かなり遅れてですけど、『東京リベンジャーズ』を読みました♪
超話題作として、色んな方が「面白い、おもしろい」と言ってるので面白いんだろうなあ……と思いつつ、連載が完結したら読もうかな、なんてぼんやり思ってたんですよね(笑)
読んだきっかけはまあ、電子書籍サイトで1巻が無料だったことと、萩尾先生が百億千億の完全版の「SF100の質問」にて、>>「最近『東京リベンジャーズ』を読ましたが、見事なタイムスリップものですね」とおっしゃっていたのが頭に残ってたからだと思います
ちょっと今回、あんまし前文に文字数使えないので、『東リベ』の感想というか、読んで思ったことについては次回の最終回の前文に回したいと思うのですが……とにかくすごーく面白かったです
わたし、『新宿スワン』とか、他の作品読んだことないんですけど、なんていうかこう、もっと硬派な感じのリアル系ヤンキー漫画なのかな……とか思ってたんですよね。絵柄的に。
ところが、途中から絵柄が変わってきて、萌えヤンキーキャラによる喧嘩バトル漫画というか、そんな雰囲気に変わってきて、連載週間マガジンなんですけど、割とジャ○プ系漫画の超ヒット作のいくつかが脳裏に思い浮かぶ感じだったかもしれません
もちろん、好きな女の子の死を食い止めるためにタイムリープするといったお話らしいのは知ってたのですが、最初想像してたのとはいい意味で全然違ったというのと、こちらもいい意味で予想を裏切られる面白さだったと思います
久しぶりに一気読みするくらい面白い漫画に出会えて、読んでる間幸福物質が脳からどばどば☆出ていたと思うのですが(笑)、物語のほう、かなり佳境に差し掛かってると思うものの……まあ、終わるまでもう数巻はかかるだろうな~というのが、続き気になるだけにちょっと悲しいところです(もうちょっとだけ待てば良かったのに~!という意味で)
なんにしても、これ以上書くと長くなりそうなので、感想その他については次回に回したいと思います♪
それではまた~!!
P.S.前回の【29】と今回の【30】はもともと一繋がりの章で、変なところで切ってしまったため、↓にて突然石がしゃべりだしてる感じなんですけど……文章的に繋がってる状態の時はそんな変でもなかったのに……と思ったり(^^;)
惑星パルミラ。-【30】-
『やあ、ゼンディラくん。わたしは君の目に少々まぶしすぎるかね?』
「え、ええ……あまりに急なことだったものですから、眼鏡もコンタクトも忘れてきてしまったのです」
ゼンディラは石に話しかけられても、あまり驚きもせず、そう返答していた。そうなのである――これもマイケル・クローリーの言っていたとおり、『この惑星の生物たちはどれも、もう少し何かをどうかしたらしゃべりだしそうに思える』……それが何故なのかも、ゼンディラはずっとわかる気がしていた。また、石が脳に直接話しかけてくるとも聞いていたが、ゼンディラの今の感覚としては少し違ったかもしれない。頭の中に直接何かの声が響いてくるというのではなく、この緑の岩塊には口などどこにも見当たらないのに、どこかに口に近いものがあって、そこから人間の音声が発されている、何かそうした印象だった。しかも、この緑の石の塊は、この全宇宙中にほとんど知られてすらいない、シェフェラー語で話しかけてきたのである!
『いやあ、ゼンディラくん。驚くには及ばないよ。わたしは君がわたしの惑星に足の裏をつけたその瞬間から……君の思考を読み取るべく、努力を重ねてきたからね。ええと、例の、今の第五施設長のリー・シャトナー博士や第四施設長のシド・ローエン、あるいは第三施設長のカミル・グルーシンあたりが言ういわゆる「バベル問題」というやつだね。そんなもの、そもそもわたしにはなんの意味もなさないのだよ。それにゼンディラくん、君は知ってるかね?今はなき、彼らの愛しき故郷の地球では、英語なるものが一番広く使われた言語だったそうだが……そして、その言語は今も使われてはいるものの、地球が滅んだ頃の人類が今もまだ生きていて、英語を惑星第一言語としている星の住人と会話しても、まるで言葉が通じないだろうという話なんだ。もちろん、じっくり話したり、わからなかったところはさらに細かく議論したりすれば、ある程度、大体のところ意味は通じはするだろう。だが、わたしの聞いた話では、言語といったものは軽く四百年も経ってしまうと、同じ言語体系を持つものが少しずつ変遷してしまって、やがて同じ言葉のはずのものが、話し言葉としても書き言葉の文章としても通じあわなくなってしまうということだったね』
「そうですか……でもまあ、よく考えてみると、わたしの故郷の惑星でも、いわゆる田舎の方言というのでしょうか。それは同じシェフェーラー語と呼ばれるものでも、都会の方と田舎の方が同じ言語でしゃべっても、まったく通じないことがありますから……そうしたことにも通じる問題なのかもしれませんね」
(確かに、これは石なのにとてもおしゃべりだ……)
ゼンディラは、ラティエルが言っていたことを思い出して、何故だかおかしくなった。彼はもしやこの惑星パルミラの石こそが、<神>、あるいは神にも近い存在なのではないかと、ある意味心のどこかで期待していたところがある。だが、実際に出会った物質としては橄欖石だというパルミラの魂は、どこからどう見ても神とは思えなかった。そして、ゼンディラはそのことにがっかりするというよりも、心のどこかでほっとしている自分に気づき、そんな自分のこともおかしかったのである。
『ゼンディラ、実はわたしは君が神なのではないかと思い、少しばかり恐れを持ってここへ迎えたのだよ』
「わたしが神……?そんなはず、あるはずがないでしょう。むしろ、あなたのほうがわたし如き人間よりも、遥かに神に近い存在なのではないですか?というより、ここ惑星においてはあなたこそ神だ。そうでしょう?」
『いや、わたしはあなたがわたしを救ってくれるのではないかと……そのことにすべての望みを……今もかけていると言ってもいい』
ゼンディラはこの時、石から悲しみと涙の気配を感じて当惑した。というのも、このパルミラの魂と呼ばれる存在を、ゼンディラは善良なのだろうと想像してはいたものの――最後の最後のところではかりかねていた。ある程度善良であるかのように見せかけているものの、自分や自分の惑星の存続のためには、なりふり構わずありとあらゆる存在を利用する、邪悪な側面も持ち合わせている可能性もゼロではない……そう想定していたからだ。
『悲しいよ、ゼンディラ。君までわたしのことをそんなふうに……疑ってかかるだなんて……そうとも。わたしはこの惑星が誕生して以降、ずっとこの惑星のために奉仕してきた。そして、わたしはそのことにとても満足していたんだ。石学者どもはわたしにしつこく、この惑星がどんなふうに誕生したか教えろと言ってきたが……ゼンディラ、君は自分が赤ん坊だった頃のことや、赤ん坊として生まれる前のことなんて、何か覚えているかね?当然、覚えてなどいないだろう?わたしだって同じさ。だが、気づくとわたしは君たちの言う鉱物生命体として存在していて、「何をどうすればいいか」、「何をどうすべきか」すべてわかっていたんだ。わたしが誕生して間もない頃、まだ海にはなんの生命も誕生してはいなかった。だが、そこからわたしが特に何もしなくても、自然と生命が次々誕生していき……わたしは今というこの瞬間に至るまで、この惑星全体のすべての命あるもののことを気にかけ、心を配り、力を尽くして愛してきたつもりだ。それなのに……おまえたち人間がわたしの惑星に上陸してきて以来、何かが恐ろしく変わっていってしまったんだ……』
「その……もしよろしければ、順に話していってくださいませんか?」
ゼンディラは無論、この石が泣き落としによって自分を操ろうとしている可能性もゼロではないと思いはしたが、だが、この石を擬人化して考えた場合――人として、いや、石としてその言うことを信頼できるように感じてはいたのである。
ゼンディラがふと後ろを振り返ってみると、ビッグリスもジャンボうさぎも、美味しい鉱物のご褒美をしゃぶりつくし、それぞれ腹を見せてだらしなく眠っているところだった。
(彼は……もしかしたらとても孤独なのかもしれない。これほど惑星のために力の限り心配りをしても……普通、子供なら成長したあと、親に育ててもらったことを感謝もしよう。だが、そこまで知性の発達した生物のいないここパルミラでは、彼は誰に感謝されるでもなく恩返しされることもなく……ただ、ここの生物たちは当たり前のように彼から愛情という名の乳を奪っていく――実は、そうした側面もあるということなのではないか?)
『嬉しいよ、ゼンディラ……!わたしはね、きっと君なら、今までここを訪れた誰より、きっとわたしのことを理解してくれるに違いないと、ずっとそう期待していた。だから、そう期待するあまり、気後れして君に話しかけるのがすっかり遅くなってしまったくらいさ。まるで、恥かしがりのジャンボうさぎみたいにね』
ふと気づくと、ゼンディラの後ろには、座るのにちょうどいいような石の背もたれつきの椅子が用意してあった。遠慮なくそこに座らせてもらうと……それは石のように冷たくもなく、ありえないことのように思われるが、適度に柔らかみを腰のあたりに伝えてもきたのである。
「ありがとうございます。あなたは本当に……色々なことがわかってしまうんですね。おそらくは、その生来与えられた優しい性格のゆえに……誰に何が必要で、あるいは何が不足しているのか、過不足なく補ってあげることが出来る。ラティエルなどはあなたのことを評して、お節介と言っていた気がしますが、わたしはあまりそう思いません。あなたはこの惑星に存在するものすべてを幸福にしたい――ただそれだけではないかと思います。そしてそれの何が悪いのかと言われると、わたしも答える言葉を失いますが……おそらく、ここの、あなたの惑星に最初からいる生物たちはそれでいいのでしょう。けれど、今現在、あるいはずっと以前に、この惑星に別の星の異星人たちが居住するのを許してしまったことで、だんだん、優しいあなたが困るような事態が起きてきた……もし外れていたら、はっきりそうおっしゃってください。そして、もしわたしなどで少しでもあなたのお力になれることがあれば、協力できる範囲内でなんでもしたいとは思います」
『そうだね。確かに、君たち人間が名づけてくれた、ここパルミラ由来の生物のことでは、わたしは一切何も悩まない。ラティエルが第一研究所の所長になるずっと前、そこの一番偉いと言って威張ってるような研究員どもは、あの馬鹿みたいに大きなリスやうさぎに、ちっとはましな脳味噌を詰めてやっちゃどうだい?なんてしつこく言ってきたものだった。あんなふうに図体ばかりでかくて脳味噌がおそまつなんじゃ可哀想だと言うんだね。だが、わたしは言い返してやったよ。ビッグリスやジャンボうさぎの頭が賢くなったがどうした、君たち人間並みの知性を彼らが手に入れようが、それは君たち人間みたいに悩みや苦しみや悲しみが大きくなるだけのことなんじゃないかね……そんなことに一体どんな意味があるのか?とね。彼らは口ごもっていたが、やがてこんなことを言いだした。ここから少し離れたところに(少しなんて言っても、軽く2億3千キロメートルは離れているとか言ってたかな)、惑星プロメテウスと我々が仮称として名づけた惑星がある。太陽ソニアやソラリスともそんなに離れておらず、かといってそんなに近くもないという意味で、我々が植民星とするのに実に手ごろな惑星だということだった。『ふう~ん。それで?』とわたしは聞いた。そしたら、彼らはなんとも驚くべきことを言うじゃないか。そこを第二のパルミラとすべく、ある実験をするのはどうだろうと、こう言うのだね。そして、その計画とは……ここパルミラの鉱物や生物のDNAをコピーしたものをプロメテウスへ送りこみ、彼らの進化の極限を見てみようじゃないかと、こう言うのだ。だが、彼らはわたしの許可なしには、そんなプロジェクトを実行には移さないとも約束してくれた。わたしはそんな計画は嫌だと言った。わたしの可愛い鉱物や、この惑星の生物たちが……わたしの手の届かないところで、もしかして苦しんだり悩んだりするかもしれない。そんなことは到底耐えられないと、あいつらにはそう言ってやった。ううっ……』
半ば頭痛に悩まされているような呻きと、あるいは深い悩みからくる涙を石が流しているような気がして――ゼンディラはこの石のことが心底気の毒になった。何か、自分に取り入ろうとして演技しているとか、そうした勘繰りのようなものは、ゼンディラはすでに一切捨てていたと言ってよい。
「それは……確かにおつらいことでしょうね。では、そんな計画を第一研究所の人たちは必ず実行してやろうと、今も虎視眈々と狙っているということなのですか?もし、そのことがあなたにとって一番のお悩みであるということでしたら……第一研究所へ戻った時にでも、そのあたりのことを探ってみることは可能と思いますが……」
『いや、違う。そのことはとりあえず今はいいのだ。何より、あのESP能力者の小憎らしい小僧のラティエルが、間違いなくその<第二のパルミラ計画>とやらは凍結されているし、自分が第一研究所の所長である間は実行に移されることはないとも約束してくれたからね。まったくあの鬼っ子は、憎まれ口ばかり叩くが、性根のほうはまったく純粋な可愛い子供だよ。ああいう子なら、わたしは喜んで自分の石の精神世界の中へ迎えてもいいね。けどあの子は、ここパルミシア山で列石されるより、人工の氷の棺のほうがいいんだって言うんだよ。まったく変わった子供さ』
ここで、ゼンディラは、ティファナが見せてくれた未来のヴィジョンとの矛盾を発見したかもしれない。もちろん、本星でコールドスリープされていたのが解凍され、未来の惑星パルミラの危機に駆けつけた――そんなこともありえなくはない。だがやはり、より自然なのはラティエルもまた、他のESP能力者たちとここパルミラで列石されて眠りに就いたということのほうに違いない。
「その、あなたのおっしゃる石の精神世界のことなのですが……わたしがここへやって来るまでの間も、いわゆる列石された人々というのですか?そうした人々の姿をいくつもお見かけしました。彼らは今、一体どこでどのように過ごしておられるのでしょう?」
『そうだね……証明することは難しいが、大体のところ生きていた頃と変わりなく、それでいて生きていた頃よりも満足度の高い世界で暮らしていると言えるのではないかと思うよ。ただ、わたしはもしかしたらこんなことをすべきでなかったと……あの天使小僧ラティエルがわたしをお節介野郎、このお節介石め!とからかうことがあるように、彼らを幸せにしてあげたいと思ってしまったがゆえに――自分の能力を超えることに範囲を広げてしまって、それで無駄に労することになったのではないかと……その後、とても悩むことに……ううっ』
ゼンディラは再び、パルミラの魂から偏頭痛の波動、それに微かな涙の気配を感じて当惑した。石でも頭痛に悩まされることがあるとは思えないが、それでも彼が何かのことで――彼ほどの偉大な存在でも、頭を悩ませることがあるのだとわかって――心の底からの同情を禁じえなかったのである。
「その……今、あなたの支配されている世界は、この地上のパルミラの他に、あなたにとって異星人である人間たちの心か魂かわかりませんが、そうした精神世界のふたつがあるということなんでしょう?わたしには詳しいことはわかりませんが、この地上のパルミラには今くらいの人口、人間が存在していてもあまり問題ないということで間違いありませんか?いえ、わたしにははっきりおっしゃってくださって大丈夫です。もうこの惑星パルミラの地表に人間がいること自体我慢ならないということであれば、そうしたことでも……」
『ありがとう、ゼンディラ。そうだね。わたしもエフェメラみたいに七十億も人間がここパルミラにいると想像した場合、少し具合が悪いかもしれないね……何故なら、わたしの石としての力には限界があるからだ。そしてわたしは完璧主義者なのだよ、ゼンディラ。わたしが支配しているこの惑星においては、すべての存在に100パーセントか、それに近いくらい幸せでいて欲しい……それがわたしの望みだ、心からの。だが、七十億もあんなに複雑怪奇な人間という存在がここパルミラを占拠しだしたら、わたしもきっとパニックになってしまうだろうな。そして、ある一部の人間しか100パーセントに近いくらい幸せに出来なかったり、幸せに出来る度合いにもそれぞれ違いが出てきてしまうとしたら、そんなの不平等だし、わたしにとっても非常に気持ち悪いことだ。それに、パルミラにもともといた生物たちを彼らが大切にするかどうかというのも非常に疑問だね。わたしはそうした弱いものいじめするような連中を許すことが出来ないし……そうそう。ここパルミラにわたしの可愛い鉱物たちを盗掘にきたあの汚らしい連中、そんな奴らは全員、問答無用でブッ殺してやった。まったくもって忌々しい連中で、岩と岩の間ですり潰してやったあとは、地震を起こして地中に沈めてやったものさ。まったくせいせいしたね。そしてそのことを、今もまったく後悔してない』
(でも、そんなことを言ったらわたしだって人殺しの、そうした忌々しい人間のひとりと、何も変わりなどありはしない……)
そう思いかけたゼンディラの思考を、この賢い石は読み取ったようだった。
『わたしはそんなふうには思わないよ、ゼンディラ。君は……ここパルミラを訪れたどんな人間より清らかで純粋な人間性に満ちている。もしやあなたこそが人間が<神>と呼ぶ存在なのではないかとわたしが思ったくらいね。ここへやって来る多くの人間が、「あなたはここの惑星の神にも等しい存在だが、自分の惑星の外に広がる宇宙に自分を創った神が存在すると思うか」と、耳にタコが出来るくらい聞いてきたものだ。もちろん、わたしの石の耳のあたりにそれでタコがくっついたとか、そんな事実はないよ……ああ、なんてくだらないジョークだろう!わたしももう歳だな。とにかく、わたしは自分の惑星の外に広がる宇宙については関心がないのだよ。というより、君たち人間がわたしの元へやって来て、ここパルミラの外の宇宙はあーなってるとかこーなってるとか、色々興味深いことを教えてはくれたが、わたし自身の関心は、基本的に自分の惑星の中のことにしかない。ある研究者の言い種によれば、「宇宙を創った神が、あなたのことはあなたのことで、そのような性格を形作ったのかもしれないね」という、そうしたことらしい。第三研究所のグルーシンの奴なんか、いつかわたしという惑星にも終わりがやって来るとか言ったよね。それで、最後はふたつの太陽のどちらかに吸い込まれるようにして消えてなくなるとかなんとか……わたしはね、ゼンディラ。あいつがそう言って欲しそうに見えたから、ちょっとふてくされたような振りをして、「そんなことはその時になってみないとわからない」と答えてやったよ。わたしはね――自分が惑星として年を取って滅びることなんか、なんとも思やしないのだよ。だがね、わたしが惑星として衰えると、地上で今生きている生物たちはどうなる?可愛い子供のような鉱石たちは?わたしはそんなことだけがまったくもって心配だね。わたしには、君たち人間のいう<神>とかいう概念自体、今に至るまで自分で思いついたことはない。だが、君たちから色々学んだことで、そんなわたしをも含めた全宇宙を創造したという<神>とかいう存在がいるかもしれないし、いないかもしれないとかいう。わたしは聞き返してやったよ。「いるのかいないのか、どっちなのかはっきりしてくれないか」とね。そしたら彼らはいつでも口ごもって、決まり悪そうに小声になっていくんだ……とにかく、あの科学者とか呼ばれる連中はみんなそうだ。「自分も昔は無神論者だった。だが、君という神秘的な石の存在を前に、少し考えを変えるべきかどうか、悩んでいる」とかなんとか、歯の間にものでも挟まったような言い方をするんだね』
この時、ゼンディラは胸の奥に少しばかり衝撃を覚えたかもしれない。彼(彼女)は、自分の惑星のことで忙しく、自分の外に自分を創った<神>なる存在がいるかどうかについては――思いついたことさえないということだったからである。
だが、それ以前にゼンディラは、この緑の石の語った言葉に深く感動していた。というのも、自分が滅びることなどどうでもいいが、自分の惑星上に生きる生物や鉱物たちが一体どうなるか……その自己犠牲と献身、愛の思いには、深く打たれるものがあった。そして、事実、そのような者こそが己を<神>と自覚しない神なのではないかとさえ――ゼンディラは思ったわけである。
「そういえば……どうして、第三研究所のグルーシン博士の大切にしている<闇石>をわたしに貸し出すよう彼におっしゃったのですか?石であれば、彼のものでなくても、他にいくらでもここパルミラには満ちているのに……」
『そんなことは決まっているよ、ゼンディラ。君のための石は、そこらへんにいくらでもあるどんな石でもいいとは――わたしにはとても思えなかったからね。かといって、どの石がいいかと考えれば考えるほどわからなくなって……だから、グルーシンの奴に<ナイト・フェスティバル>の間、君の石をゼンディラに貸し与えてくれと頼んだわけだ。あの北欧での<夜>の間、君たち人間は少々はめを外しすぎるようだから、<闇石>の存在の眼を通して君を守りたいという気持ちもあったし……』
ここで、緑の石は言葉を途切らせた。ゼンディラの心のもっともデリケートな部分に触れたことを、彼は申し訳なく思っているようですらあった。
「先に、あることをひとつ、明確にしておきましょう」
ゼンディラはこの時、このパルミラの魂は善良で、愛に満ちた存在なのだとはっきり確信することが出来た。それで、顔に優しげな微笑すら浮かべて、こう緑の石に提案したのだった。
「わたしは、あなたに借りがあるように感じています。もちろん、優しいあなたは、わたしがあなたに恩義に感じねばならないことなどひとつもないと、そうおっしゃるかもしれません。けれど、わたしの側の感じ方としては違うのです。わたしはずっと、自分の故郷の惑星を出ることになったあの忌まわしい出来事を……心から悔恨し、恥じてきました。人から優しくされるたび、『ああ、この人はわたしが本当は人殺しだと知らないから優しくしてくれるのだろう』と思い、罪悪感を覚えることもよくありましたが……つまり、いつでも心の中に色々な形で葛藤が生じるのです。いくら良いことをしても、これからもわたしが人殺しであるという事実が消えてなくなることはありません。けれど、あなたが<闇石>を通して見せてくれたあの幻視によって――わたしは心を救われる思いがしました。本当は、救われたりしてはいけないとわかってはいても……理屈ではないのです。あのあと、わたしの心が軽くなったということだけは、間違いなく本当のことなのですから」
『…………………』
この瞬間、緑の石は言葉を失った。『あれはどう考えてもあいつが悪いのではないかね』とか、『ゼンディラ、君は何ひとつとして悪くないのだから、罪の意識を感じること自体間違っている』など、石として想像してみるだに、安っぽい言葉しか浮かんでこなかったからである。
「ですから、あなたがこの惑星にいるすべての存在を幸福にしたいと考え、感じるように……わたしも、もしわたしにそれが少しでも可能であるのならば、あなたの幸福のために尽力したいと思うのです。そうした観点から見た場合、わたしに出来そうなことが何かありますか?」
『もし、ゼンディラ、叶うことなら――わたしはあなたとひとつになりたい』
ゼンディラは石の言った言葉の意味がわからず、微かに首を傾げた。
『そ、そそ、そうだ……!確かに、急にそんな言い方をされても意味不明だろうね。君が最初のほうで言ったとおり、順に説明していこうか。そもそものはじまりは……わたし自身がここへ君たち人間の心というか精神というか、そうしたものを招き入れたことが問題だったのだろうと思う。ようするに、最初に問題の種を自分で蒔いたのはわたしであり、そうした意味でこのことについてはわたし自身に全責任がある。だが、当然のことながら宇宙船<ピルグリム号>の人々は最初は警戒していた。わたしもその頃はちょっと石としてお調子に乗ってたところがあったんだろうね、きっと。わたしにとってまったく未知の存在である君たち人間という存在に過剰に興奮していた部分もあったし、何より<ピルグリム号>に乗ってきた人々は、人間として善良な人々が多かったんだ……もちろん、彼らの中にだって問題はあったし、時に争いごとが起きることだってあった。けれど、そうした軽度の憎しみや人間としての良くない感情含め、わたしにとっては初めて知ることばかりだったものでね、それに何よりわたしは石だ!君たち人間の価値基準としては、石っていうのは鈍感なものらしいが、わたしはそうじゃない。石ではあるが、君たち人間の微妙な心理というものはよく理解できたし、君たちのような肉体を持ってはいないものだからね、みんなわたしのことを信頼して色々なことを相談してくれたのだ。ゼンディラ、人から相談されるっていうのは実に気持ちのよいものでね……それでわたしはちょっと、お調子に乗ってしまったのかもしれない。それでつい……最終的にはわたし自身の手に負えなくなるようなことを提案してしまったんだね。誰かが死ぬことによって、彼らの悲しむのがわたしは嫌だった。だから、わたしの石の中の精神世界で良ければ、死後にも会えるし、君たちみんな、きっと幸せになれるよ、なんてことを言ってしまったんだ……』
「それで、具体的に今、あなたの石の中の精神世界には、何人くらいの方が存在しておられるのでしょう……?」
ゼンディラは何故か、自分でもこわごわそう聞いた。やはり、人というのは自然に息を引き取った時がその死に際であり、当人にとっても良いことなのではないか……と、そんなふうにも感じながら。
『さて、何人くらいになるかな……石の中の精神世界というのはね、ゼンディラ、時間や空間というものが意味を持たないから、そういった意味ではほとんど無限に近く人々の精神を迎え入れることが可能なんだ。だから、わたしが今問題にしているのはそうしたことではない。それでも今、目覚めている者たちで7万7千2百21人くらいいるのかな。ちなみに、ここに最初にピルグリム号に乗ってきた人々は含まれない。彼らはみな、自分たちは次の世代に無事バトンタッチ出来たと考え、本星エフェメラにスタリオンが発足し、彼らの愛した宇宙に平和が確立されると、安心して本当の永久の眠りに就いていったんだ……彼らは今も、この洞窟の最下層の部分にいる。わたしにとっても、一番大切な、愛しい人々だ……』
「そうなんですね。けれど、宇宙船<ピルグリム号>の人々は善良であったにしても……その後、どう言えばいいでしょう。ある意味、人数制限と言いますか、ある一定の基準を設けて、あなたが特に気に入っている人々だけ石の精神世界へ迎え入れるといったようにすることは出来なかったのですか?」
『そうだねえ。わたしの惑星にやって来る人たちっていうのは、わたしの子供に等しい鉱物を盗んでいこうとした邪悪な人間とは違って……なんと言うのかな。割といい人やいい奴が多んだよね。もちろん、みんなそれぞれ人間として欠点みたいなものはあるよ。だけどそれは大体、「こういう厳しい親に育てられたから」とか、「好きだった女性に振り向いてもらえなくてちょっといじけてしまった」とか、原因がわかってみると、大体同情できることが多いんだねえ。だからまあ、わたしのほうでとびきり気に入ってるとかじゃなくても、彼らが死ぬ前くらいに「わたしのことも、石の精神世界に迎えてください。お願いします」なんて言われると……『うん、いいよ』ってつい言っちゃうんだよね。そして、そんなこんなで今七万人以上もの人々が石の精神世界には住んでいる』
「でも、これからもその精神世界の人口は増え続ける一方ということになるのでしょうし……具体的にあなたはそれらの人々のどのような部分で悩まれているのですか?まあ、精神世界ということは、もう肉体はないわけですから、当然病気のようなこともなく、肉体があるがゆえに生じる悩みや苦しみや葛藤などとも無縁ということになるのでしょうが……彼らは彼らで勝手に精神活動してもらって、自己満足度を日々高めてもらう――そしてあなたは、そんな幸せそうな彼らを見守る……といったわけにもいかないからこそ、何かのことで苦しまれているのでしょう?」
『そ、そうなんだ……畜生ッ!!ああ、ごめんよ、ゼンディラ。つい君たちから教えてもらった、汚い言葉を使ってしまって……彼らはね、数が増えるに従って、わたしにああしちゃどうだとかこうしてはどうだとか、本星エフェメラのみならず、もっと他の惑星の状況のことも知りたい、どうにかならないか、などなど、数が増えるに従い増長し、彼らの中で民主的に大多数の意見を勝ち得た物事のほうをわたしに押しつけるようになってきたんだ。もちろん、わたしだって「何を言ってるんだ。この世界はそもそもわたしのものだぞ。わたしが何をするか、あるいはしたいかについて、おまえたちに指図される謂れはない」と声を大にして宣言することは出来る。だが、彼らは……「我々は民主的に決を取って君に意見しているのだぞ。だったら、聞くべきじゃないか」といったことを――わたしが彼らの要求をのむまでしつこく言い続けるのだよ。わたしはそのことにすっかり疲れきってしまい、今は超能力者の子供たちに守られて、彼らには彼らの間で代表を決めてもらい、七万人超の人々をうまく治めてもらうことにしているんだ』
「ええと、超能力を持つ子供たちというのは、ではあなたにとって……」
『そうなんだ。実に不思議なことなんだがね、彼らESP能力を持つ子供たちは、精神的な絶縁体……という言い方はおかしい気もするが、とにかくそうした役目を果たして、何故か他の人々からわたしを引き離すことの出来る力があるんだ。だから、わたしはオッド・ステラをはじめとする超能力者に守られて、今では他の人々とは接触しないようにしている』
「オッド・ステラ……」
ゼンディラは以前、エフェメラのESP機関の子供たちから、その名を聞いたことがあった。彼女は今から約七十年ほど前に活躍した超能力者で、彼女もまた重力位相能力を持っており、滞在先の惑星でその力を使い、隕石の軌道を逸らし、たくさんの人々の命を救ったという。
『そうなんだ。すべては彼女がはじまりだった。いえね、その前から列石された超能力を持つ子たちはわたしの精神世界にいたよ。でもわたしは彼らのそうした力に気づかなかったし、彼ら自身にしてからがそうだった。オッド・ステラがもし、力を使い果たして死んだ、自分が救った惑星でそのまま亡骸を地中に横たえられていたとしたら……わたしは一体今ごろどうしていたろうと思うね。だが、彼女は本星情報諜報庁の特別なはからいによって、わたしの惑星で列石されることになったんだ。何分、死後すぐにコールドスリープ装置によって遺体が凍結されたとはいえ、わたしにしても解凍された彼女を精神世界で再び目覚めさせられるかどうかはわからなかった。けれど、彼女は目を覚まし、わたしはオッド・ステラを愛し、オッド・ステラもまたわたしを愛した……だが、今もわたしの石の精神世界は混乱をきたしたままなんだ。わたしは超能力を持つ子供たちに守られてはいるが、いつまでもこのままというわけにもいかないだろうし、いずれ何か断固たる決断をし、それを実行へ移さねばならないだろうと思う』
(実に気の進まないことだがね)と、石が溜息を着くのが、ゼンディラには聞こえる気さえした。
「そうだったのですね……話のスケールが大きすぎて、わたしには具体的に何かをどうかすることは出来ないとは思います。たとえば、わたしが列石されてあなたの石の精神世界の一員になったとしても、他の超能力を持つ子供たちのようにあなたを守る盾にでもなれればいいですが、それほど役に立てずに終わりそうな気がしますしね……」
だが、具体的な手立てを思いつけず、しゅんとしているゼンディラとは違い、この時、重量として一体何トンあるかもわからぬ緑の石は、ゼンディラの目を慮って一度落とした光量を最大限に輝かせた。その驚くばかりの輝きに、ゼンディラは反射的に片手で目を覆ったほどだった。
『ほ、本当かい、ゼンディラ……!もし君がそうしてくれるなら、わたしにとってこれ以上に喜ばしいことはない。ありがとう、ありがとう……!!わたしは、ずっと心配だったんだ。君はきっと何か宗教上の理由によって、あるいは道徳・倫理的な理由により、わたしの石の精神世界で一緒になるなどお話にもならないと、そう答える可能性もあると思っていたんだ』
「そうですね。人から伝え聞く『列石される』というのがどういった状態のことなのか、よくわからないうちは間違いなくそうでした。ただ、わたしの信じるアスラ教の教えと、あなたの石の精神世界の問題を解決するということの間に……わたしはそう矛盾を感じません。アスラ=レイソルは困っている人を放っておこうとはしない人でしたし、金持ちや上流階級の人々よりも、困窮している人や貧乏人や孤児を助けよ、とも言っています。そして、あなたの世界の問題について、わたしに何か少しでもお手伝いが出来ればいいですし、そうした役目をもし終えることが出来たら……宇宙船<ピルグリム号>の人々と同じく、本当の永久の眠りというものに就けばいいのですしね」
ゼンディラはこの時この瞬間、自分の人生のほとんどすべてのパーツが埋まったような感覚に見舞われていた。惑星メトシェラにて生を受け、父の顔も母の顔も知らずに育ち、彼の養い親は誰かと言えばそれは<神>であり、あるいはアストラシェス僧院、それに尼僧院の人々であった。自分の故郷である惑星を出なければならない時、ゼンディラは(出来る限り清く正しく生きようと志向してきたつもりなのに何故……)との思いに悩まされたが、今ではわかる。もちろん、そのためにひとりの高貴な男性の命が失われたことについては、自分に罪があるとゼンディラも思っている。だが、本来ならば故郷の星で、僧侶としての人生をあのまま送り、メトシェラの外にこんなにも大きな広い宇宙や世界があるとも知らずに終わっていたことだろう。無論、知らなかったならば知らなかったで、知らないまま人生を終えたとしても――ゼンディラは自分を幸福であったろうと想像するし、ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックも非業の死を遂げずにすんだろうにとは、今も心からそう思いはする。
(けれど、自分は一体何光年分の星々を越え、今ここに至ったことだろう……!アスラ教は、自分の使命をバスラ=ギリヤークにいかに邪魔されようとも果たすことが大切だと教えている。そして、わたしが生まれたことの意味、そしてわたしの使命はここにこそあったのかもしれない)
『まあ、ゼンディラの信じるアスラ教の神も、金持ちより困っている人を救えと説いてはいても、困窮している石を救えとは言っていないに違いないが……それでも、本当に嬉しい。もしいつか、君がその命数を終える頃にでも、わたしの精神世界へ迎えることが出来るのだとしたら……』
パルミラの魂である緑の石は、本当に心から感動しているようだった。その感動の波動を感じて、ゼンディラも少しばかり感じ入ってしまう。
「いえ、わたしはなるべく早く列石されたいと思っているのですが、それだとあなたのご都合はお悪いでしょうか」
『えっ!?な、何故だね?ゼンディラ、君はまだ若いし、寿命のほうもまだ全然残っていそうだ。きっと人生で色々やり残していたり、もう一度会ってきちんとお別れしてから列石されたいといった人々が……何人かはいるんじゃないかい?』
「そうですね。確かに、ここから五千光年以上も離れていると言われる故郷のメトシェラ星へは帰りたい気持ちはありますよ。けれど、あなたの惑星であるここパルミラというところは……一度出てしまったら、わたしにももう一度来られる自信がありません。何より、エフェメラのESP機関のハリエット・ヴーレという少女にわたしは言われたのです。『パルミラの魂があなたを離さないから、もう二度とあなたは本星へ戻ってくることはない』と……また、ついきのう、ということでいいと思うのですが、ティファナから未来の幻視を見せてもらいました。あれがもしいつかの未来起きることであるとしたら、恐ろしいことですが……確定した未来ではないということでもありましたし、わたしにしても今なら、列石されても何も問題ないと、心からそう思えるのです」
ゼンディラにとって、理由は他にもいくつかあった。明日――いや、正確にはすでに今日ということにはなるが、ゼンディラは第一研究所におけるESP検査の予定表を見せられて、げんなりしていたのである。もちろん、このためにこそ自分は本星エフェメラからここまでやって来たのだし、今までありとあらゆる旅の便宜をはかってくれたのも本星諜報庁であることを思うと、彼らの望みに沿って行動せねばならないという義務も強く感じはする。けれど……。
(ようするに、わたしは嫌なんだ。またもう一度、最新の機械とやらで体をあちこち調べられたり、テストされたりするということが……)
いや、たったのそれだけのことであれば耐えもしようが……などと、ゼンディラがうじうじ考えていた時のことだった。緑の石のほうでも彼の若干の負の波動とともに、そうした気持ちも読み取ったのであろう。ゼンディラの眼がまぶしくならない程度に、彼は再び明るく淡く、優しく輝きはじめた。
『君がもし、今すぐにでもわたしの精神世界へ来てくれるというのであれば、わたしにとってこれ以上のことはない。だが、一度石の中に吸収され、精神的に接続されてしまうと、そうしょっちゅう出たり入ったりも出来ないんだ。というより、わたしにしても二度も三度もそんなふうに繰り返すことが出来る自信はない……というより、それはやってみなければわからないといった危険なことでもあるのだよ』
この瞬間、ゼンディラはこれまでの長い人生の旅で出会ってきた人々のことを走馬灯のように思い返していた。そして、ふと最終的にあることに思い至る。<知性>とは――その中でも特に高度な知性というものは、おそらく「疑う」ということを基礎においているものなのだろう。ネズミやシカやキツネといった動物にも、基本的に脳の構造の中にそれは原始的な形で組み込まれている。「これは食べても大丈夫なものか、腐ってないか」ということや、「この野原に敵はいないかどうか」といったように彼らは疑いつつ自然の中を移動していく。だが、人間にとっての「疑う」というのは、「この人間は信じられるかどうか」ということにはじまり、深く愛しあっている人間同士の間であってさえ、そうした疑心というのは完全に失くなるということはない。そして、そこから不和が生まれ、人間関係に亀裂が生じ、それは時に修復不能のものとなる……また、これが個人対個人ではなく、あるまとまった国家や民族単位の対立ということになると、喧嘩・暴動・混乱、そして戦争へと向かっていくという、そうしたことになるのだろう。
ゼンディラは今この瞬間に至るまでの間に、自分のいた惑星メトシェラで信じられていたアスラ教の他に、今は亡き地球で生まれた宗教のことや、それを母体にして少しずつ変化していった名称の宗教、あるいはその惑星ごとに新しく誕生した数え切れないほど多くの神々について、時間のあるたびごとに学び、そこから何かを吸収しようとしてきた(また、そのことを専門としている宗教学者や民族学者、人類文化学者と呼ばれる人々の書いた本が、系統立てられていて実にわかりやすく、役立つものでもあった)。そして、そこで大体語られることの多い共通概念――死後の天国、天上の世界、天空の王国などなど――について、どのように語られているかを学んでいた。
だが、表現の仕方が詩的で情緒に溢れているかどうかなどに差異はありこそすれ、「このようなものが天国である」という概念自体については、どの宗教もあまり変わりがないように感じたものであった。「そこは地上にあるような悩み・苦しみ・悲しみのない世界」であり、「人々はみな平等で、幸福に暮らしている」……大まかにざっくり言えばそうしたことであった。ただ、そのような天国を提供する神や神々の名が、それぞれ違うというだけのことなのである。また、ある宗教学者が、何故そうなのかについても言及していた。それは、人間の脳がそのような自分の存在を超えた大いなるものをその創造性の中で生みだすからであり、大抵の宗教は死と死後の世界とセットになっている場合が多いからだ、ということであった。つまり、人間の死を恐れる気持ちが神を生みだし、生きている間はそうした人智を超えた力によって守られたいと人は願い、そして安らかに死に、死後の世界にも希望はあるのだ、自分たちの魂はもっと良い世界へ行くのだと信じたいからだろう、と……。
ゼンディラ自身の信仰といったものは、そうした宗教に関する分析的な考察に接しても、揺るぎはしなかったわけだが、ここパルミラという惑星に降り立ってみて、初めてわかったことが色々あったというのも事実である。おそらく、ここは噂で聞く限りにおいて、この既知宇宙中における惑星のどこの星にも増して、もっとも神秘的であり、神がかった天国にもっとも近い惑星とすら言える場所であったろう。だが、その惑星に住む神にもっとも近いと思われる存在ですらも悩み、痛みを抱えていたのである。しかも、人間がやって来る前までは、彼/彼女はそうした感情についてまったくか、それに近いくらい知らないままだったにも関わらず。つまり、人間の持つ<知性>というものが彼(彼女)を汚したとも言えたに違いない。ゼンディラはそのことを思うと……この、それまで汚れというものを一切知らなかったであろう処女惑星の主に対し、同じ地球発祥型人類のひとりとして、申し訳ない思い、償いたいという強い衝動を覚えるほどだったのである。
(もう、これで十分だ。わたしの人生は、他の人から見れば短いものでも、実に充実していて幸福で、素晴らしいものだった……)
もちろん、ゼンディラはまたもうひとつのことを理解してもいた。それは、あくまでも自分は幸運だったのだということである。ここへ至るまでにゼンディラは色々な人々から様々なたくさんの話を聞かされてきた。下位惑星の間を移動する奴隷商人の宇宙船のことや、戦争状態にある惑星のこと……そちらの、既知宇宙内でもっとも悲惨を極める世界をルートとして通ってから、苦労に苦労を重ね、ようやくのことで命からがら、骨に皮一枚とでもいった状態で本星エフェメラへ辿り着いていたとしたら、今自分は一体何を思っていたのか、ということも……。
(が、まあいい。石の精神世界の中でも祈りと瞑想を続けることが出来るのであれば、きっとなんとかなるだろう。疑心の生じない純粋な世界こそが天国であるらしいが、石の精神世界において、そのあたりのことは一体どうなのか……よく見、感じ取り、考えて、どうすればいいのか、最善の策を練るということが出来るなら、ここにパルミラの魂という素晴らしい存在を置いた神が――きっと、力を貸してくれるに違いない)
その神の名がもし仮にソステヌという名でなかったにしても、ゼンディラが自身の信仰に矛盾を感じ、苦しむということはない(何故なら、ソステヌとはそもそもメトシェラの古代語で『幾千もの顔を持つ』という意味だったからである)。ただ、彼の信じるアスラ教の神が全宇宙の神ソステヌなので、この場合はソステヌと呼ぶことにしよう。ゼンディラはパルミラの魂である緑の石に吸収される直前、こう囁く何者かの声を聴いた気がしたのである。『ゼンディラよ、このことをとくと、とくと考えよ……!!』という、魂の内側に響くかのような声を。
ゼンディラが物質の石としては橄欖石と呼ばれる、巨大なエメラルド・グリーンの樹の幹にも見えるものに吸い込まれると――その緑の石は洞窟の暗闇を照らしていた光量をすっかり落としていた。今ではその中心部のみが何かの脈打つ心臓のように強い緑の色味を持ち、その周囲は薄く淡いグリーンに輝き、その外縁部はうっすらとイエローグリーンの色を放っている。
と、同時に、だらしなく腹を見せて眠っていたビッグリスとジャンボうさぎが何故か同時にハッと目覚め、まるで『何があったのかしら?』とでも言うように顔を見合わせると、その場を駆け出していった。だが、彼らに関しては何も心配することはない。明かり石が明るく輝いて二匹を導き、崖からなども決して落ちぬよう、石自身が形を変形させることさえして、このリスやうさぎを守ってくれるであろうから……。
そして、この二匹は『どうして自分たちはこんな深い洞窟へ迷いこんだのかしら?』と考えることさえなく――洞窟の外(今度はまた、別の出口である)へ出、第一の太陽ソニアが沈み、第二の太陽ソラリスが昇る中へと飛び出していった。それぞれ、自分たちが好む草や果実、好物の鉱物がたくさん埋まっている方角へ、ただ、風の匂いだけを頼りにして……。
>>続く。