こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星パルミラ。-【28】-

2022年08月19日 | 惑星パルミラ。

 

 今回、↓の本文に関して、参考にさせていただいた本ですm(_ _)m

 

 とはいえ、こちらの本の文章を一部お借りさせていただいたにも関わらず、わたし、自分のこの書き方で間違いなく正しいかどうかについては「絶対にそう!」と言えるほど、自信なかったりしますww(殴☆

 

 本当は「地球がどうやって出来たか」についてなど、他に2~3冊くらい読みたい本があったのですが、残りの部分はネットで軽く調べたりといったところですみません(^^;)

 

 でも、藤岡換太郎先生のこの本はとても面白かったです

 

 ええと、表紙手前の緑色の石がかんらん岩で、次の黒い石が玄武岩、一番奥の白っぽい石が花崗岩ということで、これが地球において出来た岩石の順番ということでした。なんていうか、わたし昔から石が好きでしたし、石というか、宝石って本当にたくさんの種類があって、簡単にいうと、突然商売上の理由(?)からか、去年新しく誕生石に加えられた10種類の宝石含め、こうした石の由来や、他にたくさんある宝石の種類について詳しくなりたいなとずっと思っていました

 

 それで、今回前文に5000文字以下しか使えないもので、ちゃんと説明するのは難しいのですが(汗)、たとえば1月の誕生石である柘榴石(ガーネット)。ウィキぺディアを見ると、性質・特徴のところにはわけのわからないことが書いてあり、さらに、一口に柘榴石と言っても、たくさんの種類のあることがわかります。

 

『三つの石で地球がわかる』は、かんらん岩、玄武岩、花崗岩を基本的な主人公として地球の成り立ちについてわかるのみならず、分類としては同じ柘榴石でも、鉄礬柘榴石(アルマンディン/鉄+アルミニウム)、苦礬柘榴石(パイロープ/マグネシウム+アルミニウム)、満礬柘榴石(スペッサルティン/マンガン+アルミニウム)、灰鉄柘榴石(アンドラダイト/カルシウム+鉄)……といったように15種類もあるのが何故かといった基本の<き>の部分がとてもわかりやすく説明されている本ではないかと個人的に思いました。

 

 正確には、柘榴石やその他の一般的な宝石類について詳しい言及があるわけではないのですが、たとえば同じ灰礬柘榴石(グロッシュラー/カルシウム+アルミニウム)という分類の中には、ヘソナイト、ツァボライトがあり、ヘソナイトは透明感のあるオレンジ色をしていて、このオレンジ色はマンガンと鉄の混入が原因であり、ツァボライトはグリーン・ガーネットとも呼ばれ、綺麗な緑色をしています。また、この緑色はバナジウムと鉄の混入によるものだそうです。

 

 ……何やらややこしいですが、ようするに同じガーネット(柘榴石)でも、わたしたちにおなじみの赤とか真紅色をしているとは限らず、同じ柘榴石でも組成が異なることにより、さらに細かく分類されていくという、そうしたことらしく。。。

 

 本の割と最初のほうに、(こうして細かく分類していった場合)「地球には一体何種類の石があるか」ということについて、石の図鑑を作ってる方自身も「わからない」と答えている……と書いてあったりするんですよね。一説では三千種類とも言われるそうですが、あんまり種類が多すぎて、実は「わからない」というのが本当のところではないか――ということでした。

 

 ↓のお話の設定の中では、惑星パルミラの岩石の種類は地球よりも多くてより複雑だ……みたいな設定なので、さらに話のほうがややこしくなるのではないかという気がしたり(@_@;)。

 

 また、こうした化学式によって示される科学的な分類といったことと同時に――人が宝石といった石たちに魅せられるのは、たとえばアクアマリンだったら、>>「ギリシャ神話では「海が荒れたとき、海の精の宝物が浜辺に打ち上げられた」宝石だと伝えられています」と言われていたり、それぞれに相応しい神話や物語があったりして、そのあたりのイメージの神聖さや美しさによって生じる心のシンフォニーのようなものですよね。柘榴石にしてもエメラルドにしてもアクアマリンにしてもオパールにしても……ただの石と言われてしまえば確かにそうかもしれないけれど、そこから音楽が聴こえてきそうに感じるところに、ある種の言葉で言い表せない神秘があるのだと思います。

 

 今回本文に、宇宙を満たすものは愛……といったような表現が出てくるのですが(笑)、こちらも科学的なことで言ったら、宇宙というのは人間がそのままでは生存できない恐ろしい空間でしかない。でも、遠くの銀河のえも言われぬ写真をネットで見たりするだけでも――それは本当に、音楽が聴こえてこないのが不思議なくらい、途方もなく美しいものだと感じるわけです。

 

 まあ、簡単にいうと、科学と神(宗教)のほどよいバランスといったものは、おそらくこの中間くらいに存在するもので、人によっては大きく科学よりだったり、あるいは若干神(宗教)よりだったりと……そんな感じのことなんじゃないかなーと思ったという、綺麗な石を見ていると、そんなふうに色々考えさせられたりもします(ちなみに、わたしが石に興味あるのは指輪とかペンダントとかピアスといったアクセサリーではなく、あくまで原石系のものに興味があるという意味だったりします^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

       惑星パルミラ。-【28】-

 

 第一研究施設のほうは、大きく分けて次の三つが存在したと言えたに違いない。すなわち、ひとつ目がESP研究関連の施設、ふたつ目がパルミラという星の惑星研究に関する施設、それから三つ目がこのふたつの研究施設の間に挟まれた、新しい医薬品を開発するための医薬品研究棟である。建物のほうは、とても自然にそのような場所が誕生したとは思えない――だが、惑星パルミラの自然は大抵がそうである――標高五千メートル級の山々が連なる中腹の、広い台地に建設されていた。

 

 何故、この場所が選ばれたかといえば、何より例の惑星パルミラの魂と目される橄欖石の存在する洞窟が比較的近くにあったからであり、そもそもここは、宇宙船<ピルグリム号>に乗ってやって来た人々が作った集落のひとつがあった場所でもある。そこにまず、小規模のパルミラの鉱物類を研究するための施設が出来、そこを母体としてだんだんに施設が次々追加されていった結果……研究施設としてどんどん大きくなっていき、現在のような地下三十八階、地上十一階建ての建物に落ち着いたわけであった。

 

 ゼンディラに与えられたのは、このうちB4階にある第47区画と呼ばれる場所であり、そこは基本的に本星エフェメラの最高議長など、惑星外からやって来る特別なゲストのための居住区として指定されている区画だった。

 

 とはいえ、これまで第三~第五研究所にあったような、アンティークな高級家具や調度品を配した人の温かみのようなものが一切ない極めて機能的な場所であり、まるで部屋自体が『用がすんだらとっとと帰れ!』とでも言っているかのようだ――というのは流石に大袈裟でも、ゼンディラがなんとなし落ち着かない気分を味わったというのは事実である。

 

 そこは、高位惑星系の、感染症対策のために各入院患者を隔壁で区切った病室に全体として雰囲気が似ており、ゼンディラにしてみればちょうどコートⅡの監獄を思わせるところがあったに違いない。確かに、「テーブル」と一言言えば、床からテーブルが組み立てられて出て来、「クローゼット」と言えば壁からクローゼットが現れて着ていたコートなどを仕舞い込むが出来る。だが、全体としてどこか無機質すぎて、ゼンディラが落ち込む気分に拍車をかけられそうになっていた時……ティファナがやって来て、「好きな風景を壁に当てはめればいいのよ」と教えてくれた。動く壁紙については、数百万種類もあって、ランダム設定することも出来るが、ゼンディラが本当に見たい景色はそこに存在しないのだった。

 

(もしそこに、惑星メトシェラのどこかの光景でもあるとしたら、わたしは間違いなくその壁紙を選ぶだろう。だが、むしろアストラシェス僧院の建物を見れたりしたら、郷愁の思いが募るあまり、その風景を見続けるのがついにはつらくなるのだろうか……)

 

 結局この時、ゼンディラは惑星セレンティアの、寄せては返すブルーグリーンの海を壁紙として選ぶことにした。アストラシェス僧院からも海はそう遠くなかったが、そこはもっと生命力に満ちた荒々しい紺碧の海であって、周囲には貧しい漁村が広がるばかり……といった、磯の香りの強い場所であった。

 

 もちろん、ゼンディラは故郷のその海のことが好きであったし、第五研究所近くの入江のほうが比べようもなく美しかったとしても――パルミラの麗しの海岸線と故郷の星の田舎くさい海辺のどちらか選べと言われたら、迷うことなくあのみすぼらしい漁村の磯の香りのほうをゼンディラは選んだに違いない。

 

 そしてこの時ふとゼンディラは、本星エフェメラは中位惑星系の人々すべてにとって憧れの的なのだと、いつだったかメイフィールド=アップル少尉が話してくれたことを思いだしていた。

 

『まあ、中位惑星系の星々をいくつか旅したら説明の必要もなくわかることなんだけどね。中位惑星系の人々はみんな、本星の下層市民の暮らしに憧れてるのよ』

 

『……どういうことですか?』

 

 本星エフェメラにはホームレスといった、生活に困窮した人々がひとりとしていない――とは、ゼンディラもその前から聞いてはいた。そして彼がその時思ったのは、(文明が発達すると貧しい者がひとりもいなくなるというのは素晴らしいことだ)と心から感心したという、そうしたことだったのである。

 

『誤解を怖れずに言うとすると……まあ、中位惑星系の人々の暮らしっていうのは、「自分の責任は自分で負え」というもので、そのあたりの政府機関の保障っていうのも十分じゃないのよ。だから、当然ホームレスだっているし、そうした生活の保障も十分されずに放り出されている人々もたくさんいるのよね。それが中位惑星の下層市民で、それより上の中間層の人たちは「そこにだけは墜ちたくない」といった感じで、日々額に汗して働き、子育てもしてるって感じなわけ。ところが高位惑星系のすべての星がそうだってわけじゃないけど――まあ、そのほとんどの下層市民っていうのは最低限の生活の保障だけは絶対にされてるから』

 

『ええと、そうした下層市民の人々というのは、超高層アパートに一室を与えられて、あとは政府から自動的に一月暮らしていけるくらいのお金……電子マネーというのでしたか?そうしたものを与えられると、何かの折にハイデン大尉にお聞きした記憶がありましたが……』

 

 この時、彼らは『地球大博物館』その他の観光施設へエア・タクシーによって向かう途中だったのである。たまたまスカイ・ハイウェイの渋滞にはまりこんでしまったため、何かの暇つぶしの話題として、そんな話をアップル少尉は持ちだしたものと思われる。だからこの時、ゼンディラの向かい側に足を組んで座っていたアレクサンドラは、どことなく面白がるような顔をしていたものだった。

 

『そうなの。彼らは一応、電脳世界でそれなりに仕事もして……あ、これもまた政府から与えられる仕事なんだけどね、高位惑星における中間層にしてみれば、クズかゴミのような仕事をして日々怠惰に生きる下層市民にだけはなるなと、子供には言い聞かせて育てることになるわけなのよ』

 

『ええと……』

 

 ゼンディラの理解が追いついていないのを見て、アレクサンドラが助け舟をだした。

 

『どう言えばいいかな。私もアップル少尉も、その中間層の少し上のクラスかな……といった出身なんだ。そして、お互いの両親がそれぞれ嫌われ者一族の警察機構出身なもので、自分の家族から下層市民に落ちるような者だけは絶対だしたくないと考え、そんなふうに厳しく子供たちをしつけざるをえなかったわけだ。私も未熟な親ながら子育て中だがね、自分の息子や娘には、最悪下層市民暮らしに甘んじるのでもいいのではないかと考えている……とにかく生きていてくれて健康なのが一番だからね。それに、一時下層市民の身分に甘んじたにせよ、その後開発した商品がバズってのちには大富豪に――なんてことも、たまにはあるわけなんだ。あとは売れない画家だったのが、ネットで物凄い額で絵が取引されるようになった人だっているし、シンガーソングライターとして成功する者だっている。だが、そんな人というのはほんの一握りでね、下層市民には電子身分証明書にそのことが記載されているし、中間層の人々にとって家族や自分の一族から下層市民に落ちた者を出すのは耐えられない恥として認識されている。もし仮に私が両親の期待に応えられず、警察大学の試験に合格も出来ず、その後厳しい両親に反発でもするような生活を送っていたとしようか。だが、私の両親はそのことをひた隠しにするだろうし、また逆に一族の中から落ちこぼれの甥だの姪だのが下層市民生活に甘んじていると知った場合……まあ、鬼の首をとったかの如く噂話をするのだよ。「ハイデン家の二番目の息子さんは今、下層市民アパート暮らしなんですって。本当にお気の毒……」なんて具合にね』

 

 アレクサンドラは、三人兄弟の二番目の長女であった。兄のほうは非常に出来がよく、現在は警察機関の閣僚である。彼女自身はひとりしかいない娘ということで甘やかされて育ったし、警察大学の大学院卒業後、特別枠の情報諜報庁勤務が決まった時には、両親とも大喜びしていたものであった。ところが、アレクサンドラの弟は学校での成績は良いほうであったのに、人づきあいとスポーツが苦手だったことで、徐々に性格のほうが屈折してゆき、両親とも関係がうまくいかないのみならず、生活態度のほうが度を越して自堕落になっていったのである。

 

『これが、優性遺伝子による社会の難しいところでもあるのかな。そのような優れた遺伝子を持って生まれたはずの素晴らしい素質を持った子たちが、それに相応しく教育も受けたはずなのに、最終的に下層市民アパート暮らしとは!といったところなのだよ。そのあたりの差別意識というのが根強いため、高位惑星系の中間層というのはある意味常にギスギスしてるとも言える。そのことは中位惑星系の人々もニュースの報道やネット情報などで知ってるんだ。だが、高位惑星の下層市民というのは――そうした矜持や世間体の問題といったことを別にしたとすれば、中位惑星系で暮らしている人々にとっては天国みたいに思える暮らしらしくてね。毎日、好きな時間に起きて、それなりに市民としてプライドが持てる程度に仕事もし、あとは毎月振り込まれる生活費の範囲内で、自由に好きなことだけして暮らせるわけだから。時々、その生活費を投資などで散財してしまい、借金まみれになる者もいるがね。その罰というのも……ひどく悪質なものでない限り、暫く所定の労働施設でロボットやアンドロイドと一緒に肉体労働に従事するといったところだしな』

 

『わたしには、おふたりのおっしゃることのすべてが理解できたわけではありませんが……アップル少尉もハイデン大尉も、きっと大変だったでしょうね。簡単にいえば、そうしたエリート家庭に生まれると親の期待に応えなくていけないというプレッシャーも物凄いということなのでしょうし……わたしの生まれ育ったメトシェラ星では、家族全員が健康で衣食住に満たされていれば、それが幸せという、ただ単純にそれだけのことでした。けれど、きっと文明が発達すると、それだけ人の幸福や悩みといったものも複雑になるものなのでしょう。わたしがここ本星へやって来るまでの間、本当に色々な人に助けられて来ました。そして、その人たちのために祈っているように、アップル少尉とハイデン大尉の幸福のためにも、今後とも必ずお祈りし続けることを約束しましょう』

 

 アレクサンドラ=ハイデンとメイフィールド=アップルはお互いに顔を見合わせると、一瞬呆気に取られたような顔をしていた。そして一瞬の間ののち、ふたりとも大笑いしていたわけであった。

 

 それは決して感じの悪い笑い方ではなく、不思議とあたたかみと優しさに溢れたものであったため――ゼンディラは特にそれほど気にしなかったが、彼は自分がそれ以上のものをふたりに与えたのだとは、この時もまったく気づかなかったのである。

 

(きっと、メトシェラでもっとも貧しい生活を送っている人々がここパルミラへやって来たら、もしかしたら生きたままアスラ神の統治しておられる天空の国へやって来たと、狂喜するくらいかもしれないな……)

 

「ねえ、ゼンディラ。また何か考えごと?」

 

 ゼンディラは、移動時間の長さに疲れたというわけではなかったが、パルミラの魂とも言える<石>に対して、今自分が考えているようなことを質問したら、彼(彼女)であればどう答えるだろうか――何かそんなことを同時に想像していたのであった。

 

「ああ、すみません。なんだかぼんやりして……」

 

「ここの第一研究施設はね、100パーセント完璧にというわけじゃないけど、それでも例の多幸成分についてはかなりのところシャットアウトしてる状態ではあるのよ。わたしも難しいことはわからないけど、何かそういうふうに空調管理がされてるのね。だから、地上階の研究員たちはもう少し別なんだけれど、特に地下の施設で働いてる人たちはぼんやりして仕事が疎かになってても、『パム的成分にやられてしまってつい……』なんていう言い訳は通用しないらしいわ」

 

「そうなんですか。それは、わたしも気をつけないといけないですね」

 

 ゼンディラが微苦笑しつつ、またどこか所在なげにぼんやりしだすのを見て――ティファナは内心で溜息を着いた。でも、せっかく初めてふたりきりになれたのだ。また別の機会に……などと思っていたら、他のESP能力者と一緒にゲームをするとか、何かまたそんなことになってしまうだけだろう。そう思い、ティファナは覚悟を決めた。

 

「ねえ、ゼンディラ。わたしを見て!」

 

 ああ、はい……というようにゼンディラが椅子に座ったまま振り返ると、そこには身長百三十センチばかりの、肩まであるブロンドの髪の少女が、彼のことを見返していた。惑星セレンティアの海の映像ほどその瞳は青味が濃くなかったが、それでも深い水色をした湖のように美しかった。

 

「ねえ、わたしのこと、どう思って?」

 

「どうって……というと、どう答えればいいでしょうか。可愛らしいお嬢さんとか、そういう意味ではないのでしょう?それとも、あなたは優しく親切ですとわたしが言ったとしても、本当に心からそう思っているにも関わらず、なんだか今のわたしがそう言ったのでは、まるきり心がこもってないようにしか聞こえないでしょうしね」

 

「ううん、いいのよ!わたしね――あなたに出会って大人になる決心をしたの。今まではね、そんな必要性感じなかったし、何よりラティエルが子供のままでいたがったし……馬鹿げて聞こえるかもしれないけど、ラエルはね、『ESP能力者は大人になると早死にする』って聞いたものだから、それでずっと子供のままでいようと心に決めたのだと思うわ。わたしもその影響を受けて……というか、無意識のうちにも互いに互いをそんなふうに縛りつけあって、大人にならないように大人にならないようにっていう願いを持ち続けてきたのだと思うの。でも、あなたの目に映るわたしは、どこからどう見ても恋愛対象にもならない小さな子供ですもの。でももう、そんなの嫌だなって思って」

 

「恋愛対象って……その、ティファナ。わたしは僧侶ですので、女性とも誰とも恋をしたりはしないのですよ。それは出身惑星であるメトシェラを出る前もそうでしたし、これからもずっとそうでしょう」

 

 とはいえ、ゼンディラの意識がティファナの今の言葉によってかなりのところしっかりしたものになったのは確かであった。もっと真面目な態度で対応しなければいけないと、そのように思考のほうが切り換わったのであろう。

 

「本当に?今まで一度も?」

 

「そうですね。どう言ったらいいか……わたしが育ったアストラシェス僧院という場所は、基本的に女人禁制なのです。ですから、そもそも恋をしようにも出会いというものがありません。そしてそんなふうにして二十五にも六にもなったとしたら――今さら禁を犯そうといったようにはまるで思えなくなるものですよ」

 

(何よりもわたしは神に、また僧としての生き方に忠実でありたい)とまでは、ゼンディラは言わなかった。やはり、人は相手の見たままの姿というものにある程度は惑わされるものである。ゼンディラは一応頭ではティファナが自分より十も年上であると理解していたが、それでもその受け答えのほうは十一くらいの子供に対するものでしかなかったのだから。

 

「でも、ここへやって来るまでだって、綺麗な女の人はいたでしょう?もしかしたら、向こうでも誘惑の眼差しをあなたに送ってきた人がいたかもしれないわ。そういう時でも、『もし自分が僧侶じゃなかったらな……』って、一度も考えなかった?」

 

「思いませんね。わたしがいつでも考えるのは……もっと別のことです。普通の状況であれば、わたしはあのまま母星のメトシェラで僧として一生を終えていたことでしょう。それなのに、何故今こうして長く旅をして来て、このパルミラという驚異の惑星まで辿り着くことになったのか――そのことを、ずっと考え続けています」

 

「そうね……おかしなこと言ってごめんなさい」

 

 ティファナは素直にあやまると、少しだけ恥かしそうに頬を染めていた。

 

「わたし、普段はこんなにおしゃべりじゃないし、人見知りだから、こんなふうに初対面の人と打ち解けて話したりすることもほとんどないくらいなの。だけどゼンディラ、あなたは別だわ。今、あなたの目にわたしは十一くらいの子供にしか見えない……そうでしょ?だから、この話はまた、わたしがもうちょっとして、大人の女性になったらまたするわね。そんなの、どうせもうすぐのことですもの」

 

「…………………」

 

 ゼンディラは一度黙り込んだ。彼は今も、本星エフェメラのESP機関の少女――ハリエット・ヴーレの言った言葉を覚えていた。ゼンディラ自身は今も、最初の滞在期間の予定である二か月後には本星へ戻るつもりであった。ゆえに、二か月したくらいでは、ティファナは今と様子のほうがあまり変わっているとは思えなかったのである。

 

「とりあえず、わたしのことはいいわ。それより、今はあなたのことよ、ゼンディラ。きっとあなたは何かやむをえない事情によって出身惑星を出て、長く旅をしてここまでやって来たのでしょう?あなたみたいな人、きっとこの宇宙中を探したって滅多にいやしないわ。それで、答えのほうはまだわからないままってことなの?」

 

「ええ……それに、そのこととは別に、何かが今わかりかけてる気がするんです。それが一体なんなのか……本当はわたしは最初、この惑星パルミラの例の石のことを聞いた時から、そのしゃべる石と出会えるのを楽しみにしていた気がします。けれど、今は少し考えが変わったのです。彼がわたしの一番知られたくない過去について知っているとわかってまごついたというより――今はもうこのまま会わずに本星のほうへ取って返しても、どうということもないのではないかという気がしてきました」

 

「そ、そう。そうなのね……でも、一度くらい会ってみたほうがよくはない?とりあえずあの石と出会っても損はないと思うというか……というより、超能力者の子供たちはみんなそうしてるわ」

 

「それで、みなさんどういったお話をされるのでしょうか?」

 

「ええと、そうね。それは人それぞれとは思うけど……わたしの場合はね、わたしより先にラティエルのほうがパルミラの石と話してたから、『君の双子のお兄さんはユニークだね』といったことに始まって……まあ、わたしたち双子の関係について、兄さんのほうが雄弁で能力があって表に出てくる感じだけれど、もし妹のわたしがいなかったらラエルは能力に目覚めるでもなく、平凡な人間として一生を終えたかもしれないとか、わたしがラエルがいないと生きていけないように見えて、実は彼のほうがわたしに依存してるんじゃないかとか……なかなか石なりに鋭い分析をしてたとは思うわね」

 

 ティファナはゼンディラの隣に座ると、彼の肩によりかかり、惑星セレンティアの海の漣に耳を澄ませた。

 

「何か、そうした鋭い分析が不快だったということは?」

 

「特にないかしら。ただ、あの石はわたしたちが詳しく自分たちの過去についてしゃべらなくても、すべて知っているのだということはこちらにもわかるわけよね。だから、人によってはそのこと自体が不快だし不愉快だという場合もあるんじゃないかしら。たとえば第四研究所の所長のシド・ローエンなんかがそうよ。わたしもよくは知らないけど、パルミラはきっと彼にとって欲しいのだろう幻視を見せたはずだわ。しかもパルミラにとってそれは……善意なのよね、基本的に。でもきっとローエン所長はそのことの何かが気に入らなかったのでしょう。だから、これもラティエルが言ってたことなんだけれど、なんというか『パルミラの主に対する排斥運動』というのかしら。まるで意味のないことだから、そんなことは起きないというただそれだけであって――あのしゃべる石にはもうどうにも我慢できんと、ローエン所長以外にも何人か思う人がいたとしたら、彼は小型核、あるいはナノ兵器でも分子爆弾でもいいんだけど、そんなものによって破壊されるか、あるいはあの緑の岩塊ごと採掘したものを宇宙ロケットにでも乗せて遠い宇宙の果てにまで運んだ可能性もあったんじゃないかって……」

 

「なるほど。それは確かに面白いというか、興味深い考え方ですね。でもわたしが想像するには、確かに意味はないに違いありませんね。パルミラの主の正体というのは、第三研究所のグルーシン博士の話によれば橄欖石ということでしたが、このパルミラという惑星それ自体が彼なんでしょうから、宇宙ロケットに乗せても惑星の別の石がまったく同じように『やあ。よくもやってくれたね』とでも挨拶するんでしょうし、そんなのは何かの爆弾でその石を破壊できたとしてもまったく同じなのではないでしょうか」

 

「そうよ!だから、ここパルミラが気に入らなかったら、気に入らない当人が出ていくしかないわけなんだけれど……大抵の人が訳ありの事情によってここへやって来るわけじゃない?それに、ここから出て行きたいなんていう人、本当の意味でいるのかしらとも思うしね」

 

「…………………」

 

 ここでゼンディラは再び沈黙した。アンドレ・ローゼンとセリーナ・ムーティはふたりともともに、死期が近いのでその時が来たら『列石される』つもりだと、そう言っていた。超能力者としては長命なレーゼン兄妹にしても、いつかは命果てる時がやって来るだろう。そしてその時、『列石される』ということに、本当になんの不安もないのかどうか――このことを、あまりにデリケートな問題であるとして、ゼンディラはアンドレとセリーナにはそれ以上詳しく聞くことが出来なかった。

 

「ああ、いいのよ、ゼンディラ!わかっているわ」

 

 ゼンディラはこの時、何気なく目を伏せ、それから再び瞳を開けた。それは、一日に何百回となくするだろう瞬きのひとつにしか過ぎなかったわけだが……彼は次の瞬間、驚きに目を見開いていた。

 

(ええと、確かこれはホログラムという映像技術であって、いくら本物そうに見えても今目の前にある事柄は本物ではないんだ……)

 

 どうにか理屈によってそう自分に言い聞かせようとしても、やはり人間は視覚――目に見えるものに騙されやすいということなのだろう。ゼンディラは部屋のすべてが突然にして宇宙空間に変わっても、(きっとこれもそうなんだ)と思い込もうとして、やはりそう出来なかった。

 

 星屑という星屑が浮かぶ銀河の中心に彼は立ち尽くしていたが、不思議とそこに恐怖はなく、むしろある種の親和性――自分もこの一部なのだとの――を直感的に感じるのみならず、(懐かしい)とすら感じている自分に、ゼンディラは驚きすら覚えた。すると、その宇宙の果てから「ゼンディラ、ゼンディラ……!」と彼を呼ぶ声が聴こえてきたのである。彼はその声をかつて昔どこかで聴いたことがあるのだが、それでいてどうしても相手のことを思い出せなかった。

 

「わたしよ、ゼンディラ……!」

 

 ハッとしてゼンディラが振り返ると、そこには彼の知らない金髪の長い髪の女性が裸で立っていた。裸、などと言っても長いブロンドが服のように体にまとわりついてはいたが、それでも彼女の存在はゼンディラを驚かせてあまりあった。とりあえず、彼の脳の記憶ファイルには、今目の前にいる女性のような存在はどこにもなかったからである。けれどそれでいて、(どこかで会ったことがある……!)との、郷愁にも似た思いが激しくこみ上げて来て――ゼンディラは強い動悸を覚えるほど戸惑ったわけであった。

 

「いいのよ、ゼンディラ。わたしたちはね、みんなもう一度出会うの。それがこの宇宙が導く運命なのよ。そしてここパルミラで『列石される』というのはまさに、そういうことだわ……!!」

 

 裸の女性に抱きつかれても、ゼンディラは特に抵抗するでもなく、彼女の抱擁を受けとめたままでいた。

 

「ねえ、ゼンディラ。宇宙の果ての彼方から聴こえてきて、この全宇宙を満たしているものの声が聴こえて?この宇宙のはじまりにも終わりにも、現在という今だって、この全宇宙を満たしているものは愛しかない……それはただ、愛でしかないのよ!ねえゼンディラ、あなたはそのことを信じられて……?」

 

 ゼンディラは謎の美女――だが、抱擁しているうちに彼も、彼女はティファナなのだとはっきりわかってはいた。そして、ティファナが次にある銀河の渦のひとつへそのまま浮遊するように移動してゆくと、そこでは目もくらむようなスターバーストののち、まずは太陽が誕生し、次にいくつもの惑星が形作られていった。

 

「ねえ、ゼンディラ。あれがわたしたちの守るべき惑星、パルミラよ……!!」

 

 宇宙塵(ダスト)やガスが周辺の物質を集めて次々と塊を作り――さらにその後、微惑星となったそれらが衝突・合体して集積してゆき、それが原始惑星パルミラとして形造られていく。そしてこの原始惑星パルミラの持つ重力が大きくなると、周辺の隕石や隕鉄をさらに引き寄せ、それらは次々とパルミラへ衝突していった。

 

 これが「隕石の重爆撃期」と呼ばれる時期であり、この重爆撃によってもたらされた巨大な衝突エネルギーは、熱エネルギーに変換され、原始惑星パルミラの温度はどんどん上昇していった。こうしてパルミラの表面はどろどろに溶けはじめ、液体のマグマとなっていく。このマグマオーシャンの海にパルミラが覆われた時、もっとも重い隕鉄は、中心部に沈んでいって核をつくり……そして、ティファナはこれよりも以前、原始惑星パルミラに引き寄せられた隕石のひとつひとつを指差していたのである。

 

「あの中にね、そもそものちの惑星パルミラを覆うことになる、不思議な鉱物の多くが内部に秘められていたの。原始惑星パルミラの核ができてのち、核の周囲はのちにマントルとなるかんらん石に――つまり、第一研究所のある山の中腹と、標高的にはそんなに変わらない場所にある洞窟の、ずっと奥にいるパルミラの魂と、物質的には同じものとなっていったということらしいわ。石学者の先生たちのお話によるとね。とにかく、惑星パルミラに多種多様な鉱石が見られるのは、最初に衝突した隕石にそもそもその素となるものがたくさん含まれていたという、そうしたことらしいの」

 

「なるほど……」

 

 ありえないことではあったが、こののちゼンディラはティファナと一緒に宇宙空間から吸い込まれるようにして、惑星パルミラへ降下していった。成層圏を抜けるという時にも、一切なんの空気抵抗も感じず、彼らは誕生後11億年も時の流れたパルミラの地上へ降り立っていたのである。

 

 そこは、人間の肉体の視覚によってでは、眩しくて目を見開いていられないほどの光の乱反射で満ちていたと言ってよい。海も地上のあらゆる場所で輝く鉱石類も――強い太陽の陽射しを反射して眩いばかりに光り輝いている。きっと、今の精神体・霊体のような姿でなかったとしたら、ゼンディラもティファナも目がちかちかして仕方なかったことだろう。だが無論、今のふたりにそんな事態は起きない。

 

 その後、ふたりは海の中から節足動物や両生類といった、そもそも海の中でもなんらかの鉱物類に養われたせいで、どこか宝石的な輝きを帯びた生物が陸へ上がっていくのを見た。きらめく海辺は、ダイヤモンドのように透明な酸素石や、光合成をするトパーズのような輝きを帯びた鉱石類で満ちている。そして、浜辺の先の密林の樹木類もまた――エメラルド・グリーンやダーク・グリーン、コバルト・グリーンやマラカイト・グリーンといった、さまざまな光り輝く色の緑によって満ち満ちている。

 

(これはもう……この惑星の自然自体がそもそも神であるとしか思えない……!!)

 

 その目もくらむような美しさにゼンディラが陶然としかけていると、ティファナが遥か彼方にある、今は何も見えない空間のほうを指で指し示した。すると、さらにあっという間に凝縮した時が流れ、ふたりはある大きな――おそらく五千メートルはあるであろう山が噴火している姿を見た。

 

「あれはもしかして……」

 

「そうよ。今、わたしたちの住む第一研究所があるパルミシア山脈が、ずっと昔に噴火したところ。といっても、あの山が噴火したのなんて一度や二度じゃないし、今だってね、噴火したらわたしたちの居住区だって崩れて失くなっちゃうでしょうしね」

 

「では、何故そんな危険とわかってる場所に、あのように大きな研究所を造ったのですか……?」

 

 あれほどの科学技術を持った人々が、まず真っ先にそのことに気づかぬはずがない――そう思い、ゼンディラはそんな素朴な疑問を口にした。

 

「まあ、まず石の採掘をするのに便利だったことと……他に、パルミラの魂の口約束があったというのがあるわね。たとえば、やむなく噴火する時には前もって知らせるが、だが、まずそんなことは起きないようわたしが山のエネルギーをコントロールしようっていうことなんかをね。科学的な意味じゃ、なんの保証にもならないことだと思うんだけど、彼らは不確かな神さまの言葉でも信じるみたいに、あの石の言うことを信じたというわけなの」

 

 ゼンディラは、本来であれば体中の毛穴という毛穴から汗が噴き出、すぐ倒れていておかしくない環境下であるにも関わらず、具合ひとつ悪くなるでもなく――ティファナに導かれ、再び時と空間を越えた。

 

 惑星パルミラでは、その後様々な生物が進化していき、最終的に現在のような形に落ち着いていったわけだが、それらの惑星の進化の過程をゼンディラは一跳びの間に……あるいは瞬きをする間の一瞬に見た。そして驚いたことには、ティファナは過去へ遡ったのみならず、今度は未来へと一挙に跳躍していたのである!

 

 そこでは、驚いたことにゼンディラ自身が、他の何人ものESP能力者の少年・少女たちと、何かを待ち受けるようにパルミラの天空をじっと見つめているところだった。やがて、何隻もの戦艦(バトルシップ)がその艦影を見せはじめると、能力に目覚めている彼は――いとも簡単に強い重力を何隻もの戦艦にかけてゆき、それらをあるものは砂漠に、あるものは広い野原へと順に墜落させてゆく。そして、その前に大型戦艦から発射された無数のミサイルを……ラティエルが、ナーサが、アンドレが、セリーナが――また、この超能力者の中に、何故かメルヴィル=メイウェザーの姿まであった――こちらも生物が逃げ去った場所へ軌道を逸らし、次々爆破させていったのだった。

 

 大型戦艦には無論、数千を越える人々が乗艦していたが、テレポート能力のある超能力者がすでに乗り込んでおり、出来る限り多くの兵員らを救いだしてもいた。だがそれでも……ゼンディラはショックだった。いつかの未来、自分は再び例の能力を使い、人殺しになる運命なのかと思うと、そのことが……。

 

 そして、この時に受けたショックが、それ以上のこの時と空間を越える旅路を、ゼンディラの精神に続けさせなかった。彼は第一研究所の地下4階、第47区画にある自分の部屋へ戻ってくると、ビクッとするような震えとともに目を覚ましていたのである。

 

「ゼンディラ、あなた大丈夫……?」

 

「ええ……今見た幻は一体……?」

 

 繊細なゼンディラが思った以上に動揺しているのを見て、ティファナは彼に慰めの言葉をかけた。

 

「今のは、あくまでも確定していない未来のひとつのヴィジョンに過ぎないわ。だから、絶対にそうなるのだなんて決して思わないで……!」

 

 ティファナは再び、十一歳くらいの少女の姿に戻っていた。そして彼女は、ゼンディラのことを抱きしめて言った。

 

「ただ、わたしたちとパルミラの魂との間で、そんなふうに約束がしてあるってだけなの。これは、第一研究所の研究員たちも、ESP部門のメイウェザー長官ですらも知らないことよ。寿命のきたESP能力者たちは、今だって何人もすでに列石されて眠ってるわ。まあ、いわゆる仮死状態ということよね。そして、アンドレもセリーナも、能力者の中では長命と言われるわたしやラティエルだって、いつかは当然そうなるわ。けれど、そんなふうに列石されたESP能力者の子たちは全員――再び目覚めるの。いつか、この惑星パルミラに危機が迫って来た時のためにね」

 

「それは、いつか高位惑星系……いえ、はっきり言えば本星でクーデターが起きたりすることで、銀河系全体の秩序が乱れ、戦争状態へと陥り、このパルミラへも何かしたらの勢力が攻め込んでくるだろうということですか?」

 

「そうよ。ただ、結局のところどのシナリオが今の時点で有力かという差はあるにせよ、それはいつか間違いなく起きることなの。わたしたちの中で今一番予知能力に優れているのはハリエットだけれど、それでも早くてそれは数千年後には間違いなく起きるだろうということだったわ」

 

(もっとも彼女は、もっと色んなことを予知しているらしいのに、わたしたちを怖がらせないためかどうか、そのすべてを決して話そうとはしないのだけれど……)

 

「数千年後……?馬鹿な。その頃には誰しも死して朽ち果てているはずでは……」

 

 ここでゼンディラはハッとした。列石されるということが仮死状態になるということであれば、それはつまり例のコールドスリープ装置に入るのと同じことなのだろうかと思ったのだ。

 

「それは少し違うわね」

 

 ティファナはゼンディラの言いたいことを先読みして答えた。

 

「そもそも、コールドスリープ装置は、必ず死ぬ前に入らなきゃ意味のないものでしょ?それに解凍してみたら目覚めなかったとか、目覚めたけれど植物状態だったとか、意識障害の出る可能性だってゼロではないわけ。でも、パルミラの魂の用意した宝石のような棺は違うわ。死んだあとでも、死に至る原因となった細胞を修復したりして、生き返ろうと思えばそうすることが出来る……ただ、これもわたしたちとパルミラの魂の間の秘密よ。そんなことまであの石には出来るんだっていうことがわかったら、研究者たちの間に狂気じみた衝撃が走るでしょうからね」

 

「でも、そのままの状態で数千年後までも生き続け、甦ることが出来るのだとしたら……」

 

(それこそ狂気だ)

 

 そうとしか、やはりゼンディラには思えなかった。この時、ティファナはそんな、心の感覚の追いついていないゼンディラを愛おしむように彼の長い髪に触れ、それから額に優しくキスした。

 

「とにかく、一度あの石に会ってみることよ。そしたらきっと、あなたのほうでも色々意識のほうが変わってくるでしょうし……」

 

「そうですね。確かに、そうしてみる必要がありそうだ」

 

 そう言って、ゼンディラは疲れたような溜息を着いた。ティファナは彼ともう少し一緒にいたかったが、ゼンディラがひとりになって休むか、考えごとがしたいらしいと察し、一度退室することにしたわけである。

 

「他に、何か知りたいことがあったら、なんでも聞いてね、ゼンディラ……」

 

 ティファナがキスしたかったのは、今したような額に対するものではなく、彼の唇にであったが、自分が成熟した女性の体になるのはもう少し時間がかかるとわかっているため、自重したのであった。(彼が十分自分の能力に目覚めていたら、今のわたしの姿のままでも関係なく愛してくれたでしょうけど……わたしたちの間にはまだ時間が必要なんだわ)と、そう思ったのである。

 

 ゼンディラはティファナが部屋から出ていくと、少し休むことにした。何故だかいつも以上に体がだるく、重かった。それがティファナと一緒に時間と空間を一気に飛び越えて旅したせいなのかどうかはわからない。ただ、ゼンディラの精神はある意味で喜びに目覚めてもいたのである。

 

 これから数千年後に何が起きるのかは、今の段階のゼンディラには予測できない未来でしかない。ただ、ティファナが見せてくれた最初のあの宇宙――そして、宇宙のはじまりにも終わりにも今現在にも愛しかないというティファナの言葉に、彼は何よりも心を癒されていた。何故なら、それこそが彼にとっては<神>という存在のいる不動の証拠に他ならないものだったから!

 

 そしてこの瞬間、ゼンディラはゾシマ長老の言っていた言葉が脳裏に閃き驚いた。『宇宙の大海原を人が旅するという時……その恐るべき果てしない光景を前に、人は畏怖さえ覚える。そしてその畏怖という感情はちょうど、神に対する恐れの感情によく似ている。ゼンディラ、君もいつか、ここ惑星メトシェラを出て、宇宙船で旅することがあるかもしれない。その時、私が今言った言葉の意味をどうか思い出しておくれ』――そう、普通に考えた場合、宇宙空間とはすべての生物と敵対してでもいるように、人間が生存するのにまったく適していない環境なはずである。けれど、そのはじまりも終わりも今現在も、そこが神の愛に満ちた空間であると、ゼンディラは理屈ではなくただ感覚として理解することが出来たのである。

 

(そうだ……わたしは、ここまで旅してくるまでの間も――人々から色々なことを聞いた。みな、いい人ばかりではあったが、わたしが辺境惑星の僧侶であることがわかると、どのような偽善的な方法によって今も神を信じていられるのかを知りたがったものだ。中には、人が神を信じようとするのは、脳がそのように配線されているからだということを、脳の構造からはじめて説明した科学者まであったというのに……それでも、わたしの神に対する信仰は揺るがなかった。けれど、ここ惑星パルミラへやって来てみて初めて、あることが疑問になったのだ。わたしはずっと、神とは――愛と善に満ちた存在であると信じてきた。アスラ神は聖典の中でこう言っている……宇宙の神ソステヌは、人生の不条理すらも超えた神であると。けれど、実はそうした前提自体が間違っていたのではないかと、そう思った。神が愛と善に満ちているというのは、あくまで人間がそう思いたがっているだけであって、真実本当の、この全宇宙の神というのは――愛でも善でもないかわりに、悪も憎悪も持たない、そうした人間の理解できない、人智を越えた存在なのではないかと……)

 

 だが、そうしたゼンディラの心の奥底に芽生えていた疑念は去った。無論、それがいつになるのかははっきりわからないとはいえ――ゼンディラは<神>ではないが、その神にも近いといえる<石>と会うつもりでいる。そして、<石>自身は自分という物質の外側に神がいて、それが自分に意識を与えたのだと自覚しているのかどうか、石もそのような信仰を持ちうるのかどうか……また、人間が造物主なるものの存在を信じていることをどう思うかについて、質問してみようと思ったのである。

 

 そしてこの日、ゼンディラはそこまで気持ちの整理がつくと、その後はすっかり安らかな気持ちに満たされ、故郷のアストラシェス僧院の<祈りと瞑想の間>とまったく同じ暗闇の中――深い眠りへと落ちていった。

 

 

 >>続く。

 

 

 


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