死ぬ。つまり、そんな形で適当なところでそれぞれの種が増えすぎず、かといって少なくなって絶滅するでもなく……ってところで、ちょうどよくバランスが取れてるんだよね。僕、時々思うよ。次に生まれてくるとしたら、人間として生まれてくるより、パルミラの白鳥か孔雀鳥か、それかウサギだってリスだってシカだって、その他なんでもいいけど――動物として生まれてくるほうがよほど幸せかもしれないって。だって、生まれた時から食べ物には困らない、食後のアイスキャンディはしゃぶり放題、しかもそんなこんなで日々を送って、死ぬって時には脳から快楽物質がたくさん出て、なんの痛みも苦しみもなく死んでいくんだから。なんとも幸せなことさ」

 

「でも」と、ジョナスがゼンディラとトラヴィスにパンを渡して言った。「彼らは不幸を知らないがゆえに……いや、不幸を知らないことが実は不幸だというべきなのかな。この状態があまりに当たり前なので、自分たちが他の惑星に比べ、いかに恵まれていて幸福かなんてこと、考えつきもしないんだね。もちろん、それ以前にそこまでのことを思考できる知能ってもの自体がないわけだけど……光のありがたさがわかるには闇が必要だし、人間が喜びという感情を理解できるのは、相対するものとして苦しみやつらさや悲しみ悔しさ、困難なんかがあるからさ。いやはや、ここパルミラに住んで十日もしないうちに、どんなガサツ者も静かに瞑想する哲学者になろうというものだよ」

 

「なるほど……わたしにも、シャトナー博士のおっしゃっていたことが、だんだんわかって来ました」

 

 彼ら三人がパン屑を投げても、ボートの周囲に集まってきた三十羽近い白鳥たちは、みな急いでがっつくように水面をつつくでもなく……実に優雅にその黄色い嘴によってパン屑を食べていたものである。彼らの主食は湖に自生する水色がかった藻類であり、時々陸へ上がっては、そこにある白色の、ダイヤモンドのような鉱石をみなで囲んでなめている(この白鳥似の鳥には、嘴の中に青白くて細い舌があった)。それからそこらへんの草むらで寝転んだり、毛づくろいしたりして過ごし――なんの用心もなく、眠りたくなったらそこらへんでも水面でも、目を閉じてじっと眠り続けるのであった。

 

 この翌日、(一日中日が沈まないとなると、日数を数える感覚がおかしくなりそうだ)と思いながら、ゼンディラはトラヴィスやジョナスとはまた別の研究員らの誘いを受け、川でエアボードを走らせては水面を切るスリルを味わったり(もっとも彼はすぐ川へ落ちてしまうため、みなその様子を愉快そうに笑っていたが)、そこからスクーナーで入江まで出、これもまた宝石のような蟹やヒトデといった生物に惚れ惚れとし、さらにエアクラフトによって沖まで走っていくのにつきあったりした。

 

「ほんと、ここは誘惑の多い星なんだよ。事、食欲に関することにおいてはね」

 

 足の裏できゅっきゅっと音のする砂浜を歩いていきながら、サイモン・ウォートンが言った。彼は海洋生物学が専門の学者であると言う。背が二メートル近くある、体格のいい黒人の若者であった。

 

「午前中……なんて言ってもほんと、ここには夜がないから、そういう区分ってどうかって気もするけど、みんなで川遊びをしていたろ?で、キャッチアンドリリースで逃がすにしても――みんな一般的に総体として魚のことは宝石魚って呼ぶんだけどさ、一年に一度だけ、そうして釣った魚を焼いてパーティするんだ。あとは、この宝石蟹たちも、実が詰まっていて実にうまい!!」

 

 そう言ってサイモンは、脱皮した蟹が残していった綺麗な抜け殻を白い砂浜から拾い上げた。この場所は第五研究所の人々に<ホワイトサンド>(エスペリオール語では、ホワイティシ・サンディア)と呼ばれている。蟹の抜け殻は宝石のガーネットやトルコ石ように、きらきらと光り輝いて美しかった。

 

「月末くらいになって、物資が明日運ばれてくるってくらいの頃……みんな、口々に言うんだぜ。食べ飽きた缶詰の残りをほじって食べたり、こちらももうすっかり飽き飽きした味の栄養固形物を齧ったりしながら――宝石魚を食べたい!ああ、一口でいいからあの蟹の足でも食べられたらなあ、なんていう具合にさ」

 

「そうなんですね。わたしが川で見かけた魚はみな、鱗が宝石のようにきらきらしすぎていて、味は期待できないように見えましたが……そうじゃないんですね。それに、この蟹の脱皮した抜け殻も――まるで本物みたいに見えます。本当に、生命の神秘ですね」

 

 波が寄せては返す音を聞きながら汀を歩き、ゼンディラはこの日もまた「見るものすべてが美しい」惑星パルミラの神秘に打たれていた。

 

「そうさ。みんな、いつも冗談でいうんだ。この蟹の脱皮した抜け殻を集めに集めて、ごうつくばりの惑星キャラバンにでも売ったとしたら……一儲けどころか、一生の間遊んで暮らせるくらい、一財産築くことが出来るだろうにってな。でもおかしな話、そんなことは禁じられてるからとかじゃなく――ここパルミラの例の成分を深く吸いこんじまうと、たとえば研究で名をなそうだの、金持ちになりたいだのいう欲みたいなもんが、すっかりなくなっちまうんだな」

 

「まさしく、人間として脱皮するというわけですか」

 

 ゼンディラは、蟹のきらきら輝く節のあたりを眺めつつ、(まったく大したものだ)と、その精巧さに驚いてしまう。

 

「ははっ。うまいこと言うねえ、ゼンディラさん」

 

 近くに見える灯台まで行きたいとゼンディラが言うと、またも研究員の間で砂浜に絵を描いて当てるというゲームののち――勝者として勝ち残ったサイモン・ウィートンがその役を仰せつかったというわけだった。ゼンディラは「あのくらいまでの距離、ひとりでも歩いて帰って来れますよ」と主張したのだが、慣れないうちは基本的に二人一組以上で行動することが義務付けられているとのことであった。何故かというと、突然石に話しかけられ、どことも知れぬ場所へ誘われたり、あるいはどこかひとつの場所で蹲ったまま動けなくなるなど――この場合でもGPS装置ですぐ探しだせるわけだが、行方不明者の捜索のために時間を取られることがままあるからである。

 

「あっ、貝殻を拾いたい気持ちはわかるけど、耳に当てて聞いたりはしないほうがいいよ。あんまり美しい海の歌声みたいなもんが聴こえるもんで……そんなことしてるうちに、もう動きたくなくなったりするから。聴くとしたら、夜寝る前に真っ暗にした部屋で聞いたり、海のホログラムで部屋の壁を囲って聴くとかさ、そんなところかな」

 

「そうなんですか。あんまり綺麗なので、つい……」

 

 それでも、持ち帰っても良いということではあったので、ゼンディラはオパールのような輝きを放つ巻貝をひとつだけポケットに忍ばせた。『わたしの耳は貝の殻。海の響きを懐かしむ』という、メトシェラの桂冠詩人の言葉が一瞬脳裏をよぎっていく。

 

「ここの海はさ、一般的にみんなからセイレーン沖って呼ばれてたりするんだ。それがなんでかわかるかい?」

 

 紺色だったかと思えば、波打ち際でエメラルド・グリーンに色を変える海を眺め、サイモンが後ろを振り返ってそう聞く。

 

「もしかして、何か海に魔物が住んでいて、それが人を……海の難所にでも呼ぶということですか?」

 

「いや、実はパルミラに七つある海については調べきってるわけじゃないんでね……もしかしたらそんなところもあるかもしれない。でもこの場合はそうじゃなく、海洋に出て探索する時にはさ、それが二日以上の長期で、特に遠くへ出る場合は――みんな、特殊な耳栓をしたり、ヘッドフォンでしっかり耳を塞いで、互いにマイクで話したりして連絡を取りあうことになるんだ。海の潮騒の音をずっと聴いてると……三半規管に異常が出るってこともあるんだが、みんな海に飛びこみたくして仕方なくなるんだな。実際のところ、そんなこんなで大洋探査の初期の頃には何人も死者が出てる。あとは、海の中で泳ぐってのも結構危険なことでね。マンタとかイルカとかジュゴン、あるいはジンベエザメなんかに遭遇したりすると……おまえは自分たちの仲間だって具合に超音波で洗脳されちゃって、帰ってこれなくなるんだ」

 

「そこまでのことがわかるまでに……きっと、とても長い時間がかかったことでしょうね」

 

「そうなんだ。普通ならさ、ひとつの惑星が発見されて、その後六千年もしてたら――きっともっと、パルミラについてはもう大体のところわかったってくらい、研究が進んでいて不思議じゃない。でも、陸だけじゃなく、こと海や海の中ってことになると……ほとんど手つかずってくらい、わかってないことが多くてね。深海探査についての試みについても、当然行なわれているわけなんだが――大体、深海六千メートルを越えたくらいのところで、毎回必ずというくらい事故が起きるという悲しい歴史があってね。陸の鉱物界の王様といえば、当然第一研究所の近くにある洞窟の主のことだろうけど……きっと海には海で何か得体の知れないそうした生物か、あるいは鉱物類があるんじゃないかって推測されてるんだ」

 

 このあと、ゼンディラが「近くへ行ってみたい」と言っていた、岬の突端にある<建物>を見て――実際のところ、ゼンディラは足を止めて絶句していた。

 

 きらきらと白く輝く花崗岩の先端、灯台のように見えていた岩の突起物は、まるで人が形造った建物のように遠くからは見えていたが、近くまで来てみると、自然にそのような形に岩石が削られたということがはっきりわかったからである。

 

「不思議だよなあ、ほんと」

 

 驚いているゼンディラの隣で、虹色に輝く石を拾い上げ、サイモンはそれを海へ向かって放り投げた。このあたりは他に、ヒスイのように輝く石や、ラピスラズリのように輝く石がいくらでも押し寄せてくる場所でもある。

 

「どう考えてもさ、人間がああいう形にデザインして造ったようにしか見えないんだが……それとも、ここの鉱物たちにそんなふうに考える力があって、そのようにテレパシーで連絡しあい、ほんの遊び心によってああした岩石物が出来るのかどうか。とにかく、この惑星にはああしたものがとても多いね。まるで、いつか人間がやって来て、その神秘に驚くだろうことを楽しみにしてたみたいだ……なんて思うのは、流石に人間中心的にすぎる考え方だろうけどね」

 

 このあと、サイモンは「どうしても」とゼンディラにせがまれて、花崗岩の岬の突端にまで行き――その白く輝く、神への祈りの塔にも似た建物をじっと眺めてから帰ってきた。「まかり間違っても、ひとりでこっそりまたここへ来ようなんて思わんでくれよな」と、研究所への帰り道、ゼンディラはサイモンに釘を刺された。「ほら、海とか岬とか、このあたりはやっぱり危険なんだよ。第五研究所が少し海から離れてるのには理由があってね、何かの引力みたいに呼ばれると、砂鉄が磁石に引かれるみたいに、どうしても逆らえなくて、高所から海に身を投げて自殺したってことが、その昔やっぱりあったらしい。オレたちはさ、もうすっかり慣れてるから、ひとりでちょっと散歩したいなんて時には、必ず誰かしらに声をかける決まりになってるんだ。こうこうこういうルートで散歩するけど、一時間して戻らなかったら連絡してくれ、なんていう具合にね」

 

 この第五研究施設にて、これまでの間に分類されてきた魚類542種や甲殻類342種、両生類178種、海洋植物の類809種、海でしか取れない鉱物類の分類167種など、ゼンディラはその生きたサンプルとともに、標本のほうも施設内にて見せたもらったわけだが……やはり、これ以上の新種を発見したければ、ある程度の危険と犠牲を覚悟しての探索が必要になるだろうということだったのである。

 

 サイモン・ウィートンと別れたあと、ゼンディラは再びこのあたりのことを詳しく知りたくて、リー・シャトナーの部屋のほうを訪ねていた。実は彼はこの時、ゼンディラの第一印象についてなど、エフェメラのメイウェザー長官に報告しているところだったため、慌てて通信のほうを切っていたものである。

 

「まあ、海洋探索……特に深海探査については、なかなか第一施設の本部のほうで、許可が下りないんだよね」

 

 シャトナー博士は、これまで何度となく危険を冒して海を冒険してきた手腕を買われて施設長になった人物だったが、そもそもこの第五海洋研究所の創設以来、施設長になった人物のうち、その半数以上がパルミラの海の魅力に取り憑かれ……最終的には海の彼方へ消え去り、帰らぬ人となっているのであった。

 

「海に潜るっていうのはさ、それじゃなくても危険なことではあるんだ。私はね、これまでの人生で、色んな惑星の海に潜ってきた経験があるけど……ここパルミラの海中ほど美しいところを見たことがない。エメラルドグリーンのジャイアントケルプの森、イソギンチャクに似た生物や珊瑚礁、その他熱帯魚も何もかも――言葉で言い尽くせぬほど美しい。パルミラの海の中にはさ、動物や人間を鉱物病にさせる成分が色々溶け込んでいる。専用のスーツを着るにしても、それ以外の、ただのスキューバダイビング用みたいなものじゃまるきりダメだね。たぶん、皮膚から少しずつ吸収されて体内に蓄積されていき、この場合は内側からじゃなく、外側から徐々に鉱物病に冒されていく。でも、危険を冒しただけの成果はこれまでの歴史の中で出してきてはいるんだ。何せ、この宇宙中のどこにもない新しい組成の石が見つかったり、建築の新素材となるものや、不治の病いの特効薬になるかもしれない成分が見つかったりと……あとは、毒物という場合もあるね。そちらは殺したい人間にでも盛る以外、使い道がないとはいえ、血液中から証拠の出ないというのが、なんとも恐ろしいところでね」

 

「本星の情報諜報庁がいかにも喜びそうな話ですね、それは……」

 

 この頃には、エフェメラのあの情報諜報庁と呼ばれる場所が、全宇宙の大義のために働いているというのはある種の詭弁であって――その水面下でいかに汚いことが行われているかについて、ゼンディラのほうでもある程度察していたのである。

 

「まあね。それはそうと、本部から深海探査や遠洋探査について、なかなか許可が下りない理由なんだけど……ようするに、ここ惑星パルミラで死者をだしたり、何人も行方不明者が出るっていうのがイヤらしいんだな。ほら、そういうことって隠しておけないし、第一から第四研究所まで、やっぱり不穏な空気が流れるだろ?それに、パルミラの研究員は大抵が訳ありとはいえ、優秀な人員ばかりでもあるからね。ひとり優秀な研究員に死なれると、補充すると言ったって、リクルートするにも時間のかかることでもあるし」

 

「その……そのあたり、例の洞窟にいる惑星パルミラの魂のような鉱物に、海のことを聞くってわけにはいかないんですか?」

 

 シャトナー博士はこの時も、ゼンディラに気前よくアイスコーヒーを振るまってくれ、クッキーといった菓子類も出してくれていた。博士自身は、その前まで飲んでいた紅茶に、鎮静効果のあるラベンダー色の結晶をスプーンで溶かしている。もう少ししたら睡眠に入ろうと思っていたので、その前準備といったところである。

 

「いや、私が直接パルミラに聞いたわけじゃないが、過去にはそんなこともあったらしいよ。が、まあ、あくまで彼は陸の鉱物生命体で、海の中のことはよくわからないんだってさ。ほんとかウソかはわからないにしても、その一事だけをとってみてもわかることがあるだろう?つまり、彼は本当の神でもなんでもないってことがさ」

 

「…………………」

 

 ゼンディラはシャトナー博士とそんな会話をした二週間後、第五研究所から直線距離にして約5000キロ離れた場所にある、区分としては同じ南欧の<マンハイム研究所>へ赴くことになった。というのも、<フェイゲン研究所>と<マンハイム研究所>では、時折互いに研究員の交換ということを行っており――その中の、<マンハイム研究所>へ戻るという研究員たちにそのように誘われたからであった。

 

<マンハイム研究所>は、言ってみれば広大なサバンナ地区を含む、動物園のような場所であると言えたに違いない。そこでは水辺で小柄な象たちが寝そべり、首の短いキリンたちが、なんの外敵を恐れるでもなく昼日中から(というより、パルミラのこの地域に夜が訪れることはない)木陰でぐっすり昼寝していたものである。他に、ナマケモノによく似た、食べて寝て排泄する以外では、ほとんど運動することのない不思議な生き物や、起きている間は主食としている草や鉱物を食べたり飲んだりするが、それ以外では寝てばかりいるコアラに似たココア色の毛並みの動物や……珍しい動物、あるいは植物や鉱物類、宝石のような昆虫類であればいくらでもいたが、ゼンディラが何より驚いたのは――巨大な、一メートル以上もある体長の大きなウサギとリスの存在であったに違いない。

 

「ほんと、みんな言ってるんだよ。このうさぎもリスも、もうちょっとどうにかなんないのかなって」

 

 小型の飛空艇で移動する間、話しこんですっかり仲良くなったマイケル・クローリーが研究所の敷地内にいるうさぎやリスを指差して言った。といっても、ここではどの動物をも檻や囲いの中で飼っていたりはしない。なんでも、毎日何かしらのエサを与えたりしていたら、大抵の動物たちは、まったく同じ草や鉱物類がそこらへんにあるにも関わらず、この建物の周囲に集まってくるようになったという。

 

「何分、みんなバカなもんだから、警戒するってことを知らないんだね。知能指数検査なんてことも『馬鹿ばかしい』と思いながらも一応やってみるんだけど……話にもならないような惨憺たる結果しか得られない。簡単にいえば、地球産のネズミやカラスのほうが大抵の動物たちよりよっぽど頭がいいんだから。ほら、ゼンディラ。あいつらを見てみろよ。毎日ああやってもぐもぐやって、食後にアイスキャンディでもなめるみたいに大好物の鉱物にしゃぶりついて……あとはそこらへんでひっくり返って寝る。他には繁殖期というか、交尾の季節がやってきたらパコパコやるってだけの、ただ図体がでかいだけの連中なのさ。最初、あいつらを見た動物学者はみんな期待するよね。我々が今までよく見てきたうさぎやリス以上にきっと賢いに違いないとか、何かそんなようなことを。でも実際の知能指数は地球産のうさぎやリスとなんの変化もないんだ。いや、むしろそれより悪いくらいだ。なんでって、うさぎは外敵から逃げる必要がないせいかどうか、そのあたりで気を張り巡らせて用心するってことがないだろ?だから、頭だけ大きくても、知能がちっとも発達しなかったんだな。そしてリスはリスで、寒い季節に備えて食糧を蓄える必要がないもんで、やっぱり体だけ大きくて、知能のほうはさっぱり発達しなかったわけだ」

 

「でも何か、たとえば芸を覚えさせるとかすれば……」

 

 第四研究施設の<マンハイム研究所>は、茶とも薔薇色ともつかぬ壁の色をした、一風変わった建築物だった。なんでも、初代施設長の惑星動物学者、ベッテル・マンハイムがデザインし、3Dプリンタによって建設されたらしいのだが、南国のリゾート風のようでありつつ、どことなく原始的な雰囲気も備えた地下3階、地上五階建ての建物であった。

 

 ふたりは今、その建物の一階におり、中庭でくるみを食べるビッグリスや、あるいは顔を洗うような仕種で毛づくろいしているジャンボうさぎ数頭の姿を眺めているところだった。彼らはこの場所がすっかり気に入っているらしく、鉱物をなめるのに遠くへ行く以外では、大抵いつでも何頭ものうさぎやリスがここにいるという。

 

「芸ねえ」と、マイケルは溜息を着いた。彼は青みがかった黒髪に、青い瞳をした青年だったが、例によって見た目はゼンディラと同じ年齢のように見えて、実際は彼より八つばかり年上であった。「ゼンディラ、ここ惑星パルミラの動物に何かの芸を教えこむだなんて、ほとんど不可能に近いよ。いや、それでもここの惑星へやって来た、初期の住民たちは何かそんなことをしてみたことはあったらしいんだけどね。パルミラの全動物を通じて、彼らが共通して一体何に弱いかわかるかい?」

 

「そうですね……まあ、それぞれが主食としている植物類などが異なり、しかもそれらがたくさん自生していて争う必要もないとなったら――競争原理が働かないわけですから、知能も発達する必要がなかったということですよね。何故って、食物を得るのに知恵を絞る必要性がないわけですし……となると……何か天変地異でも起こって、自然環境が突然変わった場合、彼らはもしかして相共に滅びる運命だということになるのではないでしょうか?」

 

「ブブーッ!!」マイケルは両腕をクロスさせ、バツ印を作って笑った。「いや、ゼンディラの言ったことも正解ではあるんだよ。とにかくね、そうした意味も含めて、ここパルミラの動物たちはみんなストレスに弱いんだ。いや、超弱い……どころか、超々弱いんだ。第四研究所の初代施設長ベッテル・マンハイムは、脳の大きさに比してビッグリスもジャンボうさぎも、頭悪すぎて可哀想だと思ったんだな。そこで、ちょっとしたゲームを覚えさせようとしたり、ダンスを踊れるようにさせようとしたんだね。そしたら、どうなったと思う?」

 

「どうなったんですか?」

 

 ゼンディラは笑ってそう聞いた。彼にしてみれば、ビッグリスもジャンボうさぎも――ぬいぐるみのように可愛いというだけで、十分生存価値のある生き物であるようにしか見えない。

 

「何も彼らだけじゃないんだけどね……ここの動物たちは、檻に閉じ込めたり、食後に好物の鉱物をなめたり出来ないってだけで、すぐそれをストレスに感じて病気になるんだ。ベッテル・マンハイムの残した記録にあるんだが、リスにちょっとゲームをさせて、成功したらエサを食べられるみたいにしたら、白目を剥いて失神したらしい。うさぎのほうにダンスを覚えさせようとしたら、みるみる毛が抜けて、毎日下痢をするようになったらしいよ。ここの動物たちはね、おしっこのほうは綺麗な水みたいな、もしかして飲めるんじゃないかってくらい綺麗なおしっこをする。それで、うんこのほうもさ、大袈裟じゃなく、ホワイトチョコレートみたいな、食べられそうに見えるくらいの綺麗なうんこをするんだ。ところが、ちょっとでもストレスがかかると、すぐ下痢になって臭いうんこをしだしたり、おしっこのほうも濁って嫌な匂いを発するようになるんだね。これはゾウでもキリンでも、ナマケモノでもコアラでも、全動物共通してみんなそうだね。だから、もうちょっと何かしたら賢く進化するだろうなんてこと、ここパルミラの動物たちに期待しちゃいけないんだ」

 

「じゃあ、ここの……第四研究施設の存在意義というのは……」

 

 小型飛空艇には、マイケルの他に三名ほど別の研究員も乗っていたのだが、彼らはそれぞれラクダやダチョウ、エミューの研究をしている、あるいは砂漠地帯・乾燥地帯の生物全般の研究をしているなど――それぞれ夢中になっている動物や専門分野があるということだった。そして、マイケル・クローリー自身は鳥類学者だということだったのである。

 

「他の研究施設はともかくとしてさ、ここ第四研究所の存在意義ってのはいかなるものかとぼくは思うよ。だって、初代施設長のベッテル・マンハイムから始まって、大体のところ初期の研究者たちが心を鬼にして、ここ惑星パルミラの動物や昆虫なんかを事細かく調べたんだから。第五研究所はさ、まだ海の中のことで調べ尽くしてないことがたくさんあるかもしれない。でも、陸に関して言えば……大体、ある程度のところは第三研究所の<カペルスキー研究所>と協力して調査できたと言えるんじゃないかな。あんなに美しくて可愛い動物を実験材料にしてあれこれ研究するなんてこと、今じゃもうまったく考えられなくなってる。ほんと、そういう意味でぼくらは第四研究所の初期の頃の研究員たちに感謝してもしきれないくらいだよ。なんでって、苦しまないようにして殺してから解剖するにしても……ぼくがもしあのビッグリスやジャンボうさぎ相手にそんなことしろって言われたら、絶対イヤだね。そんなの、他のナマケモノやコアラに対してだってそうさ。それに、ぼくの専門は鳥類だけど、珍しい鳥たちの生態なんかについても、ここ五千年ほどの間に大体調べ尽くされてる。となるとぼくら第四研究所の意義って一体なんだい?惑星パルミラの動物も昆虫も植物も、生きとし生けるものは何もかも――鉱物に養われてるから、人間が横から何か手出ししないってのが、何よりも彼らにとって一番大切だという、そうしたことになると思うからね」

 

 

 >>続く。


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