こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア-第二部【9】-

2024年07月22日 | 惑星シェイクスピア。

 ええっと、映画やアニメ見た感想などを書くには、あんまし前文に文字数使えないということで……まあ、↓に関して、一応言い訳しておいたほうがいいのかなとも思ったので、そんな話でもと思います(^^;)

 

 わたし、かなり昔に「マクベス」については福田恆存先生お訳のを読んだことがあって……でもその文庫本のほうが今目に見える範囲のところに見当たらないということで(汗)、このあたり、「マクベス」に関しては「こんな話だった。好きだった」以上のことはあんまし覚えてない――という、その程度の知識しか現在はほぼ残ってません(殴☆)。

 

 そのですね、【10】のところにも書いたとおり、わたしがシェイクスピアの作品を初めて「面白い」と感じたのは、井村君江先生お訳の「テンペスト」だったと思います。そののち、相当時間が経過してのち……実は次に「面白い!好きっ!!」と感じたのが実は「マクベス」だったというか。

 

 ええと、きっかけのほうはですね、最初は単純に文学的なことだったと思います。なんと言いますか、ようするに「マクベス夫人」に関することで、自分で何か引用する文章か何か書いたんですよ。それで、シェイクスピアの「マクベス」自体は読んだことないものの――「マクベス夫人」といえば「悪女の代名詞」として、それまでに読んだ本の中にもよく言及がありました。何かのドラマの中でも、「この血は洗っても洗っても落ちない……」みたいに演技してる女優さんの姿を見たことがありましたが、なんというかこう、部分的に「マクベス夫人=なんか稀代の悪女らしい」くらいのことはぼんやり知っていても、それ以上詳しくはわからない……くらいな感じであったため、その時こう思ったわけです。

 

「あ、そーだ!!べつに、演劇一本見るなり、シェイクスピアの原作読むなりすれば、マクベス及びマクベス夫人について大体のとこわかるんじゃねえの?」という、最初は極めて軽~い動機によって読むことにしたものの――これが実に深く面白くてですね、わたしが「シェイクスピアってよくわかんにゃい」から、はっきり「シェイクスピアってすごい!!」みたいに、お目々がゴゴゴゴゴ……ッと開かれたのは、たぶん「マクベス」からだと思います。

 

 まあ、何を書きたいかというと、シェイクスピア作品の中ではマクベスってスコットランドの王さまなのに、↓「マクヴェス侯爵」とかってなってるし、他にヴァン・クォー伯爵なる人物も出てきて、この伯爵殿のお名前のほうがサターナイナスとおっしゃるらしい。んで、このサターナイナスって、シェイクスピアの「タイタス・アンドロニカス」に出てくる登場人物の名前だったりして……まあ、流石にここまでくると「名前だけ借りてるのはわかるにしても、滅茶苦茶やんけ!!」という感じにすらなってくる……というか。

 

 かといってわたし、特段「マクベス」に思い入れがないから、こうしたいいかげんな書き方してるってわけでもないのです。むしろ、「マクベス」のことは好きですし、マクベスはわたしに「シェイクスピアすげえな」と思わせた作品ですらあり、ここをきっかけにわたしのシェイクスピア理解はその後だんだんに少しずつ進んでいった……みたいな感じだったんじゃないかと思います(^^;)

 

 何故だんだんに「少しずつ」だったかというと、「マクベス」で「シェイクスピアすげえな」となったとて、「よう~し!今度はシェイクスピアの他の作品にも詳しくなる象。ぱを~ん!!」みたいには特段なれず、その後は折に触れて少しずつ、読んだ漫画や小説、あるいは映画の中などにシェイクスピアの言葉やお話のほうが引用されてたりして、そうした機会に順に読んだりすることがあった……という程度だったからです

 

 で、現在わたしがどう思っているかといえば、とにかく「シェイクスピアは面白い!!」ということです。また、わたしシェイクスピアの人生についてまではそんなに関心なかったものの……その後、「シェイクスピアの庭」という映画見て、シェイクスピア自身にもすごく興味を持つようになりました

 

「え?あの映画で!?」と思われるかもしれないんですけど……実は今、わたしがシェイクスピアの作品の中で一番読みたいのが、詩集の完全版と言いますか、シェイクスピアの詩がすべて収録されているものだったりします(^^;)

 

 その~、一応例の超有名な詩などを読み、「女性ではなく男性に捧げられた詩である」とか、そんなことは一応知ってはいたものの、「奥さんもいて子供もいるってのに、さらに美青年にまで欲情してたのかよ、シェイクスピア」といったことでもなく――本当にシェイクスピアはこの詩を捧げた男性のことが好きだったんだなと思ったわけです。そして、モデルになった男性はサウサンプトン伯と言われていたりするわけですけど、映画のほう見て「その想いは終生続いたのではないか」と思われたこと、それははっきり肉欲的な感情を伴うものであったこと、その点にすごく興味を惹かれたというか。

 

「万の心を持つシェイクスピア」と言われたりするわけですけど、この詩集の一部を読んだだけでも、正直、他に優れた演劇作品がこれだけ生まれたというのは……わたし的にはそんなに不思議な気がしませんでした(^^;)また、実際のシェイクスピアは「相当やんちゃな人だったのではないか」と気づいたことも大きかったと思います。たとえば、わたしの書いてる改変(?)マキューシオや(改変?)ティボルトなどは、漫画やアニメのキャラ化された存在みたいなものですけど、シェイクスピアは実際にマキューシオ的性格の貴族の子息であるとか、ティボルト的な貴族を知っていて書いたのではないかと、そんなふうにも思ったり

 

 もっとも、このあたりのことまで調べるような時間もなかったりはするものの……シェイクスピアの詩に関しては特に、いつかちゃんと全部読んでみたいなと思う今日このごろなのであります

 

 それではまた~!!

 

 ↓サウサンプトン伯役のイアン・マッケランさん曰く「シェイクスピアの愛情が本物かどうかは――見る人の判断に委ねる」……ということなので、「ほんとはどうだったんだろうね」くらいな感じなのだとは思います(^^;)。でも、わたし的にこの時のシェイクスピア役のケネス・ブラナーの目つきや態度が印象的だったんですよね。年老いた今この瞬間も、サウサンプトン伯爵、ヘンリー・リズリーのことを愛している……それも、「ただの一度だけでいいから結ばれたい」とでもいうような、肉感的な欲望がそこにははっきり込められているように感じました。=ケネス・ブラナー的にはそういう解釈をしていたのではないか、と。シェイクスピアにこれだけ詳しい人がそうした解釈なのだということは……という部分について、ちょっと自分的に興味を持ったというか

 

 

       惑星シェイクスピア-第二部【9】-

 

 リッカルロは<らい者の塔>からの帰り道、ヴァン・クォー伯爵の招きに応えて、その居城のひとつに滞在していた。『聖心ジルベルト病院』と彼が名づけた治療院のほうは、急ピッチで建設のほうが進んでいたが、その前に仮設の施療院へ傷病兵や他の患者たちを移したいということについては――「ギメル渓谷にある、リノヒサル城砦の天然洞窟へ移っていただくというのはいかがなものでしょう?」と、伯爵のほうから提案があったのである。

 

「あそこであれば、重病人のことは、リノル教の僧侶たちが面倒を見てもいいそうです。なんでも、昔かららい病人のことを匿ったりしたことが何度もあるということでしたからね。天然痘やらい病といったものは、そのような疑いがあるというだけで、その家族全員が強い偏見の目で見られますから……まず、町や村など、自分が住んでいるところで居場所がなくなるのです。たとえば、城壁町であれば、城壁の外へ追いやられ、完全に疑いが消えるまでは中へ入れなかったり、法律でも自分がそのような者であることを常に宣言して歩くよう定められておりますからな。ようするに、疫病に感染したくなくば、こちらへ近づくんじゃないと大声で叫んで歩くに等しいことになるわけで……まあ、およそ人間らしくない生活、乞食よりもよほど惨めな生活を強いられることになる。リノル教ではそうした社会における寄る辺ない人々を保護する必要がある旨、聖典のほうに書かれておるわけでして。ただ、心から悔い改めたる者は殺人者でも受け容れるらしく、時々罪人も逃げ込むことがございまして、その際には当局と揉めるということがあるようですな」

 

 リノル教の開祖は女性である。世の人々の労苦を見て、人間は何故こんなにも苦しまねばならぬのか、人の世に悩みが多いのは何故かと思い巡らし、良家の子女であったにも関わらず、夫と離縁し子供を実家へ預け出家したという。貧しい人々や病人、娼婦といった社会的に蔑まれる人々を助け、流浪の旅を送るうち、彼女に天から啓示されたという天空の神の教えを信仰する人々が増え、当時ヒサール洞窟と呼ばれていた天然の巨岩洞窟群に身を隠す。というのも、信者の数が増えるに従い、時の権力者から迫害されるようになっていたからである。ここには、教祖であるリノレネが生きたままそこから天国へ昇っていったとされるリノレネの岩があるが、それが本当にあったことなのか、信者たちが権威づけのため、あとから付け加えた作り話であったのか……それは現在においては確かめようのないことである。

 

「忙しい中、色々と煩わせてしまい、誠に申し訳ない」

 

 ヴァン・クォー伯は、砂漠の入口に当たるところまで、リッカルロ王子の一行を迎えに出ていた。そこから、ヴァン・クォー領の南西の要衝であるヴァンセント城砦までは、約十キロほどの道程だった。

 

 ヴァンセント城砦にやって来るまで、リッカルロはヴァン・クォーと並んで馬を歩かせつつ、他愛もない話をしていた。先にあった戦争に対する労いや、ヴァン・クォー伯率いる軍の活躍の目覚ましかったこと、王都へ出仕した時のリア王の病気の加減のことなどなど……サターナイナス=ヴァン・クォーは現在三十八歳であったが、健康で頑健な体に、落ち着いた気品のある顔立ちをしており、戦においては勇敢であったが、平時においては静かに詩を読むのを好むという、少々変わった男であった。

 

「<らい者の塔>からリノヒサル城砦までは、少し距離があるが……一度そこへ落ち着くことさえ出来れば、きっとみな、あの灼熱地獄のような場所にいるよりよほど養生できることだろう。ヴァン・クォー伯爵、心より感謝する」

 

「いえいえ、リッカルロ王子、そのような……」

 

 ヴァンセント城砦は、断崖絶壁の上に建つ、そこから麓の城郭都市を見渡すことの出来る場所に位置している。ここへ登ってくるまでの間、リッカルロたちはそこで一度休み、そこからさらにオリーブ畑の中を進んでやって来なくてはならなかった。普段、ヴァンセント城砦を居城としているのはサターナイナスの甥サイフルール=ヴァン・クォーであったが、儀礼上の挨拶が済むと、彼は王子の連れの者らに失礼がないようにと、随分神経質に采配を振るっていたようである。

 

「臣下として、当然のことをしたまでのこと。我々は現在のリア王朝になんの不満も持っておりませぬ。また、リッカルロ王子が王位を継ぐことになれば、リア王朝の御世はさらに光り輝き、その栄誉もまた永く続いていくことになりましょう。そのためであればこのヴァン・クォー、いかなることにも骨身を惜しまず働く所存でございます」

 

 もともとサターナイナスは、リッカルロにとって信任の置ける人物であった。簡単にいえばようするに、彼は第一王子派なのである。リア王朝はヴァン・クォー領やマクヴェス領の他に、エスカラス領、ハリス領、サッカレイ領、ダンカン領、ドナルヴェイン領、レヴィタス領、ヴァラモン領、カルヴァニア領、リゲリウス領、クィンタス領、アラヴァス領、ケリウディアス領、エイギュリーク領、ソヴィヨルド領、トライメリア領、ラフュージア領、タイモン領、ヴェリクリーズ領、サイモ二ディアス領、ベレリアス領、シンヴェリン領、グウィディリアス領、リオティーズ領、アランズィア領、タークィン領……といったようにいくつにも分かれている。ちょうど、レイラの父が先祖代々のハクスレイ侯爵家の広い領地を守り切れなかったように、特に近隣の爵位を持つ領主とのつきあいというのは重要である。他に、たびたび王都へ参内し、自分がどのような人間で、どういった考えを持っているかといったことなどを、王のみならず、有力貴族らにも洗練された立ち居振るまいよって知っておいてもらうというのは、非常に重要なことであると言えた。

 

 簡単にいえば、こうした公・侯・伯・子・男爵らのうち、誰が自分の味方か、あるいは味方となりうるか、それとも敵なのか、時と場合、条件によっては敵に回る人物かどうかについて、それとなくにでも探りを入れておくのは非常に大切なことなのである。

 

 たとえば、ヴァン・クォー伯爵はリッカルロにとって、古文学や詩学、音楽のことなどで実に気の合う相手であるが、彼にしても政治的に難しい立場ということになれば、あっさりマクヴェス侯爵側、つまりは第二王子や第三王子側に寝返る可能性というのは十分にありうる。つまり、今サターナイナス=ヴァン・クォーがリッカルロに対して好意的に接し、かなり無茶と思われる要求をも受け容れてくれているのは――この第一王子のことを人格的に好ましく思い、また、王子の行動が彼の政治的信条とも合致するからであったが、マクヴェス侯爵であればおそらく、次のように考えたことだろう。『ふむ。何かと金もかかって面倒なことでもあるが、ここで第一王子に恩を売っておくのも悪くはなかろう。何より、のちのちこれが何倍にもなって返ってくるかもしれぬのだからな』と。

 

 こうした領主たちの考えるのは何より、自分たち一族の繁栄のことである。いかに公爵といえども、歴史を遥か過去に遡れば、時の王の不興を買って斬首された・失脚した例というのはいくつもある。いわんや、侯・伯・子・男爵など、権謀術数を駆使し、政治的に賢く立ち回らねばならぬのは当然のことである。また、今まで隣の領地を実力行使で吸収合併するといった戦など、数え切れないほどありつつ、<東王朝>はひとつの国としてどうにかまとまり続けてきたというのが実情でもあったろう。

 

「ここからの眺めは、素晴らしいものですね」

 

 今ふたりは、ヴァンセント城の主館(天守閣)部分にある、五階層からなる建物の天辺――古い石造りの凹凸部分の凹、クレノーと呼ばれる開口部から、約三キロ離れた場所にある同じようなもうひとつの城砦を眺めていた(ヴァンセント城砦は、双子砦なのである)。崖下は鬱蒼とした緑に覆われており、そこから先にある崖上に、遠くヴァセンヌ城砦が聳えているのがわかる。

 

「ええ。ですが、実際にはここにはなかなか悲劇的なお話が伝わっておりましてね……遥か昔、私の先祖にあたる時の伯爵が『この姫こそは』と思う女性と結婚し、ここから見えるあのヴァセンヌ城砦を建設し、のちには子宝にも恵まれたわけですが、やがて別の愛人に心を移したわけですな。となるとどうなります?かつて、『この姫こそは』と求められた正妻は、あちらの城へ閉じこもりきりとなり、被害妄想含む心の病いとなって、最後は亡くなったそうです。以降、ここを居城とした者たちは、何かと悲運に見舞われたとか。特に、正妻の他に愛人を持ったりすると、その愛人が産褥死したり、ひとりのみならず、ふたり愛人を持った時などは、そのふたりの間で殺し合いが演じられたこともあったという話です」

 

「今はどうなのですか?」

 

 サターナイナスの甥、サイフルールはさる貴族の娘と婚約中だとリッカルロは聞いた。もしそんな新婚ほやほやのふたりが結婚後、この城砦へ戻ってきた場合、一体どうなるのであろうか?

 

「馬鹿馬鹿しいとお笑いになってくださって結構なのですがね、そんなことが六代ほども続いたもので……結婚後も愛人を持たぬという自信が、七代ほど前の我々のご先祖さまは持てなかったと見え、ある高名な霊媒師を呼び、お祓いしてもらうことにしたらしいですよ。本当かどうかはわかりませんが、死んだあとも成仏せず、愛人同士が喧嘩したりしていたそうで、その霊媒師の話によればですね――ちょうどここと同じ天守閣の、このクレノー部分から、そもそもの最初の正妻である女性が突き落とされて死んだこと、その遺体がこの森の中にあるがゆえに、不幸がその後も続いたという話なんですな。そこでこの翌日、半信半疑ながらも新しくこのヴァンセント城砦の城主となった我らがご先祖さまは、猟犬を連れて森を探させたそうです。すると、霊媒師が言ったとおりの場所から、骸骨が見つかったという話でして……この遺体を、城砦町の外にある、先祖伝来のお墓へ丁重に葬って以降、召使いたちの間でも、夜間に幽霊を見ただなんだのいう報告はピタリとやんだということです」

 

「それは良かったですね。とはいえ、そのことを肝に命じず、また似たようなことが繰り返された場合は……」

 

 ヴァン・クォーは、リッカルロに気づかれぬよう、口髭の下で微かに笑った。どうやら、リッカルロ王子は噂で伝え聞くとおり、信心深い質のお方であるらしい。

 

「そうですな。再び彼女……キャトリーヌという名の女性なのですがね、キャトリーヌの霊が現れて、我々子孫を呪おうとするやもしれませぬな。もちろん甥のサイフルールもこの話はよく知っておりましてな、今は『自分に限ってそんなことはない』と言っておりますが、男というものはまったくわからぬものですよ。何分、その御先祖さまにしてからが、『この姫こそは』という女性と結婚したにも関わらず、その後他の愛人に心を移したのですからな」

 

「結局のところ、そのキャトリーヌさんを殺したのは、誰だったのです?おそらく、最初は精神の病いによる自殺か何かと思われていたのが、実は他殺だったということなんでしょう?」

 

「さて、今はもう真相のほうは闇の中といったところですよ。愛人はこちらのヴァンセント城砦でまるで本妻のように振るまっていたということですからね。ただ、子宝には恵まれなかったとか……一方、キャトリーヌには四人も子供がいましたから、子供が何よりの生き甲斐であったでしょうし、そう考えると確かに夫の浮気で鬱病のようになっていたにせよ、自殺までするようには思われませんからな。果たしてキャトリーヌの背をこれほどの高さから突き飛ばしたのは、一体誰だったのか」

 

「…………………」

 

 クレノー部分に足をかけると、リッカルロはそこから城砦の赤みがかった砂岩による城壁を眺めた。下には城塔が、離れた場所にそれぞれひとつずつあり、それを歩廊(アリュール)が繋いでいる。

 

 おそらく、隣のヴァセンヌ城砦にしても、高さは同じくらいのものであろう。ここから誰かに突き飛ばされ、下の城壁にぶつかってのち、緑の野のどこかに遺体が放置されたとすれば……助かる可能性のほうは万に一つもないように思われた。それほどの急斜面の崖上に、ヴァンセント城砦もヴァセンヌ城砦も建設されていたからである。

 

「そんなところから身を乗り出されては危ないですよ、リッカルロ王子……幸い、私は王子の敵ではありません。ですが、もし諸侯の中で自分と敵対していると感じる者がいたとしたらば、そのような者の前で、今のように背中を見せるようなことは決してなさらないでください。王子に言われるまで、キャトリーヌを殺したのは結局誰だったのかとまでは、私は考えたことがありませんでした。ですが、おそらく彼女が気を許していた誰かだったのではありますまいか。でなければ、そのような者にこうした場所で『突き飛ばしてくださっても結構』とばかり、背を見せるということはないでしょうからな」

 

「そうとは限らないのではないか?」と、リッカルロは不敵に笑った。やはり、ヴァン・クォー伯は自分の味方らしいと感じると、嬉しい心持ちがしたのである。「あるいは、屋内で先に毒殺されるなどして、その後、トドメとばかり塔のどこか高いところから遺体を投げ捨てたという可能性もなくはない。また、遺体が発見されたのは白骨化してのちのことだったわけだから、死因のほうもはっきりしないものな。ああ、すまない、サターナイナス。俺はな、亡くなったオールバニ公爵……つまりは、俺の祖父に当たる人だが、何故かいつもおじいさまなどとは呼ばず、叔父上と呼んできた方に、小さな頃から『暗殺には気をつけろ』と耳にタコが出来るほど聞かされてきたのだ。見知らぬ土地、特に初めて行った場所では食べ物や飲み物に毒が混ぜてあるのではないかと必ず疑えと。また、誰にもいつでも背中を取られる位置には立たぬようにと注意もされた。幼い俺は叔父上にこう陳情したよ。『顔も醜いのに、そんなに疑い深いのではいずれにせよ誰も近寄ってなどきませんよ』と」

 

 サターナイナスも笑った。笑ったとしてもこの方には失礼に当たらないと、今はもうはっきりわかっていた。そして、にも関わらず自分には背を見せたということは――おそらく自分はこの第一王子から信頼されていると思っても、決してそれは自惚れではあるまい。

 

 こうして、いわゆる「胸襟を開いた仲」というのになった王子と伯爵は、夕食の席でも愉快な話題に事欠かなかったものである。食事中、それでもサターナイナスは気を遣い、城主であるサイフルールの顔を立てるという面もあって、食卓にいる全員が関心を持てるか、あるいは会話に参加できるよう話題を選んだものだったが、それでも食事後、リッカルロと主館の一室でふたりきりになると……自分が把握している政治情報について、少しずつ王子と意見交換することにしたわけである。

 

「マクヴェス侯爵は抜け目のない方ですからな。娘であるメアリ=マライア妃の生んだ王子であるエドガーさまとエドマンドさまの、ほとんど後見人の立場であるも等しい方。そこで、諸侯は誰もがマクヴェス侯におもねりますが、かといって、彼らも承知してはいるわけです。マクヴェス侯におもねりすぎた結果、第一王子であるリッカルロさまの御不興を買い、権力の旨みから遠ざけられては大変と……」

 

「これは、腹心の友であるエスカラス公とハリス伯の跡取り息子から、ともに普段は口にせぬよう言われていることなのだがな」そう前置きして、リッカルロは続けた。ヴァン・クォーがここまで腹蔵なく色々話せる相手であることを、彼は喜んでいた。「俺は王位にも権力にも、実はあまり興味がないのだ。そうだな。領地としては今の叔父上から相続したオールバニ公爵領くらいでちょうどいいと感じている。マキューシオにもティボルトにも『野心がない』と言われて笑われるんだが、俺は親父のリア王がこれからも健在であってくれて、今のオールバニ公爵領の仕事を続けられるのが理想なんだ。そのためなら、弟のエドガーかエドマンドのどちらかが親父の希望通り王位に就けばいいのじゃないかとすら、本当にそう思ってる」

 

 ふたりは書斎で話していたが、サターナイナスは城館の蔵書の一冊を閉じ、その中の詩文のひとつを目で追うのをやめた。二流詩人のものではあるが、ここヴァンセント城砦とヴァセンヌ城砦を訪れた際の感動が、約114連にも渡って表現されている詩だった。

 

「それは、ご親友おふたりの奨めるとおり、よほど心を許した朋友か、部下以外の前では口になさらぬほうが賢明でしょうな。特に、誰か愚かな者がうっかり壁越しにでも耳にした時には……誤解が誤解を生み、良からぬ噂が立つやもしれません。『リッカルロ王子はああおっしゃってはいるが、第二王子か第三王子がいざ即位しようという時には死力を尽くして邪魔するおつもりなのに違いない』などと」

 

「そうなんだ」

 

 サターナイナスの意見が、ティボルトやマキューシオとまったく同じものだったため、リッカルロは笑った。

 

「もし親父が俺を排斥して、可愛い第二王子か第三王子に王位を継がせたかったとするな?となると、まずは俺をオールバニ公爵領の領主として、その仕事ぶりになんのかのと落ち度を見つけて追放するなりなんなりしなきゃならんだろう。今回の戦争はな……無論、俺自身も他の誰も乗り気なんかじゃ全然なかった。マキューシオとティボルトは、第一王子が戦争へ行った留守中に何か政変があるんじゃないかと、戦争の勝敗以外のことでもいたく心配していたほどだ。俺自身はといえば、もしあの難攻不落の要塞、バロン城の旗をへし折って俺が持ち帰ったとすれば――あの偏屈者の親父も、俺を世継ぎと認めざるをえまいと思っていた部分もある。そうなればよし、また、もし何かの間違いで俺が戦死すればなおよし、というわけだ。俺は人間が甘いのかもしれんが、今の自分たちの手持ちの攻略装置ではバロン城砦を落とすのは無理と見た……となれば、もうこれ以上の犠牲は不要と思い、それで兵を引き上げる決断をしたんだ。もちろん、これで一度実戦を経験したわけだから、本の中の兵法や戦略論というのでなしに、バロン城も本当の実物をこの目で見たわけだからな、次はもっと賢い戦法を取る自信があるとはいえ――やはり俺にはよくわからんよ。中に内通者でもいて、対坑道としてどこを掘削しているか、あるいは外城壁を攻めるのと同時に、内部から兵を手引きしてくれる者がいるというのでもない限り……バロン城砦を攻略することは今後とも難しいだろうからな。よくあんなものに、ただ無駄に兵を死なせるだけとわかっていて、何度となく戦争を仕掛けたものだと、俺としてはただ若き頃の親父の正気を疑うのみといったところだ」

 

「今回の戦争のことに関して、陛下からなんの叱責もお咎めもなかったということは……」サターナイナスは賢明な物言いを探した。「おそらく陛下はリッカルロさまの戦いぶりに満足されたということなのではありますまいか?リッカルロさま、王子がもったいなくも胸襟を広いてこの私めと話してくださっているのですから、私も自分が掴んでいる確かな情報筋から手に入れた話として、次のことをお話したいと思います。つまり、陛下は――リア王は、もしエドガーさまかエドマンドさまに王位を継がせたかったにせよ、そのことでマクヴェス侯爵を喜ばせたくはない……そういうことなのではないかと思いますよ」

 

「どういうことだ?」

 

 並んだ本の中のいくつかが空なのを見て、リッカルロは気づかぬ振りをして元に戻した。貴族の屋敷などでは見栄を張るのに、本のケースだけを並べ、実際の中身がないということが時々あるものだ。

 

「そうですね。結局のところ、私如き小さな器の地方領主には、偉大な王の御心といったものはわからぬものですが……リッカルロさまのお母さまであるゴネリルさまと王が御結婚される時も、その次にメアリ=マライアさまと御再婚される時にも、お妃としてどなたを迎えるかについては、言い方としてはなんですが、ようするによりどりみどりであったわけです。ただ、王の直轄領であるコーディリアの地に次いで広いオールバニ領を有する公爵の娘とのご結婚というのは、身分も釣り合っていて、政治的にも都合が良いのみならず、リア王とゴネリルさまはご婚約中から、それは仲がおよろしかったと聞きますからな。ですから……」

 

「いいのだ。遠慮することはない。ようするに、親父にとっては待望の初めての王子だった俺の顔が醜かったゆえに……このような者を王子にするなどとはとんでもない、成長してもろくな者になどならないに決まってる、間違いなく悪魔の子だと、そう決めてかかったらしいからな。俺もまたてっきり……子供ながら自分が悪いのだと、随分思い悩んだこともあったが、あとから話を聞いてみると、そればかりではなかったらしい。あの親父はその頃すでに、別の女に浮気心を起こしていたのさ。なんでも、母さんが妊娠中も王城に出入りしているべっぴんの侍女に下の世話をさせていたという話で、母さんはそのことでも親父と喧嘩することがあったらしい。サターナイナスの言うとおり、親父は王として『女などよりどりみどり』と思っているタイプの人間だったという話だ。だが、そうなるとどうなる?王がどこかの地方領地を視察しに出かけたといった場合……自分の娘のうちの誰かを王の夜伽ぎとして添い寝させるなどということが、当然生じるということになるな?俺のおふくろのゴネリル妃は王と不仲となり、排斥されつつあるというのは、当時は有名な話だったらしい。たくさんの諸侯がおふくろの後釜として、自分の娘を据えたがったという。そして、そんな中で一番うまく立ち回ったのがマクヴェス侯爵だったというわけだ」

 

(そこまでのことをご存知で……)と、サターナイナスは口に出しては言わなかったが、大体のところすべて、王子はご存知なのだと思い、驚いた。おそらく、オールバニ公爵が自分亡きあとのことを憂慮し、話して聞かせたに違いない。

 

「私も、そのあたりの詳しいことを聞いたのは父からなのでございますが、当時、陛下は次の王妃さま探しをするのに、視察という名目によって諸領を順に巡っていかれたというお話でしてな。結局のところ、その中で一番気に入ったのがメアリ=マライアさまだったということらしいのです。以降、陛下はマクヴェス侯を家臣として王宮内において重用され、他の諸侯はその風潮に右へ倣えといった具合で、すっかりマクヴェス侯爵のご機嫌伺いをするようになったわけですな。我がヴァン・クォー家はその点、領地が接していることもあって、マクヴェス侯とは遥か昔の歴史に遡って因縁があるのです。あのような犬に尻尾を振るよりは、ブタ飼いの機嫌でも取っていたほうがまだしもマシだというわけでして、今に至るまで、陛下が父や私から領地を取り上げるか一部をマクヴェス侯爵に割譲せよと命じなかったのが不思議なくらいでございまして」

 

「俺も、事の真偽についてはわからんのだがな……俺にとっては一応、義理の母ということになるのだろう、あのメアリ=マライア妃を親父が気に入ったというのは、なんとなくわかるのだ。おふくろが彼女のせいで自殺したと思うと複雑ではあるが、単に可愛らしいというだけでなく、善意に溢れていて、他人に悪を諮るということがない――というのが、表面的なつきあいをしていてわかる義理の母の人柄といったところだ。無論、それだけでは蛇壷のような王宮で生き延びてはいけんだろうが、彼女はたまたま運良くリア王に見初められ、野心溢れる腹黒い父親が、娘に代わって権謀術数を張り巡らせることで守られてきたのだろう。一応の長兄である俺に対しても、ほど良い距離感でつきあおうとし、王宮で会えば礼を失しない程度に世間話をしてみたりと……決して感じが悪くもなければ、俺を不愉快な立場に陥れてやろうといったような悪意すら微塵も感じない。だから、俺はますますわからなくなる。『お母さまのこと、わたしのせいでごめんなさいね』などという態度を取られたことは一度たりともないが、とにかくメアリ=マライア妃に関して俺が感じるのは、『誰のことをも不愉快にさせない天才』ともいうべき才能だ。そして、そのことを持ってして、親父が何故おふくろの次に彼女を妃として迎えたのかが何故かわかるというな」

 

「確かに、メアリ=マライアさまは愛すべき方と、誰もがそのように承知しているとおり、私もそう思います。とはいえ、メアリ=マライアさまがおふたり王子さまをお生みになると、陛下の関心はまたも愛人に移っていかれました……とはいえ、私の聞く限り、男性がよく起こす浮気心といったところでしてな。リッカルロさまもご存知のことと思いますが、エドガーさま、エドマンドさまご誕生ののち、陛下には愛人との間に婚外子に当たる方が六人おられます。全員、たまたま女の赤ん坊でしたので、おそらく問題は何もないものと、陛下はそのように思っておいでのようですが――何も悩みなどなく、愛らしく振るまっておられるように見えるメアリさまにも、実際には目に見える以上の苦労や苦悩といったものがあるのは間違いございますまい。とはいえ、私がここで申し上げたいのはそうしたことではないのです。陛下は、メアリ=マライアさまが双子の王子をお生みになったと聞いた時……片方のお子を殺したい衝動に駆られたと聞いております。以来、何かの呪いが自分にかかっているのではないかと、世継ぎのことでは随分思い詰めておられるようです。というのも、第一王子であるリッカルロさまのことは、オールバニ公爵が自分の復讐の分身として育てていると、そのように信じ込んでおられたのですな」

 

 ここで、リッカルロは堪えきれなくなってやはり笑った。確かに、そうした部分が叔父……いや、祖父になかったわけではないだろう。だが、リッカルロはオスカー・オルダス・オールバニから、『かくかくしかじかそのようなわけだから、いつか必ず母ゴネリルの仇を討つためにも、実の親父のことを殺す勢いで、わしの目の黒いうちに王位に就くのだぞ』といった教育を、彼はあからさまに受けて育ったわけではない。

 

「なるほど。俺にしてもある程度の『……ということらしい』という、大体のいきさつについては知っているつもりだったが、それでもやはりまだ、俺の知らないことというのはあったと見える。これもまた俺は直接親父にそのように訊ねて裏を取ったわけではない、オールバニ公爵が王宮に潜り込ませていた家臣から聞いた話だ。ようするに、親父の奴は……リア王は、世継ぎとなる男の子が一度にふたりも誕生したにも関わらず、そのことを将来の争いの火種が生まれたとして、歓迎しなかったらしい。その時は『やれやれ。しょうもない親父だな』くらいに思ってた気がするが、今にして思うと相当ひどい話だという気がしてならない。初産で双子を生んだということは、メアリ=マライア妃にしても、相当苦しい思いをした出産だったに違いない。それが、ねぎらいの言葉も何もなく、『双子だなどとはがっかりだ!』という様子を――あの親父であれば、はっきり見せていたろうからな。実際のところはどうだったのか知らんが、『先に生まれた子を兄とし、次に生まれた子を弟と考えれば良いだけのことではありませぬか』と、マクヴェス侯からなだめられて……それでようやくイライラの矛先を鎮めたといったように、俺は叔父上の家臣から聞いたものでな」

 

「確かにそうですな」と、サターナイナスは頷いた。彼もまた、父親が潜り込ませていた家臣から、そのように聞いたことがあったのである。「マクヴェス侯はこうおっしゃっていたという話でしたよ。『双子の上の兄を次男、下の子を三男ということにすれば、跡取りとなる男児が一度にふたり生まれたということになるではありませんか』といったようにね。何分、お子がふたりいたにしても、ふたりとも健康元気に育つとも限らず……いえ、我が家がそうだという話なのですがね。私には六人子がいましたが、ひとりは死産、もうひとりは生まれて間もなく亡くなり、ようやく長男が先ごろ十六歳になりましたが、残りの三人はみな娘です。そう考えた場合、私などはやはり、もうひとりくらい……男の跡継ぎとなる子がいてくれたほうが安心な気がします。もちろん、陛下にはすでにリッカルロさまという素晴らしいお世継ぎがおられるわけですから、我々国民はみな安心することが出来ますが」

 

「さて、どうだか……問題はな、サターナイナス。俺は血が繋がっているにも関わらず、親父が本当は何をどう考えているのかがわからず、それは親父のほうでもそうだということなんだ。どういうことかというとな、俺には野心というものがないわけではないが、王位に拘りがないというのは本当のことだ。もし長子である俺を差し置いて、エドガーが王位に就こうとエドマンドが王位に就こうと、それはどちらでも構わない。喜んで王城にて、忠誠でもなんでも誓おう。だが、これでは問題があるわけだな」

 

 リッカルロはこれまで、マキューシオとティボルトが一体何度自分に言って聞かせたか知れない言葉を、自分で繰り返した。

 

「何分、オールバニ公爵領は王の直轄領に次いで、二番目に広い領地だ。のみならず、商業その他、あらゆる面で豊かに栄えている……となると、ここから俺がエドガーかエドマンドの治めるコーディリアの地まで攻め上っても、なんの不思議もないということになるだろう?一番最初に男児として生まれたというだけで、何故そんなにも威張れる理由となるのか俺には不思議だが、なんにしても一般的にいって大義名分があるわけだ。弟たちを排斥して、俺自身が王になって何が悪いのだという……そして、俺のほうでいくら『オールバニ領さえいただいておければ、王位なんてそんなべつにいいですよォ』という態度でいたとしても、俺にいつ攻め込まれるかわからぬという脅威に、王都では常に怯えていなくてはならないわけだ。つまり、問題はこの点なわけだな。俺は半分しか血が繋がってなかったにせよ、おふくろを死に追いやったといえる女の腹から生まれた弟であったにしても、エドガーとエドマンドのことが可愛い。ゆえに、兄弟で王位を競って骨肉の争いをというくらいなら、身を引くことを考えようと思っている……が、エドガーとエドマンドの後ろに着いているマクヴェス侯爵はそうは考えんだろう。何分、俺のこの顔で『これからも兄弟仲良くやっていこう』なぞと言われたところで、説得力ゼロと来てるものな」

 

「なるほど。そうした御事情でしたか」

 

 今本人から直接聞いたことが、おそらくは間違いなく本心と見て間違いないと思い――サターナイナスは意外な気がした。また、そのことを踏まえた上で、彼自身どう説明したらいいものかと、暫く逡巡する。リッカルロのほうではその間、<東王朝>の歴代誌のほうを手に取り、ぱらぱら読みはじめていたが。

 

「実をいうと、私の申し上げたかった肝要な点がですな……今はマクヴェス侯爵とリア王の間に、心理的に距離があるのではないか、ということなのです。それがいつ頃のことからだったのかまではわかりません。また、我がヴァン・クォー家とマクヴェス家には因縁があったとはいえ、今は関係のほうはそれなりに良好です。あくまでも表面的には、というのは向こうも事情は同じでしょうがね。とはいえ、マクヴェス侯の三女であるメアリ=マライアさまが男児をおふたりお生みになったことで、後見人にも等しいマクヴェス侯及びかの一族が政治的権勢を長きに渡って振るってきたことも事実……リッカルロさまも御承知のことでしょうが、リッカルロさまとマクヴェス侯率いるといって過言でない、エドガーさま・エドマンド王子軍がもし国を二分して争った場合――誰がどちらに着くかは、今はかなりのところ明瞭になっております。ですが、リア王はそのようなことはまったく望んでおられないのではないか、というのが私の見たところでございます」

 

「ふむ。何ゆえそう思う?俺の仮説としてはな、あの親父の奴は息子三人のうち、誰が王位に就こうと結局のところ最早どうでもいいのではないか?とにかく親父のほうでは王として国の最高権力者の座にあり、いい思いをしてきた人生だったことだろう。いや、統治者に苦労や悩みは付き物とはいえ、親父の場合はいつでも自分が主人公、なんでも自分中心、常に人のことなぞ二の次、何故ならわしは王なのだからそのくらいの勝手が許されなくて、王になった一体どんな意味があろう……といった価値観でずっと生きてきた人なのだからな。こうした人物が王であった場合、大変なのは常に周囲の廷臣たちだ。マクヴェス侯爵だって、あんな気分屋の癇癪持ちの機嫌を長きに渡って取り続けるのは大変だったに違いない。もしかしたら胃腸薬をずっと頓服していたという可能性だってあるだろうからな。心理的に距離があるのなんて、ある意味当然だろう……実の息子の俺だって、親父の機嫌を取るのは難しいというより、そんなことはしようと思ってみたことさえないくらいなのだからな。愛しの若き妃が男児をふたり生み、このどちらかを王位に就けたい。自分の目の黒いうちにどうしてもその継承式が見たい――というのであれば、あの親父は何をどうしてでも自分の我を通そうとする人間だ。俺はそのことをよく知っている。ところがだ、先にあったのあの戦争、あれは一体なんだったのだろうな、まったく。俺はまたてっきり、親父もそろそろ年だし、目の上のたんこぶのような俺がうまいこと戦死でもしてくれりゃあなというので、戦争なんてことをおっぱじめようとしたのかと思ったよ。ところがだな、どうも感触としては何かが違う……まあ、あの親父も年を取って多少は人間が丸くなったということなのか、結局のところよくはわからん。病気になったことで、いよいよエドガーかエドマンドに王位を継がせるべく、具体的に動こうとしているのかと言えば、どうもそれもまた少々違うようだという意味でな」

 

「そうなのです。リッカルロさま、私が言いたかったのがまさにその点なのですよ」我が意を得たり、というようにサターナイナスは続けた。「もし第二王子であるエドガーさまか、第三王子のエドマンドさまに王位を継承したかった場合……陛下は再び、心理的には長く距離があったであろうマクヴェス侯と、陛下は今一度結託なさるはずなのです。その動きが、少なくとも王宮内においては見られないということ……我々はですな、リッカルロさま。陛下はおそらく、リッカルロさまに王位を継がせたいのだろうと思っております。もちろん、普通に考えてみればそれが当然のことでもありますが、陛下の天邪鬼な御性格については、リッカルロさまもご存知でありましょう?先にあった戦争はおそらく……最後に王としてリッカルロさまが相応しいかどうかと、陛下は試されたのではありませんか?」

 

「やれやれ。もし本当にそうであった場合、俺は他の死んでいった兵士や、弩の矢や剣に倒れて床に着いている傷病兵らに顔向けが出来んぞ。まあ、確かにエドガーとエドマンドはまだ幼いというせいもあるが、性格的にも好戦的というには程遠いというか、なんというか……」

 

 リッカルロはこの時、もっと前に気づいていて然るべきことに、初めてハッと気づいた。幼い、などと言っても、エドガーもエドマンドもすでに十五歳……初めて狩猟へ出かけた時、鹿が可哀想で射ることが出来ず、王がそのことで失望したといったような話は、リッカルロも聞いたことがある。だがそれでも、剣の稽古や馬術訓練など、王子として一通りたしなみ程度にはすべて身に着けていることだろう。それに、先頭に立って戦うばかりが戦争において勝利を得る道ではない。とはいえ……。

 

「マクヴェス侯は、エドガーとエドマンド、もし王位に就けるとしたらそのどちらをと考えているのだろうな?」

 

「それはわかりませんが……これも普通に考えた場合はエドガーさまでしょう。我が国のしきたりとして――これは隣国のペンドラゴン王朝でもそうですが――よほどの理由でもなければ、長子が国や領地を継ぐのが当然というもの。でないと諸侯に示しがつかぬからです。第三子が第二子を差し置いて後を継げるということにでもなったとすれば、領主たちの間でも規律が乱れます。ですから、やはりリッカルロさまが次代の王になられるのが一番良いのだと、リア王も今はそのようにお感じになっておられるのではありますまいか」

 

「なるほどな……」

 

 サターナイナスの今の話で、リッカルロにとって一番重要だったのが、次の点である。父のリア王とマクヴェス侯爵が、第一王子を排斥し、エドガーかエドマンドを王とすべく王宮にてしょっちゅう顔を突き合わせ、算段を練っているわけではないらしいということだ。

 

 マクヴェス侯爵やヴァン・クォー伯爵だけではない。爵位と領地を持つ貴族は誰しも、なんらかの形で王宮に家臣を潜り込ませているのが普通である。リア王とマクヴェス侯の間にいつ頃からかはわからないにしても、今は距離がある――というのは、リッカルロにも理解できることだった。何故かというと、これはおそらくサターナイナスも同じように考えていることだろうと彼が感じることなのだが、自分の娘が王の寵妃となって以降、政治的に重要なポストの多くにマクヴェス一族の者ないしは、彼の息のかかった者が就くことになったからである。そのあまりの図々しさに、リア王がだんだんに疎ましいものを感じるようになっていったのだろうことは、想像に難くない。

 

 このあと、本棚に囲まれた書斎にて、リッカルロとサターナイナスはチェスを指し、サターナイナスのほうでは引き続き、王宮における人間関係、政治的力関係についてのあれこれについて話していたものの、だんだんに勝負に熱中するうち、ふたりはまったく別の世間話をはじめた。そして、お互いに利害を越えた友人になれそうだと感じたところで――リッカルロはわざと負けたらしいサターナイナスのことを叱りつけ、用意された寝室のほうへ引き上げることにしたわけだった。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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